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2011.09.11

今もなお続いているものとして

なでしこの中国戦を観たあと、この世では9.11テロから丸10年を迎えていて、いままさにこれを書いている時間帯がそうであった。なので何か書きながらこの時間を過ごしていようと思う。
ヒストリーチャンネルではこの日は9.11特集をずっと流していて、いまは『9.11アメリカを変えた102分』のドキュメンタリー番組をやっていて、この番組については2年前もこのブログで書いていたことを知る
そのとき書いたことは

この番組をみて初めて思い立ったのは、この出来事は一般市民の手によってたくさん映像として記録されたという意味で、人類史上初めてのテロ体験であったということだ。記録されたテロ被災は、その背後に、記録されなかったテロの姿をかかえている。そういう想像力は、当時ニュースでこの状況を必死に見続けていた自分にはまったくなかった。そしてこの番組でも、ちょっと離れたタイムズスクエアなどの巨大モニターでツインタワーの状況を見守る人々が、カメラに向かって簡単に「報復すべし」と口にする、その状況を冷徹に伝えていた。私にとってこの出来事が、それなりの意味を帯びているのは、そういった「想像力の欠如」というものを痛感させられたからであり、その結果当時の私は今までやってきたことをいったんリセットするような人生進路をとることにもなったのであった。

と書いていて、自分としては少し驚いた。まったくそのようなことを、いまさっきまで考えていたからだ。
つまりこの映像を観るのは二回目なのだが、一回目のときのことなんて覚えていなくて(そして自分の書いたブログのことも)、そしてあらためてこの映像たちを、もてあましつつ眺めている・・・もちろん、このあとに何が起こるかを知っている立場から。
そんななかで、自分は2年前に感じて記録した上記のようなことを、いまもまた考えていた。

チャンネルをBBCの生中継に切り替えると、ヨーヨー・マのチェロの演奏だったり、ほかにも追悼の言葉を述べているシーンだったり、別のシンガーが歌っているような、そういうことがグラウンド・ゼロで行われている。
ただどうしても、「今、ここ」の式典会場よりも、結局は私はヒストリーチャンネルに戻って、この生々しいドキュメンタリー映像を観てしまう。強烈すぎて、そっちにひっぱられる感じだ。

番組上では時系列的に淡々といろんな人のビデオ映像を流していて、今まさに当時の9時59分のところにきて、タワーの崩壊が起こった時間帯の映像が流れている。
そうして、なんかもう、迫り来る黒煙と、逃げ惑う無数の人々(それを一般市民がビルからビデオで撮っている、そういう映像)が、もうこの2011年の日本においては、まさに、という映像とかぶってしまうのである。内容はまったく異なるものであるが、2年前のこのブログでも書いたように、崩落後の白煙のなかを逃げ惑う人々の目線でみるとき、あまり考えもしなかった方向からの恐怖感を覚えるし、いまも横目で見ながらそれを思う。そこに2011年の私はさらなる重たさをもって受け止めてしまうことになる。

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