2018.10.09

小文:「ダメといわない」発想、台風における人間の闇、カプチーノの想い出

 このあいだ、ひさしぶりに大阪は高槻の「乾物屋スモール」を訪れ、のんびりとした時間を過ごさせてもらった(もう2周年になる)。店主のまぁこさんが、最近依頼をうけるようになったという、調味料をテーマとしたレクチャーにおいて、彼女なりに工夫したタイトルとして「ダメと言わない調味料のはなし」というのがあって、この考え方やセンスが相変わらず素敵であった。ついついこの手の話はトーンが教条的になり、「いかに化学調味料が体に悪いか」「これが正解で、あれはダメ!」という観点に陥りがちになり、「良いことができていない自分」へのぼんやりとした罪悪感なり自己否定的な雰囲気なりが出てしまう。
 お客さんもダメ出しをされるために話を聞きにきたわけではないし、その時間を楽しく有意義に過ごすためにも、「体に良いものを作っている生産者さんを応援する楽しさ」を伝える方向性に持って行きたいという、まぁこさんのその姿勢はすばらしいと思うし、多くの人に共有されていってほしいと感じる。
 「良いものと悪いもの」の知識はそれとして理解しつつも、「こうしなきゃいけない」というプレッシャーをかけるのではなく、ましてや押しつけがましくなるのでもなく、「こういう製品をこういう人たちが作っているんですよ」という部分を出発点として、我々が普段使っているもの、食べているものに(楽しみながら)注目していくこと。この発想はいろいろな分野で活かせそうな気がする。

---
 最近ツイッターで知って戦慄を覚えた・・・というと大げさなのかもしれないが、なぜ台風災害のときに、しばしば「風雨のなか田畑の様子を見に行って、用水路などにはまって死ぬ人」が必ずといっていいほど出てくるのだろうかという、長年ずっと思っていた疑問の答えのひとつが(ここ)で紹介されていた。

 それによると、台風や大雨のときは、自分のところの田畑に排水されないように「見張る」というのが必要で、結局「見張りに来なかった人の田畑に向けて、みんなが水を逃がそうとする」という事情があるというのだ。もちろんいろんな地域があってそれは一概には言えないのだろうけど、でもおそらくそれは実態として大いにありえるのだろうし、人間の真実がそこにある気がする。そしてそれは「防災」なんかとは無関係の秩序なのである。そのことを知らずに私はいままで「なんでこんな危ない日に外へ出るのか?」とばかり思っていて、大地とともに生きている人たちのリアルな切実さにまったく思い至っていなかったことを痛感した。

---

 あまりコーヒーにたいしてこだわりがないのだが、カフェでの注文時だったり、ファミレスのドリンクバーに「カプチーノ」があると、ついそのボタンを押してしまう。3年前にイタリアを旅したときに、ジェノバの古い建物の最上階にあった家族経営の宿に一泊したのだが、主人のオヤジさんが朝食を自ら準備してくれて、飲み物を何にするかを聞いてくる段階になって・・・カプチーノ? ・・・カプチーノ? カプチーノッ!!と、まるで

「もうオマエはカプチーノでいいよなっ!?」

と言わんばかりの勢いで、一方的にカプチーノを入れて持ってきた。それ以来「カプチーノ」という言葉に触れるたびにあのオヤジさんのまくしたてるような勢いを想起しては、憧憬の念を込めつつカプチーノを頼まないといけない気分になるのだった。

R0031354
▲「カプチーノ事件」の食堂。ジェノバまた行きたい。
そういえば吉田戦車の『伝染るんです』のなかに、男子学生が中華料理店に入ったら何も頼んでないのにチャーハンが置かれて「だってお客さんチャーハン顔だもん!」って言われて納得してパクパク食べる、っていう漫画があったが、なんとなくそのノリに近い感触。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.09.04

フライヤー/フリペ/Zineの整理・保管用に「自宅で展示しつつ収納する棚」をDIYしてみた【7年越しの第2弾】

Img3361

2011年5月にこのブログで私は『フライヤー/フリペ/Zineの整理・保管用に「自宅で展示しつつ収納する棚」を自作DIYしてみた』という記事を書いている。
有孔ボードを使ったフライヤー置き場を自分なりに作ってみたわけだが、かなり詳細に作り方を書いていて、当時の私の「してやったり感」がにじみでている。→記事は(こちら

そして引っ越した後もこの自作棚は活用されていて、今でもさまざまな「紙モノ」がギッシリと挟まっている。

で、この過去の記事をあらためて読むと「あまった板は、この棚づくりが成功したら第二弾を作るときに使おうと思った」としっかり書いてあって苦笑してしまう。
そう、余った棚はその後も7年間にわたり私の自宅に保管されたまま、持て余していたのである。

今年は自分のなかで「部屋のインテリアをしっかりがんばろうイヤー」にしているため、この「有孔ボード棚」のバージョン2を作ることにした。
あれから7年もたつと、とくに旅行先で手に入れるいろいろな紙モノも増えていき、それらをしまい込むのももったいなく、生活のなかで少しでも目に触れるところに置きたいという思いもあった。

そして第二弾を作るにあたっては、「物が乗る部分は、木材を貼り付けるのではなく、ボルトを大量に並べてしまえばいいのではないか?」と思ったのである。

有孔ボードの穴のサイズにもよるが、自分の持っているボードの穴は8ミリだったので「M8サイズ」のボルトとナット、ワッシャーをまとめて仕入れてきた。
ボルトの長さは4cmぐらいがいいかなと思ったが、これは今後場合によって変更してもいいだろう。そう、ボルトで固定していくほうが、何かとカスタマイズ性は高くなるので、木材を貼り付けるよりもよっぽど良いんじゃないかと思える。

そしてボルトを取り付ける前に、ひと工夫を試みた。それはあるインテリア雑誌で有孔ボードの活用事例を見ていたとき、「なぜこの黒いボードはやたら格好良く見えるのか」をいろいろ考えてみた結果、「ボードの穴の側面も黒く塗っているのかもしれない」ということに気づいたのである。なのでマジックでひたすらすべての穴の側面を塗りつぶしていった(この作業でペンは完全に摩耗してダメになります)。

Img_3283
▲ペンで塗っている列の上下の穴の見え方に注目。側面を塗ると、どの角度からみても黒々と見えるわけだ。


たまたま昨日も同僚に「プライベートのとき何やっているかよく分からない」と言われてしまったが、こういうこと、つまり何時間もかけて穴にマジックペンを差し込んでグリグリしているような生活を送っているわけである(塗れたつもりでも板の向きを変えると塗り残しがたくさん見つかって、予想以上に何往復もして塗りまくった)。

こうしてボルトを取り付けていく。
Img_3348

裏面はこんな感じ。かなり適当にニスを塗っている。
Img_3349

そして今回は設置場所として、もともと賃貸で穴を空けてよい木材のレール部分があり、ここから吊り下げようと思った。まずはレール部分を、「カモ井加工紙」の撮影作業向けマスキングテープ「mt foto」シリーズの黒色を仕入れてきて、それを貼り込んでみた。ちなみに有孔ボードの端もこのテープで補強した。このテープはカメラ機材の補修にも使えるぐらい頑丈で発色もよいので、かなり使えることを最近知った。

Img3359

で、ひっかけるパーツについては、かねてからずっと気になっていて、近所にありながら今まで立ち寄ったことがなかった、京都・上賀茂神社ちかくの“インディーズ系”な金物雑貨店「BOLTS HARDWARE STORE」にて、ちょうど欲しかった感じのアルミフックをゲット。
それにしてもこのお店はすばらしかった・・・京都にお越しの際はぜひここまで足を伸ばして来訪してほしい(カフェも併設している金物屋さんっていうだけですごい)。雑貨系も充実していて、こういうお店は本当にがんばってほしい(サイトはこちら)。

カラビナを通してS字フックでぶらさげる方式にしているが、これについては今後の課題。このあたりはテキトーに対処しているので、また何らかのよい方法があればそれに変えていく。

あとは前回同様、ゴムを通していく。
ボードの片面は帽子をひっかけたりするスペースにしてみたり、とにかく思いつきでカスタムが可能。

Img3360
というわけで、ボルト方式でもまったく問題なく紙モノが置ける。木材を貼る手間もないから、とても簡単に作れるので、今後はこの方式をオススメしていく。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2018.08.28

英和辞書と偶然性

 ここ数日、机の上の空いたスペースに英和辞書を広げたままにしている。かつて同じようなことを村上春樹がエッセイで書いていたが、辞書はおもむろに意味もなく適当なページを読んでみると「新たな顔」を見せるような感じがあって、食事中などにその置いたままの英和辞書の見開き2ページをじっくり読んで楽しんだりしていた。

 で、思い立ってそのままの状態で辞書を放置していると、クーラーや扇風機の風の具合で、自然にページがめくれていくことが分かった。そうして今、この場所にずっと辞書を置いて、ページの変化を実験的に楽しんでいる。

 このことをブログに書きたくなったのは、たまたま今朝みたら「LOVE」っていう単語が載っているページになっているからだった。そう、すごくラッキーな気分なわけよ、単純なんだけど(笑)。

180828_2
↑ちなみに近年、家で置いている英和辞書は、選びに選んで『アンカーコズミカ英和辞典である。巻末付録の読み物なんかもすごく良くできてたりする。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.08.04

かねてから気になっていた大阪・難波の「DIY FACTORY」に行ってみた

おなじみイリノイ州アーバナシャンペンのコミュニティラジオ「Harukana Show」で、先日行ってきたDIY FACTORYの話をさせていただく(こちら)。
(あとその前の回は、ワールドカップの話をさせていただいたり)
というわけであらためてブログでそのことを書いてみる。
Img3240

 「DIY FACTORY」ではさまざまなDIYツールや素材を売っているだけでなく、作業場所の提供や、用具の貸し出し、そしてDIYのノウハウを教えてくれるスクールが開講されている。
 そこで今回、体験レッスン(1000円)で、「電動工具の使い方」の講座を受けてみた。

 普段から電動工具を必要とするほどの物作りを頻繁にやっているわけではないので、このようなツールを私はまだ持ったことがない。ごくたまに「あったら便利だろうな」と感じるシーンもあるが、周囲に持っている人がいて貸してもらえそうな道具でないかぎり、まずそれを取り扱う経験を得ることは難しい。そしてホームセンターに行けばこうした電動工具は買えるわけだが、安全上の観点もあって、それらの工具を店内で気軽に試して使わせてもらえるような販売方法は一般的ではないだろう。電動ドリルならまだイメージがわくが、実際に木材に向かってサンダーでヤスリがけをするのがどういう感覚なのかを分からずして、店頭で見ただけで「これ買います」とはなりにくい。

