« May 2007 | Main | July 2007 »

June 2007

2007.06.30

そして3人が残った

3dai1

3dai2_1

3dai3_1

アメリカの「インディ500マイル」、
フランスの「ル・マン24時間耐久レース」、
そしてF1の「モナコ・グランプリ」。

この3つのレースを「世界3大自動車レース」という。

今でこそモータースポーツ観戦と縁遠いが、チャンスがあればこの3つのレースはいつか観戦したいと常に思っている。
それはまぁ、いいとして。

で、
パソコンではしばしば入力ミスというものが発生するものだけど、
この件について

世界3台自動車レース

と打ち間違えたままネットにアップしている人が検索するかぎり2~3人ほどいて、ちょっと和む。

---

紙と紙をセロテープでとめてつなげる。
ただそれだけの簡素な作業において、
無意識に

「でっきるっかな、でっきるっかな、ハテハテホホー♪」

というミュージックが頭の中で流れていることに気づいた。

Dekirukana
この人たち

幼児期のメディア視聴の影響力を思い知る。
たぶん「セロテープで紙をとめる」とか、すごく簡単な工程のときになると連想するんだろうな。

農作業をしながら歌う曲があるように、
私たちの世代は工作をしながら歌う曲があるということか。


しかし、あらためて考えると

「 で き る か な 」

って、なんて挑発的なタイトルなんだろう
このタイトルゆえに、なおさら食い入るように見てしまったのかもしれない。

| | Comments (4)

2007.06.28

大阪風情

こんどの研究所の映画イベントで流す「家族」をランチタイム・ワークショップで少しずつ観ているのだけど、今日みたシーンにでてきた1970年当時の梅田の雰囲気は、いまとそんなに変わっていないように思えて驚いた。あの風情は35年前からあんな感じだったのか、と。まるで映画のなかの情景が「このまえ通った道だよな」的に思えてしまう。どうしても。大阪の都市文化というものは、すでに万博の頃に完成の域にあったのか? とかすら感じるほどに。

・・・と、ここまで書いてようやく「大学HPに映画イベントの告知依頼を忘れていること」に気づく。

| | Comments (0)

2007.06.27

ヤミーにいくぞ

週末の土曜日には母校にて、関西地区の文化人類学関係の博士論文発表会があるようで、機材係として私も参加させてもらう予定(こういう『学会スタッフ』的な仕事ってひさしぶりなので、けっこう楽しみだったりする)。朝から夕方までひたすら発表会になるようで、ロックフェスみたいなものだ。誰が来てもいいはず(←未確認)なので、興味のある学生さんはロックフェス気分で来てもいいんじゃないか。持ち回り開催だから、我々のホームで開催されるチャンスを逃してはなるまいに。懇親会もあるみたい。

次の日は、日帰りで名古屋に行く予定。
いわゆるカルチュラル・スタディーズ関連の"イベント"、「カルチュラル・タイフーン」が今年は名古屋で開催されるのだ。
最終日である日曜に、どうしても聞いておきたい発表があるので、「あー、もー、行くしかないだろう、これは」となった。
場合によってはハウを配ったりすることもあるだろう。今の私にはそれしか発信できるものがない。

たとえお目当ての発表が「ムダ足になった・・・」と思うものであったとしても、それを埋め合わせるために、夕食は「yummy」でとることをすでに心に決めている。ヤミー行きたさに名古屋まで行ったんだ、ということでも構わない。本当は大須の射撃場にも行きたいのだが、その時間はなさそう。

先日のシンポジウムにおける、澤井さんの報告にあった四日市あたりを近鉄特急で通り過ぎるだろうから、今回は感慨深い気分になるかもしれない。

| | Comments (0)

2007.06.26

気取り屋さん

サッカーのゴールシーンで個人的に3本の指に入る忘れがたいシーン、
デニス・ベルカンプの対ニューカッスル戦のときのあの「魔法」について。
やー、これは「魔法」としか言いようがない。彼は何度か「魔法」を使ったが、これはその代表作だ。
今日ふとした拍子にアタマのなかで改めて思い出してみようとしても、なかなかうまく想起できない。
あんなに何度もくりかえし見たはずなのに、その動きがうまく正確に思い出せないぐらい華麗な「魔法」であるのだが、そう思うと、それを一瞬の間に目の前で演じられた相手ディフェンダーは、そりゃあ「!?」となるわな。

