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November 2006

2006.11.30

そういうふうにできている

古着屋のhanjiroの京都店がお気に入りなのは、随所に見られるデコレーションが妙にグッとくるからだ。なんというか、「バブリー」なそれではなく、「自作しました」感があって。
hanjiroが入る前はこの店も、歴史のある映画館だった。ここで唯一観たことがある作品が、ヴェンダース&ボノの「ミリオンダラー・ホテル」だというのも、自分の中では大きい。
あの映画のミラ・ジョヴォヴィッチの素敵なことといったら。
A0013134_2344287
不思議な映画でしたが。

で、
入り口のエリアなんて、とくにステンドグラスが好きな私にとっては、来るたびにうれしくなる。
店内の写真が、hanjiroのホームページにアップされているので、転載させてもらう。

Kyolinkphoto02

こういう入り口。ステンドグラス、いい。

で、もうひとつ見入ってしまうポイントが、レジ側のオープンスペースだ。
高い壁に、金色の額縁に入った鏡のレプリカが、ぎっしりと敷き詰められている。

ホームページの写真では、このように控えめに表現されているが。
Hanjiro

「よくこんなに貼り付けたよなぁ」と、いつもレジ待ちのときに感心する。

そして、

かならず思い出すのが、プログレ・バンド、おなじみエマーソン・レイク&パーマー(EL&P)の「展覧会の絵」(1971)のアルバムジャケットだ。

Elppaae
ロックとクラシックの優等生的融合。

まぁ、そのレベルだと、別にhanjiroの内装を手がけた人はそこまで考えていたわけないよなぁ・・・と、普通にやりすごすことができる。
ただ、どうしたって、古いロックが好きな人は、そういう風に反応しがちになってしまう。
「これって、アレやん」と。

てなわけで、もうひとつ、これはつい先日見つけたのだが、京都の新風館のフライヤー置き場(そんなものがオフィシャルに存在していることになるのかどうかはさておき)にあった、英会話学校のチラシ。

Eli

あははははは。

これって、アレやん、EL&Pのバンドロゴそのまんまやん。

Elpbest

さすがにここまでやると、パクるとかいうノリではなく、「ほぼそのまま流用」だよな。
こうしてネタにしてもらえることも計算済みかもしれない・・・
さらに「フライトアテンダントコース」っていうのも気になるところだ。

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2006.11.29

既製品をとびこえて

共謀罪の審議が結局どうなったのか、わからないまま。
その後のことを調べようとも思ったりするが、そこに時間を費やすのが、なんだか余計にくやしくなってくるので、いまだに何もしていない。

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 学科を越えた勉強会をサークル活動として運営している学生さんがやってきて、急きょ会合の席を持ちたいのだけど、このキャンパスでどこかいい場所ないでしょうか、とアドバイスを求めにきた。ほとんどの学内施設は、数日前から申し込まないと使用許可が取れないらしい。
 そうなると私の返答としては、往々にしてグレーゾーンを意識した「スクワット(不法占拠)的」な発想にとんでしまいがちになり、「ゲリラ精神は大事だよ」とか言ってマジメな学生さんを少し困らせてしまったのだけど、なんだかんだ話し合った末に私の出した案がきっかけで、そういう会合にうってつけの「オフィシャルな穴場」を見出すことができた。
 さらに、その場所を無事にキープできたことをわざわざ再び報告しにきてくれたので、私もうれしくなり、つい調子に乗って、「そうやってサークルでやっている勉強会の記録を、フリーペーパーみたいにしてもっと発信したらどうか」と提案した。記録をつけることは自分たちにも役に立つし、そうして「形」に残すことで、いろんな人に活動成果を効果的に説明できるし、サークル勧誘のビラ代わりにもなる。つまり今の仕事場でやっていることと同じような発想だ・・・うちの研究所で作ったニューズレターやシンポジウムのチラシを強引に手渡して「これをサークルで配るように」と言いつけつつ(笑) 
 でもその学生さんにとっては、「なるほど、その手があったか」という、ちょっとワクワクした感じの反応だったので、うれしかった。こうして私は、いろんな人に、(自分ができないくせに)どんどんフリーペーパー的なるものを作らせようとしている。

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 そのあとしばらくして、こんどは「レッドリボン・プロジェクト」としてエイズ問題やセクシャル・ヘルスについて啓発運動を行っている学生さんたちがやってきた。ついこの前、構想を話し合っていたと思っていたら、さっそくこのグループはカラー印刷のフリーペーパー(誌名は『snuggery』)を完成させていた。このスピード感がすばらしい。こっちは「HOWE」がなかなかできなくて、とグチをこぼすと、「時間は自分でつくるもんですよ」と言われる始末だ。たぶん、私にいま最も足りないものは、「早く、たくさん、伝えたい」という、そういう切迫感やら必死さやスピード感に乗せて語りたい「なにか」をストレートに出していくことなのかもしれないと思った。あぁ、ロック魂やん、それって。

