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2017年9月

2017年9月28日

横断幕と暮らす日々(その2)

「カタカナのやつですよね?」

このセリフを何度もアタマのなかでリフレインさせつつ日常生活を過ごし、どうにか今後の試合に合わせて動けるように日程調整をしていった。次の試合は6日後の9月9日、淡路島の五色台運動公園「アスパ五色」でのハリマアルビオンとの一戦だった。どう考えてもクルマでないと行きにくい場所で、毎度のことながらフィオリオ氏の運転にお世話になる。

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 明石海峡大橋をわたり、海の青さを心地よく眺めながら、最後は高台にたどり着き、いくつかのグラウンドが併設されている運動公園についた。

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 男子大学生と思われるサッカーの試合が遠くのグラウンドで行われていて、ホイッスルの音やかけ声以外は何も聞こえない、海辺の静かな競技場。

 そこへベルの選手を乗せたバスが到着した。熱心なサポーターがバスの脇に立って、降りてくる監督・選手たちに声をかけたり荷物の搬出のルーティンを見守っていた。私にはその距離感が落ち着かないので、そうした様子を遠くから眺めていた。

 

するとそれらが終わったあとに、サポーターさんやフィオリオ氏から

「のんちゃんが来ていない」

ということを知らされた。

 

 

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 ただ不思議なほどに、私はその知らせを冷静に受け止めていた気がする。きっとそれは、藤田のぞみを応援する者としての矜持みたいなもので、「そもそもプレーが観られること自体が奇跡」だと思っている部分があるからかもしれない。一度はすべてを諦めたことなのであって、こうして「応援できる機会」という可能性が残されているのであれば、そこにまずは全力で感謝するしかないのである。

 

 それ以上のくわしい情報がないので、そこについてはひたすら気がかりではあったが、気持ちを入れ替えて予定通り横断幕も張り、「ここにはいない選手」であっても、それはそれでひとつの応援なのであると自分に言い聞かせて、競技場の周りをぼんやり歩いてみたりして試合開始までの時間をすごした。

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 試合は先週の大敗の影響が心配されたが、気持ちの入ったプレーをみせて、スコアレスドローではあったが内容は格段によかった。

 

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 試合終了直前に、この日の観客数は323人とのアナウンスがあって、ちょうど一ヶ月前の自分はロンドンにいて、チェルシーFCのプレミアリーグ開幕戦を3万人を越える観客のひとりとして観ていたことに思い至った。しかし目の前で展開されているサッカーには、単純に100分の1という観客数の比率では語り得ない激しさとひたむきさがあって、プレミアリーグであろうがなでしこリーグ2部であろうが、私にはサッカーにおける「違い」がほとんど感じられなかったし、そのどちらも、決して解けない永遠の謎としての「サッカーはいかにして守り、そしてゴールを奪うか」を示しながら、そこにあると思った。

 

 そして一ヶ月前のスタンフォード・ブリッジで、私はそこにいない元キャプテンを讃えるバナーを掲げていて、そしていまは、ここに来るはずだったかもしれない藤田のぞみというフットボーラーのことを想いながら、彼女の名前がカタカナで書かれた横断幕を、淡路島の海辺の競技場のメインスタンドから遠目に眺めていたりする。

 

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 ちなみにこの試合のあと、フィオリオ氏らは徳島までクルマで出て一泊したのち、別ルートで帰るというので、私もそれにならって夜に徳島へ移動して一泊して、翌日の朝に自分は高速バスで関西に戻ることにした。すると自分が予約した徳島のビジネスホテルのすぐ目の前に「のぞみ病院」というのがあって、このオチはどうなんだ、となった。そんな一日。

 

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↑ホテルにて。J-SPORTSオンデマンドでチェルシー×レスターの生中継が観られてよかった。

