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October 2006

2006.10.31

作法なり糸口なり

Google

↑ いくらなんでも、これはどうなんだ、という気分。

* *

今日は、ひょんなことで、卒論ゼミの時間に同席させてもらうこととなった。
「卒論指導」になると、やたらはりきってしまう私は、案の定、いろいろとあーだこーだと好き勝手にコメントさせてもらった。
 分かってはいるのだが、どうしても話したいことが次から次へと出てくる。
 明石家さんまは、「ゲストのつまらない話をおもしろくする、そしておもしろい話は、もっとおもしろくする」ということにかけての天才であるが、私も学生さんの卒論話を聞くとき、いつもそういうことを念頭においている、つもり、なのだが、どうしても、暴走ぎみになってしまう。自分の考えをあまりに押し付けないように・・・というのは、以前からも気をつけてはいるのだが。
 でもほんと、この時期いろんな学生さんと卒論の話をしたりするが、みんなそれぞれ、「おもしろさへの可能性」をふんだんに持っているのに、そこに気づかない、気づきにくい、気づこうとしない、あってもスルーしてしまいがちな、そういう状況をみると、「あー、もったいない!!」と、小姑のようになって、ムキになってしまう。
 これは、卒論のアドバイスに限らず、ひろく自分のフリペやブログとかにも見受けられる現象であり、「面白いことはすべて出し惜しみせずに伝えたい」という気持ちが先走り、結果として文章のやたら多い、ごちゃごちゃしたフリペができたりする。そこは改善していかねば・・・と帰りの電車で思ったりする。

 ひいては、いつもの私のテーマである、「いかに人は、自分を表現していくのか、そしてその表現を阻害するものはなにか」につながってくる。
 そういう事情により、よけいに、ムキになるんだということを、どこかでわかってもらえたら・・・と身勝手に思う。

 そして、本当に面白く卒論を書くには、私のアドバイスなんかを真に受けて終わるのではなく、それを踏まえて、どこかで無視したうえで、自分なりの「作法」なり「糸口」を見つけて、そこではじめてスパークするんだろうかねぇ、とも思う。

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2006.10.30

きょうのいろいろ

 近所にこの夏できた古着屋「WEGO」の支店は、初めの頃はよかったものの、今では古着屋のフリして、ほとんど古着を扱っていないように思えてくる。

 もはや古着のストックも枯渇気味なのだろうか。

心斎橋にある、元2丁目劇場のビルなどは、いま2~5階のフロアをWEGOが占めていて、あれは逆に占拠しすぎなんじゃないかとすら思えるほどだ。あの一等地・・・というか、かつてあそこでは駆け出しの頃のダウンタウンなどが連日生放送を繰り広げていた、関西人にとっての「伝説の地」でもあるわけだけど、あのビルにわざわざ古着屋が入ったあたり、よっぽど経営はノリノリなんだろう。まぁ、僕みたいなのでもつい立ち寄ってしまうぐらいだしなぁ。


* *
 
 さっきアマゾンコムで、トップページの広告にこんなのがあって、

 Ek_1


 「カスペルスキー」という人名も今はじめて知った。
 有名な、ロシア発のセキュリティソフトらしい。この、いかにも緊張感高まってますモード全開なオジさんが、そのソフトを開発したユージン・カスペルスキー氏らしいのだが、この広告だと、パッと見て、なんかの映画の広告かと思ってしまうのが普通ではないだろうか。
 こういうのもマーケティング戦略の一環かもしれない。なぜなら、このことをブログに書くために私はさっきカスペルスキーのホームページまで開いて調べたのだから、まんまと彼らの狙いにひっかかっている。

* *

ようやく、タブレットでイラストを描いてみた。
最初に描いてみた作品がこれ。

エア・ギターをする自分

Airguitar


・・・べつに、わざわざタブレットを使って描かなくてもいいんじゃないかという画風なのは、さておき。


* *

昨日、数年ぶりぐらいに、「カナダの国民的(笑)プログレ・ハード・ロックバンド」である、RUSHの古い盤を聴いてみたりした。思い立ってYoutubeで調べたら、案の定たくさんライヴ映像がみつかって、はじめて「動くラッシュ」を観ることができた。最近のライヴ映像では、すっかり良いオジさんになっているはずの3人が、それでもまったく衰えないハイテンションな演奏を披露していて、唸ってしまう。でもこのフィルムで気になるのは、なぜかステージの背後で洗濯機らしきものが作動していたり、ドラマーのニール・パートが黒沢年男みたいな帽子をかぶっていたりする点だ。

ラッシュ、たまに聴くと、妙に和む。
「そうだよな、プログレ、プログレとか言わずに、もっと単純でもいいんだよな、うんうん」という気分になるからだろうか。

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2006.10.29

波状攻撃

このまえ電車で帰宅中、帰り際にかぜ薬を買って帰ろうと思った。

駅から自宅まで、ドラッグストアチェーンと、いわゆる「町の薬局」の二つがある。
普段から、安く薬を手に入れるために、いつもドラッグストアを選びがちだ。
ただし、ドラッグストアにいくと、遠回りをして帰らなくてはいけない。
その日はすぐに家に帰りたかったので、数年ぶりぐらいに自宅近くの「町の薬局」に向かった。

