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2012年2月

2012年2月26日

アルディージャ・塚本さん東京マラソン完走! その勇気を受けて、3.11京都マラソンでもJリーグユニフォームのランナーに声援を送ります。

右大腿骨骨肉腫を乗り越えた、現大宮アンバサダー、塚本泰史さんがかねてから出場に意欲をみせていた東京マラソン、見事に完走とのこと。おめでとうございます(ニュースはこちら)

塚本氏がつけていた大宮の背番号2は今シーズン、高校大学でのチームメイトだった菊池がフロンターレから移籍して背負うことになって、そこにある「意気」に感じ入るものがあった。

病気というのは辛く、さらにそれでサッカー選手としてのキャリアが一時停止になるというのはもっと辛いはずだ。しかし、自分なりに出来ることを全力を尽くして行うというその生き方自体がまさにサッカー的であると思うし、その意志において身にまとうサッカーユニフォームは、そこがピッチであるかどうかは別の問題として、美しく似合う、と思うのだ。

さて京都マラソンが近づいてきた。Jリーグのユニフォーム姿のランナーに声援を送る企画、自分なりにトライしてみる所存。「チカラをひとつに」のバナーも持って行こうと思う。




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2012年2月23日

Jリーグのキャンプ地めぐりをやってみる(その3)

セレッソのキャンプ地から、ふたたび橘通りの大きい交差点に戻ってきたのが12時ちょうど。

そこから今度は、ガンバ大阪のキャンプ地である「綾町錦原運動公園サッカー場」に向かう。
この日、14時から大宮アルディージャとの練習試合があるのだった。

この綾町という場所は、地図でみるかぎり「だいぶ遠いなぁ・・・」と思われた。
しかしバスが通っているので、今回の旅程に組み込んだ。

「宮交橘通支店前」のバス停から「酒泉の杜」ゆきに乗る。所要時間はだいたい50分ぐらいをみておくこと。料金は片道980円(だったはず)。

降りるバス停は「綾待合所」。

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綾待合所。帰りのバスがここから始点の場合、ここで待っておくと乗れる。

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綾待合所にはコインロッカーもあった。

綾町の役場のホームページには、近辺の地図が紹介されているので、サッカー場までの道もわかりやすい。


役場のある交差点を西に向かっていく。

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歓迎されてます。近所では社会人野球の東京ガスもキャンプを張っていた。

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この交差点を右にまがり、急な坂道を登っていく。

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小学校を右手に眺めるように登っていく。

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すると、ここも平日なのにわりと盛況。やはり練習試合は注目度高い。

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この真ん中の小屋のなかに、練習試合中はコーチングスタッフが出入りしていた。元FWの松波さんの姿も見えた。

あと興味深かったのは、今日練習がオフだったサンフレッチェ広島の森保監督やその他スタッフが、我々と同じように客席に座って見学をしていたことだ(チームのウェアを着ていたので、すぐに分かった)。なるほど確かにオフのときはそういう可能性もあるのか、と思った。このことは実際にキャンプ地に来ないと思い至ることがなかった。
そうして試合をみながらサンフレッチェのスタッフがどんな話をしているのかも、隣にいれば自然に聞こえてくるのが面白い。
(あと、他にもジャーナリストっぽい人が必死にノートをつけながら試合をみているのを眺めるのも楽しい)

で、森保監督が観客席を離れた際に思い切って声をかけて、とても丁寧なサインをいただいた。ペトロビッチ体制からバトンを引き継いだ今シーズン、クラブ初の生え抜き監督としてどういうサッカーをするのか非常に興味深いわけで、「期待しています」と声をかけたら、「ありがとう!」と、向こうからわざわざ握手の手を差し出してくれたので驚き、サインのペンのキャップがなかなかしまらず、慌ててしまった。感動。いやー、こういう体験をすると、ますます気持ちをこめて森保監督のチームづくりを注視したくなる。

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そうして練習試合を観戦。1本目、2本目と両チームほぼベストメンバーで臨み、ガンバが勝った。ただしどちらも前線のフォワード陣が新加入選手を組み入れた形であまりまだ機能しておらず、課題がまだまだありそう。

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普段の万博競技場で観るよりも断然近い距離でガンバのトップチームの試合が観られたので、来てよかったと思う。
(普段の吹田の練習場には、まだ行ったことがない)

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出待ちの光景。
だんだん分かってきたのだが、練習試合の場合は、最初のほうに出場した選手から先に宿舎に帰るようなシステムっぽい。時間差でバスが別々にやってくる。

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平日でそんなに客も少なかったからか、スタメン組のほぼ全員からサインをいただくことができた。
ガンバの至宝・二川さん、やはり寡黙な人だった(笑)

