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August 2006

2006.08.31

ふいー

どうしても書くネタが思いつかないので、こういう日はだまって狼狽でもしておきます。

思いつく限りのことをダラダラと。

どなたか「スカイプ」をすでに取り入れている人いますか。
気がつけば、パソコンでできることって異様なほどに発達しているんだな、と感じます。

お気づきの通り、このブログへのトラックバックに、最近やたらスパムが多い。
携帯への迷惑メールならまだ許せるので、たのむからそっちに向けてやってください。
ブログの管理って面倒くさいんですって。

今日の帰り道、いつも利用する近鉄向島駅の前に、ローソンがあたらしくオープンすることを知った。青い看板が夜空に光っていて、「あぁ・・・」と思った。もはや新しいコンビニができるたびに、僕らは確実に何かを失っていくような気がする。
だけどそれ以上に気がかりだったのは、行きがけにこの駅を降りたときは、ローソンの存在をまったく認識していなかったことだ。いつの間にローソン、そしてなぜ気づかなかった俺。

いしわたり淳治のブログ「キホンザベーシック」が開設1周年とのこと。
僕は、いろんな意味で影響を受けやすいタチなので、いつの間にかブログの書き方を彼の文書っぽくしてしまいがちになるのが最近の悩み。
あの独特の感性は、ちょっと憧れです。バランス感がほどよく、いい。
ギタリストが詩も書いていたというより、詩人がギター弾いていたんだな、と。

文具や雑貨を買うなら、ここ以外ありえないというぐらいいつも素敵なお店、「サラの樹」が早いものでもうすぐ4周年になる。今日すてきなお手紙をいただいた。9月はセールだそうで。
この「サラの樹」は、京都の四条通にあるスターバックスの角を南に少しいったところにある。ちなみにこのお店の名刺に記載されている地図には、スターバックスの存在が描かれていない。これは名刺を作ったデザイナーの人が、「あんな資源のムダ使いばかりする企業なんて載せたくない」という理由でそうなったらしい。その姿勢はナイスだが、そんな意固地な理由を受け入れた店長さんもすごいと思う。

友人のU氏が、ちょっとまえに起こった中国の化学工場の爆発騒ぎのその後が気になる、といっていて、有毒物質が大量に河川に流れ込んで、ロシアおよび日本のほうにも影響が今後でるだろう、という時点でニュース報道が終わっているとのこと。「つづきはどうなったんだ」というこちらの願いは、結局のところ視聴率競争のなかで、誰かのさじ加減如何によってでしか受け取ることができないというのが、相変わらずなんともいえない。

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2006.08.30

ザ・ポリスの永遠の謎

ザ・ポリス。

Policeregatta


さっき帰り道に、ポリスの曲を聴きながら、あらためて「ポリスの謎」に思いをはせていた。

というのも、私の愛聴盤に、ポリスの「LIVE!」というライヴ盤があるのだが、

Policelive

これは2枚組で、片方が駆け出しの頃のアメリカツアーの音源、そしてもう片方が、「解散直前のライヴ」の音源となっている。

で、この両方のライヴ音源に、同じ『So lonely』という名曲が入っているのだが、この2つのテイクを聞き比べると、あきらかに初期のライヴのときのほうが、ギターのアンディ・サマーズの演奏がノリノリでアグレッシヴでかっこいいのである。ソロパートなんて、縦横無尽といった感じで、初めて聴いたときは心底びっくりした。

解散直前のライヴでは、もはやアンディ・サマーズはスティングの引き立て役のような、なんとなく地味なプレイに終始している。全体的にポリスの人気が出れば出るほど、あまりギターの音って目立っていない気がする。謎だ。

たしかに、あんな派手でかっこよくて傍若無人なベース&ボーカリストがグイグイ前面で飛び跳ねていたら、ギタリストはさぞかし仕事がやりにくかったかもしれない。「ライヴ開演前乱闘事件」という逸話があるぐらいのバンドだ、あの3人組にはいろいろな意味での張り詰めたテンションがあったのかもしれない。

しかしそれにしてもだ、あの初期ライヴ盤の、あのアンディ・サマーズの水を得た魚のような伸びやかなギターワークを耳にすると、「あんた、ホントはすげーー熱いギタリストなんじゃないかよ!? スティング食ってるよ!」といいたくなる。アンディ・サマーズ再評価である。

いま気になったので、youtubeで調べたら、ちょうど解散直前のときの「シンクロニシティ・ツアー」のライヴ演奏がアップされていた。(こちら
でもこのバンドを映像でみると、最終的にはいつも「やっぱドラムが一番すごいよな」となる。手足長すぎ!

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2006.08.29

ハンカチのゆくえ

昨日の続きのような話になるが。

みなさんもお感じの通り、「斉藤投手の青いハンカチ」は、もはや「ジダンの頭突き」と同じなのである。
必要以上の意味が付いてまわることになるのだ。
しかも決勝再試合、さらに最後の最後まで激闘だった、という稀有なまでに盛り上がった大会として記録に残る以上、その「意味」の重さもポイントだ。

たとえば、次回以降の甲子園において、きっと「ゲンかつぎ」として、いくつかの出場校は、選手たちにハンカチで汗を拭かせるかもしれない。
あの行為は、その清潔感ゆえに、非常に教育的でもあるので、かなりの確率で模倣されるような気がする。
(たしか女子マラソンでも、「路上にツバを吐くのはみっともない」ということで、レースにハンカチを携帯して、そのつどそこにツバを捨てていた外国人選手がいた)

ハンカチで汗を拭かせる高校が増えると、そのぶん、“ハンカチ実施校”が優勝する可能性が高まり、そういうケースが増えると、もはや「高校野球=甲子園=ゲンかつぎ=青いハンカチーフ」というのが定番になるかもしれないのだ。

なんせ、甲子園ではすでに「負けたチームは、甲子園の土を持って帰る」という、ほとんど規則のような慣わしがある。あれも私の知る限りでは、最初にやったのはだいぶ初期の頃の話で、たしか内野手の選手が、自分の守っていた塁のちかくの砂を記念に持ち帰ったのがはじまりだったはずだ。
まるで「百匹目のサル現象」のようではあるが、そういうきっかけなどはもはや忘れられて、当然のように今も甲子園の土は持って帰られる。

