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March 2008

2008.03.31

ひたすら片付け

明日から仕事の場所が変わるので、自分の仕事場を片付ける。
いつも人間研をサポートしてくれる学生さんたちも手伝ってくれて本当に助かった。おかげさまでなんとか、間に合った。
ちなみにたまたま休日で大学を訪れたものの、お目当ての図書館が閉まっていたというU氏も、仕方なく片付けに参加してくれた(笑)
みなさま、本当にありがとうございます。

すっかり片付いて、なにもない所長のデスクを見るのは自分も初めてだったので、いろんな人にこの光景を見せたいな、と思ったとき、ふと映画『アポロ13』を思い出した。そういうシーンがあった。

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2008.03.30

15年ぶり

15年ぶりぐらいに再会する友人W氏と、積もりまくった話をさせていただく。
幼稚園の最初の頃ぐらいから、記憶の限りもっとも古いつきあいのある人だったのである。
この15年のあいだに何をしていたか、これからどうなるのか、いろいろ話を聞いていると「人生は驚きの連続だ」としか言いようがない。最近はことに「驚きの連続だ」と言いまくっている気がするが。

しかも今回の再会のきっかけが、驚くことに以前参加させてもらったフリペ「夜猫新聞」を、あるお店でたまたまW氏が手にしたことだった。
そこでカタカナで表記してあった私の名前をみて「ひょっとして」と、連絡をくれたのである。
フリペを作っていて良かったと思えるエピソードのひとつとなった(夜猫新聞編集長のこけしさんと店長ののりさんに感謝だ)。

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2008.03.29

思い出した

昨日のオープンオフィスの記事で、本当に伝えたかったはずのことを今になって思い出した。

そうだ、私は「オープンオフィス仲間」が欲しいのだ。
アイウォントOpen Office fellowだ。

なぜなら、結局のところ、いくら無料で素晴らしいソフトウェアであっても、
どこか、使いにくいのだ。いまだに慣れない。
日ごろの仕事をマイクロソフト社の製品でこなしているから、
そのギャップに戸惑うわけだ。

や、もちろん、「仲間=ユーザー」というのは、ウェブ上にはたくさんいる。
操作方法のわからないところは、検索すると、そりゃあもうボランティア精神に溢れた人々による詳細な回答がすぐに手に入る。

しかし何かこう、普段はマイクロソフトという巨大資本の道具を無自覚に使っているからこそ、オープンオフィスを触るときに感じる違和感や困難を、直接人と語り合いたくなるわけだ。
「いったい何故、Writerを起動したときの初期画面が、いつも150%表示になるのか、理解できない」とか、梅酒片手にグチりたいところなのだ。たぶんそれは贅沢な希望かもしれないが。

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2008.03.28

年度末

実質的に年度末最後の日なので、退任されるN先生と、所長室の片付けをできるところまでする。感慨深い半面、まだ終わっていない諸々の作業が残っていたりする。でもそれでも「長い間おつかれさまでした。」といえるだけの達成感を得られたのはありがたいことだと思う。

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マイクロソフト社のワードやらエクセルといったものが現在においてはパソコンソフトの主流を占めているが、それと同等の性能を持つべく、世界中のパソコンフリークが共同で作り続けている無料のソフト「オープンオフィス」があるわけで、こういった「オープンソース」に基づく思想は確実にその裾野を広げているといえる。で、ふと思ったのだが、ワードやらエクセルは、マイクロソフトという会社の存続が前提となっているから、ひょっとしたら会社が消えたら、ソフトも消えるかもしれないわけだ。それに比べたら、オープンソースで作られた無料の「オープンオフィス」のソフトは、おそらくパソコンがネットでつながる限り地上から消えることがないと思われる。必ずどこかで誰かが開発の手を緩めないで、利用者を増やし続けていくであろう。それこそがオープンソースの思想的強みである。
ということは、ワードやエクセルではなく、オープンオフィスの「Writer」や「Calc」の操作方法をマスターしておいたほうが、結果的には生き残っていたりするかもな。いや、言い過ぎか。

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2008.03.27

メントスの梅

メントスの梅味。突発的にハマってしまった。
先週、横浜・東京にいったとき、駅の売店に置いてあって、そこではじめて目にした。
3日間で2本食べていた。
地元に戻ってからも、気が向いたらそれとなく探しているが、このへんではまだ見つけていない。

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朝、早いめの電車に乗ってみたら、友人のなおぴよに会った。
びっくりしてしまった。いまの仕事をやって4年たつが、行きの通勤電車で知り合いに会うことってなかった。
久しぶりに顔をあわせるが、実は最近我々の仲間にめでたいニュースがあり、先日そのことでメールをやりとりしたばかりだったので、電車内での話題はその件についての「業務連絡」みたいな感じになったのが、なんとなく面白い。なんかこう、昭和の町角の子ども同士の会話みたいだなと思ったからだ。あの頃は、携帯電話がなくても、それとなくメールっぽい会話がそこかしこで成立できていた気がする。先の行事予定やらスケジュールなんて、頭で記憶できる限りの分量しか持っていなかったし。

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そういえばちょっと前、気分的にブルーだった帰り道、地元の駅で友人M・フィオリオとばったり出くわす。いつかこういうシチュエーションで会うだろうと思っていながら、なかなか出会うことがなく、6年目ぐらいでようやく駅でバッタリ会ったわけだ。そんなわけで途中まで一緒に歩いて帰り、ひとしきりいつもの微妙なトークをお互い繰り出しているうちに、さっきまでのブルーな気分が和らいだので、素直に感謝したくなった。
イギリスにパブが多いのは、そうやって地元のなじみの友人たちとフラッと会って、ダラダラ喋ってから帰る、ということの効能を多くの人が共有しているからだろうなと思う。

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さすがに春は別れの季節だ。後輩のMくんが鹿児島へいく。直前に挨拶にきてくれて、健闘を祈る。さっそく自分が近いうちに鹿児島へ旅にでる目的をいくつか頭のなかで構想してみたりする。