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 で、帰る間際に、某氏のおつれあいさんがメインになって作ったという新刊書を見せてもらう。『京都きもの生活』という、京都界隈で着物を楽しむためのあらゆるリソースがマップと写真であますところなく紹介されているという、ありそうでなかった本だ。(くわしくはこちら31811341
作り手の本人がいわゆる「専門家」というわけではなく、ただ着物がマイブームになって、ネットでコンテンツを作り続けていくうちに、それを書籍のかたちまで持っていったというプロセスがすばらしい。つまり、思い切って「ワクワク」に飛び込んだら、いろんな「ワクワク」がくっついてきて、さらに大きな「ワクワク」が生み出されていったんだろうな、と想像させるようなポジティブ・オーラに満ちている。そういうオーラに包まれたプロダクトって、ちょっと触ったり見たりしただけで、受け手は容易に感じることができるものだ。こういう仕事は理想的だなぁ。

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そんなわけで、ゆるやかだが、私にとって今日は「DIY精神に触れた日」といえる。

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2006.11.28

知らぬ間に共謀罪

ダラダラ過ごしていたおかげで、すっかり忘れていた、共謀罪のこと。
なんだか今日、動きがありそうで。
福島みずほのブログより、以下転載。(こちら

共謀罪が危険水域に!!

明日11月28日(火曜日)に、衆議院の法務委員会で、共謀罪の審議入りをする可能性が大きくなるという緊急事態を迎えました。
今日、衆議院の法務委員会の理事会で、与党の理事複数から共謀罪の審議入りをという声が上がり、野党はそれに応じていないという状態です。
11月27日の今日、夜9時半からまた理事会を開くというこれまた非常事態になっています。

どうか審議入り強行を許さないという世論と国会の内外での取り組みをどうかよろしくお願いします。
法案の中身も大問題で、条約の批准について、アメリカは、留保をしており、また、日本のように670もの犯罪を共謀罪の対象にした国は存在していません。
今、与党は、何でもできると考え、強行をしようとしています。


また、防衛庁の省昇格問題も、今週いっぱいが山場です。
今衆議院の委員会で審議されており、30日(木)に採決、12月1日衆議院本会議通過といわれています。
これは、単に省にし、ランクアップするという問題ではなく、自衛隊の海外活動も本来任務とするもので、そもそも自衛隊の性格が180度変わってしまうものです。
専守防衛なので、海外には自衛隊は行かないという政府の見解すらも大きく変わります。この法案の先にあるのは、自衛隊海外派遣法案であり、イラク特別措置法などの特別立法なくして、自衛隊をいつでも海外へ派兵できる法案が準備されています。


そして、この防衛庁の省昇格法案を採決した後、共謀罪も採決すると言われています。


省昇格法案と共謀罪を食いとめるためにどうか力を貸して下さい。声をあげましょう!!

あーー、もーー、って感じ。
すいませんぜんぜん知りませんでした、ということで、
国や政府が悪い、のではなく、自分たちも悪いんだということ。

いまできることは、こういう情報をブログに載せること、で。

ほんと、共謀罪成立したら、(以前からここに書いているように)チャゲアスの「YAH YAH YAH」を放送禁止歌にしてみやがれ!!!(なんのこっちゃ分からない人は過去の記事へ → こちらをクリック

それにしても・・・
もういちど引用するけれど、

日本のように670もの犯罪を共謀罪の対象にした国は存在していません。
今、与党は、何でもできると考え、強行をしようとしています。

小泉政権以後の、たとえば北朝鮮問題などの「ムード」に覆われている世論やらメディア環境やらの、そのまさに裏側の見えにくいところで、どうしてこういう動きがやすやすと国民の目からスルーされなくちゃならないのか。

おもいきりバカにされてんのに、そこに気づけないのが、いちばん腹立つ。

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2006.11.27

夜猫新聞 vol.2

昭和モダンGoods&手作り小物の「夜猫」さんにまつわるフリーペーパー『夜猫新聞』第2号が、こけし編集長の尽力によりリリースされました。
特集は「秋のおしゃれ 古着」。編集長による「フルギスト宣言」にはいたく感化されましたので、ぜひ要チェック。
お問い合わせは(こちら)まで。
わたくしめも、「古着」とはまったく関係なく「妄想世界旅行 フランス編その2」をマイペースに書かせていただきました。

古着のおもしろさに気づいたのはついこの数年のことなんですが、「古本・中古CD(ブートレッグ含む)探索」に似た、「自分のこだわりにヒットするツボ」を追い求める宝探しのような楽しさがありますね。
むやみに服を買うのはタブーですが、古着屋にいって、特にTシャツのデザインをいろいろ眺めることで、なんらかのデザインセンスに触発されることがあるので、ついつい時間があったらハンジローとかWEGOとか立ち寄ってしまうわけです。さらに、店にきているお客さんの服装なども、いろいろ参考になったりするわけです。ただハンジローの店員さんの、軒並みファンキーすぎる格好は、決して参考にはなりませんが、でもまぁ、斬新なテイストに新鮮な驚きを覚えることが多いので、決して僕は嫌いじゃないです。

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2006.11.26

俊輔!

