2017.05.28

準備風景そのものも、ひとつのアート的な風情(ピンク・フロイド回顧展@V&A博物館)

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ジワジワくる(笑)。

この5月にはじまったロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館でのピンク・フロイド回顧展、その準備作業についての記事(こちら)をたまたまみつけたのである。

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この『Division Bell』のアルバムジャケットのこの頭のモチーフ、この現物を展示するというネタ。

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「ムギュ~~!」って感じ(笑)

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てなわけで、こんな感じでバンドのデビュー50周年回顧展が10月まで繰り広げられている模様。

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そもそもこの企画が昨年発表されたときのプレス向けイベントのときから、豚を飛ばしたりしてシュールさ全開。

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というわけで、常に謎めいた存在でありつつ、公式的には続いているロックバンド(実質的には終わっているんだろうけど)の50周年イベント、おめでとうございます。

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2017.05.27

「生活学校」とか「狂気」とか「HP」とか(なんのこっちゃ)

 奈良の名物カフェ「くるみの木」がプロデュースしている、奈良町の「鹿の舟」で「生活学校」というのがあって、「誠光社」を立ち上げた堀部さんが講師の「よむ」というのがあるとA氏から教えていただき、参加した。最近はこういう催しに参加することがなかなかできておらず、そして堀部さんにはかつて『DIY TRIP』のZINEに関していろいろとお世話になりつつ、そして京都に住んでいながら実はまだ誠光社にすら行っていないという不義理もあったので、この機会にお目にかかれてよかった。

 都合により初日のプログラムしか参加していないのだが、その日の午後のメインテーマがサリンジャーについていろんな角度で解説してもらう内容で、いろいろ知らなかったことを学ぶことができ、なんだか「堀部先生の演習ゼミ」みたいな雰囲気を楽しむ。ちなみに年齢幅がわりとあったはずの聴講者12名ぐらいのなかで、『ライ麦畑でつかまえて』を読んだことのある人・・・で、自分だけが手を挙げていた。堀部さんにとっても意外だったみたいで。ちなみに堀部さんは僕と同い年である。おたがい、適切に「こじらせ」ていたんだろうな、若い頃。
 初夏を思わせる陽射しと、和室を通り抜ける風のさわやかさが身に残る、静かな午後を過ごした。

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 こじらせ、といえば。
 高校生ぐらいのときは何度聴いてもあまりピンとこなかったピンク・フロイド『狂気』だが、たとえばこんな日の朝に通勤途中で歩きながら聴いていてラストの『Eclipse』にさしかかったとき、ふいにどういうわけか急に目頭が熱くなるような感じになって、それは歳を重ねてようやく『狂気』の描く普遍的なテーマ性を理解できるようになったからなのか、単に人生に疲れて精神的にまいっている40オヤジになっただけなのか。それはともかく、いまひたすらピンク・フロイドを聴きまくっている。

 ちなみにこの13年ちかく続くブログの歴史上もっともツイッター界隈で反響を読んだ記事のひとつは、ピンク・フロイドの評伝本についてのネタ、「本を読んでいて久しぶりに心底驚いたこと」(こちら)なのであるが、最近になってこの本の「下巻」をようやく読み終えた次第。つまりそれだけ後期フロイドには関心がなかったのだが、それも加齢とともに変わってきていて、最近は『ザ・ウォール』とかも体になじんできたところ。

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 自宅のパソコンがいよいよヤバい感じになってきたので、買い換えの決断を下す。訪れた電気店でヒューレット・パッカードのオーダーメイドPCを検討していたときに、HPの担当者の人がいろいろと説明をしてくれて、自分好みのスペックを一緒に検討することに。そのなかで最近よく聞く「SSD」のハードディスクについて、「従来のハードディスクとは比べものにならないぐらい、読み込みが速いんです」と教えてくれて、でも現状だと最大で256GBぐらいしか搭載できず、それだったら従来のHDDの1TBを選ぼうかなー、と迷っていたときに、担当者の人が「確かに現状ではSSDの容量はまだまだ少ない」ことを認めつつ、

「まぁ、SSDの速さを知らないままでいるのも良いかもしれません」

と言ってきたのがミョーにウケて、それで私はこの担当者さんに任せてこのHPでパソコンを買おうとその場で決めた。
なんというか、余裕やユーモアを感じさせる接客って、いい買い物をしたと客に思わせるうえで大事だなーと。

あとHPのオーダーメイドPCだと、マウスやキーボードも「なし」で買えるのが非常にありがたい。他のところで本体だけを買おうとしてもなぜか余計なキーボードがくっついてきたりしていて、「本体だけ欲しいヤツは本当に本体だけでいいんじゃないのか!?」と思っていたところだった。

ちなみにキーボードは、もう「東プレ」のREALFORCE以外は使いたくないのである。テンキー無しのバージョン。
まさに「これを使ったらもう元には戻れない」と言える打ち心地。こればかりは「高いだけある」と納得せざるをえない逸品。でもたくさんの人がこれに目覚めて信者になったら価格下がるかもしれないから、みんな買え!

「椅子」と「クツ」と「キーボード」って、どれも「体の動きを受け止める道具」だから、そういうアイテムに関してはできるだけ良いクオリティのものを使いたい。


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2017.05.16

自分が40歳になったことと、U2の”40”と、『おろしや国酔夢譚』のこと

40歳になったのだけど、何か久しぶりに、U2の古い曲『40』のことを想い出して、リピートしたりする。

もっとも、このうつくしい曲の主題は年齢のそれなんかじゃなく、旧約聖書詩篇の40篇だそうで。
「How long to sing this song」って、まさにそんな気分。

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ここ最近の突発的マイブームが、映画『おろしや国酔夢譚』で、その原作となった井上靖の本もがっつり読んだ。
この映画が作られた、バブリーで景気の良かった頃、日本テレビがこの映画について放映していたのを観た記憶が突然浮かんで、この江戸時代の漂流民の実話に基づく長大なスケールの映画が急に今になって気になりだしたのであった。