というわけで、このときの正しいベルカンプの動きはYoutubeでじっくり観られます。(こちら
これ、最後は右足で蹴ったことはすごく覚えているのだけど、ここをあえて右足で蹴る冷静さもすごいな。

もうひとつ、ベルカンプのみせてくれた別の「魔法」もおすすめだ。(こちら
これなんか、しまいには相手ディフェンダーは「魔法に見とれている」とすら伺えてしまう。

---

近鉄小倉駅ちかくのココイチの、またさらに近くに、ちょっとした洋菓子屋さんがあるのだが、
そこのガラス窓にはお店のロゴに添えて、こんな文句が・・

「気取った洋菓子と喫茶」

うーむ。
そういう言い方アリなんだ、と。
この調子なら
「気取ったマスターの喫茶室」
「口うるさい女将の居酒屋」
というのも、実は標語として使ってもいいのかもしれない。

| | Comments (2)

2007.06.25

つぎは7月11日

所長の予測ははずれ、私の予測は当たった~、と本人を前にして懇親会で浮かれていましたが、でも正直シンポジウムにあれほどの人数が来場するとは、思っても居ませんでした。そういう意味では私の楽観的予想も外れていたわけで。
イベント直前特有の投げやりモード的なテンションにまかせ「すっげーレジュメを作りすぎて、あまっちゃいましたー」という自虐オチを半ば期待しつつレジュメを無謀なまでに印刷したけれど(研究所に立ち寄って折込作業を手伝ってくれたキョコーとお茶くんには感謝!)、結局ほとんど余っていない。たくさん作っておいてよかった・・・

で、「今を考える」といっておきながら、仕事的には次の次ぐらいのことを考えてしまうのが哀しいサガとなっております。

次は7月11日(水)の「レトロモダンな映画を観ながら 『戦後』を語る集い」です。
『家族』(1970年)をやります。山田洋次監督作品。
途中で大阪万博が登場する映画、という意味では、これもまた戦後を考えるにふさわしい作品。きっと。
京都文教大学G102教室で12:20~開始です。
先日、京都新聞でもこのイベントについて大きめの記事を載せていただいたので、ちょっと問い合わせが増えたから、いつもよりも少しだけお客さんが来る気がします。

で、案の定、大学のホームページでの告知よりこっちのブログで先に書いてしまっているわけで。
いや、まぁ、新しいイベントの告知は23日のシンポが終わってからにしようと思っていたんで(いいわけ)。
で、もし今週中に本学HPでアップされていなかったら、またしても私が更新依頼をすっかり忘れているということを確信していただいて結構ですので、やんわりとツッコミを入れていただけるとありがたいです。

あと、こちらもすっかり後回しのまま、約半年遅れでニューズレターのリニューアル第2号を作らないといけません。自分で締め切りを設定しないと、ぜったい作れないような気がしてきました。締め切りがないというのはまるで私のフリペみたいで、いつもながら自由すぎる職場ですが、そういう状況ですので。

---

先日、朝食をとるために入った丸太町のマクドで、いかにも開店直前に拭きましたといわんばかりの床のワックスの粘性ぐあいと、私のブーツの底(最近、張り替えた)の摩擦係数が驚くほどミスマッチだったようで、もうすこしでトレイの商品をぶちまけそうな滑りっぷりを披露するところでした。ドリフじゃないんだから。

---

そういえば、先週の話ですが、職場にあるキッチン付近に侵入してきた巨大な虫を退治しようと厚紙をテキトーに振り回していたら、勢い余って急須を砕いてしまいましたことを告白します。
「勢い余って」というフレーズしか適用できないほどの、ストレートなまでに小学生レベルの行為を演じてしまいまして。
幸いにも目撃者が1名しかいなかったのと、ちょうど今は関係者の数人が海外実習に行っているので、いまのうちにここに書いて謝っておきます。

Inzaghi3
ごめんちゃい


| | Comments (0)

