コラム/column

2020年1月12日

「サッカー中継で後半開始前にメインスタンドの出入り口から選手が出てくるときの映像で、背後に映るスタンドはわりと空席が多くなりがちな問題」について

後半開始前にピッチに選手が戻ってくるときは、テレビ中継の映像だと、かなりの確率でメインスタンドの客席を背景として、出入り口から選手が歩いてくる様子がカメラに捉えられることが多い。

そのとき、わりとスタンドの空席が目立ちがちなのである。

もちろん、それを「いけないことだ」と言うつもりはない。そもそも、とくに気にするべき問題でもないのだろう。

ただ、いつもなんとなく意識してしまうのである。どっちかというと、ハラハラしながら。「試合は熱い展開なんだけど! 後半始まるけど! 張りつめた表情の選手たちがピッチに入ってくるけど! でも、メインの客席ガラガラ!(一瞬だけ)」

ワールドカップのような注目度の高い試合にその傾向が高いと言えそうだが、いわゆるメインスタンドにはスポンサーがらみの招待客だったり、いろんなゲストが座っていることであろう。そしてハーフタイムの間には何らかのおもてなしがされていたりするだろう。
(ここで「だろう」というのは、私が実際にそういう場を味わったことがないからである。この点においてはすべて自分の想像で考えるしかない)。
もちろん、高いチケット代金を支払ったであろう一般客も多く含まれているのだが、おしなべて後半開始前には、座席についていないことが多い。

 たとえばイングランドあたりでも、メインスタンドに限らず、あちこちの座席は後半が開始しても人がまばらだったりすることが多い。これはイングランドの厳格なルールによって「スタンド内にはビールを持ち込めない」というのがあり、「スタジアム内の売店でハーフタイム中に飲みまくるサポーター(そしてトイレが混みまくる)」が多いゆえの現象だろうと思える。

 そんなわけで、後半開始直前のメインスタンドの映像には、その試合の重要度や緊迫度とは裏腹に「なんだかスカスカ」な様相を見せる可能性がいつも高いわけだ。できることならその場にいたかったと思うテレビ視聴者としての私は、そのスカスカな座席にコンマ数秒ほど思いを馳せてしまうわけである。なのでそこに思い煩うことがないよう、メインスタンドの客に関しては以下のような可能性があることを我々はいつも考慮しておくしかないのだ。
 
 *もし本当にハーフタイム中に「ゲスト向けの特別なおもてなし」があるのなら、よっぽどそっちのほうが面白くて時間を費やす価値があるのだろう
 *ハーフタイムがいつ終わるかよく分からないので座席に戻るタイミングを失っているのかもしれない
 *あまりサッカーに興味がなくて、つまらなくなって帰った人が多いのかもしれない
 *あまりにサッカーに関心がありすぎて、前半の内容について熱い議論を闘わせているのかもしれない
 *単にトイレがものすごく混んでいるのかもしれない
 
そういえば元旦の天皇杯決勝(ヴィッセルおめでとう)でこけら落としされた新国立競技場もトイレ設備だったり、客席のあいだを通る導線の細さなどの不満が指摘されていて、この「一瞬客席ガラガラ問題」は起こりえそうである。たぶんスポーツ観戦趣味はまったく無かったのであろう隈研吾には吹田のパナソニックスタジアムを見に来てほしかった・・・最低限の予算で建てると、よけいなモノがそぎ落とされて、逆にそれが観やすさにつながって「あぁ、あとはトイレと、通路のアクセスさえ充実させたらいいんだな」と気づいてくれたかもしれない。

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2019年10月20日

久保建英のユニフォームの名前表記はTAKEじゃないほうがいいのでは問題




もちろん、どうでもいい話かもしれない。



しかし今のマジョルカにおける「TAKE」の表記を見るにつけ、これから久保建英が世界のサッカー市場に向けて名前を売っていくにあたっては、やはり「KUBO」のほうがいいのではないかと、お節介なおじさんは思ってしまうわけである。

もちろん、気軽に名前を呼びやすく、ファンからも覚えられやすいのはTAKEのほうだろう。ただよく考えてみてほしいのだが、ペレの本名はエドソン・アランテス・ド・ナシメント 、ジーコの本名はアルトゥール・アントゥネス・コインブラ で、彼らが本名のままで活動していたら、もしかしたらここまでの世界的知名度は得られなかったかもしれない。でもTAKEの本名は「TAKEFUSA KUBO」なのだから、そのあたりは何も心配することなく「KUBO」の名前で売り出していいのではないか。

Take


本人がどれほどそのことを意識しているかは分からないが、Jリーグおよび日本代表において、ちょっと前まで「久保」といえば、久保竜彦のイメージが強かったわけだ。

Dragon

それでも久保建英はまだまだこれからたっぷり日本代表選手として活躍できる時間も可能性も大いにあるわけで、そのうち「日本代表の久保といえば久保建英」となるだろう。ひょっとして「建英」の漢字名を「たけふさ」と読まれにくいことについて、日本人向けには「オレはタケだ」というアピールは一定の効果があるかもしれないが、充分その存在を知られている日本市場にはそこまで気をつかう必要はないと思う。


そしてこの問題を考えるうえで、さらに私が気をもんでしまうのは、すでに日本代表でも海外挑戦においても、久保裕也という先達がいることだ。

Yuyakubo

いまベルギーリーグのKAAヘントに所属しているが、このまま久保建英がスペイン1部でブレイクしていくと、むしろ久保裕也のほうが、名前を売るという意味では不利になっていく。「YUYA KUBO」となると、名字は久保建英とカブり、名前のほうはブレーメンの半端無い大迫勇也とカブってしまうわけである。

Osako

この事態は、実はすごいことかもしれないのだ。日本人サッカー選手が世界で挑戦するようになり、その人数が増えていくと、こうした「名前も名字もカブる問題」が発生しやすくなるのである。その最初の事例として、この久保裕也が挙げられよう。

そこですぐ思い出されるのは中田英寿と中田浩二のことだ。同時代において、二人とも同じぐらい日本代表選手としても活躍していたわけで、そして中田英寿は自分のユニフォームにHIDEと書くこともなくナカタで闘い続けた。その後マルセイユやバーゼルで海外挑戦をした中田浩二は、ひょっとしたらこの名前カブり問題に少しは苦しんだ可能性があるかもしれない。仮に、私が当時の彼に話ができる立場にいたら、「もし世界中で覚えられやすい登録名を考えているのなら、いっそのことロック・ドラマーのコージー・パウエルにあやかって、ユニフォームの登録名を“COZY”にしてみたらどうか」と提案したかった・・・まぁ、本人にしてみたら「自分は自分、だからナカタでいく」という気概でいたのだろうけど。