で、もうひとつ予測されるのは、これはかなり自信があるのだが、甲子園球場の「お土産コーナー」においては、来年きっと「出場校の名前入り青いハンカチ」が販売されるんじゃないか、ということだ。
そう、まさに「出場校名前入りペナント」と同じように、青いタオルハンカチにそれぞれの高校名が入っているわけで、早ければ次のセンバツにだって登場するに違いない。「幸運を呼ぶお土産」とかなんとかで。少なくともペナントよりも実用性が高く、かつ買いやすいお土産になるので、もし事前にそんなグッズがあると分かっていたら、「私のぶんも買ってきて!」とお願いされる人が多く、いくら作っても売れまくるような気がする。

「カチワリ氷」とか、阪神の応援のときの「7回ウラの風船とばし」も、よくよく考えたら「奇妙な慣わし」なのである。そんなわけで、これからは青いハンカチの動向が気になってくる。

もっと想像すると、たとえば下柳投手とかが
Simoyanagi
マウンドで青いハンカチを取り出すところとか、観てみたい。


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2006.08.28

あの青いハンカチが池内タオルだったら

斉藤投手の、あの青いハンカチが、「池内タオル社」のものだったら、と思う。
(実際は大阪の会社のものだったらしいが)

池内タオルとは、愛媛県にある会社で、
ここはすべて風力発電でタオルを製造するという、まことにエコロジカルでパンクな会社なのである。
ホームページは(こちら

「風で織るタオル」というコピーが、いい。

せっかくなんだし、斉藤くんよ、今度からここのタオルを使ってくれ。エコロジカル啓蒙活動のために。

僕もすでに2回ほどここでタオル購入しました。

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2006.08.27

海賊ラジオ

 最近、DIY文化の精神史をたどるAmy Spencerの「DIY: The Rise of Lo-Fi Culture」という本をひたすら読んでいるところなのだけれど、イギリスにおける海賊ラジオの話がでてきて、グァァァっと、とても熱い気持ちになったので、その勢いでここに記しておきたい。
 イギリスでは公共放送のBBCがあるのだが、この局はコンサバなラジオ番組しか放送しなかったため、当然ながら1960年代ごろから、若者文化において「(特にアメリカからの)あたらしい音楽」を欲する機運が高まるわけである。
 こうして自主制作の「海賊ラジオ局」を作るわけだが、それまで私はてっきり、それらの海賊ラジオ局というのは、普通に民家の軒先とかから電波を飛ばしていたのだろうと思い込んでいた。
 しかしこの本ではじめて知ったのだが、イギリスにおいて海賊ラジオをはじめるにあたって採用されたアイデアは、イギリスの領海を少し外れた国際水域まで船を出して、そこから電波を発信するというものだった。
 「船かよ!」と。
 このアイデアと、それを本当に実行してしまうバイタリティというものに、感じ入った。 
 いまやインターネットでネットラジオが誰でも発信できる時代になったわけだが。
 自分たちの届けたいメッセージや音楽を、ボートや船に託して海に乗り出すという、その当時の、どーしよーもなく熱い連中の心意気を思うと、グッとくる。

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2006.08.26

ある返答

今日、昼食をとっていた店にたまたま置いてあった本を読んでいてみつけた言葉。
2003年、ヨハネ・パウロ2世から、イラク戦争開戦について問われた際にブッシュ大統領が言い放ったコトバ。

どうか心配しないで下さい。われわれは素早く手際よくやりますから。

自作Tシャツにプリントする標語の候補にノミネートしました。

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2006.08.24

「イタリア人の彼」

私がお世話になっている先生は、私のある友人の名前が思い出せないときに、つい「あの、イタリア人の彼」と表現する。
先生も悪いなと思いつつも、もはや私の友人は、今後ともずっと「あのイタリア人の彼」かもしれない。

断っておくと、その友人は日本人であり、別にイタリアが好きでもなく、イタリアに行ったこともなく、イタリアとは直接に関係はない。

でも、先生のなかでは「イタリア人の彼」である。

私の記憶では、その原因を作ったのは完全に私のせいである。
ある日、私がその友人のことを話題にしたときに、どうしても先生は彼の名前だけでは顔を思い出せなかったので、ついうっかり「イタリア人っぽい顔をしたヤツです」とか苦し紛れに言ってみたのだが、通じるとは思わなかったその投げやりなパスが、なぜか見事に通って、先生が「ああ! あの彼ね!」となって、かなり笑えたことから起因する。

なので、いまでも彼は「イタリア人」として、しばしば我々の会話のなかで登場する。

もうしわけない。
という思いとともに、どこかしら、私には少しうらやましくもある。

なんというか、その友人とその先生をとりまく世界だけでは、彼は「イタリア人」という認識でいられるという面白みがあるからだ。そういう認識のされ方って、なかなかオツなところもないだろうか。
本人の属性とかとほとんど関係のない記号で示されるというのは、ちょっとオシャレにすら思える。

たとえば「ヒゲの彼」とか「モミアゲの彼」だと、その人の属性そのものを指すから、面白みがない。
「イタリア人の彼」というのは、たしかに属性として「イタリア人っぽい」というのを指していることになるのであるが、しかしその時点でかなり無理がある属性なので、したがって、実際には「イタリア人の彼」は、かなり突飛なイメージの結晶となる。

しいていえば、属性とまったく関係のない領域から、イメージが与えられたら、とてもオシャレなわけだ。
「ペーパータオルの彼」とか「黄金比率の彼」とか。
あぁ、よくわからなくなってきましたが。

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2006.08.23

ブックアートブックショップ

ふと
ネットサーフをしていたら、
ロンドンの、とある本屋さんにたどり着いた。

bookartbookshopというお店だ。

お店の外観はこんな感じらしい。

The_shop_2


街角にたたずむ、小粋な本屋さんといった風情だ。
この周辺の雰囲気も、私の好きなロンドン特有のにおいにつつまれているんだろう、と思う。
いつでも気軽に立ち寄りたい、そう思わせる本屋さんだ。

店内の様子もネットに掲載されている。

Panorama_1
(クリックすると拡大します)