2007.06.23

ひゅー

満員御礼だったこと以上に、学生スタッフおよびボランティアのみなさんの動きっぷりに感銘を受けました。ありがとうございます。ごくろうさまでした。

みんなにとっての「今」を考えるきっかけが少しは得られた時間であったことを期待しつつ。
僕も自分自身の「今」をいろんな意味で考えていました。

| | Comments (4)

2007.06.22

蹴上

明日のシンポジウム会場の最寄りの地下鉄駅は『蹴上』という。『けあげ』と読む。

で、
蹴上駅の入口付近に唯一といっていい飲食店があり、それは外国人向けの英国風パブらしいのだが、
店名が

『kick-up』

というのをさっき知って、何かに向かって叫びたいほどの爽快感を覚えた。

| | Comments (0)

2007.06.18

準備はつづく

最近、昔話が多くてすいません。
なんとなく語りたい気分なんです。

---

このごろは、主に公開シンポジウムの準備に時間を割いているのだが、イベントのためにあれやこれやとやるたびに、私は「あぁ、これって文化祭みたいだ」と思う。
そして
「あぁ、あの頃は何もわかってなかったなぁ」という気分になる。

「あの頃」というのは、高校時代のことで、特に2年生の頃だ。
私は部活に入らない代わりに、「文化祭実行委員会」というところに入り浸って、一年中、「文化祭の準備」のための部屋(生徒会室)にいって、遊んで過ごしていた。そうじゃないときは地元のカフェ・レストランでこっそりバイトして、古いプログレッシヴ・ロックとU2をやたらと聴き、雑誌『F1グランプリ特集』を毎号楽しみにして暮らしているような高校生だった(やがて3年生になると、受験勉強の代わりに、生徒会室の面々で組んだバンドの練習と、突発的に沸き起こったフリーペーパー制作への熱情といった要素が加わることになる)。

私にとっては、あの部屋を通して出会った人々との交流というものがなかったらと思うとゾッとするぐらい、いろいろな意味で助けられた場所でもあった。

高校二年のときは実行委員長もさせてもらった。
しかし今思うと、委員長らしい仕事なんてまったく、ぜんぜん、できていないことに、恥ずかしさを覚える。
もうちょっとマシなやり方があったはずだ。
今の仕事も、そんなにテキパキと見事な準備をしているわけではないのだが、ことあるごとに「あぁ、あの頃はわかっていなかったなぁ。バッカだなぁ」と思ってしまうことがある。

そして、もしかしたら私がいまの仕事を楽しんでやっていることの裏側には、「ひとり居残り文化祭実行委員」的なものをどこかで感じているからかもしれない。
文化祭の準備は、まだ続いていたのだ。きっと。
金券の管理とか教室やテントの割り振りとか保健所の対応とか、すごく面倒だったけど、
似たような出来事が今でも私の業務のなかにあったりする。
パンフレットの原稿やイラストを書いたり、Tシャツをつくってみたり、やたら遅くまでダラダラ話し込んだりするのはすごく楽しかったけど、
やはり似たような出来事は今も私の日常のなかにある。
有志バンドや業者さんの対応はすべてMちゃんに一括して任せていたから僕らはかなり助かったんだけど、
今の私は、そういう対応も自分でやらないといけないので、たまにしんどい。

よく考えたら、あの頃の生徒会室と、
いまの研究所は、自分にとってよく似ている。
人の出入りのオープンさとか、求められるスキルとか、目上の人との関係とか。
おお。
何も変わっていない気がする。自分。

| | Comments (2)

2007.06.17

「戦後」を考えたり、カメラ雑誌を考えてみたり

京都文教元気プロジェクトの映画祭上映プロジェクト・宇治シネペックのイベント「平和をつくる若者たち」は19日(火)にも京都文教大学指月ホールで16時半から開催される模様。ドキュメンタリー映画『オッケドンム』の視聴とディスカッション。
土曜日にも開催されて、映画をみて監督さんを交えてディスカッションをしたのだけど、あらためて東アジアという場所における日本の特異性を感じずには居られないなと感じた。戦後補償の問題とか、まったく自分にとっては「切り離された言説」だと思わずにはいられないのだ。そういう生き方をしてしまったのである。それを教育の問題とすることはたやすいのだが。いやはや。
「知ること」と「まず話し合ってみること」の大切さを訴える映画であるが、ほんとうにそうだと思う。ただし、問題が大きすぎて、すぐにフリーズしそうになる自分もたしかにいるわけで。