Kojinakata

▲マルセイユのときはトルシエが監督だったな。

Kojinakata2

▲「NAKATA」カブりに悩まされたのか、つづくバーゼルでは「KOJI」の表記だったことを今回初めて知りました。

でも確か中田英寿が欧州で活躍したあとの代表のユニフォームでは中田浩二は「K.NAKATA」と書いていて、ヒデのほうは何も変わらず「NAKATA」だった記憶があって、それはちょっと不公平な気がした記憶がある(←ここはうろ覚えなので間違っていたらすいません)。

というわけで、今こそ私は、久保裕也が今後、そうした「名前カブり問題」のちょっとしたアヤを乗り越えて、世界の舞台で輝けるようにと願うばかりである。



そして、この文章を書いている途中に気がついたのだが、高校卒業後にいきなり海外挑戦となった宮市亮も、アーセナル(=フェイエノールトへのレンタル)やボルトンにいた頃は、背番号のネームを「RYO」にしていたわけである。

Ryo

うむ、やはり売り出し中の若手選手は、いきなりファーストネームを押し出すのはやめたほうがいいのではないかという気になってきた。

ちなみにその後、彼が長く在籍することになるザンクト・パウリではMIYAICHIのネームになっている。

Miyauchi

それにしてもザンクト・パウリのユニフォームは書体も風変わりで、あいかわらず独特な雰囲気だな。

・・・というわけで書いている自分でも予想外だったが、久保建英の話題で書きはじめて、最後は宮市のいるザンクト・パウリの話になっていく記事となった。

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2019年8月 4日

#ファンの責任マラソン があるので #ファンの責任労働 というのもアリではないだろうか

今年の4月ごろ、あるサガン鳥栖のサポーターが、低迷するチーム状況にたいする自虐ネタ(?)として、Twitter上で「#ファンの責任マラソン」というハッシュタグを投じた。

おそらくそのサポーターも普段はランニングを趣味にしておられるのであろう。いわゆる部活動における「罰走」のようなノリで、愛するクラブが試合に負けたことの「責任」を取って自分が走る(走らされる)という状況を「ファンの責任」として位置づけたわけである。

やがてこのハッシュタグは、「Jリーグ×ランニング」の趣味を持つ多くの「Jサポランナー/Jユニランナー」の人々の琴線に触れ、じわじわと共有されるようになっていった(ように思う)。

もちろん、彼らの多くはもともと普段から自主的に走っているであろう人たちであるが、そうした日々のランニングのなかで、「応援しているチームが負けたときは、責任をとって“罰走”する」という、自虐的なファンタジーをある種のネタとして楽しむことができるわけだ。

このハッシュタグを追っていると、ほかにも「この機会に自分も走ってみようかな」というサポーターのつぶやきだったり、「全国のJサポランナーさんたちとつながれるような気がして楽しい」というコメントが見受けられたりもする。ちょっとした自虐ネタでつながる悲喜こもごもな日々。ふがいないチーム状況を憂う状況から転じて視点をちょっと変えてみると、サッカーファンとしてほんの少し日々の生活を楽しめるコツが、こうして新たに生まれていくのである。

そこで私は思うのだが、この「罰走」としてのマラソンを「労働」に置き換えてみても面白いのではないだろうか。つまり「チームが負けた責任の一部を負ってサポーターが労働に励む」というニュアンスで捉える「#ファンの責任労働」である。まぁ、チームが勝とうが負けようが、日々の労働をがんばるのは社会人として本来当然のこととはいえ、そんなに簡単に毎日がんばることなんてできない。だからこそ、そこの「がんばり」を、愛するクラブの成績にリンクさせてしまえば、苦しい労役のなかでも少しは笑顔になれるエネルギーが得られるのではないだろうか。「このあいだの試合、負けやがってー!」と、苦笑いをかみしめつつ。

「・・・言われなくても、しょっちゅうやってるわ!」っていうツッコミもあちこちから飛んできそうだが(笑)

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2019年3月18日

『フットボール批評』23号「川口能活とポーツマス」を読んで、久しぶりにあの街のことを想う

 最新号の『フットボール批評』23号に、「川口能活とポーツマス:かつての友人たちから親愛なるヨシへ」という6ページの記事が載っている。昨シーズンをもって引退した川口が以前在籍していた、ポーツマスFCにゆかりのある人物を訪ね、当時の川口との思い出をたどっていくという、小川由紀子氏によるこのレポートに私は感銘を受け、これだけでも今回の『批評』は買う価値があると思った。

 2001年から始まる川口能活のイングランド挑戦を振り返るときに私がまず思い出すのは、川口が渡英した直後にスカパーが当時2部のポーツマス戦の生中継を敢行したことだ。翌年のW杯を控えて日本代表のゴールキーパーが初めて欧州に挑戦するということで話題性は高く、2部チャンピオンシップリーグの試合が生中継で観られることそのものにまずは興奮したわけであるが、実際にフタを開けてみると、こともあろうに川口はスタメン出場ではなかった。「主役不在の試合」を当時の実況・コメンタリーがどのように苦慮しつつ進行していたのか、そこまではさすがに記憶がないのだが、イングランドの港町で繰り広げられる、まったく馴染みのない選手たちによるフットボールが展開される様子を眺めながら、歴史や伝統といったなんともいえないものに阻まれたかのような「壁の高さ」を感じた記憶だけは残っている。

 そのあとのポーツマスの印象としては、プレミアリーグに昇格してシャカ・ヒスロップというゴールキーパーが登場するやスタメンを張り続け、ついぞ川口はイングランドで輝きを放ったとは言いがたいわけである。

 それが、今回の『批評』の記事を読むと、川口のポーツマスでの日々が不遇だったとされる「歴史的認識」を違う角度から改めさせてくれたのである。
 細かいことは実際の記事をぜひ手に取って読んでもらいたいのだが、確かに川口個人としては活躍を残せたとは言いがたかった日々ではあるものの、スタッフたちや地元サポーターにとって、川口能活と過ごした日々がいかに素晴らしかったかということが、この記事を通して伝わってくるのである。アジアから来たキーパーにたいしてどれだけポーツマスの人々から愛情が注がれていたのか、その「記録や数字だけでは測れない何か」を今に至るまで残し続けていることに胸が打たれたのである。

 そもそも振り返れば川口というキーパーは、体格のハンデをものともしない「神がかったセービング」で強いインパクトを残し続けた選手である。そう思うと、記録や数字を越えた何かを彼は体現しつづけていて、そのひとつにポーツマスでの日々があったのかもしれないと思わせる。

 そして何より、このイングランド南部の港町については個人的にも感慨深い思い出があるがゆえに、なおさらに今回の記事であらためてポーツマスという街のことを繰り返し想起している。