ひさびさのサッカーネタ。

先週のスポーツニュースで観た方も多いであろう、
セルティックの中村俊輔が、マンチェスター・ユナイテッド相手にチャンピオンズリーグで決めたフリーキック。

すげぇぜ。

マンUにしてみたら、
第1戦で決められて(このときはドロー)
第2戦でも決められて、0-1で負けるなんて、想像もしていなかっただろうに。

いつものごとく、Youtubeでも画像がアップされているが。
第1戦のフリーキック → こちら

そして先日の第2戦のフリーキック → こちら

Shunfk2


見事すぎて、
何度でも観たくなります。
相手がユナイテッドだけに、なおさら(笑)

この勝利の結果、セルティックは初めてチャンピオンズリーグのベスト16に進出したなんて、意外である。
中村俊輔にとっても、ひとつのハイライトとなるキックだったに違いない。

あと話がすこしそれるが、このときの相手キーパーが、オランダ代表のファンデルサールだということに、ちょっとした感慨を覚えるのである。
Shunfk3

というのも、2001年の「ユベントス×ローマ」における優勝争いの大一番、2-0で負けそうなローマが後半途中からトッティに代えて投入した中田英寿が1ゴール1アシストをぶちかまして見事同点に持ち込み、その結果ローマのタイトル奪取が大きく近づいたという、中田英寿にとってのサッカー人生ベストマッチともいえる、あの記念碑的な試合のユベントスのゴールキーパーが彼だった。
いやはや、なんか因縁を感じるキーパーだ。

ちなみに、
Youtubeはさすがにネタの宝庫と化すのだが、
さきほど紹介した動画がすべて放送用素材であるのと対照に、
「個人が勝手に撮影している動画」も、たくさんアップされている。
で、上記の俊輔フリーキックが決まった直後、ホームであるセルティックのサポーターたちがどんな様子だったのかがリアルに伝わってくる動画が2本ほどあった。

言うまでもなく、ゴールが決まった後というシチュエーションにおいては、「画像」としてはマトモに撮影されるわけがなく、音声のみがその状況を捉えているような、そんな代物であるが・・・
興味のある方は、怖いもの観たさで、
こちら と こちら を、ぜひぜひクリック。

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2006.11.25

無買日

今日は「無買日」として、過剰な消費生活を見直そうという運動が世界的に実施されている。(くわしくはこちら

京都で行われる無買日のイベントに行こうかとも思ったが、「無買日」のために、近鉄電車にわざわざ電車賃を支払うのもなんとなく本末転倒な気分がしたので、家にこもったり、自転車をこいだり、鹿とたわむれたりしていた。

でも「今日は何も買わないぞ」と心に誓うと、無性にコンビニで買い食いとかしたくなるのだった。
普通の日で、特に何も買わずに済む日はしょっちゅうあるはずなのに、だ。不思議なもので。

そんなこんなで一日が終わる。

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2006.11.24

YMCA

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ワーイ、エム・シ・エー!


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2006.11.23

熱いぜ、選挙

デイリーポータルZの記事「熱いぜ、選挙」をみておどろいた。(こちら

沖縄の選挙運動って、すごいことになっている。こんなアナーキーな匂いのする選挙ってないぞ。

もはや「選挙」じゃなくて「ビラの占拠」みたいな(オヤジギャグ)

で、やはり思うのは、「落書きやグラフィティと、この選挙ポスターの無法地帯ぶりと、どう違うのか」ということだ。
まったくその線引きは、完全に消失している、といえるのではないか。

対立候補の批判ビラに、自分の候補の名前のビラを「上書き」で貼り付けるとか、やっていることはグラフィティ・ライターとまったく同じだ。面白すぎる。

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2006.11.22

集金

再発やら過去のライヴ音源リリースやらを「精力的に」行い続けている「名実共にプログレッシヴ」な現役バンド、我らがキング・クリムゾン。
また新たなタイトルがリリースされるみたいで、さっきミクシィのプログレコミュのスレッドのタイトルが「また集金!!」とあったりして、笑ってしまった。
「集金」って、「定期的なもの」という意味合いが付与するから、すごく絶妙な表現で。こうしてファンもまた、アーティストの音楽同様、「緻密な計算のできるリスナー」として鍛えられていくのである(笑)

そういえば最近、帰りの電車で無性にクリムゾンの「レッド」とか「USA」が聴きたくなる。(年に1回は必ず、妙にクリムゾンばかりが聴きたくなる時期がある)
どちらもちょうど40分ぐらいで終わるので、帰宅の電車~家の玄関につくまで、ぐらいにジャストサイズ(笑)
つり革をつかみながら、「レッド」のギターリフを脳内でひたすらなぞる日々。

Youtubeで検索したら、アマチュア・バンドがコピーしている「レッド」を発見。(こちら)かなりいい線いっている。ベースの兄ちゃんの風貌が印象的である。

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2006.11.21

個人的今年度ベストソング

まだ今年もあと一ヶ月そこらあるけれども、
もはや2006年に聴いた「個人的ベストソング」は決まっている。

発表します!
今年度のタテーシ’sベストソングは!!

Shearer3_2
「スプーのえかきうた」!!









Woodgate203_2
で は な く て 、

今年度のベストソングは

Shearer3_3

サロン・ミュージックがカバーした、ソフト・セルの「Say hello, wave goodbye」です!!