---

で、つぎの週末は同じように「戦後」を考える集いです。
静かに、淡々と、でもかなり大きいものが、得られそうなイベントになればと思う。
623poster1_1

---

ていうか、この一週間はいつにも増しておもしろいと思う。
いろんな意味で。

---

本屋のカメラ雑誌コーナーで、「カメラ日和」とか「女子カメラ」とかの雑誌をみるにつけ、
この流れを生んだ最初の出来事は、やはりHIROMIXの出現と、ロモとかのトイカメラだと思えるのだが、つくづくすごいことだと思う。
「カメラ部員」って、今じゃすごくオシャレな雰囲気さえ感じるのだけど、
90年代半ばまで高校生だったりした我々の世代には、ありえないことなんだよ、と(笑)

そういえば高校時代、バイトして買ったもののひとつとして一眼レフカメラがあった。
なので一時期、カメラ雑誌を買ってそれなりに勉強していたが、どうしてあの頃に「カメラ日和」みたいな雑誌がなかったのかと、今の雑誌コーナーの充実ぶりを見てくやしい気分にすらなる。
おかげで、私には「CAPA」ぐらいしか読む雑誌がなかったわけだ(分かる人はここで失笑)。
つまり、カメラが好きですなんて、人前では決して言いにくい時代なのであった。

で、改めてヒロミックスのことを調べると、彼女がブレイクしたのがちょうど1995年のことで、それは私が高校生活を終える頃だったわけで、ドンピシャだ。そこから「ガーリーフォト」というコトバができたらしい。(ここ参照
私がロモをはじめて知ったのは、大学の先生が捨てていたのを拾って読んだananの別冊カメラ特集号で、「こんなカメラがあるのか!」という驚きと「失敗写真を愛でるなんて、なんてステキな態度だ!」と意味も分からず興奮してすぐ購入してハウのネタにしたのだが、それは確か2000年ごろのことだ。

あー、それぞれがあと5年早かったら、私も高校時代に間違いなく写真部に入っていただろう。

あー、でもそうなると、きっとあのときフリペなんて作らなかったのかもしれない。
青春はわからない。

| | Comments (2)

2007.06.16

予備の予備の予備の予備?

神戸で小学校の先生がひったくりにあう事件が発生したのだが(こちら)。

盗まれた所持品のなかに、児童の名簿などの情報が入ったUSBメモリーがあったらしく、学校から持ち出してはいけない情報なのでいろいろ問題だ、とかなんとか報道されているわけだが、
そこはともかくとして、よく読むと、
その先生がカバンに所持していたUSBメモリーが「4本」とあって、そこがどーしても気になってしまう(笑)

Inzaghi_majikayo_1
4本も・・必要なのか?


うーむ、やはりバリバリ仕事をする人はUSBメモリーも4本ぐらい所持しなければいけないのか!?
ついこの間まで、私は5年前に買った32MBのメモリーをチマチマ使っていただけに、どうしても気になってしまう。

| | Comments (2)

2007.06.15

加速する容量

ニュースで「有形文化財が・・」とキャスターが読んだが
私の耳には「UK文化財が・・」に聞こえがちだ。
アナーキー・イン・ザ・有形。

---

今日気づいたこと。
グーグルのGメールのログイン画面(こちら)には、このメールの特徴についてのアピールポイントがいくつか解説されている。

そこに書かれている、メールボックスの容量についての箇所をよくみると、

Gmail1

使える容量が自動的に増え続けて表示されているのである。

Gmail2

ある意味、育てゲームみたいな感じだ。一週間後にはどれぐらい増えているんだ。


| | Comments (0)

2007.06.14

探索の日々

何がくやしいって、最近、バカなことを思いつかない。くだらないアイデアとか、どうしようもないネタを思いつかないのである。

そんななか、今日は、机の上にあるはずの書類を、ひたすら捜し続けて1時間以上苦悶していた。
先にそっちをくやしがるべきなのだが。
見つからない哀しさや行き場のないやりきれなさを、
ぶつけてしまってごめんなさい。
灯台モトグラシ全開だった。