そこの薬局の店員さんに、いまの調子や症状を尋ねられた。
自分が最初に買うつもりだった薬よりも、「その症状ならこっち」と、安い薬を薦められた。

さらに、せっかく来てくれはったし、「元気の素」を飲んでみませんかと言われ、「キヨーレオピン」を、その場で調合してくれて、2粒飲ませてくれた。
キヨーレオピンは、私が幼い頃、たまに父が飲んでいたのを思い出す。強烈な匂いがトラウマなほど印象的だったが、私はその店員さんが目の前で調合するまで、その薬をオブラートのカプセルに入れて飲むものだとは知らなかった。
「これ、昔父が飲んでましたよ。なつかしいです」
「40年前からありますからね。ちょっとした風邪だったら、これだけでも治ると思います」

思わぬキヨーレオピンとの再会を果たし、懐かしい気分で「元気の素」を摂取し、「ありがとうございます!」と言って外に出ようとした。この時点で私はかなり満足感があり、「すでに風邪なんて治った」かのような気分であった。そしてそんな私に、さらに追い討ちをかけるように、店員さんは店の外まで追いかけてきて「せっかくなんで」と、冷えた栄養ドリンクを1本サービスして渡してくれた。

うむ、たしかに昔から「町の薬局」って、そういうところがあったけれども、近年進出めざましいドラッグストアとの競争に負けないためには、ますますこういうサービスが必須になってくるんだろう。
でも、こう、体が弱っているときに、そういうサービスをしてもらうと、心から「あぁ、今度も薬を買うときは、ここに来よう」となる。すぐにコロッと、私なんかは、そう思う(笑)

なので「みんな、もっと町の薬局に行こうぜ!」と、いいたくなる。単純。

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2006.10.24

小休止

ちょっと今週いっぱいはブログの更新を休ませていただきます。

コネタがあればアップします。

コネタ・・・・

コネタかどうかわかりませんが、
今後のフリペ作りのためにと思い、最近タブレットを買いました。
パソコンで、ペンのように絵が描ける道具です。
長いこと迷っていたのですが、思い切って導入してみようと購入を決意したわけです。
しかし、いまだにパソコンにつないでいません。
まるで、絵の具セットを買ったまま、何も絵を描かない人みたいです。

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2006.10.23

ピンクフロイドの「偶然の一致」ネタ

前にも書いたかもしれないが、ピンク・フロイドの音楽についてしばしば語られる「奇怪な偶然の一致」のネタとして、彼らの曲と、まったく関係ないほかの映画作品とが、あるタイミングで絶妙にシンクロする現象がいくつか報告されている。
曲を作った本人たちが否定しているのだけど、さすがに「どーなんでしょうねぇ」となってしまうが。

で、そんな事例のひとつである、フロイドの名曲「エコーズ」と、スタンリー・キューブリック作の映画『2001年宇宙の旅』のラストの25分間に関する「シンクロ現象」について紹介したい。というのも、グーグル・ビデオで、実際にこの曲を映画の該当箇所にはめこんだネタがアップされているからだ。著作権的にはぜったいNGなんだろうけど・・・(こちら
興味のある方は(長いけど)ぜひ、観てみてほしい。
あ、でも『2001年宇宙の旅』の映画を観たことがない人は、ネタバレになると思うのでご注意を。ぜひこの映画は最初から気合入れて見るべし。

で、
この事例であまりにも分かりやすい点は、「エコーズ」の演奏時間と、この映画の最終章「Jupiter」の箇所が、ともに約25分間で終了するわけで、映画のラスト(ビデオにおける23分ごろ)におけるスターチャイルドのエンディングシーンと、フロイドの曲の、不思議な声がざわめきあうような終わり方が、あまりにもシンクロしまくっていて、おまけに曲が終わった直後に、映画のほうもエンドロールになっていたりして、たしかに「ここは、さすがにワザとやろおぉ~?」といいたくもなる。

ちなみに『2001年宇宙の旅』が1968年の作品で、フロイドの「エコーズ」は1971年の作品だ。しかもスタンリー・キューブリックは、この映画に使う音楽について、当時ピンク・フロイドにも打診したことがあるという逸話もある。本人たちが否定しても、関連性がないとはいえない。

しかしまぁ、今回あらためて見てみると、ビデオにおける4分56秒のあたりとか、5分54秒とか、そしてクライマックスの「白い部屋」のシーンの、18分から19分あたりの感じとか、たしかに奇妙なほど、音と映像の雰囲気がマッチしている。
何せ、しばらく観ていると、この映画のBGMかと錯覚してしまうぐらい。
(あと、久しぶりに「エコーズ」を聴いて、やっぱりこの曲のイントロの5分間は「奇跡の名曲」と呼ばれるにふさわしいなぁ、と実感する。ここで使われたピアノの合成音は、二度と復元できなかった独特の音色らしい)

