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2013.09.11

終わらない出来事の記録としての『9.11:アメリカを変えた102分』

いまスカパーのヒストリーチャンネルで、この日は今年も『9.11:アメリカを変えた102分』のドキュメンタリー番組を流している。
そして以前もこの日にこの番組をみたことについてブログに書いていたりする(こちら)。

こうして今年もこのプログラムを観ていて、あらためてこの映像作品が示唆するところの多さを感じている。
毎年この日には流して欲しい。この年生まれた人はもう小学校を卒業する世代になっている。
東京五輪は、テロとの闘いにおいてもまた、新しい問題を抱えてやってくるイベントでもあるのだ(何度でも言うが、サッカーのワールドカップではテロは起こらないが、オリンピックではテロが起こりうる。だから2002年のW杯は参考事例にすらならない)。

このドキュメンタリーは、たまたまビデオを撮影していた一般市民の映像資料や、消防・警察の無線記録、ニュース映像などをあの日の時系列にあわせて構成し、ナレーターや解説を入れずに、ただ淡々とひたすらあの日の出来事を記録として見せてくれる。

で、あらためて今回観ていて感じたことは、やはり1回目の攻撃のときは、屋外にいる人たちは情報がないため(そう、このときは誰しもがガラケーしか持っていないし、Twitterなんてなかったわけで)、正しい情報が得られない人々は「ビルの火災」程度にしか見ていなくて、街全体が余裕をもったムードで様子を眺めていた状況だったことがリアルに伝わってくる。
そうしてみんながWTCビルに注目しているなかに2回目の攻撃を目撃したわけで、そこではじめて「意図をもった攻撃」としてテロリズムの存在を認識し、そこからの衝撃と動揺が、修羅場として記録されている。

ビル崩壊後に、付近の通りを猛スピードで包み込む粉じんと、そのなかで通りを走って逃げる人々の目線にもいくつものカメラはこのとき作動していたわけで、その映像をみると(それがテロであれ通常の火災であれ)いかに煙が怖ろしいかを痛感する。先日、職場で防災訓練があったときにも「煙体験」をしたのだが、この映像をみるとなおいっそう、「先が見えない状況での避難」が、自分が想像する以上に困難で危険がつきまとうかを思い知らされる。緊急車両や、避難のための自動車もたくさん通るはずの道路に、たくさんの人が路上にはみだして走って逃げるけど、そこを猛スピードで煙が覆って視界が悪くなると、どれほど危ないことか。

そして、いろいろな立場の人から提供された映像を編集して作られたこのドキュメンタリーを通して、この日を境にいっそう強まる「監視社会の加速度的発展」を思い、そして最近のスマホの異様にハイテクなカメラ装置に伴う「国民総監視社会」的な展開を思ったりするわけで。

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