しかし旅行にいくと、なぜ普段はそんなに興味がわかないのに、駅の売店とかでお菓子を買い食いしたくなるのだろう。メントスだってスーパーで買ったほうが安いだろうに。
そうしてこの記事は再びメントスの話に戻ってしまうわけだが。

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2008.03.26

デコレーション

ココログのメンテナンスのため、記事が更新できず。
僕は本当に意地っぱりなんで、こういうメンテナンスの影響で連続更新記録が滞ると、とても悔しい。

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最近は、携帯電話に独自のデコレーションとして、きらきらしたパーツを貼り付けるシールみたいなのがよく売られている。

しかしだ、先日電車のなかで、そういう「デコレーション的シール」を、自らの顔面に貼り付けている女性をみかけた。

特別その人は、最新の流行を追うような奇抜なファッションだったり髪型をしているわけでもなく、どちらかというとむしろ地味な雰囲気ですらあった。
ただし、顔面を除いて。
顔の面積の5分の1ぐらい、花の模様のシールをはりめぐらせていた。

流行っているのか? いま。

それにしては、目をひいた。
と同時に、いくら普段から私は「プログレッシヴにいこうぜ」とか言っておきながらも、それでも「なんかそのシールは微妙だなぁ」と思ってしまった。
まぁ、「皮膚呼吸できないやん」「毛穴に良くないやん」とかいうレベルでの、違和感なんだが(笑)。やっぱり健康は大事やん? みたいな。

百歩譲って「その顔面シールのメリット」を考えてみると、「顔に怪我をしてしまい、傷跡を隠すため」という用途が思いつく。「仮装パーティー用」というのもあるが、電車に乗って帰宅するときは、仮装のメイクは落としてほしい気がする。それ以外になると・・・なかなかメリットは思いつかないなぁ、と。

うっかり日焼けすると、顔面に花柄。

などなど、謎の多いデコレーション・シールであった。

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2008.03.24

ルールを教えること

高校野球のシーズンだが、ふと「野球のルールを子どもに教えるのって、すげー難しくないか?」と思った。
いったい、どこから説明すれば、スムーズに理解してもらえるのだろうか。

たとえばサッカーだと、「手や腕を使わずに、相手のゴールにボールを入れるスポーツ」で基本的には通じるのではないか。あとはスローイン、フリーキック、ゴールキック、コーナーキックの説明と、「相手の足を蹴るような、乱暴なプレイをしないように」と注意すれば、すぐプレイできるほどだ。ちなみにサッカーでは「オフサイド」の説明が難しいとされているが、「相手のゴール前で待ち伏せするのを禁止するために出来たルールだ」という説明から入っていけば、わりと理解しやすくなるはずだ。

そうなると、野球はとても複雑に思えてくる。
たとえば、ふつうの打撃フォームで、何度でもファールを打っても問題はないが、2ストライクのときにバントの構えをして、バットに当たったボールがファールになると、「3バント失敗」としてアウトになるわけだ。この違いを認識させるのは難しいのではないか。私もだいぶ大きくなってからそのことを知った気がする。あと、「タッチアップ」というのも、理屈では未だにわかりにくい(笑)。しかもいまウィキペディアで調べたら、本当は「タッグアップ Tag up」と言うそうだ。それはほとんど知られていないのではないだろうか(こちら)。

幼稚園ぐらいのときは、プロ野球選手名鑑などを読むのが好きだったのだが、おそらくルールは理解していなかったと思われる。たぶん父親が最初に野球のルールを解説してくれたのだろうけど、物分りの悪い私を相手にかなり忍耐を要したはずだ。
「もし自分に子どもができて野球のルールを教えるような状況になったら、いったいどうしたらいいんだ」と、今から心配してもしょうがないわけだが。

いずれにせよ、野球は日本における国民的スポーツなわけだが、多くの日本人があの複雑なルールを人生のある時期に習得できているというのは、けっこうすごいことなんじゃないかと思えてくる。

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2008.03.23

そんなわけで

そんなわけで、懐かしい友人に会えたり新しい友人ができたり、前から気になっていた場所に触れてみたり、いい旅でした。

渋谷では映画を観るまえに“思想なきヴェジタリアン食堂”、「なぎ食堂」にも行けました。(こちら
Tabi5
ここは、もともとミニコミ/ZINEの販売を手がけている「Lilmag」さん(こちら)のホームページをみたことがきっかけで知りました。
渋谷の喧騒を逃れて、落ち着いてじっくりと自然な味わいのおいしい食事をいただき、そしてテンションの高いミニコミ/ZINEたち(主に海外の)が読めたり買えたりするという、微妙に奇跡のようなコラボレートが実現している店。


ちなみに食べ物でいうと、前から気になっていた盛岡冷麺の「ぴょんぴょん舎」の支店が銀座にあったので、これはどうしても行きたかったのです。なかなか盛岡まで行く機会はなさそうなので。
Tabi4
話に聞いていた通り、麺がゴムのような固さで、独特の美味しさがありました。
関西でも盛岡冷麺が食べられる店があるかどうか、真剣に探してみようと思います。

謎のサブカル・ビル、中野ブロードウェイ。階段の踊り場にあるテナント紹介ポスターたち。
Tabi3
クリックすると大きくなります。いったいなぜ、どの店舗も、なんだか怪しげに見えてしまうのか。

高円寺も歩きました。
やはりラブリーな町です。絶対に「町」という感じですな。

あと、凸版印刷がやっている「印刷博物館」も見学。オシャレな展示が並んでいてかっこよいです。活版印刷のはじまりが、流れ作業やら分業やら大量生産といったあらゆる近代産業構造の基礎を作ったという展開がダイナミックに示されています。

あとは・・やたら梅酒を飲みましたね。考えてみたら今週は4日連続で呑んでいます。
なによりこの旅で時間を割いてくださった方々にはひたすら感謝です!!

