生きざまの伝承
昨日の記事で「もう寝ます」といっておきながら、結局その日は、なかなか眠れなかった。
というのも、つい寝る前のクセでスカパーをつけたら、たまたまイングランドのFAカップの5回戦、チェルシー対コルチェスター・ユナイテッド戦が生中継されていたのである。
だが、その事実だけだと、たいして問題ではなかった・・・最近は、サッカー中継をきっちり観戦することに慎重になっていて、よほどのゲームじゃないと観る気が起こらない状態が続いていた。というわけで、先だっての日本代表の2試合も、まったく観ていなかった。(実は小笠原の50メートルゴールがどんなのだったか、まだニュース映像でも観ていないぐらいだ)
で、世界最古のカップトーナメントであるFAカップは、リーグ戦とはちがい、イングランド全土でサッカー協会に加盟する大小すべてのサッカーチームが参加するというのがポイントだ。なので昨日のように、国内トップリーグを首位で独走する世界的強豪チーム・チェルシーと、かたや3部リーグに相当する、名もなき地方チームのコルチェスターが、たまたまトーナメントで対戦するようなことがよく起こる。
なぜそんな試合がわざわざこの日の生中継に選ばれたのかは分からない。チェルシーと3部リーグのチームの対戦なら、チェルシーが勝つに決まっているだろう・・・ということで、しばらく試合を見たあとは、すぐに眠りにつくつもりだった。
しかし、私はサッカーを、そしてイングランドを、FAカップを、甘くみていた。
「もうしわけありません」としか、いいようがない。
端的に言うと、この試合、チェルシーは試合終了10分前まで、「完全にコルチェスターにやられていた」試合だった。結果として3-1で勝利したものの、後半30分まで、1-1のドローのままだった。
トーナメント戦なので、一発勝負。引き分けなら後日再試合。その場合、今度はコルチェスターのホームスタジアムにチェルシーが乗り込んで試合をせねばならなかっただろう。ただでさえ過密日程で疲れがたまっているため、余計な試合数を減らしたいチェルシーの面々は、この試合に勝てて心からホッとしたであろう。
私は、結局この試合が終るまで、テレビから目が離せなかった。
そして正直にいうと、この夜はコルチェスターを応援していた。
そしてもっと正直にいうと、サッカーの試合を見ながら涙が出そうになったのは、実に久しぶりだった。
あらためて痛感した。なぜ、イングランドでは、他の欧州各国とは違い、通常のリーグ戦だけでなく、この「FAカップ」が非常に重要視されているかを。
トップリーグの有力チームにとっては、ただでさえ過密日程のなか、わざわざFAカップで格下の相手と試合をすることが煩わしいとさえ思うこともあるだろう。しかし、そんな気持ちではイングランド・フットボールで生きていくことはできないのである。
というのも、イングランドのサッカーは、FAカップの名の下で、こうした格の異なるチームによる「大番狂わせ」という名の「死闘」を何度も体験してきているからだ。そしてそんな「死闘の歴史」がチームや選手やサポーターに蓄積されてきたことによって、イングランド・フットボールの精神が形作られてきたともいえるからだ。
だから、イングランドでは絶対に、手を抜いたプレーが許されない。
決して、決して、最後まであきらめてはいけない。
そしてどんな状況でも、全力で走ること。
ただし、いかなる状況でも、常に紳士的プレーを固持すること。
これらの精神を守れない選手には、味方サポーターであっても、容赦ない野次が飛ぶ。
私が他の国ではなく、イングランドに、そしてこの国のサッカーに魅了される理由はそこにつきる。
なのでイングランドの人々は、毎年FAカップで必ずといっていいほど起こる昨日のような「死闘」の試合を通して、あらためて彼らの築き上げてきた「生きざま」を、再確認しながら生き続けてきたのではないだろうか、と思い至った。
コルチェスターは、あきらめなかった。チェルシーを倒そうとしていた。それができる、と信じていた。
最後まで、実によく攻めた。よく走った。そして、ドロドロになりながら、なんども危ないシュートを体で止めた。
チェルシーのホームスタジアムに乗り込んできた、6000人のコルチェスターのサポーターの、一点を凝視し、祈るような表情に、何度もしびれた。
やがてついに均衡が破れ、チェルシーがのこり数分で2点目を決めたあと、カメラがとらえたコルチェスターの少年サポーターの映像・・・全身の力が抜けたように、茫然自失となり、蒼白した顔・・・そしてとなりに座る祖母が何かを訴え続けるかのように笑顔で抱きしめていて・・・そこにあるのは、100年ちかくこの国で繰り返されてきた、チームの大きさやランクとは無関係の、ただひたすら、フットボールという営みがもたらす、「生きざまの伝承」だった。
あきらめないこと、自分を信じること、走り続けること、と同時に、仲間を敬い、闘っている相手を尊重すること・・・
« マイ・シャローナ! | Main | 青木功に学ぼう »
Comments
なっげー!(笑)
サッカーの内容も感動したけど、こんなに書けるのに感動した。
パソコンはやばいっすよ。
見てもらった人に、病気の患者に例えれば、「これが明日だったら、あなたの命は危なかったです。」
という状態ですね。
なんか、駆除できなかったらしいウィルスの数が。
Posted by: かほり | 2006.02.20 23:15
じつは、自分ではそんなに長い文章だとは思っていないので(笑)、すいません、読者に負担を強いるブログで・・・(笑)
Posted by: タテーシ | 2006.02.21 21:23