 そういうニーズに応えるかたちでDIY FACTORYはレッスンを通して、誰しもが気軽に工具の使い方の入り口に立つことができるわけである。まさに私のように「いつかDIY工具を手に入れようとは思っているけど、その前にちょっと試しに触ってみたい」と思っているような人にはうってつけのショップである。

 参加者にはエプロンが貸与され(念のため、汚れてもいい格好で来ること)、この日約1時間のレッスンで体験できた工具は、ジグソー、サンダー、電動ドリルとインパクトドライバーである。それぞれの道具についてわかりやすく説明が書かれたレジュメをもとに、先生が詳しく説明をしてくれる。用意された木材をジグソーで切っていくときなどは、普段木材をたくさん切る用事が特になくても「これ欲しい!」となったり、サンダーで杉の木をヤスリがけし、表面のツルツル感を確かめてはウットリしたり、電動ドリルとインパクトドライバーについては形もよく似ているから「どっちがどう違うのか」と前から疑問に思っていたわけだが、その違いを実体験を伴って理解することができた。こんなに楽に木材を切ったりネジを回せるのか!と、電動工具をすぐ買ってしまいそうになるほど楽しめた。

Img3250
 やはりこうした電動工具の便利さを知ってしまうと、おのずと「何か作ってみようかな」という意識に傾くわけで、そうして初めてDIYの物作りプロジェクトがその人なりに進んでいく部分もあるはずだ。たいていは「作りたい欲や、差し迫った必要性」が先にあるのだろうけど、「作れる/作りやすい技術を手に入れる」ことが先にあってもいいわけで、あらためて中学校のときの「技術家庭科」の授業をオトナになっても受けられるような、こういう機会がもっとあってもいいなぁと実感した。

 このお店では他にもさまざまなレッスンがあって、「溶接技術の基本」というレッスンもあり、近いうちに溶接をしなければならない予定が個人的にまったくなくても、なんだか受講してみたいと思える。

 あとこのお店で売られている塗料で、「こんなのあるんだー!」と初めて知ってテンションが高まったものがチラホラと。
 たとえば(株)タカラ塗料の「コンクリートエフェクト」(こちら)。これは塗っただけでコンクリートっぽく見えるペンキで、これだと例えば賃貸の壁の上にシートを張って上からペンキが塗れるというやり方と組み合わせたら面白いかもしれない。

 大阪は難波、関東では東京の二子玉川にこのDIY FACTORYはあるので、ぜひお気軽にレッスンを受講してみてはいかがかと。本格的にレッスンする場合は、英会話教室みたいにポイントを購入して受講するシステムとなっている。
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.07.17

バスケ、バレー、サッカーのボール生地を使ったアパレルブランド「FUKUNARY」が超絶ステキな件

Img_2870_r
スポーツ用品とアパレルのコラボレーションということで、最近知ってテンションが高まった事例。
広島にある八橋装院という会社では、特にバレーボールやバスケットボールで有名なMikasaの、あのボールに使う素材をそのまま転用して様々なグッズをデザインして「FUKUNARY」というブランドのもとでリリースしている(リンクはこちら)

ちょっと前の話になるのだが、たまたま梅田の百貨店ルクアにいたら、このFUKUNARYが期間限定で出店していた現場に遭遇し、

「ん・・? こ、これはーっ!?」となった。

Img_2872_r
Img_2874_r
バレーボール、バスケットボール、そしてサッカー。これらのボールにはそれぞれの特性があるわけだが、その風合いや質感を生かして、オシャレかつ耐久性の高い製品たちがセンスよく作られていて、これはもう、やったもん勝ちである。私はその売場のスタッフさんたちに「すげー!!」と連呼してしまい、いろいろお話を聞かせてもらい、しまいには店員さんが実際に使っているお財布の使用状態までもを調子に乗って写真に撮らせてもらったぐらいだ。(結局そのときは何も買わなかったのですいません 笑)
Img_2868_r
↑これ、表面はバスケットボールのあの質感でありつつ、中身の仕分け部分もすごく良く出来ていて、あえて写真は載せませんが(笑)、すごく使いやすそうだった。

そして当然、「使用済みボールから、記念品のようにグッズを作ることもできる」とのことで、それだったら普通にプロ選手の使用済みボールからグッズ展開してもいいわけで、マニアとはこういうのを買う人種なのだから、やったもん勝ちなのであると進言させてもらった。

「サッカーボールのキーケースとかネイマールとかに贈って使ってもらって、ネットにあげてくれたら一発でしょう~」とか勝手なことばかり言う私。

聞けば広島の工場も見学できるかもしれないので、これで広島へ旅したくなる理由がまたひとつ増えた(大雨の状況はどうだったのか気になるけれども)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.07.01

無印良品の「キャリーカート」の外観を、ロックバンドの機材運搬ケース風(実際は大昔のピンク・フロイドのあれ)にステンシルでカスタマイズしてみた件

R0055780
 いわゆるキャリーカートやスーツケースで固いボディの場合は、車輪を床に設置した状態から見ておおむね表面の凹凸が縦向きに入っていることが多い気がする。そのことを意識するようになったのは、無印良品でリリースされている現行のキャリーカート(ストッパー付きハードキャリー)がそういった傾向とは異なるアプローチで作られていて、凹凸が横向きになっていることに気づいたからである。

 そしてある日、この「凹凸が横向きであること」、さらに「それぞれの凹凸の間隔が5センチぐらいあること」によって、私のなかにあるヴィジョンが浮かんだのである。それは次の画像にあるように、「これってピンク・フロイドの『あれ』が作りやすいのではないか!?」ということだ。

Echoes
 
これは1972年の映画『ライヴ・アット・ポンペイ』のワンシーンだが、バンドの持ち込む機材の裏面にはほぼすべて、ステンシルでこの文字が印字されていることが確認できるのである。昨年ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で観たピンク・フロイド回顧展のときは、まさにこのステンシルのロゴをモチーフにしたTシャツが売られていて私は狂喜したのであった。

Pinkfloydlondon
 
そうしたこともあり、このステンシルだったらわりと簡単にキャリーカートにペイントできるのではないか!? となった。

 一度それを思い浮かべるとどうしても作りたくなってきたので、(しばらくはないとは思うが)このデザインが生産中止になる前に買っておかねばと思い、「無印良品週間」を待って「キャリーバーの高さを自由に調節できるストッパー付きハードキャリー」を思い切ってオーダー。


 そうしてステンシルのシート作りに取りかかる。
 今回はWindowsに標準で入っている一般的な「ステンシル」のフォントで違和感なく使えそうなので、それを用いることにした。ちなみに本物をよくみると「LONDON」の最後の「N」だけがなぜか妙な形の文字になっているのだが、そこまでの忠実なコピーはやめて、すべての文字のフォントが整った状態で印字するほうを優先した。描画ソフト(Illustratorなど)を用いて文字を並べて、それをOHPシートに適切な大きさで印刷し、線にそって切っていけば簡単にステンシルのシートができる。

 (追記)ステンシルのフォントを並べたPDFデータはこちらのリンク先で提供します(「PFL.pdf」をダウンロード )。


 
ここからは少し根気の要る作業になるが、文字の切り抜きについては(こちらのサイト)などが分かりやすい。失敗した部分はマスキングテープで補修してみた。

Img3129

 このボディの素材を調べるとポリカーボネイトとのことで、田宮模型のポリカーボネイト専用塗料スプレーを仕入れた。これは普通の模型屋に行っても見つからなくて、店員に聞くと予想通り「ラジコン専門店だったらあると思う」とのこと(ポリカーボネイトといえば、私などは真っ先に田宮のラジコン模型を連想するので)。なのでややマニアックなタイプゆえに、ネットで取り寄せるしかなかった。ホワイトと、クリアーの2種類を調達。




 そしてまずテストとして、小さい星を3つ並べたステンシルを作って、目立ちにくい底面の部分に貼り付け、それぞれの星に条件を変えてスプレーしてみた。左が2度吹き+クリアー1度吹き、真ん中が1度吹き+クリアー1度吹き、右が1度吹きのみ、となった。それで分かったのは、ボディ表面の無数の小さい穴に塗料が溜まる感じになり、一回吹いただけで十分な発色が得られ、強くこすっても塗料がほとんど広がらなかった。左端のは2度吹きのときにおそらく必要以上に塗料がはみ出して、ステンシルの隙間に進入した結果だと思われる。

Img3172

Img3173

 
ステンシルだと独特の「色むら」「ボケた感じ」「荒さ」がポイントになってくるので、あまりきっちりと塗る必要もなく、スプレーは1度吹くだけでいいかもしれないと思った。


 というわけで本番。切り抜いたステンシルを丁寧にマスキングテープで固定し、余計なところも新聞紙などでカバーして塗装を行う。


Img3195

 
もちろん他の多くのキャリーカートのように縦向きの筋が入ったボディでもステンシルを吹き付けることはできるだろうが、パッと見たときの印象でいえば、やはりこの横向きの平坦な部分に文字を入れられるほうが良いはずである。


R0055776
こうして無事に見事に、それらしくステンシルが印字された!(両面やってみた)
R0055779
 
この方法を応用すれば、思い思いに好きなロックバンドの機材運搬用ケースっぽいボディをカスタマイズすることが可能だろう。

 カートを使わないときは収納ケースのようにして部屋に置きっ放しにしていても、それなりにオブジェ的な存在感でインテリアに合わせていけそうなのもよい(自己満足でいいのである、こういうのは)。


 こうして無印のカートのボディは凸凹が横向きになっていることの素晴らしさを最大限利用した作品となったわけである。ナイスデザインなのである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.05.28

楽しげな本が新たに発刊されましたよ:『退屈をぶっとばせ!:自分の世界を広げるために本気で遊ぶ』(オライリージャパン)

読んでない本について書くのはこのブログでは控えてるのだが、2日前に出た本で「わー!」となったので、その気持ちに従って衝動的に紹介。『Make:』の関連書籍はどれも刺激的で見逃せない。
アマゾンの紹介ページではこんな風に書いてある:
本書は、自分自身にとって意味のある人生を作りたいと考えている10代の少年少女のための書籍です。
その内容は「すぐに大人にほめさせない」「学校に行かないで学ぶ」「ADHDの子どもへのメッセージ」など、成長の過程で必要なことが書かれたエッセイから、「文章を書くためのエクササイズ」「批評する方法を身につける」「スニーカーをデコる」「クッキーの焼き方を通して科学実験を学ぶ」「政治家に自分の考えを伝える」「ガレージセールでお金をかせぐ」「自分で自転車を修理する」「ゲームデザインを学ぶ」など、自己表現、社会活動、DIYに関連したハウトゥまで幅広く、これらを知り、体験することで、企業が提供する出来合いの娯楽ではない、本当に夢中になれることを自分で見つけることができるでしょう。
・・・ということなのだが、もはやこれは10代の子供向けではなく、文章を書いたり批評したりスニーカーをデコったり、クッキー焼いたり政治を考えたりガレージセールしたり自転車修理したりゲームづくりに挑んでみたりとか、「これはぜんぶオトナも本気出してやるべきだろう」っていう気持ちになるわけだ(そう思わせるウラの意図なり、真の狙いみたいなものも、『Make:』だったりオライリーの本全般は匂わせてくるので、さすがというか)。