漂流してアラスカに近いぐらいの離れ小島に漂着して、何も分からないまま、ただひたすらロシアの言葉を少しずつ覚えて順応していって、そこから帰国を願いつづけて9年間、最終的にはこの大黒屋光太夫はシベリアを超えてユーラシア大陸の西の端、サンクトペテルブルグまでたどり着くという、とんでもなく数奇な運命のなかで、女帝エカチェリーナ二世に直接会えることとなり帰国許可を陳情するわけだけど、人間の持っているエネルギーとか精神力とか、ありとあらゆる部分の感動を覚えてしまう話である(帰国後は鎖国体制下の事情により、かなり不遇な晩年を送ったそうだが)。
 そしてどうしたって命を落としそうな過酷な生活環境と決死の大移動のなか、あらゆる場所で光太夫らを支え、応援してくれた無数の人々がいたのも確かであり、距離や時代を超えたヒューマニズムに、純粋に心打たれるものがある。

とまぁ、最近の私はことあるごとにこの『おろしや国酔夢譚』の話をしているのだが、先日、職場での懇親会の席上、同い年の同僚S氏にそれとなくこの映画の話をすると、彼は中学2年生のときにリアルタイムでこの映画を観てから、たまたまモンベル社の企画で「ロシアの川を3ヶ月間、ロシア・アメリカ・日本の若者が一緒になって川くだりをするツアー」というのに出会い、親に頼んでひとり中学生ながら参加して、初の海外体験をロシアの果てしない川下り、しかも言葉もよく分からない者同士で過ごすということをしたという話をしてくれた。なんたる奇遇。そして中学2年といえば1991年で、ソ連崩壊の大変革の時代だったはず。こんな身近に、そんなとてつもない冒険をしていた人が居たとは! と、驚きまくってしまった。

人生ってこういう感じで、ちょくちょくビビらせてくれるから好きだ。

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2017.05.07

無印のA4サイズ脚付トレーでサイドテーブルっぽいものを作ってみる

 今まで自宅では、椅子に座るかベッドに転がるか、という2種類の姿勢しかできておらず(地べたに座るとどうしても足がしびれるのである)、いつも通っている鍼灸師さんから、「もう少しくつろいでリラックスできる体勢を取れるようにしたほうがいい」とのことで、ソファを買ってはどうかと提案された。
 私は部屋の大きさのこともあり、いままでソファを買うという選択肢をまったく検討してこなかったのである。しかし鍼灸師の先生から勧められたもの・コトは今までほぼ確実に導入しており(もしヘンな壺を買えと言われても二つ返事でお金を払ってしまいそうな勢いだ)、そのアドバイスに従いこの春はずっと「一人用ソファ」を探していた。そして結果として落ち着いたのが、無印良品のラウンジソファとオットマンのセットだった(最近値下げされたのも大きかった)。

 で、ソファでくつろげる生活がはじまり、「なんでもっと早くこういう生活をしなかったのか」と思いつつ、そのうち飲み物やTVのリモコンを置けるようなサイドテーブルが欲しくなってきたので、手頃な大きさや価格帯のものをいろいろと探していたのである。しかし自分の納得するものがなかなか見つからなかった。

 そうして五月の連休になり、無印良品の売り場を歩いていて、近年になって発売された「A4トレー」の組み立てサンプルを眺めるうちに、「これってサイドテーブルにできるのでは?」とひらめいたのである。

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まずこの「A4脚付トレー」が、上側にくる。その下に、

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この「A4仕分けトレイ」を合体させるのだが、この底面が、

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このようになっていて、「脚付トレー」の底面とは違って平たい状態になっているので、これにより以下のパーツを接着できると思ったわけだ。

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東急ハンズで、ちょうどA4サイズに収まる大きさの、厚さ1.5cmの板を買ってきた。それに小さいキャスターを木ネジでとめていく(木の板には念のためニスを塗っておいた)。

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この「はがせる強力両面テープ」を用いたのは、単に自宅にストックがあったからであり、特に深い意味はないが、こういう分厚い系の両面テープのほうがいい。その横のラベルはキャスターについていたもので、念のため写真におさめておいた。

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若干スペースがあまっているが、まぁこれぐらいならいいか、という適当な感じでそのまま貼り合わせ。

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木の板の素の色が気になったので、グレー色のマスキングテープを貼ってみるとちょうどいい感じに。

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これは作ってから気づいたのだが、ラウンジソファの後部の骨組み部分にうまく収まるので、使わないときにはここに寄せておけばいいなと思った。これは偶然の産物。

というわけで、5000円ぐらいで自分の使いやすいサイドテーブルが手に入った!


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2017.04.23

大阪・難波でクラフトビールが楽しめるお店「Craft Beer GULP」

この春に訪れたお店で、もう一軒紹介したいお店が。

14年ぐらい前に出会ったJくんが、独立して店長となった「Craft Beer GULP」。

クラフトビールの専門店。大阪ミナミ・難波駅から本当にすぐ近くにある。

Jくんと同窓の、「2011/2012 ロンドン年越し企画」のメンツでお邪魔した。

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普段はビールを飲まないのだけど、いろいろと自分の飲みやすそうなビールをJくんがリコメンドしてくれて、確かにすごくフィットする味わいだった(名前メモるの忘れた)。そうか、クラフトビールってすごく美味いのかと、当たり前のことを知る(笑)。
ビールが苦手だと思い込んでいた自分が、市販のよくある缶ビールと「たまたましっくりこなかった」だけかもしれない、と思った。なにより「クラフト」って言葉に弱いからなー。

料理もすごくビールにあう美味しさで、とくにソーセージが絶品だった。

とにかく場所がすごく駅に近いので、難波で飲みたい人はぜひここへー! とオススメしたいです。
フェイスブックページは(こちら)!

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2017.04.17

フランスの地方料理と移民料理(時々、旅する朝食)の ビストロ「ベルヴィル」が素敵なお店でした(そしてシェフはアトレティコ・マドリーのファンとのこと)

このあいだ、ひょんなことから(きっかけは、『ぱんとたまねぎ』のハヤシさん経由)長らく私の書いているものを愛読してくださっているK氏にお誘いを受け、京都市役所の北側の路地にある雑居ビルに赴いた。
や、正確にはビストロのレストランである。でも見た目は雑居ビルのそれなのである。
しかし上にあがると、それはそれはよく出来たインテリアに、グッとくる色合いの壁紙が印象的なお店があったのだ。

「フランスの地方料理と移民料理 ベルヴィル」と、「タイ料理&ベトナム料理 トルビアック」。この二つのお店(というか、ビルのなかの独立したそれぞれの部屋)が、中央の厨房を挟んで同時に存在しているという、不思議な佇まい。