でももっとも気になるのは、誰が最初にこのことに気づいたか、ということだ。
まぁ、ピンク・フロイドの音楽は、ドラッグカルチャーとのかかわりもあるから、誰かがこの映画のラストにおける「スターゲート」のシーンを観てハイになりながら、ついでに音楽をかけようぜ、となった際に「あれ?」とか思うことがあったのだろう、と想像される。

この件について、歌詞の内容との連動も含めて、ちゃんとした解説を試みているマニアックなページとして、(こちら)などがある。

ちなみに、もうひとつ有名な事例としては、ジュディ・ガーランド主演の映画『オズの魔法使い』(1939年)と、ピンク・フロイドの『狂気』(1973年)のアルバム丸ごととのシンクロ現象だ。こちらはまだ自分でも試したことがないのだが、いずれにせよ「誰が最初にこの現象を見つけたのか」が気になる。。。

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2006.10.22

クロネコ団フリマ

たのしかった。
私の持参した商品がまったく売れなくても、じゅうぶん楽しめた(笑)

「即興詩人」もふたたびトライ。
「あなたの好きなテーマで詩を書きます」とだけ掲げて、ずっと座っていた。
(ちなみに、このパフォーマンスも、かの作家ナタリー・ゴールドバーグのエッセイ集に影響を受けているものだ)

実践するということの、重みと面白さが、今回は特に実感できた。
見ず知らずの人々の、人生を少しだけ分けてもらった気分。

もちろん、フリマは目の前で進行中であり、自分自身も、詩を書くかたわらで、周りの状況にも注意を払わないといけないのだが。
秋空の下で、まったく知らない人から与えられた、まったく予測できないテーマについて、ありったけの自分がひたすら全力で言葉をつむいでいくという、日常生活ではあまりありえない緊張感と集中力が求められた。
今日は、かなりいい経験になった。

今回の参加メンバーで作ったクロネコ団のユニフォームも、予想以上にお客さんから反応されていた。
フリマをやっている人は、その人自身が着用しているものも、案外チェックされているんだなということを知る。
次は商品化してしまおうか。

Kuroneko

にゃんごろう画伯による作画。
個人的には、アゴのあたりのラインがグッとくるので好きだ。

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2006.10.21

愛ある未来へ

061021

後輩であり、不思議な距離感でつながっているカスタードくんの、ご結婚おめでとうパーティー!

ミュージシャンの結婚を、
ミュージシャンたちが祝う。

言葉にすると単純かもしれないが、
それはもう、スイートで、素敵な空間だった。
生音に触れるだけでも、心に響くライヴだった。それがさらに、彼らの門出を祝福するという場でもあったのだから。
ステージを囲む“オーディエンス”の一人であったことを、いつまでも大切にしておきたい、と思う。

バンドのメンバーたちが、カスタードくんのパートナーも自分たちにとっての大切なメンバーである、という気持ちを端々に示していたのが、とてもよかった。本当によかった。そういうところから垣間見られる、自己表現を貫く人たちの、ピュアで真摯な姿勢が、僕は大好きなのだ。

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2006.10.20

彩り

明日は「宇治橋通り彩りフェスタ」です。夜は後輩くんの結婚おめでとうイベント。
翌日は、「クロネコ団」としてフリマに参加だニャー。場所は伏見港公園。
よく考えたら、二日続けて同じようなことをやっているかもしれない。青空の下で、お客さんを迎えるっていう。秋の日の過ごし方としては、かなり好きだ。

「彩りフェスタ」、まさに自分自身、彩られている感じです。
んで、フリマについては、実はまだ準備が何もできていないのだけど(汗)、当日の状況次第では、再び「即興詩人」をやりたいです。

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2006.10.19

不屈のフライヤー

後輩が、イベントの告知をカラーコピーしたものを、はがきサイズに切ったダンボールの両面に貼っていて、それらが大量生産されていたから、ものすごく驚いた。

チラシだと、すぐにクシャクシャにされてしまうので、
ダンボールに貼ることで、見てもらいやすくなるかな、とのこと。

たしかに、この「物質感」は、ちょっとやそっとじゃヘコたれない。
「不屈のフライヤー」と呼ぶに相応しい。
イベントのフライヤーというジャンルにおいては、近年の地球上でも有数の硬さを誇っているはずだ。

ていうか、一枚一枚、両面テープでダンボールに貼り付ける作業の背後にある、熱さだったりノリだったり、そういうところを高く評価したい。

最近になってようやく私が「DIY精神」とか叫んでいる、そんなレベルを、軽やかに飛び越しているんじゃないだろうか。

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2006.10.18

無事終了

「連続」シンポジウムとはいうものの、1回目と2回目の間隔が夏休みをはさんで4ヶ月ほどあったので、多少の不安があったのだが、なんとか無事に終了。
今日の内容もいつかは活字化されるので、そのときにあらためて、今日の講演が鶴見和子の仕事を考えるうえでどうなのか、を検討いただければと願う。