 それはすでに川口も退団したあとの2009年12月のことで、プレミアリーグで奮闘していたポーツマスFCのホームゲームを観に行く機会があったのである。

 たどりついたスタジアム「フラットン・パーク」は、海からの潮風に絶えず吹きさらしにされてきたような、ある種、期待を裏切らない寂れ感があった。よけいな飾りたてもなく、あらゆる設備が必要最小限で済まされていて、時間の流れとともに少しずつ綻びながらたたずんでいる感じに、この国の人々の「アンティークを尊ぶ価値観」が表れているようにも思え、このスタジアムもまたそのひとつだと感じた。

Portsmouth

 晴れた日で、私が座っていた場所はコーナーフラッグ寄りでピッチの対角線上に位置していた。ポーツマスにはカヌやクラニチャルらが在籍していて、対戦相手のリバプールにはジェラードやトーレスがいた時代である。当然ながら試合の具体的な中身については記憶の彼方にあるのだが、特筆すべきは、この試合を2ー0で制したのはポーツマスの側だったことだ。そして2点目を決めた選手【記録ではフレデリック・ピケオンヌだった】が、コーナーフラッグのところへ走り込んできて、駆け寄るサポーターたちと歓喜の抱擁をしていた。
 このシーンだけが強く記憶に残っているのは、その後ホテルのテレビで繰り返しこの大金星となる得点を叩き込んだ喜びの場面がニュース映像として流れていて、「まさに自分の目の前の数メートル先で起こっていたこと」だったからだ。コーナーフラッグのすぐ近く、階段状の通路側に座っていた私も、やろうと思えば階段を降りて、あの抱擁の輪に加わることができたのである。それなのに私は動けなかった。もちろん、海外からの観光客としての一般的な振る舞いとしては正しかったのだろう。しかし、こういうときにこそ規範を少し逸脱して、心からワクワクするほうへ動けるようにもなりたいと、いまでもあのシーンを思い返すとちょっとした後悔の気持ちがわいてくる。

 そしてまたこの試合の勝利の意味を自分としては大事に受け止めていたいのである。というのも、このシーズンにポーツマスは7勝7分け24敗で最下位となり、あえなくプレミアリーグから降格することになるわけで、この12月19日に挙げたリバプールからの勝利というのは、当時の記録からすると、これ以後に強豪クラブに金星を挙げることができなかったという意味では、ポーツマスFCが成し得た国内トップリーグでの、現時点では最後の「輝いた瞬間」だったとも言えるのだ。

 そして試合後の高揚感あふれるスタジアムの雰囲気よりもはっきり覚えているのは、ポーツマスの中央駅近くに戻り、ショッピングモールで、ポーツマスFCのグッズを身につけた人々に向かって、家族連れなどが声をかけると、すかさずサポーターからも「2ー0で勝ったぜ!!」みたいな雰囲気で大声を返し合っていた光景だった。その日の夕刻、こうしてポーツマスの街のあちこちで、おらがクラブの奮闘ぶりがたくさんの人々に共有されていて、このエリアで船舶していた帆船を照らす夕日の印象とともに、心感じ入るハートフルな雰囲気に満ちていたのであった。

Portsmouth2

 その後ポーツマスは破産問題における勝ち点剥奪のペナルティの影響もありディビジョンを落とし続け、一時期はサポーターがトラストを組織して市民オーナー制度でクラブが運営されるというドラマチックな出来事も経験し、4部リーグまで落ちていた時期もあるが、今シーズンは3部リーグの首位争いをしており、ふたたび上を目指すことのできるベクトルが整ってきているのであれば喜ばしい。そして今もなおスタジアムはあの「味のあるボロさ加減」を保っているのであろうかと想像する。

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2018年11月 3日

「マラソン大会でサッカーユニフォーム姿のランナーさんをサッカーっぽく応援すること」についてのあれこれをあらためて語ってみる

 「マラソン大会でサッカーユニフォーム姿のランナーさんをサッカーっぽく応援する企画」を今年も楽しませていただく時期となってきた。2011年に友人のフィオリオ氏と、たまたまその場の思いつきでやりはじめたこの「新しい遊び」は、やり終えたあとの鮮烈な充実感ゆえに、その後も活動を続けることとなり、このブログを通してひたすら熱く語り続けるトピックとなった。その後もさまざまな「サッカー好きランナーさん」にも認知されるようになって、ときには応援活動も一緒に参加していただくなど、当初は想像もしていなかった展開を見せていて、毎年気合いが入るわけである。

 そして私がこの応援企画について最初からずっと思ってきたことは、「サッカー的な応援をしてみたい人は、好きな場所でどんどんマネをしてください!」ということである。私と一緒にこの応援企画をご一緒していただける方々はもちろん大歓迎で、すごくありがたいのだが、それとともに、この応援スタイルに興味を持った人がすべて私のところに集まってほしいとはまったく思っていなくて、むしろこうした「サッカー的応援」をしてみたいと思う人が同じレースのあちこちに散らばってくれたほうが、それだけランナーさんにとっては声援を受ける回数が増えるわけで、あくまでもそこが最も優先されるべきポイントだと考えるからである。

 そう、これはもう実際にどんどんマネしてもらってやってもらうしかないのである。「いろんなサッカークラブのサポーターのランナーさんを、沿道からそのチーム名をコールすることで応援したり、逆に元気をもらったりする」というこの企画の「誰にとってもハッピー」な部分を、私は今後も発信していきたい。そしてこれは「さまざまなスポーツについて、いろいろな立場や世代の人が参加したり応援したりして豊かに関わりあえる世界」を目指すJリーグの「百年構想」が掲げるコンセプトを、自分なりに表現していく一つのあり方でもあると、ここは当初からかなり強く意識している。大げさかもしれないが。

 というわけで、この「シーズン前」の機会に、いままでの応援企画のなかで感じ得たことを書かせていただき、今後同じように応援活動をやってみようという方に少しでもご参考になれば幸いである。
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 マラソン大会で、来るか来ないか分からないサッカーユニフォーム姿のランナーさんを待ち続けるのであれば、ある程度の長い時間を沿道で過ごすことになる。そこで課題となるのがトイレ問題である。なので応援場所の選定には、近くに公衆トイレないしコンビニでトイレを利用できるかどうかという点が重要である。
 いつもランナーさんはそれぞれレース前の水分摂取量には気を使っているのだろうが、応援する側の私もすごくこの点にはナーバスになっている(笑)。

