イビチャ・オシム著『恐れるな!:なぜ日本はベスト16で終わったのか?』
上司のSさんからこの本を借りた。「ぜひブログで書評を」とリクエストをされたので、長文になるかと思うがこの本について述べてみたい。
(あ、いつもならブログにサッカーのことを書くときは「はじめてサッカーについて触れた人でもそれなりに分かるようなていねいな表現」を心がけているつもりだが、今回はそれをやると冗長になりすぎる感があるので、そのあたりはご容赦を)
まずオシム氏自身のことについて。ご存じのとおり4年ほど前に脳梗塞で倒れて日本代表監督を中途で辞任し、その後無事に健康を取り戻したわけで、今回の南アフリカW杯は、スカパーのオフィシャルコメンテーターという役割で、大会中は多くの試合についてオーストリアの自宅近くの特設スタジオからコメントをし続けていた。自分が観たほとんどの試合では、ゲームの前後およびハーフタイムにオシムさんが通訳と一緒にひたすら語りまくっていて「毎日大変だな・・・」と思っていたのだが、この本の「はじめに」では、その役割を引き受けるにあたってやはり健康面においてかなり不安があったことが吐露されており、「だが、『リスクを冒し勇気を奮い立たせろ』と何度も繰り返し提言してきた私自身が、リスクを負わないで日本代表を語れるだろうか」(p.4)と語られており、その鬼気迫る姿勢に感服する。
ということで、そんなオシム氏が今回のW杯における日本代表にたいして言いたいことを集約すれば、題名にあるように『恐れるな!』ということだ。
パラグアイにPK戦で負けてベスト16で終わったことについて、「絶好のチャンスを逃してしまった」と悔いている。勇気をもってリスクを冒し、「勝利の5分間」とオシム氏が呼ぶ、自分たちのペースになっていく独特の時間帯を数多く作っていくことが、なぜあの試合でできなかったのかと嘆く。
「ミスを恐れ、こぼれ球を拾っても、それが攻撃につながらない。ゴールを決めるアイデアにも欠けていた。ドリブル以外のアイデアで組織的に突破しようとする姿が見えなかった。確かに体も頭も疲労のため、動かなかったのはわかる。しかし、相手も同じ条件だ。なぜ、そこで、自分たちは「負けないサッカー」ではなく「勝つサッカー」をするのだという、強い意志を見せなかったのか」(p.73)
そうしてオシム氏は、最近の傾向として「勝つためのチーム」ではなく「負けないためのチーム」が増えてきており、そこに「ジョゼ・モウリーニョ主義」の影を示唆している。ゆえにスペイン代表(あるいはバルセロナ)のような華麗なパスサッカーが今回のW杯を獲ったことには好意的である。確かに面白いほどパスがつながるようなテンポよいプレーを志して欲しいのはやまやまだが、これからもその「影」との闘い方は続くのであろうし、個人的にはチェルシーFCサポーターとしてモウリーニョには常にリスペクトしたくなるものがあるため(笑)、勝利に徹したリアリスティックな采配ぶりも、どこかで評価しておきたい部分もある。バランスの問題だとは思うが「負けない、という志向」をもつためには、やはり「勝つためのサッカー志向」があってこそ達成できるスキルのような気もするので、ハナから「負けないようにする」という方向性だけを追求しても頓挫するんじゃないか、と思う。
そのようなことから、オシム氏は日本代表に「勝つための志向をもって、リスクを冒してチャレンジしろ」とひたすら唱え続ける。そして話は日本の教育面についても触れ、「従順な子どもを育てることは、サッカーにおいてはハンデだ」と断言する。指示待ちではなく、自分から率先して行動を起こさなければ、ピッチ上で起こる突発的な問題を解決することはできない、と。これはまさに、最近やたらと言われる「社会人基礎力」みたいなもので(笑)、多くの日本人も「そうそう、そういう人を育てたいよな」と思うだろう。そのうえでオシム氏が面白い表現で言うのは、「もっと『狂気のプレイヤー』が増えて欲しい」ということで、「予想を裏切るプレーをみせる強烈な個性をもった選手」のことなのだが、ここまでくると、「まぁ、日本社会においては往々にしてそういう人って足をひっぱられたり村八分にされやすいよなぁ」とか感じてしまうわけで、なおいっそうこの提言は重要なのである。
それに関連して、ザッケローニ新監督についても、日本社会のそのような面をちゃんと把握したうえで仕事をするべし、とアドバイスをおくっている。
「日本人は目上を尊重し、指導者に質問などせずに、そのまま言葉を受け入れる。あるいは言いつけを守るという【しつけ】の習慣がある。(中略)自分で考えずに人に聞くという行為と、自分で考えてわからないことを質問するという行為は根本的に違う。日本人は『自分は何をすればいいか』と人に依存する性質があるが、自分で考えて質問する機会は、あまり多くない」(p.187)
ということで、これはかつてアーセン・ベンゲルが残した「日本人は、監督の指示には忠実に従うが、それ以上のことをやろうとはしない」という鋭いコメントにも通じている問題である。