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個人的にガンバ大阪で特にファンなのは中澤聴太だ。昨シーズン、スカパーの特番やらスタジアムで上映されたインタビューなどで、端正な顔に似合わず味のある絶妙なトークを展開していたのでグッときたのである。
多くの見学者から一緒に写真に収まってくれと頼まれ、あるいは赤ちゃんを抱っこしてくれと頼まれたりと、ひたすら丁寧に応対してくれていた。私のときもサインしたあとにしっかり目を見て「はい!」とペンを返してくれたのが印象的だった。今年は今野も加入し、丹羽というCBも復帰して(コーチングの声の大きさが印象的だった)、ポジション争いも激化するのでがんばってもらいたい。

そうして夕刻19時発の宮崎~大阪のフェリーに乗り込むべく、ギリギリの時間で綾町をあとにした(宮崎駅からフェリーのりばまでのバスはほとんど本数がなく、そこだけさすがにタクシーで向かった)。

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ありがとう宮崎。

こうして、駆け足で今回はじめてJリーグの宮崎キャンプをめぐったわけだが、感じたことを列挙すると、

・シーズン前なので、練習場の雰囲気がそんなにピリピリしていない。
・新加入選手は特に、総じてファン対応がフレンドリー。
・双眼鏡、サイン用のペン、選手名鑑が必須アイテム。
・代表の試合が毎年この時期にあるはずなので、代表選手が観たい場合は彼らが不在になるタイミングを事前に把握してからスケジュールをたてると良い。
・練習試合の日程が決まるタイミングは、直前になることもあるので、こればかりは「運」かもしれない。
・たしかに日中、晴れると少し暖かい。ただし朝晩は普通に冷えて寒い。

といったことだ。
結論として「宮崎のキャンプ地めぐり、毎年来たくなるなぁ」ということだ。そしてますますJリーグの開幕も楽しみになってくること請け合いである。

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ちなみに・・・「自分にとってもこの旅は『キャンプ』だ」として持ってきたフリーペーパー制作道具一式であるが・・・

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結局、最後まで完成せず!!(笑)


旅疲れでクタクタとなり・・・・

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帰りのフェリーでは、窓際のテーブル席まで向かうも、何もできずにうたた寝する始末。

そんな「ひとりキャンプ」でした。

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2012年2月22日

Jリーグのキャンプ地めぐりをやってみる(その2)

キャンプ地めぐりの2日目。
宿泊先は、「ホテル・ケンジントン」というビジネスホテルにした。ここを選んだのは、単にホテルの名前やコンセプトが「イギリス志向」であったというそれだけの理由なのだが、結果的にこのホテルが正解だった。安いだけでなく立地がとてもよく、宮崎随一の繁華街、橘通りと高千穂通りの交差点ちかくにあったからだ。宮崎交通のバスのほとんどは、この交差点を経由するので、どこへ行くにも基点となっていた。

そしてこの交差点からあまりのバスが発着するので、混乱をさけるためにそれぞれの角地のバス停の名前はわざと異なるようにしてあったり、キリンのマークとか動物のマークでも区分されていたりする。なので場所は同じでも、それぞれのバス停の名前は別物となっているので注意が必要だ。

そんなわけで2日目の朝はセレッソ大阪の午前中の練習を見学しにいく。

「カリーノ宮崎前」バス停から7:41発のフローランテ宮崎・青葉通方面行きに乗り込む(事前にコンビニで一日乗り放題乗車券を購入しておいた)。

さて、セレッソ大阪のキャンプ地は「宮崎市国際海浜エントランスプラザ」である。
で、クラブの公式HPでは、バスの場合「シェラトングランデ・オーシャンリゾート」バス停下車徒歩約10分、とある。しかし宮崎市のHPでは「オーシャンドーム」バス停下車、徒歩5分という表記もあったりする。ややこしい。地図で見てもいまいちよく分からない場所なのであった。

で、私なりに出した結論はこれだ。
「山崎」のバス停から東に5分ほど歩く。これがベストだ。


大きな地図で見る

カリーノ宮崎前から25分ぐらいバスに乗り、この山崎のバス停を降りてすぐ南にある交差点、これをひたすら東に向かうのである。

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交差点の北西角にあるコンビニ。ここから左側の方向が東。

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途中で道が切れるところがあるが、ちかくの小道をさらに東へ。

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この小道をぬけると・・・

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田んぼが広がる。その向こうには、かの宮崎シーガイアがみえる。バブル期にスティングを起用してガンガンCMを流していた、あの頃を知っていると感慨深い。