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 私がいつも応援場所をコースの終盤あたりに設定しているのは、できる限り人数がばらけて走ってくれるエリアのほうが、サッカーユニフォーム姿のランナーさんを探しやすいからである・・・しかしそれでも見落とすことがよくあるので、とてもくやしい(ちなみに、その場の誰もがユニ姿のランナーさんを見落として、気づいたときにはすでに走り去っていった場合は、まさにサッカーの試合でゴールを許したときのような「失点した感」がただよう。逆にギリギリのところでユニ姿のランナーさんを見つけ、なんとかチーム名のコールができた場合は、「ゴールライン上でギリギリのところでボールを跳ね返したディフェンダー」のような気分になり、その場で「ナイスクリア!」と健闘を称え合うことがしばしばある)。
 もちろん、可能であればマラソンの序盤あたりでも応援したい気持ちはある。奈良マラソンなどはコースの関係上、往路と復路で同じ場所で応援するのでそれが可能なのだが、高速で流れていく集団のなかでサッカーユニフォームを探しまくる&コールやチャントを歌う作業は、かなり難易度が高いぶんスリリングな楽しさがある。

 
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 「どうしてもこの場所で応援したい」となって朝早くから場所取りをしようとなった場合、もし悪天候だったときはとてもハードな時間を過ごすことになるが、この点に関しては普段からサッカーを応援しているサポーター諸氏のほうが過酷な現場経験が豊富であろうから特に私から述べることはない。
 ただしひとつだけピンポイントに注意したいのは、京都マラソンにおける鴨川沿いでの待機である。うっかり食べ物を取り出したら、あっという間に「とび」が襲いかかって、手元めがけて食物を奪い去っていくのである。前回の京都マラソンで私は初めてその被害にあった。これが噂にきく鴨川の「とび」か! と関心すらしてしまい、ひきつづき二つ目のパンを取り出したら、一口かんだ直後にこれもすぐに奪われた(笑)。「昭和のマンガかーっ!?」と、うっかり油断していた自分に腹立たしさがあったが、むしろこれまでの京都マラソンで同様の目に遭わなかったのが幸いだったのかもしれない。

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 そうしてひたすら待ち続けると、先頭ランナー到着のお知らせがやってくる。いよいよマラソン応援のはじまりである。そして当然ながら序盤に走ってくるトップクラスのランナーさんたちは、仮装だったりサッカーユニフォーム姿の人はいないものとして考えていいのだが(例外はある、もちろん)、ここで沿道から声援を送っていると、私のように大声の出し方が下手な人は、ノドがすぐにつぶれたり枯れたりしやすくなる(ノドじゃなく腹から声を出そうという意識はあるのだが、なかなか上達しない)。なので、いつ来るか分からないサッカーユニフォームのランナーさんを最後の最後までしっかり全員応援できるように、私はあえてその他の場面では発声を最小限に抑えてセーブせざるを得ないのが実状であり、一般ランナーさんには申し訳ない気分がちょっとある。もしノドに自信のある方は、もちろんどんどん一般ランナーさんにも等しく声援を送り続けるべきであろう。この点は個人的に課題である。

 ガチなランナーさんの通過がしばらく続き、少しずつランナーさんたちの装いの雰囲気が変わってきだしたら、ここからがいよいよ本番となり、セレッソ大阪サポ・ランナーの「ねこじじ」さんが以前述べた見事な表現を借りれば「バードウォッチングからの、早押しイントロドン!クイズ」の状態に突入する。
 目の前を次々と走り抜けていくランナーさんたちを眺めていくのは楽しいのだが、そのなかに、ときおり「お目当て」が突然やってくるので、早押しクイズのようになる。目線は遠くをずっと見やりつつ、高速で注意点が移動していて、ひとりひとりの着ている服装ばかりを追うことになる。なのでこれは少なくとも私の場合においてなのだが、「(通常のウェアで)今日のマラソンに出場している友人・知人のことも応援しよう」と思っている場合、残念ながらその試みは失敗しやすいことも肝に銘じておく。何せ、次々やってくるランナーさんの顔までを確認する余裕なんてないのである(スマホのアプリを利用したランナー位置情報を確認する余裕もそんなにない)。着ている服や色彩を追うことに全感覚を向けているため、私などはマラソンが終わったあとに、職場にやってきた取引先の業者さんに「あの日、マラソンの応援されてましたよね? 走っていてお見かけしましたよ」などと言われて、日本代表のメガホンとタオルマフラーを巻いて脚立にあがっていた自分の姿を図らずも確認されてしまっていたことに赤面したこともある(ランナーさん側からだと沿道の応援はよく見えるようだ)。
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 サッカーユニフォーム姿のランナーさんがやってくるのを見つけたら、それがどこのチームかを判断して、タイミングをみてクラブ名を手拍子とともにコールする。この繰り返しだが、以前通りすがりの人が我々の応援の様子をみて「いま走っていったのはどこかのサッカー選手なんですか?」と尋ねられたことがあって、それは嬉しかった。なぜならそれが自分が目指していることであるからだ。つまり、この日はじめて出会う名前も知らないランナーさんたちはみんな我々にとってプロサッカー選手と同じく、愛するクラブのエンブレムを胸に自らの限界に挑戦する、熱く応援されるべきアスリートであると捉えたいし、そうした勢いでガチの声援を送りたいと思うからだ。

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 そして私はこの企画をやり始めたときからずっと「どのチームのユニフォームが何人走ったか」という記録を集計することにこだわっている。
 当然ながら私がこの応援企画を実践し始める以前からずっと、サッカーとランニングを愛するランナーさんたちは思い思いに好きなチームのウェアを来て走ることを楽しんできたはずである。そこで私が市民マラソン大会という「現場」に出会って最初に驚いたのは、そのJリーグクラブの多様性であり、いかに全国各地からマラソン大会に出場しているかの表れでもあると感じて、それゆえにいろいろ応援してみたくなったわけである。
 そうして毎レースの集計記録を取ってみると、サッカーウェアを着用して走るランナーさんの、全ランナー数にしめる割合は毎回安定的に似通っていて、だいたい100人から150人に1人ぐらいの割合だ(ちなみに海外チームのウェアを着たランナーさんは本当にそのチームのサポーターなのかどうかがいまいち確信を持てないので、カウントの対象外としており、もしそれを含めると数はもっと多くなる)。そして体感的に、その割合は絶妙な感じがしている。もしこれ以上多すぎても大変な気がするし、もし少なすぎたら、そもそもこの企画をこうして毎年繰り返す気持ちにはならなかったはずだ。

 この「100人から150人ぐらいに1人のタイミング」で、いろいろなサッカーユニフォーム姿のランナーさんが来るという統計的傾向を意識しておけば、「ピーク時」における慌ただしさのなかでも少しは冷静さを保つことができよう。「ピーク時」とはすなわち「やたら集中的にサッカーユニフォームのランナーさんがやってくる」ことであったり、場合によっては「本人たちが意図せずに、ほぼ同じタイミングで走ってきてしまう」というものである。この状況は実にもったいなく、どちらのクラブ名をコールすべきかはその場の判断によるが、「前から来た順番」が最も妥当であるし、それでも迷うときは「より遠方に所在するクラブや、レアなクラブを優先的にコールする」という判断もありえる。いずれにせよここは「来るときは来るし、来ないときは来ない」という、まさにサッカーの試合における「流れが来る/来ない」と似たような感覚がある。