鶴見和子が探求したテーマのひとつが、戦後の「生活記録運動」と呼ばれるムーブメントなのだが、私が以前からこのトピックスにひきつけられているのは、まさに自分自身がやっていることも、現代的な意味での「生活記録運動」ではないかと思うからである。つまり具体的には、何度もこのブログで紹介している作家、ナタリー・ゴールドバーグのエッセイに触発されてやり始めた「とにかくなんでも、1日数ページひたすら書く習慣」に、自分自身この数年、計り知れない恩恵と影響をうけているからだ。
(その恩恵と影響とやらが、新しいフリーペーパーの製作につながっていないじゃないか、というツッコミは無視)

次回の第3回シンポジウム(11月15日)のテーマはずばり「生活記録運動」なのだが、今日のテーマとむりやりこじつけ気味に解釈すると、「毎日書き続ける」ことが、「日々の暮らしの細部を見つめなおす」ことに展開していき、しだいに自分自身の中の「埋蔵資源」を刺激し、自分の新たな側面を発見するような、まさに内発的な作用が沸き起こる・・・そのプロセスを自分の成長に結び付けていく試みも、ある意味では「内発的発展論」に近いのではないか。産業構造や地域行政の話だけでなく、個々人の身体レベルにおいても、内発的発展はありうる。

あぁ、このことは、いま書きながら考えついたことなのだが。
ナタリー・ゴールドバーグに教えたくなってきた。

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2006.10.17

シンポ前日。

「今日は変なテンションで、すいませんでした(笑)」


シンポジウムの前日は、やはりバタバタしてしまう。
「今回こそは」と、ちゃんと準備しているはずなのだが。

案の定、今日も自分の判断の甘さゆえに、
予定していた時間内に作業が終わらない。

「やばいな・・・」と思いはじめた夜に、
何も知らないMSK氏が、前触れもなく大学にフラッとやってきた。

これこそ神の使いだと言わんばかりに、
MSK氏に救援を速攻で依頼(笑)

MSK氏は、そういう状況を予期していたのかどうかは知らないが、
よくみると、わが大学の最初期の頃の「オープンキャンパス用スタッフTシャツ」を着ていた。
私の記憶の限り、もっとも古いバージョンのデザイン。
エメラルドグリーンのうずまきが入った図柄。
いいネタだ、と思った。
ていうか、そんなシャツ、もはや他には現存していないのではないか。

ともあれ、そんな愛校心ある神の使いのおかげで、なんとかやるべき作業が片付いた。

こうして今日も無事にブログが書けている。
感謝です。

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2006.10.16

カレーのスプーン

よくカレーライスを食べるときに、水の入ったコップにあらかじめスプーンがつっこんであったりする、あの状態がいまいち納得できない。


***

いま、私の目の前に貼ってあるポストイットに、今度買わなければならないものリストが書かれている。
ありのままの記述で書いてみる。
・CD-Rケース
・A2パネル
・水素ニッケル電池ソニー
・ロールバーンメモ用ファイリング
・100円ショップ ベランダ用サンダル
これだけ書くと、いったい何がしたいんだこの人、という雰囲気がでている。

***

今日仕事で、チラシを貼るべく学内をウロウロしていたら、後輩に「なにやってるんですか」と尋ねられ、思わず
「チラシを貼って、逃げているとこ」
と即答してしまった。
そう、私はいつも、ついグラフィティのことを思い浮かべながら、チラシを貼っている。

***

グラフィティといえば、このまえこんなグラフィティ(ステンシル)をみつけた。

Dsc07036

ステンシルが、京都でもたびたび見受けられるようになった。
個人的には、ステンシルは「けっこう好きです」と言ってしまいたくなる。
より直接的なメッセージ性が問われてくるからだ。

***

いじめのあった学校の、校長や先生に対するメディアの扱い方が、それもまた社会的な「いじめ」に近い構図になっていて、今に始まったことではないのだが、やはり寒々しくなる。

***

カルチャー・ジャム情報。
今年の「無買デー」は、11月25日らしいです。
http://www.bndjapan.org/japanese2/index.html
「何も買わずにすごそう」という、反消費主義の運動。
今年はちゃんとトライしてみたい。

かつて私は、日本におけるこの運動の立役者であるGさんと、何度もコミュニケートできる機会に恵まれていた。しかし、その頃の私は、まだ、そういう「アクティビズム」に対する感性というか、「能動的な理解」がまったく足りていなかったため、ついぞ表面的な会話で終わってしまったことを、今になって後悔している。
なので、「遠回り的感覚」は、いつもつきまとう。