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今回はベルヴィルのほうでお食事をいただいた。いかにもなフランス料理ではなく、あくまで移民の人々の生活感のなかで生まれてきた料理が提供されている。

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丁寧にじっくりと創られていく珠玉の料理の数々。じっくり味わい、ゆっくり語らい、珍しいビールなどを飲みつつ。

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普段あまりビールは飲まないのだけど、あまりに珍しいのとラベルのデザインが良かったので、フルーティーなベルギーのビールを堪能。出されるコップのレトロ感とかたまらない。

もうひとつ隣の部屋も、鮮烈な配色が印象的でオシャレ。

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12月にオープンしたばかりとのことで、文字通りの隠れ家的なお店。K氏のおかげでとても良いお店を教えていただく。

ホームページは(こちら)。

以前から、ブルーグレーの壁の色の室内にすごく憧れがあって、まさにこのベルヴィルがそんな感じ。すごく落ち着く場所。


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2017.04.13

TEDの「100日間拒絶チャレンジで学んだこと」が面白かった

なんだかブログずっと書いていなくて、書きたいことはいろいろあるのだけど、ひとまずこの数日間もっとも面白かった話は、TEDでみつけた「100日間拒絶チャレンジで学んだこと」


(この埋め込み設定だと日本語字幕は小さく見えるので、いっそTEDのサイトにいったほうがいいかもしれない)

とても切実な問題意識を、ファニーな実験で向き合って、そこから深い洞察に至り、こうして世界じゅうの人々とシェアしていくっていう、とても最高なプレゼン。
まさにこういうのがTEDの意義だったり真骨頂だったりするのでは。

TEDで他にどんなトークあるのか、探すことそのものが最近楽しい。


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2017.03.24

「マーチエキュート神田万世橋」で開催の「Anonymous Camp」にて、シャムキャッツがプロデュースする「EASY展」に出品させていただきます。

 東京の神田、マーチエキュート神田万世橋というなにやらステキな場所で開催される「Anonymous Camp」という期間限定マーケットのイベントにおいて、シャムキャッツがプロデュースする「EASY展」が行われるとのことで、いままで「EASY」に参加した作家さんたちにお声がかかり、私も今回出展させていただくことに。(自分のうっかりミスで参加表明が遅くなってしまい、関係各位にご迷惑をおかけしつつ・・・)

このタイミングで、今回はじめてリリースする新作アイテムがこれ。

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「DIYぽち袋作成キット」。
以前の「EASY TOUR@京都」で出展した「封筒づくりキット」が、ちょっと大きすぎるのと、分かりにくさがあったんじゃないかという感じがしたので、より小さく(手の平サイズ)、かつ封筒よりも実は使用頻度が高そうな「ぽち袋」に焦点をしぼってみた。

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こうして好きな雑誌のページを、テンプレートを使って切り抜いて、折込んでいく。
接着は両面テープの幅の狭いのを使ってみたり、いろいろと。

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なぜか、どういうわけか、封筒とちがって「ぽち袋」のサイズになると、完成品もどことなくファニーだったり、ジワジワくる笑いがただよう感じがする。自分としてはそこにあらたな可能性を感じている。

上の写真のぽち袋の作例サンプルは、このブログの記事のために作ってみたもので、「EASY展」に向けて送った作例サンプルはまた違ったものになっている(急いで作って速攻で東京に送ったので、写真を撮り忘れていたのだ)。現地に置いてある(であろう)ぽち袋のサンプルをみて「カズダンスかよ!」とか「なぜ女優の小林聡美なんだwww」とか思っていただけるとうれしい。

会期は2017年3月24日(金)~3月30日(木)
時間:11:00~21:00(日曜、祝日のみ20:00まで)
そして29日、30日はシャムキャッツのメンバーが2人ずつ日替わり店長でやってくるとのこと!


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2017.03.20

ポッドキャスト『Harukana Show』で京都マラソン応援の話や「たほいや」のことを話したり、BBC RadioのiPlayerのことなど

毎度おなじみイリノイ州アーバナ・シャンペンで放送されている日本語コミュニティ・ラジオ番組「ハルカナショー」、2週連続で話をさせていただきました。

◆No.311, March3, 2017, 市民マラソンをサッカー的に応援する企画、鴨川編with Tateishi (こちら)

◆No.312, March10, 2017, 「たほいや」であえてアナログな遊びwith Tateishi (こちら)

基本的にラジオ用にネタをストックできるほど余裕はなく、すでにブログで書いたことばかりを話しているのが最近の傾向(笑)

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ラジオつながりで別の話。

BBCのラジオ番組がネットで聴けるアプリ、「iPlayer Radio」が、いつの間にか(去年から?)日本でも使えるようになったことを最近知った。
アプリをダウンロードすれば、WiFi環境においていつでも気軽にBBCのたくさんあるチャンネルでいろいろ番組が聴ける。いい時代。
以前からiTunesでも聴けたので、とくに目新しい話でもないのだが、専用アプリだとそれぞれの番組についての情報などがより詳しく案内されるので、聴こうとする意欲をかきたててくれるのは言うまでもない。
※もちろん、イギリス国内じゃないと聴けないものもいくつかある(5 Liveのサッカー中継とか)。

そしてRadio 6のチャンネルで音楽番組のDJをやっている、Lauren Laverneさんが最近すごーく気になっている。
(もともとはKenickieというパンクバンドでボーカルをやっていたそうで)
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なるべく時間があえばこの人の喋りを聞きたいと思っているが、リスニングにどのくらい効果があるのやら。でもまぁ、何もしないよりかはマシであると言い聞かせつつ。

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2017.03.04

さいきんのこと:プレステVR、デロンギ、『繁栄』、三谷幸喜と清水ミチコの対談について

 先日同僚のタスク家におじゃましたときに、最近話題の「プレイステーションVR」があって、ちょっと遊ばせてもらった・・・いやはや驚異の体験とはまさにこのことで、ゲームの世界に没入するというのは、文字通りの意味でこのVRという装置が叶えてしまった。

ファミコンをはじめて触って以来30年近くが経ったが、家庭用ゲーム機はついにここまできてしまったのかと、何か踏み込んではいけない領域を垣間見た気分で、「すげー!!」と叫びまくってしまった。当然、プレイ中は周囲に頭とかぶつけないようにしないといけないわけで、バーチャルの世界に埋没するがゆえに気をつけないといけない物理的状況を、現実的に配慮しないと危険なのである。当たり前といえば当たり前なのだが。