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 そしてこの応援スタイルにおいて永遠のテーマとなるのが「応用問題」の存在である。アウェイユニ、キーパーユニ、限定ユニ、来場者特典プレゼント系ユニなどに加えて、オフィシャルグッズ系Tシャツ、トレーニング用ウェアを着用するランナーさんもたまにいる。こうした「応用問題」に関して我々はいつも、この応援企画の醍醐味を味わわせてもらっている。世の中には我々の知らないバージョンのサッカーウェアがまだまだ無数にあることを思い知らされるわけで、そしてそれでも瞬間的にそれを見て、クラブ名を導き出すことができるかどうかは、思い切りと瞬発力が問われてくる。
 おおむねユニフォームスポンサー、そして胸元のエンブレムから判断していくわけだが、レプリカユニフォームであれば袖のところにJリーグのエンブレムなど、各カテゴリーを示すマークが入っているので、そこもできる限りチェックしていく。そうして、しばしばこの応用問題につまずいて、コールが満足にできなかったことを悔やんでしまうのだが、それを引きずって先ほどの情景を頭の中で回想してしまうと、目の前の新たなユニフォームを見つけ損ねるという悪循環に陥りやすいのも要注意である。これもまさに、サッカーの試合で自分のミスをひきずったまま切り替えができずにその後も凡ミスを重ねる若手選手みたいな感じと似ている。
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 このようにマラソン大会でサッカー的に応援している我々も、なんとなく「突発的にサッカー的な状況」のなかに身を置いていて、それゆえに毎回のレースが近づくと、またワクワクしてきて応援したくなる。

 いろいろと書いてきたが、この「サッカーじゃないところで、サッカー的な空間を瞬間的に自分たちなりに創っていく」ということが、この応援で味わえる独特の面白さであり、そして「サッカーって素晴らしいな、Jリーグっていいな」とお互いが感じられるような場になることが、何より私が望むことである。出来事は一瞬でも、ずっと残る何かがあればうれしい。

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2018年7月30日

森保一が日本代表監督になることで困ること

Tajimayamero

 ワールドカップが終わり、放送権の関係やらでNHKなどは総集編の特番を作ることもせず、せっかく盛り上がったのにお茶の間向けサッカーコンテンツは一気に消え去り、もう何事もなかったかのような雰囲気になって、Jリーグでは一通りイニエスタとトーレスの来日(と離日)騒動を経て、そして気づけば今日は7月30日で、みなさん一ヶ月前なんですよ、日本とポーランドが試合をやったのは・・・。このスピーディーな時間感覚にうろたえてしまいたくなる感じをよそに、結局ハリルホジッチ解任からのワールドカップの総括もあいまいなまま、日本サッカー協会はもともと五輪代表の監督だった森保一を次のA代表の監督も兼任させると発表した。

 この状況にたいする私の考えを一言で述べるとすれば、

「困った。」

 である。
 今日はその話をくどくどと述べていく。

 なぜ森保一が日本代表監督になると困るのか。
 それは、森保一が「とってもいい人」だからである。

 私個人の想い出を述べさせてもらえば、彼が広島の監督に就任した最初のシーズン、開幕前の宮崎キャンプで私がいろいろとJクラブの練習試合見学を楽しんでいたとき、たまたま森保氏に遭遇したのである。すかさず私はエルゴラッソ選手名鑑の森保監督の写真のところにサインをお願いすると、彼は快く引き受けてくれた。そして私が「がんばってください!」と述べつつ森保氏からペンと選手名鑑を受け取ってすぐカバンにしまおうとした、その数秒の間、なんと森保一は、右手を差し出して握手を待ってくれていたのである。

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この、数秒の「握手待ち」のあの瞬間に、私は「ヒャーー!!すいませんーー!!」という焦燥感のなかで森保一がどういう人物なのかを、ひたすら感じ取ったわけである。ひとつの握手のなかに、森保一の限りない「いい人オーラ」を見出さずにはいられなかった。

 そんなわけで私が書くまでもなく、森保一が「いい人」でありまくる理由はあちこちで述べられているだろうと思う。そういうわけで、森保一は日本サッカー界における国民的評価に照らしても「圧倒的にいい人」であり、それゆえに、私は彼が日本代表監督になることで、困ってしまうのである。

 なぜ困るのか。それは、「人格者にたいして、批判的な目で見ることが難しいから」である。私たちは、森保一の代表監督としての仕事に、ツッコミどころを見出しにくくなるのではないか、そういう危惧があるのである。

 考えてみたら、これまでワールドカップを闘った日本代表監督というのは、どこかしら「ツッコミ、文句、懐疑心」をもって評価対象とされてきた人たちなのである。98年フランス大会の岡田監督はカズを外して城を重用したことで「永遠のツッコミどころ」を背負っているし、02年のトルシエ監督はまず最初に「ヴェンゲルじゃねぇのかよ、誰だよコイツは」というスタートラインから始まった(さらに、やがてトルシエの通訳のほうが面白いじゃねぇかというツッコミも展開していく)。続く06年の「黄金の中盤」ジーコ体制では「戦術が見えねぇ!!」という当初の危惧のまま最後まで変わらずじまいだったし、10年南アフリカ大会では再び岡田監督になり、当時の大会前のヒドい言われようは今年の代表チームのありかたを想起させた。14年のザッケローニ監督も「結局クラブチームのほうが性に合ってたんじゃないの」ってことで、そこからアギーレ、ハリルホジッチと連綿と続く「この人で大丈夫なの?」っていう感じは、常に代表監督の存在感をある意味で照らし続ける指標でもあった。

 そこにきて日本サッカー界は、森保一という、おそらく今までにないぐらい品行方正で誰からも文句のつけようのないナイスガイをA代表の監督にしてしまった。これでは、「森保、アカンわー!!」というノリにはなりにくい。「森保一が選ぶのなら、間違いない」「森保一がそういう交代カードを切ったのだったら、それが正しいのだ」と、私はどうしても、今後の「森保ジャパン」の試合をみて、「あれがダメだ、こいつじゃダメだ」と言い切れる自信がない。
 しかも、森保一は2020年東京五輪のU-23代表監督として最初の大仕事に向き合うわけだが、これはつまり「森保が育てた若い代表選手を、次のワールドカップで開花させていく」という流れも暗に要請されているわけで、そうなると「いい人が愛情込めて育てた若い子たち」を、私は軽くバッサリと批評することに人道的なためらいすら覚えてしまうかもしれない。