そしてこの説明文でグッとくるのが「自己表現」と「社会活動」の同列のなかにDIY精神が当たり前のように語られて、それが共有されている状況がうかがえることだ。それこそがずっと私にとってこだわりのある部分であって、「ものづくり=DIY」の部分だけでなく、「それを行う主体としての自分そのもの」が「手作り、創意工夫」のなかで「自己表現」となっていく感じ、そこをちゃんと押さえていきたいのである。

で、これを言うと立場的にどうなんだとなりそうだが、そういう精神性ってやつは、教育だけでは(もっというと政策だけでは)育成されないし、常に「計画性」とか「プロセス、効用、効果測定、カリキュラム」みたいなものを、すっ飛ばして、すりぬけて、意味の分からない方向へ飛び散っていくのである。アウト・オブ・オーダーな世界。ざまぁみろ、っていう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.05.07

自分にとっての平成時代において、おそらく最後の全力疾走になると思えた日のこと

Iiyamast

 今年のゴールデンウィークはあちこちへ移動が激しかったのだが、ある事情で立ち寄った長野県の飯山駅から帰ったときのことを書いておきたい。

 当初手配していた切符は、18:23発の北陸新幹線「はくたか」で金沢駅にいき、そこからサンダーバードに乗り換えて京都に帰るというものであった。

 しかし当日、飯山駅の改札口を通ると、電光掲示板に「50分遅れ」の表示が(この日、北陸新幹線は架線にビニールがひっかかったようで、その影響で大幅な遅れが生じたとのこと。ビニールねぇ・・・)。あわてて改札口横の窓口へいく。すでに先客が切符を手にしつつ駅員さんに問い合わせていて、その話の内容から、まさに私がしたい質問そのものであった。その場にいた3組の客はどうやら全員が関西方面へ金沢経由で帰るつもりだったので「サンダーバードの乗り継ぎは待ってくれるのかどうか」が問い合わせの焦点となった。

 駅員さんも困っていて、金沢駅にその場ですぐ電話で問い合わせてくれていたが、少なくとも我々が乗る予定だった接続のサンダーバードは「待たない」との返答(金沢駅はJRが西日本の所管になることも影響していたようである)。駅員さんも金沢駅への電話のなかで「今ここに10名ほどのお客さんがその予定で切符を持っているのだが、なんとかならないだろうか」と、できる限りの対応をしてくれたが、難しそうであった。

 私は窓口カウンターでノートをひろげて、駅員さんの言ったことをメモしつつ、考えられるその他の手段を検討してみた。まずスマホで「長野からの夜行バス」の可能性を調べ、当日の座席が予約できるかどうかの問い合わせをするか迷ったが、あまりにも疲れていたのでそれはやめておきたかった。飯山駅から南下して関東経由で帰る線ももちろん検討したが、時間が遅くてどうにもいいダイヤがヒットしない。そのことについては駅員さんに聞いてもよかったが、それどころじゃない感じだったのと、もしその可能性があれば先に教えてくれていたであろう。現地で一泊するという可能性は、本当に最終手段である。翌日も大事な予定があったので、できる限り当日中に京都に戻りたい。



 で、こういうとき、お客さんのなかには駅員さんに不満をぶつけにかかる人がいる。怒りたい気持ちは分かる。分かるんだが、偉そうだが私の気持ちとしてはこういうことだ。旅のトラブルは、ある種の「神様からの挑戦状」みたいなものなのだ、と。こういうときには冷静に状況を味わい、最悪でも苦笑い、できれば笑顔で乗り切ってこそ、旅人としての矜持が問われてくるのである・・・そのお客さんが旅行中かどうかは知らないが。

 なので、ノートにあれこれと考えられる可能性を書き付けていくと、周囲の慌ただしさから距離を置いて、落ち着きを保つことができる。新幹線が1時間に1本到着するかどうかの閑散とした改札なので、そのまま窓口カウンターに留まっていても特に問題のない状況だったので気分的には助かった。

R0055104

 その場にいた他の駅員さんたちもいろいろ調べたり問い合わせたりしてくれて、もしどうしても当日中に帰るのであれば、我々が乗る予定だった列車の1時間後に出発するサンダーバードの終電しかない、となった。ただし連休中なので指定席は完売していて、自由席に乗るしかないが、おそらく混雑していて、立ったままの乗車になってしまうだろうとのこと(そして、ムダになった指定席券は行った先の駅で半額だけ払い戻しがされるらしい)。

 

 しばらくすると、金沢駅からの続報として「サンダーバードの終電だけは、遅延した電車の接続のために待ってくれる」ことの確約が得られたという情報が伝えられた。もはや選ぶべきルートはそれしかないと思ったので、そこで私は、いったん改札の外に出させてもらって、駅のコンビニで食料と多めの水分を調達しにいき、その後ひたすら待って、1時間遅れの新幹線「はくたか」に乗った。


R0055103

 この区間だけは指定席なので確実に座ってご飯が食べられるうちに・・・と思い、はくたかの中で、買っておいたおにぎりをまずは食べはじめた。

 

 そして、このトラブルのなかで、考えられる限りの最善を尽くせるとしたら、「2時間立って帰ることになるであろう終電のサンダーバードで、誰よりも早く自由席車両に飛び込んだら、もしかしたら座れる可能性もあるのではないか?」ということだと思い至り、そこで、「時刻表を愛読するほど鉄道業界に明るく、調べ物が得意で、私の状況や事情をすぐに理解して適切なアドバイスをしてくれることが期待できる人物」として、友人のM・フィオリオ氏にLINEで事情説明をし、協力を取り付けた。実は改札の窓口カウンターでやりとりする直前に、彼はまったく別件でLINEを送ってきてくれていたので、頼みやすかったのも大きい。

 

 そして私はこのとき初めて北陸新幹線を利用したことになるのだが、しばらく乗っているうちに、金沢方面に向かうときには、やたらたくさんの長いトンネルがあるようで、スマホではネットの電波がすぐにとぎれてしまうことが多そうだということが分かってきた。そうなるとなおさら、金沢へ着く一時間ちょっとのあいだであれこれと自分のスマホで調べられることには限界があり、フィオリオ氏のほうで安定的に情報を集めてもらって、まとめて送ってもらえるほうが絶対に良いだろうという判断もあった。

 

 私が知りたい情報を要約すると、こういうことだった。「金沢駅で、はくたかが到着するホームから最短ルートでサンダーバードの自由席車両に行くにはどうすればいいか」、そのためには以下の情報が必要だった。

 ・はくたかが到着するホームで、乗り換えに適切なエスカレーターに最も近いはくたかの車両は何号車の、前後どちらの出入り口か?

 ・はくたかが到着するとき、車両の右、左のどちらのドアが開くのか?

 ・はくたかが到着するホームから、どういうルートでサンダーバードの待つホームに向かうべきか?

 ・サンダーバードの自由席車両は何号車か?

 ・最短ルートでサンダーバードの待つホームにたどり着いたとき、もっとも近い場所にある車両は何号車になるのか?

 

 おおむね上記のような内容を調べてもらった。その前提として、新幹線ホームと、サンダーバードのいる在来線ホームのあいだには乗り換え改札を通らないといけないことをフィオリオ氏は書いてきて、「そうだった!」となり、そんな当たり前のことを忘れていた私も実は今回のトラブルでやや参っていたのかもしれない。いずれにせよ私は金沢駅へは人生で2回ぐらいしか利用しておらず、まったく駅内部の記憶がないため、なおさらナビゲートを必要としていた。

 

 そうして、時間を追うごとにフィオリオ氏からはひとつひとつ情報が提供されていった。大げさかもしれないが、このシチュエーションはまるで映画『アポロ13』を思い起こさせた。トム・ハンクスらが地球に帰還するための宇宙船の電源を確保しなくてはならず、手順を少しでも間違えるとアウトとなるため、NASA管制塔からゲイリー・シニーズが苦労して見いだした適切な手順を伝えていく、あの名シーンみたいに思えた。もし仮に私が自由席に座れなくても、今回のトラブルを通して、こうしたやりとり自体がとても楽しく感じられてきた(フィオリオ氏にとっては迷惑で面倒な依頼が舞い込んできただけなんだが 笑)。

 

 こうした情報収集の結果、私がとるべきアクションは次のようにまとまった。

「はくたかの7号車の前寄りの出口でスタンバイ。13番ホームに到着予定なので左側ドアから出て、すぐ目の前に下りエスカレーターがあるので、下ったあと左側に折れて在来線への乗り換え改札を通り、すぐ左の階段で2番ホームに駆け上がり、サンダーバードの5、6、7号車の自由席を目指す(サンダーバードは先頭が9号車)」

 完璧だ。ありがとう、フィオリオ!

 

 幸い私は6号車に座っていたので、列車が金沢駅に近づく10分前には荷物を持ってすぐ隣の7号車の前方出口の左側にスタンバイできた。もはやこれは「勝負」なので、なりふり構わず「ポールポジション」を狙って、ドアが開いたと同時にダッシュするつもりであった。

 

 そして金沢駅に近づくにつれネットの電波も安定してきたので、ここでようやく、念のためJRの公式サイトに掲載されている金沢駅の構内図を見てみた。しかしこの構内図をパッと見て、小さい画面ですぐに何かを読みとるのも難しく、そこで自分のなかでちょっとした混乱を招いてしまい、ムダによけいな質問を次々とフィオリオ氏に投げかけてしまった。このあたりで自分の判断力に迷いが生じてきたのも事実である。

 

 はくたかが金沢駅に近づき、私は左側ドアに鼻を押しつける勢いだった。もし誤作動でドアが開いたら飛び出していただろう。

 

 そうして車内アナウンスが流れる。電車の遅延についての一通りのお詫びのあと、「到着は14番ホーム、お出口は右側です」との衝撃的なお知らせ。

Di_canio_2  

 後ろを振り返ると、4人の若い家族連れ(荷物多め)がいた・・・1時間も遅れてしまった新幹線は時刻表通りに13番ホームには入らないようであった。さっそくのつまずきにウケてしまい、思わず手にしたスマホでフィオリオ氏に「出口14番で右側やった(笑)」、「家族連れがポールポジション(笑)」と続けてLINEに書いて送ったため、その最中に続けてアナウンスされた「乗り換えのご案内」を耳に入れそこねる始末。サンダーバードが予定通り2番ホームにいるか確信がもてないグダグダの状態になり、自分を責めつつ(アナウンスを聞き逃したことはフィオリオ氏には伏せておいた)、4人の家族連れ(荷物多め)の、他愛ない会話の背後で、手にしたカバンをぶつける勢いの私が立ちすくむ構図。

 おそらくこれが『ミスター・ビーン』だと、なんとかしてヒドい手段を講じてこの家族連れを押しのけて右側ドアの先頭に立つのだろうなぁと思っていた。

 

 そうこうするうちに新幹線がホームにすべりこむ。するとフィオリオ氏が教えてくれたように、ドアの窓の向こうにはちょうどいい場所に下りエスカレーターが見えたので思わず笑ってしまいそうになった。できることならその光景を(家族連れの背中ごと)写真に撮りたかったぐらいなのだが、私はカメラではなく切符をしっかり手に持って、これから始まる競争に意識を向けなくてはいけないと自分に諭した(家族連れの背後で笑いをこらえていた時点では、この話をブログに書こうとはまったく思っていなかったため、残念ながら写真記録は取れずじまいである)。

 

 ドア、オープン!