 実際にVRに対応したゲームの世界では、こちらの自由意志による視点移動を現実世界のそれのようにあらゆる角度で表示することを可能としている。つまり走行中の車のなかにいて、後ろをふりかえってみると、こちらの首振りのスピードに合わせて後部座席に映る景色をスムーズに見せてくれるわけだ。ふー。

 タスク氏はこのVRをまだ自分の子どもたちにはプレイさせておらず、それはとても賢明な判断だと思った。物心ついたときからこうしたバーチャル・ゲーム機器で遊びまくることで、いざ自分が生身の状態で運動をするときに、どうしても物理状況における限界、「身体が動き得る幅の狭さ」みたいなものを感じてしまい(動きにくいし、失敗したらケガも怖いし、いいことがない)、リアルな運動に興味を抱かなくなる子供が今後増えていくんじゃないかと想像してしまう。あくまでもバーチャルが楽しいのはリアルとの比較があるからなのだが、こうしたバーチャル・ゲームの流れが不可避となると、大きい目でみたときにどういう影響が浸透していくのか、見守っていくしかないのだろう。

 ちなみに、ゴーグルで映像を見せる装置という観点でいけば、このVRをつけたときに真っ先に感じたのは「まるで映画館にいるみたい」ということだったので、寝たきりの人とかがDVDの映画を楽しむときの補助具というような方向性も今後発展していくのだろう。


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いまさら驚くべきことではないのだが、住んでいる場所がとても寒く、部屋が冷え冷えとしており、エアコンだけでは限界を感じていた。しかし改めて賃貸契約をみると、燃やす系の暖房機器は使えないので、最近思い切ってデロンギのオイルヒーターを買ったのである。

 いままでオイルヒーターの導入をためらっていたのは、「置き場所によって性能が発揮できるかどうかが決まる」とか、「すぐには部屋が温まらない」という情報が、どうもひっかかっていたからである。しかし、ためらっているあいだにも部屋は寒いままであり、「ないよりはマシだろう」と買ってみたわけだ。

 そして結論からいうと「たしかに、いったいどこに置くのが正解なのかが分からない」ということだった。いちよガイダンス通り、もっとも寒くなりやすい窓際に置いているのだが、あまりにカーテンや壁にヒーターを近づけすぎると危険らしいので、このポジショニングが実に中途半端なものになるのだった(電源コードとコンセントの関係も考慮しないといけないし)。そして案の定、あまり温かさを感じることはない。

 これは何かに似ているなぁと思ったら、それは「どこのポジションが最も適正なのか分からないままのサッカー選手」だった。チームを去るときまで、結局どこのポジションがベストだったのか分からないままの選手はかなり多い。そのモヤモヤがまさにいま、オイルヒーターという物体として私の日常に、ささいな懸念事項として存在しているのである。

そういう意味ではかなり人間くさい器具かもしれない。そう思うと愛着すらわいてきた。寒いけど。

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 最近読んだ本でダントツに面白かったのが、マット・リドレー・著『繁栄―明日を切り拓くための人類10万年史』 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2013年)だ。

「いろいろ言われているけど、世界はこの10万年単位で、確実に『良く』なっている」というのがこの本の主張なのだけど、その是非はともかく、人類の繁栄のキーとなったのが「分業と交易・交換」という概念であるというポイントはとても示唆的だ。あるアイデアを、他人とシェアしたり、交換しあうことで、新たなアイデアが生まれていくということをひたすら繰り返してきたからこそ、人類は生きのびることができたというのがこの本全体を通して検証されている。

このネット時代だとなおさらその「分業・交換」のプロセスは予想を上回る規模とスピードで行いうるのだから、そうしてまた新たな課題解決に人類は取り組み、乗り越えていけるのだろう・・・という前向きな気分が読後感として残るので、ひろくオススメしたい一冊。

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あ、あともう一冊、このシリーズをいままでなんでスルーしてきたのだろうと後悔していて、このごろジワジワと集めて読みまくっている。三谷幸喜と清水ミチコの対談集。

もともとはFM番組での喋りを文章化しているのだけど、なんかこう、言葉のテンポや相手の発言への切り返しとか、文章だからこそできる「ある種のカタチやパターン」において、読み手を引き込んで、笑わせる技術に昇華させていて、この二人の絶妙なレベルでの掛け合いが、読んでいて爽快なのである。

ちなみに「むかつく二人」の文庫版は6年前に出たものだが、巻末の解説はいまをときめく星野源が書いていたりする。



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2017.02.06

「余情」っていう言葉。

先日のネタ(たほいや)で『広辞苑』に親しむようになってから、ときおりパラパラとめくることが多くなった。自分が使ったことのない言葉、まったく知らない言葉との出会いを楽しんでいる。

そんなわけで最近の私の中に響いてきたのが、「余情」という言葉である。

余る情と書いて余情。

意味は、「ある行為や表現の目に見えない背後に、なお深く感じられる風情。行為や表現のあとに残る、しんみりとした美的印象。言外の情趣。」
とのこと。

うむ、あまり触れたことがない言葉ではあるが、観念としてはすごく共感できる。

それとともに考えさせられるのは、まさにこういう「余情のある表現」っていうのが、このごろだといろんな領域で不足しているような、もっと言うと失われつつあるんじゃないか、ということだ。
「余情」はひょっとしたら、気づかれにくくて面倒くさい感じだったりもするだろうし、まどろっこしかったり、思わせぶりだったり、そういう受け止められ方をされてしまいがちかもしれない。

何せ言葉の意味に「言外の情趣」とある(この「情趣」って言葉もなかなか使わないけど、いい言葉ですね)。「言外」というのは、言葉の意味として、その意味や示すものの「外側」を無理矢理でも伝えようとする、ある種の矛盾がそこにはあるわけで、そこをひっくるめて「余情! 以上!」みたいな感じで、潔い日本語であり、独特の感覚である。