 そういうわけで、私は困っている。 「いい人」である森保一が、いちばんボコボコに文句を浴びせたくなる代表チームの監督になってしまうことに。

 そもそも、たとえば代表の試合を観ながら腹が立ってきて「もりやすー!」と叫びたくなるような状況において、それをツイッターなどで文字に書き写したときに「森保ー!!」ってなっても、元々の名前が「森保一」なので、「森保ー!」も「森保一!」も同じ意味合いに捉えられて、「ー」に込めたネガティブな思いすらも、その名前ゆえに吸収されてしまうのである。これが「いい人の徳」なのかもしれない。そういうことすら思い至らせる、いい人・森保一新監督には、ひたすら困ってしまう可能性がある。

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2018年2月 7日

あなたがチェルシーのサポーターにならないほうがいい10の理由

 先日、「PREMIER LEAGUE PUB」というサイトで「あなたがアーセナルサポーターになるべき3つの理由」という記事をうっかり最後まで読んでしまった(この記事)。
 読み終えてもアーセナルのファンにならなかった私は、この記事に対抗して「あなたがチェルシーサポーターになるべき3つの理由」という記事をすぐに書かないといけないと思った。
 しかし3つも理由が思いつかなかったので、仕方なく「あなたがチェルシーのサポーターにならないほうがいい理由」を考えてみると、どんどんネタがあふれ出てきたので、なんとか苦労して10個の理由にしぼった。
上質のパスサッカー、スペクタクルなサッカー哲学などに心躍らせている熱心なサッカーファンの方々が、以下につづく理由を読んで我が身の幸運をあらためて確かめることができれば幸いである。


(1)クラブの名前を人に伝えるときに、いつも微妙な思いをする
 趣味として「サッカー観戦」を挙げると「どこのチームを応援しているんですか?」と尋ねられて「チェルシー」と答えると、たいていの日本人にとってその名はまずもって「株式会社明治のキャンデー」の名称として受け止められる。
 実際、クラブの位置するロンドンのチェルシー地区の名前をこのキャンデーの商品名として採用したわけで、明治の公式サイトをみると「愛らしい」「女性的」「甘い感じ」「しゃれた感じ」という消費者テストの結果を受けてこの名前に決まったそうである。したがって我々がサポートするサッカークラブは、日本人的にはなんだかアメをなめまくったかのような甘ったるい響きを想起させるのであり、「アーセナル」とか「なんとかユナイテッド」とか、そういう勇ましい響きとは無縁なところから説明をスタートさせないといけないのである(「そう、アメじゃなくて・・・あ、アメのほうのチェルシーもおいしいですよね、ええ」)。


(2)チーム創設のきっかけが、あまりカッコよくない
 そもそもチェルシーFCは、すぐ近くにある別のクラブ、フルアムFCのために新しいスタジアムを建設したのに、話がこじれて「やっぱりそのスタジアムは要りません」となったことで、新たにサッカークラブを作ったことから始まったのである。つまりチェルシーFCは「仕方なく」作られたサッカークラブなのであり、最初に誰かの高貴な野心とか夢とかそういうものから芽生えたわけでもない、なんとも言えないビミョーな経緯から歴史が始まっていったのである。「八つ当たり的に、仕方なく始まったサッカークラブ」が、どういうわけか現在はイングランドのトップリーグや欧州チャンピオンズリーグで闘っているという自覚をチェルシーのサポーターは忘れてはいけないはずなのだが、たぶん多くの人は忘れたがっている。

(3)絶対的なライバル関係のあるクラブがない
 上記の理由からすれば、ご近所のフルアムFCとは因縁浅からぬ関係として、強烈なライバル意識が芽生えていてもおかしくはなかったはずである。しかしどういうわけか今日に至るまでそういう関係性を築くことには失敗しており、むしろ「兄弟」みたいな感覚すらある。まして近年のフルアムにおいては、前オーナーの趣味でスタジアムにマイケル・ジャクソンの像が建立されるなど、対抗意識というよりも困惑を覚えたり心配をしてしまうような気分になっているチェルシーファンも多いはずだ。
 なのでアーセナルとトッテナムのように、激しい敵意をむき出しにした緊張感あふれるダービーマッチとは無縁であることがチェルシーのつまらない部分である。そのくせ、イングランド国内はもちろん世界中のクラブ(そして審判も)からは総じて嫌われており、そういう意味では毎試合ムダにピリピリとした緊張感がただよっていると言えなくもない。

(4)若手育成のヘタさっぷりに耐えなければいけない
 充実した育成環境を誇り、世界でも屈指の優秀なユースチームを抱えているチェルシーFCは、トップチームで活躍できる有能なタレントを次々と輩出している・・・ただしここでいう「トップチーム」はチェルシー以外のクラブにおいて、である。
 また、近年でも資金力に物を言わせ世界中に張り巡らしたスカウティング網からニューヒーロー候補と目される若手選手の獲得に次々と成功してきたが、選手個人が成功するのは青いユニフォームを脱いだ後からになる。今シーズンも他チームでエース級の働きをみせているケヴィン・デ・ブライネ、モハメド・サラー、ロメル・ルカクなど、かつてはチェルシーの一員でいたことをサポーターはときおり思いだしては、やりきれない気持ちを抱えながら「踏み台」のような気分で生きていかざるを得ないのである。

(5)高額な移籍金を投じて外から獲ってくる大物選手が、絶不調になりやすいチーム環境であることに耐えなければいけな

 「フェルナンド・トーレス」。


(6)昭和のマンガのような名前のオーナーに振り回されることを覚悟しないといけない
 突如現れてチェルシーのオーナーになった「ロシアの石油王、アブラモビッチ氏」は日本人にとって「昭和のマンガかっ!?」とツッコミをいれたくなる存在であった。そんな衝撃の第一印象から、もうかれこれ15年ちかくになるわけだが、ロシア・マネー投入により“チェルスキー”と呼ばれ「金満チーム」と揶揄されつつも、最高レベルの才能を集め(そしてまた投げ売り)、50年ぶりのリーグ優勝やチャンピオンズリーグ初制覇を果たしたことは、なんだかんだ揺るぎない不朽の功績となった。ただし一方でよくわからない人事騒動が勃発したりするわけで、どんな有能な監督がチェルシーを率いても、ちょっとしたタイミングで突然解任されることに慣れないといけない。
 そうしてチームの方向性や戦術はコロコロ変わり、去年まで主力だった選手が突然ベンチ要因になったり放出リストに載ったりすることをいつも覚悟しなければいけない。このあたりのスリリングさは今後も続いてくだろうし、ある日突然、アブラモビッチがチームから手を引いて大混乱に陥って、崖から一気に転がり落ちていく危険性もあるわけで、そういう日がくることを・・・実は心のどこかで「怖いものみたさ」で期待してしまう自分もいたりする。
 「夢の劇場」だとか「美しく勝利せよ!」だとか「クラブ以上の存在」みたいな理念だとか「君は独りで歩くことはない」みたいなポエムを語りたがる人は決してチェルシーを応援してはいけない。しょせんこの世は結局、昭和のマンガみたいなもので、お日様は西から昇り、青い夕陽となってロンドンの街を染めていくのだ、それでいいのだ。よくないか。

