2022.06.30

竹馬のブームが来ないだろうか

このあいだ、たまたま訪れた場所に、竹馬がたくさん保管されていた。

最後に竹馬をしたのを確実に覚えているのは小学校5年生ぐらいの頃の体育の授業で、当時から運動神経は鈍かったが、どういうわけか竹馬はわりとすぐ乗れて、楽しかった記憶があった。

なので私はそこにあった竹馬のなかでもっとも足場が低いものを選んで、ほんの少し乗ってみた。
35年ぶりぐらいだ。
最初はちょっと苦労したが、やがてすぐに歩いたり、しばらくバランスを取って静止できるようになった。
「おおっ! 乗れる、乗れている!」・・・単に長い棒をつかんで、狭い足場に体重をのせてバランスを取っているだけなのだが、人間から他の違う生き物になったかのような、大げさだけれども「非日常」な瞬間がとっても楽しかったのである。

そもそも我々が子どもの頃に、すでに竹馬で遊ぶという文化はなかったと思う(だから体育の授業ぐらいでしか味わうことはなかった)。
さっきネットで調べてみたら、まだ竹馬は売られているようで少しは安心したが、そもそも令和はもとより平成のほとんどの期間、街中で子どもが竹馬に乗って遊んでいる光景というのを私は見たことがない。

もったいない。

充電もWi-Fiもガソリンも電気も不要で楽しめるエコな遊びであり、それでいて自分以外の何かになれるメタモルフォーゼ感覚を気軽に味わえる装置としての竹馬。

さらにネットで調べたら、「体幹を鍛えるのに適している」という記事があり(こちら)、それならもっと各種スポーツの部活動のトレーニングとかで竹馬を導入してもいいはずだ。竹馬で鬼ごっことかやってみたら楽しいはず。

そういう調子で、つい自宅にもマイ竹馬を買ってしまいたくなるが、クルマやバイクと違って「ちょっと近所を竹馬でツーリングしてくる」なんてことはこの現代社会ではなかなか難しい気もしてきて、すんなりと「よし、買うぞ!」とはならない。
たとえば、せいぜいアウトドア趣味の流れで、キャンプ場で竹馬に乗ってみるとかはありえるだろう。でも残念ながら竹馬を持ち運んで遠出することは難しいし、「折りたたみ竹馬」があったとしても耐久性の面で商品化もされてなさそう(まして大人の体重がかかれば、なおさら危険だ)。

逆にそこにチャンスを見出して、「携帯できる竹馬」とかを開発してもいいのかもしれない。モンベルとか作らないかな。

これを書きながらさらに妄想は広がっていくのだが、たとえばたくさんの人が沿道に集まる何かのパレード行進を見にいくような時とか、ロックフェスの会場とかで、人混みのなかで高さのアドバンテージを得るべく竹馬で参加するのはどうなんだろう。周囲の人にとってはひたすらジャマな人なんだろうけど、そもそも竹馬を準備してこないほうが悪いので、私は竹馬に乗り、かつ持ち手の棒のところにカメラとかをマウントして有利な位置でベストショットを撮ることだってできる。「あぁ、竹馬があればこういうときに有利だ」となり、そのうちオシャレ竹馬とかが出てきて、多くの人が竹馬に乗りながら音楽に合わせて踊る光景がブームになっていったりしないだろうか。
まぁ、突然バランスを崩してコケる場合もあるからただひたすらに迷惑極まりないヒトなのであるが。
でも電動キックボードみたいなのが普及しつつある昨今の状況を思うと、竹馬ぐらい街中でフラフラ歩いていたっていいではないか。

本当なら東京五輪も公開競技制度を復活させて新たに「竹馬」をスポーツとしてプッシュすべきだったのだ。マラソンなみに早い竹馬の競争。もしくはスケボーのようなトリック・プレイを駆使する採点系の競技とか。沿道の観客も竹馬に乗って駆けつけてみたり。

うぅむ、書きながらどんどん妄想が膨らむ。
普通にどこかで気軽に竹馬に乗りたい。そういう場所ないかな。

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2022.05.22

「最近ふたたび英検を受けてみた話」

Eiken

 以前「HOWE」で英検をはじめて受けた話を書いた。あれから7年ぐらい経って、再び私は英検の試験会場にいた。

 とはいえ、まったく気が進まないままの試験である。というのも職場の事情で「業務外での自己研鑽」を毎年報告しなくてはいけなくなり、そういうものにまったく前向きになれない私は、せいぜい「英語を身につけようとがんばっています、イエース」というポーズぐらいしか自己研鑽として示せるネタがないよなぁとなり、やむなく「英検準一級を目指す」とお茶を濁すしかなかったのである。そう書いたからには受験をした事実も作らないといけなくて、そんな経緯で一万円近い受験料を払ったからには、こうしてブログの記事にでもしないと気持ち的にモトが取れない。

 そして案の定、まったく試験準備ができていなかった。

 それなりに普段の生活のなかで英語に触れようと意識的に努力している部分があるとすれば、家の中でスカパーの「BBCワールド」のチャンネルをつけっぱなしにすることぐらいだ。でもそれは英語を学ぶためというよりも「室内をできるだけイギリスの空気感にしたい」というマヌケで妄想めいた願望のためであり、意識してリスニングに励んでいるわけでもないので、いつまでたってもネイティブの発音をしっかり聞き取れるようにはなっていない。

 ちなみにBBCでは『ハード・トーク』というインタビュー番組があって、その進行を務めるスティーブン・サッカーというキャスターのしゃべり口調が耳に心地よくて気に入っている。

Sackur

 できればこの人の発音のように英語をしゃべってみたいとはずっと思っていて、そして以前も書いたとおり自宅のトイレにはロンドン近郊に及ぶ大きな鉄道路線マップを貼っているので(これのこと)、トイレにいる間はスティーブン・サッカー氏を意識していろいろな路線の駅名を発音するようにしている。おそらくこれほどまでにロンドンの鉄道駅名をひたすら読み上げている不気味な人間はアジア圏でもあまりいないのではと思えてくるわけで、おかげで発音はかなり上達したかもしれないし、おかげで未だに独身生活を続けている。ただし文章を発声していないので、結局は使える英会話力にまで至っていないのが心許ない。

 そんな調子で無謀にも英検準一級に挑むことになったわけだが、申し込みにあたって久しぶりに英検の実施内容をみてみると、ちょっとした興味深い変化があったのだ。それは英検S-CBTという試験が新設されていて、専用センターに設置されたパソコンを各受験生が利用し、話す・聴く・読む・書くの4技能の試験をすべて一回で済ませることができるのである。しかも開催日がほぼ毎週土日にあり、都合に応じて気軽に申し込めるようになっていた。昔ながらのやり方だと、年3回ぐらいしかない日程で、初日の筆記試験の成績がダメだと別の日に実施されるスピーキング試験まで進めなかったので、私がぼんやりと暮らしているあいだに英検はそれなりに進化を遂げていたのだ。

 こうして今回私はそのS-CBTの試験にトライしたわけである。会場の試験センターはビルの一室にあってあまり広くなく、二部屋に仕切られて、一部屋は10人ぐらいで同時に二つの級の試験ができるようになっていた。受付ではロッカーのカギを渡されて、荷物はもちろん、腕時計やポケットに入っているものもすべて室外のロッカーに預けるように言われる。そんなことを命じられるのは他では牢屋か手術室に入るときぐらいしかないのではと感じたので、一気に緊張感が高まってしまう。室内に持ち込んでいいのは鉛筆かシャープペンシルと消しゴムだけだが、消しゴムはケースを外した状態でないといけなくて、そしてシャーペン類も、文字が記載されているものはダメと言われた。幸い私はこのとき無印良品のシャーペンを持ってきていたのでオッケーだったが、私の前に並んでいた学生さんは、エンピツの側面に刻印されているメーカー名などの箇所をきれいにカッターで削って臨んでいた(でも仮に「MITSUBISHI」とかいう単語がエンピツに記載されていたとして、それで何かの支障が生じうる英語の試験って何なんだろうか)。

 なお、パソコンで回答する試験形式を選んでいるため、基本的には鉛筆を使う機会は少ない。ただし最後に出てくる英作文だけは事前にパソコンで入力するか、手書きで解答用紙に書いていくかが選択できるようになっていたり、そして試験中にメモを取りたい場合の用紙も支給されるので、パソコンで回答する場合も筆記用具は持って行く必要があった。

 荷物を預けて割り当てられた個別ブースでパソコンを前にし、受験の注意事項を読みながら15分ほど待機する。部屋に時計が置いてあるわけでもなく、自分のスマホや時計などの一切合切は外に預けている状況のため「いま何時かさっぱり分からない感覚」があった。パソコンの初期画面でも時間表示はなく、つい時間を知りたくなってポケットに手をやり、そこでスマホをロッカーに預けていたことを思い出す始末である。
 まして私は英語の勉強をしていないばかりか、この新しい受験形式の内容もあまり予習していないままだったので、いろいろと落ち着かない気分になっていった。そして「しまった、トイレに行っておくべきだった」となった。ここから昼前までブースからは出られそうにない。「今からしばらくトイレに行けない」と認識したとたんにトイレにぼんやり行きたくなる、あの感覚はなんなんだろう。
 
 試験がはじまる前に、スタッフが部屋に入ってきて、パソコンの音声確認を行うよう指示された。自分が話す内容が録音されるので、ヘッドセットとマイクをしっかり装着し、そして録音レベルのテストにおいては「Hello, how are you?」と発声するようにと指示が書かれていた。狭い部屋でこのマイクテストを最初に口火を切ってやるのがちょっと照れくさい気分になるので、ついほかの人たちが話し始めるまで待ってしまう。自分が話した音声がリピートされて、無事に聞こえるかどうかを確認してマイクテストが終了。それが終わったらいったん動きを止めて、スタッフが「試験開始」を宣言するまで動かないようにするのかと思いきや、マイクテストが終わったらそのまま自分のペースで試験を始めてよいらしく、アタフタとなる。この時点でさっそく心が乱される展開に。
 この寸前まで私が考えていたことといえば、「別に“ハワユー?”って発声しなくても、単なる機械的なテスト録音なんだから別のフレーズでもいいんだろうか、『ウェーイ!』とか言ってみたり・・・」といったことであった。この落ち着かない状況下においては、そういう妄想をすることで気持ちを安定させようとしていたのかもしれない。ウェーイ。

