ベルリンの旅で訪れたサッカースタジアムその4、シュポルトフォールム(ベルリナーFCディナモ)
ベルリンにある4つのサッカーチームを1日ですべて回りきる企画、最後は「ベルリナーFCディナモ」というクラブである。
5部リーグ相当のチーム。
それでも、うむ、根性で行ってきた。
ランズベルガー・アレー駅から、北東にひたすら歩いた。トラムも通っていたのだが、どこで降りたらいいかよくわからないので、ひたすら歩く。旧東側は、やはりどことなく殺伐とした感じがして味わい深い。
たどりついたら午後4時ぐらいで、事前に調べていた情報では、クラブの事務所とかが閉まるギリギリの時間。
だだっ広いのは、ここもさまざまなスポーツ競技が行える総合型スポーツ施設だからだ。
なので、日が暮れようとしている時間帯でも、人がそれなりに歩いていて、体育館みたいなところや室内プールが賑わっていた。
でもサッカークラブの事務所みたいなもの(そしてグッズ売り場ももしあれば・・・)は、どこに行ったらたどり着くのか最初はよく分からなかった。
そんななか、たぶんここが事務所なんだろうというところにたどり着いた。
オフィスにいったら、1人だけスタッフの男性がいて、テキトー英語とジェスチャーで「グッズとか買えますか?」とか尋ねてみたが、まったくドイツ語オンリーでわからなかった。とりあえず何かを教えてはくれたのだが、よくわからなかった。地図に何かを書いてもらおうと思ったが、それも通じなかった。むぅ。
で、よくみたらその近くにサッカー場があって、
試合のときだけ開いてそうなパブっぽい飲食ゾーンがあって、この敷地のなかではもっともポップな建物だった。
試合のときだけ、おそらくここを屋台にしてグッズが売られていると思われる。
あぁ、欲しかった。このクラブのクマのエンブレム、なかなか味わい深い。
スタジアムの壁面にも誇らしげにエンブレムが。
そうして、やはりここも、スルスルとスタジアムの中に入ることができた。
ウィキペディアでも詳細に説明されているが、このクラブはもともと東ドイツの秘密警察によるクラブだったようで、それはそれは悪名高いチームだったようだ。
1970年代後半に入ると審判に圧力を掛けるなど影響力を最大限に行使する様になった。そして優位性を確実にする為のあらゆる不公正で歪んだジャッジによって援助されたクラブは1979年から1988年までリーグタイトル10連覇という驚異的な記録を達成した。しかしこの強引な手法はベルリン市民を始め東ドイツ国民の憎悪の対象となり、試合の際には激しい罵声で迎えられる事となった。
こういう歴史を有しながら、それでもこの時代まで脈々とクラブは続いているのである。
じつは今回のベルリン旅行では、「ベルリンの壁」についてじっくりと向き合う時間がなく、次回以降の課題として残っているのだが、ひるがえってこのディナモ・ベルリン、およびこのスポーツフォーラムの施設を歩き回ることで、なんだか東ドイツ時代の残像というか、大げさかもしれないが「空気感」みたいなものを自分なりに感じ取れたような気がして興味深かった。
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さて、こうしてベルリンにある大小4つのサッカースタジアムをめぐってきたわけだが、この機会にあらためてこの本を紹介しておきたい。
『ラフガイド日本語版・欧州サッカー60都市現地観戦ハンドブック2000』である。
もう10年以上前の情報しか載っていないわけだが、それでもサッカースタジアムなんていうものはそうそう簡単に変わるものでもないので、今でも十分使える本。
ヨーロッパ各国にある大小さまざまなクラブチームについて載っており(何せ60都市だ)、スタジアムの行き方や近所のパブ情報なんかも余すところなく書かれており、そして当然ながらすべて日本語に翻訳されているもんだから、私はこの旅の際にこの本のコピーを持ち歩いていて、「こんなマイナーなクラブについて翻訳してくれた人、ありがとう! 少なくともここに1人、この情報を訳してくれたおかげで助かっているヤツがいるぞ!!」とかひたすら思った。
私がこうやって海外のサッカースタジアムめぐりを楽しむようになった「きっかけ」を与えてくれた本といっても過言ではなく、そしてどうしてこんな本が完全和訳で刊行されたのか、謎でしょうがない「幻の奇書」とでも言うべき本なのである。
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