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2006.08.24

「イタリア人の彼」

私がお世話になっている先生は、私のある友人の名前が思い出せないときに、つい「あの、イタリア人の彼」と表現する。
先生も悪いなと思いつつも、もはや私の友人は、今後ともずっと「あのイタリア人の彼」かもしれない。

断っておくと、その友人は日本人であり、別にイタリアが好きでもなく、イタリアに行ったこともなく、イタリアとは直接に関係はない。

でも、先生のなかでは「イタリア人の彼」である。

私の記憶では、その原因を作ったのは完全に私のせいである。
ある日、私がその友人のことを話題にしたときに、どうしても先生は彼の名前だけでは顔を思い出せなかったので、ついうっかり「イタリア人っぽい顔をしたヤツです」とか苦し紛れに言ってみたのだが、通じるとは思わなかったその投げやりなパスが、なぜか見事に通って、先生が「ああ! あの彼ね!」となって、かなり笑えたことから起因する。

なので、いまでも彼は「イタリア人」として、しばしば我々の会話のなかで登場する。

もうしわけない。
という思いとともに、どこかしら、私には少しうらやましくもある。

なんというか、その友人とその先生をとりまく世界だけでは、彼は「イタリア人」という認識でいられるという面白みがあるからだ。そういう認識のされ方って、なかなかオツなところもないだろうか。
本人の属性とかとほとんど関係のない記号で示されるというのは、ちょっとオシャレにすら思える。

たとえば「ヒゲの彼」とか「モミアゲの彼」だと、その人の属性そのものを指すから、面白みがない。
「イタリア人の彼」というのは、たしかに属性として「イタリア人っぽい」というのを指していることになるのであるが、しかしその時点でかなり無理がある属性なので、したがって、実際には「イタリア人の彼」は、かなり突飛なイメージの結晶となる。

しいていえば、属性とまったく関係のない領域から、イメージが与えられたら、とてもオシャレなわけだ。
「ペーパータオルの彼」とか「黄金比率の彼」とか。
あぁ、よくわからなくなってきましたが。

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