あぁ、いいなぁ。この雰囲気。
ひとつひとつの本が笑っているかのような。
そもそもこの書店のウェブサイトにたどり着いたのは、ここではフリーペーパーやミニコミなどもたくさん手がけているからで、この写真をみてもその雰囲気がうかがえる。
作り手も読み手も、こういう空間を介して作品がやりとりされれば、それだけで素敵なコミュニケーションになっているんじゃないかと思う。

で、
私がこの書店についてもっとも感銘を受けたのが、
お店の場所を示す地図なのである。

これなのだ。

Bookmap_1


このアイデア。
参りました。

ほかのヨーロッパの国々はよく知らないけど、ここではどんな小さい通りにもすべて名前がつけられているわけだから、このようなデザインが可能になる。
もちろん、この意匠に似たものはすでにどこかでやりつくされているのかもしれないが、少なくとも私にとっては、はじめて接するデザインなので、感心した。

この地図をみた瞬間、ぜったい今度行ってみたい、と強く思った。
そうさせるエネルギーがある。

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2006.08.22

ジャンケンとディスプレイ

6月に私は自作パソコンをつくるべく、必要なパーツを買い揃えたわけだが、
そのなかでも液晶ディスプレイを入手した経緯が印象的だったので、ブログに書こうと思う。

ちょうどその日、私のパソコン・メンターであるMSK氏に同行をお願いして、あれこれとアドバイスをうけながら日本橋を回っていた。
そして、あまり目的もなく地下鉄駅の真上にある小さいパソコンショップに連れられたのだが、そこになにげなく貼られていたお知らせをよくみると、

Ekisho1

と、あった。
つまり、ジャンケン大会に勝てば、このディスプレイをこの値段で手に入れることができるわけだ。
ちなみに、我々がこの店にきたのは、ちょうどジャンケン大会の始まる30分ぐらい前。
つまり、タイミング的にはグッドであった。

しかし、私はこの時点で「ディスプレイは新品がいい」だの「黒いディスプレイがいい」だの、わがままな希望があった。
つまりかなりの出費を覚悟しており、ディスプレイに関しては長持ちするほうがいいと思うので、このような中古品に手を出すまでもない、と思っていた。
こうして、ただなんとなく店内をうろつきながら、MSK氏とともに中古品を鑑賞していた。

ただ、中古のディスプレイをいくつか見るうちに、「中古でも悪くないかな・・・IBMのディスプレイを、4980円で買えるのであれば、それはそれで非常にラッキーなのかもしれない・・・」という気分になってきた。

で、ちょうど時間も3時になるし、せっかくだから、ジャンケン大会にでてみたら? とMSK氏。
まぁ、これも何かのタイミングだろうし、やってみようかな、と思った。
しかし、狭い店内に、どこでどうやってジャンケン大会が行われるのかは、よくわからない。

そうすると、店員さんが、「いまから下のフロアでジャンケン大会をやります」と呼びかけにきた。
我々は3階のフロアにいたのだが、ジャンケン大会は、その下の2階のフロアでやるみたいだ。

「じゃあ、がんばって!」とMSK氏がいうのだが、
せっかくだから、少しでも勝つ可能性を高めるためには、チームプレーが必須と思い、MSK氏にも参加をお願いした。
こうして、即席ジャンケンチームが結成された。

このようなイベントで客をひきつけるのは、さすが日本橋のパソコンショップだ。
下のフロアには、ジャンケンであのディスプレイをゲットしようという客たちがひしめいているんだろう。
そう、ここは日本橋のど真ん中。きっと目ざといパソコンマニアたちが待ち構えているに違いない。

階段を下りて、さぁ、勝負だ!

Di_canio
「やったるでぇ!」











Ekisho2


「・・・・」。

店員さんが、今回の商品であるディスプレイの説明をはじめた。
返品は不可、ドットが1つだけ欠けている、などなど・・・
この時点で、私は笑いをこらえるのが大変だった。
もはや、ほとんど、手中にしているんじゃないのか、これ・・・

「はい、ではジャンケンをします!」

じゃーんけーん、ぽーん ・・・あいこ。(MSK氏のナイスアシスト)

じゃーんけーん、ぽーん ・・・あ、勝った。

Shearer3_1


というわけで、
店を出て、モニターを抱えて、
大笑い。
この後、我々は近所のマクドに入って、お互いの健闘を讃えあう。
MSK氏に「今日は来てくれてよかったよ・・・(パーツを買うために)背中を押してくれて、そして、ジャンケンで共に闘ってくれたことに」といったら、えらく笑っていた。

そんなことがあり、私はいま、4980円のディスプレイを使っている。
たしかに1ドットだけ欠けているが、もちろん気になるレベルではなく、それ以外においては、まったく文句のない画質。
こういうのもタイミングってやつだろうか。
ジャンケンに参加した、あの見知らぬおじさんには、ちょっと申し訳ない気分であるが。

Ekisho3
よろこんでます

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2006.08.21

『夜猫新聞』でました

奈良における夜の社交場、昭和レトロ雑貨「夜猫」から、ついに待望のフリーペーパーが創刊されました。
その名も『夜猫新聞』。
“夜猫学園”の新聞部、こけし嬢が編集長。
各部活動からの活動報告や、夜猫で開催されたこれまでのイベントをふりかえっています。
わら半紙に茶色のインクがおしゃれです。どこに置かれていても、まず手に取りたくなる風合いです。

ちなみに、わたくしも「ユースホステル部」として、「妄想世界旅行」というネタで参加させていただきました。
しかも案の定、原稿を作るのが一番遅くなってしまい、本当にご迷惑をおかけしました・・・
こういう「フリペ的な作業」が実に久しぶりだったので、とても良い「リハビリ」になりました。自分の書いた文章を、プリントアウトして、切って、両面テープで貼り付けて・・・こういう機会を提供していただいて、感謝しております。
ちなみに、このときの原稿は、例の自作パソコンからプリントアウトしたはじめての原稿になりました。いい記念になりました。