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2008.03.22

渋谷にて

映画『コントロール』が渋谷で一足先に公開されているのでnum氏と共に観たわけです。たぶんJOY DIVISIONの音楽をはじめてきくであろうnum氏には少々観にくい映画かなとも思ったが、それなりにストーリーがはっきりしていたので、映画としてちゃんと成立していた…なので、ホントにこんな人物が実在していたんだろうか、と感じたりもする。あのわずかな時代に作った曲たちが、まさに彼の苦悩のサウンドトラックであったことを再認識。あとイアンがバンド活動のかたわら職安に勤めていたことは初めて知った。当時の不況のイギリスの状況を職業経験からも体感していた人だったんだな。

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2008.03.21

浦安にて

かねてから気になっていた場所のひとつ、中野ブロードウェイにある「タコシェ」などを訪れる。
ていうか中野ブロードウェイがひとつの小宇宙だったので、エネルギーが吸い取られまくり。

そして晩はnum氏、M嬢、およびJさんを交えての語らいの宴。
人生は驚きの連続。という結論。

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2008.03.20

久しぶりの人々に会うためと、以前論文をかくために調べた場所を5年ぶりに再訪するのと、その他諸々の用事を持ち込んでひさびさの関東旅行です。
今日は逗子へいきました。友人親子の元気な姿にほっこりし、ひたすら遊んだUNOで僕は負けまくりでした。

PS・調査士Rの仲間のご卒業をお祝い申し上げます!現地にいなくてすいません。

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2008.03.19

アーサー

帰ってきたら、アーサー・C・クラーク死去のニュースを知る。
このあいだ「スリランカ」の記事で書いたばかりだったが。あぁ。
そこでなぜか一瞬思ったことが「イラク戦争開戦がちょうど5年前だったけど、その日もたまたまちょうど卒業式の日だったなぁ」ということだ。
イラク戦争とアーサー・C・クラークがなぜ結びつくのかはわからないが。

そしてもうひとつ、これは紛れもない事実として、結びつくイメージが浮かぶ。彼の代表作のひとつ『地球幼年期の終わり』の、とても古い版のものを持っていて、装丁の箱がボロボロで変色しているんだけど、とっても未来的なデザインが描かれている。この装丁のために手に取ったような本なんだけど、その本はもともと私の大学の初代副学長の遺した蔵書として、ある日学生たちに自由に持っていってもらうべく解放された本のなかから見つけたものだった。若かりし頃のあの先生が、この本の装丁にあるような、「懐かしい未来」みたいな感覚を持っていたのかどうかは分からないのだけれど、確実に私は「懐かしい未来」を生きてきたような錯覚がある。現にいまもまだ、その大学にいたりする。遺された想い出というものを、少なくとも私は大切にしてきたつもりだった。

ええと、帰りの電車で携帯電話から書いたさっきの記事も含めて、よくわからない文章かもしれませんが、梅酒2杯が今日は美味しかったので許してください。

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卒業式

でした。みなさまーおめでとうございます〜
別れのシチュエーションは苦手なんで、またすぐに会えるだろうという超希望的観測でもってさよならの手をふる。
僕の好きな映画『夢の涯てまでも』の感覚で、世界中のあちこちで、ゆるくみんなが顔をあわせて、また散って…というイメージを心に抱き。
現実に、そういう感覚が違和感なく受け止められる時代になりつつあって。
そういう時代にあって、今日出会ったたくさんの笑顔やら何やらがこれからの僕らを支えてくれますように。
立派で正統なフリをしつつ、単に意地悪なだけの、くだらない、『笑え、涙を流す価値のあるものなんてなにもない』(ジョー・ストラマー)はずの、ある種のモヤモヤのことを、『これが社会の厳しさだ』と自分で勝手に勘違いしないようにするための粘り強い狡猾さを手放すことのないように。アディオス。

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2008.03.18

毎日書く変人

さっき駅の階段を下りながら、
「今日はブログに何を書こう」と考えていると、
ふと

「毎日書く変人」

というフレーズが浮かんできた。
普通の言葉の連なりだけれども、
なんとなく、言いえて妙、な気持ちになってきた。

いまグーグルで「毎日書く変人」というフレーズごと検索したら、ゼロだった。
そういう呼び方をされている日本人がネット上にはまだいないらしい。

ニフティの翻訳ページで「毎日書く変人」といれると、

The eccentric person who writes every day

と出た。このフレーズで検索してもグーグルにはヒットしない。

そんなわけで、
私はこうしてなるべく毎日ブログを更新し続けるし、
そういう私は「毎日書く変人」と呼ばれたい気がする。

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2008.03.17

オアフ島、カフク・・・

自分の先祖の話など、何度聞いても忘れてしまう。
昔の人たちの、戸籍についての感覚というのは、「家制度」のそれも相まって、なかなか一筋縄ではいかない部分もある。だからややこしくて、図示されないと把握しきれない。

最近、私は自分の両親に「あらためて昔の話を聞いてみる」というキャンペーンを張っており、しばしば興味深い新発見があったりして面白い。

そんななか、自分の祖母が、ハワイ生まれであることを思い出した。ずいぶん前にそういう話を父から聞いていたわけだが、「移民」とか「戦前/戦後」の話のことなど、そういうことに前のめりになるには、ちょっと幼かったのかもしれない。
ともあれ(今の)私は、あらためて自分の祖母がハワイ生まれであることに驚いた。
「なぜ、なぜにハワイ生まれ!?」

聞くと、祖母の父は、お寺の住職さんで、当時日本から(とくに山口県)の移民が多かったハワイのオアフ島、カフクという土地で「布教」にいったという。そしてそこでお寺を建て、そこで祖母を生んだという。明治の話だ。ちなみに祖母は今度の21日で97歳になる。

オアフ島のカフクという場所に、自分の曾おじいちゃんが建立した寺があるのか? いまもあるのか?

