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2010.01.14

「21世紀、よみがえるDIY文化」

大学のフィールドリサーチオフィスの方々に教えていただいたのだが、昨年12月18日付けの京都新聞、「フォーラム京」のコーナーに、東京芸大の毛利嘉孝さんが「21世紀、よみがえるDIY文化:情報技術が生む社会運動」という長いコラムを寄稿していた。
DIY(Do It Yourself)というものが70年代パンクロックのめざした反商業化運動のながれから派生し、現代はファッションやアートといった若者のライフスタイル全般に影響を与えた経緯、そして現代においてはインターネット等のメディア・テクノロジーの発達にともない、独特の政治的な意味合いをもった概念として新しい流れを生みだそうとしている状況をうまくコンパクトに説明してあった。

この記事について何らかのリアクションを示したいところなのだが、とにかくいまの自分としては「こういうテーマでこういう新聞にここまでの記事が載る時代になったんだなぁ」という漠然とした感想しか述べられない。
何かを言いたいのだが、そこから何を示せばいいのか、まだ自分には見えてきていない感覚。言いたいことはたくさんあるのだろうけど、いまは何も言えない感じ(たぶん、自分がいままさにそのテーマでミニコミづくりを行い続けていることも関係しているのだろう)

(以下、今日はちょっとグダグダに文章を書きまくってます)

インターネットとの関連に着目すると、今更ながら梅田望夫の『ウェブ進化論』(ちくま新書)を年末年始に読んだのだが、いろいろ批判も多いようだがこの本はやはりその後のネット利用のありかたやグーグルの事業展開を的確に予見していたという意味でも、同時代的に読んでおくべき本だったんだんだなぁと最近ようやく感心しているところである。
この本でひとつビビッときたのは、ネットの「こちら側」と「あちら側」の問題をかなり強調していて、それは確かに自分のようにネットを普段使いしている世代にとっても「言われてはじめて気づかされたこと」だったりして、「あぁ! なるほど、その区別をつけておかないといけないわな」と諭された。つまりDIYを考えるうえで、ネットやパソコンの利用がここまで発展すると、「自分でやってみる」という精神を、「ネットのこちら側(物質的世界寄り)」と「ネットのむこう側(サイバー空間)」のどちらにも適応できる態度としてとらえなければいけないということであり、だからこそネット世界の新しい文化空間はDIY精神のチャレンジングな思想にうまく合致できる空間でもあった。ここにきて、70年代のパンク運動が果たせなかった夢が、今度は本当に現実のものになってしまう可能性(ある種の怖さ、もある)が開かれようとしているのだ。でもまだまだ多くの社会組織だったり体制というのは(梅田氏もそのことを本書のなかで繰り返し示唆しているが)「こちら側」の視点からでしかネットをとらえようとしていない。
 そこに落とし穴があって、でもって今日のニュースの話になっているのだが、グーグルの中国における検閲停止やら中国からの撤退やらの問題も、中国政府が「ネットのこちら側」の論理でしか対応できていないことを示している。グーグルが「ネットの向こう側」でやろうとしていること(=人類の築いてきた知識・情報・文化をすべて分類整理するという究極の目標・・・すごく恐ろしいことでもある。ある意味では)が、中国政府の意志決定のロジックにおいては処理しにくいゾーンを視野に入れているという、このなんとも言い難いすれ違いこそが、『ウェブ進化論』では見事に予見されている。
 ていうか、ここまで格好のネタはないっていうぐらいの、ズバリなケーススタディがいま進行している。今回の中国政府とグーグルの動きが、今はまだうまくいえないのだが、「これって後からふりかえると、歴史的大事件じゃないのか」と思えてくる。なぜなら今日の時点で、グーグルが「中国からサイバー攻撃を受けている」と声明を出したが、これって現実的な意味に変換したら、真正面きって「宣戦布告」しているようなもんで、これは単にアメリカの企業が中国政府に宣戦布告しているんじゃない、っていうところの意味をもっと注意しないといけないと思う。グーグルはもはやそういう存在じゃなくなっているのだから。だからこそサイバー攻撃を受けている。つまり「あちら側」では、すでに「戦争状態」は(昔もあっただろうけど)起こっている、わけで。そしてまた、「あちら側」をめぐる戦争が、「こちら側」の論理で展開されていくことの限界というのも、示されているかのようだ。

あぁ、何を言いたいのか混乱してきているのだけど、この時代におけるウェブ上の「戦争」っていうやつが、今まであまり考えたことのないぐらいすごく複雑な問題をはらんでいるところに、どう向き合っていけばいいのかなぁという戸惑いがあるわけで。確実に自分たちのライフスタイルに直撃(グーグルを毎日使ったりしている)してくる問題になってきて、自宅のデスクもある意味では戦場の一部。これこそ究極のミニマムな世界。そんな状況をいままでみんなして目指してきたのか、と。感慨というか不安というか。むずかしい感情をおぼえてくる。

わかりにくい文章ですいません。ひとまず今日の状況ではこれが限界。


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