こういう話を書きたくなった背景を思い返すと、最近とあるお店でご飯を食べていたら、そこで流れていた有線放送のBGMで、最近売れてる曲なのかどうかも分からないとあるポップソングの歌詞が、「ずっと仲の良かった友だちがいま結婚式を挙げている。昔はこんな日がくるなんて信じられなかったけど、これからは幸せになってね」みたいな内容なのだが、その歌詞のフレーズが、まさに「ずっと仲の良かった友だちがいま結婚式を挙げている。昔はこんな日がくるなんて信じられなかったけど、これからは幸せになってね」っていう「言葉そのもの」がひたすら羅列されていて、「なんじゃあそりゃあ!!」っていう気分になったわけである。つまりはこれは「余情がない」言葉なのですよ。こういうのは歌詞というものではなく、「単なる説明文」だと思うわけで。どうしていつの間にかポピュラー音楽界は余情を失ってしまったんだろう、っていう。

古いものを礼賛する悪いクセをここでも発揮して申し訳ないが、この現代の貧相な日本語歌詞の世界観でいえば、80年代における銀色夏生が書いた名作『そして僕は途方に暮れる』の歌い出しの絶妙な歌詞も、現代風に変換すれば「彼女が家を出て行って、僕はとっても哀しいよ」みたいな歌詞になりかねない。

ていうか、そもそも、それだとこの曲のタイトルも『そして僕は途方に暮れる』じゃなくて、『僕は別れて哀しい』になるのかもしれない・・・余情、あぁ余情!

Charaのカバーしたバージョンもすごくいい。


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2017.02.01

RIP, John Wetton

 いつも乗る電車を今朝は乗り過ごしてしまった。それはきっとこの日の朝はあらためてゆっくりスマホでツイッターをチェックする時間が必要だったからなのかもしれない。そうしてジョン・ウェットンが亡くなったことを知った。

 英国プログレッシヴ・ロック黄金時代のさまざまなバンドを渡り歩き、そのジャンルそのものを体現していたミュージシャンとして、ウェットンにはそれ以外の形容が見当たらない。それはまさにプログレッシヴ・ロックのひとつの時代が終わったわけで、いやそもそも「ひとつの」っていう言葉ももはやいらないのかもしれない。

 キング・クリムゾンの『Red』は、いまもなお、自分にとっては「ここぞ」という集中を要する作業のときなどに、ひたすらリピートで聴くことが定番となっているアルバムだ。作業中にかけるBGMとしてはふさわしくない盤かもしれないのだが、ウェットンのベースが、ビル・ブラフォードの変幻ドラムと合わさって織りなす音楽空間はこれからも自分のなかにいろいろなインスピレーションを与えてくれるだろう。そういう意味では心からある種の恩義を感じるアーティストであり、そんな彼の姿を一度しかライヴで観たことが無かったのが本当に悔やまれる。どうか安らかに・・・ライヴの定番MC「キミたちサイコダヨ」を想い出しつつ。


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2017.01.25

古い時代のF1ファンにとってグッとくる体験ができるのは、実はこんな金曜日のことだったりする。

今日の記事はひさしぶりに「元F1マニアとして」体験したことをテンション高めに書いていくので、恐縮だが、ついて来られる人のみ読んでいただくしかなく、そこのところをあらかじめ断っておく。

ちょっと前の話になるが、たまたま金曜日の平日に休みを取り、せっかくなので日帰りで遠出をしたい気分になったので前日の夜にいろいろと調べてみた。「そういえば鈴鹿サーキットは最近どうなっているのかねぇ」とホームページをみると、ちょうどその土日に「Sound of ENGINE」というイベントがあることを知った。これは懐かしのレーシングカーのデモ走行を行うというもので、よくみるといろいろなカテゴリーのクラシカルなマシンが参加予定で、そしてF1マシンもなかなかのラインナップだった。そして開催日前日の金曜日は、準備日として「練習走行」のみが行われる旨が書かれていた。この練習走行は、土日のイベントのチケットを持っていれば観覧可能とのことだったので、日帰り小旅行のネタとしては悪くないと思った。

こうして金曜日の朝にひとまずコンビニで土曜の1日券を買って、私は鈴鹿に向かったのである。

そして結論から言うと、金曜の練習日に鈴鹿サーキットを訪れてみたことで、私は古い時代のF1マシンのファンとしてこれ以上ない最高の時間を味わうことができたので、以下そのことを報告させていただく。

このイベントのチケットを持っている人は、「パドックエリアも入場可能」と書いてあり、そのことが私を鈴鹿に行かせるうえでのモチベーションのひとつにもなった。普通、パドックエリアというのは特別なチケットを持っていないと入れないイメージがあり、「レースをやる側」の世界に触れるエリアのはず、なのである。「Sound of ENGINE」の入場客は気軽にパドックにまで行けるのであれば、それはとても価値のある機会だと思った。

そして金曜日はまだイベントの準備が行われている状況で、遊園地の入場料を支払ってサーキットエリアに向かいつつ、あらかじめコンビニで買っておいた「Sound of ENGINE」のチケットもすぐに取り出せるようにカバンに入れていたのだが、「パドックへのトンネル入口」に足を踏み入れ(緊張した)、そのまま突き進んで、トンネルを出てついにパドックエリアに来た!となっても、なぜか私のもっているチケットをチェックする係員などはおらず、私はどこに行ったらいいのか分からないまま、そのままピットの裏側まで普通に訪れることができた。

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で、いきなりピットガレージには、こういう状況を間近で見ることとなった。

たとえばカナダの富豪、ウォルター・ウルフのF1マシンがぽつんと置いてあったり。

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おいおいおいおいおいおい(心の中の声、動揺)。

私の生まれた1977年のF1でチーム初出場・初優勝を挙げたマシンである。後にフェラーリでチャンピォンになる南アフリカのジョディ・シェクターが乗っていた。もちろん、はじめて実車を観た。

ええと、これ、わたし、じっくり見学してていいんでしょうか?(心の中の声、動揺つづく)

でも、周りをみると、私と同様の、おそらく普通の客だと思うのだが、そのあたりをウロウロしていて、そしてピットガレージだったり、あちこちに立ち入っている。

ここは鈴鹿サーキットのピットガレージである。部外者の私がピットガレージにいていいんでしょうか。その想いを抱えつつ、表向き冷静にカメラで撮影しまくっていた。

通常のレース時には「ピットウォーク」というファンサービスのイベントはよくあって、決まった時間だけ、観客がピットレーンを歩いてガレージの中のマシンを外側から見学する・・・というものがあるのだが、どうみてもこの日の午後は、そういう「ピットウォーク」ではなく、単に「誰しもがピットガレージもピットレーンも、さらにピットウォールにも立ち入ってても特に何も言われない」という、かつてのモータースポーツファンだった少年時代の私にとっては鼻血が出るような状況だった。「マジっすか、マジなんですか、この状況は!」と、内心ずっと叫びっぱなしであった。