灯台デモクラシー。
あ、言いたかっただけ。

| | Comments (4)

2007.06.13

集団変遷史の物語

われらがスティーヴ・ハウ氏でおなじみのプログレッシヴロックバンド、YESについて、ウィキペディアの百科事典で検索してみる。

英語版のウィキペディアだと、このバンドの歴史的変遷についての解説文における目次は以下のようになっている。


Contents
* 1 History
1.1 Early years (1968-1970)
1.2 1970-1974
1.3 1974-1981
1.4 1983-1988
1.5 1988-1992
1.6 1992-2000
1.7 2000s

バンドのターニングポイントとなる年を意識して、時代を大きく7つに区切って解説しているわけだ。
これは至極まっとうであり、優秀だ。マル。

さて、ひるがえって、日本語版ウィキペディアで同じYESの項をみてみると、
このような区切りとはまた違った、独特の区分が構成されているのであった。


目次

* 2 音楽性と活動の変遷
2.1 黎明期
2.2 創設期
2.3 成長期
2.4 飛躍期
2.5 熟成期
2.6 転換期
2.7 変革期
2.8 衰退期
2.9 停滞期(解散時)
2.10 再結成
2.11 ABWH
2.12 統合〜収束
2.13 現在

Yes
「思えば遠くまで来たもんだ」

って! なんじゃあそりゃあ!
まるで「恐竜の栄枯盛衰」を語っているかのような。
なんだか、やはり日本のプログレファンの「熱さ」には、
毎度のことながら恐れ入る。


そんな今夜の一曲:初期YESの「チャンスも経験もいらない」(こちら)。
Beatclub
元気いっぱい

| | Comments (5)

2007.06.12

パートナーズのくせに

昨日から「だまれ」というフレーズがマイブームになりそうで怖いが、
今日の報道ステーションでは、いくつかの日本企業に買収をしかけている米国の投資ファンド、スティール・パートナーズの代表者がはじめて記者会見をした、というネタがあって、

この会見を開いた理由を

「日本の企業を教育しにきた」

ていうのだから、

Kuma_1
「 だ ま れ 」

だよなぁ(笑)

ちなみにネットのニュースでみたら(こちら)、ここでの表現は「日本の企業を啓蒙(けいもう)したい」とあるのだが、どっちも同じようなもので。

や、もちろん、その代表者が示唆するとおり、日本の株式会社はこれからこういう「啓蒙してあげましょう」の波に飲み込まれるのは必至だし、実際に啓蒙されるべきなんだろうけど、
しかしいずれにせよ、その高圧的スタンスというか、時代を経ても変わらないその姿勢には、「教育されていないのはどっちだよ」となるわな。いまどきそんなケンカの売り方ってあるんかい・・・

そういうネタに食いつきたくなるのは、この数日ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』を読んでいるから。戦後アメリカの占領政策のなかで日本人がいかに生き延びつつ対応してきたのか、私にとってまったくリアリティのない時空間の歴史的記述のひとつひとつに、なんだか「今まですいませんでした」と謝りたくなるぐらいの迫力に圧倒されっぱなし。
その傍らで、現代の大統領が、イラクの占領政策を「日本モデルでやる」といったことが、本当に大馬鹿野郎な構想であったことを痛切に感じてしまう日々である。

| | Comments (2)

2007.06.11

対話のネタとして

友人U氏が教えてくれたネタ。
「TVぴあ」というテレビ番組の情報雑誌があって、
そこには数週間先のテレビ番組表が掲載されているわけだが、
新聞に載っているテレビ欄に比べて、若干文字数に余裕があるため、その番組でその日どういうネタが扱われるのかが少しだけ記載されている。

で、メールで送られてきた画像には、そのテレビ欄が写っていて、

NHK教育テレビのところなのだが、
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

00 中国語会話
  「だまれ」
25 とっさの中国語
     ・
     ・
     ・


と書いてあった。

あっはっはっは・・・

会話の番組なのに」とU氏。
たしかにそうだよな。


| | Comments (2)