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「やまさき1ごうばし」だそうで。この橋をわたってさらに進むと、

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すぐ目の前に、セレッソ大阪のキャンプ地があった。

練習は9時開始とのことで、早く到着したからあちこち観て回る。
さらに東へ向かって、ゴルフ場のエリアを通り抜けると

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誰もいない海~

せっかくなので、

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「CRZ OSAKA」と書いてきました。

さて練習場に戻ると、

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練習グラウンドのすぐ近くには公園の管理事務所とトイレも併設されているので、練習見学者にはとても便利かと思われる。

あとすっかり忘れていたのだが、
ドイツ代表は2002年W杯のときに、ここでキャンプを張っていた。
その記念碑がこれ。

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オリヴァー・カーンとレーマンのサインの刻印が並ぶ。

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で、こちらのグラウンドは、バックスタンドにあたる部分にこのようにベンチが置かれていた。
なのでそこに座って9時開始の練習を待つ。

が・・・・

いっこうに誰も来ず・・・

「き、急きょ練習がオフになったか・・・?」
と不安になってきたが、
しばらくすると監督とコーチングスタッフ、そしてほんの数名の選手の姿があらわれた。

で、ウォームアップがはじまり、多くの選手はグラウンド横のテントのなかにあるトレーニングマシンのほうで体を動かしている様子。

なのでおそらく、この日の午前中は、「ケガから回復しつつある選手の別メニュー調整」のみが行われたような気配であった。(そしていまセレッソのHPを確認すると、確かに全体練習時間の変更が発表されていた。キャンプの日程はいろいろ変わりやすいことを痛感。現地での情報収集を怠ったわけである・・・)

で、いまセレッソでケガから回復しつつある選手といえば・・・

清武弘嗣である。

この午前中、コーチの指導のもと、清武がひとりでひたすらグラウンドを周回していた。

見学者は私をふくめて、たった2人。

本来ならいまごろU-23の代表合宿に参加していたであろう清武。
そして、ひょっとしたら来年の今ごろは日本にいないかもしれない清武。
去年の今ごろでは想像もつかないぐらい、この1年での彼の躍進ぶりはいまさら語るまでもないが、そんな清武がこれからどんな世界を走り抜けていくのか・・・と、つい宮崎の快晴の空の下、詩情にかられたので、こういう写真を撮ってみたりする。

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たしかに全体練習が観られずに残念ではあったが、こういう写真が撮れただけで満足である。

予定よりも早く練習も終わっていき(ギャラリーが少なすぎると、選手にサインをもらいにいく気分にはなれず・・・小心者である)、早々にチームは引き上げていった。

なので周囲をすこし散策。シーガイア近辺にはもうひとつ、イベントスクエア(多目的広場)でサンフレッチェ広島のキャンプが行われているが、こちらはこの日オフであることが分かっていた。
でも次に来る場合に備えて会場だけでも確認しようと思って歩き出したが、やはりここも広大な敷地で、帰りのバスの時間の都合もあったので、なくなく途中でひきかえした。

参考までに、地図画像を2枚ほど(クリックすると大きくなります)。

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この上図でいうところの「多目的広場」が、今回のセレッソのキャンプ地。

地図では東側が上になっている。

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こちらの図は東の方角が下向きになる。

中心から右よりのところに「イベントスクエア(多目的広場)」とある。

で、帰りも「山崎」のバス停から。

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こちらは宮崎市街方面行きのバス停。

Jリーグキャンプ地めぐり、次回はガンバ大阪×大宮アルディージャの練習試合へ。

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2012年2月21日

Jリーグのキャンプ地めぐりをやってみる(その1)

ということで宮崎県に行き、初めてJリーグのキャンプ地めぐりをやってみた。これから3回に分けてそのときの様子を報告したい。

今回の旅では途中で岡山・直島に立ち寄って、そこから宮崎を目指した。なので土曜日の夜に岡山から夜行バスで博多まで行き、そこからさらに高速バスで午前中かけて宮崎駅に向かうことにしていた。予定では宮崎駅に12時ごろ到着し、そこからすぐに宮崎県総合運動公園に向かい、この日行われる川崎フロンターレ×FC東京の練習試合(午後13時開始)を見学する予定をたてた。

博多から熊本を経由して鉄道を利用しても、所要時間がそんなに大差なかったのである。
だからバスを選んだ。
しかし・・・

直島にいた時点でうすうす気づいていたのだが、やたら雪が降っていた。
福岡についたら、都心の高速道路が閉鎖。
そのせいで夜行バスの博多への到着も遅れてヒヤヒヤしたが、到着後まもなくまたバスに乗り換えるも・・・高速閉鎖により一般道をいくが、案の定大渋滞でバス動かず。そしてなんと運転手が道を間違え、謝罪のコトバとともにUターンするというレアな体験。そして来た道をだいぶ引き返したあと、ふたたび渋滞につかまる。