ちなみに耐久レースのグループCカーのカテゴリーも今回登場していて、その迫力ある佇まいにも圧倒。

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そうして、今回のイベントの「目玉」である2台の車を手がけている、外国人スタッフだけのピットガレージがあった。
フェラーリ312Tと、ティレル006。マジか・・・。

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ここも最初は遠巻きに観ているだけなのだが、他の一般客がカジュアルにガレージの中を通って、マシンを間近に観ていたりするので、私も徐々に中に入り、この状況のなかで、この貴重な車の整備作業をかなり長い時間見守っていた。

イベントのスポンサーの関係だったり、クラシックなレーシングカーを管理する団体から派遣されてきた雰囲気のスタッフさんなので、「レースをやるために来た」わけではなく、「趣味人のオジさんたち風情」のただよう現場だった。それゆえに、我々一般ファンもあまり臆することなく、ガレージに佇んでいられた気がする。

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なので、「ええと、何か飲み物でも買ってきましょうか?」とか言いたい気分でもあった。

しかしだ、目の前のこれ、フェラーリ312Tだ。ニキ・ラウダとともにこの当時のフェラーリで闘ったクレイ・レガッツォーニの車だ。1975年だ。

エンジンの試運転がはじまる。煙と匂いがただよう。時代を超えて、豪快なエンジン音が私のいる空間に響く。ええと、私はここに居てていいんですよね? そればっかり頭によぎる。

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動画も撮ってみた。

なんだこの、贅沢な時空間。

テスト走行の時間がはじまり、時間割にしたがってそれぞれのカテゴリーのマシンが走って行く。
そんなわけでグループCカーが野太い音とともにコースに出て行き、メインストレートに戻ってくる。

そしてそれをピットウォールにへばりついて見届け、爆音につつまれている。
ええと、ほんとに、ここに居ていいんでしょうか、危険といえば危険な場所なんですけど!?

そして着々とフェラーリF1が整備されていき・・・
誰が運転するんだろうと思ったら、さっきまで整備していたおじさん、ガレージの隅で着替えをはじめて、まさかのレーシングスーツ姿に。
いやー、このへんの、なんというか、アバウトな展開に、笑えてきた。

こうして発車準備が整い、ガレージ内にエンジン音が轟き、スタッフの兄さんが1人で後ろからマシンを押すのだが、ここまでくるともはや私も一緒に手を貸して押そうかというぐらいの勢いになっていたが、ガマンして動画を撮るほうを選んだ。

そんなわけで、この日私はひさしぶりにF1マシンにとっぷりと浸かって、なんともいえない充実感を味わった。
間違いなく翌年のスケジュールや来日マシンを確認していることだろう。そうか、現役のF1レースではなく、私はもはやクラシックカー趣味みたいなもので、こういう方面でF1を追ってもいいのだとあらためて実感した。

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テンション高まって自撮りもするわな、この場所だと。

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またこういう光景を見たいと思う!

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2017.01.02

『広辞苑』一冊あればできるゲーム「たほいや」で遊んでみた

ボードゲームフリークのbayashi氏らの賛同を得て、前からやってみたかったゲーム「たほいや」を今回はじめてプレイしてみる。

「たほいや」とは、『広辞苑』のような辞書一冊と、紙とペンがあればできる遊びなのである。
90年代にフジテレビの深夜番組で、このゲームをそのまま番組にしたこともあり、その道では知られたゲームである。

ウィキペディアで紹介されているルールに少し加筆してみたが、こういう流れである。

1.親を決める。

2.親は、辞書の中から誰も知らなさそうな単語を探し、それをひらがなで書いて他の人に提示する。もしその単語を知っている人がいたら、その人は別の単語を要求することができる。

3.子は、提示された単語の意味を考えて親に渡す。(つまり、ニセの回答を創意考案する)

4.全員の解答が集まったら、親は辞書の定義も含めた解答を読み上げる。誰がどの解答を書いたかは親以外わからない。

5.子は、親が読み上げた解答の内、正しい意味(つまり広辞苑に載っている意味)と思う物に1~3枚のチップを賭ける。
先に賭ける枚数のみを提示する。
次に、子の全員が同時に、どれに賭けるかを提示する。
親は正解を発表し、清算する。正解者は、賭けた枚数と同じ数のチップを親から受け取る。不正解者は、賭けたチップを選択した解答を書いた人に払い、さらに親に1枚チップを払う。全員が親を務めたら1ゲーム終了。チップの多い人が勝者となる。

YouTubeでも当時のフジテレビの番組がいろいろアップされてて、観てると自分たちもやりたくなるのである。
↓この動画はルール説明に特化して作られたバージョン。

なにより、このときの子の参加者が「書きそうなニセ回答」がどれかも、その人の個性やパーソナリティーから推測していくこともポイントである。

ちなみになぜこのゲームが「たほいや」と呼ばれるのかというと、このゲームが日本に紹介された頃に行われたときの「たほいや」という出題ワードのインパクトが大きく、日本ではその言葉がゲームの名前そのものになったと言われている。(「たほいや」は、イノシシを追うための小屋のことらしい)

というわけで、今回の最初の出題をタテーシが親としてやらせていただいた。
『広辞苑』から、誰も知らなさそうな単語を探す作業がわりと大変で、でもそれなりに「何コレ・・・」という単語があることは、ある。
というわけで、最初の出題はこれにした。
ばるかろーら」。

このとき参加者のみんなが作った選択肢を、『広辞苑』の正解も含めて紹介する。

1.ヴェネツィアのゴンドラの船頭歌。
2.中世の鍵盤楽器。主にオペラに用いられた。
3.スペイン、コルエディーラ地方の大衆居酒屋。
4.19世紀ヨーロッパの著名な物理学者。

・・・というわけで、いきなり参加者それぞれにかなりのセンスを発揮し、どれもありそうな回答が見事にそろった。この「いかにも辞書でこういう説明しそう」な回答を自分なりに「でっちあげる」ことが面白い。
 ちなみに、この選択肢で『広辞苑』による正解は「1」である。このうち「3」をでっちあげたのはtoyotti氏だが、「バル(スペインの居酒屋)+カローラ(家族)」と考えて、大衆居酒屋というイメージを思いついたとのこと。それにしてもコルエディーラ地方って!?(笑)