そんなわけで、次回「ハウ」制作へ向けて、いいステップがきれそうな気がします。

しかもこけしさん自らによる記事「フリーペーパー千本ノック」の第1回目として、この「ハウ」を取り上げていただき、恐縮です。実質2年間にわたって休刊状態のフリペなので、せっかく紹介していただいたのに、奈良界隈のお客さんは現在誰も読むことができないという状況になってしまっていて、それこそ自己破壊的なフリペなのですが(笑)、なんとかして次回作を仕上げたい、そして今度はもっと広範囲に配布したい、と強く思うわけであります。

ぜひ奈良にお越しの際は、夜猫へどうぞ。そして夜猫新聞をひらいてみてください。
マップは、naracafe.comのぶんをリンクします(こちら)。elastic mindさんによる夏バージョンのイラストもトップページに咲いていますので要チェック。

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2006.08.20

夏の思い出 よつばカフェにて

この夏でもっとも印象深い思い出のひとつとして、7月のある日の「よつばカフェ」での出来事について書こうと思う。

よつばカフェ」は、奈良町エリアにある、古い日本家屋を改装した素敵なカフェである。
自転車を手に入れて以来、このへんまで来やすくなったので、機会をみつけては行きたくなるカフェなのである。

その日も私は、カウンター席に座って、ノートを書いていた。
夕方になって、そろそろ帰ろうと思っていたところに、お母さんと小学生の娘さんの親子連れが来店し、窓際の席にすわった。
しばらくすると、カフェの小さい庭を窓から眺めるうちに、あちこちにセミのぬけがらがあることに気づき、そのことについて談笑していた。
そしてさらに、「いままさに、脱皮するかもしれない幼虫」を発見したのである。
がぜん、盛り上がる母と娘。
そのころから、私はノートを書き続けながらも、外の様子が気になってきた。

なにより、「セミの脱皮なんて、めったに見れへんよ!」とか、「あのセミ大丈夫かなぁ?」と、お母さんが盛り上がり、娘さんに「おかあさん、はしゃぎすぎ!」とたしなめられていたりするので、思わず笑い声をあげてしまったほどだ。カフェでひとりのときに思わず笑ってしまったことなんて、たぶんはじめてのことだ。

で、そのうち、店内には我々だけになり、僕もそろそろ帰らないとな、という時間帯だったが、お母さんが後ろをふりかえって、私にも「セミの脱皮を一緒にみましょうよ!」といってくださったので、なんだかうれしくなって、店長さんと4人で、しばらく庭の様子を見守ることになったのである。

「セミってどれぐらいの時間をかけて脱皮するんだろう」「あの場所で待機しているけど、あそこで大丈夫なのか」といった、セミをめぐる議論がつづく。
私も、実際のところどうなのか、まったく見当がつかない。

そしてむしろ、私の頭には、別のことが思い出されていた。
それは、セミの存在を意識するたびに想起される、私自身の切ないエピソードであった。

あれは小学校低学年だったと思うが、夏休みに祖父母の家に遊びに行ったときのことである。
家の庭だったか、あるいは近所であったかは定かではないが、セミの幼虫をみつけたので、ビニール袋に入れて持ち帰ったのである。
ところが、夕食をとったあと、ビニールをみると、いつの間にかセミは脱皮を完了していたのであった。

ビニール袋のなかで、脱皮をしてしまうとどうなるか。
はえたばかりのセミの羽が、ビニール袋のシワシワにそって、羽全体がシワシワのまま固まってしまったのだ。

その結果、このセミは、まったく空に飛ぶことができず、ミンミンと泣き続けながら、地べたをもがきつづけるだけになってしまった。
家の庭石のところにセミを置いて、なんとか飛べる方法はないのかと考えるうちに、セミはその命を終えた。

土のなかで7年ぐらいいて、ようやく地上にあがって羽化したら、こんな運命が待っていたとは。
私は、本当に、心から「申し訳ないことをした」という気分であり、
いまでも、そのときのことを思うと、とってもとっても、心苦しいのである。
(さらにいうと、いまの自分自身が、まるであのセミのような状態ではないかと思ってしまったりする)
セミにはそんな思い出があるのだった。

といったことを、思わず私は、その場にいた3人に語っていた。
そういう気分にさせる雰囲気だったのだ。
「娘に語り継いだことで、そのセミの命はムダにはならなかったんですよ!」とお母さんは言ってくださった。
語ることで解き放てる体験があるとすれば、ああいう状況のことをいうのだろう。
こうして、ちゃんと羽をきれいに伸ばせるように脱皮してほしいね、という願いもこめて、みんなで窓の外を眺めていたのだった。

「この店でセミの脱皮をみながら、こうしてみんなで語り合うのもいいかもしれませんね」
「『脱皮ナイト』ですね」
「来年のイベントはそれでいきましょう」
といったような話をしながら・・・

しかし私は、どうしても帰らなくてはいけなかったので、なくなく店をでることにした。
いま思えば、本当にもったいないことをしたと思う。
その後、ちゃんと(営業時間内に)セミが脱皮を果たしたことを、ホームページで知った。
ナイス、セミ。ありがとう。

とても綺麗だったそうで、うすい緑色の羽に、夕張メロンのような色の胴体(店長さん談)が現れたという。
そのとき娘さんは丁寧にセミの様子をスケッチしてくれていたのだが、そのときの作品は、よつばカフェの「落書き帳」に残っている。

見ず知らずの人どうしが、カフェでいっしょになってセミの脱皮を見守る。
そんな、ミラクルな出来事に出会えたことは、この夏の最高の思い出。

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2006.08.19

いえーい

今宵はありがとうございました~>みなさま。
ひさしぶりの仲間とのはしゃぎっぷりが、心地よいです。
鈴木あみの昔のアルバムを聴きながら、というのがポイントでしたな。
まだ耳に残っています。
むしろ今夜は、鈴木あみはヒーリングミュージックだった、とすら言いたくなるよ(笑)

で、先に帰って申し訳なかったっす。
こまごまと用事を抱えているんで・・・

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2006.08.18

関西圏ドキュメンタリー等上映情報ML

 先日みつけたフリーペーパー「PeaceMedia」に書いてあったので紹介します。
 関西圏のドキュメンタリーなどの上映情報を扱うメーリングリストです。
 くわしくはこちらへ。
 この手の情報って、どうしても「能動的モード」になっておかないと、なかなかキャッチできないんで、メーリングリストなどで配信されると、助かりますね。