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永遠に続くようにおもえる渋滞。
外は吹雪がやむことなく、この時点で「もう夕方までに宮崎につけばオッケーとしようか・・・」とさえ思っていたほどだ。練習試合を観るのはあきらめていた。

が、少しずつ南に進むにつれ、天気もよくなり、そして高速に乗れた。
この時点で1時間20分ほどの遅れだとアナウンスがあり、「よし、このまま少しずつ遅れを取り戻してくれ!」と願いつつ、「練習試合が見られなくても、今後も同様に宮崎でキャンプ地めぐりをするのであれば、そのための情報収集のために今回の旅はあるのだから・・・」と自分を納得させて、ヒマつぶしにうってつけの『エルゴラッソ編 Jリーグプレイヤーズガイド』を読んでみたりする。

で、結局1時間20分遅れのままきっちりと宮崎駅到着(苦笑)。

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すっかり宮崎、いい天気(笑)

で、事前に調べてあった運動公園行きの電車、JR日南線は・・・だいたい1時間に1本ぐらいしかないのだが・・・

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バスがこの駅に到着した、まさにその時間に出発していた模様(苦笑)。

うなだれる。

しかし諦めるのはまだ早い。
読売ジャイアンツも同じ総合運動公園でキャンプを張っており、「臨時バス」が何本か運行されているのである。
そこで宮崎駅の観光案内所にいき、もらえる資料をかたっぱしからチェック。

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ホークスとジャイアンツが宮崎でキャンプ。さすがにこういう冊子も作られている充実ぶり。

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そう、まさにこの臨時バス時刻表である。(ちなみに左に写っているのが、野球とJリーグの両方のキャンプ情報が載っているリーフレット)

さっそくみると、13:45発のバスがあるらしい。
ジャイアンツの総合運動公園行きも、ホークスのキャンプ地の生目の杜総合運動公園行きも、駅の西口2番のりばから出るらしい。

なのでそこで待っていた。

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で、ちょっと気になったのは、ホークスの練習場行きのバス停はこのように特別に設けられていて、ジャイアンツのは何もなかったことだ。
「やはり九州だけあって、ホークスびいきなんだろうな」
と思った。

が、13:45になってもジャイアンツ行きのバスが現れることはなく、ふたたび観光案内所に行って訊いてみた・・・









「ジャイアンツの1軍の練習が昨日までになり、今日は2軍のみが練習をしているので、バスは運休しています」

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キョジーンッ!!!
使えねぇぇ~!!!

と、人生で今までにないぐらい巨人について心の中で悪態をついた。

「いよいよタクシーを使うか・・・」と考えたが、しかしそんな私の心中を察してか、観光案内所の人が路線バスで総合運動公園に行ける旨を説明してくれた。

実は私はすっかりそのルートについて調べ損ねていたことを知る。

そこで1時間に2、3本ある飫肥方面のバスに乗った。所要時間約40分、料金は540円。

こうして宮崎県総合運動公園にたどりつく。

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巨人、歓迎されています。

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その背後にJリーグもまとめて歓迎されていた。

で、この練習試合は「ラグビー場」で実施されていたので、大急ぎで現場に向かってみる。

それにしても巨大な公園である。

ただし、ほとんど人が歩いていない。やはり巨人の1軍キャンプがないときは静かなのだろうか・・・

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そんなことを思っていたらラグビー場では立派に歓迎されていたフロンターレ。

中をのぞくと

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たくさんの観客が詰めかけていた! あの閑散とした公園の雰囲気から想像できなかったのでちょっと驚く。ここだけやはり熱気ただよう「多摩川クラシコ」ダービーマッチであった(声援はおとなしめ)。

私が着いた瞬間に、どうやら2本目の試合が終わったようで、3本目の試合をじっくり観ることができた。FC東京に新加入の左サイドバック・太田や川崎の新外国人レネ・サントス(ボランチだけでなくセンターバックもやっていた)に注目してみたり、あと最後に川崎からは稲本が登場したりと、それだけでじゅうぶん満足な内容。あと川崎の相馬監督のコーチングの声の大きさにも感じ入る。

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で、終わったあとはこのようにバスまでのルートが仕切られ、お客さんが出待ちしてサインをもらっていた。こちらのエリアはフロンターレのみで、逆のサイドがFC東京の出待ちゾーンとなっていたと思われる(未確認)。