あともうひとつ自分が出題したなかで
かりんが
というのがあるのだが、

1.南米発祥の武術。(toyotti氏)
2.古代インドの国名。(正解)
3.ブラジルの都市名。(S氏)
4.仏教における台座。仏の座。(bayashi氏)

なんて結果になり、見事に「ブラジル南米系」と「インド仏教系」に答えが似通って、言葉のもつ響きなどがもたらすインスピレーションの面白さを感じさせた。

他にも紹介すると、

しゃなーい」(出題・bayashi氏)
1.古代エジプトの神。(S氏)
2.チベット仏教における法典の一つ。(タテーシ)
3.アラビア政治における刑吏官。(toyotti氏)
4.北インドの管楽器。(正解)

 これなんかも、すごくみんな似通っていておもしろかった。

もろがいな」(出題・S氏)
1.主におしどり夫婦を言う表現。(toyotti氏)
2.熱帯地方の浅瀬に群生する海藻の一種。(タテーシ)
3.鉱物。ケイ硝石。(bayashi氏)
4.左右の腕のこと。(正解)

 このとき、子としての私は正解が「3」だと疑わなかったが、「ケイ硝石」っていう言葉もこのときbayashi氏がまったくのでっち上げで作った概念だったのであった・・・

おっつかっつ」(出題・toyotti氏)
1.九州地方に伝わる祭り。(S氏)
2.東北地方の方言。漁師が獲物を取り逃がすさま。(タテーシ)
3.九州地方の方言。ほどんど、ほぼ。(bayashi氏)
4.優劣の無いこと。同じ程度であるさま。(正解)

 九州か東北の方言、とそれぞれの子たちが考えたのが興味深いパターン。

他の出題については割愛するが、いずれにせよ初めてプレイした印象として「シンプルながら、すげー面白い!!」ということだった。なによりこれは「言葉遊び」という意味では教育的にも有益なゲームであるし、調べると実際に授業に取り入れている大学の先生もいるようだ。

あとbayashi氏が言っていたのは、たとえば普段からボードゲームに子どもと親しんでおくと、もし万が一、災害などで長時間の避難生活を余儀なくされた場合、日常生活と同じような状況をできるだけ保って遊びの時間を設けることができ、子どものストレス軽減にも役立つであろうということだ(電気も使わないので、ボードゲームは最適だ)。例えばこの「たほいや」の場合は、まさに辞書と紙とペンさえあればできる遊びということで、「持ちネタ」として知っておくことが役立つかもしれない。

というわけで、ぜひ今後も折を見て「たほいや」で遊んでみたいので、ぜひ興味を持った方はお声がけいただきたい。今回の機会に私は『広辞苑』を買って持っているので(笑)


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2017.01.01

今年もよろしくお願いします。

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2016.12.26

乾物屋スモール(大阪・高槻)に行ってみよう

以前も紹介した『スロウダウン』というフリーペーパーをつくっていた大学時代の後輩のまぁこ嬢が、旦那さんとともに高槻に古民家を買い取り、そこを改造して乾物屋「スモール」を10月にオープンさせた。
出来上がる直前、1日だけ自分もお店の壁の漆喰塗りを手伝わせてもらった。「こんなシロートが漆喰塗って大丈夫ですか」と思ったが、やってみると楽しくて、こうしていろんな人の手でDIY的にお店が出来上がることが面白くもあった。

オープン直後に訪れた写真がこちら。

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『スロウダウン』のなかでも、食べ物を大切にこだわって作っているさまざまな生産者の人への詳細なインタビューやレポートが書かれているが、そうしたつながりのなかで出会ってきた人々との関わりがこんどはお店の形になって、こうして我々が実際に購入できる場を作ったのであった。

お店のホームページは(こちら)。

そしてお店の場所が確かに分かりにくい。
ホームページではJR高槻駅からのバス利用の行き方が紹介されている。
JR高槻駅北乗り場②塚脇・下の口行きに乗車し、「塚脇」下車。約15分。
 バス停を降りたら、道路を反対側に渡って、バスの進行方向と逆にしばらく歩く。
 田んぼを左側に見ながら、その田んぼが終わったところを左折。
 右手に小さな坂道(服部連塚の表示があるところ)をしばらく登っていく。
 服部連塚の矢印の方(右折)に進み、つき当たりの白い家のところを左折。
 右手の角の家がスモールです。
 ぐるっと回ると入り口があります。

とのことで、「服部連塚」というのは小さい古墳のこと(こちら)。
そこで私なりにグーグルマップで文字を追加した地図はこちら。

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(クリックしたら大きくなります)

で、当初は私はここよりもちょっと西側の路地に迷い込んだのだが、かなり独特の面白い雰囲気をただよわせているエリアだったので、むしろ「さんざん迷ったほうが面白いぞ!」とオススメしたい気分であった。

営業時間11:00-18:00
日・祝・月 定休とのこと。

いろんなワークショップやイベントも実施されているので、自分もいつかここで何かやってみたい。

ここを訪れるお客さんには、まさに雰囲気はスモールだけど志のおおきい、ポジティブなエネルギーに満ちたまぁこ嬢と、食の安全やいろんなお話を楽しんで欲しいと思う!


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2016.12.13

たわわちゃんがすきだ

京都タワーのマスコットキャラ、たわわちゃんが好きだ。

自分のなかにあるある種の「ツボ」をついてくる、あの顔。

LINEでも私はたわわちゃんスタンプを多用している。

Tawawaline

そうしたら先日、同僚のTRO氏が「たわわちゃんのLINEスタンプ使ってますよね?」と言ってやってきて、そこには見知らぬ人が二人・・・京都タワーホテルの営業の方々だった。

営業の人から、ものすごく感謝される。
つい私も、「あのスタンプは安すぎる」
「マニアはちょっと高くてもお金を払う」
「ぜひ続編を作って」
と、調子に乗って言いまくってしまった。

そして営業さんから、たわわちゃんのチャーム付きボールペンをいただく(笑)