(7)公式グッズのデザインがダサいことに耐えないといけない
 あくまで私の持論だが、サッカークラブが世界中にファンを増やすべくグローバルなブランド展開を推進させようとすると、クラブの公式グッズのデザインは、多様な国や世代に受け入れられやすいものになっていくため、どんどん平均的で無難なものに落ち着いていき、その結果すべてがダサい方向性になっていく。そしてチェルシーに関してはTシャツのデザインにそれが顕著であり、手に取りたくなるようなクールさとは無縁である。
 でもこの日本語「チェルシー」シャツは、あまりに酷いがゆえにジワジワくるので、今回あらためて見るとだんだん欲しくなってきた。そういう作戦か?

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(8)ホームの試合開始直前に流れるパンクな曲が、よく聴くと景気悪い
 ホームスタジアムのスタンフォード・ブリッジに近いキングス・ロードの通りはロンドン・パンク発祥の地であり、偉大なパンクバンド「ザ・クラッシュ」のフロントマン、故ジョー・ストラマーはチェルシーのファンでもあった。いつもホームゲームの試合開始直前には、ここぞというタイミングで、ザ・クラッシュの代表曲『ロンドン・コーリング』が一曲まるまるスタジアム内に大音量で流れるのが恒例となっており、それはチェルシーFCの数少ない美点のひとつだと個人的に思っている(しかし実はほかのロンドンのチームでも流れているらしいのだが、それはさておき)。



このクラブにとっていわば「裏のテーマソング」とも言えるこの『ロンドン・コーリング』だが、しかし曲の歌詞をよーくみてみると「ロンドンは水没する!」といったような不穏な内容で、おおよそ試合前の選手たちやサポーターを鼓舞するようなテイストではない。みんなを鬱屈した気分にさせてどうするんだ。

(9)ボハルデという選手のことで一生ネタにされ続けることに耐えないといけない
 
ついにこの話をしないといけないのか・・・

 ウィンストン・ボハルデ(Winston Bogarde)という名前はチェルシーを応援しようとする者にとっては避けて通れない存在である。メディアの企画で「サッカー選手の移籍をめぐる世紀の失敗例」みたいな記事がたまにあるが、ボハルデこそはそうしたランキングで常に優勝争いを繰り広げることになる「チェルシーFCの正真正銘の黒歴史」であるからだ。
 オランダ代表歴のある当時30歳のボハルデは2000年にチェルシーと4年契約を結ぶ。そして2004年までの4年間、リーグ戦先発はわずか2試合、通算でたった12試合の出場にとどまり、年俸は約4億円。早々に戦力構想外になりクラブもあの手この手で彼を放出したがったが、ボハルデは不屈の精神力でチェルシーに留まり続けて見事に4年契約を全うし、通算で約16億円のサラリーを得てサッカー界から引退した。

 たしかに監督交代のタイミングのアヤが問題の原因だと言われたり、当時のチェルシーが他のクラブに先駆けて多国籍軍化していった背景もあって、外国人選手のマネージメントにおいてはもはや「多様性! 何でもアリ!」な雰囲気があったのかもしれない。それにしてもボハルデに支払った給料、出場した1試合あたりで換算すると1億2千万円超・・・ボハルデがすごいのか、チェルシーのフロント陣がおめでたい連中なのか。おそらく今後もボハルデの名前はチェルシーサポーターをからかうにはひたすら金字塔的ネタでありつづける。
 
ちなみに近年よく知られているように、チェルシーでは30歳を超えた選手への複数年契約の更新は、たとえレジェンド級の選手であっても認められないという方針がある。このクラブの冷酷非情な実態を世間にさらしてしまっているのだが、この方針の影にはボハルデの事例があったからだろうと容易に想像される。
 
スーパー・ボハルデ、彼こそはある意味でチェルシーの歴史を変えたレジェンドともいえる。「ボハルディズム」という言葉すら生み出したくなるし、チェルシーサポーターとして生きる“負け犬”社会人のひとりとしては、どこかで「ボハルディズム」に共鳴したくなる気分がないといえばウソになる。

 ※そこで調子に乗って「ボハルディズム」のバナーまで作ってみた。クリックしたらデカイ画像になるので職場のパソコンの壁紙なんかにどうぞ。

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(10)自虐的で卑屈なサポーターとならざるを得なくなる
 チームの愛称は「Blues」だが、「ブルー=憂鬱」と捉えると、言い得て妙である。「でも今は強豪チームで、立派じゃないですか」と言われようと、そういう立場に不慣れなこともあり「たまたま今はお金があるだけ」とすぐに言い返したくなる。先述の通り、いついかなるタイミングで一気に没落するか分からない、その恐怖感と隣り合わせである不安定さのなかにおいて、かろうじて「応援する理由」を見出しているのがチェルシーサポーターであり、要するに面倒くさい人々である。

 しかし規模にかかわらず、イングランド国内にある数え切れないほどのサッカークラブのうち、95%ぐらいのクラブはこれと似たような、やっかいで面倒くさい事情を山のように抱えているとも言えるのではないか。つまりそうした境遇のイングランド国内の大小クラブの、たまたま頂点ぐらいに位置しているのがチェルシーFCなのだと思う。ジャイアント・キリングで格下にぶっ倒され、一気に下位ディビジョンの底なし沼に沈みゆく可能性に満ちていることはイングランドのあらゆるレベルで常に起こっていることで(特にFAカップという大会は、その過酷な現実を忘れさせないようにする啓発イベントの一環ではないかとすら思える)、チェルシーFCのサポーターとして味わえるもの、それはフットボール・クラブを応援することにまつわる哀れで報われない、先の見えない日々の終わりなき苦悩であり、輝かしい王冠が一瞬のうちに、指をすりぬけて地上にしたたる泥水のなかに落ちてゆくような幻想にとりつかれて生きていくことだ。ロンドン・コーリング!