聞けば、祖母は生まれてすぐに日本に戻ったのだが、それ以後ハワイには行っていないらしい。さすがにいまは行けるような状態でもなさそう。
父の記憶では、祖母のきょうだいは後年ハワイへ行ったことがあるらしい。しかし祖母はそのとき都合で同行できず、終始残念がっていたそうだ。
「自分がハワイに連れて行こう」と私の父は思ったに違いないだろうが、その頃の働き盛りの父にそんな時間的余裕はなかったであろう。
そう思えば、「お互い元気なうちに父にどうしてもロンドンという都市を見せておきたい」と願い、それを若いうちにさっさとやり遂げた私は、かなりエライんじゃないか、かなりナイスな判断だったんじゃないか、と述べたら、すんなり父は「そうだ」と認めてくれたのだが・・・そこで私はすかさず「なら、こうなったら、ロンドンの次に我々が行くべき場所は、オアフ島カフクじゃないのか?」と高揚しつつ言った。なんかもう、これは「探偵ナイトスクープ」的なノリだ。

しかし、父は、こともあろうに
「次に海外にいくなら、やっぱりヨーロッパがいい・・・」
と、すっかりロンドンの想い出が忘れられない様子(笑)
や、その気持ちはよくわかる。そうなるだろうから、確信犯的にロンドンへ連れて行ったわけだが(笑)

しかし、なんだって、そんなに興味深いネタがあることをいままで認識していなかったのか、自分は。
世界の遠いどこかの異国に、自分の先祖ゆかりの場所があるなんて。
自分にはそれがないと思っていたから、無理やり「ロンドン」という場所を定めていったっていうのに。
ていうか父よ、なぜそんな面白いネタがありながら、今までの人生でハワイに行こうと一度でも思わなかったのか!?

というわけで・・・
まさか自分にとって「オアフ島カフク」という地名が、急に身近なものになろうとは。

この話を私の姉たちも知っているのだろうか。
たぶん、ハワイだったら、一緒に行けそうな気がするが、さてどうだろう。

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2008.03.16

失神バンド

60年代のグループ・サウンズが自分のなかでマイブームなのだが、せいぜいコンピレーションCDを聴くぐらいで、なかなかその深みにハマるまでは至っていない。

というのも、怖いのだ。ハマりまくるのが。
なんだか、細かいところを知るうちに、すごく面白いわけだ。
ツッコミを入れだすと、止め処なくネタが溢れるのが予想されるのだ。


たとえばオックス。

「失神バンド」という異名をとっている。

ステージ上で演奏しながらメンバーが失神し、それにつられて客席の女の子たちも失神していき、問題化したというのだ。

どんなライヴだ。


Ox
ユベンティーノ?


youtubeでプロモーションビデオがあったのだが、
これもすばらしくシュールな雰囲気である。
衣装も、立ち方も、そして何よりボーカルの最後のセリフ部分とか。
こちらをクリック)←youtubeで埋め込みができなかった。


あと、映画のワンシーンで当時のオックスが歌っているシーンがある。
オックスよりも、この映画の続きのほうが気になってしまうが。

いやー、時代を感じるサウンド。グッときます。

ところで「失神」というと、思い出すことが。
職場での会議が終わったあとの雑談で、なぜそんな話になったのかは記憶にないのだが、
U先生が「アガサ・クリスティの小説とかを読んでいると、なぜかしょっちょう女の人が失神したりするんですが、なんで欧米の女性はそんなに失神するんでしょうかねぇ。そんな人日本で見たことないんですが」とか言っていて、会議の記録係として粛々と業務にあたっていた私はその着眼点に吹き出してしまったことがある。

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2008.03.15

タイミング

歯医者さんに行った。
歯科衛生士さんに「噛み合わせ」のチェックをしてもらうとき、
「はい、軽く噛んでください」といわれて、グッと噛んだら、
歯科衛生士さんの指を噛んでしまっていた。
あああ、もう、そのまま帰りたくなった。はずかしい。

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ちなみにこの歯科は、いつもBGMでずっとFM802の放送がかかっている。
ドリルで削られるようなとき以外は、診察台でもしっかりFMの番組が聴こえてくる。
で、ラジオのCMって、映像がないぶん、やたらナレーションでひきつけたり笑わせようとしてくる。
最近よくかかるサントリーのBOSSのCMが「宇宙人ジョーンズ」なんで、このシリーズを診察台のうえで口をあけたまま顔をゆがめずに聴き通すことが、最近もっとも心を砕く難事である。

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宇宙で土井さんの作業した「きぼう」についてのニュースが報じられている。で、昨日のNHKニュースでもその話題になったのだが、最後に水を差すように解説者が「しかし」と前置きして、宇宙ステーションの計画というものが予定より10年遅れてしまった結果、地球上での科学技術の進歩により、別に宇宙にいって無重力実験をしなくても済んでいるといった問題点を指摘していた。そういう認識が自分にはなかったので「へぇ!」となった。人類の英知を結集させて行っている宇宙開発の計画が10年ぐらい遅れるのはまったくありえる話だとしても、その間に「地上の英知」もどんどんグレードアップしていって、しまいには「別に宇宙までいかなくても同じ条件で実験できまっせ」となっていくという、そのすごさには恐れ入るなぁ。

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2008.03.14

iPod(第3世代)のバッテリーを自力で交換する件について

4年前にiPodを買ったときから、すでに「バッテリーが弱い」とボヤいていた。
実はあの頃のiPodは、概ねそういうものであった、らしい。
でもそのままガマンして使っていた。
アップル社によるバッテリー交換サービスもあるにはあるのだが、どうにも高額だ。

というわけで、世の中にはちゃんと、「自力で、自己責任で、安価にiPodのバッテリーを交換したい」という人のための商品がひっそりと流通している。
★2011年7月追記:以前ここで紹介したオンラインショップのURLは有効切れだったので削除しました。現在はアマゾンとかでも第3世代用バッテリーは売られてます


Ipod1

そう、もはや「失敗してもいいや」というノリで買った。
バッテリー交換が失敗して、二度と使えなくなったら、そのときはおとなしく新しいiPodを買おう、と。

ちなみに、このバッテリーに付属して、青い棒が2本ついた状態で送られてきて、説明書はない。
説明書がなくても、たくさんの先人たちがトライしている道なので、すでにネット上ではいろいろ参考になるサイトがあるわけだ(こちら や こちらを私は参照した)。写真つきでわかりやすく、こうやってボランタリーな人々の手によって、iPodのムダに弱いバッテリーへのイライラを乗り越えるための手引きが閲覧できるわけだ。