Salon
収録作品:『THIS IS + O BOY』(1988)

このカバー曲、今年の3月からずっとヘビーローテです。

ぎゅーっ、となります。
サロン・ミュージックの鬼才ぶりが、このいかにも80年代初期のポップソングを、「カッコよく、かつ、キレイに」変質させている感じが、たまりません。(サロン・ミュージックがこのカバーを発表したのも1988年なのだが)
いずれにせよ古い曲なんだけど、いままで聴いたこともないような、時代の匂いを超越した不思議な音楽になっているのが、もう、「ぎゅーっ」となるんですね。内容がもともと切ない雰囲気の曲なんで、よけいに。

ちなみに原曲を、ソフト・セルの本人がつい最近ライヴで歌っている映像をYoutubeでみつけた。(こちら
懐かしがっているお客さんが一緒に歌っていたりして、ほのぼのした感じでほほえましいけど、
だんだんボーカルのおじさんが、遠目からみると、ちょっと顔の長さとかオーバーリアクション気味な感じとかが、なんだか自分に似てやいないかと、そればかり気になってくる(笑)

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2006.11.20

これも天文学セラピー

何気なく先日のヤフーニュースのなかに

「宇宙の暗黒エネルギー、90億年前から」(こちら
なんていう記事があったりして、

宇宙の膨張を加速するエネルギーが、これまで考えられていたよりも早く、少なくとも90億年前には存在していたことが、ハッブル宇宙望遠鏡による観測で分かった。

とのことなんだが、

宇宙は137億年前に誕生して以来、膨張し続けているが、

と、あっさり書かれると、
「ええ!!?? そーなん!? 知らなかったよ!」
となり、
Amazon16_5

物質同士が重力で収縮しようとする力に対抗して、膨張を引き起こす未知の力「ダークエネルギー」が必要だと考えられている。

だ、ダークエネルギー!?

Amazon16_6

となり、
つい「ダーク・ヘルメット」とかを思い出すのだが・・・つまり映画『スペースボール』にでてくる悪役で・・・ていうか、これはあの有名SF映画のパロディ映画なんであるが・・・
あ、奇跡的に画像がみつかった。これです。
Spaceball_thumb

・・・まぁ、ともあれ、

約50億年前にはダークエネルギーの力が勝って膨張が加速していることが分かっていた。

だそうで、
以前にも書いたけど、
天文学にまつわる話に日常的に接していたら、
普段の自分の営みとか、
過去とか未来とか、
なんだかとっても軽く超越されていて、
すみやかにその思索は「哲学」というものになっていき、
生きるうえでの、「軽やかな気分」が、
ほんのすこし得られるような、そういうのを私は「天文学セラピー」と呼んでいる。

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2006.11.19

今日は

姉夫婦の引っ越しの手伝いにいく。
昨日は『友達っていいなあ』と思い、今日は『あ、兄弟っていいなあ』とフト思い、改めて人とのつながりの大切さを実感できた週末だった。
…オチのない話で申し訳ありませんが、こんな週末にはオチはいらないな、と。

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2006.11.18

縁起

RくんAさんご結婚おめでとうパーティー!!
ふたりとも僕らは10年前から知っているわけで、なんだか本当に、そういう二人の門出を祝えるのは感慨深い。

パーティーの最後にRくんはスピーチで「縁起」という言葉を使った。
その言葉は、僕らが最初に知り合ったきっかけとなる、入学早々の全員参加合宿のパンフレットづくりのなかで共有された「キーワード」だった。パンフレットの冒頭のあいさつ文を考えていくなかで、仏教系の大学だからという理由で、覚えたての仏教用語をからめて、新入生同士の「縁」を表現したかったわけだ。

私の存在は、縁起として存在するのであって、私という一個の人間がそれだけで存在するのではなく、ありとあらゆるものとの繋がりの中で存在していることを表すものと、こちらのサイトでも紹介されている。

まだお互いが18とか19の頃、そうやって「縁起」の言葉をひいて、つくづくここにみんなが集ったことは不思議だなぁ、と思いながら、僕らは大学生生活をスタートさせたわけだ。

そんな「不思議」は、奇縁やら奇跡やら、とにかくいろんなものを巻き込んで、今に至っている。
その果てに、こうして結婚パーティーの最後に、僕らはまたあの頃のように、あらためて「縁起」の言葉のことを思い出したりしている。

「縁起」と聞いて、あのコピー冊子のパンフレットを思い出し、そしてそれを作った場所を思い出し、10年経った時間のことを思う。
やっぱりあの頃と同じように、今もまた、「不思議だなぁ・・・」と思うよ。つくづく。本当に。

これからもいろんな「縁起」に乾杯。
お幸せに!!!!!