 ・ ・ ・ ・ ・
 このまえの古本祭りで、1983年にシンコーミュージックから発行された「ロンドンに行きたい」(水上はる子・著)という、音楽ファン向けのロンドンガイドブックを見つけた。ニューオーダーがまだ駆け出しのバンドとして紹介されていたりして、このころロンドンでしょっちゅうライヴをやっていたのかと思うと、ほんと、この時代のロンドンに行きたいです、とマジで思う。

 ところで、かつての「別冊宝島」もそうなんだけど、80年代におけるこういうサブカル情報本って、ネットがなかった時代だからか、その1冊に込められた情報量の奥行きの深さと「伝えたい熱意」っていうのは、なかなかすごいものがある。とにかく文字がぎっしりつまっているんで、「あ、ハウってこういうノリに近いのかな」とか考えた。

 たとえば、「無料で泳げる公営プール」なんていう情報って、ロックファン向けのロンドンガイドに必要なのかどうか分からないが、7ヶ所も住所が掲載されていて、すげぇと思う。「地球の歩き方」ですら、そんな話載ってないと思うんだが。いやぁ、熱い本だ。

 ちなみにこの本ではじめて、「ポジティブ・パンク」という言葉があることをはじめて知った。すごくためになった。

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2006.08.17

交番にて

友人たちと歩いていたら、ふと友人が落ちていた財布を発見したので、すぐに近くの交番へ届け出た。
友人は、お礼を受け取るつもりもなかったのであるが、それでも交番での手続きはなんだかんだと煩雑であった。
おまわりさんも、「お礼を受けるつもりはない」というケースに不慣れであったようで、ちょっと困っていたようだ。
いろいろ勉強になった。

でも傍らで見学していただけの私は、おまわりさんが調べている財布の中身にいちいち反応して、この人がどういう生活を送っているのかを想像してみたり、ツッコミを入れてみたり、そしてこの交番が人通りの多い場所にあったことから、「いま、この場で変なポーズをしながら立っていたら、外から見たとき、歩行者は『交番で何が起こっているのか』と気になったりするんだろうか」と思って、どういうポーズや踊りが効果的なのか考案することで頭がいっぱいだった。(まぁ、結局おとなしく突っ立ったままだったが)

というわけで、みなさん財布を落とさないように気をつけましょう。
そして、前にも書いたけど、変なトラブルにつながる「ワナ」もあるみたいなので、拾ったものはすぐに警察に届けましょう。

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2006.08.16

下鴨神社の納涼古本祭り

朝たまたま少し時間ができたので、古本祭りの会場を徘徊。
そこで思ったこと。

これもある種、いま流行の『野外ロックフェス』みたいなものだ、と。

タテノリで古書をつぎつぎと堪能しましたよ。

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2006.08.15

『パリ+ルーブル美術館の秘密』

前から気になっていたドキュメンタリー映画。ようやく観れた。
ルーブル美術館の「舞台裏」で働く職員さんの姿を、
ただひたすら、淡々とカメラが捉えた感じの作品。

余計な解説やナレーションがまったくないのが、すごくよかった。
別に、ルーブルの所蔵品について解説があるわけでもないのだった。
なので、なおさら、「この現場でこの人たちはどんな仕事をしているのか」ということにのみ、気持ちが焦点づけられるので、このバランス感がいい。

大きな展示物を何人もの人が協力して運ぶときの様子とか、案外たどたどしくって、「これって僕らが文化祭とかオープンキャンパスで準備しているときと、そんなに変わらないなぁ」とか思えて、妙にうれしくなったり。
展示物をどのように動かすか、あーでもないこーでもない、という議論を続けたり、その傍らで掃除機片手にウロウロしている人もいたり、厨房で食事を作っている人もいる。綿密な修復作業をやっている人がいて、新しく絵をかけるために釘をガンガン打ち付ける職人さんがいて、そうかと思えば緊急時の人命救助の講習が行われていたり、展示プレートの張替えに勤しむ人もいる。

来館者を迎えるために、これだけの人々が舞台裏で働いているんだ、というただそれだけの内容だけど、いつかルーブルへ行ったら、きっと絵画だけでなく、そこにいる「人」も見てみたい、と思わせる。

どうしても内容的に淡々として地味なものになりがちだが、そのぶんカメラワークとか構図とか、そういうところでユーモラスだったりドラマチックな雰囲気を演出して現場の様子を捉えているあたり、とても参考になる。
ものすごく大きい展示物を、大勢で協力して壁際まで移動させたあと、壁と作品に挟まれた幾人ものスタッフが、横の隙間からチョロチョロと出て行くところを、カメラのフレームを動かさず、最後の1人が出て行くまでずっと固定で捉えていたりするシーンは印象的。それはあたかも、芸術というのは、額縁の中の絵画のことだけでなく、それを飾るために働く人々の身振りなども含めて捉えているかのような、そういうメッセージを感じさせる映像だった。

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2006.08.14

そこらの飲食店に貼ってあるビールの広告のような

ありあわせのマウスを使って自作パソコンを動かしていたのだが、ようやく自分なりに使いやすいマウスをじっくり選んで買ってきた。最近のマウスはレーザーで動くので、自分の皮膚の上でもちゃんと動くから、なんだかハイテク気分。

で、付属のCDをインストールしたわけだが、
インストール作業を進めるべく「次へ」を押すたびに、
よくありがちな「外国人の登場するイメージ画像」が次々と現れる。

こんな調子で。

Logicool

いや、まぁ、ねぇ?