2007.06.10

雑記

ジロ・デ・イタリアを観ていますと書いておきながら、
レースの全日程が終わったことに気づかず、
誰が総合優勝だったのかも知らないままだったりする。

---

HOWEの16号の残部を、ふたたび三条のカフェ・アンデパンダンの入り口階段のところにおいてきた。

---

シェルドレイクの仮説(こちら)は、自分の都合の良いように解釈して使っていこうと思う。

「非常に簡単に言えば『直接的な接触が無くても、ある人や物に起きたことはが他の人や物に伝播する』ということである。」(ウィキペディアより)

たとえば、やたらHOWEみたいなフリペが受け入れられるようになったのは、大昔に似たようなミニコミが溢れていた時代が存在していたから、とかなんとか。

| | Comments (0)

2007.06.09

ここに来ると思い出すあの人

「100円ショップが好きで、
行くとついいろいろ買い込んでしまう」

と、
以前テレビか何かで話していたので、

私は100円ショップに行くたびに、

八代亜紀のことを思い出す。

Yashiro
雨雨ふれふれ

なので、これを読んだみなさんも、
これからの人生、
100円ショップの店内に入るたびに、
八代亜紀のことをムダに思い出してもらえれば、
私としても「ククク」となる。

| | Comments (0)

2007.06.08

あの人も白い旗のもとで歌う

昨日のネタのつづきみたいな話だが、
若き日のU2がステージで白い旗をふって歌っている姿をYoutubeでみることができる。

U2

曲は「サンデー・ブラディ・サンデー」。(こちら
U2の作品において「非暴力」を訴える代表的な曲だ。
アイルランドで起きた爆弾テロを題材にしている。

で、さすがYoutubeというか、なんというか、
それに関連して、すごい画像も見つかった。

Bushsong

こちら)である。
ブッシュ大統領の発声をサンプリングして、U2のこの曲を歌わせているという力作だ。
原曲の歌詞をほぼ完璧に発声させていて、驚くばかりだ。こういうのを「執念」というのだ。

| | Comments (0)

2007.06.07

やる気のある人とやる気のない人との関係について

私なりのリアクションを書いてみる。

いろんな社会における「グループ」で、意欲のある人と意欲のない人がいて、
意欲のある人はしばしば意欲のない人たちの存在に足をひっぱられがちになる。
こういう状況においては、
いろんなリアクションが考えられるし、
おそらくいろんな解決策もあるんだろうけど、
この問題は、なかなかやっかいで、むずかしく思えてくる。

で、最近わたしは、そういう状況において、
「信じている宗教が違うんだ」と思うようにしている。
あえてここで「宗教」というコトバを使ってみる。
もはや、お互い、信じている思想が異なっているんだと認めようとする。
そうすると、「なぜ外国の一部の国々では、宗教の違いだけであそこまで争うのか」という、日本人である私にはそれまで理解しがたかった彼らの心情も、ちょっとだけ自分のこととしてリアルに共感できる瞬間がある。
つまり、ストレートにいうと、「ぶちのめしたくなるぐらい、ムカつく」のである。そう、はっきり言うとそうなる。
「あぁ、この感覚が、古来から繰り返されてきた、宗教的対立の心情なのかもしれない」と、(バーチャルな感覚でしかないのだろうけど)そこを言語化できたときに、はじめて宗教対立の根深さを思い知った。
相手を自分たちの価値観に適合させようと努力することは、結局は「改宗」を迫っているんだな、と。「あー、そりゃ無理な話だわ」と。だって自分も改宗したくない。そしてそれでも改宗させようとする、その「暴力性」が、古来からつづく大量殺戮だったり、ビルを崩壊させたり、いろいろなエネルギーの源となってしまっているのか、と。
なので、私にとっては「宗教が違うから」という捉え方は、なんとなく「怒りの治めどころ」としては、ちょっとだけ有効であった。