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2006.11.17

見込み年齢

ふだん、学生さんと接することの多い立場にいると、
自分自身の実年齢なんてどうでもよくなってきて、
てっきり内面的には同い年ぐらいの感覚でいるつもりだから、
つい今日のように、ふと「29歳なんですよね」と学生さんから(しみじみと)言われると、
かなり自分でも驚くほど「あ、そうか!」となったりする。

つまり「年相応」というのは、社会的に作られるレッテルであるのと同時に、
自分自身がそれに同意して、身体化させるところまで浸透させてしまってはじめて、本当に「年相応」になっていくのだ、と思う。自分の人生を利用して、今まさにそれを「実験」している感じがする。
つまり、それは「ヘゲモニー」が作用する場であり、また「構築主義」的でもある。
しっている学問用語を並べただけかもしれないが。

あ、みなさん美味しいお酒の席を分かち合えて楽しかったです。ありがとう(笑)

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2006.11.15

第3回無事終了

連続シンポジウムの第3回、無事終了。
このテーマだからこそ、この人がここに来て、ここで語る、という実感が参加者全員に共有できた、そんなシンポだったと感じている。つまり個人的にはすんごい楽しかった。スタッフのくせに普通に聴衆となっていた。

戦後の「生活記録運動」が直面した「限界」というものは、いまの時代だからこそ改めて問われ返されるべきではないかという思いはその通りだと思うし(だってこうして今、自分がやっていることも、ある意味では生活記録運動なのだ)、そして、いまの時代の我々だからこそ提案できる、その「限界超え」のためのキーが、実はあるんじゃないか、というのは、最近個人的に少し考えているテーマでもあり、そういう意味では切実かつ今日的なテーマだった。

あ、それに関連して・・・って、単に言い訳ですが、次のハウが23日までにできる可能性は限りなくゼロになりました(笑)

話題をかえよう。ゴホゴホ。

シンポのあと、まったく別の用事で、ある先生が研究所をたずねてきて「なんか箱あまってない?」とのこと。なんでも、A4のファイルケースごと郵送したいのだが、ふさわしい箱がみつからないらしい。いつも朗らかなその先生の屈託のない笑顔にファニーさを感じつつ、「そういえば、僕は自宅でよくやるんですが、大きいペットボトルが6本ぐらい入るダンボールは、ファイルを収納するのにすごくピッタリなんですよ!」と思いつきのように言ってみたら、「なるほどぉー!」と感動して、コンビニへと向かっていった。とてもいいことをした気分で、なおさら心地よい。

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2006.11.14

最近の買い物

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ソニック・ユースの大昔のレコード。
普段、中古レコード屋にいっても、LPレコードをみることはほとんどないのだが、これはちょっと前に寺町のとある店でたまたま発見。デザインが自分にとってはストライクのど真ん中、っていう感じ。まさに「飾るためのレコード」だ。
表面のカバーも、レコード盤もすべて透明加工。クリアー。
こういう、ロゴだけで勝負してくるデザインが好み。
たとえレコードであったとしても。

ソニック・ユースって、接触頻度はそんなに高くないものの、ことごとく「自分のずばりなツボ」を刺激してくれることの多い、不思議な存在感のあるバンドだ。

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2006.11.13

こだわり

エアギターが進化、弾くと音鳴るTシャツが豪州で登場
[シドニー 13日 ロイター] オーストラリアの研究者らが、エアギターで実際に音を鳴らすことのできるTシャツを開発した。

くわしくはこちらより。

いや、でも、ねぇ?
それは、もはやエアギターの進化ではないんだよ、きっと。
それは、どちらかというと、「テルミン」みたいなものではないか。
(テルミンの演奏がネットで体験できるサイトがある。 →こちら


だって、いくら「(Tシャツは)音楽やコンピューターが得意でない人でも演奏可能な使い方の簡単なバーチャル楽器です」といわれても、むちゃくちゃ弾いたら、むちゃくちゃな音楽が発生するんじゃないか。それだと、エアギタリストとしては困るんだよ、商売あがったりなんだよ!(笑)

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2006.11.12

用事で母校の高校にいったのだが、生徒さんたちが、みんなすごく礼儀正しくて驚いた。すれ違っただけなのに、僕なんかにいちいち挨拶してくるのだ。

僕らのいた頃って、そんなんじゃなかった気がする。

いったい何があったんだ。「あいさつ運動」でも始めたのか。
でもなんだか、ひたすら挨拶しまくるって、ちょっと強迫じみてないか? パブロフの犬みたいになってないか? それとも高校に見慣れない大人がいたらそれは怪しい人だという可能性があるから、みんなで積極的に挨拶して撃退しようという教育方針なのかとか、いろいろ勝手なことばかり思ってしまう、そんな卒業生がここにいる。


あ、でも、もちろん、挨拶って大事だよね。
礼儀作法は大切だよね。

と、高校生と挨拶をしながら、すがすがしい気分になってんだか、まごついてんだか、よくわからない卒業生が、ここにいる。

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2006.11.11

笑いの殿堂

土曜日の昼は、ごはん食べながらつい「吉本新喜劇」にチャンネルをあわせることが多い。
昔からそうだったので、いまでも習慣化している。
ただ、ワンパターンが多くてつまらないことがほとんどなのだが。
でも、たまに、本当にくやしいぐらい、本気でおもいきり笑ってしまう、「奇跡のような回」があったりする。
今日はそういう日だった。
劇中、不倫相手とのペアルックであることをひた隠しにするために、一瞬にしてめだかさんの着ているセーターを別の人に着せるシーンとか、今度自分たちでも実践してみたいとすら思った。大笑いだ。

あの番組は、終わるときにその日のシナリオを書いた作家さんの名前をクレジットで目立つように載せてほしいぐらいだ。
そうすれば、だんだん好みの作家さんを覚えて、次の放送の際に「あ、今日はしっかり観なきゃ」と判断できる。

ちなみに私は安尾信乃助さんが一番のお気に入りです、か?