そんなに悪くはないはず、なんだけど、
でもなんだろう、この不気味さは。

そんなふうにマウス持ってニタニタ微笑んでいると、
まるで飲み会における私のようじゃないか。
ネタじゃないんだから。

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2006.08.13

『論文作法』あまってます

文系の論文を書くときに参考書として必ず挙げられる、ウンベルト・エコの『論文作法』を、あらためて買いなおそうと思っていて、気がついたらこの半年ぐらいで同じ本を2回古本屋で買ってしまっていた。気づけよ自分!
でも、この本が古本屋でみつかるのはかなりラッキーではないかと思う。なので、つい「あ、買わないと!」となりやすい。

なので100円で買ったほうの本を(ちょっと汚いですが)、卒論などを控えている方1名様に抽選で差し上げます。
ご希望の方は、「卒論のテーマ、およびそのテーマについての自分なりの情熱、または卒論作成における喜怒哀楽を表現した詩歌、または卒論に関する深刻なトークをたくみに避けるために用いることのできる手段・方略」をメールで書いて送ってください。

この『論文作法』は、たしかに全部は読みにくいのだけど、
第1章の「卒業論文とは何か。何に役立つか」のところだけ読んでも十分価値があると思える。
あと第2章の「テーマの選び方」も参考になる。最後の節に「指導教員に利用されるのを回避するには」というのがあったりするのが、ユーモアなのか何なのか。でもたしかに言いたいことはすごくわかる。
あと第4章の「作業計画とカード整理」もいい。カードはやはり基本なんだよなぁ、と再認識。惜しまれるのは、掲載されているカードの作例が、細かく書かれすぎて、あまり実践的に思えない点だ。
というわけで、1、2、4章だけ読んでも、かなり役立つはずだ。
あ、「むすび」のところの文章は、論文を書いたあとに読むと心底グッとくるので、ぜひいつか読んでみてほしい!

なので、この本は、いろいろ出てくる事例の固有名詞はすべてすっ飛ばし、イタリア人特有の早口な感じで文章がドバドバと流れ込むのだが、なんとか「要点だけかいつまむ」感じでザッと読み進めると、なんだか論文を書くプロセスが楽しくなってきそうな、そういう本なのである。ゆえに名著なのかもしれない。

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2006.08.12

ココイチ

このまえ、カレー屋の「ココイチ」で、はじめて「トッピング」を試みた。
オムライスエッグカレーに、チーズをのせてみたのだ。
たしかにチーズ入れると、おいしひ。

でも、やはりこういうケースは個人的にマレだ。
トッピングにわざわざ追加料金を払うことの抵抗感というか。
きっとそれは、チェーン店だからなんだろうな。

でも、ネタでやってみたいのは、
トッピングで「チーズと、チーズと、チーズ」みたいなオーダーだ。
3人前分ぐらいの超チーズカレー。
よほどチーズ好きなんだね、というカレー。

あ、「ロースカツ、ロースカツ、ロースカツ、量と辛さ普通で」とかだと、
果たして皿の上にどのような状態でカツが並べられるのか。
それも気になる。

あ、「イカフライ、イカフライ・・・」(以下略)

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2006.08.11

無鉄砲な花火

宇治川花火大会がはじまろうかという頃、
私は仕事場に残っていたのだが、
ちょうどいいタイミングで、MSK氏がちかくを車で移動中だったらしく、ちょっとした用事を片付けたあと、家まで送ってもらう。

渋滞を避けて、ひたすら南下していったのだが、途中で見通しのよいエリアにくると、路肩にたくさんの車が停まっていて、われわれもそこで一時停止していると、東の空に花火が舞った。
遠い場所で炸裂する花火を、ダラダラと眺めるのも悪くなかった。
なにより、遠くに浮かぶおぼろ月が印象的だった。
むしろこのおぼろ月を見るがために、花火大会を口実にしていたかのような、それぐらい幻想的な月だったのだ。昨日のは。

てなわけで、結局かなり長いこと停車中の車内から花火を見届けていて、
ふとMSK氏が
「モリゾーの花火があったらいいのに」と何気なくボケて、
それってタイミングぜんぜん悪いやん、と普通にツッコミを入れて、
でもなんだか無性におかしかった。
モリゾーの花火。想像してしまう。
「ああ、数年間の開発を経て、ようやくモリゾーが完成したんだな、でも遅いんだよな~」とか思うんだろう。

その後、奈良の加茂あたりまで車を走らせ、
MSK氏の動物的カンで、見事にラーメン屋「無鉄砲」の本店にたどり着き、久しぶりにここの独特なラーメンを食べた。

ところで無鉄砲の店内でラーメンをすすっていると、我々に、ラーメンの具合はちょうどいいか、と聞きにきた店員がいた。
夜10時ごろ、しかもまだまだ客の行列が続いている状況であるにもかかわらず。
さらに、食べ終わって店を出て、店の前の道路ぞいでふぅ~と余韻にひたりながら、よくこの店(かなり僻地にあってわかりにくい)まで地図も調べずにたどり着けたよなぁ、とあらためてMSK氏のカンの良さを讃えていたりすると、いつの間にかさっきの店員が我々の近くにいて、また同じように「ラーメンの具合はどうでしたか」、と聞いてきたのであった。ちょっと驚いた。

帰りの車中にて、きっと、我々は、その風貌からして、どこかのラーメン評論家にでも見えたんだろう、という結論に達した。

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2006.08.10

写真展

帰ったらオシムジャパンが始動していたんだけど、すっかり眠ってしまっていた。くやしい。
ちなみに、帰化選手が2人同時にスタメンだったことって日本サッカー史上初めてなのでは。これからの日本社会を暗示するかのようなスタートだ。しかもアレックス2点入れてたし。ジーコ期の起用場所はやはり間違いだったってことか。

さて、mizuix☆とポンちゃんの写真展のおしらせです。

Mizuixponchan
クリックすると拡大します

水井久貴 × 本田真一 写真展
『対話と表象 dialogue&representation』
in ギャリエヤマシタ 2F画廊
at 2006/9/19(tue)~2006/9/24(sun)
open 11:00 close 18:00(final day is until 17:00)

場所は、三条通りのファーストキッチンとかかに道楽とかあるエリアを北にいったところです。

はたしてどのような写真が拝見できるのか、私もたのしみにしております。
んで、やはり場所を借りてイベントをするというのは、ハタからみていて大変そうですが、それ以上にむちゃくちゃ面白そうだなぁとも思います。
DMはまだ少し残っていますので、興味のあるかたはぜひご連絡ください。

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2006.08.08

記事の投稿

このブログはいつも@ニフティの「ココログ」で作っているのだが、編集画面にアクセスして新規記事を作成する、その一連の行為を「投稿」するという言葉で表現されていることに、ちょっとした居心地の悪さを覚える。
まぁ、ブログを複数の人で管理する場合なら問題ないのだろうけど、まるでなんだか「ラジオに投稿する」という感覚で、自分の記事がもしかしたらこのブログで不採用になるんじゃないか、といった余計なドキドキ感があったりする。
この記事も不採用になったらどうしよう。ドキドキだ。
あたらしく作るはずの「ハウ」も、すべて不採用になったらどうしよう。ヘヒャヒャヒャ(壊)。