 さて、ここまで我慢強く読んでくれるような人がいるとすれば、その人は哀れなチェルシーのサポーターか、好奇心旺盛なヒネくれたサッカーファンのどちらかであろう。ぜひ「チェルシーサポーターになるべき理由」を3つ挙げられるかどうか、悪夢の続きみたいな話をいつか語りあおう・・・。

No9


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2017年1月 1日

今年もよろしくお願いします

2017nenga

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2016年12月28日

ニューカッスル・ユナイテッドはサッカークラブの名前だが、ニューカッスルの街が世界規模で知らぬ間に本当にユナイテッドになってる件

今日のネタはちょっとサッカーそのものからは距離のあるテーマだが、しかしおそらく日本のサッカーメディア関連では誰も発見していないネタのような気がするので書いてみたい。

Newcastleunited

ニューカッスルといえば、サッカーファンにとってはイングランド北部にあるサッカークラブを通してなじみのある都市名であろう。

このニューカッスルを「ニュー・キャッスル」と言い直して考えると、文字通りの意味として「新しい城」となるわけだが、このコンセプトの地名は、世界中にいくつか存在しているようなのである。

実際「新城」と書けば、日本にも愛知県に新城市(しんしろし)がある。つまりここは「日本のニュー・キャッスル」と言っていいわけだ。

で、先日私の上司のSさん(愛知県出身)が発見したネタがこれである。

「Newcastles of the World」

・・・つまり、「世界中の『新城』な地名のみなさん、仲良くやりましょう連盟」が存在していたのである!!

世界中の「ニュー・キャッスル」大集合・・・これこそまさに文字通りで「ニューキャッスルのユナイテッド状態」ではないか!!

ホームページは(こちら)である。

これをみると、ちゃんと日本の新城市も加盟していて、(ここ)を注意深く読むと、2年に一度は世界中のニューキャッスル関係者が集うカンファレンスが開かれているようで、2018年度の開催地が新城市に決まった模様。

世界中にどれだけ「ニュー・キャッスル」があるのかは、(こちら)のページをみると詳しく知ることができる。この連盟のコア・メンバーが16都市、その他把握している都市で70ちょっとあるようだ。

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うむ、まぁ、

「ふーん、そうか・・・」で終わるネタなのかもしれない。

でもなんというか、サッカーファンとして馴染みのあるニューカッスルの地名が、その名前だけのつながりだけで、僕らの知らないところでこういう国際交流が継続的に続けられているということに、なんだかほっこり和むものを感じないだろうか。

いっそ新城市、いつかアラン・シアラーとか招いてサッカー教室とかやってほしいし、「日本で一番ニューカッスル・ユナイテッドを応援する街」を宣言してもいいのでは。

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2016年5月20日

レスターの優勝によってもたらされた唯一の残念なことと、それを受けてベン・メイブリーさんのコラムを読んで深く反省したこと

もう、レスターのプレミアリーグ奇跡の優勝のすごさについては、どこまで語っても尽きることがないわけだが、今年のゴールデンウィークは時間があればネットを調べて、「レスターの優勝を喜ぶ人々の画像」を集めるのが、なんだか精神的な癒やしのレベルにすら達していた気がする(や、別にそんな精神的に参っているわけでもないのだが、たぶん・・・)。

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▲あの優勝決定の日とほぼ同時刻に、たまたまスヌーカーの世界王者決定戦があって、そこで優勝した選手もレスターの出身だったっていうこのネタが特に好きだ。

・・・と、こうして「5000倍のオッズをひっくりかえした奇跡の優勝」は、そりゃあもう、当然ながらサッカーの歴史、スポーツの歴史でも類を見ない出来事として後世に語り継がれるわけである。

で、こともあろうに、レスターの優勝から2日ぐらいたって、自分のなかに、考えてはいけないような、なにかモヤモヤしたものを感じてしまっていた。

それを認めるのは、罪悪感のような、自己嫌悪のような、そういう気分になるものであったが、ストレートに言葉にすると、

「もう、スポーツを観ていて、あるいは人生全般において、これ以上の奇跡的な感動を味わうことはないのかもしれない」ということへの、なんともいえない絶望感みたいなもの

というのが、むくむくとわき上がってきたのである。

だって、オッズが5000倍っすよ。

このレスターの優勝相当の「奇跡」をふたたび体験することが、いまのこのライヴで生きている世界中の人々のなかで、5000倍を乗り越える確率でしか味わえないのだとすれば・・・・それって、もう「ほぼゼロ」のオッズじゃないか、と。

もっと具体的にいうと・・・というか、このことに思い至ったことがすべてのきっかけだったのだが・・・ずっと連載が続いている『ジャイアント・キリング』であるが、もはやレスターのこの優勝のあとになると、仮に将来的にこのマンガの結末が「ETUのリーグ制覇」だったとしても、おそらく、私のなかでは、「まぁ、レスターのときほどの奇跡感はないよな」っていう思いが絶対にぬぐえないのではないか・・・・そうなると、ちょっと、正直これはヘコむ事態になってしまったなぁと、ゴールデンウィークの終わりごろに思い至っていたのである。

もう、これ以上の感動はないのかもしれない。
チェルシー×スパーズ戦の、あのアザールの決勝ゴールは、そういう意味を持っていたのであった。てか、あんなタイミングでチェルシーって、どうよ(笑)しかもアザール・・・

で、実はこのことをブログに書くかどうかずっと悩んでいたわけだが、そうしているうちに5月9日のJSPORTSのサイトに、ベン・メイブリーさんのコラム、「ラニエリとレスターから、みんなへの贈り物」というコラムが掲載された。

そこにベンさんはこう書いて記事を締めくくっている。

もしかしたら、先週ラニエリが言ったように、レスターのような衝撃のチャンピオンは、20年に1度しか出てこないかもしれない。でも今、“こんなこと絶対に起こらない”という知識は“こんなことも起こりえる”という知識に代わった。

もしも最初のページをめくる時に、それがどんなふうに終わるかわかってしまっているなら、物語に何の価値がある?

それが、愛すべきイタリア人監督ラニエリと、愛すべきチームレスターが、全てのファンに、全てのチームに、全てのジャーナリストにくれたフットボールの贈り物だ。これから、僕たちはどんな夢でも叶うかもしれないと思って、フットボールを見ることができるのだから。

・・・これを読んで私は殴られたような気分だった。

いかに私がネガティブか、っていうことを思い知らされた(笑)

ベンさんのコラム全文は(こちら)。

そう、「もうこんな奇跡起こらない」とショゲるのではなく、
「どんな奇跡だって起こせるかもしれない」と、前を向く姿勢、走り続ける姿勢である。


それがフットボール的生活のはずだっただろう?

・・・と、今回本当にこの記事には、なんというか、救われた気持ちでいる。と同時に自分の至らなさも思い知ることとなった。

純粋に、「がんばろう」って思える、そういうプレミアリーグ15/16シーズンだった。
そしてもちろん、このレスターというクラブのことは一生忘れない。

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