なので自分もいろいろな選手からサインをいただく。

で、今回のようにいろんなチームのいろんな選手からサインをもらえそうな可能性のある場合に、自分なりに「どこにサインをもらうか」を検討した結果、愛用のエルゴラッソの選手名鑑にサインをいただくことを思いつく。

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できるだけ細いマジックペンがあれば便利。

この方式の最大のポイントは、目の前に選手が現れたときに、とくにマイナーな選手の場合だとなおさら、顔と名前を見分けて、該当のページをすぐに差し出せるかどうかにある。

多くのファンは、丁寧にサイン色紙を購入して、そこにいろいろとサインをもらっていた。自分の場合は、それをすると「誰のサインがどこにあるのか忘れる」という状態になるので、このように選手名鑑にもらうのは(本文が読みにくくなるけれども)気に入っているアイデアである。

印象的だったのは、U-23五輪代表候補の登里享平くん、サインをしてくれた際に「オリンピック、がんばって!」と声をかけたら、ものすごい笑顔で「ありがとうございます!」と返してくれた。うおー、いいヤツやなぁ・・・ちょうど今頃U-23代表は合宿がはじまっていて、惜しくも今回は選出されていなかっただけに、本選に向けてがんばってまた復帰してほしいなぁと思いつつ・・・さっき旅行から帰ってきてネットでニュースをみたら、ドイツにいる大津の招集ができなくなったために急きょ登里が代表に追加招集とのことで、この翌日にシンガポール入りしたとのこと。なんたるタイミング!!

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で、都合により誰よりも遅く帰った稲本潤一。彼目当てにファンもだいぶ残っていたのであった。

個人的には、そのむかし「稲本そっくりさん」に翻弄されてしまったことがあったので、本人を目の前にすると感慨深いものがある。

あとさらに感慨深かったのは、キャンプを見学にきていたらしい都並敏史氏と相馬監督が遠くの方で談笑をしていた光景を目にしたことだ。「ドーハの悲劇」からフランスW杯へ至る、日本代表の左サイドバックの系譜を創り上げてきた2人が目の前にいると思うとクラクラしそうだった。なるほどキャンプ地にはこういう人が訪れるということもあるわけだ。

そんなこんなでラグビー場をあとにし、ついでなので他の施設を回ってみた。

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こちらは陸上競技場。ベガルタ仙台の旗がかかげてあった。

(ちなみに、あまりに広大な敷地を歩きまくっていて、ついサッカー場のほうに行くのを忘れていた。この時期はモンテディオ山形が借りていたのである。)

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そしてこちらは「ひむかスタジアム」、巨人の練習が行われている野球場だ。

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中に入ってみると、少数ながら練習をやっていた。たぶん2軍なのだろう。そしてお客さんもこの時点では7、8人ぐらいしかいなかった。

とにもかくにも、総合運動公園、さすがに巨大すぎて歩くのが大変である。

レンタサイクルもあるそうだが、おそらく巨人の1軍キャンプのときのみ運用されているっぽい。

で、宮崎市街への帰り道には電車を使ってみようと思った。

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このとおり、無人駅である。きっぷは1両目の後方入り口から入ってバスのように整理券を受け取り、降りるときに運転手に支払うシステム。ただしだいたいは「南宮崎駅」どまりのようで、そこからまた乗り換えて宮崎駅にいくことになる。

キャンプ地めぐり報告、その2へつづく。

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2012年2月17日

Jリーグの「キャンプ」を観に行くのは面白いのかどうか

毎年のように気になっていたことを、週末は実際に確認しにいこうと思う。

この時期、サッカー選手や野球選手のみなさんは
「キャンプ」
を行っている。

来るべきシーズンに備え、体力づくりから始まり、そしてチーム力の向上を図るべく戦術の確認やチームワークの構築を図っているのである。

しかし、
そもそも「キャンプ」という名前で呼ばれているこれらの取り組みについて、子どもの頃にスポーツニュースとかでその言葉に最初に触れたとき、幼心には「本当にキャンプをやっている」と誰しもが一瞬は思ったはずだ。
山道をハイキングして、カレーを作ったり、たき火を囲んで歌をうたったりする、あのキャンプ。
そりゃあ、チームワークの向上にもつながるよな。
テントをはり、薪を割って、石をつみあげて火をくべり、川で泳いだりする、あのキャンプ。
そりゃあ、体力トレーニングにもなるよな。
その合間に、選手達は通常の練習をしている・・・といった妄想により、子どもながらに「キャンプ」という響きによってかもしだされる牧歌的なイメージがあるわけだ。
でもテレビのスポーツニュースで毎日のように報道されるプロ野球の「キャンプだより」では、野球場で練習したあと、どうやら選手はそのまま荷物を持って歩いてホテルに戻っていく姿しか見られない。せめてバットとともに薪割りの斧とかを持って歩いてほしいのだが、そうでもない。そうやって子どもたちは事情を察していくのである。