基本的なことは、先にあげたサイトを参照いただければと思う。
とりあえず自分も、写真を撮りながら作業をしてみた。

Ipod2
▲(汚れも気になるが)まずはiPodの側面の隙間に平たいものを差し込む・・・という作業なのだが、最初にどこから差し込んだらいいものか途方にくれていた。私の場合は、たまたま、よーーーくみると、金属の裏フタが「微妙にゆがんでいた」ため、ほんのすこし隙間が見えた。なのでそこをきっかけに、棒を差し込んでこじあけていく。もしこの「ゆがみ」がなかったら、たぶん私はこの時点で諦めていたと思う。
 一カ所に「くさび」のようなカタチでスキマに何かを差し込めたら、そこをきっかけにして、別の薄い板状のものをさしこんで、じわじわと別の箇所にずらしていく感じ。そうして、全体的にパカッと開くポイントがくるまで、粘り強くボディを分断していくイメージで。

Ipod3
▲先述のサイトによると、この裏側の金属のフタは、90度以上傾けないよう、このように開ききらない状態を保つほうがいいとのこと。本体右上部分に、平べったいコードがイヤホンと直結しており、この部分が破損しやすいためらしい。ちなみに左下の青い部分が、ハードディスク。このハードディスクの長方形の端子が、本体左下の、黒いビニールに囲われた緑色の四角部分にある端子とつながっていた。

Ipod4
▲バッテリーの端子をはずす。緑色の基盤の、下側をうまくくぐらせて接続されているので、差し替えて戻すときも同じようにしないといけない。
 なので、いっそ端子を接続する前に、コードだけを先に基盤の下をくぐらせておいて、そして最後にグネッとコードを強引に曲げて端子を差し込むといいかもしれない。赤白黒の3色のコードの順番や向きを間違えないように、もともとあったバッテリーを外すときに端子の向きを確認しておくこと。

Ipod5
▲バッテリーをはずした状態。

で、このあと新しいバッテリーを装着し、コードをうまく処理し、そしてハードディスクを接続しなおすわけだが・・・このハードディスクの接続が難物であった。四角い端子をどうやってうまくはめ込むか。接触部分を直接見ながら確認しにくいので、正直言って「カン」だけを頼りに差し込むしかなかった。
なので実はこの時点で、ほとんど「あきらめ」が入っていた。「あ、やっぱり無理かもしれない。あーあ、壊してしまった・・・」と。追記:四角い端子部分は金色の薄い金属で覆われているが、多少動かしても大丈夫なので、その薄い金属部分を指で持ったまま、四角い接続部分と合わせていけばわりと簡単かもしれない

でもまぁ、カンでくっつけた(決して、『差し込んだ』という感触ではなかった)ハードディスクもうまく収納し、ボディを再び合わせて、元の形にして、いざ充電して電源を入れると・・・

Ipod6
▲もどった。電源が入った。やった!!

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というわけで、
この最後のハードディスクの接続については、もっといい方法があるのかもしれない。それが見出せない限りは、「最後の最後は、カンだけが頼りだった」となってしまった今回の経緯を鑑みると、「自力でバッテリーを交換すること」をあまり安易には他人に薦めることはできないなと思った。

なので、お手持ちの古いiPodを、「壊してもいい覚悟で」バッテリー交換してみようかな、と思う人のみ、ぜひトライすべし!
ちなみに、バッテリー交換して一週間ほど経つが、やはり新品のような状態になった。毎日充電しなくても、自分の通常の使用時間範囲なら2~3日は使える感じだ。
やー、よかったよかった。これであと4年は使えるな(笑)


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2008.03.13

新作についてはここで

大阪市役所に、「ハウ情報コーナー」というのがあるらしい。
こちら)のページの、いちばん上に書いてある。

この1年ぐらい、実際に行ってみようと思い続けているのだが、なかなか平日の昼間に大阪市役所に行くのはむずかしい。。
財政も厳しそうだし、こういうコーナーが今後も存続するのかどうかも分からないので、「はやく行かねば」となっているのだが。

どなたか大阪市役所に行く用事のある方は、
ぜひ私に代わって、
ええと、まぁ、
そうですね。
「ハウの新作はいつ出来ますか」とか、
まぁそんな質問はしてもしょうがないのですが、
現場の雰囲気だけでも、お知らせいただけると、
とてもとても嬉しいです。

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2008.03.12

マイリストに

そうだ、このブログの「マイリスト」と呼ばれる画面左の部分に、フリペのバックナンバーを紹介すればいいんだ、と今さらのように思いつく。
今度ヒマをみて、作ってみます。

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2008.03.11

フリガナ

「無印良品」は好きなんだけれど、店内でいつも流れている特製BGMは、なんだか「いかにも」感が出すぎていて、ちょっとなぁと思ったりする。
以前の奈良ビブレのように、ギャル系の服屋も立ち並ぶ中、全フロアにわたってレッド・ツェッペリン「天国の階段」を流したときぐらいの、脈絡破壊系BGMで展開したっていいんじゃないか。ちなみに奈良ビブレは最近になって自転車の駐輪スペースを約半分ちかく削減するという反エコロジー的暴挙に出たので、私の中での評価はガタ落ちではあるが。

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用事で役所に行ったら、職員さんに書類を渡されて、そこに住所と氏名をボールペンで記入するよう言われた。

最初に目に入ったのが「フリガナ」という欄だったので、
私は自分の名前のフリガナを書き、
そしてその下に、自分の名前の漢字を書いた。
そう、書ききった。最後まで。
自分の下の名前の最後の漢字の、「はらい」の部分まで、きちっと。

書ききった。

で、よくみたら、
その欄は「 住 所 」とあった。


Dp2


「すいませんすいませんすいません」と私。
その書類はすでに職員さんが必要事項を書き込んだ後の、やり直しのきかない書類だったらしく、無理やり名前の横に線を引かれて「ここから続けて住所を書いてください」と言われた。職員さんは表情を崩さずに終始クールであった。

たぶん、私は自分の名前をカタカナで書くことがライクなので、つい「フリガナ」といわれると「よし!」と、威勢よくマイネームをライティングしたくなるんだろう(なぜかルー語)。