 そうして最初のテストが始まる。画面に4コママンガのようなものが出てくる。飲食店のオーナーが売り上げ増大を狙ってロボットで接客させるというアイデアを実行したら、売り上げが落ちてしまったというストーリーだった。これを決められた録音可能時間のあいだにマイクに向かってマンガの内容を英語で説明するというもので、案の定、アタマが真っ白になりアワアワとなって、そのままカウントダウンとともに終了。

 次のセクションでは、動画で外国人が質問をしてきて、それについて短い時間でアワアワと答えていく。何を尋ねられたか覚えていないほどにあっという間に回答可能な時間が過ぎていき、私のアワアワな返答も途中で録音が途切れ、さっさと画面も消えていく。すぐに別の動画が現れて、脈絡なく違う質問をしてくるという、その繰り返し。伝えたいことはたくさんあったはずなのに私はほとんど何も言えず、そこに映っていた人の名前も知らないまま、すべてが終わっていく。出会いと別れとは無情なものである。
 せっかく鍛えていた(はず)の発音もアワアワしすぎて、もはやそれどころじゃなかったので、何も発揮できなかった。

Sackur
すまん、スティーブン。

 こうして不勉強な私を徹底的に打ちのめすスピーキング・テストがあっさり終わっていった。そしてヘッドフォンをつけているのでそのまま引き続きリスニング・テストが始まっていく。二人の対話を聞いたあと、質問があり、画面に表示された4つの選択肢のなかから回答を選ぶというもの。

 この時点で私はさっそく戦意喪失していたのであるが、しかしここで流れてきたリスニング問題の会話が、なぜかミョーに聴き取りやすかったのである。おそらく日頃の「BBCワールドつけっぱなし生活」は、それなりに意味があったのかもしれない。そうなると得点を稼ぎたいという欲が一気に沸き起こり、リスニングの部ぐらいは満点を狙うぞと、前のめりになって問題に向き合っていった。やれ新しい家具を買いに行くわよとかこのテーブルがいいんじゃないのかとか、この手の問題でありがちな生活感ただよう会話ばかりであるが、それなりに「聞ける!」「アンタがそう言いたくなる気持ち、分かる!」という感覚に至る状態が心地よかった。

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 こうして鼻息荒くリスニングを終えたあとは、短い英文の空欄に当てはまる単語を選ぶというオーソドックスな問題が続くセクションへ進む。ここではパソコンによる解答方法がよく考えられていて、たとえば問題の隅にチェックを入れるところがあり、あとで時間が余ったときに、クリックしたらすぐに当該の問題に飛んで見直しができるようになっていたりする。
 そうしてハイテクな英検の進化に感心しているのもつかの間であった。ここで次々と襲いかかってくる問題群における、それぞれの選択肢に並ぶ英単語が、見事にどれもさっぱり分からなかったのである。だいたい、この年齢までそれなりに英語に触れていると、たいがいの英単語はどこかで見たことがあったりするような意識でいたりする。そんな感じなのに、どうして英検では準一級になったとたん、はじめて出会うような不思議な言葉ばかりが登場するのか・・・ええ、まったく勉強していない自分を最上段の棚にあげたうえで言いますが、英語の世界にそんな単語って本当に存在するんですかと逆ギレしたくなるほどに、まるで珍しい昆虫ばかりが集められた標本を眺めているかのような、完全に意味不明でお手上げ状態の単語ばかりが選択肢に鎮座しているのである。英検二級は確かに「まぐれ」で通ったかもしれないが、これが準一級の壁なのか・・・と、ふたたび打ちのめされた。

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 読者諸氏にはここまで辛抱強く読んでいただき感謝を申し上げたい。今回のこのブログ記事が長くて辟易しているだろうが、その感覚はまさに私がこの英検を受けているときの気分とよく似ていると思っていただきたい。まだこの文章は続くし、すなわち、まだ試験は終わらないのである。

 もはやヘナヘナ状態であるが、この次に待ちかまえていたのが3つの長文問題であった。本当はこういう「出題パターン」というのも予習をしっかりしておき、「そういうものなのだ」ということをあらかじめ了解しておくべきなのである。しかしそんな予習もすっ飛ばして試験に臨んでいたので、「このノリで今から長文、3つも読むのか・・・」と気持ちは萎える一方であった。そしてこのときぐらいまで、私はずっとヘッドホンを頭につけたままだったことに気づき、恥ずかしながら静かにヘッドホンを外した。ちなみに「物音が気になる人のための防音対策の耳当て」も別に用意されていて、ヘッドホンのような形をしていて机の奥のほうに置かれていた。そっちを装着して、あたかも音楽を聴きながら試験を受けているかのようにノリノリで肩をゆらしつつパソコンに向かうポーズを取って試験監督から失笑されるか不気味に思われるかぐらいのことをしてもよかったのだが、そんな度胸はもちろん、なかった。

 このときの長文問題のテーマであるが、1つ目が「『ピーターパン』の作者はこの物語の著作権を小児病院に寄贈していて、その著作権が80年代に切れた際の対応をめぐる英国政府の動きについて」で、2つ目が「温暖化防止のために人工植林を開発したことによる利点と欠点について」、3つ目が「大航海時代に新大陸に乗り込んで原住民と出会い、その地に留まっていたはずの西洋人たちは、その後なぜか当地から姿を消すことが多かったという謎について」といった内容だった。普通に読み物としてはどれも興味深い話で、文章もわりと平易だった・・・が、ここでも質問文とその選択肢においてやたら難しい文言や表現が多くて、結局は自信をもって解答できなかった。事前に勉強してきていない私がピーターパンのように現実と向き合えていないことを痛感させられてくる。

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 ちなみにここでも英検はハイテクぶりを発揮し、長文を読解するにあたっては文章のところにマウス操作でマーカーを自由に引いたりできる機能があって(たしか色もいくつか選べたはず)、可能な限りペーパーテストのときに行えるアクションをパソコン上でも実現できるようにしていた。なので思わず関係ないところまでマーカーで試しに線を引いたりして、一瞬だけ遊んでしまった(時間ないのに)。その気になったらカラフルなイラストも描けてしまうのだが、もちろんそんなことを試みようとするヤツはまず英検には受からないだろう、うむ。

 最後はお待ちかねの英作文であった。いや、別に待っていない。「残り時間、何分よ!?」と、画面の端に表示されたカウントダウンタイマーを見やりつつ、残された時間で150語程度の文章を書かねばならなかった。しかも「序論・本論・結論」の形式を備えつつ、そして問題文に添えていくつか書かれている関連キーワードのなかから2、3個を用いた内容で作文をせよとのことである。
 本日のお題は「日本政府は、国立公園を増やすべきかどうか」。今こうして冷静な頭であらためて振り返ると、確かに賛否両論が起こりえる問いかもしれないが、当日の疲れ切った精神状態においては、増やさないほうがいい理由を考えるほうが難しく、自ずと「増やした方がいいに決まってるだろう」という気持ちになっていたので、私は与えられたキーワードから、自然保護の観点だけでなく政治経済面、特に日本の水資源をめぐる外国資本の脅威についてをメインの主題にして作文することとした。中学生レベルの文法でひたすら平易に書いていくと、150語をオーバーしたので、ちょっと削るのに苦労した(パソコンが自動的に単語数をカウントしてくれるのもありがたい)。時間との闘いだったので、この英作文が終わったあと、前の問題の解答を見直す時間もほとんど取れずにタイムアップ。

 実は長文読解のところでモニターの英文をグズグズと眺めていたとき、室内の他のブースからは英作文に取りかかり始めた人たちがキーボードを軽やかに入力するカタカタ音が鳴り響いてきて「うわー、もう作文してんのか~」と焦りが生じてきたわけだ。そう思うと自分の場合も高校生ぐらいのとき、こういう英語の試験のときは「後ろの問題から先に取りかかりはじめる」ということをやっていたなぁと思い出した。最初に英作文の問題テーマを見ておいて、軽く作文をしておいて、それで他の問題に取りかかっている間にも、頭の片隅で英作文のテーマのことを考えつつ・・・という作戦だ。ただしその場合、自分だけ変なタイミングでキーボードをカタカタ鳴らしてしまうので、気が引けるといえば気が引けるが・・・入試と違って周囲の人に動揺やプレッシャーを感じさせることのメリットもないし(笑)。

 そんなわけで試験が終わったらさっさと退室し、すかさずトイレに向かっていった。

 試験の結果は一ヶ月後ぐらいに分かる。私のアワアワなトークの録音(途中で切れる)も誰かによって時間と手間をかけて採点されるのであろう。この文章を書いている時点ではどういう成績なのかは定かではないが、少なくとも今回の英検を受験している最中に、すでに「どうやってこれをブログで書こうか」なんてことを終始ぼんやりとアタマの隅っこで考えながら臨んでいたので、そんな状態の受験生が準一級をクリアすることは到底ありえないだろうなとは思う。

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2022.04.10

忘れがたいテレビCMのこと

自分にとって忘れがたいテレビコマーシャルと言われて最初に思い浮かぶのは、サントリーのオールドフォレスターのこのCMだ。

YouTubeのおかげでこうした過去のCMも手軽に楽しめるわけだが、よくみたらこれは1988年のCMということなので、当時の私は小学5年生だ。
広告の意味する直接のメッセージがうまく汲み取れなくても、そしてその後の私はお酒を楽しめるようなオトナにもなりそこねているわけだけど、ずっとこのCMは印象に残り続けている。