***

指揮者って、よく考えてみたらエアギターっぽくないか、
と、30cm定規を振りながら思った。

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2006.10.15

帰り道にて思ったこと

大きな意味で『センスのある人』は、そのセンスを可能な限り発揮すべきである。そのセンスの発揮を阻害したり足をひっぱるような輩や社会に対しては、そのセンスの良さを活かした反抗のみちすじを作り上げていけるように試みつづけるべきであり…そして、どちらかというと、常にセンスを大切にし、磨いていこうと志向する人は、やはりそのセンスの良さゆえに、そうでない連中よりも、いつだってゲームをリードできるはずだ。

センスある抵抗のための作法としての…思考停止しないための生活の知恵としての…DIY的な精神。

おもしろくなってきました。

子ども時代の自分の耳に向かって大声で語り聞かせてやりたいほどに。

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2006.10.13

おおきなかぶ

というわけで、今日のまとめとしては、童話「おおきなかぶ」では、おじいさんが苦闘しているその後ろに並ぶ人々は、前の人の腰をもつべきではなかったのではないか、つまり最初にかけつけたおばあさんは、おじいさんの腰ではなく、葉っぱの部分を持つべきだったのでは、ということだ。
協同作業はむずかしい。

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2006.10.12

ノースエンド・ハードボイルド・エレガンツ

案の定、昨日の日本代表のサッカーもノーチェックなのだけれど、その翌日ネットに掲載されていた、試合後のオシム監督の記者会見は、妙に読み応えがある
毎試合これぐらい「読ませるインタビュー」をしているのなら、ほんと、試合よりもこっちばっかりチェックしたくなる。

印象的なのは、なんだかんだいいつつ、「一言でまとめるなら」と、出てきたフレーズが「エレガント」。

改善点で一番重要なのは、落ち着いて冷静でいられること。それから効果的なプレーをすること。スキルをもっと正確にすること。これらをひとまとめにしてひとつの単語にするなら「エレガント」ということになる。私の考えだが。

これって、サッカーに限らず、いまの日本政府とかについても当てはまったりするんだろう。

「エレガント」って、ラモスとか中田英寿とか、ぜったい言わないだろうフレーズ。

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2006.10.11

紙にミシン

小学校の家庭科の授業以来、ずっと謎のままだが、
ミシンって、いったいどういう仕組みでああなるのか、いまだによくわかっていない。
子どもに聞かれても、ぜったい答えられない。
まぁ、筋道を明確にしながら、分かろうという努力をすれば、わかるものなのだろうけど。
でもとにかく、私にとってはマジカルアイテムだ。ミシン。

「ボビンケース」とかいう名称、なつかしい。
ボビンって。
フランスとかにいそうな政治家みたいなネーミングだ。ボビン外相。

で、
このまえ行った「Green e Books」で、外国の雑誌のページを切り取って、そこにミシンで糸を縫って作った封筒が売られていて、ちょうどCDが入るサイズのものを買った。
紙にもミシンで縫ってしまえるという、その方法に、素朴におどろきをおぼえた。

普通の紙で作った、普通の封筒とはいえ、
ミシンで縫われた、その質感というか、存在感みたいなものが、「輪郭」をもってはっきりと浮かんでくるようで、オツなものだ。

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2006.10.10

東北大学の思い出、もしくはくだらないイタズラのはなし

今日はたまたま、学生さんと東北大学の話になった。
私もかつて1度だけ、東北大学のキャンパスに行ったことがあった。
「緑の多い、環境の良い場所にあるよねぇ」とか
「夏にいったんだけど、さすがに涼しくて、クーラー設備がなかった」とか、
それなりの思い出を語っていたのだが、
「東北大学」ときくと、脳裏には別の思い出が浮かんでくるのであった。

東北大学に行ったのは、大学4回生の夏休みが始まったばかりの頃だった。
あるアメリカの心理学者が、東北大学で開かれる学会に招かれて記念講演をするというので、当時その人の著作が好きだった私は、同級生のオカK氏とともに仙台まで夜行バスで行ったのだった。

当時はそういう熱心な学生だったのだ。
ただ一方では、妙な学生でもあった。

というのも。
仙台にいく直前、私は、ある事情により、母校の大学で、ちょっとした「イタズラ」を仕掛けていたのだった。


そのイタズラを実施するまでの経緯はこうだった。

当時、大学4回生で進学希望だった私は、当然母校の大学院を最重要選択肢のひとつとして考えていた。
しかし、我々はその大学における一期生であったため、まだこの時点では母校の大学院が存在していなかった。
グラウンドをつぶして建設されゆく、なにやらよくわからない建物を眺めながら、「あぁ、ここに大学院ができるのだな」ということは想像できていた。
しかし、それ以上の情報は、この時点では何ももたらされていなかった。

たしかに、大学そのものも、そのスタートにいたるまでは、私が受験生だった秋の時点でも「文部省からの認可申請中」だったために、その存在が謎のままだった。(だから私は、本当にこの未知なる大学が開学するのかという疑念を払拭すべく、実際に建設中のキャンパスを確認しにいったほどだ。こちらの記事参照)

