ビートルズが英雄かどうかの件よりも
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ビートルズは英雄でない=歴史学者が批判的見解-英
10月10日6時23分配信 時事通信
【ロンドン9日時事】「ビートルズは若者の英雄などでなく、商業目的で若者文化を搾取した資本主義者だ」-。1960年代に世界中の若者を熱狂させたビートルズについて、英ケンブリッジ大学の歴史学者がこのような批判的見解を発表、話題になっている。
音楽界を超える多大な影響力を持つビートルズは、60年代の若者文化の象徴と広く解釈されている。しかし、同大社会・政治学部のデービッド・ファウラー博士は9日公表の「現代英国における若者文化」と題する論文で、「当時の若者文化の最前線にビートルズがいたとする見解は真実でない」と指摘。
「ビートルズは若者の英雄などでなく、商業目的で若者文化を搾取した資本主義者だ」と本当に言ったかどうかは微妙かもしれない。
というのも、この場合はむしろビートルズが出現した1960年代以降、顕著になった「商業目的で若者文化を世界規模で搾取できるようになった資本主義体制」ということのほうが、はっきりいってビートルズの存在を語ることよりもきわめて重要だからだ。学問研究であれば、そっちの議論に重きを置いているはずだ。決して「ビートルズは英雄か、そうでないか」を論じたいのではないと思う、その学者さん。それに、ビートルズが主体となって若者文化を搾取したわけじゃないだろうに。
って、もしそれでもその歴史学者が「ビートルズが英雄でなかったことを言いたい」というのなら、「出直せ!」ってなる(笑)
なんでそこまでイラだつかというと、その裏返しのような出来事を思い出させたからだ。かつて大学院時代に聞いた修論構想発表のゼミで、ある院生さんが、ビートルズのことが大好きらしく、ビートルズのことを研究したくて、修士論文にまとめようとしていたようで、いかにビートルズが偉大なバンドで、多方面に影響を及ぼしたかを語りつくして発表を終えたのだった。
そこで発表が終わったことに落胆を覚えた私は、ポピュラー文化が政治経済やマーケティングといった、裏側でうごめく「欲望」だったり「権力」のなかでコントロールされたり利用されたりしてきたっていうことをもっと客観的にクールに見つめなおしたうえで、僕らは研究対象を捉えなきゃならないのであって、クソったれマーケティング産業とか主流メディアや政府がコツコツ築いていく支配構造への「ちょっとした反発心」を失っちゃいけないんだよぉぉー、学問ってパンクな営みなんだぜぇぇー、そっちのほうがよっぽど面白く物事に迫れるってぇのにさぁぁぁーーという思いを込めて、「ビートルズが英国から勲章をもらったのは、彼らの音楽的才能に対してではなく、海外へのレコードの輸出という莫大な外貨獲得の功績によるものだから、そういう側面を見失ってはならない」と指摘した。
私のそんな一方的な思いをぶつけられた哀れな院生さんは、「勉強になりました」と素直に答えてくれたのだが、
そのあとのオチとして、その院生さんは、ついこの間まで社会人だったようで、
職種を問うと
「広告代理店です」。
っってアンタ!!!
ドンピシャでマーケティングの側にいたんやろがぁぁー!!
と、泣きたい気分になった。
わたしはこういうのを「ビートルズのワナ」と勝手に呼んでいる。
「好きなテーマを研究する」というときの「好きなテーマ」というのが、「好きな研究対象」とごちゃまぜで捉えられてしまうときに、こういう「ワナ」が出現してしまうケースが多々ある。
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