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2008.03.10

ギタリスト

いまshin-biでスタッフの募集をやっているぞ(こちら

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今日の気付き。













Risu

リスって、こんなにギターが違和感なく似合うんだ、
ということが今日一番の発見。

彼らは進化の途上で、どこかでギター弾いていた時代もあったんじゃないか、っていうぐらい。

今日という一日にだって、ほかにいろいろ「自分なりの新しい発見」があったはずなのだが・・・
たとえば、Wordにおいて「ヘッダーとフッター」の表示位置を設定する調整画面が、実は「ページ設定」の中途半端な場所に隠れていたことだったり。
でもそんなことよりも、リスだリス。すごいハマりようだ。

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ギターついでに、ほかの楽器について書こう。

80年代以後のキング・クリムゾンを代表するベーシスト、トニー・レヴィン。

Tonylevinquebec700

この、彼がよく弾く「スティック」という楽器が、すごく不思議でステキなのである。
「両手のタッピングで弾くベース」とでも言おうか。
「人力(じんりき)テクノ」っぽい音になったり、かと思えば弦楽器のような滑らかな音もでたり。
なんというか、「テケテケしながらもウネウネしてみたり」・・・うーん(笑)
すごい可能性を感じさせる楽器なのだが、そんなに演奏者が多い楽器でもなさそう。

で、そんな渋いトニー・レヴィンおじさんが、最近ソロを出したそうで、このPVがミクシィのクリムゾン・コミュでも大評判。
ノリノリのテンションで、ごっつぃテクニカルで深みのあるサウンド。

PVそのものはちょっとマヌケっぽい展開ではあるが(笑)演奏している姿が観てみたい!
ファン的な感覚でいえば、やはり90年代以降のいわゆる“メタル仕様”キング・クリムゾンにおける、良質の部分がうまく抽出された感じ。
いやー、あいかわらず、この人たちは、常に「プログレッシヴ」であり続けようと、きっちり仕事をこなしているなぁ(笑)

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2008.03.09

国際会議

やはり毎日ブログを書き続けるのはむずかしいですな。

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イギリスあたりで、捕鯨に関する国際会議が開かれた様子を、テレビのニュースが報じていた。
ニュースでは、会場となったホテルの外観が画面に映し出され、その次のシーンでは、ホテルのロビー付近で二人の男性が身振り手振りを交えて立ち話をしている姿も映し出されていた。

ニュースの文脈でみると、この立ち話の様子をとらえた映像は
「国際会議の参加者である彼らが、たまたまホテルの入り口で立ち話になり、真剣に捕鯨問題について話し合っている」
といった、緊張感のある状況として受け止めてしまいがちだが、
「おいおい、ちょっと待てよ。ひょっとしたら実際にはこの人たちは、この前バカンスで行った釣り旅行の話題で盛り上がっているのかもしれないんだぞ」
とも思えた。

ニュース映像って、しばしばそういうトリックがあるよな。

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2008.03.06

なぞの顔

さっきテレビの「アンビリーバボー」のなかで、グラフィティ・アーティストのバンクシーが取り上げられていてびっくりした。まさにグラフィティのような「急襲」である。食い入るように観てしまった。英国ブリストルの様子が映像で観られてよかった。
でもなぜイスラエルとパレスチナを隔てる壁に、いまバンクシーがグラフィティを描いたかという、そのへんの話はもっと重要視してほしいトピックスでもあった。「民族問題をあざ笑うかのように」とナレーションされていたが、あざ笑うためだけにあれほどのことができるのかどうか。(たとえばこのブログを参照 → こちら

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てなわけで、バンクシーのおかげで思い出した。昨年の夏に名古屋でみかけたステンシル・グラフィティ。

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過去にも名古屋では、感心してしまうほどのステンシルに出くわしたりもしたのだが、
このステンシルをみて、
何が心苦しいかというと、

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自分には、このオッサンが誰なのか、皆目見当がつかないのである。
誰よアンタ!? っていう。

分かる方がいましたら、ご連絡ください。


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2008.03.05

シャッフルひとまわり

iPodのことをはじめて知ったときに、もっとも良いと思った点は、
「シャッフルができる」
ということだった。

アルバムの枠を超えて、つぎつぎと予想外にいろんな曲が連続して流れてくる。
これは新しい音楽経験になるだろう、と感じたので、購入を決意したのである。

そう、「シャッフルで曲を聴きたい」がために、
私はわざわざiPodを選んだといって良い。

ところがである。
最近、わたしは、「シャッフルしないで聴く」ことが、なんだか楽しい。

アルバムの曲順どおりに聴いていくのである。

ふつうである。

MDウォークマンと大差ない。

というわけで、iPodを手にして4年ぐらいになるけれど、
なんだか一回りしたあとに、「普通の順番で聴くことに意義を感じている」という、超予想外の展開になってきている。

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2008.03.04

疾駆する情熱

ヤフーニュースのリンクで(こちら)、元F1王者のアラン・プロストが「今のF1はマシンがよければ誰でも勝てる」とコメントしている。

最近、「なぜ昔、私はF1があんなに好きだったのか」というのを自問していたところだ。
逆に言うと「なぜ今のF1に興味がもてないのか」ということだ。

別に私はプロストがいうほどには、去年デビューしたルイス・ハミルトンに才能がないとは思わないが、それでも「勝てるチーム」が限られていくこの状況は、年々すごく際立ってきてしまっている。そこが残念なのだ。

はじめてF1にハマった1990年シーズンの、レイトンハウスという弱小チームが見せた「ピットインせずにタイヤ交換なしで走り続ける」という電撃作戦で、あわや1位2位を独占しそうになったフランスGPのレースとか、あと1997年のハンガリーGPで、性能のレベルは下から数えたほうが早いぐらいのアロウズ・ヤマハのマシンに乗っていたデイモン・ヒルが、この週末だけやたら絶好調で、途中までトップを快走し、ギリギリ惜しくも2位になったレースなど、「ちょっとしたがんばりで起こる奇跡」みたいなレースにめぐり合うことが、最近はなかなか難しい。

ところでデイモン・ヒルについてウィキペディアでみたら、「庶民派」と呼ばれた彼らしい味のあるエピソードが多い(こちら)。チャンピオンになった翌年、鈴鹿でレースを終えたあと名古屋から新幹線に乗って東京へ戻ろうとしたら、どこも席が取れず、ずっと立って乗っていたとか。さすがデイモン。