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2006.11.10

ビル・ブラッフォードのドラム

いつ、コートを着用するか。
朝の大問題。
そういう季節になりました。
「ひとりだけ早まってコート」だと、朝の満員電車のなかで
Inzaghi2
「今日もオレだけオフサイドかよ!!」
となりますからね。


金曜日の晩が、いちばんブログを書きにくい時間。
もはや、ダラダラとしてしまう。

音楽トーク。
ドラム奏者を一人挙げよ、となれば、「ビル・ブラッフォード」か「スチュワート・コープランド」で迷うところだ。
でもおそらく、人生でもっともたくさん聴いている回数でいえば、ブラッフォードだ。
イエスの『危機』やら、クリムゾンの『レッド』、『太陽と戦慄』など、私にとっての「70年代プログレ名盤5選」のうち3枚は、ブラッフォードが叩いていた作品だ。
で、そんな彼が率いていた自分のバンドの、古いライヴ映像がyoutubeでみつかった。(こちら
「The Sahara of Snow」という曲。この曲ははじめて聴いたが、このバンドでこんなかっこいい曲していたんだ、と驚く。
このビル・ブラッフォードの、背筋を伸ばしたスタンスで、重心のブレない、テクニカルで「清潔感」すら感じさせるドラムがお気に入り。
なので、ロック・ドラムの人は「頭フリフリで全身ノリノリで叩く」という固定概念は、この人に入れ込むことでなくなるわけだ。むしろ「上半身はブレるな!」とか言いたくなるぐらい。だからよけいにオリジナリティを感じる。かっこええ。

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2006.11.09

投票行動・・・もとい

さっき、この記事で「投票行動における『無関心層』のもつ可能性」について書いて、そしてそれに関連して「いっそ、みんなでウィルコムのPHSに乗り換えたら、それで幸せになれるんじゃないか」みたいなことを書いたのだけれど、

書いたあと風呂に入りながら、「なんか論旨がむちゃくちゃだ」と思ったので、さっきの記事は「なかったこと」として削除します(笑)

まぁ、とにかく言いたいのは、ここまで携帯電話各社があれやこれやと僕らを惑わせ続けて、結局似たり寄ったりなサービス料金帯で収まろうとするんなら、いっそ月額2900円のウィルコム同士で通話料ゼロ円の世界をみんなで共有したほうがよっぽどマシなんじゃないか、と思った次第です。

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2006.11.08

反射性自称

わたしは中学から高校にかけて、「ちょーさん」と呼ばれていた。

これは、私の年代の人なら一度は観たかと思われる、NHK教育テレビの小学生向け社会科番組「たんけんぼくのまち」に出てきた「お兄さん」に似ていることから、「ちょーさん」となったのだ。
(ちなみにあのお兄さんは、長島雄一という俳優さんで、ミクシィには彼のコミュニティがある)

ちょーさんと呼ばれた当初は戸惑いもあったが、だんだん慣れてきた。そして「一度聴いたら忘れられないインパクト」もあったので、高校に入ってからは自ら「ちょーと呼んでください」と先輩に自己紹介したほどだ。おそらく私にとって高校時代が楽しかったのは、最初の入り方が「ちょーと呼んでくれ」だったからかもしれない。そこで「キャラ」が確定し、今に通じる自己形成がはかれたのだろう。(どんな自己形成やねん)

さすがに大学に入ってからは、そういう自己紹介をする必要もなくなり、あえて普通の呼び方になっていったのであるが、いまだに地元の友人には「ちょーさん」と呼ばれるわけである。「ちょーさん」としてのアイデンティティは、きっと今後も続くのであろう。(本当か)

・ ・ ・ ・ ・

で、私は普段、パソコンで文字を入力するときに、
自分の名前を「単語登録」して、少ないキー入力ですぐに名前が打てるようにしてある。
多くの方も同じようなことをしているかと思う。
で、私の場合は、「ちょー」と入力して変換キーを押すと、自分の本名が表示されるようにしているのだ。

私はこの単語登録を、自宅のパソコンと、そして仕事先で使っているパソコンの二つに施している。
なので仕事のときのメールで、私が末尾に自分の名前を記している場合、それはもともとキーボード上では「ちょー」という入力の結果として、そうなっているわけである。
もはや家でも仕事先でも同じようにしているので、自分の名前をいちいち入力したことはここ数年ないんじゃないかというぐらいだ。いつだって「ちょー」である。そして変換のためにスペースキーを押すだけである。

で、今日の仕事先にて。
シンポジウム用に作ったチラシのデータを印刷業者にネット経由で入稿する作業で、いつものごとく悪戦苦闘していたわけである。

ここまでくると、オチがみえみえであるが、

急きょ、メールで印刷業者に連絡をしなければならなくなった。
ちょっと焦っていたのもあったが、ザッとメールを書いて送信ボタンを押した。

その送信ボタンを押す、その同じタイミング、ちょっとの瞬間に・・・

目の前のディスプレイには、
こんなふうにメールが締めくくられているのを、しっかりと黙視できた。

-------------------

以上の件、なにとぞよろしくお願い申し上げます。


                       ちょー 


----------------------

その、見慣れた「ちょー」の文字を垣間見たとき、

そういえば、
いまこのメールを書いているパソコンは、

先生から借りたノートパソコンなわけで、
普段はネットにつなげずに使っていて、
たまたま今は、都合によりネットをつないでいるわけで・・・

そういえばこのパソコンでは「単語登録」の機能なんて、使ったことないよなぁ。

ということを思い出した。


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・・・高校生のメル友かよオレは!