で、流れている音楽についてはCMのなかにもクレジットが表示されているが、そこまで当時は追いかけるわけでもなく、その後高校生ぐらいのとき、たまたまラジオで流れていて「!!」となり、そこでようやく、この曲がブラックというアーティストの「Wonderful Life」という曲だったことを知り、アルバムを買った。

そしてYouTubeの時代になり、当時のビデオクリップを観ることができてようやく分かったのは、このサントリーのCMは、ほぼこの曲のPVを流用して作られていたわけで、あの独特の雰囲気と、さまざまな解釈を要するモノクロームのヴィジュアルは、楽曲の世界観に依るものだったことをオトナになってようやく知り得たわけであった。



何らかのストーリーがあるわけでもなく、断片的にさまざまな人々の人生の一瞬が反映されていて、それでいて一遍の映画のような味わい。自分が白黒写真を好む遠因はこのCMでありこの曲がきっかけなのかもしれない。


また、この曲を作ったBLACKというアーティスト、本名Colin Vearncombeは、2016年に自動車事故により亡くなっていたことを、このYouTubeでの書き込みを通して知ることとなった。そういうわけで、哀悼の気持ちを込めて今日はこのことを書いておきたかった。


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2022.03.27

正しい方向へ転ぶ

行きつけの鍼灸院の先生がしばらくバイク趣味を封印していた後、あこがれのサイドカーを購入したことは以前ここに書いた(この記事とかこの記事)。

先日も鍼灸の施術を受けてきたわけだが、先生が若い頃からひたすらハーレーダビッドソンに傾倒していたことを受けて、話の流れで何気なく「そもそも一番最初にハーレーを手に入れよう! と決心したきっかけは何だったのか」を聞いてみた。

その返答は、「学生時代、抜け毛の多さに悩んでいて・・・」という予想外の話から始まった。

「それで某カツラ会社の相談室に行ったら、いろいろ頭皮の状態を調べられて、カウンセリングみたいなのを受けて・・・で、頭皮の環境をよくするマッサージやらなんやらを受ける3ヶ月間のコースを勧められて、それが100万円ぐらいするんですよ」

「学割もきくし、月々のローンで2万円ぐらい・・・とかいう説明を受けているうちに、『それだったらハーレー買おう』ってなって。カツラ会社に行ったのが昼間ぐらいで、夕方にはもう、ハーレーのディーラーに初めて足を踏み入れていた」

文字通り「その足で」、はじめてハーレーのディーラーに行って見積もりを頼んだとのこと。

いやはや。なるほど、さすがである。
先生は直感的に、どちらのほうが人生をより豊かにするかを的確に選び取ったのではないだろうか。
私にとっては、こういうのも「正しい方向へ転ぶ」というひとつの例だと思えた。

ちなみに念のため書き添えておくと、40代後半を迎えつつある先生の現在の頭髪環境は、とても良好のように見える。

結局、そういうものである。
普通に、うらやましい(笑)

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2022.02.26

大阪のとなりの奈良に住んでる、とその悪人はオランダの空港で語りかける

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▲12年前に乗り継ぎではじめてスキポール空港に着いたとき。オランダの空は実にいい。その魅力と謎を探ったドキュメンタリー映画『オランダの光』はオススメ。


 いろんな国の大使館や領事館が発行している海外安全情報のメールマガジンを読む機会があるのだが、たまに詐欺事件の注意喚起があって、これがなかなか読ませるのである。
 つい最近では在オランダ大使館がこんな事件を報告していた。

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今回、当館へ情報提供をいただいた手口は次のとおりです。

1 スキポール空港第2ターミナルの自動チェックイン機周辺で外国人の男1名が声をかけてくる。

2 この外国人の男は、困った様子で、英語で「大阪に行きますか?私も行きます。チケット変更の手続きをしているが、現金では、その追加料金49ユーロの支払いを受け付けてもらえない。現金を渡すので、代わりにカードで決済をしてもらえないか。なお、私は、今、大阪隣県の奈良で働いています」と話し、現金50ユーロを手渡してくる。

3 一緒に自動チェックイン機へ行き、機械へクレジットカードを入れるが、画面が動作する様子がなく、また、表示を英語にするよう外国人の男に伝えるも、この男は「この機器では駄目かもしれない、係員にもう一度聞いてきます」と言い、一度その場から離れる。この間、この外国人の男は、現金50ユーロを預けたまま、また、自身の荷物は置いたままにし、ターゲットとした人物がその場から離れないよう仕向ける。

4 戻ってきた外国人の男は、「隣の自動チェックイン機で試してみましょう」と促し、瞬時にターゲットとした人物の手元からクレジットカードを取り上げ、別の自動チェックイン機へ移動する。この移動のため背を向けた瞬間を利用しクレジットカードをすり替える。その後、再度自動チェックイン機で操作をするが、画面が動作しないため、この外国人の男は「再度、係員に相談します。後でお会いするかもしれませんね」と言うと、クレジットカード(既にすり替えられたもの)を返却し、その場から離れる。

 本事案は、親切心を逆手にとり、また、日本に関わりがある等の情報を伝えることで親近感を抱かせた上で、行われています。また、同様の手口で入手したと思われるクレジットカードを多数所持していると思われ、すり替えたクレジットカードが、一目で自分のものではないと気付かれないよう、同種のカード、且つカード番号や名義人のイニシャルが似たようなものが渡されているとみられるほか、こうした手口からも、日本人を狙っているものと考えることもできます。

 このような事案が発生していることを念頭に、今回この種の事案が確認された空港をはじめ、外出先ではこうした被害に遭わないよう十分に注意してください。
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 ううむ、実によく計画されており、私もきっとその場にいたらダマされるかもしれないなぁと思う。簡単にホメちゃだめなのだが、見事な筋書きで演じられており、ある意味では即興芸術の域に達しているのではないかとすら感じる。

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▲なぜか自分もスキポール空港でこんな写真を撮っていたが、チェックインでこういう類の機械があって、オランダ語表示のまま使われても何がなんだか、ってなりますわな。

 それにしても「大阪の隣の奈良に住んでいる」っていうくだりが笑える。わざわざ大阪の隣っていうワンクッションを入れるあたりにリアリティを高める効果がありそうで、でも一歩間違えると胡散臭くも感じさせる、なかなか際どいシナリオだ。

 そして偶然にも私のように奈良県で育ったために土地勘がある場合、そこで考え得る対応としては「レアリー? 奈良の、どのへん?」と返答するのもいいのだろうけど、おそらく相手は急いでいるシチュエーションを演出するから、そこで話題を膨らまそうとは決してしないのだろう。もしこれが「東京の隣の埼玉」とか言われたら、私もその点についてはきっと何も言えない。だからこそそういう話題のときは知らない土地でも「最寄りはどの駅? オレは鉄道マニアなんだ!」っていう返答を用意しておくのもいいかもしれない。

 そしてもうひとつポイントとなるのは、自分が使っているクレジットカードがすり替えられてもしばらく気づかれないように、犯人が多種多様なカードを取りそろえている可能性があることだ。チェックインの機械にクレジットカードを入れさせることで、カードのデザインを観察できるチャンスを作っているのが巧妙であるが、ここでもしできるだけ変わったデザインのクレジットカードを使っていて、犯人の手持ちのストックに同じカードが該当しなかったら、おそらくこの一回目の時点で犯人は「じゃあ、係員に聞いてみます」と立ち去っていくのだろう。

 そういえばつい最近私は楽天カードの「2枚目発行キャンペーン」に乗っかり、デザインを選ぶ際にどうせならネタになるほうを、と思って

Card

 このイニエスタ選手のカードにしたわけだ。カードの有効期限が切れるころには同選手も引退しているだろうから、このデザインが引き続き更新されることもないのだろう(されてほしいんだけど)とも思えるわけだが、海外旅行のときはこういう変わったカードを使うほうがいいのかもしれない。


 まぁ、きっと犯人の側も、どうせならお金持ちが持っている大手会社発行のゴールドカードみたいなやつを狙うほうが効率がいいのでしょうから、ツッコミどころしかないイニエスタのカードを使いたがる旅行者には目もくれないんでしょうけど。

(まだこのカード、お店で対面のレジで使ったことない)

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2022.02.13

自分にとって最高だった古本屋が消えていく

奈良で育ってよかったことのひとつはフジケイ堂という古本屋が身近にあったことだったと言ってもいい。奈良県内に数店舗あり、とにかく良い本が安く売られている店で、商売が成り立っていたのがずっと不思議なほどだった。

それが、この2月末をもって閉店するということをツイッターで知った。

中学から大学あたりまで、何かとフジケイ堂には足を運んでいた。大学の進路選択の遠因になったF・D・ピートの『シンクロニシティ』もフジケイ堂で買ったものだし、あと、20代のはじめごろ定期的に通っていた病院の近くにあったフジケイ堂の支店では、ナタリー・ゴールドバーグの『Writing Down the Bones』の邦訳初版といえる『クリエイティブ・ライティング:<自己発見>の文章術』に出会うことになる。昨年末の記事でもこの本について触れているが、この作品は現時点での私の生涯のベスト3に入る本であり、この本と出会えたことで私は病気になったことを少しはポジティブに捉えることすらできている。

今までの自分を作ってきたいろいろな読書のかなりの部分はフジケイ堂によってもたらされていたと思える。
というわけで2月のとある日に、フジケイ堂にいくためだけに奈良へ行ってきた。自分にとって最もなじみのあった、近鉄奈良駅のそばの小西通り商店街のお店である。

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表の店構えが以前知っているものとは変わっていて、私が奈良を離れたあいだにお店は少しはリニューアルしていたのである。ただし店内の雰囲気は昔のままで、違ったことといえば、閉店セールの張り紙と、そしてレジの周囲に透明のビニールが張り巡らされていることであった。