ハンガリー、1997年。ほぼマシンがスローダウンぎみになったヒルは惜しくも最後の1周で抜かれる。

あまりに近年のF1が「マシン性能至上主義」的になりすぎて、以前はもうすこしあったはずの「人間臭い闘い」がめっきり影を潜めた感じがする。それはそれで主観的すぎる穿った見方かもしれないが。日本GPで2年連続、ともにチャンピオンを賭けた大事なレースで、2回ともにセナとプロストのマシンが、ほんの一瞬のアヤで接触してしまったことは、「因縁のライバル」という構図が示しうる以上の、カタルシスに近い驚きやら複雑な情動やらを喚起させたものである。

でももうひとつ、大きな要因をあげるとすると、モータースポーツとの距離感は、クルマというものに対して以前ほど興味がかきたてられなくなったというのが大きいかもしれない。エコロジーブームの影響か。そのへんで、ちょっと我に返ってしまっているのかもしれない。

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2008.03.03

スリランカ

「スリランカ」という国名に触れて思い出すものがふたつ。
ひとつは、「SF作家のアーサー・C・クラークが今も住んでいる」ということ。

もうひとつは、高校生のとき、文化祭をつくるスタッフであった頃のこと。
1994年だ。

スリランカから先生が来ていた縁で、高校の文化祭でスリランカへの寄付を募ることになった。
その流れで、文化祭スタッフの仲間であるなおぴよ(のちに組むこととなるバンド、バナナワニにおける歌姫)や、Miちゃん(当時の友人はみんな知っているだろうけど、僕が好きだった人)達のいたクラスが、そのスリランカからの先生との交流が深かったため、「スリランカのカレー」を出店することになった。

店の名前が「まさおカレー」となり、それはJリーグ発足間もない頃に流れていた「カレーを食べたまさお君がラモスに変身する、『Jリーグカレー』のCM」をもとに付けられた、ナイスなネーミングだった。

今振り返ってみると、なぜそういう経緯になったのか、ぜんぜん思い出せないのだが、パンフレットに掲載するラモスの顔のイラストを、なぜか隣のクラスにいた僕が描いたりしていた。そういうフリーダムなノリは、いかにも高校生って感じで、いい。

さらに、なぜそういう経緯になったのか、本当によくわからないのだが、なぜか僕は「スリランカのカレーの作り方」を必死にリサーチしなければいけない状況になった・・・
・・・ひょっとしたらMiちゃんに協力を求められたのかもしれない。そりゃあ当然動くよな、自分。
で、1994年当時、インターネットというものがなかったことに留意されたい。当時の僕が取った手段は、公立図書館へいき、めぼしい資料がないと分かると、「タウンページ」を開き、そこにあるカレー店のリストをチェックしたことだ。

そこで、永遠に忘れないであろう、
あるカレー店の名前が飛び込んできた。


 「 イ ン ド の と な り 」


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「インドの・・となり??」


Map_india


というわけで。

「インドのとなりはスリランカだから、
ここならスリランカのカレーについて知っているはずだ」

という、そういう思い込みで動いてしまえる90年代的高校生っ! バンザイっ!!高校生!!
この年はtrfの『ボーイ・ミーツ・ガール』が流行っていたね! 今でも僕はこの曲が大好きだぁ!! いつ聴いてもこの頃の自分に戻るよ!!

さて
話を戻すと、
僕はさっそく「インドのとなり」に電話をした。
が、当然ながら店長さんは
「スリランカのカレーについては、よくわからない」
とのこと。
僕は、そのあと自分がどうしたのか、どう反応したのかという記憶が、まったくない。
ちなみに「インドのとなり」は、れっきとしたチェーン店であった。さしずめ今だったら、「ココイチ」にいって「オーガニック素材でつくるカレー粉の正しい調合方法を教えてくれ」と訊きに行くようなものだろう。そういう、なんともいえない、青臭い行為を、僕はあの頃真剣に、もうそれは本当にマジメに、やらかしていたわけだ。

さらに、なぜ、そうなったのか、まったく記憶にないのだが、
(都合の悪いことは全部忘れていく)
スリランカ・カレーの準備をめぐって、文化祭の実行委員長としての私が何らかの過失をやらかしたようで、その件で、そのクラスの怖い担任の先生に呼び出されて怒られたことがある。
私は今も昔も手際がわるかったり段取りがうまくできなかったりするわけだが、きっとそういう関連で、ミスったことをやったのだと思う。自分でも反省していた記憶がかすかにある。

本当にこの先生は学校で最も怖くて苦手だったので、その恐怖感が全身にあらわれていたのであろう。
なぜなら、その場に、おなじ文化祭スタッフとして責任を感じたのか、一緒に立ち会ってくれていた憧れのMiちゃんが、職員室を出たあとに「怒られてるとき、すっごい震えていたで」と教えてくれたからだ。

そんなこと、まったく自分では気付いていなかった。
怒られたことよりも、そっちの恥ずかしさのほうが堪えるわけだ。

Inzaghi8


そんなわけで、「スリランカ」と聞くと、私はいつもこのことを思い出す。

で、なんで今日になってこんなことをブログに書いたかというと・・・
地元の、阪奈道路ぞいの道に、だいぶ前から「スリランカ・カレーの店」というのがあるのだった。
この10年ぐらい、ずっと気にはなっていたが、あまりにも入りにくい雰囲気だったため、なかなか2階の入り口に続く階段が上れなかった。
そして店の前を通るたびに、私は「スリランカ」という国名に触れるため、上記のような思い出をいちいち想起させられるのである。

が、つい先日、意を決して入ってみたのである。
そうすると、ランチのカレー3点セットが、ふつうに美味しくて、「あぁぁぁあぁ、なんで今まで行かなかったんだよ!」と思ったわけなのである。