で、そのうえで「宗教が違うもの同士、いかにうまくやっていくか」という次のステップを考えていかざるをえない。

ちなみにここでいつも思い出されるのは、例によってロックバンドU2のボーカルのボノのことだ。
彼の両親は宗教対立の根深いアイルランドという国にありながら、お互いが宗教のことなるカップルとして、ボノを生んだ。そしてボノが幼いうちに母親は逝去し、「宗教の壁をのりこえてひとつになったアイルランドを見ずに亡くなってしまった母親」というモチーフは、ボノにとって大きいテーマとなる。
なので、U2がロックンロールを奏でる、その根本にあるものは、まさに「異なる宗教のあいだで引き裂かれている祖国や世界に対して、異なる宗教の愛によって生まれてきた自分はどこまで歌い続けること=呼びかけることができるか」という切実な、命がけの問いかけなのだ。
なので、「宗教が異なるもの同士、うまくやっていくため」には、ボノはとにかく「ひたすらロックする、ひたすら歌い続ける、あらゆる人との対話を続ける」という闘いを続け、「いつか統一されたアイルランドがみたい」と公言し、暴力の連鎖に真っ向から反対し、ステージ上で白い旗を振り回してきたのだ。
「それでも自分は歌う」と、そういう選択をとれるように、「勇気ある自覚」が、必要なんだろうな、と。
決してそれで世界が安定するわけではないのだけど、少なくとも「行動しつづける自分」は、失っていない。

ましてや、「自分の信じている宗教は、だめなんじゃないか」とか思う必要は、ぜったいに、ない。

なので、日々いろんなシーンで「宗教の異なる人々」のなかで生きていく僕たちのなかに、「それでも自分は自分の好きな歌を歌う」という気概を失わないような、そういうエネルギーだけはキープしておきたい。
「自分が何者であるかを自分で定義する、“自己定義権”」を自覚しておきたい。

---


それ以上に私が目指したいのは、「なんでも最終的には笑いのネタにする」という感覚。これはめざしたいところだが、むずかしい。本当はよく考えたら笑えるはずなんだけどなぁ、と。でもむずかしい。最近不機嫌な顔ばかりしている自分がいる。それは認める。不機嫌ですまない。

| | Comments (4)

2007.06.06

shin-biで

shin-biで月・木の週2で入れるバイトを募集していますよ(こちら

shin-biはいわずとしれた京都精華大学の・・・なんていう位置づけになるんだろう。
とりあえず、COCON烏丸にある京都精華大学的なモノ、だ。

ところでここで今度行われるUPLINK CHANNELという映画上映イベントが個人的に熱いので、今度行ってみたい。(こちら

とくに
『KILL YOUR IDOLS』(2006/アメリカ/71分)
ニューヨーク・アンダーグラウンドのポスト・パンク・シーンを70年代後半から現在まで、タイムラインに沿って包括的に描いたドキュメンタリー。
『overcoming ツール・ド・フランス激闘の真実』(2005/デンマーク/108分)
チームCSCに密着し、イヴァン・バッソを始めとする選手たちを中心に、2004年のレースを追ったドキュメンタリー。
『マイヨ・ジョーヌへの挑戦 ツール・ド・フランス100周年記念大会』(2004/ドイツ/123分)
ドイツのチーム「チーム・テレコム(現T-モバイル)」の視点から、ツール・ド・フランス100周年記念大会に完全密着したドキュメンタリー。
『ペダル ピストバイク・ムーブメント in NY』(2006/アメリカ/52分)
ストリート・カルチャーの新定番、ピストバイク。ストリート・シーンに欠かせないニューヨークメッセンジャーの現在を追ったリアルなドキュメンタリー!!

と、最近の私のマイブームである「自転車」と、「パンクの歴史」とかが組み合わさって上映された日にゃ、体力の限界に挑むつもりで全部観てしまいたいぐらいだ。どうなるんだろう、これぶっ通しで観たら。

そしてやはり、自転車カルチャーがブレイクしつつあるんだなぁ、と思う。

| | Comments (5)

2007.06.05

dunce

ドゥンス・スコトゥスという中世ヨーロッパの哲学者がいるのだが、
この人の死後、彼の思想に反対する人たちが、
蔑称として「ドゥンス」の名前をもじって
「のろま、まぬけ、劣等生」という意味で使ったら・・・

「dunce」は今でも英語辞書でそのような意味になって残ってしまった。

ひどいじゃないか、そんなの(笑)

ウィキペディアの解説を参照したい方は(こちら)。

しかもさらに、
手元の英和辞典をみると、dunceの下には「dunce cap」というコトバがあって、
「ばか帽子:学校でなまけ者の生徒に罰としてかぶせた円すい形の長い帽子。今でも使用されることがあるが、人権侵害とされる」
とあった。