持ち前のブラインドタッチの影響もあってか、
ほとんど、無意識に指が動いていた。

返事がきたらどうしよう。

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2006.11.07

1991年の催涙スプレー

いまさらだが、先日引退したF1ドライバー、ミハエル・シューマッハのこと。
21世紀になってからはなぜか急にF1に魅力を感じなくなり、あまり真剣にレースを観なくなったのであるが、そんな私がテロテロと日常生活を送り続けている間に、ミハエル・シューマッハは引き続きたくさんのレースに勝ち続けていたようで、16年間のF1ドライバー生活が終わってみると・・

ワールドチャンピオン 7回
通算優勝回数 91回
通算ポールポジション 68回

という、すべてにおいて「歴代1位」の、とてつもない記録を打ち立ててF1界を去っていたのである。
おそらく当分、この記録がすべて塗り替えられることはないだろう。

そんなシューマッハの引退。
ひとつの時代が終わるんだなぁ、とあらためて実感。

そして、この大記録を前にシューマッハの偉業を思うとき、かならず胸に去来するものがある。

それは、1991年のロンドンでのこと。

当時ジョーダンというF1チームに所属していたベルギー人のレーサー、ベルトラン・ガショーは、恋人とともにタクシーに乗っていた。
Gacho

ところが、何らかのトラブルにより、ガショーはタクシー運転手と口論になる。
そこでガショーは、携帯していた護身用の「催涙スプレー」を、その運転手に放射した。

しかし、イギリス国内において、催涙スプレーの使用は違法行為とされていた。
よって、ガショーはロンドンで逮捕されてしまうという非常事態に陥ったのである。

数日後、奇しくもガショーの母国であるベルギーでグランプリが開催される。
しかしガショーは拘留されており、ジョーダンのチームはガショーを解雇せざるを得なかった。
その結果、代役として、ひとりの新人を起用することとなった。
その新人こそが、ミハエル・シューマッハである。

無名のシューマッハは、代役で臨んだはじめてのF1グランプリの予選において、なんと7番手のタイムをだし、その才能を見せつけた。
そのインパクトゆえに、その次のグランプリが開催されるときには、突如「電撃移籍」として、強豪のベネトン・チームがシューマッハを引き抜いたのである。

突然現れた驚異の新人レーサーは、ベネトン・チームでその才能を発揮し、デビューからまる1年たった、因縁のベルギーGPでさっそくF1初優勝を飾る。そして2年後の1994年、かのアイルトン・セナ事故死で思い出されるシーズンにおいて、初めてのワールドタイトルを獲得するわけである。
こうして、その後の活躍は、上に記した大記録更新の数々が物語っている。

つまり、
ミハエル・シューマッハは遅かれ早かれF1グランプリの世界に登場し、大活躍する逸材であったのは間違いないのだが、
このエピソードからも分かるように、シューマッハの登場を「予定よりも早めた」のは、あの日のイギリスで、ベルトラン・ガショーがタクシーの車内で放った1発の催涙スプレーが原因であったのだ。

あの催涙スプレーのおかげで、シューマッハはグランプリ界に強烈なインパクトでデビューを果たし、その結果として若手ドライバーにしては異例なほどスムーズに有力チームへの移籍を勝ち取ったわけである。

歴史を変えた、1発の催涙スプレーだ。

そういう意味でも、ミハエル・シューマッハという人物の、「持って生まれたもの」には、驚くばかりである。

16年間おつかれさま。
ひとつ、ベスト・レースを挙げるならば、1998年のハンガリー・グランプリだろう。
「絶対無理だろう」という言葉を、文字通り覆した鬼神の走り。

Schumacher_1998_hungary_rg

<どうしても書き足したくなった、補足>
ちなみに、ガショーは同じ1991年にもうひとつの“歴史”をつくっている。彼は、同年の「ルマン24時間耐久レース」において日本車がはじめて優勝した(そして、いまだに日本車はあれ以来勝っていない)、あのマツダ・ワークスチームの3人のドライバーのひとりである。
ガショー、ハーバート、バイドラーの3人の名前は一生忘れることはないだろう。なのでガショーというドライバーは、あの当時のモータースポーツにハマっていた日本人としては格別に思い入れのある存在である。

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2006.11.06

個人内しめきり


都合により、次回ハウについて「個人内締め切り」を設定する。
目標として、11月23日までになんとかする、となった。
なんとかなるのか。
いま、少しずつタブレットの練習している。でも次のハウで使わなくていいんじゃないか、という気もしてきた。
パソコンに向かって紙の上と同じように描けると思い込んでいる自分がおかしいんじゃないのか、という気もしてくる。