それでもなお、こうしてオトナになっても、この時期に「キャンプ」ときくと、何か日本語として「通常の合宿」とは違ったニュアンスとして、「特別な長期合宿」の意味合いを感じるわけである。なぜ「2月になった、さぁキャンプインだ」となって、「2月になった、さぁ長期合宿だ」とならないのか。それはおそらくアメリカ由来の野球における古い慣習みたいなところから来ているのだろうが、ともかく「キャンプ」は特別な日々のことを指しているのである。

おそらく私の推測だが、「合宿」と名付けられると、一ヶ月にわたる長い猛練習の日々がさらに辛く感じられるのかもしれない。それが「キャンプ」となると、どこかで「何かしらの妥協点みたいなもの」が生まれるのかもしれない。何せ、そもそもはあの「牧歌的なキャンプ」のイメージだ。日常を離れ、みんなで不便ながらもテントで暮らすあのイメージ、そう、「多少辛いことがあっても、ひとつのテントのしたで、みんなで励まし合いながら乗り切っていこう」という、あの感覚が「キャンプ」の言葉にも反映されているのではないか。そう思うと、「合宿で走らされる」ことと「キャンプで走らされる」ことのニュアンスの違いが、メンタルおよびフィジカルに与える影響にも違いが出てきそうである。「キャンプで走らされる」というのは、「自発的に楽しく(しんどいけど)走りまくる」ということなのだ。「不便、かつ辛い」ことを率先して楽しく行うのが「キャンプ」である。

さらにいうと、「合宿」という言葉には「地獄の」というフレーズが似合う気がする。「地獄のキャンプ」というのも実際には存在するだろうが、やはり国語的には「地獄の合宿」のほうがしっくりくる。なので合宿が地獄で行われることはあっても、キャンプは地獄では行われない気がする。

そんなことはともかくとして、今回私は、宮崎市に行ってJリーグクラブの「キャンプ」を少し見てこようと思う(ただし正確にいうと、スケジュールの都合上、今回はトレーニングよりも「キャンプ地で実施される他チームとの練習試合」をメインに観に行くことになりそうだ)。

宮崎県は今年、過去最多となる28ものプロスポーツチームがキャンプを張っているそうだ(この『キャンプを張る』という言い方も、あきらかにテントのそれを指しているように思うわけだが)。
有名なのはやはり巨人のキャンプであろう。日本で一番人気のある野球チームが毎年宮崎でキャンプを張るのだから、よほど宮崎はキャンプに適しているのだろうと昔から感じていた。おそらく気候が暖かく、この時期に練習をするには素晴らしい環境なのであろう。なので今回、現地に行ってみて、「キャンプ」というのがどういうものなのかを味わい、そして何より、ファンは宮崎でキャンプ地めぐりをやって楽しめるのかどうかを確かめてみたいのである。

宮崎での滞在は1日と半日ではあるが、自動車に乗らない人がバスなどの交通機関をたよりにどこまでJリーグのキャンプをハシゴして楽しめるのか、今回をテストケースとして実施し、もし面白かったら今後もリピーターとして訪れることにもなるだろう。

そして出発をひかえ、毎年楽しみにしているエル・ゴラッソ紙編集の『Jリーグプレイヤーズガイド2012年版』が今日のこのタイミングで発売された!

    

そもそも(いろんな意味で)読み応えのある選手名鑑なので、旅の移動中にはもってこいなのである。

そしてもうひとつ、今回のキャンプ地めぐりのポイントは、「自分自身にとってもキャンプ」である。どういうことかというと、宮崎への旅のなかでは、「何もすることがない時間」がたくさんあるような気がして、そのあいだに「自分がやるべきこと、考えるべきこと」にじっくり向き合おうということである。具体的にはまずなにより、自分がいつも作っているフリーペーパー「HOWE」の原稿を書くという作業だ。作りかけのまま昨年末から放置しており、ここらでじっくりと「キャンプ」のなかでフリペを仕上げていこうと思う。
先月のイギリス・ドイツ旅行ではノートパソコン持参で、現地から意識的にマメに旅行記をブログに書きまくっていたが、今回はキャンプだから、そういうものを持ち込まず、ただひたすらフリペづくりのための用紙や道具一式を携えて旅に出る。こうして書くとストイックな雰囲気だが、実際にストイックにフリペと向き合うつもりだ。なぜならキャンプだからだ。本当か。