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こういう日なので、絶対に何か本を買って帰ろうと思うわけで、そういう目で書棚を見やると・・・どういうわけか欲しいと思える本がこういうときに限ってあまり見つからない。なので書棚をウロウロし、普段見なかったような場所まで凝視する。最後の最後だから、こうしてあらためてじっくり丁寧に書棚を見る時間もまた特別なものとなった。

そうして、なんとか自分なりに選んだ本は、結局3冊のみ。
閉店セールで3割引なので、この3冊で847円・・・。最後の最後まで安すぎるだろう、この店は。

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▲ハウツー系の本は相変わらず好きだ。

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▲フジケイ堂で最後に買う本としてこれ以上ふさわしいタイトルの本はないだろうと思って手に取った。

レジの店員さんに、閉店がとても残念なことであり、長いこと営業していてとてもお世話になったことと、感謝の意を述べさせていただく。店員さんも「いろんなお客さんからお声掛けをいただいていて・・・」と言っていた。

店の入り口には以前から「小さな本から 大きな夢を」というキャッチフレーズが書かれていて、よく見たらレシートにも印字されている。それはまさにその通りなのだ、といつも思っていた。この店のおかげで出会った小さな本のいくつかは、たしかに自分に夢を描かせるだけのインパクトを与えられてきたと断言できる。ありがとう、本当にありがとう、フジケイ堂。

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▲レシートには、「またの御来店をお待ちしております」とあって、さらに切なくなる。

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2022.02.05

ふと思い出した、あるロンドンの朝のこと

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 2度目にロンドンに行った2005年4月のときのこと。
 旅の終盤、ロンドン中心部から西のほうにある町で、B&Bの民宿を1泊だけ利用した。住宅街は同じようなデザインの家屋が並び合っていて、静かな街のなかにあったその小さな宿の名前は「HWANY HOUSE」といい、私と同い年ぐらいの日本人女性と韓国人男性のカップルが経営していた。

 宿とはいえ、さすがに普通の家であった。イギリスの住宅の中で過ごすのは自分にとって新鮮な体験だったのだが、人の家だということで写真をあちこち撮ることは当時の私も控えていたらしく(上に載せた写真ぐらいは撮っていた)、宿主のお二人の写真も撮ったりしていなかったので、今となってはあらゆる印象がおぼろげである。当時あったホームページも今は存在していないようで、現在ここがどうなっているのか、そして宿主さんたちはどうしているのかも分からない。

 それでもずっと記憶に残っていることがあって、それは朝食のときの情景だった。家の玄関口の狭さのわりに、広く感じるダイニングルームが奥にあり、宿泊客がそろって同じ時間に顔を合わせてテーブルを囲むという形式だった。そこではあらゆるものが白色を基調としていた印象があって、テーブルも食器も床も壁も、そして大きな窓から差し込む光も真っ白なぐらいに、思い出のなかでずっとそこは白い世界である。

 そんななか宿主の日本人女性が食事の配膳をしつつ、宿泊客の会話に混じり、お互いが自己紹介をするような流れを作ってくれていたように思う。そのときは私を含めて4組か5組ぐらいの客がいて、全員が日本人だったと思う。
 そのうちの2組のことはまだ記憶にある。まず私と同年代ぐらいの男女ペアがテーブルについていて、職場の先輩と後輩の間柄とのこと。後輩である女の子のほうは、恋人同士という関係に加えて「先輩についていってロンドンまで来ました、押忍!」みたいなコミカルな雰囲気だった印象が残っている。
 もう一人は、自分より少し年下だと思えた男の子で、職業は「プロのゲーマー」だという。スポンサーの支援を受けながら、世界のあちこちで開催されるゲーム大会を転戦しているという(日本ではメジャーではない系統のパソコンゲームの大会だったと思う)。そういうことで生活を送っている人がいることに驚かされた。彼とは朝食のあとにも少し話をさせてもらって、愛用のキーボードを商売道具のようにカバンに入れて世界を回っている姿には感じ入るものがあった。後になって自分自身もパソコンのキーボードにこだわりを持つようになった遠因は、彼との邂逅だったかもしれない。
 あともう1組か2組のお客さんがいたと思う。思い出せなくて申し訳ないが、ともあれこのようなメンバーで、4月のある朝、西ロンドンの住宅地の片隅で食卓を共にしたわけである。

 ただし正直なところ、普段の私であればこういうシチュエーションがとても苦手なのである。私はその宿で一泊しかしなかったので、ここでの朝食は最初で最後である。そして全員見知らぬ人で、一緒に朝ごはんを食べる。どちらかというと一人旅のときはどこまでも無愛想にたたずんで食事することを好むのだが、この状況ではどうしたって自己紹介やら世間話やらをしなければならない。うん、とっても苦手だ。

 しかし不思議なもので、もしかしたら海外旅行特有のテンションというものがあるのか、この日の朝の自分は、とても饒舌だったことは確かだった。「旅の恥はかき捨て」ということが気をラクにさせていたのか、私はどういうわけか、率先してこの日のテーブルの客それぞれに話しかけて、お互いがお互いのことをよく知れるように会話を引き出し、身の上を語り合えるような雰囲気をリードしていたのであった。
 それはあたかもテレビで明石家さんまがやるような、それぞれに笑いのポイントを引き出しながら次々とゲストの面白さを誘発していくような役回りであり、テーブルの会話はとても盛り上がったので、最終的には宿主の女性からも
「タテーシさんって、おもしろいですねぇ!」
と言われて、そこで我に返ったのである。

「あぁ、確かに自分は今、すごく面白い人になっている」

という実感がすごくあって、それはとても気恥ずかしくも心地よい感覚であり、あの白い食卓の空間のなかで、自分自身が別の人になっていったような、なんとも不思議な手応えとして記憶に残り続けている。

 もうあれから17年も時間が経ってしまった。あの先輩後輩のコンビはその後も二人の旅を楽しく過ごしていったのだろうか。そしてあのゲーマー青年は今もどこかで戦っているのだろうか。人生のある時季の巡り合わせにより食卓を共にした我々であるが、おそらくあの日の朝の自分が、今のところ人生で一番面白くて社交的なヤツだったのだろうと思われる。面白さの最大瞬間風速みたいなものだ。そこをもっと普段でもコンスタントに発揮できるようにしていきたいところであるが、さてどうだろう。

 ちなみに宿を出発するとき、見送ってくれた宿主さんに、「ロンドンはいいですねぇ。ロンドンに住んでみたいです」とつぶやいたら、とてもあっけらかんとした調子で「住んだらいいんですよ!」と言われたことも強烈に覚えている。そこには何の障壁もないように、一つの世界から一つの世界への移動は、まるでクツを履き替えるぐらい簡単なことなのだと言わんばかりのテンションで返されたのだった。その後も私は何度もロンドンの地を踏むことになるのだが、そのたびにリフレインするのはあのときの宿主さんのコトバだったりする。


 さらに、ちなみに・・・このときの旅の主な目的はサッカーで、チェルシーFCの50年ぶりのリーグ優勝を見届けたく渡航のタイミングを見極めてプランを練ってホームゲームのチケットを手配した結果、実際には優勝決定の一歩手前、勝てば王手をかけるという試合(そしてバナーを掲げる私の姿がテレビで抜かれるという、狙い通りの幸運もあり)に立ち会うこととなったわけだが、奇遇にもあのB&Bの宿主のお二人もチェルシーのファンだというので、それがまた嬉しかったなぁ。

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2021.12.31

2021→2022

 あっという間に1年が終わる。去年の今ごろ、ブログにU2の曲を貼り付けて終わってから、もう365日が経ったとは。
 今年このブログにあげた文章はわずか11件・・・。
 以前から、フリーペーパーの活動をきっかけとしてずっと私の文章を読んでくれている方から、いつもこの時期にご挨拶をいただく。たった11件しかアップしていないブログを、そしてまったく完成する気配のない次回作のフリペやZINEなどを、それでも楽しみにしてくださっている人がいることを思い起こさせてもらう。なのでいつも年末には必ずブログを書こうという気力をいただいている感じだ。

 「書くこと」は、どんなことでもいいし、どんな小さなところから始まってもいいではないか、と頭ではいつも思っている。そうして実際に手を動かして積み重ねていくことのあいだに、なかなかの壁があったり、抵抗感があったりもする。そういう怠惰さとか難儀さそのものを見つめて書いていけばいいのだから、さっさと書け、とナタリー・ゴールドバーグなら言うのだろう。いまこれを書きながら、いつも近くに置いてあるこの人の本を久しぶりにパラパラとめくってみた。

 書くときには一切の手綱をゆるめ、自分の中にあるものを、ごくシンプルな言葉で書きはじめるようにしよう。なめらかな走り出しは期待できない。ぶきっちょな自分を大目に見てやろう。あなたは裸になり、人生をさらけ出しているのだから。それはエゴがそう見せたがっているような自己像ではなく、人間としてあるがままの自分だ。だからこそ、書くことは宗教的なのだと私は思う。書くことは、あなたのエゴの殻を割り、あたりまえの世界に対する柔軟な心を培ってくれるのだ。

 いつ読んでも、ことごとくグサグサとくる。日々、いろいろな面で硬直した生活を送りがちなので、「裸であること、さらけだすこと、あるがままを見つめていくこと」を忘れがちになっている。精神的ストレッチとしての「書くこと」があって、身も心もほぐしながら、世界を生きのびること。コロナ禍はまだ続くけれども。

 今年の締めくくりはR.E.M.の『Everybody Hurts』。みんな傷ついている、でも歩く

 

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2021.12.08

ちょっと言いそびれていたこと

 実生活でもそうだし、このブログなどでも表だって伝えていないままだったのだが、
 実は4年ほど前から、スキーにハマっている。

 きっかけはひょんなことで、4年前にテレビをつけたら平昌五輪のフリースタイル・スキー競技をやっていて、観ているうちに「スキーって高校の修学旅行でやって以来だな」と思ったことに始まる。インストラクターの先生に教わりながら、クラスの男子で間違いなく一番滑れなくて転んでばかりだったけれども最後にはなんとか滑れるようになり、トータルで振り返って「楽しい思い出」として自分のなかに残っていたのだ。