そういえば、このまえ「夜猫」さんのところで、偶然こけしさんやはる之助さんに会ってお話をさせてもらっていたら、奈良にあるマーチャンシードセンターで、輪転機での印刷がかなり安くできることを教えてもらって、びっくりした。その数日前まで、奈良町の「よつばカフェ」にて「カルピス祭」の実行委員長を務め上げたこけしさんだが、そのときイベント用に作ったパンフレットが、茶色の用紙に、青色のインクでレトロなデザインを印刷していて、ぜひこの技術を盗みたい、盗人といわれようが盗賊といわれようがセコいといわれようがパクリといわれようがかまわない、ぐらいの勢いで感服した作品だったのだが、まさかマーチャンシードセンターで作っていたとは! となり、「あぁ、この情報がこのタイミングで私にもたらされたということは、次のフリペを作れ、ということなのかな」と思った次第であった。

あ、奈良のマーチャンシードセンターで印刷して、そのあとすぐ奈良公園でゴザをひいて「フリペを折る作業」をするというのは面白いかもしれない。「シカが近寄ってきてフリペが食べられたー」とかなるんだぜきっと。

実は4日前ぐらいから、急に次のハウの企画が脳内で固まってきた。
このままいくと今までのような「笑える記事」はなくなるかもしれないけど、とにかく書きたいテーマがでてきたら、一気につくっていきたいと思う。なかなか勢いをつけないと今の状況ではむずかしいことも多いので、ガッと。

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2006.08.07

住民図書館

先日とつぜん思い出したのだが、
1976年から2001年にかけて、さまざまな市民運動等の発行したミニコミや機関紙を収集していた「住民図書館」というのがあった。
私がその存在を知ったときは、すでに閉館したあとだったのだが、ミニコミ等を収集して管理するというのは、なんというか、地道で途方もない作業であっただろうと思われる。そういうことをやろうという気概が、たしかに戦後の日本にはあったんだろうな、と。

いまは、その全資料が埼玉大学の共生社会研究センターというところに所蔵されているのであった。
ちなみにここのホームページをみていて、あらためて思い出したのだが、このセンターにはほかに、「鶴見良行文庫」として、彼のあらゆる資料が所蔵されているのであった。どんな資料があるのか、とても興味深い。

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2006.08.06

試合前の

オーキャンおつかれさまでした。
太陽さんさん。

仕事の一環も兼ねて?こけしさんとはる之助さんもわざわざ宇治まで来ていただき、ありがとうございます。
「もし高校生だったら、ここに入りたいと思う」というのは、最大級の賛辞です。

さて、今年はオレンジのTシャツをスタッフは着用していたのですが、
1日目の開始前に、全スタッフがロータリーに集合していたあの光景は、まるでサッカーW杯における「試合前のオランダ代表サポーターの様子」といわれてもおかしくない雰囲気があって、なかなか壮観でした。
Ngl
オランダ代表サポーター

ほかにもいろいろ面白いことがあったので、この勢いは大切にしたいですね。9月も。

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こういう人がいてもいいよね。


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2006.08.05

オーキャンはインザーギたれ

オープンキャンパス初日終了。みなさんおつかれさまです・・・。
たぶん、このイベントは、夏は暑いですねと全学的に言い合って、ともにこの季節感を分かちあえる貴重な機会なんだろうな、と無理やりにでも前向きに捉えておきたいです。

そんななか、
かき氷ありがとうございます(笑)。
ミクシィでも「人生のオフサイド」というコミュニティに入っている私は、ここでもやはりオフサイドギリギリ状態でかき氷をいただいていたのでした。(つまりスタッフが食べられる時間帯よりも早く・・・うむ、十分オフサイドだった)

「オフサイド」といえば・・・
サッカー界においてオフサイドといえば、やはり
イタリア代表ストライカー、フィリッポ・インザーギ。
常にオフサイドをとられ続け、「今のがオフサイドかよ!!」とオーバーリアクションで線審に抗議しつつ、
たまーに、うまくオフサイドギリギリで飛び出してゴールしようものなら、
どんな簡単なゴールであっても、
常に喜びのアクションは大爆発。
イタリアサッカーにはあまり良い印象がありませんが、
このインザーギのリアクションは、見ものです。

体力的にきつい日は、インザーギの画像を並べてみると、あら不思議、
妙なエネルギーが沸いてきます。
そうか、今の私に必要なのは、インザーギの姿なのかもしれない、と思った。


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Inzaghilyon
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そう、この「大げさ感」。
仲間ですら退いてしまうほどのオーバーリアクション。

これこそ、われわれオープンキャンパスのスタッフにも求められているのではないか。

私も、常に人生のオフサイドを恐れず、常にゴールに向かう動きを心がけたいと思います。

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2006.08.04

意地でも

毎日ブログを書こうという意欲が戻ってきた。
これは良いことだ。
たぶん7月は熱で寝てばっかりだったから、その反動かもしれない。
たぶんパソコンが新しくなって、前よりも快適に動くから、その反動かもしれない。
たぶん日本代表があまりにも期待外れだったから、その反動かもしれない。

さて土日は大学にてオープンキャンパス。
ある意味、学園祭よりも好きなイベントだ。
なぜなら、来る側も迎える側も、目的がはっきりしているからだ。
いわば合コンみたいなものなのだ。行ったことないけど。

私はその大学ができた最初の年に入学したので、
この大学のオープンキャンパスに高校生として参加することはできなかったわけだ。

その代わり、「一人で勝手に大学を見に行く」ということをした。1995年の秋だ。

しかし当時はこの新しく怪しい大学についての情報が少なく、私は大学への地図すらもっていなかった。今思えば無謀だった。行けばどうにかなる、とか思っていたのだろうか。
で、最寄り駅を降りたはいいが、どこに向かっていけばいいのかわからなかったので、
最初に、駅前のニュータウンに入り込み、階段を上って、大学らしき建物を見つけようと、見晴らしの良いところまであがったりした(笑)

