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2006.07.10

あえてジダンの頭突きをリスペクトする

不覚にも、再び熱がぶりかえして、またしても週末に臥す。
予定をすべてキャンセルし、多方面に迷惑をかける。

そんな状況だったので、ついにW杯の決勝戦が遠いドイツの地で行われつつあるときも、グッスリ寝ていた。
で、たまたま起きたら、案の定延長戦にもつれこんでいた。

そんな視聴者がいうのもなんだが。

今回のジダンの頭突きを、あえてリスペクトしておきたい。

新聞には「愚かな結末」とか書かれているが、
そうじゃないのだ。

あの頭突きは、「ロック精神」として考えると、偉業なのである。
ジダンは、「ロックンロール」だったんだ。
そのことに気づかせてくれたのだ。

考えてもみてほしい。
世界最高のテクニック、エレガントなプレースタイルをもち、栄光のキャリアを歩んできたジダン。
1998年、自国開催のW杯でフランスを初優勝に導いたジダン。
いったんは代表を引退するが、再び2006年の代表のために復帰し、「W杯で現役を引退する」と宣言。
すると、現役最後の試合が、なんとW杯の決勝戦という大舞台。
この映画のような展開に、私は思わずブログで「このW杯は、まるで大会まるごとが“ジダン引退記念イベント”化してきている」と書こうかとすら思っていたほどだ。あらゆる人々を巻き込んで、自分の花道としてすべて飲み込んでしまう。これがスーパースターというものか! と。

しかし、それを一瞬で「すべて無」にしてしまう、その破壊力。
まさにそれは、ロックンロールではないか。
僕らが最近、忘れがちなスピリッツ。

たしかに、「サッカー選手として許される行為ではなかった」といえる。フランスの監督もそうコメントしていた。
しかし、一方でこう思う。「その瞬間」に、まさにサッカー選手としての「人生」が終ってしまう状況下の人間に、そのようなブレーキが何の意味を持つというのだ。
「目の前の敵に、一発くらわせる」。
この、初期衝動。
人類が太古から引き継いできた、あの衝動。
勝利への情熱とか向上心とか名声とか業績とか、何よりフランス代表としての責任とかファンとかチームメイトとか家族とか、そういう人々の想いや責務をたくさんたずさえて生きていながら、そう、その「衝動」によって、すべてを「無」にできる。
あの瞬間、ジダンは本当の意味で「サッカー選手」から、「ひとりの人間」に還ってきた、そういう儀式でもあったんじゃないか。手や足ではなく、よりによってあの特徴的な頭で、自らのサッカー人生のラスト・プレイを飾る。あぁ、ロックだ。ロック魂だ。ワールドカップそのものには、人生において何の価値もないんだっていうことを歌い上げたかのような。
そういう衝動は、もっと今の時代に見直されてもいい。

<だからといって、サッカーの試合でどんどん頭突きせよ、ファールせよ、といっている文章ではないからな。あくまでもジダンの文脈のように、そのプレイが人生の最後の瞬間になる、というぐらいの覚悟があってはじめて成立する“ロック魂”だからな。>

かつて、初期の「ハウ」にも、同じように「ロック魂」について書いたことがある。
そして奇しくも、そのときネタにしたクリントン元大統領が、先日のW杯の会場近くに突然出没し、お客とともに戯れ出して、場が騒然となるというハプニングが報じられていたところだった。かつてクリントンは、来日したときも似たような「ゲリラ戦」をかまして、ニュースのネタになっていた。
「さすがクリントン、危険を顧みない“ゲリラ・ライヴ”的ロック魂は、健在か!?」と微笑んでいたところであったが。
いやはや。類は友を呼ぶのか。
偉大なロックンローラーが、このドイツ大会を締めくくってくれた。
なんせ、大会MVPは、それでもジダンが獲得しちゃったんだもんな。さすがだ。もう言うことない、ロックの帝王だ。

そんなジダンに、youtubeでみつけた映像を捧げたい。
1985年の元祖ライヴ・エイドで、若き日のU2が「BAD」を演奏したときのシーン。
日本の学生服を着た(!)ボノが、興奮のあまり客席のところまで降りていって、女性と踊るパフォーマンスをやらかして、会場をなんだかよくわからない状況に陥れさせて・・・
あとで関係者にむちゃくちゃ怒られたという伝説の名演(笑)。Badbono
(映像はこちら

その後ボノは「なんであんなことしたか分からない」とか言っていた記憶があるのだが、それはそうとしても、大事にしましょう、衝動は。ええ。

ひとりの行為が、ひとりのシャウトが、ひとつのシーンが、多くの人々にふれ、いろんな思念や議論や当惑をまきおこす。
これこそロックの本質。

あぁ、今回のワールドカップのまとめがこんな風になるなんて、まったく予想だにしなかったが。
僕はとにかく、ジダンにやられた。それだけだ。
そのロック魂に、リスペクト。

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Comments

私もサッカー観戦初心者ながら、ジダンの最後はかっこよかった、と思う。

あれこそが、まさしくスターの姿なのだと。
自分の気持ちをサッカーのプレイで表現すること、チームの勝敗にはひびいたのかもしれないけれど、本来の人間のあるべき姿をスターが表現することがどれだけのことか。

正直、もっと見たいですよね。年齢をかさねることによくなる選手が増えてほしいっす。

Posted by: かほり | 2006.07.11 at 05:52

あえてリスペクト。賛成です。。
ただ、ジダンの頭のテッペンにホコリが付いていたのが、マイナス・・・・・。ボウズはシルエットが大事なのに・・・。笑
しかし、やっちゃいましたね!
深く礼をしただけなのにね!
礼に始まり、礼で終わりましたね!!

Posted by: 店長です。。 | 2006.07.13 at 13:41

「仕事は出来るけど、人間の腐ってる奴」
何度殴りたいと思ったことでしょう。
これから、そんな場面に出くわした時は
ロッカーなジダンを思い出して、溜飲を下げとうございますw

Posted by: まつもと | 2006.07.13 at 21:37

かほりさん>そうなんです、年をとるごとにうまくなる選手って、ジダンはまさにそうでしたね。もはや頭突きも、エレガントなプレーの一部のような。

店長さま>さすが、目の付け所がプロなんですねぇ(笑)ホコリついてましたか・・・シルエットですか・・・(笑)
や、たしかに礼にはじまり礼で終ったのは、見事だったのかもしれません。

まつもとさま>あなたなら、できる。

Posted by: タテーシ | 2006.07.13 at 22:47

確かにロックだね。いろんなもの全部道連れだもの。まっぴらなんだろね。言ったほうも言われた方も含めりゃヨーロッパを道連れか。結構深刻かも

Posted by: isaac | 2006.07.13 at 23:21

ロックにおける「道連れ」といえば、クイーンの『地獄へ道づれ』を思い出しました。
関係ないけど今日「ドイツ・ロックの世界」という本が心斎橋で平積みになっていましたよ。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4861100747/503-2661321-5033541?v=glance&n=465392

Posted by: タテーシ | 2006.07.15 at 22:00

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