 でもそこから23年ちかく経って、まったく雪山に縁のない人生を歩んでいて、それでスキーやスノボをやっていないままだというのは、何かもったいない気がしてきたのである。もっとも、もし自分がやるならスノボよりは一度は経験があるスキーだろうな、とは思った。

 で、ネットであれこれ調べてみると「ひとりスキー」とか「ぼっちスキー」という言葉があることを知り、これが非常に大きかったのである(もちろん、「ひとりスノボ」もある)。「そうか、スキーは独りで行っても差し支えないレジャーだったのか」ということに思い至り、クルマも持っておらず、雪山へはグループでワイワイと行くイメージに凝り固まっていた私は、公共交通機関だけを使って独りで滑って帰ってくるという人も多く存在しているという当たり前すぎる事実を、浅はかながら40年近く生きていて気づけていなかったわけである(そして同時に実感したのは、私の親しい友人たちも、奇跡的なほどに揃いも揃って雪山から縁遠い人生を歩んでいたわけである。あるいはタテイシなぞはどうせ雪山に誘っても乗ってこないと思われて、私の知らないところで楽しんでいたのかもしれないが)。

 そこから私はスキーについて調べまくり、すぐに挫折してやめるかもしれないリスクを想定してセール品の安いウェア類を揃えまくり、YouTube動画でスキーの基本やゲレンデでのマナーなどを予習しまくり(これができる環境が20年前とは大きく違う点であり、非常に恩恵を受けている)、準備を万全に整えてからその年の3月に満を持して滋賀県の箱館山スキー場へ足を踏み入れ、レンタルスキーを装着した40すぎのオッサンとして初心者向けスキー講習を受けてみたのである。
 そこですっかり雪山の壮大な景色に魅了されつつ、なんとかスキーも滑れたことに大いに気を良くし、そこからは文字通り雪山を転げ落ちるようにスキーへ傾倒していくことになった(ちなみに、このときに初心者スキー講習を受けたことやその前後のくだりについては、別に書いた長い文章があって、いつか公開できればと思う)。

 というわけで、それ以後は冬季シーズンを待ちわびるという、寒がりの私にしては大いなる転向を経て、ひとりスキーを楽しんでいるのであった(そして『スキーが趣味です』と堂々と言える程度には上手くなってから、周りの人に公言しようと思いつつ、毎年少しずつしかスキーに行けないので、自分が上達した実感もないまま伝えあぐねていて今日に至っている)。
 
 さて、今回はそれ以上スキーについて深く書くことはせず、話を別の方向へ持って行く。

 このスキー趣味が始まってから「日常生活のなかでもできるスキーの練習」として心がけていることとして、「電車のなかでヒザを軽く曲げて立ち、揺れに応じて体重移動を意識してふんばる」という行為がある。私は毎朝通勤で電車を利用するのだが、最初に乗る電車はいつも必ず立つしかなくて、そのときには吊り革を握らずに、軽くヒザを曲げた状態をキープし、揺れてもふらつかないように重心移動で対応している。そうすることでスキーっぽい足腰の動きが要求される(気がする)。

 そして、だ。例によって昨年からコロナ禍となってしまい、鉄道会社もクリーンで安全な車内環境づくりに努めているとはいえ、この「吊り革や手すりなどを極力触らないようにする」ということが、感染予防のリスク管理におけるひとつのポイントになってしまったのである。
 それゆえに、私はなおいっそう、電車に乗るときは吊り革や手すりを頼ることなく、この「スキー練習」の立ち方で乗り切っている。なのでこの2年間近く、私は電車内で一度も吊り革や手すりを触っていない。

 そう思うと、私が40歳をすぎて突然スキーにハマるようになったことも、このコロナ禍のタイミングを思うと、それなりにリスク管理という側面で多少の意味があったのかなと感じている。強引な解釈かもしれないが。
(そう書いておいたそばから、いきなり足腰がよろけて、ついに吊り革をつかむ日が近かったりしたら、情けない) 

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▲なので自撮りの写真しかない。

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2021.08.29

『B面の歌を聞け』vol.1「服の自給を考える」

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 友人の作家・太田明日香さんが主宰する「夜学舎」から、手作り雑誌『B面の歌を聞け』が創刊された。

 ここで語られる「B面」というのは、資本主義とかメインカルチャーが主軸で動いている世界を「A面」だと捉えたときに考え得る、オルタナティブな世界のありようのことだ。モノの交換だったり、できる範囲でDIY精神を発揮していったり、お金をかけなくてもいい部分をそれぞれのローカルの場から探求・実践していく姿勢を、このささやかな雑誌は問いかけようとしている。

 初回のテーマは「服の自給を考える」ということで、ハンドメイドのシャツの制作者へのインタビューや、ただ消費される対象としてでなく、服との多様なつきあいかたを提案する記事などが楽しめた。とくに、よれよれになって着れなくなった服を、型紙から起こして別の素材で縫製して“コピー”するという発想は自分にとって新鮮だったし、あと自分に技術がなく、身近なところで縫製を頼めないような場合に有用な「縫製職人マッチングアプリ」があるというのも、面白い試みである。

 読みながら感じたことは、衣食住のなかで「衣」の部分はもっとも「B面仕様」にしやすい領域ではないかということだ。たとえば「子どもが暮らしやすい家を建てる」というのはありえるが「子ども専用の家を建てる」ということは難しいわけで、そう思うと衣服というのは年齢とか目的とかの一般的な側面での「個性」に応じて、それぞれにカスタマイズが求められ、さらに嗜好やオシャレさを追求する楽しさの幅もふんだんに備わっているわけで、この領域を企業の利潤追求作業にまかせっきりにするのは確かにもったいない。

 ただし、もちろんすべてをイチから自作する必要もなく、雑誌のなかでも「不要品からパーツを流用し、ここぞの部分だけをハンドメイドとして成立させていく」というスタンスが紹介されていたりするように、「いいとこ取り」で、手作りと既製品のハイブリッドを楽しんでいくことも可能である。
 そういえばちょっと前に『ゼロからトースターを作ってみた結果』(トーマス・トウェイツ、新潮文庫)を読んで、あらためて「ものを作ること」について考えさせられたが(この本、ある意味では名著だと思う)、すべてを自分で作り上げる必要はなく、技術がゼロであろうとも、出来る限り自分で考えたり学んだりしたうえで、どうしてもムリな部分は専門家や既製品に任せることだって、そのスタンスにおいてはDIY精神であり、そうした「A面とB面を行き来するバランス感」が大切なのだろうと思う。

 次号の予定は「コロナ以後におけるお酒とのつきあい方」とのことで、「夜学舎」については(こちら)へ!

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2021.07.31

ひたすらロンドンの地下鉄に乗ったり駅をウロウロしている動画

 先日ひさしぶりにharukanashowで喋らせていただく(こちら)。前回トークしたのがちょうど一年前だったことを知り、驚く。ついこの間のことのようだったが、このコロナ禍の日々がいかに早く過ぎていったかを実感・・・。
 収録日において、直近に迫りつつあった東京五輪開幕への違和感だったり、サッカーの欧州選手権やF1イギリスGPでのお客さんの入りっぷりへの不安などを語らせていただく。
 これを書いている時点で開幕一週間を経ているのだが、なんかもう、東京および全国各地での感染者の増加傾向を思うと、素直に五輪を楽しめるモードではまったくない。あと一週間後にはどうなっていることやら、この危なさや先行きの不安感を我々一般人が(税金払いながら)引き受けなければならないことへの憤慨にまみれている今日この頃である。


 そんなわけで、相変わらずテレビはそこそこにYouTubeに依存している日々である。


 以前、Watched Walkerについて紹介したが、最近新たに見つけたのは、それのロンドン地下鉄バージョンともいえる「London Underground First Person Journey 24/7 Livestream」という動画で、収録した映像をつないでひたすら24時間配信している。リンクは(こちら)。



 撮影者はひたすらロンドンの地下鉄に乗り、ホームに降りるや乗り換えのために駅構内を歩き回って、また違う地下鉄に乗り・・・その繰り返し。そうしてあの空間における音や情景をカメラに収め続ける(ただし、なぜそんなに急ぐのかっていうぐらい早足で移動したがるところがあるので、もうちょっと落ち着いて行動してよと言いたくなる)。そもそも地下鉄なので窓の外の風景が楽しいわけでもなく、下方のテロップのおかげで、かろうじて今はどの線の、どの駅の区間を動いているのかが分かるわけで、地味といえば地味な試みだ。
 動画として「見る」という以上に、そのまま部屋のBGMとして流しっぱなしにしてもいい。基本的にうるさいだけなのだが(笑)、車内アナウンスだったり、時おり聞こえる「Mind the Gap」の機械的な音声だったり、レールがきしむ音のデカさっぷりだったり、ドアの開閉のときになる電子音だったり、すべてがロンドン暮らしをイメージさせる音として、心和む。


 それと同時に、こうしてカメラを携えてやたら地下鉄に乗ったり降りたりを繰り返しているこの撮影者は、どうしたって不審者のようにも見られるかもしれない。しかしイギリスの国らしいというか、冷徹なほどに他人には干渉しないムードが車内にもうかがえて、そのうえでこういう動画撮影が成り立っている気もする。


 そして最近撮影した動画がほとんどのようで、あきらかにコロナ禍の影響で地下鉄の乗客や駅構内を歩く人が決定的に少ない。なのでこれを見ながら、どのみちちょっと切ない気分にもなる。「そこにいない自分のこと」と、「今はそこに行くことができない、ということを納得しなければいけない自分のこと」があって、そのうえで「コロナ禍のいま、ロンドンはこういう姿になっている」ということを知り得る手段のひとつとして、いくばくかの感謝の念をもってこの単調な動画を眺めつづけている。