それでもわからず、とりあえず賑やかそうなエリアへ向けて歩くと、国道沿いに大きなショッピングモールがあり、その本屋ではじめて周辺地図を調べてみた。
すると、このショッピングモールのすぐ隣にあることがわかり、やりきれない気分になったりした。

で、実際に大学をはじめてみたのは、校門の外からだった。
そして校門から中に入ることはなかった。
なぜなら、大学の校舎はまだ工事中で、鉄骨だけが組まれている状況だった。
「あぁ、本当に、あたらしい大学なんだなぁ」と感じた。
それだけ見て、私は満足して、立ち去ろうと思った。
ちょうどそのころから、急に土砂降りの雨にふられていた。

あまりに雨がひどかったので、雨宿りをしようと、国道沿いのマクドに逃げ込んだ。
そしてズブズブに濡れていた私は、トイレで用を足し、手を洗いながら、ふと手を乾かす温風器をみて、あまり後先のことを考えず、そこに頭をつっこんで、髪を乾かしはじめた。
今ならそういうことも普通にできるが、高校生のころの私は、まだそんな奇行に走れるほど人間的にできてはなかったので、自分でもこの行為に及んだことが、ちょっとした驚きだった。

で、温風器の作動音をBGMに、目をつむって頭をかきむしりながら、私はなぜかそのとき、自分はこの大学に行くことになるんじゃないか、という妙な確信をおぼえたのであった。

こうして、本当にこの大学に来て、いまでは高校生を迎えるためにオープンキャンパスを手伝っている。
オープンキャンパスでは、あたかもこの大学が過剰なまでにドラマチックであるかのように振舞うことになるだろう。
でもひとついえることは、それでも確実に・・・少なくとも私にとっては、文字通りこの大学はドラマチックだったし、これからもそうだと思っている。

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2006.08.03

アイ・リメンバー・カリフォルニア、もしくは追憶の波

 昨日、REMのことを書いて、あらためて思い出したこと。
 REMでいちばん好きな曲、「I Remember California」。
 アルバム『GREEN』(1988)に収録されている。

 曲としては、昨日の「シャイニー・ハッピー・ピープル」の世界とは一転して、けだるい、暑いカリフォルニアを想像させる、スローでダウナーな雰囲気の、暗い曲なのだけど。
 しかしサウンドと歌詞がかもしだすその雰囲気が、とても情感のこもった響きとなって全力で胸に迫ってくるので、今でも私にとっては「どうしても外せない曲」として存在している。

 そう、歌詞なのだ。

 僕がずっとこだわっているフレーズがあるのだ。
 それは

  Low ebb, high tide
  The lowest ebb and highest tide
  A simple wave I must confide
  I guess we took us for a ride
  I guess it's just a gesture

というくだりなのだが、
日本盤の歌詞カードにおいて、沼崎敦子氏はこの箇所をこのように翻訳した。

  干潮 満潮
  最も引いたときと 最も満ちたとき
  僕が思い出して悲しい波は
  サヨナラと振る手が描く単純な波
  僕たちはドライヴに行った
  それはただのジェスチャーなんだと思う


 すごいと思う。

 これは、ずばり大正解なのだろう。
 この曲の歌詞を通して読み、
 そしてあのけだるいメランコリーなメロディを聴くと、

  交通渋滞でとめどなくあふれる自動車の列の向こう、
  日焼けした若い男女たちの姿や
  アメリカ杉の森を横目に、
  刺すような暑さのなかでゆらめく蜃気楼の果て、
  さよならと手を振るあの人のことを思い出し、
  それはフェアじゃなかった、と繰り返す・・・

 という、その情景が、短編映画のシーンのように、ずばりと目に浮かんでくるわけである。
 はじめてこの曲を聴いたのは中学3年のときだったと思うのだが、聴くたびに、この絶妙な翻訳に感心してしまうのである。

  「A simple wave I must confide」という一文から、「僕が思い出して悲しい波は/サヨナラと振る手が描く単純な波」という意訳を導き出すのだから。

 この人、天才じゃないかと子供心に思ったし、今でも思う。僕にはぜったいそこは訳せない。
  
 で、この記事はここで書き終わるつもりだったのだが。
 いましがた、新たなショックが発覚した。
 この曲の歌詞をネットでひろってこようと思い、最もポピュラーな歌詞データベースのサイトで調べると(こちら)、


  A symbol wave I must confide

 となっており、「simple」じゃなく「symbol」になっている!?

 じつはREMというバンドは、自分たちの歌詞を歌詞カードにオフィシャルに転載しないバンドなので、歌詞の文章は、「聞き取り」によってでしかテキスト化されないという事情がある。それは以前から知っていた。
で、もっともポピュラーな歌詞データベースでは、肝心の部分が「symbol」となっているとなると・・・いったい、正しいのはどっちなのか。まったくわからない。
 ためしに今、必死に聴き返しているが、
 もはやこの曲を10年以上マジメに聴いている耳には、「シンプル」にしか聴こえないわけで・・・。

 というわけで、この記事を書きながら、
 私の追憶のなかに生き続けてきた、
 「サヨナラと振る手が描く単純な波」は、
 データベースの向こうに消散していくかのようで。

 きれいにまとまってしまった感があるが。どうなんだ。

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2006.08.02

シャイニーハッピーピープル

哀しみやせつなさを、乗り越えていくための、音楽。

というわけで、今日紹介したい音楽は、
R.E.M.の「シャイニー・ハッピー・ピープル」
youtubeでビデオクリップが観られる。(こちら

ロックバンドが「ハッピー」を無条件に歌い上げた作品のなかで、個人的にもっとも「ほっこり」できる曲。

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2006.08.01

社会学者の鶴見和子さん逝去の報せを受ける。

いろいろと聞いてみたいことがあったのだった。
最近、新聞のインタビュー記事にあったのは、
「グローバル化は排他主義」という見出しがあって、
ギリギリまで持ち続けていたその危機感は、
今後も確実に私たちのあらゆる生活世界のなかで追求されるべきこととなるだろう。

ご冥福をお祈りします。
そして、連続シンポジウムを、つづけます。
ぜったいに、やります。

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