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2005.11.21

二宮金次郎のデール・カーネギー的解釈

kinjirou

二宮金次郎。
小学校の校庭に銅像があった、という人も多かろう。
「勤勉の大切さ」を広く啓蒙している銅像である。
また、この像が設置されることについてはいろいろな歴史的背景もあるようで、それなりに多様な読みができるテクストでもある。

そんな二宮金次郎像であるが、かの『道は開ける』のデール・カーネギーっぽく捉えてみると、このようにも言えるのではないだろうか。

二宮金次郎は、労働における疲労を、精神的活動で克服しようとする試みを体現しているのではないか

というわけで、この過酷な労働の疲れをまぎらわすために勉学にいそしむという行為が、疲労に対する克服となりえるんじゃないか、という私なりの説である。

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Comments

何か過酷な労働をした後のような文章ですね。(笑)

Posted by: MSK | 2005.11.21 13:06

ほら!あの喫茶店の伝票に書いてあったじゃん。
精神的疲労は肉体的に癒せ。
肉体的疲労は精神的に癒せ。
とかなんとか。

Posted by: まつもと | 2005.11.21 15:11

MSK>や、昨日のことはぜんぜん考慮しないで書いた記事です(笑)。でもたしかに昨日もあてはまると思います。なんせ、笑えることもたくさんあって、楽しかったわけです。おかげで充実した一日でしたよ。

まつもと>シュベール!(笑) そこでシュベールが出てくるのはさすが。まったく考えもしなかったです。

Posted by: タテーシ | 2005.11.21 22:56

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