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2011.08.02

「月曜日の私塾」第3回<内から壊す>ということ

「月曜日の私塾」前回は欠席。第3回目はソーヘイさんによる話題提供「<内から壊す>ということ:「自壊」する資本主義社会と「表現」の可能性」。

去年の私塾でのソーヘイさんのプレゼンでは「資本主義のいやなところ」を中心的に考えてみたので、今回は資本主義の「可能性」をも視野に入れてみようというお話。で、そのためのブレークスルーとして、「内側から壊していくことはできるのかどうか」という問題提起。

つまり資本主義大嫌いだ、と言いつつ、でもそこに荷担しつつ、内部からしたたかに仕組みを読み解いて転換させうる可能性が、このシステムに残っている。少なくとも資本主義体制のなかでそういう可能性が残っているのであれば、案外これは悪いシステムでもないわけだ、と。二項対立で闘うという時代はとうの昔に終わったのだから。

これ、すんごい自分にとってはタイムリーすぎるほど重要な視点。
「片足つっこんでおいて、そこから行動するなり考えてみる」というスタンス。

昔、作家の宇野千代のエッセイで読んだ「嫌なこと、悩み事があれば、むしろそっちに向かって進んでみると、案外うまく切り抜けられる」といったような視点。

ちょっと本論から脱線するかもしれないが、なんだか、メディア環境なり世論なりは、どうしたって分かり易い「二項対立」に持ち込みたがるわけだし、その思考のフォーマット自体が「国民的リアクション」として(教育的に)染みついてしまっていて、「嫌なモノがあれば、対立するか逃げるか」ぐらいの選択肢しかないように思い込まされているんじゃないかと思うわけだ。

たとえば私が思った例として、「引きこもり」という用語がメディアを通じて広まっていくことが挙げられる。そもそも「引きこもり」という現象は、この言葉がメディアで叫ばれる以前から、大昔から世界中のあちこちで起っていた現象のはずなのである。それが「引きこもり」という言葉でカテゴライズされると、
(1)程度の大小に問わず、家にこもりがちな人がすべて同一の現象として見なされる
のと、
(2)社会的にうまくいかない人々に、対処方法として「引きこもる」という概念なり、リアクションの引き出しなり、考え方みたいなものが「ぼんやりと強要される」可能性が高まる
ということが挙げられると思う。

なので、ちょっと気持ち的に不安定な人々が

嫌なことがある→引きこもる、逃げる、徹底的に闘う

という、この単純なリアクションに陥らないように、

嫌なことがある→むしろその嫌なことに近づいてみよう、理解し合って仲良くなってから考えてみよう、気が向いたら壊してみよう(笑)

という、別の選択肢を選ぶ勇気をどこまで教育的に醸成できるか。
実はこういうリアクションって、あまり選択されにくい気がする。
だから「内部から壊していこう」という、この発想が出にくい環境にあるんじゃないか、と。

このこと、いつもの自分ならすべてサッカーに例えて話をしたいところなのだが、ちょっと眠いので保留。

ちなみにさらに脱線するが、以前も書いたが私は「引きこもり」という用語の使用をやめて「精神的立てこもり」と言い直せ、と昔から主張している。こうしてコトバをすこしズラすだけで、その当事者の主体性なりアクティブさがまったく違ったものに変質するように感じないだろうか。彼らは立てこもっているんだ、と。ある意味での「人質」を盾にとって籠城している、と捉えてみたいのである。「引きこもり」とレッテルを貼ることで、当事者の彼らは「弱々しいヤツラ」みたいにカテゴライズ(しかもかなり強要)されてしまっている気がする。とんでもない話だ。引きこもりにどれだけのエネルギーとアクティブさが必要か、と。勝手に弱々しいイメージをつけんな、と。そのあたりに見え隠れする「政治性」っていうやつをどこまであぶり出せていくか、が課題ではないかと。

ちょっとまとまらないが、そんなことをザーっと考えていた。


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