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2006.11.05

プロジェクターな日

関係各位すいません。
「宇治シネペック」の告知をするのをすっかり忘れていました。
今日の学園祭で行われた映画祭です。
宇治シネペックの自主制作映画『扉』に、私もちょこっと出演させていただきました。
ある夜の食堂の3階で、ひっそりとライトを浴びながら、はじめてカメラの前で演技をしたことは、よい思い出です。
今日はじめて本編を観ましたが、シュールで不思議で不気味ながらも、「扉」というモチーフが短い時間のなかでうまく使われていたと感じました。
そのまえに上映された「宇治の個人商店のドキュメンタリー」も、ツボに入りました。
自分も映像を撮ってみたいと思わせる、そういう意欲をかきたてられる、まっすぐな意味で挑発的な作品でした(笑)

下の写真は、お茶くんのバンド、ネガティ部のライヴ。
3ピースバンドの疾走感もまたオツなもので。3人でナンバーガールとかやるんだから、すごい。
僕の目にはザ・ポリスみたいに見えましたよ。華のあるベーシストがいるわけで、「すげー、スティングだー」って(笑)
ちょうど夕暮れどきの演奏だったので、その頃から背後の建物に生の映像を映し出していて、その雰囲気にシビれました。今日はプロジェクターに縁のある日。

Dsc07333

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2006.11.04

いろんなところで

いろんなところで、いろんなことが起こりまくっていて、もはや自分ではどうしようもなくて、もはや自分では何も選ぶ気力もなくなりそうなほど、あれやこれやと、出来事が動きまくる。

そういうときに、アートというのもは、自分がいまどこにいて、自分が何をするべきなのか、その準拠点を示唆してくれるのであろう、と思う。

いま思い出したことがある。桜玉吉がマンガのなかで、9.11テロのあった晩についての出来事を描いていたのだが、そのとき彼はテレビ画面をしばらく呆然として見つめていたあと、我にかえり、「今できることをやるまでだ」と再び机に向かった。
ちょっと意味合いは異なるかもしれないが、その感覚は、僕にとって、非常事態下でのアートのチカラを想起させる。

だから今日も本を読むし、
だから今日も音楽を聴き続ける。
そして何かを自分でも書いてみる。
それまでだ。

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2006.11.03

アイキャッチ

オリンピック・スタディーズ」という本がある。
オリンピックにまつわる政治学、といった専門書である。
や、読んではいないんですが。

この本の編者の方と、とある懇親会の席で一度だけ言葉をかわしたことがあって、いきなり前置きなく初対面で「サッカー好き?」と聴かれたので「はい」と答えたら、「そうかそうか」といわれ、それだけの会話で名刺をくれたという、不思議なトークであった。酒が入っていたのだからしょうがないのだが。

なので、たまに書店の棚でこの本をみかけると、そういった妙な思い出が呼び起こされるのであるが。

Kuzu2

そのとき、

Kuzu

とあって、
一瞬「クズ」の本かと思って、普通にドキッとした。

こうして、不思議な思い出がまた増える。

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2006.11.02

第3回

小粋な知的舞踏、連続ミニ・シンポジウムのおしらせです。

次回は11月15日(水)。場所は「小さな大学だけど、大きな大学にはない魅力」満載の京都文教大学・指月ホール。大人の事情のため、開始は13時から。

テーマは「鶴見和子と生活記録運動」。

3omote
(クリックすると大きくなります)

今回のポスターのイメージは、ずばり「無印良品」。

3ura
(裏面。クリックすると大きくなります)

戦後日本における、民衆によるサークル活動の隆盛において、生活記録運動とはなんだったのか。またそれを研究対象とした鶴見和子の思想とはなんだったのか。

なにとぞよろしくお願いいたします。

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2006.11.01

野球少年の偶然

新聞のスポーツ欄で、SHINJOのこれまでを振り返る特集記事の連載がはじまった。
第1回目はSHINJOのお父さんのインタビューが紹介されていた。「父から見ても宇宙人」という見出しで、幼き頃からすでに展開されていた、いくつもの「SHINJO伝説」がつづられており、それはそれで興味深かった。

で、ひとつ驚いたエピソードがある。

SHINJOは小学五年生のとき、それまでの「遊びの野球」をやめて、本格的にリトルリーグのチームを自主的に作ったそうだ。チームを作ってから監督を探した、というあたりもなかなかすごいと思うし、SHINJOがユニフォームのデザインまで手がけたそのチームは、いまでも活動を続けているというのも、かなりすごいことだ。

で、何が驚いたかというと、そのチームの名前は、「長丘ファイターズ」というのである。

ということは、SHINJOの野球人生は、「長丘ファイターズ」にはじまり、「北海道日本ハムファイターズ」で終わったことになる。

もしかしたら、SHINJOがメジャーリーグから日本ハムへの移籍を考慮した際、その「ファイターズつながり」という奇縁が、決断の片隅にあったのかもしれない。

いずれにせよ、私はその「偶然」にグッとくる。
もちろん、いつものごとく、「単なる偶然だよ」と流すこともできるレベルの話だ。

でも、ある不思議な野球少年が、自分で作ったチームにわざわざ「ファイターズ」と名づけたというそのささやかな歴史が、その20年後に起こるプロ野球チームの北海道移転にともなう「目玉補強」としてのSHINJO外野手をどこかで結びつけたのなら・・・

その「偶然」のおかげで、どれだけの人々がハッピーになれたかを想像すると、私はこれを「単なる偶然」とは思いたくないのである。

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