 家族連れがエスカレーターに。

 ハタから見たらタテイシもこの家族の一員だと思われたであろう距離感で後に続く。

 殊勝にも、先頭をいくお父さんが重たそうなスーツケースを持ったままエスカレーターを駆け下りていったので、心から拍手を送りたい気分。ほら、子供たちもお母さんも後に続け! ほら早くーっ!!

 

 自分の足がエスカレーターから降りた瞬間、その家族連れを置き去りにして走る。ちゃんと目の前に乗り換え改札口があり、瞬間的に「現在、改札口を開放しています」という見慣れない案内表示が目に入る。おそらく今回の事情ゆえにそういう配慮をしているのだろうか、とっさのことなので理由を確かめず、開け放たれていたゲートを遠慮なく走り抜け、すぐ左の階段をあがる。

だあぁぁぁーー。

 

 階段の上に2番ホームの表示がみえ、たしかに列車が停まっていて、「9」の文字が車体に。すかさずターンして後ろの車両をめざし、7号車車両に。混んでいた車内で、2つぐらいしか空いてる座席がなかったが、とにかく通路側の空き座席に飛び込む。車内アナウンスが聞こえ、いま乗った電車が無事にサンダーバードであることをそこではじめて確認できた。

 そして間もなく、つぎつぎと新たな乗客がこの自由席車両にやってきて、通路は人であふれる。

 

ウェェェェーーーイ!!!

Olympicmomentsmrbean  

 その場にいた乗客からしたら、北陸新幹線のトラブルのせいで出発が遅れて、ただでさえ夜遅い電車なのに、グダグダした感じであっただろう。そこへ血相を変えて40歳の男が息切れ激しくゼーハー言いながら突然走り込んできたのだから(でもおそらく顔は少しニヤニヤしてたとも思う)、せっかくの(平成最後の)ゴールデンウィークの夜に気持ち悪い光景を見せてしまったかと思う。

 

 

 「・・・座れた・・・」

 

Tension

 ともかくこのときの、「一言打ってすぐ送る」を繰り返しているLINEの状況から、私のテンションの高ぶりがうかがえよう。

 旅先での予想外のトラブルを、一転してスリリングなゲームに仕立てることができたのは、すべてはフィオリオ氏のおかげである。しかもこうして久しぶりのブログのネタにもすることができた。さらに言うと、今回のこの記事の下書きは、その金沢からのサンダーバードの車中で、持ち歩いていたポメラで書いた次第である。多くの「座れなかった乗客」を周りに感じる中では、眠ってしまう気にはなれず、何らかの文章を打つことで、自分なりにこの一連の出来事を振り返る時間にしようと思ったわけである。

 

 そして、最近ことに強く思うのは、年齢を重ねるとますます私はミスター・ビーンのような行動様式を是としてしまう感覚が強まってきたことだ。ビーン師匠と呼んでしまいたい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.04.02

よくわからない『ブロックチェーン』について、それなりに気をつけてチェックしておきたいと思う

 最近はニュースでビットコインの不穏な話が続いているが、今年の正月にWIREDの記事でオンライン百科事典『Everipedia』がブロックチェーン導入で目指すものというのを読んで、本家Wikipediaから派生しようとするあたらしいオンライン百科事典が、「ブロックチェーンの仕組みを取り入れる」といったことが書いてあり、「うわーっ!?」となった。

 なぜかというと、それまでこの手の話にあまり詳しくない私はつい「ブロックチェーン=ビットコインのこと」だと簡単に思って過ごしていたからである。しかしどうやらそれは間違った認識かもしれないということにそこではじめて気づき、すぐ書店に出向いてこのビットコインやブロックチェーンに関する関連書籍を漁り、この本を選んでひとまず基本的なことを知っておこうと思ったのである。

 なぜそこまで焦ったのかというと、「ビットコインと無縁でいたい」と思うぶんには問題はないし自分もそうなのだが、その仕組みを支える「ブロックチェーン」という技術には無縁でいられなくなるという予感をこのWIREDの記事によって強く感じてしまったのである。ウィキペディアなんてものは少なからず自分の生活にもそれなりに日常的に関わっているわけで、それが「ブロックチェーンでやります」なんて言われた日にゃ、私の生活のある部分は、ある意味でブロックチェーンが土台になるのである。


 で、結果としてこの本は多少専門的な部分はあるが、まさに私のように何も分かっていない層にうまく「ことのはじまりから現況まで」を説明してくれる感じで読み通せた。私なりに今の段階で分かることだけ書いていくと、ビットコインを支える仕組みとしての「ブロックチェーン」を強引に言い換えると、「すべての人が参照できて、多方面からの膨大なデータの上書きの際にズレることなく管理される大きな台帳みたいなもの」である。

 そしてここが重要なのだが、このブロックチェーンは、もはやビットコインなどの仮想通貨のやりとりだけでなく、今後はさまざまな分野、つまり医療情報とか社会生活全般におけるありとあらゆる情報処理を取り扱ううえでの土台になる可能性が高い(というか、ほぼ不可避だろう)ということだ。仮想通貨のやりとりなんていうものは、ブロックチェーンのポテンシャルにおいては「単なる氷山の一角」のことらしい・・・(通貨なのでどうしても人の欲望がからむから、ちょっと動きが激しくなるわけで、でも思えばこれまでもハイテク技術を進化させてきたのはいつだって途方もない欲望がドライブしていくときである)。


 そして読みながら私の頭に浮かんできたアイデアは、ブロックチェーンを使うことで、世界中の言語データが収集・蓄積され、さらにAIでの自動学習を加えていくことで、世界中のどこに行っても高精度の同時通訳での交流が低コストで可能になるのではないか、ということだ。具体的な技術的手段はもちろん説明できないが、「おそらくそういうことも可能にさせる仕組みなのだろう」ということは想定できるわけだ。まぁ、私のレベルでそういうことがすぐ思いつくということは、すでに世界のどこかで誰かがすでにその方面で研究を行っているんだろうとは思う。でもこれなどは、ブロックチェーンを使うことによる比較的ポジティブで平和的な利用方法のひとつではないだろうか。ただし(奇しくも英語教育をネタにした前回のフリーペーパー「HOWE」でも示唆したように)、そのせいで外国語教育産業そのものが成り立たなくなると、別の混乱が引き起こされるかもしれない・・・まあ、それだけのインパクトや影響力が、このブロックチェーンなる新技術は秘めていて、そこの可能性や危険性というものをもっとちゃんと見極めていかねばならないようだ。

 ちなみに、ここ数年は仕事の関係でグーグル翻訳を使うことがちょくちょくあるのだが、最近のバージョンアップで、突如として劇的に翻訳能力が賢くなっていて、ちょっと薄気味悪いぐらいである。ただそうした気味悪さをはるかに凌駕していくような存在がきっとブロックチェーンの暗闇から立ち上ってくるんじゃないだろうか、とも思っている。あくまでもすべては予測の領域ではあるが。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2018.03.18

おはぎのあらたな想い出

最近のあれこれ。

遠位型ミオパチーという難病支援のチャリティーコンサート「Suite Night Classic」に友人K氏ご夫妻とともに参加。かれこれ通算で33回目の実施で、まる10年続けている。そしてこれからも続くのだろうと思う。この難病をめぐる深刻な状況をシェアしつつ、そして僕らができることは日々を楽しく過ごそうという意欲を失わないことだという話になり、音楽を楽しみ、終わったあとの会場カフェで宇治川の流れの速さを目で楽しみつつ、主催の林くんとお母様がそれぞれに作り合ってきたおはぎをおいしくいただく。これからの人生でおはぎを食べるたびに想い出す光景がまたひとつ増えた。

---
この日のトークでも触れられていたが、先日スティーブン・ホーキング博士が亡くなった。そのニュースの直後ツイッターで「ディスカバリーチャンネル」が書いていた、生前のホーキング博士の言葉にグッときた。「今度、失敗をして誰かに文句を言われたら教えてあげてください、『宇宙が完璧なら人類は生まれなかったんだ』とね」

---
このあいだはロフトプラスワンWESTにて「『日本のZINEについて知ってることすべて』刊行記念トーク:関西アンダーグラウンド編」、こちらはナセルホフ氏と参加。本では伝え切れていなかったとされる関西独自のZINE文化の系譜について、その一端を垣間見せていただく。本当に「垣間」なのかもしれないけど、自分も生きていた時代とはいえ、どうしても捉え切れていない「80年代の空気感」をお裾分けしていただいた感じ。いろいろなものが何回転もして今に至っていると思うわけだが、果たして自分たちはこんな時代において何を残せていけるのだろうかと、わりと真剣に考えさせられた。

---

前からあったのだろうけど、最近「明治屋」ではじめて知ってジャケ買いしたお菓子、「HOPJES」というオランダのコーヒーキャンディ。外観からはまったくコーヒーの匂いがしないだけに、なおさらこれはデザインの妙味が光る。

ラドマーカー コーヒーキャンディー 90g 原産国:オランダ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.02.23

日本焚火学会があるのな&土井善晴が最近気になる

ずっと前から、焚き火がしたいと思っていてなかなか手が出せていないのだが(そもそもアウトドア趣味にほど遠い生活をしている)、「日本焚き火学会」があることを知った。アカデミックな学会というよりかは、イベントを通して焚火ファンが親睦をふかめるためにあるような雰囲気だが、いずれにせよ最近何かと個人的に広島が熱い。
日本焚火学会のサイトは(こちら)。

最近はとてもスキーとかやってみたい気持ちが高まっており(高校の修学旅行でしか行ったことがない)、それは単にオリンピックを観ているからなのか、だんだん中年になってきて体が動かなくなってきていることの危機感からなのかは分からない。

---

最近気になるのは料理研究家の土井善晴さんだ。『一汁一菜でよいという提案』という本をさいきん読んだのである。

本の内容はシンプルだ。このタイトル通りのことを言っている。でもその奥にあるまなざしがとても本質をついていて、「たしかに!なるほど!!」となる。しっかり食事を作ること、食べること、感謝すること・・・というシンプルな営みについてあらためて見なおすことができた。