というわけで、旅から戻ったら、いろいろとこの新しいブログで報告するつもりである。
(ちなみに今日になって気付いたが、五輪代表だけでなくA代表も来週は試合および合宿があるから、キャンプ地ではクラブ所属の代表選手を見ることがちょっと難しそうである。代表選手を見たい場合はキャンプ地にいくタイミングをはかる作業も大切であることを知る)


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2012年2月14日

『チカラをひとつに』3.11京都マラソンを走る、Jリーグのユニフォーム姿のランナーさんたちを勝手に応援しよう企画

昨年の体験(こちら)がきっかけで、市民マラソンを走るJリーグサポーターを応援するという新しい楽しみ方を覚えた。

マラソンの愛好者でかつサッカーファンであれば、往々にしてお気に入りのサッカーユニフォームを着てマラソン大会に出場する場合が多いということを、実際にマラソン大会の沿道に立ってみるまでまったく考えたことがなかったのである。実際に「現場」にいかないと一生気づかなかったことかもしれないと、私は軽く反省すらした。なのでその場で思わず各クラブチームの名前をコールして、拍手をして、沿道から声援を送り続けた次第である。

そして関西において今度は3月11日という特別な日に、たまたま、京都マラソンの第一回目が開催される。
なのでブログのサイドバーにもあるように、一緒に声を出してチーム名をコールしてくれる仲間を募っている。

震災のあと、Jリーグの各クラブがとった支援の動きが迅速であったのは、ひとえに日頃のサポーターの組織力、そして地域密着型の運営姿勢が根底にあったからこそだと思う。これがもし企業スポーツであったならば、良くも悪くもスポーツチームの動きは常に親会社のイメージ戦略におけるコントロール下にあるため、あそこまで細やかでスピーディーな展開はできなかったであろう。あの震災後におけるJリーグの存在感、「サッカーのある日常を取り戻す(エル・ゴラッソ紙)」ためのあの数ヶ月の苦闘を、私は忘れないでいたい。
そうして震災チャリティーマッチでの伝説のカズ・ゴール、そして「最後まであきらめない」なでしこジャパンのW杯優勝にいたるまでのストーリーを思うと、スポーツの持つ力、サッカーだからこその可能性といったものをあらためて考えることとなり、これからもサッカーファンとして生きるうえで何ができるのかを「チカラをひとつに」のJリーグ独自のキャッチフレーズとともに自分自身いろいろと思い巡らせることとなった。

そういうのもあって、3.11という特別な日に第一回目が開かれることとなった市民マラソン大会において、Jリーグのユニフォームに身を包んで走るランナーさんたちには、同じサッカーファンとして精一杯のエールを送りたい。そういう気分になっている。

ただし、まだこの企画を一緒に実施してもらえる人は見あたらないので(笑)、これからどうしようかと思案中である。いっそフライヤーとか作ってしまおうかとすら思うのだが、いかんせん「どこに配ったらいいか」という効果的なプランが思いつかない。(京都近辺には「ここぞというスポーツバー」があまりない、気がする)

「当日、どこのポイントで応援するか」も検討せねばならない。
できれば後半あたりのほうが、ランナーの数がばらけて、把握しやすいというメリットがある。
逆に後半のデメリットは「その時点で脱落者が多くでている」というのもある。
そしてある程度声援を出しまくっても差し支えない場所・・・そういう配慮も必要だ。
また、「走ってくるランナーが、サッカーユニフォームを着ているかどうか、またどこのチームのユニフォームかが確認できるだけの道の長さ」も必要になってくる。

そんなわけで、この日ぐらいは、いろんなチームの名前をコールすることを楽しんでくれるような「サッカーファミリー愛」あふれる方々に、この企画の構想が届けばいいなぁと思っている。(なにより、たくさんのランナーが走る市民マラソンで、沿道に立って観戦する場合、『とくに声援を届けたいと思うカテゴリーの人』が定まっていると、メリハリがあって張り合いもあって自分たちも飽きずにかなり楽しめるぞ、と)

問い合わせ先は prog_howe(at)hotmail.com まで!