僕も来年には40歳になるんだけど、最近そういうのは本当にどうでもいいなーって思うようにしている。


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2016.12.07

黒沢健一、ありがとう

 出張で、梅田のとあるビルの一室にたどりつき、ブラインドの隙間から見える大阪の街を眺めながらぼんやり座っていた。

 そのとき、かつて高校3年のときに組んだバンドメンバーのLINEグループ宛てにボーカルのK奈から書き込みがあって、

「黒沢健一、ありがとう」

とあって、
すべてを察した。


つらいなぁ、いろいろと。

さいきん。


早すぎる死に黙祷。

みんなでL⇔Rの曲をたくさん練習した1995年の記憶とともに。

個人的にはこの一曲。


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2016.12.05

ロンドン地下鉄の案内掲示板の名言の数々がすごい

ちょっと前にツイッターで回ってきた下の画像に、とても感じ入った。
ロンドンの地下鉄にある案内掲示板、いつもはたいてい路線の遅延情報とか工事中とかの細かい情報が手書きで書かれる場所ではあるが、何もないときは空欄になるわけで。

Londonquote

今すぐ止めるべき5つの事

1.全ての人を喜ばそうと頑張る
2.変化を恐れる
3.過去に縛られ、拘り、抜け出さない
4.自分を卑下、自己評価を下げる
5.考えすぎ思考

やー、これ全部やってしまいがちで、とても時期的にもタイミング的にグササササときたわけである。
なので別途自分のPCにもこの画像を保存させていただき、時折チェックしていた。

で、この写真を紹介したmotoko gram @momogramoさんは他にも同様の事例を紹介していたようで、まとめサイトで紹介されているのが、これまたどれもグササササである。
こちら)のサイトをぜひ!!

こういう言葉を掲示板のうえで表現できるような社会って、素敵だと素朴に思う。
駅の改札って、誰しもが足早に来ては去って行く場所ではあるけれど、そこでふと思考や意識を立ち止まらせて、こういう言葉に触れる瞬間をクリエイトしていくのは、オシャレだ。生きざまとして。

このサイトの途中で紹介されている「この駅は8:15~9:15の間は最も混雑します。」で始まる案内って、オフィシャルに印刷されたメッセージなのだが、なんだよこの「ゆとりユーモア精神」は。堂々とシレッと、面白くかつ皮肉っぽく表現されたメッセージ・・・そしてこの文章はお客に向かって述べつつも、読みようによってはそこで働く駅員自身にも向けられているような味わいもあり、深い。嫉妬すら沸き起こる(笑)

この裏側で思うのは、日本で最近起こった、電車の遅延に腹を立てた乗客が駅員さんに詰め寄って、いたたまれなくなった駅員さんが線路に飛び降りた事件だが・・・なんだか、何かが根本でおかしくなっている気がする。
怒鳴る客も、飛び降りる駅員も、なんだか・・・痛々しいほどにセンスが、ない。どうしたらいいのか。

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2016.11.27

ポッドキャスト『Harukana Show』で村上春樹の訳した『グレート・ギャツビー』について語りました

イリノイ州アーバナシャンペンからお送りするポッドキャスト「ハルカナショー」、No.297, Nov.25, 2016 「秋の夜長、村上春樹の世界観にふれるwith Tateishi」ということで、最近のマイブームを話そうと思って、このブログに書きそびれたままのネタ、村上春樹が訳したスコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』の話をさせていただく。

ポッドキャストは(こちら)より。

最近はまったく村上春樹を読んでないのだけど、高校時代に集中的に読んでいた時期があって、その延長で『グレート・ギャツビー』も当時の翻訳で読んだけど、なんかさっぱりで、でも書き出しと結論の部分の美しさは確かに印象が残っていた・・・という作品だった。村上春樹がもっとも好きな小説として挙げていて「老後の楽しみとしていつか翻訳する」と何かのエッセイで書いていて、それがいつのまにか10年前ぐらいに早々に出版されていたことを知りちょっと驚いて、ずっと気になっていて、最近ようやく手を出した・・・という顛末。

装丁に関してはこっちの下のほうの廉価版?のバージョンのほうが断然好みなんだけど、なぜかAmazonではこのバージョンが表示されない。
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ちなみにこの一連の翻訳シリーズは和田誠氏による他の装丁も絶妙にツボな写真を使っていてすごく好き。
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作家にしろミュージシャンにしろ、その本人が強く影響を受けた大好きなアーティストの作品にたいしてカバーをしてみたりオマージュを捧げたりするのはすごく興味深いもので、たとえば個人的にすぐ思いつくのはローリング・ストーンズがカバーするロバート・ジョンソンの『Love in vain』とか、「この曲本当に大好きなんです濃度」の高まりが素敵すぎて(あ、このブログの左端の下のほうに表示してる、好きな音楽動画を集めた中にも未だにアップしていますが)、もはや原曲よりもさらに違う味わいを放っていて、いろんなライヴ音源とかをネットでいろいろ探したくなる。アーティストによる「一方的な思い入れ、片思いっぷり」みたいな情熱を本家に向けて捧げていくそのテンション、私は好きである。

とにかく、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』ですよ。村上春樹が作家人生を賭けて最大限の愛情を込めて必死に翻訳した文章が面白くないわけがなくて、文章表現として何を読者に示して、どこで会話文を入れて、どこで情景描写を行って、どこまで言葉で説明するか/あるいは説明しないのかといった独特のバランス感、立体感というか・・・村上春樹は「テクスチャー」などと表現しているけれど、そういう「ある種の感触」が絶妙で、たしかに村上春樹がこの小説の魅力を力説するだけのことはある気がした。他のところで村上春樹は「文体とは乗り物みたいなもの」と書いていたことが印象的でずっと覚えているのだが、今回の翻訳を読んで、あらためて「読者を乗せて運ぶ」という概念を考え抜いていくことが文章を組み立てていくうえでの重要なポイントなのだと実感。

で、そうしたフィッツジェラルドなどの文学者を見出して編集者として支えたマックス・パーキンズの評伝を今読んでいるところで、例えばこの『グレート・ギャツビー』の完成までをパーキンズがどのようにオーガナイズして軌道修正させていったかなどのエピソードがすごく興味深かったり。
この本を原作として作られた映画で、今年たまたま日本で公開されている『ベストセラー:編集者パーキンズに捧ぐ』を見逃したことを後悔していたのだが、よくみたら関西では1月にも京都シネマとかでやるみたいで、ありがたい。

しかしこの映画版の主軸である肝心の作家トマス・ウルフの本って日本でなかなか手軽には手に入らないのが謎。古本でやたら高値になってる。


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