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2021.06.20

サイドカー問題のその後

2ヶ月前、4月にこのブログで「サイドカーが欲しい」という鍼灸師の先生についての記事を書いた(こちら)。

鍼灸師の先生のところにいくのは月に一回なので、記事を書いてからまた一ヶ月後に行くと、

「ちょうど先日、中古バイク屋さんで契約をしてきました」とのこと。

話はすっかり突き進んでいた様子。
最大のハードルであった家族にも、無事に説明を果たしたとのこと。

そしてさらに一ヶ月が過ぎた先日のこと、雨降りのなか、鍼灸院を訪ねた。

鍼灸院は先生の自宅と併設されており、入口の駐車スペースに、象の頭のハリボテでも置いているのかと思えるような、グレーのシートに覆われた大きな固まりがあった。

シートで被さっているため、いったいこれが何なのかが判断しにくいので、この家の前を通る人は気になるかもしれない。これが「自分のサイドカーを所有すること」なのかと、鍼灸院の入口の前で私はしばし突っ立って、この状況を味わわせてもらった。
(今日は雨だったので、シートをはがして実際のバイクを目にするのは次回以降の「おたのしみ」にさせてもらった)

わずか2ヶ月のあいだに、本当にサイドカーを自宅に迎え入れた鍼灸師の先生、「乗るときのことを考えると夜寝られないぐらいワクワクすることがある」と子どものようなことを言う。でも実際、そうなんだろうなぁと思う。いつでもこの巨大な象の頭、いやバイクにまたがって発進できるとなれば(バイクを持つことが久しぶりであればなおさら)、乗りたくてしょうがなくなるだろう。

そしてこのコロナ禍で自分を平静に保つための趣味として、バイク運転は適切なジャンルの趣味かもしれないと思えてきた。風を受けて自由を感じながら走行を楽しむという行為には、この閉塞感あふれる状況においてはとても魅力的である。

ただし時期的に雨が続いていたので、先生はまだ2回しか運転していないとのこと。なので、まだ家族も隣に乗せて走ってはいない。

先生いわく、つい昔のクセで道路の中央を走ってしまいがちになり、特に交差点で右折しようと止まっている先行車の車をよけて直進しようとするときなど、今までにないぐらいの「大回りで動く意識」がないと危ないということを言っていた。つまり「自分はとても変わった乗り物を運転しているのだ」という自覚をずっと持っていないといけないわけである。

そしてこの変わった乗り物を公道で運転する以上、「見られる意識」はより高まるため、「何を着ていくか」も重要なファクターとなり、また同乗者となる家族についてもヘルメットやその他のギアを準備する必要があるために、これでいっそう支出がかさむ可能性が高まるという、至極当然の成り行きについても我々は真剣に話し合った。というわけで、毎月一度のペースで鍼灸院で鍼を打ってもらっている時間は、「結局、どんな趣味をするにしてもお金がかかって大変よね」という人類不変のテーマについて堂々めぐりの議論が続いていくのであった。

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2021.06.07

ディカプリオの『華麗なるギャツビー』をいまさら観たのだが

小説の映画版っていうのは、「たいていが期待ハズレ」と思っているフシがあった。

『グレート・ギャツビー』の映画版が2013年に作られていたことはそれとなく知っていたが、
Gatsby
この主演がディカプリオで、主役のギャツビーを演じたわけだが。
この時点で「うーーーーん、なぁぁんか違うんだぁ~私のなかでギャツビーはこの人じゃないんだよなぁぁぁ~」っていう思いが当時からあった。

ネットで画像検索すると、この写真もよく出てくるのだが、
Gatsby2
やーー、この微妙な笑みも(それなりにこの物語の本質を考えると、演技としてはこの表情のさじ加減も上手いんだろうけど)、なんだか「この人じゃないんだよなぁ」感があったわけである。

でも、だからといって「じゃあディカプリオ以外だったら誰がいいのか」と問われても、そんなに俳優について詳しくないので、うまく代役を推薦できないわけであるが・・・。

そんなこんなで、長らくスルーしてきたこの作品ではあるが、最近ふとしたきっかけで観てみることにした。

 

いやー、驚いた。

 

すごく、よかった。
すいませんでした、と謝りたい。

 

俳優のイメージが、じつはディカプリオ以外のほぼ全員が、私の脳内イメージにかなり近かった。そこがまず驚いた。

そして予想以上に、原作の内容に忠実だった。その1920年代の世界のなかの一部分を現代風に解釈して、ダイナミックな映画に仕上げていた印象。

なにより原作を読んだときに、想像を司る部分が描く世界観やイメージが、ちゃんと映像美のなかで表現されている感じがものすごくあったので、「不思議な再読体験」のようでもあった。

たとえば序盤のブキャナン邸のシーンで、最初にデイジーが出てくるシーンの、透き通るようなカーテンが風にあおられている部屋の感じとか、クライマックスを迎えるニューヨークのホテルの冷たく張り詰めた部屋・・・でも夏の暑さでけだるい部分もある雰囲気とか、すごく細かい部分なのだけど「この情景を自分は本を読んだときに味わっていた」と言いたくなるような、そういうビジュアルが随所に達成されていた。

で、その「達成」の要因として私が感じたのは、ひとえに原作を書いたフィッツジェラルドの巧みな文章構成力によって、時代を経ても多くの人が同じようなイメージを鮮烈に思い浮かべ、かつ登場人物たちのフィーリングが共有できるように、言葉が構築されていったのであろう・・・ということだ。

「この文章や言葉が、どうしてこの順番で現れてくるのか」という感覚でじっくり向き合いたくなるところがたくさんあるので、村上春樹がものすごくこの小説を推しているのも、きっとそういうことなのだろうと思う。「時代を超えて、多くの人が共感できる、言葉と言葉の美しいつながり」が、この小説においては随所にちりばめられていて、翻訳家としては原文英語のその美しさをどうやって変換していくか、とても苦心のしがいのある作品なのだろうと思う。

翻訳でしか私は味わえないにせよ、この映画を観てあらためて、この小説が持っている「流れるような美しさと、冷酷な儚さが混ざり合う世界」を違った角度で堪能させてもらった気がする。また原作の小説が読みたくなるっていうことは、映画の勝利でもある。


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2021.04.25

友人の弟君の結婚披露宴をライブ配信で楽しませていただいた話

Napoli
▲ゲーム実況「ナポリの男たち」のキャラがのっかったケーキがファニー。

 旧友のM・フィオリオ氏の弟くんであるシゲちゃんが、このたびめでたく結婚式を挙げた。

 本来なら昨年の今頃に挙式が執り行われる予定だったのだが、コロナ禍のためなくなく延期となってしまった。
 しかしそれから一年が経ち、さまざまな工夫により感染対策を万全にしたうえで挙式と披露宴が催されることとなり、そしてその様子をネット中継で配信をするということになったのである。
 私はフィオリオ氏に頼んでその動画配信のURLを教えてもらい、その様子を観ることができ、貴重な体験をさせてもらえることとなった。

 そもそもフィオリオ氏のご一家が私の地元に引っ越してきたのは小学校6年生のときであり、シゲちゃんは当時1歳とかだったわけで、おおよそ一回りほど違う。よくフィオリオ氏の家に遊びに行かせてもらっていたが、年が離れているぶん、我々にも屈託なく接してくれる天真爛漫なシゲちゃんとはその当時から同じ空間を共有してワイワイやっていた。
 あとこの当時のことを思い返すと、いつも帰りがけにフィオリオ氏のお父さんが、リビングから「おつかれさーん」と、まるで一仕事終えたかのような声をかけてくれたのが印象的で、こちらとしてはさんざんゲームなどして遊ばせてもらっていたのでまったくお疲れでもないのだけど・・・と当時は思っていたわけだが、あの「おつかれさーん」は、ひょっとしたらシゲちゃんの相手をしてくれてお疲れさま、っていう意味だったのかもしれないと後々になって思ったりもした。

 そんなわけで、少年時代の一時期をしばしば共に過ごしたシゲちゃんであるが、大きくなるにつれて顔を合わせる機会も減り、やがて進学で親元を離れ、難しそうな勉強を続けて立派な社会人になっていく様子を、ときおりフィオリオ氏との会話でうかがう感じであった。

 そのシゲちゃんがご結婚とのことで、なんだか勝手ながら親戚のおじさんのような気持ちで感慨深く思えてきて、去年の段階で「もし披露宴の当日に急きょ欠席者が出たら、いつでも駆けつける準備はしておくから!」とフィオリオ氏に伝えていた(『新郎の兄の友人』という立場の人が出席する披露宴はなかなかないだろうけど)。

 本来なら去年に予定していた挙式や披露宴が延期になったことは新郎新婦やご家族にとってもたいへんお気の毒なことであっただろうと思う。しかしコロナ禍のなかで、オンラインで場を共有するという技術的な課題解決があらゆる分野で定着していったことにより、1年後に仕切り直して行われる挙式や披露宴において、私のような立場の者でも「ある意味での参加」ができるようになったことについては、ひとつの大きな社会変容を実感させられる。おそらくコロナ禍が収まったあとも、こうした挙式・披露宴において、オンラインを用いたコミュニケーション技術は積極的に活用されるだろうから、未来の生活様式のひとつのありかたを今回の彼らは示してくれたように思う。

 そういうわけで私のほうも気合いを入れるべく、









自宅で礼服を着て臨むことにした。

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▲着替えたけど、このあと外出する予定がない日。

 動画配信のURLにアクセスすると、事前に式場側からの注意事項がいくつか示されており、そのなかでなるほどと思ったのは「たとえ友人に知らせたいとはいえ、SNS等で配信URLを拡散させないように」というポイントだ。たしかに結婚式や披露宴は、よくよく考えると新郎新婦だけでなく招待客においても個人情報の固まりのようなイベントなので、この点は強調して注意を払うべきなのだと認識した。