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2012年2月12日

海外サッカーを観るうえでの原点となったゴール

こうしてサッカー用のブログを立ち上げて、鼻息荒く「はじまりのコトバ」を述べたはいいが、そうなると2回目に書く記事を何にするか、ちょっと判断に迷うところがあった。そんなこと気にしなくてもいいのだが、何かこう、「実質的な最初の記事」みたいな気がして、そんなところに昨日のチェルシーFCの2-0の敗戦とか、エブラとスアレスの遺恨残りまくりなナショナルダービーのことなど書いても、ちょっと収まりが悪い気がしていた。

なのであらためて、基本的な話に立ち戻る。
1993年にJリーグが始まって「洗礼」を受け、それなりにサッカーを観るようになった自分が、「海外サッカーにも目を向けよう」と強烈に思った最初のきっかけとなるゴールについて。

ひさしぶりに動画でみても、やっぱり、グッとくる。

額に飾れるものであればずっと飾っていたいゴール、1998年ワールドカップ、オランダ×アルゼンチンでのベルカンプのゴールだ。

この動画での実況が「デニス・ベルカンプ!」としか連呼しないのもステキだ。

もちろんこのワールドカップは日本代表がはじめて出場した大会でもあるが、その印象とともに私にとってはこのゴールである。
生中継をじっと観ていて、一瞬何がなんだか分からなかった。
そしてリプレイを観ながら、テレビの前で自分でも立ち上がってあの足技を再現しようとしていたことも覚えている。

「ボールをトラップすること」は、ひとつのアート、芸術として認識することができるということを教えてくれたのがベルカンプだ。
(そしてその翌年ぐらいから、私はストイコビッチを観るためにJリーグのスタジアムにいくことになる。ベルカンプ、ストイコビッチ、ジャンフランコ・ゾラ、この3人が私にとっての『海外サッカー3大ファンタジスタ』である)

実はこの動画をみたついでに調べたら、日本版でも「ベルカンプ・ゴール集」みたいなDVDが手に入ることを知ったので、近々買おうと思う。

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2012年2月10日

FOOTBALL ACTIVIST

2012年の1月2日、私はバーミンガムから電車に乗って、ウエスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCのスタジアム、ザ・ホーソンズにたどりついた。

その日にこのスタジアムで試合はなかったが、青く巨大なスタジアムとそれを取り囲む静かな郊外の雰囲気を写真に撮り、ストアでの買い物をすませて、センスの良いショッピングバッグのデザインに感心しつつ、あらためてスタジアムの周辺を一周しようと大きい駐車場のエリアを歩き、そのまま帰りの道に出ようと思った。

すると駐車場の角の芝生のあたりに小道があり、駅への近道かと思って行ってみると、そこにはたくさんの墓石が並んでいた。

すべての墓石には、クラブのカラーである青色と白色をモチーフにした装飾がほどこされており、ウエスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCと故人との結びつきを示す言葉が刻まれていた。

このクラブは1888年にイングランドで始まった最古のリーグ戦に参加した最初のチームのひとつであった。それから約120年後のいま、私が立っている場所には、それと同じサッカークラブとスタジアムがあり、そしてサポーターが眠る墓地がある。

そのことにあらためて畏敬の念を覚える。

たとえば、もし今後スタジアムが移転することになったら、どうするのだろうか、と思う。
しかしおそらく、そういうことは永久的にないかもしれない。だからこそ、クラブはここに墓地をつくり、自らを生涯かけてサポートしてくれた人々をその魂とともにクラブの一部として守り続けている。

そこであらためて思った。
サッカーはスポーツであり、そして宗教のようなものであり、人生そのものである。
そしてサッカーは我々の日々の生活について、さまざまな角度から関わり、いろいろなかたちの「愛」として存在しつづけている。
何よりサッカーは、この地球上でもっとも広く楽しまれているスポーツであるがゆえに、宗教や言語では成しえないコミュニケーションのありかたを秘めている。

そしてコミュニケーションのひとつのかたちとしてサッカーをとらえると、それは私たちの思想や生活様式、生きる知恵や態度にも援用できるツールや素材となる。

だからこそ私は、サッカーのことを大事に思っている。


旅から帰ってきて数日後、歩きながらふと、

「FOOTBALL ACTIVIST」

というフレーズを思いついた。

「フットボール・アクティビスト」。その言葉からイメージした、自分なりの貢献のありかた。
サッカーのすべてを楽しみ、そしてサッカーの素晴らしさや可能性をたくさんの人々と分かち合う。そのために何ができ、どんなアイデアが生み出せるか。
サッカーと人生は同じである、という認識において、あらゆる意味を込めた「ボール」をパスし、ドリブルし、そしてシュートしていく営み。創意工夫と、最後まであきらめない心。それは大震災のあとのこの国では、ますます求められる姿勢であるようにも思う。

そうしてこのブログを基点として、自分なりの探求ができればと思う。
終わりのない日常、終わりのない試合にむけて、ひたすらパスコースをさがし、走り続けるために。

       2012年2月10日 タテイシナオフミ

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