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 果たして次の試合、津山でのホームゲームには彼女は戻ってくるのだろうか。そのことばかりが気がかりだった。これがJリーグであれば、ケガ人情報などはすぐにオフィシャルの情報として発信されるが、このカテゴリーになるとなかなかそこは難しいようで、よりいっそうファンの不安をかきたてる。

 ましてや藤田のぞみの場合は「ケガによる離脱」と「それ以外の事情での離脱」の可能性をどうしても考えざるを得ないため、なおさら情報がない状況下では不安がつのる一方である。

 

 さらに憂慮すべき点は、この週末に向けて大きい台風がやってくることだった。なでしこリーグは日程消化を優先せざるを得ないので、あまり台風では中止にならないことが多い印象がある。

 

 来るかどうか分からない選手のために、台風に突っ込んでいく。

 来るかどうか分からない選手の横断幕を、暴風雨のなかで掲示しにいく(そしてずぶ濡れの横断幕を持って帰って、乾かす・・・)。

 こうしたことも、先に述べた「覚悟」のひとつであった。

 案の定、前日になって「明日の試合開始時間が台風の影響で15時から11時に変更になった」との連絡が入る。帰りは一人で高速バスに乗る予定だったので、いそいでチケットの払い戻しと新規予約に追われる。当日は朝5時にフィオリオ氏のクルマで拾ってもらい、津山市陸上競技場へ。まだ暗闇の残る高速道路に入ったとたんに、フィオリオ氏から「今日も来ないみたい」と教えてもらう。別にそれで私はあらためてショックを受けることもなく、やはり「矜持」に従ってその事実を受け入れた(と、カッコ良い感じに書きたいところだが、実際はクルマのなかでウダウダと我が身を笑い、八つ当たりをし、ボヤきまくっていたことをお伝えしておく)。

もはや横断幕を掲げるためだけに、台風の迫るスタジアムに向かっていく。酔狂のなせるワザ。それでも早朝の大阪にひろがる空模様は美しく感じられた。

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 津山市陸上競技場も初めてくる場所だった。そこに朝も早くから(台風がくる前にもかかわらず)湯郷ベルのサポーターたちは日本中どこでもいつも通り早めにやってきていて、もはやその姿勢には尊敬の念を覚える。そうして予定通り横断幕を張り出した。 

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 この日の対戦相手はリーグ優勝を狙っている日体大フィールズ。元なでしこジャパンの荒川がここで今プレーしており、随所で巧いボールキープをみせ、アグレッシヴに攻撃にからんでいた姿が印象に残る。そしてベルはここぞのところで惜しいミスが随所にみられて自ら試合を難しくしていった印象で、結果は0ー2で負け。今年まだ私はベルのゴールを観ていない。 

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 藤田のぞみがいない状態での二試合を観ているうちに、他のベルの選手たちの顔と名前と背番号にもだいぶなじんできて、なんだか「急に増えた親戚」のような感じで選手たちやサポーターのみなさんを見ている感じがしている。毎週末同じメンツで、場所を変えて顔を合わせているのだから、それは今の生活環境下で思えば、両親や姉たちよりもよく会っていることになる。

 そして忘れてはならないのは、監督はあの亘崇詞さんなのである。J-SPORTSで海外サッカーを観ている者として、応援せずにはいられない人であり(そういう意味でももっと早く現地で応援にくるべきだったのだが)、彼がいまこのクラブについてどう思っているのか、そこも強く興味をかきたてられるところである。

 

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↑台風で駅のコンビニも閉まる。

 ローテンションな気分になる試合ではあったが、この日良かったことといえば、試合のあいだ雨がほとんど降らなかったことである。横断幕も濡れずに済んだ。この日を見込んで事前にレインポンチョを買っていたが、使うこともなかったなー・・・と思いきや、最後の最後で自宅の最寄り駅に着いたときに、人生でもあまり記憶にない「いかにも台風らしい暴風雨」に見舞われ、結局そこでレインポンチョの出番となった。カバンのなかの横断幕を死守しつつ、そして心が折れないように何かを信じつつ、この週末の最後はずぶ濡れのポンチョ姿となった。 