あの頃と同じように、この新たな大学院も、「認可申請中」などの理由により、依然として謎のベールにつつまれていた。
なのでそのへんの事務的な事情はよくわかっていたつもりなのであるが、粛々と出来上がりつつある新しい建物を眺めながら、同じように大学院進学を考えていた友人たちからも、「ちょっとぐらい何か学生に説明があってもいいんじゃないか」というムードがあったのである。なにせ、4回生の夏休み前だ。みんながナーバスになってしかるべき時期だった。

で。

私のいた学科では、必修科目として、「観察実習」というものがあった。
これは、心理学に関係する職場施設を訪問し、そのときの見学をもとにレポートを書くというものだった。
実習希望者を募るために学内に設けられた掲示板には、いつもひとつの実習先につき、1枚のチラシが貼りだされ、定員分の空欄スペースが設けられていた。実習に参加するためには、その「実習先のお知らせチラシ」の空欄に、自分の名前を記入するという、今思えばアナログなシステムだった。

これらの事情により、私はある思いつきを実行にうつしてみた。

私は、あまり人が出入りしない時間帯を見計らって、定規を持ってその掲示板に向かった。
そして、「実習先のお知らせチラシ」における、文字の大きさやフォントの種類、そして文字の間隔や行幅のスペースなど、あらゆる箇所を定規で測りまくり、その情報をもとに、実習先のお知らせチラシとまったく同じフォーマットの文書を、ワープロで作ったのである。(フリーペーパーを作るスキルというものは、こういうときに活かされるわけである)

こうして、私はその「自作フォーマット」に、実習先として母校の大学院の名前を書き、実施日を「2000年4月(予定)」とし、そして「定員:未定」として(実際、最も我々が現実的に知りたかったのは、大学院の入学定員だった)、「ダミーの実習先お知らせチラシ」を作ったわけである。
ひょっとしたら、誰かが「実習希望者」のところに、名前を書いてくれるかもしれない。
この行為を通して、私は、母校の大学院についての情報がなかなか公表されないことへのいらだちを、自分なりに表現したつもりであった。

ただ、あまりに本物とそっくりな文書が完成したため、多少のイタズラ感を出すために、あえて普通の紙ではなく、イエローカードを連想させる黄色い紙(ていうか、『ハウ』を作ったときにあまった紙)に印刷した。
そして、またしても人のいない時間を狙って、そのダミーチラシを掲示板に貼って、逃げたわけである。
(ちなみに:そのときは想像もできなかったが、奇しくも数年後に私は公共空間における『落書き/グラフィティ』を研究対象とすることとなった。そういう現象に関心を寄せる理由は、きっとこのへんにも原因の一端があるのだろうか)

こうして、そのニセチラシがどうなったか、確認する間もなく、急きょ仙台にいくことになったのであった。

東北大学にきて、お目当ての心理学者の講演会を聞くべく、大教室に座った我々の目の前に、うちの大学の助手の先生が現れた。
遠くまできて、よく知った顔に出会うとうれしくなり、我々は講演会が始まるまで、ずっと談笑をしていた。

そしてそのうち、助手の先生は、「そういえばね、最近こんなことがあったのよー」と、例のイタズラのことについて語り始めた。

最初は、平静を装って聴いていたつもりだったが、

なんだか、

いかにも、

その先生は、
私のほうをニヤニヤしながら、
事の顛末を語っていたので・・・





すいません。


わたしが、やりました。

Woodgate203_1

と、正直に自白した。


「あ~、やっぱりぃ~?」

と、いわれた。

なんでも、あのチラシを貼った直後、すぐにそのチラシはある先生に見つかってしまい、
助手の先生を交えて、「誰がやったんだろうか」という話になったのだが、
ほどなくして「まぁ、たぶんタテーシだろう」ということで落ち着いた、というのである。

Woodgate


「なぜだ・・・なぜオレだと分かったんだ・・・」

そんな私を、助手の先生は、まるで当てモノが当選したかのようにうれしそうな表情で眺めていたのであった。

というわけで、
「江戸のカタキを長崎で討つ」というコトバがあるが、
まさに
「京のイタズラが仙台でバレる」
という状況になったのであった。

その直後に講演をはじめたアメリカの心理学者の印象よりも、あのときの助手の先生の笑顔のほうが印象的だったのは言うまでもない。

なので、
「東北大学」と聞くと、まっさきに思い出すのは、そんなマヌケ・エピソードなのである。






こうして書くと、普通なら「あぁ、あの頃はバカだったなぁ」とか、
「若いって無邪気ねぇ」とか思うんだろうけど。
でもよく考えてみると、
今でも、私は、そういう人っぽい気がする。