そしていよいよ挙式が始まった。

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 久しぶりにお見かけするシゲちゃんはすっかりオトナになっていて(そりゃそうだ、自分がいま43歳なのだ)、笑うとミスチルの桜井さんに似ており、いい男になっていた。お連れ合いさんも可憐で雰囲気が素敵な方で、良い人に出会ったんだねえぇ~と、親戚のおっさんモードで眺めていた。

 たまたま式場内のカメラの位置取りの関係で、フィオリオ氏のご家族の様子も見えやすかった。もし仮にこういう場で私が列席していたら真後ろの席についているだろうから、ご親族の表情なども背中越しに想像するしかないわけで、これはこれで貴重な光景を見せていただいたわけである。

 そうして挙式のあと、誰もいない披露宴会場に動画が切り替わった。やがて招待客がテーブルにつき、主役登場まで待つ間の時間もずっと中継してくれていたのは良かった。どうしても披露宴開始前は、「手持ちぶさた」な時間帯が必ずあるわけで、このあたり、とてもリアルな「時間的経験」だと感じた。

 とはいえ私としては、この時間帯を利用して、自宅のなかでチョコチョコと動き回る必要があった。というのも・・・








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 そう、自分用の食事をあらかじめ用意したのである。
 普段あまり行かない近所の高級スーパーに出向き、そこでお総菜コーナーを物色した結果、(ちょっと想定とは異なるラインナップだったが)「なんとなく色合いが披露宴っぽい」という理由でこのチョイスに。そして普段はお酒は飲まないが、せっかくなのでスパークリングワインなども準備してみたり。私としては「飲み慣れないお酒を味わう+お酒のせいでボ~ッとしたテンションになる」というのも披露宴に付きものの経験なので、できるだけそういうシチュエーションを再現しておきたかった。

 こうして披露宴が始まり、画面に向かって乾杯を行った。

 新郎新婦が招待客と一緒に写真を撮ったりする際に接近するときは、飛沫防止のため、ハート型にデコレーションされた透明プラスチックの板のようなものを手に添えて会話していて、いろいろ工夫されていた。

 私の立場からすれば、フィオリオ家ご一同と新郎新婦が一緒に写真撮影をするシーンが最も興味深いところであり、ちゃんとカメラも正面に回ってその様子を伝えてくれていた。それぞれの表情を微笑ましく眺めながら、パソコンの画面に向かってスマホのカメラで写真を撮ったりしたわけだが、後々になって気づいたのは、これはスクリーンショットで画像をキャプチャしたほうが確実に画質的には良いはずなので、ついいつもの調子でスマホを取り出していたことについては苦笑いである。

 今回はそれでも感染防止対策のため、現場には親族のみを招待するに留め、それはご本人たちにとっても本意ではなかったであろうけれども、オンライン配信による利点を最大限駆使したうえで、出来る限りたくさんの方々に「参加」をしてもらいたいという新郎新婦の気持ちが随所に表れていた。
 たとえばチャット機能により、URLを知っている友人たちはメッセージを随時送ることができ、司会者の人もその内容をふまえてコメントを添えたりもできる。おそらく、新郎新婦の席にも画面が設置されていて、そのコメントを読めるようにもなっていたと思われる。
 また会場内に流れているBGMも適度な音量で配信にも届いていて、その空間にいるような雰囲気づくりは技術的にとても考えられていた。
 
 そして動画配信の場合だと、途中に用意されている余興のクイズゲームや、お二人のこれまでを紹介する写真スライドなどは、これ以上ないぐらい鮮明に画面で拝見できる。ただし写真に収まっている本人や親族以外の人については、ネット配信である以上、すべて顔を覆い隠さなければならない配慮が求められるのも、見ていて「なるほどなぁ」と思った。
 
 そうした配慮は、宴の終盤に訪れた「新婦へのサプライズメッセージ動画の上映」のときにも徹底されていて、この場合、現場の会場で流された動画は、個人情報保護の観点によりネット配信の視聴者には見せることができないわけである。ただしその代わり、配信用のカメラは「動画を見る新郎新婦の姿」をずっと捉えていて、新婦が驚き、笑い、感激し、涙を浮かべる様子を見守ることとなる。そしてこのときシゲちゃんが新婦の雰囲気を察してさりげなく内ポケットからハンカチを取り出して渡した様子はすごく素敵なシーンで、とっても印象的だった。

 こうして最後の締めくくりは新郎新婦によるスピーチがあり、そこからエンディング・ムービーが配信された。自宅で見ているこちらも、もはやすっかり現場にいるテンション(ちょっと酔ってるし)になっていて、ハートフルな気持ちとともに、すっかり堪能させてもらっていた。

 こうして新しい時代の変化を味わわせてくれたシゲちゃんご夫妻にはあらためて「ご結婚おめでとうございます!貴重な経験をさせてくれてありがとう!!」といつかリアルな現場で伝えたいと思った。

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 ▲調子に乗って近所のケーキ屋にも寄って用意したが、さすがに食べ過ぎの感があるな。

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2021.04.17

サイドカー問題

 毎月、行きつけの鍼灸院の先生に施術をしてもらいながら、いつもいろんな話をする。

 先日のときは鍼灸師の先生がおもむろに、
 「まだ家族にも言ってないんですが・・・」と、つぶやく。

 「はい」

 「最近、サイドカーが欲しくなってきて」

 「サイドカーですか」

Sidecar

 なるほど、と思った。先生は若い頃にハーレー・ダビッドソンを乗り回していたのだが、結婚して子どもが生まれてからは泣く泣くバイクを手放したとの話は聞いていた。
 そろそろかつてのバイク趣味を復活させてもいいだろうと思ったのだろう、そこへ普通に二輪車ではなく、「昔からあこがれがあった」というサイドカーへ照準を向けつつあるわけだ。

 「いろいろ調べてみると需要がないようで、値下がってきている」とのことで、ハーレーのサイドカーになると今後は生産がされないかもしれないらしく希少価値があがる可能性があるため「家族には、これは『将来への投資なんだ』と説明しようかと思う」など、もうすでに先生は購入する気が満々の様子だった。

 かれこれ10年ぐらいの付き合いになるが、鍼灸師の先生とはこうして、しばしば物欲に関する対話がネタになってくる。今回の場合は家族にまだ怖くて相談できないぶん、患者へ語ることで背中を押してもらおうという感じであった。

 それにしても、私の人生でサイドカーの購入を真剣に検討している人と会話するのは初めてのことだったので、いろいろ聞くにつれ、サイドカーを所有することはいろいろ大変そうだと思った。

 というのも、その話を聞いたときにはまず最初に「サイドカーだったら、奥さんやお子さんが乗っても楽しめるんじゃないですか」と私は軽い思いつきで言ったのだが、「いや、街中だと注目を集めてしまうので恥ずかしがってあんまり乗ってくれないと思う」とのこと。確かにそれはそうかもしれない。

 あと、ハーレーのように米国のバイクだと右側車線の世界に対応したカタチになるため、どうしてもサイドの車はバイクの右側に位置する。それを日本の道路で走らせる場合は、同乗者のほうは対向車線側にくる。連れ合いや子どもを常に対向車線側の危険なゾーンにさらすことになるので、それはそれで落ち着かない。

 「家族がダメなら、友人を乗せて走るとか」と私。

 「だからといって、おっさんが二人でサイドカーに乗っている図も美しくない」と言われる。

 車輪が3つあるため、普通のバイクほどには転倒のリスクは少なそうなのだが、サイドカーが空席だと重量バランスが悪くなるようで、場合によってはサイドカーのトランクに砂袋を収納して走ることもあるらしい。これからもし街中でサイドカーを見かけることがあれば、サイドに人が乗っているのかどうかはとても重要な関心事になってきそうだ。

 そういうわけで、結論としては「ペット(犬)を飼って乗せるしかないのか」となったのだが、犬にしても普段の散歩と違って勝手が違うだろうから、いい迷惑かもしれないし、途中で降り出したくなられても困る。

 でも今ネットで調べたら、犬を乗せてサイドカーを走らせることはわりと行われているようだ(こんな記事があった)。

 つまりは犬の散歩をエンジン駆動で行う装置としてサイドカーの存在意義があるのかもしれない。

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 ▲こんな写真をみつけた。

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2021.03.28

ちょっと昔のロンドン・バスの「あの部分」を再利用したバッグ・小物類をハンドメイドする京都の「SANS-SERIF」に出会ってテンション上がった日のこと

すごくひさしぶりに京都市役所前のゼスト御池を通りがかった。
そのまま地下鉄に乗ろうと思ったわけである。

イベントスペースでは、クラフト・雑貨を扱うお店のブースが立ち並んでいて、そこを通りすがりにたまたま目に入ったものがあり、思わず足が止まった。

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このロンドン・バスの写真のタペストリーを見た瞬間、そこにある品物が何を意味するかが「!!」とパッと分かるようになっていた仕組みも、さすがだと思う。

やーーーー、これはねぇ、もう、絶対、足が止まるでしょう、ロンドン大好き人間にとっては。

つまりこういうことである。

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あの古いバージョンのロンドンバスの、行き先案内表示に使われていた部分を再利用して、バッグなどを作っているわけである!

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つまりはFREITAGのようなコンセプトで、産業分野で使われた素材をリユースした一点物ばかりであり、どれも欲しくなる(笑)

京都を拠点に活動している「SANS-SERIF」、その代表でデザイナーの藤川和也さんという方がブースにおられたので、しばしの時間、お話をうかがえた。

あのレトロな行き先表示の部分は単純に紙類のように思っていたのだが、実際には古くはリネン生地だったり、その後はタイベックというポリエチレン系の素材だったりして、とても軽くて丈夫なのだった。現地でコレクターが収集しつつも、多くは破棄されるようで、それらの素材を仕入れてカッティングや組み合わせをデザインし、京都の鞄職人さんが帆布で縫い合わせていく。おそらく知る限り世界で他にやっているところはない、とのこと。

ロンドンの公共交通全般におよぶ独特の書体は、エドワード・ジョンストンがデザインしたフォントが100年前から使われていて、この行き先標示の文字の印刷はシルクスクリーンで行っているとのこと。よーく見ると、ところどころに線の微妙なうねりがあったりして、それも味わい深い。

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そして、ロンドン以外の地域だと、黒白だけでなく緑や青色が標示に使われることもあるようで、上の緑色のものはポーツマスで走るバスのものだとか。

こうなると、思い入れのある場所の地名が入っている商品を探してしまいたくなる。土地の記憶と結びつく一点物のプロダクト、ひたすら素敵である。

あらためて同社のHPは(こちら)へ!