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(つづく)たぶん。

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2017年9月20日

横断幕と暮らす日々(その1)

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 最後にビブスを身につけたのはいつだったか。

 もしかしたら2012年に出た職場のフットサル大会かもしれない。まさにあの年は藤田のぞみが主将を務めたヤングなでしこが日本開催のU-20W杯で3位に入る激闘を、解体前の国立競技場で観た年であり、そしてチェルシーが(思いがけず)欧州チャンピオンズリーグを制覇してクラブW杯で年末に来日までした(そしてコリンチャンスの熱狂的すぎるサポーターに圧倒された)年として、サッカーファンとしての自分のなかで今でも格別の一年であった。もう自分がサッカーを観ていく中であれ以上に盛り上がりっぱなしの一年は来ない気がしている(だって、チェルシーですよ・・・)。

 最後にビブスを身につけたのがそれぐらいだとすれば、自分はどちらかといえばビブスに縁のない人生を送っているはずなのだが、9月のある休日に、岡山のシティライトスタジアムで、グレーのビブスを着た私は湯郷ベル側のゴール裏で横断幕を張っていた。前回の記事で書いたとおり、藤田のぞみを応援するために初めての横断幕を作り、三木市の総合防災公園陸上競技場でデビューしてから、その後いくつかの試合は都合がつかず休み、この日2度目の掲示となったのである。

 ビブスを着用しているのは、会場前のタイミングで横断幕の設置作業を行うサポーターが中に入らせてもらうための識別のためであり、友人でありかつこのクラブの「横断幕掲示計画」を担当しているM・フィオリオ氏が人数をとりまとめて、代表して運営スタッフに申し出て、まとめてビブスを受け取ってきてくれたのである。

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 フィオリオ氏が担っている役割は横断幕の掲示プランを毎試合考えるだけではなく、様々なサポーターから託された数多くの横断幕を彼が預かっており、大きなバッグに詰め込んでは、クルマに乗せて奈良から毎試合、各地のスタジアムに駆けつけている(いつもは彼の車にお世話になって乗せてもらっているのだが、この日は岡山駅の近くということもあり、私は新幹線で来ていた)。

 この日の試合に先だって8月のあいだ私は数試合を欠席していたが、この重たそうなたくさんの横断幕を抱えている彼に、私の作った「フジタノゾミ横断幕」も預かってほしいとは頼みにくい・・・や、言うには言ってみたが、案の定「自分で持ってきなさい」と一蹴された。

 ゆえに、横断幕を作って応援するということは、少なくとも私にとっては「その試合の現場に(かつ、観客席の入場ゲート開場よりもだいぶ前の時間から)行かなければ掲げられない」という課題とともに生きていくことである。そうなることは作る前から分かってはいたのである。だから、藤田のぞみが加入した湯郷ベルを応援にいくことには、いろいろなものを犠牲にしなければならない覚悟が問われていて、そこで今年の私はフィオリオ氏からの再三の誘い(というか出頭命令に近い)を受けつつもひたすら二の足を踏んでいた。

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 そういうなかで2度目の横断幕の掲示となり、夏の終わりの気持ちよい快晴のなか、セレッソ大阪堺レディースとのホームゲームを迎えた湯郷ベルであったが・・・試合は惨敗、0―4の大敗で2部リーグからの降格危機の圏内にとどまってしまう結果に。

 終了のホイッスルが鳴るやいそいそとゴール裏へ向かい、手早く横断幕のヒモを解いていく。フィオリオ氏によれば、今日はホームゲームなのでこのあと選手はファンサービスに応じてくれるから、私の横断幕に藤田のぞみからサインを書いてもらうことを勧めてくれた。確かに私も横断幕には選手からのサインが入ってこそ本当の意味で「完成」だと思っているが、それにしても大敗の試合のあとだけに、気が進まない。思えば浦和レッズ時代から、私が(過去にほんの数回だけれども)出待ちで藤田のぞみと相対するときは、どうも「負け試合の後」のイメージが多く、そのときの印象もあってか、いまいち乗り切れない。