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2006.10.09

奈良県立図書情報館

最近奈良市に、そういう名前の巨大な図書館ができたのである。11月で開館一周年になるらしいが、最近になって私もようやく利用するようになった。(場所として、アクセスがいまいちなのである)
以前、K氏が「子どもを連れて行く場所ではなかった」と書いていたように、そういう意味では利用価値に乏しい図書館かもしれない。
つまり、「読書の楽しみ」を広めて分かち合える空間としての図書館じゃないんだな、と思う。

ひるがえって、「調べ物を、机をつかって行いたい」というような利用目的だと、この図書館はさすがに設備がよいので、公立図書館のわりにはとても使いやすいと感じる。おまけに、どことなく外国の図書館(私にはロンドンの大英図書館の体験しかないのだが)っぽい雰囲気が、落ち着いたムードを演出している。なので、読書のため、という図書館ではなく、むしろお勉強スペースのために特化した場所だと思っておく。

それと、パソコンなどを用いた「アトリエ」空間を提供しており、むしろ私はそれが最大の目玉だと思った。
しかし最大の欠点は、「いったいどういうソフトが使えるのか」というのが、実際に現地でカウンターにいって、担当者を呼び出してもらわないと、詳細が判明しないということだ。そういう情報こそ、ユーザーにとって最も必要なのに、いちばん肝心な点がホームページ上では公開されていないのである。
で、担当者から見せてもらった「使用ソフト一覧」をみると、おおよそパソコンでできそうなクリエイティブ作業は一通りできることがわかった。
自転車で通える距離に、無料でフォトショップやイラストレーターのソフトが使えるとなると、今後の私の活動にもちょっとはプラスになりそうな気がする。
あと、夜8時まで開館しているのが助かる。
その2点において、ギリギリ私はこの新しいバブリーな図書館を支持しておきたい。

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2006.10.08

今日の一曲

デュラン・デュランの『オーディナリー・ワールド』。
youtubeで、わりと最近の演奏がみつかった。(こちら

この曲は、きれいなメロディーとともに、歌詞の内容に含蓄の深さをおぼえる珠玉のポップソングである。
そういう意味では、「人生の10曲」に入ってしまう曲かもしれない。
デュラン・デュランというバンドのキャラはともかくとして。

But I won't cry for yesterday, there's an ordinary world,
Somehow I have to find.
And as I try to make my way to the ordinary world,
I will learn to survive.

このサビの歌詞に触れるたびに、「ありきたりな日常世界」にこそあるはずの「大切にすべきもの」を探し続け、感謝していく態度を忘れずにいたい、と思い直す。

ロンドンで、地下鉄のストリートミュージシャンがギター1本でこの曲を歌っていたときは、立ち止まって、歌い終わったあとに感謝の言葉と硬貨を差し上げた。そんな思い出もある曲だ。

曲の最後に、

Any world... Is my world...
Every world... Is our world...

と高らかに歌い上げる部分も美しい。
「どんな世界も僕の世界、すべての世界は僕らの世界」

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2006.10.07

Green e Books

京都の京阪丸太町駅4番出口をでたところに、Green e Booksという本屋さんがある。
ホームページはこちら

ここがおもしろいのは、洋書の古本を主に扱っていることだ。
英語を読まなくても、とにかく棚のひとつひとつをじっくりみたくなる。
「楽しそうオーラ」が、ぎゅっと詰まったような、そういう本屋がおもしろい。
感心したのは、ロンドンで配られているフライヤーやステッカーを、どれでも3枚100円で売っていたこと。
確かに買ってしまいたくなる。

最近は、こういうインディペンデントな雰囲気の本屋がとても気になる。
海外ではかなり面白そうな本屋があるので、ネットで探索するのも楽しい。
また、随時面白そうな本屋があれば、ここでも紹介したいと思う。

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2006.10.06

街路における表象

大阪ミナミの千日前のアーケードにあった幕。

Sennichimae

はしっこをよくみると

Sennnichimae2

なんだか、いかがわしげなサングラスの男が。

でも、深い意味はない。
そこがすごい。
つまりのところ、街になじんでいる。
そういう人も、どんどん取り込んでいける街づくり。なかなかいいんじゃないか。


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2006.10.05

ZINE

たぶん2001年ごろだったと思うが、ふとある先生から、「ミニコミとかフリーペーパーみたいなものを、英語ではマガジンの『ジン』をとって、Zine(Zines)という」と教えてもらった。
単語ひとつで、世界が広がるものである。
ネット環境も整ってくると、Zineという単語ひとつでも、無限とも思える情報量が存在している。
そんな大きなムーブメントの、かすかな流れのひとつに、自分のつくるフリーペーパーやらがありますように、と願いつつ、少しずつ少しずつ、何かを書き続けている。

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2006.10.04

無題むだい

仕事先で作ったニューズレターが、PDFで大学トップページから読めます。(こちら
ちょっとは自分らしさがにじみ出ているのかな、と思っています。
うちの研究所にも、他大学からのこういったニューズレター関係がよく送られてくるのですが、ここまで「フリーペーパー臭」がするものは皆無なので、私のいる間だけでもそういうニッチな領域を狙っていければ本望です。