とはいえ・・・なかなか自炊できていないので、まずはそこからですな・・・

地上波テレビをほんとうに観ていないので、土井善晴による「塩むすび」がえらく話題になっていたことを今さらになって知る。(こちら)とか(こちら)を参照。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.01.21

就寝中の地震時における「メガネが見当たらなかったらどうしよう問題」について

 先週の1月17日は阪神大震災の日であったので、毎年この日はかつて自分が味わった恐怖感と向き合う機会となっている。高校二年生で奈良の実家にいたが、それまで体験したことのない揺れに寝起きの身体は硬直したままで、何が起こっているのかが分からないままだった。あれ以来私は、いまでも、ちょっとした揺れに過敏になっている。

 そして、毎晩寝るときには、もし地震が起きたらどうなるかということをうっすら考えることが無意識的に習慣付いている人もいるかもしれない。私の場合はその思いのなかで「メガネが見つからなかったら困るよなぁ」とぼんやり思うことが多くて、しかし特段なんの対策もせず、結局は平和にグースカと寝入るわけである。

 ネットで調べると、やはり震災後においてこの「メガネをいかにキープするか問題」っていうのはわりと大きい課題となっている。暗闇で揺れまくる部屋のなかでメガネを取り損ねてそのまま見つからない状態で逃げざるを得ない状況におかれたら、かなり困った事態になるわけで。メガネとクツ、これらをどうキープできるか。防災袋にスペアのメガネを入れることも含めて、メガネ族は日頃から真剣に考えないといけない。

 で、そのことについてここ数日ぼんやりと考え続けていて、そこで思いついたのだが、最悪のケースにそなえてメガネを防災袋に入れたいけれど、メガネそのものをわざわざ準備するのもなぁという人の場合、「度入りの水泳ゴーグル」を代わりに導入するのはどうだろうか。安さもそうだが、メガネよりも柔軟性があり壊れにくいというメリットもある。
 ネットをしっかり調べたら、すでに誰かが同じことを言っているのかもしれないが、自分のなかで「これってすごい名案では!?」となっている。もしものときは、見た目にこだわっている場合でもないし、そしてメガネよりもひょっとしたら粉塵から目を守るうえでも有用かもしれないのである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.01.10

自由を求めての脱出とか料理とかブログを書くこととかの映画について

正月休み用に借りてみた映画2本。どちらも実話をもとにした作品。

まずは『パピヨン』(1973年)。

結論としては、「正月に観るべき映画ではなかった」(笑)。

無実の罪でフランス領ギニアの刑務所に収容され、そこからの決死の脱出を試みたパピヨンと、その仲間たちの物語。
スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマンという二大スターの競演。

「脱獄もの」といえばマックイーンの『大脱走』が有名だが、その双璧をなすとされる名画だとのことで、まったく知らなかったので観てみたが、いやぁ過酷すぎて観ていてほんとに辛くなった。孤島を囲む海は美しいが、同時に自由を許さない残酷さが静かに広がっていて、すべてが重く、切ない。そして運命を共にする主演の二人の対照的な結末。

DVD特典映像のメイキングでは、本物のパピヨンさんが映画の制作スタッフにアドバイスをしたり、当時の監獄を再現したセットにたたずみ、過去を思って感慨深い表情を見せる様子などが残されているが、よくもまぁこの状況下で脱獄を図ったなぁ、ていうか「よく生きていましたねぇ」と思えて仕方ない。(映画ゆえにか、ギリギリのピンチをなぜかうまく切り抜けたりするシーンなど、ホントにそうだったの? って言いたくもなるが)

---

2つ目は『ジュリー&ジュリア』(2009年)。

最近読んだ本で紹介されていたので気軽に観たのだが、映画の背景に考えさせるテーマが別に浮かび上がった。

ジュリア・チャイルドは、戦後1949年にアメリカの外交官の妻としてパリに住んだことをきっかけに、名門料理学校ル・コルドン・ブルーでフランス料理の修業を積み、やがて家庭向け料理本の著者として、またテレビの料理番組の先生としても有名になっていく。そんな勇猛果敢で陽気なジュリア役をメリル・ストリープがうまく演じながら彼女の物語を進行させつつ、物語の本筋はそこから約50年後、そのジュリアの書いた料理本のレシピ524品を1年間ですべて料理してブログで発表しようとする、ジュリーという公務員の女性の奮闘ぶりが同時並行的に描かれていくユニークな構成となっている(ちょうどジュリーは9.11テロの後処理に携わる仕事をしていたようで、ブログという表現形式はたしかにこの頃からポピュラーになっていったというメディア史的なありかたも示されている)。

料理と出会い、料理と向き合いながら人生の困難を乗り越えようとする姿勢だったり、ジュリアの最初の料理本を出版することへの様々な試練や、もともと作家志望だったジュリーのブログが徐々に評判を呼んで、そこから出版への道が開かれていくあたりなど、この2人が図らずも似たような状況に置かれていった感じがうまく描かれている。また、ジュリーとジュリアそれぞれの夫の理解力や温かさも通じるものがあって、観ていてほっこりする。そしてリベラルなジュリアの夫が「赤狩り」の影響であらぬ疑いをかけられたり、ジュリーのブログの存在が上司にも知られ「自分が共和党員だったら君はクビだ」と言われたエピソードなど、その時代における政治的なネタも印象的なスパイスになっている。

あまり多くを書くとネタバレになるので控えるが、この「良くも悪くもブログが自分の知らないところで広まること」について、この映画が投げかけるトピックはわりと身につまされることがあり、この映画が「料理を通してバーチャルにつながる、世代を超えた人生ドラマ」だけでなく、見方をかえると「ブログというパーソナルかつソーシャルなメディアの及ぼす影響力についての、21世紀初頭のアメリカでの一事例」としても捉えることのできる作品になっていて、図らずも自分自身の活動についても考えさせられるものとなった。

あとブロガーとしては、そもそもであるが、「忙しくても毎日違う料理をレシピ通り作り、そのことを書いていくこと」を自分に課したジュリーにひたすら敬服したい気分にもなったり(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.01.06

電球色でないと生きられない人々を救う「スワン電器」に敬服した話

せめて自宅にいるときぐらいは、白い蛍光灯のもとで生きていたくないのである。

電球の明かりが心安らぐので、家の照明は洗面台以外はすべてできる限り電球を使っている。LED照明の電球色も大手メーカーが作ってはいるが、どうしても「ニセモノの光」っぽく感じてしまう。そして鋭さのようなものが、ちょっと痛々しいぐらいに光る印象がある。なので可能な限り電球を使い続けたいのだが、近年はあらゆる部分でLEDに取って代わっている。「電気代がもったいないからLEDの白色電灯でガマンしなさい」なんていう人とは、もはや生きていくうえでの哲学が根本で異なるから、一緒に暮らせないと思う。これは死活問題みたいなものなのである。

さて、そんな私はいまの賃貸に住んで3年目になるのだが、住み始めたときからひとつだけ大いに不満だったのが、メインの部屋の天井照明だった。例のごとく「白色LED蛍光灯」で、しかも不思議な形状の蛍光灯だからか、それらを囲む円盤状の照明器具一式が天井に固定されていて、取り外せなかったのである。

なので私は、この天井のライトを使用することなく、他のコンセントから細々と電球ランプをつなげて、いつも間接照明だけでチマチマとやり過ごしていた。別にこれはこれで差し支えなく、「ちょっと暗いかな」ぐらいで生きていた。モグラだ。

そうして3年目の正月を迎えた今日、(そう、まさにこの記事を書いている朝)、たまたま天井照明を覆う白い半透明のプラスチックカバーが少し傾いていたことに気づき、取り外して拭き掃除をしたのである。
そのおかげで、円盤状のLED照明器具の中身を私はひさしぶりに改めて見ることとなり、しばらく考え、
「これ、本当に取り外せないのか?」となったのである。

そうしていくつかグダグダと試行錯誤していると、取り外せないと思っていた最後のコネクタの部品が、見事に外れたのである。

「!!外れたっ!!??」

そしてこの部分だけが天井に残った。

R0053358_r

どこにでもあるシーリング器具のコネクタである。

Inzaghi1

ただ、これは私にとって、あたかも映画『2001年宇宙の旅』で、モノリスが月で発見されたときに匹敵する衝撃的な出来事であったのだ(ヘンに汚れているのが気になったので、そのあといろいろ試して拭いてみたが取れなかった)。

「こ、これだったら・・・好きな照明器具が取り付けられるッ!?」

・・・というか、まぁ、お察しの通り、嬉しさとともに

「どうして!? 

いままで!? 

3年間も!? 

もっとトライしなかったのか自分!?」

という、自分への叱責が鳴り止むことがなかった。

Q

というわけで、古い照明器具を大きいビニールにつつんで収納の奥にしまい込み、すぐに家を出て向かったのが、「a.depeche(アデペシュ)」であった。
この雑貨&インテリア店は、私にとってひとつの理想郷みたいなところで、置いてある商品がことごとくツボで、共感するあまりできることならこの店の中で住んでいたいと思うぐらいである。

で、以前からこのお店に置いてあった照明器具がすごく欲しかったのである。
天井照明をあきらめていたので手を出さなかったが、ここにきて自分は(降ってわいたように)天井照明を必要としている~!! となり、もうこの店しか眼中になかった。

R0053364_r_2

ソケット&コードは、その名も「LONDON LIGHT」! もうこれは商品名だけで選んだといってもいい。シェードをつけるようなソケットも考えたが、ひとまずこのシンプルなカタチで試してみようと思った。コードを束ねる金具も素敵すぎる。

そして肝心の電球だが、LEDながら電球色を徹底的に極めた、スワン電器(株)の「LED SWAN BULB D2000」だ。

R0053361_r

電球一個にしては結構なお値段(3,800円ほど)がするのだが、こういうのはもはや「電球じゃないと生きられない」人々が買い支えていくしかないのである。

R0053363_r

オシャレな梱包。

こうして、さっそく取り付けてみた・・・

R0053365_r

スイッチオン!


R0053369_r

Paolodi2596756

うおおおおおーー!!

すごいオレンジ色!!!

・・・や、思っていた以上に、電球(オレンジ濃いめ)だった。すごい。LEDとは思えないクオリティ!

壁際のスイッチをオンするだけで、天井からこのライトが灯ることに、何より感動。

ネットでも買えるようなので以下貼り付けます。

まずLONDON LIGHTはこれ。

そしてスワンの電球、他にもいろんなカタチがある!

