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2006.08.20

夏の思い出 よつばカフェにて

この夏でもっとも印象深い思い出のひとつとして、7月のある日の「よつばカフェ」での出来事について書こうと思う。

よつばカフェ」は、奈良町エリアにある、古い日本家屋を改装した素敵なカフェである。
自転車を手に入れて以来、このへんまで来やすくなったので、機会をみつけては行きたくなるカフェなのである。

その日も私は、カウンター席に座って、ノートを書いていた。
夕方になって、そろそろ帰ろうと思っていたところに、お母さんと小学生の娘さんの親子連れが来店し、窓際の席にすわった。
しばらくすると、カフェの小さい庭を窓から眺めるうちに、あちこちにセミのぬけがらがあることに気づき、そのことについて談笑していた。
そしてさらに、「いままさに、脱皮するかもしれない幼虫」を発見したのである。
がぜん、盛り上がる母と娘。
そのころから、私はノートを書き続けながらも、外の様子が気になってきた。

なにより、「セミの脱皮なんて、めったに見れへんよ!」とか、「あのセミ大丈夫かなぁ?」と、お母さんが盛り上がり、娘さんに「おかあさん、はしゃぎすぎ!」とたしなめられていたりするので、思わず笑い声をあげてしまったほどだ。カフェでひとりのときに思わず笑ってしまったことなんて、たぶんはじめてのことだ。

で、そのうち、店内には我々だけになり、僕もそろそろ帰らないとな、という時間帯だったが、お母さんが後ろをふりかえって、私にも「セミの脱皮を一緒にみましょうよ!」といってくださったので、なんだかうれしくなって、店長さんと4人で、しばらく庭の様子を見守ることになったのである。

「セミってどれぐらいの時間をかけて脱皮するんだろう」「あの場所で待機しているけど、あそこで大丈夫なのか」といった、セミをめぐる議論がつづく。
私も、実際のところどうなのか、まったく見当がつかない。

そしてむしろ、私の頭には、別のことが思い出されていた。
それは、セミの存在を意識するたびに想起される、私自身の切ないエピソードであった。

あれは小学校低学年だったと思うが、夏休みに祖父母の家に遊びに行ったときのことである。
家の庭だったか、あるいは近所であったかは定かではないが、セミの幼虫をみつけたので、ビニール袋に入れて持ち帰ったのである。
ところが、夕食をとったあと、ビニールをみると、いつの間にかセミは脱皮を完了していたのであった。

ビニール袋のなかで、脱皮をしてしまうとどうなるか。
はえたばかりのセミの羽が、ビニール袋のシワシワにそって、羽全体がシワシワのまま固まってしまったのだ。

その結果、このセミは、まったく空に飛ぶことができず、ミンミンと泣き続けながら、地べたをもがきつづけるだけになってしまった。
家の庭石のところにセミを置いて、なんとか飛べる方法はないのかと考えるうちに、セミはその命を終えた。

土のなかで7年ぐらいいて、ようやく地上にあがって羽化したら、こんな運命が待っていたとは。
私は、本当に、心から「申し訳ないことをした」という気分であり、
いまでも、そのときのことを思うと、とってもとっても、心苦しいのである。
(さらにいうと、いまの自分自身が、まるであのセミのような状態ではないかと思ってしまったりする)
セミにはそんな思い出があるのだった。

といったことを、思わず私は、その場にいた3人に語っていた。
そういう気分にさせる雰囲気だったのだ。
「娘に語り継いだことで、そのセミの命はムダにはならなかったんですよ!」とお母さんは言ってくださった。
語ることで解き放てる体験があるとすれば、ああいう状況のことをいうのだろう。
こうして、ちゃんと羽をきれいに伸ばせるように脱皮してほしいね、という願いもこめて、みんなで窓の外を眺めていたのだった。

「この店でセミの脱皮をみながら、こうしてみんなで語り合うのもいいかもしれませんね」
「『脱皮ナイト』ですね」
「来年のイベントはそれでいきましょう」
といったような話をしながら・・・

しかし私は、どうしても帰らなくてはいけなかったので、なくなく店をでることにした。
いま思えば、本当にもったいないことをしたと思う。
その後、ちゃんと(営業時間内に)セミが脱皮を果たしたことを、ホームページで知った。
ナイス、セミ。ありがとう。

とても綺麗だったそうで、うすい緑色の羽に、夕張メロンのような色の胴体(店長さん談)が現れたという。
そのとき娘さんは丁寧にセミの様子をスケッチしてくれていたのだが、そのときの作品は、よつばカフェの「落書き帳」に残っている。

見ず知らずの人どうしが、カフェでいっしょになってセミの脱皮を見守る。
そんな、ミラクルな出来事に出会えたことは、この夏の最高の思い出。

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Comments

清く正しい夏の思い出、ええ話やなー身に沁みわたりました。

一方で、
>いまの自分自身が、まるであのセミのような状態ではないかと思ってしまったりする
の括弧書きに、自分自身を投影してしまう。
今がまだ、土の中で養生している期間だと思い込まないと、もはや生きていけません。

Posted by: xin.s | 2006.08.21 at 15:36

その情景が自然と目に浮かぶ、たいへん優れた文章であることは言うまでもありません。ドラマチックですね。夏の終わりに見たいショートストーリーです。
そしてしんちゃんと同じ部分に共感し、コメントに励まされ、そして励まされ・・・。

Posted by: onoyo | 2006.08.21 at 22:11

そのままでいい、そのままでいいんだよ、きっと・・・

Posted by: HOWE | 2006.08.21 at 23:43

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