あぁ、ロンドン行きたい・・・(笑)

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ちなみに。

このSANS-SERIFさんのブースを後にした直後に気づいたのだが、よくよく考えると、私がこのゼスト御池を通過して地下鉄に乗ろうとした経緯もシンクロニシティ的にすごいものがあった。

そもそも、三条駅付近でお昼ご飯を食べようと思ったが、目当ての店が混雑していたので京都市役所の近所まで移動してご飯を食べた。本当はここまで来る予定は当初はなく、そしてこのあとの用事は、地下鉄でいえば一駅先の烏丸御池駅周辺が目的地なので、本当は歩いてもよかったのだが、このときはたまたま地下鉄に頼ろうと思い、ゼスト御池の地下街に降りたのである。

そこで上記のSANS-SERIFさんに出くわして感動したわけだが、その後わたしが地下鉄に乗ったあとにやろうとしていた用事というのが、これがよりによって「コピー屋さん(京都カンプリ烏丸店)に行って、ロンドン中心部の鉄道路線図の大判プリントを行う」というものだった(笑)。

どういうことかというと・・・

実は私は家のトイレに、ロンドン地下鉄や近郊の鉄道がすべて網羅された案内地図の現物を壁に貼っていて、あたかも鉄道マニアのごとく日々これらの駅名を眺めて暮らしているのである。また最近は、英語の発音を家で練習するきっかけとして、それらの駅名を(現地の車内放送ばりに)いかに発声するかの練習を繰り返しているのである。そうなると、細かい文字で書かれた駅名が読みにくいため、いっそのこと最新版の路線図をPDFでダウンロードし、パソコンの画像ソフトで加工し、壁のスペースいっぱいまで貼り付けられるように拡大したものを自作しようと思い立ったのである。

そのファイルが完成したので、それをコピー屋さんに持っていって大判のA1サイズに印刷してもらおう・・・と思って、そのためだけに出かけたのである。それがこうして、ひょんなことからロンドン交通局のあの伝統的な書体をモチーフにしたバッグを扱うデザイナーさんと出会い、話をさせてもらったわけで(ひとまずこの日はキーホルダーとマスクホルダーを購入させてもらいました)。

興奮冷めやらぬ感じで地下鉄に乗って、そこであらためて「あ、今から自分、あの書体がたくさん書かれたロンドンの路線図を印刷するんだった」と気づいた次第(笑)。いやはや、こういう日もあるもんで・・・

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▲こうして大判の路線図が手に入り、トイレの壁面へ(笑)。これでどの駅名もしっかり読めるようになった!

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2021.03.13

ありがとうございました@版画展

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無事に教室展が終わりました。
来ていただいた友人の方々には感謝・・・!
自分の作品を前に友人と語り合うという体験は、とても新鮮なものでした。
またこういう機会があれば。

このミカリギャラリーのある建物の雰囲気が、こうして終わったあとも体にじんわりと残るような、不思議な感覚があります。
実質的に二日間とちょっとぐらいしかこの場所にいなかったはずなのに、なんだか古くから知っていた場所のようで。

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庭の黄色いミモザが本当に綺麗なタイミングで楽しめました。

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そして展覧会が終わったということは、あの空間や時間はもう二度と再現ができないということでもあり、そのことがなおいっそう、ノスタルジックな気持ちにさせてくれます。

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2021.02.28

水彩木版画の教室展はじまりました

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先日、展覧会の会場設営に参加してきました。
自分の関わる展示をゼロから作っていくのは考えてみたら初めてかもしれません。
無心でクギを打ち込む時間とか、なかなか新鮮。

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会期はわずかですが、それぞれの日に分担して教室の受講生が当番しています。タテーシは3月6日(土)の午前中と8日(月)の最終日にいる予定。

1Fのカフェは都合によりこの期間は営業していませんが、この建物を取り囲む雰囲気が、とても良い感じであります。
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ミモザが咲いてます。

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2021.01.31

通っている木版画教室の展覧会に参加します

2019年のゴールデンウィークのときに、水彩木版画の教室「空中山荘」の体験講座を受けて、そこから教室に通うようになりました。

2年に1回、教室では受講生の作品の展覧会をすることになっていて、今年度はコロナ禍ではあるものの、なんとか準備を続けてきて、このたびの開催となりました。
水彩木版画なので、白黒だけでなくカラフルな版画がメインとなりますが、このフライヤーが示唆するコントラスト具合も楽しめる展示になっています。

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会場となるカフェ、サルンポヮクさんはまだ現地にいったことがないのですが、素敵な雰囲気の場所です。【注:現在は完全予約制で営業されています】

この展覧会にむけては、昨年の大半の時間を費やして作った作品1点だけを展示すればいいかー・・・と、新米の私は(のんきに)思っていたのですが、先生より「最低2点は出すこと」と言われ(笑)、最初の体験講習会で作ったハガキサイズの作品も額装して出展させていただくことに・・・当時まだ版画を始めるかも決めていない体験講習のときだから、無邪気に自分の趣味丸出しのモチーフで彫ってしまった拙い作品で恥ずかしい限りですが・・・。
 私の作品はともかくとしても、他のみなさんがそれはもう多彩で、版画表現のいろんな可能性を見せてくれる楽しい作品を展示していますので!!

それとは別に、「白黒の旅」のテーマにそった、共同製作的な作品も別途1点、受講生全員が展示しています(その自分の作品によせてそれぞれがショートエッセイを書き添えています)。

もし展覧会に行ってみようという方がおられましたら、事前にお知らせいただけると助かりますし、特に何も言わずフラッとご来場いただいてもぜんぜんオッケーです。ただしコロナ感染対策で入場制限をかけておりますので、場合によっては寒い中ちょっと待っていただく可能性がありますのでご了承ください。

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2020.12.31

2020→2021

 まずは自分も周りの人々も健康なままで年末を迎えることができていることに感謝。ひたすら感謝。ここまで健康管理に気を使った一年もないが、本当は普段から心がけるべきことなんだろう。

 コロナ禍って、文字通り世界中の宗教や国境の区別なく、すべての人が同時代のなかで共に向き合う課題となっていることで世界史に残る出来事になるわけだが、よく考えてみたらこういう感染症って時代を問わず発生するので、今回のCOVID-19がインターネットの発達したこの時代に起こったことがある意味ではまだラッキーだったのかもしれないと感じている。これがもし25年前ぐらいに起こっていて、情報の主要な入手先がまだテレビや新聞だけに限られた場合だったら、もっと厄介なことになっていたように思う。

 ところで花王の「ビオレ・ガード 手指用消毒スプレー」という製品をご存じであろうか。

200mlというサイズは持ち運ぶことを意識した製品となっている。ロック機構も備わっているので、不用意に噴射することもない。
 私もこれを買い求めた次第だが、カバンに入れて持ち運びたい場合、もっと収納しやすくて、かつ剥きだしのノズル部分をカバーできるような工夫ができないかを、このごろずっと考えている。
 いつも通勤電車のなかでみかける男性が、カバンについているペットボトル収納用のポケットにこのスプレーを差し込んでいるのだが、たしかにそうしたくなる気持ちは分かる。ただ、できればカバンの内部に収めたいところではあるので、何かを代用してケースのようにして、かつ取り出しやすくするような仕組みができないか、あるいはノズルで指をかけるところのプラスチック部分を削ることで形状をよりシャープにできないか、といったカスタマイズの可能性をぼんやりと考えている・・・そして、いまだにその解決策が見いだせていない状況ゆえに、スプレーをカバンに入れずに机のうえに置いたままだったりするので、本末転倒ではあるのだが。

 そういう「改造」を考えたくなるマインドがわき起こるのは、すぐ影響を受けやすい私が最近読んだ本が、とても楽しかったからである。


F1マシンのデザイナー、エイドリアン・ニューウェイの自伝『HOW TO BUILD A CAR』(三栄、2020年)では、空気力学のプロとして彼が手がけたマシンの設計において、そのときどきに考えだしたことやアイデア創出のプロセスが、工学の知識がない読者にも分かりやすく解説されていく。アイルトン・セナが事故死したときのマシンも彼の手によるものだったが、あの出来事を境に安全性との共存を図る時代的要請とともに様々なルール改定が行われ、その「網の目」をいかにかいくぐり、速さを失わないように知恵を絞るかという、そうした試行錯誤のせめぎ合いが折々のエピソードとともに語られており、ある意味ではビジネス書のような読み方ができる労作である。

 ニューウェイの本のおかげで「空力」の重要性についてあらためて意識するようになった私だが、さしずめ日常生活でそのことを活用できる場面といえば、マスクを着けるときにメガネが曇りにくいようにするため、いかに鼻の頭の部分までマスクを引き上げて折り曲げるかといった「鼻息の空力」について毎朝あれこれと苦慮することぐらいであるが・・・。

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さて2021年を迎えるにあたり、当然ながらコロナ禍の動向が気になることは変わらないが、ひとつお知らせできる個人的なイベントとして・・・ふと思い立って昨年から通い出した水彩木版画教室において、2年に一度、教室展として受講生の作品を合同展示する機会があり、それが2月末から3月頭、大阪・箕面市のミカリ・ギャラリー(サルンポヮク2階)で行われることになっている。コロナ禍において毎月メンバーで話し合いを続けながら実施形態を模索しつつ、講師の先生の指導のもと準備を進めている状況。まだ正式には案内ができないけれども、ひとまず予告として。

2021年こそは平穏な年となりますように・・・。

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