いつかはこういう製品ができるものと思っていたが、ぜひ今後も作り続けてほしいものである。

(そして今年2回目のブログもまたしてもお買い物系の話になってしまい・・・)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.01.04

ロディアに代わるメモを探し続けた結果

明けましたね。
今年もよろしくお願いします。

R0053350

ずっと職場で持ち歩いているメモ帳は、シャツの胸ポケットに収まるサイズということで、長らくロディアの「11番」を使っていた。とくにこの白色の表紙のバージョンが気に入っていて、そろそろ新しいのが欲しくなってきて、この年末年始に文具屋や雑貨店をそれとなくチェックしていたが、あまり白色版を見かけない。

ロディアを愛用している人は多いと思うが、あらためてこのメモ帳の良さを説明すると、表紙の折り返し部分から、ミシン目がついていてページを取り外しやすいこと(とはいえこの写真にあるように、多くは失敗するのだが 笑)、方眼になっていて書きやすいところ(とはいえ濃いめの色合いは好みの分かれるところだが)などが挙げられる。

R0053351

↑いちど破るのに失敗すると、なんとなく気分的にその後のページもうまく破れなくなりがち(笑)

私はこのレベルのメモ帳においては「書き味がどうの」とか「紙質がどうの」っていうのは重要視しておらず(だって普通のサラサのペンで書くので)、とにかく「メモ帳としてのたたずまい」みたいなもので評価している。なのでもし手に入るのであれば、無印良品がこの「ロディアっぽいやつ」を出していたことがあり、それが一番すっきりするなぁと思っていた。しかし探しても、どうやら最近では店頭では見当たらず、ちょっと残念であった(注:でもそういう商品でも、いまだにファミリーマートの無印良品コーナーでは置いてあったりする可能性があることを、いま書きながら思いだした。また見てみようと思う)。

そんななか、先日見つけたメモ帳がこれである。







R0053353

マルマンの、昔ながらの「スケッチブック」のデザインを模した、「ロディアっぽいメモ帳」である。

R0053355

型番でいうと「N151」、 A7サイズ。
形といいミシン目といい、すべてロディアと同じカタチである。
方眼の印刷は薄め。あと、裏ページは方眼がない(ロディアにはある)。

そして何より、これは「ジャケ買い」を喚起させるグッドデザインであり、一番のポイントは「Memo」とだけ書かれていることではないだろうか。元祖「スケッチブック」も表紙に「Sketch Book」とだけ書かれているのだが、それとはまたちょっと違って、「Memo」とだけ書かれた表紙のメモ帳というのは、なんというか「ツッコミどころ」が漂っている感じで、なんとも微笑ましい味わいを感じてしまうのである。

つまり、私は「Memo」と書かれたメモ帳をずっと胸に携えていくことになるわけだ。上の写真、メモ帳の背表紙の部分にあたるところにも、ご丁寧に「Memo」と書かれているところに注目してほしい。「わかったよ! そんなに主張しなくても、じゅうぶん、わかっているから!」と、軽くツッコミを入れたくならないだろうか。だってこのサイズ感だったら、何を間違えて「や、これはノートなんです」と言えようか。誰が見てもメモ帳レベルだろう!? と。

ううむ、マルマン社のデザイナーは私が伝えたいこの「軽いツッコミ感」について、どこまで計算ずくで手がけたのだろうか。とにかく私はこのメモ帳を、あっさりとロディアの代役として採用することにした。そしてもしもの場合に備えてまとめ買いまでしたほどだ(といいながら、じつはだいぶ前から発売されている商品かもしれないが)。

そういえば年末最後の記事のテーマが「掃除」なのに、新年一発目の記事でさっそく「買い物」のネタになっているあたりが、なんとも・・・。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2017.12.31

「世界そうじ下手選手権」

年末ですね。いかがお過ごしでしょうか。
今日になって、日々の生活における新たな認識を得ることができました。
自分はいま、「世界そうじ下手選手権」に出場しているんだと思い込むことによって、大掃除に苦戦している自分を肯定的に捉え直すという、いわばライフハックです。
いかに掃除が下手であるか、そのヘタっぷりを競い合っているわけです。
なかなか負ける気がしません。

選手権の真っ最中のため、どれだけ掃除がヘタかを細かく説明する余裕はないので、このあたりで今年のブログをしめくくりたいと思います。読んでいただきありがとうございます。

ブログを書いているヒマがあれば掃除しろよ、っていうツッコミはナシです。

Olympicmomentsmrbean

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2017.12.26

自動でフタが開閉する便座について、価値観がくつがえった話

 毎月通っている鍼灸師さんについては、そのプロ意識や哲学に共感でき、とても尊敬している。そしてまたこのブログで以前も書いたように、鍼灸師さんのオススメするものについても私は影響を受けやすく、すんなりと取り入れて購入したりもする。

 そうした付き合いを通して分かってきたのは、鍼灸師さんは家族を抱えつつ個人開業で真摯に患者さんと向き合い日々奮闘している一方、どうしても物欲にはコロッと負けることが多いようで、本人もそのことを認めている。なのでこのごろの話のテーマは「最近どんな高い買い物をしたか/いま欲しいものはなにか/自分の買い物は果たして正しかったのか/物欲とは、所有欲とは何か」といったものが増えてきて、物欲をめぐる深遠な葛藤を互いに語り合うことが多くなった。

 私は身体のメンテナンスをしに鍼灸を受けに来ているはずなのだが、なんだか最近はそれに加えて「消費活動の心理をめぐるカウンセリング」を受けているようにも思える・・・とはいえ、相手が迷い続けている買い物についての対応としては、『ひたすら背中を押して励ます』ことがほとんどなので、問題の解決にはほど遠い気もする(そして物理的にも鍼灸師さんは私の背中に針を打ち、お灸を据え、マッサージを施してくれているわけだが)。

 さて、そんな鍼灸師さんが最近買ったもののひとつが、「センサーで感知して自動でフタが開閉する便座」であった(すいません、飲み食いの楽しい歳末に、ここから今日はちょっと臭う話になっていきますよ)。

 ある場所でその良さを味わい、ぜひ我が家にも導入したいと熱望して、調べたらけっこうなお値段がしたそうだが、思い切って買ったとのこと。

 その話を聞いた私の最初の反応としては、「たしかにトイレのフタを触らなくてもいいのは衛生面ではメリットがあるけれど、そんな大枚をはたいてまで自宅に導入する価値はあるのだろうか? トイレのフタぐらい自分で開け閉めすればいいのでは?」というものだった。

 しかしそれは全自動トイレを使ったことのない人間ゆえの浅はかな思い込みなのであった。そのトイレとともに始まった新たな生活のなかで鍼灸師さんが感じ得た以下の境地が、私の思い込みを転換させてくれた。

 鍼灸師さんいわく、トイレに入って便座のフタがパカッと開くということに、

「トイレがまるで自分を歓迎してくれているかのように感じる」

というのだ。

Di_canio_2

     目からウロコ、ポコーン!!!!

「な、なるほど・・・・!!」と、思った。

そして私も「それは、お金を払う価値がありますね! ていうか、長い目でみたら、すごく安い買い物かもしれない!!」と、一瞬で考えを改めたのであった。

つまり、「トイレが自分を歓迎してくれる」という感覚は、その効用として便通の良さにも通じていくのではないかと思うわけである(笑)。

気持ちの問題ではあるのだけど、自分のおかれた状況にたいして、今からお世話になる便器が「歓迎の意」を表してくれているのであれば、そこから得られる「心理的なサポート感」は、プライスレスな価値がある、と思う。「ようこそ! ささっ、どんどん出してって!!」(笑)

本人だけでなく家族全員がそういう気持ちでトイレを利用できるようになれば、健康面においてさらに計り知れない価値がある。

・・・・というわけで、その話を聞いて価値観の大転換が起こってしまった私は、「いつか欲しいもののリスト」のなかに新たな項目を付け加えたことは言うまでもない。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2017.12.18

最近のあれこれをダダっと書く

 うっかりしているとこっちのブログを書かないまま2017年が終わってしまいそうになる。こんなはずじゃなかった、っていうのが2017年の自分を表わしているのかもしれないのだが、よくよく考えるとこれまでの人生全般において「こんなはずじゃなかった」って思いながら進んでいる気がするし(みんなもそうだと思うのだが、違うだろうか)、いずれにせよ「書くこと」によって、そのときどきの自分を確かめていかないといけない気もしている。なのにブログの更新頻度はお寒い状況であった。

 今日の時点で、思いつく限りのことをメモ書きのようにダダッと書いてみる。勢い重視。

---

「こんなはずじゃない」っていう2017年においても、「これはもう文句なしに素晴らしい!」と思えることはあるわけで、(この本)が発表されて(このようなことがあった)、というのは私にとっても2017年最高の出来事のひとつ。おめでとうございます!!

---

そして「harukanashow」のポッドキャスト、11月は2回連続でKanaさんという若いアーティストさんと音楽遍歴について話をさせていただく。(こちら)と(こちら)。なかなか思い返すと恥ずかしくなる過去の個人史について語っている。でも「インスタント・レタリング」って今だと気軽に似たような状態のものを個人で作成できてしまう時代なんだよなぁ、と。

---

 ついに、来てしまった! と思ったこと。

 先日、デイリーポータルZで「現存世界最古のモノレール」としてヴッパータールのことが紹介された。
 (こちら)がその記事だ。ライターさんがヴッパータールにいって、その独特なモノレールについて興奮して取材している様子が伝わってくる。

 2014年にドイツ旅行をした際、このヴッパータールは私にとって旅のハイライトのひとつだった。映画『都会のアリス』の舞台のひとつであり、ずっとあこがれていた場所だった。そしてドイツではこのなんともいえないぶら下がりのモノレールがとても有名な観光名所であるにも関わらず、日本ではほとんど知られていないというのも、旅情をくすぐるわけである。

そして私に近しい人なら皆知っているように、こういう「ネタ」は私が次なるZINEなりフリーペーパーを書くためには絶好の素材であるにも関わらず、それを本当に現実にモノにするためには途方もないダラダラとした時間が必要であり、言うだけ言って企画倒れ、っていうのがいつものパターンとなっており、これもその一つである。今これを書いているパソコンの近くの棚には無印良品で買った大きめのファイルケースがあり、そこにはマスキングテープが貼られ、マジックペンでひとこと「ヴッパータールZINE」と書いてある。そして私の記憶を辿ると、最後にこのケースに手を触れたのはおそらく前の冬だったかもしれない。そういうことなのだ。

 この味わい深いモノレールが走るヴッパータールがどれだけ素敵な場所かということと、そしてまたこの街を教えてくれたきっかけとしての『都会のアリス』という映画について、そのふたつの事柄がこの街を流れゆく川のようにぐねぐねと入り交じったようなZINEを作ってみたいとずっと思っていて、結局何も動いていないのである。

 そうこうしているうちに、こうしてデイリーポータルZが「ついに」記事として取り上げたのである。この状況は、かつて『DIY TRIP』を作ったとたんに大手メディアがなぜかポートランドを特集しはじめて、結局私の書いたものの情報的な側面が急速に古くなっていって焦った出来事を思い起こさせる。グズグズしていたら、すぐに大きな注目が集まってしまう昨今である。