そのほかに膝を打った意見としては・・・よく日本人選手は世界的にも「スピードがある」と評されることが多く、それって本当か? と私は常々感じていたのだが、オシム氏にいわせると「日本人は判断のスピードが遅い」ということで、プレーのスピードと、頭で考えて判断することのスピードの両方を高めていくことが大事だということだ。なので日本のスポーツジャーナリズムが「スピード」というときには、注意深く検討しないといけない。
また、Jリーグについてもオシム氏は「Jリーグの観客は、もっとサッカーを学ばないといけない」と厳しい。とくに「スタジアムに殺気がない」とのこと。これは非常に難しい論点である。Jリーグがこれまでやってきたことは、とにかく日本という国でサッカーファンを増やすこと、興味を持つ人々の層を拡大させることであったので、スタジアムにおいてもファミリーが楽しめるような世界観を作るべく奮闘し、それは確かに効果的で重要な取り組みでもあった。ある程度その試みがうまくいったのであれば、次なる目標は「殺気づくり」なのかもしれないが(笑)、なかなかそのような激しいプレッシャーや緊張感といったものを、Jリーグで作るのは相当な時間がかかるのかもしれない。まさにそれはサポーターに突きつけられた課題なのかもしれない。
(ちなみに私の今年の目標は、「なるべくJリーグのスタジアムに足を運ぶ。できれば今まで行ったことのない遠方のスタジアムで試合を観る」ということで、オシム氏の言うことも理解はするが、まずはともあれ自分も改めてJリーグをしっかり応援しよう・・・という気分である。最近は。)
そして最後に「おっ!?」と思ったのは、2014年W杯における日本代表のリーダーとして「中村俊輔」の名を挙げていたことだ。すでに代表引退を示唆している俊輔本人が、そんな気なんてさらさらないような状況ではあるが、あえてオシム氏は俊輔に期待をかけているのが興味深い。これはたしかに私としても同意見である。俊輔はこのままW杯に関わらないというわけにはいかない気がするのだ。その頃は35歳ぐらいになっているかと思うのだが、2002年W杯のときのゴン中山のような、圧倒的な存在感でチームに刺激を与えうる存在となってほしいと思うわけだ。
というわけで読みどころの多い本であり(たぶんオシム氏が口述したことを誰かが文章にまとめたのかもしれないが)、南アフリカW杯からザッケローニ新監督へと至る時代のスキマに、この知将が何を考えたかをうまく記録した著作である。そしてただひたすらに、イビチャ・オシムという絶好の「ご意見番」を日本サッカー界が得ていることに感謝したい気持ちになる。
あと、つい忘れがちになるが、ストイコビッチらを擁した1990年代前後の旧ユーゴスラビア代表を指揮していたのがオシム氏であり、その後ストイコビッチも数奇な運命をたどって日本サッカーに大きく関わっていくことになるわけで、私はこの文章を書きながら、「ベンゲル→トルシエ、オシム→ストイコビッチ」という「おそらく未だに影響力が残り続けている2つのライン」を補助線として、Jリーグ創設以降のひとつの日本サッカー、および「日本人論」といったものが描けるんじゃないかという感覚を得た。いつか木村元彦あたりが書きそうなテーマだな。
というわけで、思い出したかのようにアップ。90年W杯のスペイン戦、ストイコビッチのプレーだけを抽出した動画。やはり2:17秒からのビューティフルすぎるトラップ&ゴールは何度観てもしびれますな。ゴールを決めたピクシーがベンチに駆けていって、オシム監督と喜ぶシーンもうかがえる。まさにユーゴスラビアの黄金時代。
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Comments
サッカー勉強中にとっては難しいところもありましたが、読み応えもありました。
図書情報館にあるかな。
Posted by: ヒロポン | 2011.02.22 22:04
ヒロポン>サンクスです。でもまぁ、勉強とか理論とか、私も理屈っぽくサッカーを語るのが大好きなんですが、動画でアップしたようなストイコビッチの華麗なプレーをみると、そんなものも吹き飛んでしまうような直感的な美的世界がそこにはあるんですよね、やっぱり。
Posted by: HOWE | 2011.02.23 21:19
一冊の本を読み、しっかりとアウトプットする。いつもながらタテイシさんの文章力に感心してしまいます。凄いなぁ。
私もJリーグをもっと応援しようと思いました。ベントナー男爵にウケている場合じゃなかったです(*´Д`*)
Posted by: きり | 2011.02.23 23:24
きり>ありがとうございます。あ、男爵ですが、先日のバルセロナ戦の逆転勝利の際に途中交代で登場してましたが、解説の加藤久に「何もしていないのに、流れがかわった」と言わしめたらしいです。流石です。
Posted by: HOWE | 2011.02.24 23:03
そうそう!!そこツボるとこ!!何もしていないのに…(*^ー゚)bグッジョブ!!
Posted by: きり | 2011.02.25 22:58