店の名前は「ハンターナ」。ホームページは(こちら)。

お店のスタッフも、おそらく全員スリランカの人たちだ。置いてあるものや流れている音楽も含めて、奈良の平城宮跡のちかくという観光濃度高めの状況とはまったく文脈を異にした、本格的エスニック料理店であった。
おまけに今、このお店を取り上げているヤフーのグルメサイトの「クチコミ投稿」をみると、「店に行ったきっかけは、知り合いが店の前で追突事故をおこし、警察が来るまでの間、待ちぼうけ(しかも真冬に)していたら、オーナーさんが”チャイ”を持ってきてくれた御礼を兼ねて食べに行った次第です。」という書き込みがあって、素直にグッとくるエピソードである。

いやぁ、自宅の近所に、ダイレクトにこんなよいお店があったとは・・・と、10年越しぐらいの再発見であった。

そういうわけで、「スリランカ」に、また新たな思い出がくっついた。

最近、なんだか「思い出話系」の話題が多いブログです。

では、trfのボーイミーツガールをここに貼り付け・・・

この曲のシングル盤には小室哲哉による「アイルトン・セナ追悼バージョン」も収録されていて、1994年という年をひたすら大きく目を見開いて生きた自分にとっては、なおさら思い入れがあって、いつ聴いても泣きそうになる4曲のうちのひとつだ。

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2008.03.02

ポラロイドでポートレート

フィルム生産中止が発表された今、
ポラロイドで写真を撮るラストチャンス!

という、こけしさん作の秀逸な宣伝文句に、いてもたってもいられなくなり、
カフェsample(奈良でもっともオシャレな空間なので普段は行きにくい)で開催されているフリーマーケットに出向き、「週末フォトグラファー」である晴之丞氏のポラロイド写真撮影コーナーにお邪魔する。

私は写真に撮られるのがけっこう好きなのだ。
そして、「写真撮影にこだわりをもつ人」から写真を撮ってもらうのは、もっと好きだ。
しかし、なかなかそういう贅沢な状況は稀なのである。
しかも「ポートレート写真」とか、あまりに非日常である。
自分だけが被写体となり、腕の立つ人に撮ってもらえるというのは貴重なことである。
「飲み会でのひとコマ」とか、そんなレベルではないのだ。鼻に枝豆をさして喜んでいる顔を上手に撮られてどうする。
そういう意味では、数年前、写真展のためにmizuix★氏に撮ってもらったのはラッキーだったなぁ。
「昔の映画俳優のポートレートみたいな写真」ができあがって、おもしろかった。

てなわけで、晴之丞氏やこけし嬢にそういう「私は撮られたがり」な思いをさんざん吐露させてもらい、2枚ほど撮影してもらった。
実はロンドンで出会ってなぜか心に響いて買ってきた、何気ないモノクロ写真を集めただけのミニコミがあって、奇しくもそういう雰囲気で撮ってもらえたから、すごくうれしい。カフェsampleの2階は、殺伐とした、でも凛とした感じの白い壁が印象的であった。

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しかも、ポラロイドカメラのフィルムは生産中止になってしまうらしいのである。ついこの前、発表があったようだ(そのニュースはこちら)。
どんなにがんばっても、デジカメではぜったいに出せないこの味が、もうすぐこの世からなくなってしまう可能性があるというのは、どうにも心苦しい。
幸か不幸か、自分はすごく興味があるくせに、このようなカメラを所有してはいないのであるが、ポラロイドのフィルムがなくなるという話は、どんなにつらいことか、想像するだけでキューッとなってくる。フィルムがないと、カメラ自体が単なる箱と化してしまう恐怖。それでもまだ石油製品は作られ続け、街中はクルマがのうのうと走り続けている世の中にあって、それでも自分のこのカメラだけはもう使い道がなくなってしまうという、この感覚。どうなんだろうか。いまたくさんのポラロイド好きの人がいると思うのだが、なんだか心中察するに余りあるところだ。

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2008.03.01

もうすぐ公開

ジョイ・ディビジョン/ニューオーダーの曲、『ceremony』を、レディオヘッドがコピーしている映像があった。

だいぶ本人の雰囲気に似せて歌っているんだけど、トム・ヨークの歌いまわしを聴くと、あぁレディオヘッドの曲になっている、っていう感じもして面白い。
あとジョイ・ディビジョン/ニューオーダーの曲をコピーすると、たいていのバンドは「本人たちよりも上手に演奏できる」から、「オリジナルの良さが微妙に失われる」という怪現象も起こったりするんだけどな(笑)

そんなわけで、今月号の『ロッキングオン』でも特集記事が組まれていたが、ジョイ・ディビジョンの故イアン・カーティスの最期の姿を描いた映画『コントロール』の日本公開も近づいてきた。

昨年ロンドンへいったとき、地下鉄のあちこちにポスターが貼ってあって、すごく欲しくなった。

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家に貼るにはでかすぎるけどな。

関西では4月ごろに劇場公開される予定。

オフィシャル・サイトが凝っていてかっこいいんだけど、一歩間違えると「うるさい」(笑)→(こちら

そこでブログ・パーツも提供されていた。

ツマミをひねるといろいろ出てきます。

最近、カラーリング的に「黒とピンク」っていう組み合わせが気になっていたのだけど、この映画のポスターをみたときに「やられた!」と思った。そのまんま、理想的なビジュアル。
で、この映画をつくったアントン・コービンという人は、U2を長く撮影しつづけていたフォトグラファーとして有名だったので、なおさら私にとっては気合いのこもる作品である。

すでにこの時代のジョイ・ディビジョン/ニューオーダーおよびマンチェスタームーブメントに関しては『24アワー・パーティー・ピープル』という半ドキュメント的映画が数年前に公開されていたわけだが、そのタイミングでさらにこの『コントロール』を作ったということで、また違った切り口を期待したい。『24・・・』もそうだけど、イアン役の人って、なんでここまでホンモノそっくりになるんだろう。それがすごい。

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ホンモノ

するとYoutubeで、『コントロール』でイアンが歌うシーンと、実際に記録された当時のTV映像を交互にまぜて編集した画像がアップされていた。これを観ると、「あぁ・・・映画のほうは、ほんとに、がんばったんだな・・」と感じる。

この、「きわめて本人に似せて映画をつくる」という情念こそが、関係者一同にとっての「イアン・カーティスは生きている」という気持ちをまた、描いている。


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