 ちなみにヴッパータールに関するもうひとつ最近のホットな関連事象を。
 職場で働いていた後輩が、30歳になる前にもういちどワーキングホリデービザ取得を目指し、無事にドイツのビザを取って仕事を辞めて旅立って行った。その出発直前、はなむけの言葉もそこそこに(とはいえ大半は『うらやましい~』というセリフばかり連呼していたのだが)「ぜひヴッパータールに行ってみて」ということを私は強くオススメしていたのである。するとつい先日メールがきて、ドイツ入国まもなくタイミングよく雪景色のヴッパータールに行ってきて感動した旨のメールが写真つきで送られてきた。そう、こういうスパッとした行動力こそが大事なのだと、私はこれを書きながら痛感している。

----

 「書いていないネタ」は、この秋にもうひとつ出現している。手ぬぐい屋「にじゆら」で買い物をしたときに、たまたま「工場見学ツアー」の応募があることを知りエントリーをしたら見事に当たり、大阪の工場でにじゆらの社長自らによる「司会・進行・解説」を務めるツアーに参加する機会を得たのである。
社長の情熱はただひとつ、この「にじゆら」で伝統的に行っている染めの技法「注染(ちゅうせん)」がどういうものなのかを消費者に広く伝えたいというもので、私はこの日すっかり感動してしまった(社長さんの喋りも熱くて面白かった)。当然これも格好の「ネタ」としてブログに書いていきたいし、写真もあるのだが、自分の理解不足の部分もあって、ちゃんと調べ直さないといけない気もしていて、結局ずるずると時間が過ぎている。いつかいい文章でこの工場で出会ったことを伝えたい。

---

 この秋はいろいろな場所へ出かけていたのだが、そのひとつが伊勢白子の「大黒屋光太夫記念館」だった。今年の春からとつぜんマイブームと化した例のロシア漂流民『おろしや国酔夢譚』の話は、自分のなかでこの記念館来訪でひとつのピークを迎えたといってもよかった。しかし、しかし、当然ながら記念館にしろそのほかの史跡にしろ、こういうのは得てして「昔からそこにあるもの」なのであり、私のマイブーム感による高揚した気分で訪れても、現実的にはクールにならざるを得ない部分があるわけだ(この感じ、伝わるだろうか)。
 なのでおおむね「大人しい旅」に終わり、そうなるとあまり「書きたい」という気分にもならず、いまは自分のなかで粛々とその史実のことをときおり想起しては、いよいよ寒くなる日々に当時の彼らの気持ちを重ねて想像する程度に留まっている。でもきっとこうして、私は年を重ねながら少しずつ歴史とか郷土史とかに関心をよせていくようになるのかもしれない。

---

本についてもいろいろ書きたいのだが、気持ちが追いつかない。
や、最近ほんとにあらためて「本、おもしろい」って素直に思うことが多い。

そんななか、
「ついに来た!」というか、「ついに出た!!」
という本。

雑誌『アイデア』の対談がついにまとまった、とんでもなく重厚な本。
これを乗り越える仕事は、今後の数十年は出てこないんじゃないかと思う。
そしてこの本には「自分自身の一部」が刻まれている以上、ちゃんと直視して読み通すべきなのだけど、どうもやはり、自分のなかで『いま何も作れていない』という焦燥感にかられるのも否めないので、実は順調にページが進んでいない。

---

もう一冊、これは実用書ではあるのだが、

「こんな本よむヒマあったらブログ記事をひとつでも多く書けばいいのに」っていうツッコミは甘んじて引き受けるが、これは「アウトライン・プロセッサ―」についての私の思い込みや誤解を氷解させてくれたという意味で、「2017年度・目からウロコ賞」 を差し上げたい良書であったのだ。学術論文とか書く人にとっても改めて良いツールになりえる本なので、公私ともに強くプッシュしていきたい本。
アウトライン・プロセッサはどうしても「目次を作って、それを元に書いていく」という作業のための道具「でしかない」と思われがちだけど、そうじゃなくて、好きなように要素を書きまくって「並び替えること(=並び替えが容易であること)」の意味を積極的に思考の方法(もっと広くいえば、普段の生活の記録全般)へと活用していこうというところまで視野に入れていて、「そうだったのかー! もっと早く注目すべきだったー!」となっているところ・・・つまり自分にとっての最新のマイブームがこれ。

---

急に太った理由として「アボカドをよく食べるようになったから」という原因を疑った経験のある方がいましたら、ぜひ語り合いましょう。

---

そうしてとつぜん話を戻すと、「ヴッパータールについてのZINE」を作るためには「もういちど現地で取材をしないといけない」というのを自分のなかの言い訳にして、またドイツ旅行にいく、というオチは充分にありえる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2017.11.23

ECHOESなロンドン旅2017夏・その7:写真をみながら、いろいろと。

もう季節はすっかり秋を経ていよいよ寒くなろうかという日々だが、いまだにブログで夏の旅を思い出したがることを許して欲しい。たった5日あまりの滞在だけれども、4年分の想いをぶつけにいったような旅だったので、とにかく楽しくて毎日写真を撮りまくって歩きまくったのである。

というわけで「番外編」的に、写真を脈絡無く貼りまくっていく。

R0047178_r_2
着いて初日の朝に地下鉄の駅で出会ったポスター。「ロンドンはすべての人を歓迎します」という見事なデザインとメッセージ性。ちょっとグッときた。入国審査が厳しいくせによく言うよとは思うが(笑)、このようなセンスをオリンピックを控えた我が国のパブリックな空間にはまったく感じないのはなんなんだろう。

R0047249_r

英語を話せなくても注文しやすい、という観点からもそうなのだが、私はなんとなく、KFCはイギリスで食べるとミョーに美味しい気がしている。このフィッシュ&チップス的な「箱にポテトとチキンを混ぜてぶちこんで提供する」というザックリした感じがそう思わせるのか、あるいは単に食べ慣れた味が異国の地だとよりいっそう刺激的な味わいに思わせる錯覚におちいっているだけなのか。あと写真右側に見えるが、小さい袋で塩とコショウがついてきて、これもなんだかいい感じに思えてくる。普段ファストフードなんてまったく評価しないはずが、好きな国にくると、とたんにこうなる。
R0047251_r
ちなみにトレイの紙のデザインも、念のため。

R0047253_r
そしてこのときのKFCの店内から撮影したスナップだが、この写真について言いたいことが3つもある。

(1)写真が見切れて申し訳ないが、左端にある、のっぺりした赤いソファが60年代っぽくてオシャレだった。
(2)でもそのソファに座りたくても座りにくかったのは、そこの窓のすぐ外に座っている白人男性が物乞いのような状態だったからである。しかし、私が店内にいる間だけでも、通行人のかなりの割合の人が彼に話しかけたり、お金?をあげていたりしていたのが印象的だった。
(3)写真をクリックしてもらうと分かりやすいのだが、いままさに人が出て行く右端のドアノブのところは「PULL」と貼られている。しかし写真の様子から分かるように、このドアは実際はプッシュしないと開かない。そして反対側の表示は哀しいかな「PUSH」と貼られていた。私も含め、この日のこの店にやって来た客のすべてが最初は「開かずのドアでガンガンしながら戸惑う」という儀式を経て入店していた。しかし私が店内にいる間、誰もそのことについて特に文句をいう様子でもなく「まぁ、こんなもんだよな」的な雰囲気でレジまで行くし、その結果、店員も気づかないのか、あるいは面倒くさいからなのか、そのまま放置されていて、相変わらず新規の客はドアをガンガンしてから入ってくるという切ない状態が続いていた。うまく言えないが、「あぁ、イギリスに来たなぁ」と思うひとときだった。

R0047441_r

↑ノッティングヒルで出会った、素敵な外壁のカラーリング展開!

R0048265_r

R0048276_r

↑たまたま移動中に出会った運河のボート停泊エリア。地下鉄Angel駅のちかく。いつか運河を船でゆっくり移動する旅をしたいと思っているので、バッタリこういうシーンに出会うとテンションあがる。

R0047725_r

↑こちらはブリックレーン・マーケットの古着屋の看板。なんか妙に心ひかれる雰囲気があった。中はわりとフツーだったが、海外にいくと古着屋は一通りチェックしたくなる。

R0047746_r_3

↑これもブリックレーン。チョコレート専門店の、すべてが素晴らしいディスプレイ。

R0047747_r

↑「シリアル・キラー・カフェ」。いいネーミング。これもブリックレーン・マーケット。

R0047761_r

↑ブリック・レーンのとあるジャンクなマーケットエリアではいろんなガラクタ系がひしめいていた。写真では分かりにくいが、車の前で座る店主のおじさん2名と、その背後にかかげられているパンダの着ぐるみの売り物?の組み合わせが醸し出す、なんともいえない情景が忘れがたかった。あまりにおじさんの雰囲気が鬱々としていたので近づけなかった。

ロンドンのマーケットといえば他にもいろいろあるが今回あらためて「やはりここが一番好きだ」と思えたのがステイブル・マーケットだ。

普通はカムデン・ロック・マーケットを歩き通したあとのそのさらに奥に行けばたどり着くマーケットなのだが、個人的にはあえて地下鉄のチョーク・ファーム駅まで行って降りて、南下してラウンドハウスの建物(ここもロック聖地として、例のテクニカラー・ドリームの関連においても重要なライヴハウスである)を横目に眺めて、そのままステイブル・マーケットに入っていくルートを推奨したい。カムデン・ロックのあたりだと、観光客相手を意識しているのか、似たようなモノを売る似たような店がやたら多いので、疲れるし飽きてくる。ステイブル・マーケットのエリアに来て初めて、このディープな味わいのマーケットにたどり着くわけで、だったら最初からこっちに来た方が時間の節約にもなるぞ、と。

R0048311_r

R0048317_r

R0048322_r

R0048325_r

R0048326_r

R0048331_r

うまく言えないが、「軽く狂っている感じ」と「インディーズ手作りDIY」の感じが観光客向け路線のなかで、ほどよく楽しめる雰囲気。

R0048205_r

↑しばらく来ない間に、『TIMEOUT』誌はフリーペーパーとなってしまった。ずっと探していたのだが、これをようやく手にできたのが旅行の最終日だった。そして特集タイトルが「ハロー・ロンドン」っていう。もう帰るのに!(笑)。昔は空港について真っ先にこれを買って、細かい字でびっしり書かれたその週のイベント情報をじっくりチェックするのが楽しみだったのだが、そういう情報も現在のこの誌面では載っていなくて、すべてウェブで調べなさいという時代。2005年に現地で「London Zine Symposium」のイベントを知ったのもこの『TIMEOUT』誌のおかげだったのだ。