ただ今回はとくに、当初の予定とは違って、追悼の意を込めつつ作ったので、そういう緊張感もありました。

感謝すべきは、こういうDIY的パンク/インディーズ精神のノリを所長が共有してくれているという点でしょうか。
ていうか、所長がいちばんパンク精神の旺盛な人だと思っているのですが。

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2006.10.03

スーパーカーァー

遅ればせながら、元スーパーカーのフルカワミキのファースト・ソロアルバム『Mirrors』を、今朝になってはじめて聴きこんでみた。

Mirrors


すごくいいと思った。

もっとマニアックな音楽になるかなと予想していたが、すべてが聴きやすかった。

たまたま昨晩、ミクシィのコミュニティで「4人がいい」という名前のコミュをみつけた。つまりは、スーパーカーというバンドが解散したことを、いまだに残念がっている私のような人のために作られたコミュニティである。(もちろん、速攻で入った)


Spcr2005
やっぱり4人がいい。 
(しかしいつみてもこの写真は、バンドの実情を暗に示していたかのような「危うさ」があるなぁ。あと、今回のソロ作の題名が『Mirrors』というのも、この写真を想起すると、なんだか落ち着かない気分になる)

ちなみに蛇足だが、ニューオーダーの、おそらく90年代ぐらいのときの写真も、これ似たようなことしているんだが(『ハウ』14号の表紙にも使わせてもらったが)
Neworder19981
「おいおい、自分撮りかよ」みたいな(笑)


で。

いまさらだが、彼らの最後のライヴにあえて行かなかったことを、最近では猛烈に後悔している。
とりあえず、ライヴのチケットの購入権は当選していたのであるが、最後の最後で手が動かなかった。
あの解散発表直後の頃は、意地を張りすぎてしまった。
あまりに突然のことだったので、
怒りまじりの哀しさゆえ、
「もう、あんなバンド、知らん!」となっていた。
「スーパーカーがいなくなろうが、オレにはまだU2とニューオーダーがいる!」と唸っていたりもした。(よく考えてみたら、それはそれで当事者の平均年齢的に危なっかしい理由づけであるが。)

あぁ、でも覆ることのない私の歴史として、最初で最後の、自分にとってまさに大文字で書ける「同じ時代の空気を吸っている、等身大のロックバンド」として・・・あの今はなきCD売り場ではじめて『cream soda』を聴いたときのあの気持ち、「ずっとついていきたい」と確信させたバンドとして・・・でもって、最大級の落胆をもたらしてくれたバンドとしての、スーパーカー。


そんなわけで、恐る恐るフルカワミキのソロ作品と向き合ったが、なんだか予想以上に楽しめた。
ミキちゃんのソロ作とはいえ、ナカコーがかなりの部分で参加しているようなので、私にとっては、心の半分で、どうしても「実質的にはスーパーカーの新作」のように聴いてしまいたくなるのだった。
でも、なんだか、「ごめんなさい!」と謝りたくなるような気分でもある。
いいかげん、スーパーカーを卒業しないといけないようだ、リスナーとしては。

そういう作品。1曲目の『OVER YOU』が、とくにいい。

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2006.10.02

微妙なダイジェスト集

その昔、ちょっと気を利かせて、友人のU氏に、いままで自分が撮影したデジカメ画像のなかから、U氏が関係するものをまとめてCDに焼いて贈呈しようとした。
そこで、ファイル操作を間違えて、うっかり「コピー」ではなく「切り取り」を選んで作業を続けたもんだから、
U氏の写った画像だけが、焼くため用に新規で作ったひとつのフォルダにすべて移動してしまった。

いままで撮影したいろんな日の画像のなかから、U氏に関するものだけが、別のフォルダにすべて収まってしまい、しかも消すに消せない。コピーではなく「切り取り」なので、ファイルがここに集結してしまったのだから・・・
というわけで、私の「マイピクチャ」には、文字通り「U氏ワンマンショー」状態の「ダイジェスト版」みたいなものが残ったままであり、とても歯がゆい。

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2006.10.01

フリマ

1年の過ぎるスピードがあまりにも速い。
去年の10月といえば、ニャンごろう夫妻の結婚式がビッグイベントであった。
二次会を手伝わせていただいた。
すべてが終わったあと、会場となったフランス料理屋の店主から、私の(必死すぎて、いっぱいいっぱいな)司会者ぶりをホメられたっけ(苦笑)。

で、そんな結婚一周年記念を迎えるニャンごろう夫妻と、いつもの仲間とで、こんどフリーマーケットに出店しようぜということになり、これがすごく楽しみなのである。いつかこのメンツでフリマをやってみたかったのだ。
みんなでいらないものを売り払おう。
ついでに、いらない記憶も売り払いたい。なんだそりゃ。

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