グーグルで調べると、

Duncecap


ひどい!
ひどすぎるよ!!(笑)
そりゃあ、こんなんじゃ、ますますやる気なくすわな。
この写真が多少オーバーに表現していたとしても。

そしてなにより、
スコトゥス氏も気の毒だ。

| | Comments (2)

2007.06.04

その名はタテーシ

最近話すようになった学生のKくんに呼び止められて、何かなと思ったら、
こんな場所があることを教えてもらった→(こちら)。
こういうネタはうれしい。
この手の情報は、(このネタ)以来の軽いショックだ。自分にとって。
あとついでにいうと、デイリーポータルZの林さんは、自身のサイトで(こんなコーナー)を作っているので、以前私がサインをいただくときに自分の名前を告げたら、微妙な笑みをうかべていたことが思い出される。

---

今日は、講義の入っていない時間帯を狙って、あさっての映画上映会のためにパワーポイントで字幕を流すリハーサルをやっていた。
次の時間にはまたこの教室で講義があるので、時間を気にしながら映画を試写していたのだが、そこで気づいたのは、次の講義がはじまるまでその教室に早くからきて、時間をつぶすつもりの学生さんがわりといるということだ。そういう学生さんは別にいまのリハーサルを観てくれてもいいのだが、みんな遠慮してどこかへ行ってしまう。ちょっともったいないと感じる。

で、そういう「待ち時間」ともとれる、大教室での時間つぶしをする学生さんに向けて、次の講義が始まるまでにこっそり漫談を披露したり、手品を披露したり、あやしい演説をぶったり、自主制作映画を流したり、アコギでフォークソングを歌ってみたりしてもいいんじゃないか。どうせ誰も使っていないステージなんだし、と妄想した。

さらによく考えてみると、上記でいうと「手品を披露」と「あやしい演説をぶつ」と「ギターをひいて歌う」というのは、いま私のいる研究所の部屋ですでに起こっていたことだと気づいた。本当につい先日はギターを弾きだしたお兄さんがいたのだ。つられて僕もテキトーな歌詞をつけて唄っていた。

こんな研究所がやるイベントが面白くないわけがない! なので(水曜日のイベント)とか(23日のイベント)とか、ぜったい来いよな!

Otituke_1
「わー!」

| | Comments (4)

2007.06.03

更新さぼってました

もう6月。そろそろ一年も半分すぎようとしている。
今年は正月休みが長かったせいか、いまでもほんのり「正月休み気分」が残っている感覚すらある。
箱根駅伝はすごかったなぁ、とか。昨日のことのように。

---

先日「キーボードを替えたい」という記事を書いたけど、
パソコンの入力装置としてのキーボードを単体として意識すると、いつも決まって思い出すのは、むかしロンドンの宿で会話を交わした、ある日本人のことだ。
その人は欧米で開催されているゲーム大会を転戦し、賞金をかせぎ、そしてスポンサーもついているという。つまり「プロのゲーマー」なのだった。
その道ではわりと知られた人らしく、年齢は僕と同じぐらいだったと思うが、「うわー、そんな人生もあるんだなぁ~」と思った。
そのような海外のゲーム大会では、プレステのような「家庭用ゲーム機」ではなく、おもにパソコンを使ったゲームが対象となるらしく、彼が宿をチェックアウトするとき、カバンのなかに大事そうに「自分用のパソコンキーボード」をしまいこんでいるのを見た。なるほど、彼にとってキーボードは、ゴルフクラブとかサッカーのスパイクみたいなものなのだ。
「旅行カバンひとつと、マイ・キーボードを抱えて、世界をまわる」という、そんな雰囲気が印象的だった。

なので、「道具としてのキーボード」には、自分もなんとなくこだわりをもってしまいたくなる。

ふと思ったが、
無印良品とかがキーボードやマウスを作っても面白いだろうな。
「キーボードを作るんだったら、パソコン本体ごと作らないといけない」と思い込んでいるのであれば、「それはちがうと思います」と言ってあげたい。キーボードとマウスだけでいい。あくまでも人間の体がふれる部分だけに集中して、ほんとうに使いやすい道具とはどういうものなのかを追求してほしい。

| | Comments (2)

« May 2007 | Main | July 2007 »