R0047975r_r

↑セインズベリーズのパッケージデザインがユニオンジャック好きにはたまらないのでムダに買ってしまいたくなる。

R0047974_r_2
↑こちらは近所のテスコで買った単なるクッキングペーパー。どうしてこうも見事なデザインを・・・

旅先で雑貨屋・文具屋をチェックするのも毎度のことであるが、今回の旅で一番よかったのは、「Present & Correct」というお店。

R0048294_r

R0048295_r

R0048296_r

写真を撮っていいか尋ねたら、二つ返事でオッケーをしてくれた店員さんがおそらくオーナーの方で、この人が男性だからか、自分にもすごく共感できるチョイスの雑貨が多かった印象。ロシアっぽいメモパッドとか買い込む。

R0048298_r

↑そしてこのお店の紙袋も凝ったデザインでステキ。

お店のサイトは(こちら)。地下鉄ではAngel駅のエリア。

 

R0047911_r

↑これはテート・ブリテンで絵を観ながら、どうしても甘いものが食べたくなったので初めて地下のカフェをトライしてみたときのプレート。この無骨な感じの紅茶ポットがひたすらカッコよかった。そしてチョコケーキも美味しかったのである。

R0047981_r

↑これは朝のBBCニュースで取り上げられていたネタで、当時人気が出てきたロックンロールなどが公共放送では紹介されないので、法律にひっかからない海の上からラジオで放送した「海賊ラジオ局」が起こって50周年とのこと(ピンク・フロイドが50周年なのだから、確かに同時代的にこのあたりのネタはすべて50年を迎えるのだった)。これもDIY精神の歴史を語る上で外せない歴史のひとつであり、映画『パイレーツ・ロック』はまさにこのテーマを扱った快作。

パイレーツ・ロック [DVD]
by カエレバ

個人的に感じ入ったのは、そもそも当時のBBCがロック音楽の放送を忌避していたことへのカウンターカルチャーとして海賊ラジオが始まったわけだが、50年も経つとBBCが「今度この海賊ラジオの船と一緒にイベントします~」とか言っていることを、こうして目の当たりにしたことだった。

・・・というわけで4年ぶりのロンドン、本当に今回は最高に良い旅だったので、いろいろと書いてみた。ピンク・フロイドの50周年記念ということがすべての始まりであったので、この一連のブログ記事の締めくくりに彼らの曲の動画を貼り付けて終わろうかと思う。

で、最近YouTubeで知ったピアノ奏者、Bruno Hrabovskyという人がピンク・フロイドのいろんな曲をカバーしているのだが、その中でも最高に素晴らしいのが、代表曲『エコーズ』で、ぜひそれを紹介したい。むしろこれは、原曲よりもよりいっそう原曲の良さを引き出しているとすら思える。原曲の冗長な部分を省いて聴きやすくしていて、『エコーズ』がいったいどういう曲だったのかを改めて解釈し、迫力あるピアノの響きで表現している。

というわけで夏のロンドンでの想い出は、『Echoes』の曲とともに。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2017.10.09

ECHOESなロンドン旅2017夏・その6:底なしロンドンめぐり

R0047812_r

今回のロンドン旅で訪れたその他の場所について・・・こうして振り返ると5日間ちょっとの滞在でスタンプラリーのごとくいろんな場所に行っている。次はもうちょっと落ち着いて滞在したい。

 ☆スカイガーデン

 数年前にニュースで「ロンドンで建設中の高層ビルからの太陽光線の反射によって、路上に停めていた乗用車がダメージをうけてゆがんだ」というウソみたいな出来事があって、ご存じの方も多いだろう。で、そのビルというのが最近できあがって、いま無料で頂上階に行ける(ただし予約が必要で、今のところすぐに申し込み完了になる。数日間のスパンの予約を10日前ぐらいに一気に受け付け開始にするので、マメに公式サイトをチェックしないといけない)。

R0047792_r_2

 「チーズ削り機」の異名をとるこの変わった形状のビル、たしかにこの妙な形状だと、とんでもない方向に太陽光線を反射させてもムリはないと思わせる。ひたすら上を見上げていくと、建物をみるだけなのに酔いそうな感じ。

R0047825_r

 厳重な手荷物検査の後、エレベーターで最上階のスカイガーデンへ。そこはオープンテラス的なレストランもあり、何も飲み食いしなくてもテラスへ出て、昔の人が見ることができなかった角度からロンドン市内の景色を楽しめる。まぁ、外の景色もうまく見えるところと見えにくいところがあって、安全上の観点を思えば「まぁ、こんなもんだろうな」と思わせる構造ではあるが、何より(少なくとも今は)無料でここまで来ることができるので、話のネタとして訪れておいてもいいかと。

R0047809_r

↑今度きたときは向かいにある「ザ・シャード」も行ってみようと思う。

----------

 ☆アレクサンドラ・パレス

 そうとは知らず、たまたま私が宿泊先として選んだリントン・アパートメンツの近くに実はこのアレクサンドラ・パレスがあった。

R0047198_r

 小高い丘のうえにあり、南にロンドン中心地を見下ろすとても景色の良い場所で、その立地条件もあってここには軍事施設だったりBBCの放送曲の電波塔があったりしている。そしてそういう歴史博物館としての性質もありつつ、普通にイベント会場としても現役のよう。いまは基本的には工事中のようではあるが、周辺にはこの建物の歴史を語る展示物がセットされていたりする。

R0047207_r_2

この場所は今回の旅のテーマにおいてぜひ訪れたいと思っていたところだった。この施設はいろいろな歴史がしみこんでいるわけだが、今回の旅にひきつけて言えば、60年代後半のロンドン・アンダーグラウンドシーンにおける記念碑的イベント「14アワー・テクニカラー・ドリーム」がこの場所で行われていたのである。ピンク・フロイドもここで(アムステルダムのライヴを終えた足で駆けつけて)演奏をしていた。

R0047219_r

R0047223_r

R0047202_r

-----------

 ☆ロイヤル・アルバート・ホール(BBCプロムス)

 イギリス好きを吹聴しつつも、恥ずかしながら今まで「BBCプロムス」という夏の恒例イベントの存在を知らなかった。120年以上前から続く、長期間にわたる夏のクラシック音楽の祭典で、連日連夜コンサートが企画されており、「お金のない人でもクラシック音楽に親しんでもらう」という当初の趣旨を今でも大事にしており、格安で、ドレスコードもとくになく、一般庶民が気軽に楽しめるという音楽コンサートの夏フェスなのである。

 せっかく夏の時期にロンドンにいるのであれば、やはりこれは観ておきたいと思ったし、何よりメイン会場がロイヤル・アルバート・ホールなのである。むしろこの建物に入りたいがために今回観に行った部分もある。

R0048139_r

 そしてたまたま私が訪れた日は、指揮者に大野和士、メゾソプラノに藤村実穂子という日本人音楽家が登場する日でもあった。演奏する曲はドビュッシー、ラベル、そしてマーク・アンソニー・タネジという現代音楽家の作品を演奏。

 ロイヤル・アルバート・ホールも実は先述した「テクニカラー・ドリーム」におけるアンダーグラウンドシーンとの深い関わりがあり、同イベントを扱ったドキュメンタリー映画でも、そのはじまりは1965年にこのホールで行われたビート詩人たちによるポエトリー・リーディングのイベントにあったとされている。そのほか、数々のロック・ミュージシャンもここで演奏しており、ライヴ盤の題名で「ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール」という感じで名付けられることもあることから、そういう意味でも「イギリスにおける日本武道館」みたいなものだと勝手に思っている。

R0048104_r

 円形のホールなのでロビーも当然グルグルと回れる仕組みになっていて、私は調子に乗って場内のパブでシードルのお酒なんか買ってチビチビやりつつ(この旅で唯一お酒を飲んだのがこのときだった)、廊下に掲げられたいくつもの歴史的名演の記録写真などを眺めて開演前を過ごした。
 すると、件のビート詩人ギンスバーグのイベントの写真もちゃんと掲げられていた。こういうのをちゃんと掲示するあたり、文化を継承することの意味を分かってらっしゃる。

R0048113_r

 そして満を持して中に入る。プロムスというイベントのおかげで誰しもが来やすいこの空間において、誰の人生にとっても印象的な感覚をかきたててくれるであろう雰囲気があった。照明や装飾のなかにある現代的なムードと、言葉にしにくい伝統的な空気感が混ざり合った感じがあった。

R0048131_r

 座席はオンラインで好きな場所を選んで予約できるのだが、せっかくなんで「Choir」と呼ばれる座席へ。演奏者のうしろでコーラス隊が入るならこの座席を使うのだろうか。価格は19.50ポンド、3000円ぐらいか。そしてこの角度からだと指揮者の表情やオーディエンスの様子がよく眺められる。私のように音楽そのもの以上に、このホール自体にまずは興味があるという人にとってはとても楽しめる座席だと思える。
 このプロムスの特徴として、アリーナ席だけは当日券のみの販売で、立ち見なのであった。それはなんだかライヴハウスみたいな感じであり、クラシック音楽のコンサートというある種のイメージを覆してくれる感じで、後方エリアだと体育座りでもあぐらでも寝そべってもいいぐらいで、とっても、とっても、カジュアルなのである。

R0048137_r

 そして和やかなムードで開演。演奏を堪能しつつ・・・普通はこういうとき寝ないはずなのに、うっかり途中眠ってしまったのは、直前に飲んだシードルのせいだと思いたい。

 とりわけプロムスの最終日はとても盛り上がるようで、帰国後に知っている人に話を聞くと日本でもテレビ放送があったよう。なぜ今まで知らなかったのか。

YouTubeでも当然いろいろアップされている。これが今年の最終日のテレビ放送の様子で、別会場でも同時中継でみんなで気軽に楽しんでいる。あらためて観ると、クラシックの現場で、まるでロックフェスのような感じで旗振りまくったりしていて、こういう楽しみ方や盛り上がり方もアリなのね、と新鮮な気分になる。

ラストは当然のごとく「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」で締めくくる・・・と思ったら最後の最後は「蛍の光」が演奏されて、なんか観客もみんな隣の人たちと手をつなぎ合ってリズムとるのが風習? なんか微笑ましい。
番組のエンドロール前の「今年のハイライト」みたいな映像も興味深くて、実はいろんなジャンルの音楽をこのイベントでは上演しているのが分かる。
やー、いつかこの最終日のプロムスで旗振りまくりたい(会場に日の丸もみえるな)。こうしてまた次々と「イギリスでやりたいことリスト」が増えていく・・・今回もそうだが、「そんなに何度もロンドンに行って何をやるの?」とよく問われるのであるが、こういう感じで、行くたびに次にやりたいことがたくさん出てくるので、底なしなのだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«ECHOESなロンドン旅2017夏・その5:ヒースロー空港の中心で、バンドへの愛を叫ぶ。