 そうこうするうちに出待ちの時間になり、フィオリオ氏と、木龍七瀬のファン(ご本人いわく『岡山のおかん』)である「ぼにたさん」が私の前に立ってくれて、「のんちゃんを確実に呼び止める」感じを作ってくれた。ぼにたさんは木龍がゴールを決めたら、そのゴールをアシストした選手たちに「スタバ・チャレンジ」と称して、その選手のお好みのフレーバーのフラペチーノをスターバックスで仕入れてクーラーボックスで保管しておき、出待ちのときに渡すということをしていて、選手にしたら帰りのバスのなかでフラペチーノを味わって帰ることができるという、非常にステキなアイデアで選手との交流を楽しんでいる。そしてたまたまこの日の「スタバ・チャレンジ」の受賞者の一人が藤田のぞみだったので、こちらもそのタイミングに乗じてサインをいただくこととなった。

 もちろん私の周りにもそのほかのファンの人々が密集していたから自分の横断幕を大きく広げるわけにもいかないので、サインをもらいたい余白の部分だけが表面にくるように、横断幕を折りたたんで持っていた。大きくサインを書いてもらうために、太い線のマジックペンを仕入れるべく、前日に文具店で「マジックインキ・黒色」を仕入れた。もっともこのペンを選んだのは、あらためて見るとえらく昭和感がただよっていてグッときたからであるが。

 そうしているうちに次々と選手たちがファンサービスゾーンにやってきた。この感じ、なんだか懐かしいなぁと思いつつ。そして一通りの選手がエリアを離れていったあと、フジタノゾミが現れた。



 とても大事にしたい瞬間こそ、こうしてなぜかどういうわけか、よく思い出せなかったりする。しっかり目を見開いて、集中しているつもりなのに、そのときのことは時間が経つにつれて、急速にあいまいになっている。ただし一つだけしっかり覚えているのは、「マジックインキ・黒色」を私から受け取った藤田のぞみが、横断幕の余白部分を確認し、大きめにサインを書き出すときに、



「これ、カタカナのやつですよね?」


と言ったことだった。


今シーズン、まだたった2回しか掲出していない「カタカナの横断幕」のことを、ちゃんと本人が、認識してくれていた。


この言葉、「これ、カタカナのやつですよね?」は、2017年の「個人的セリフ・オブ・ザ・イヤー」に受賞が決まったといってもいい。


(場所の狭さもあり、記念撮影まではさすがにできなかった。でも人生できわめて貴重な瞬間こそ、記録ってされにくい感じがする)
(「カタカナのやつですよね?」のあとに続けて「目立ちますよね」とも言ってくれたような記憶もあるのだが、私よりも圧倒的に記憶力のよいフィオリオ氏に後日問い合わせたら、「それは言ってないと思う」とのこと)


岡山駅までの道を歩いて帰りながら、「本人が私の横断幕を認識してくれていた」ということの嬉しさや、「なぜもっと早く作らなかったのか?」という申し訳なさや後悔がグルグルとうごめいていて、そうしているうちに「こうなったら今シーズンの残りは、可能な限り、フジタノゾミ横断幕を掲げに行こう」と誓った。


新幹線に乗ってはじめて、自分の両手には「マジックインキ」の黒い跡がそこかしこについていたことに気づいた。ペンを渡すときの動揺がうかがえて、どんなけ緊張してたんだと、ひとりツッコミを入れる。

そうして、じんわりとした充実感とともに帰路についたのだが、この先の試合で味わう試練の数々は、まだこのときに知る由もなかったのである。(つづく)

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