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February 2014

2014.02.28

AmaZingの最終日にて

うまくタイミングがあったので、半年間行われていたAmaZingの最終日にお邪魔すべく、浜松へ。

ギリギリまで行けるかどうか分からなかったのもあり、結果的に誰にも何も伝えずに向かう。

ロード・ムーヴィーの低予算映画をきどって、高速バスとJRを組み合わせて日帰りでいくというプランを選ぶ(しかも名古屋~豊橋間の割引き切符なんてのがあって、窓口でいろいろ手配してもらうと思ってた以上に安くなった)。
時間がかかるが、日帰りとは思えないボリュームの移動は楽しくもある。ひたすら本を読み続ける。

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浜松駅についてから、地図を見ずにAmaZingまで歩いていけることに、ちょっとした嬉しさがあった。

12月に訪れたときと異なり、建物の外壁を修理するべく工事現場の足組みやシートが施されていた。その現場の風情がなおいっそう、「あぁ、もう今日で最後なのか・・・」という気持ちにもなってしまう(実際には工事とAmaZingの終わりとは何の関係もないのだった)。

そしてふらっとドアをあけると、ZINGのお二人が私を見やり、「ええーっ!」とすごく驚いてくれたので、うれしかった。ハイタッチしてくれた。スポーツ選手みたいに。

この半年間のフィナーレを飾る日ではあるが、AmaZingでは「あえて、いつもどおりの日」としてオープンしていた。その「普段着のいつもどおり感」が、そう遠くないであろう将来にこの取り組みがつづいていく願いを、素敵な予感として残していたように思う。実際に、私が滞在していたわずかな時間のあいだにも、いろいろな人々が訪れては、いつもどおりの使いかたをするような雰囲気だったのが印象的だった。親子連れの方が、印刷機を利用すべく気軽に立ち寄っていて、じつは連れられたお子さんはつい先日ここで「人生ではじめてのZINE」を作ったばかりだという。そしてその子の作品もZINEライブラリーのなかに展示されていて気軽に読めるので、僕らみたいな見知らぬ大人から「この花の絵が、いい!」とか声をかけられる。

何度でも書くが、そういう体験をもたらしてくれる空間はなかなか日本でも稀だ。たぶん、これからも稀かもしれない。

だからこそこの空間で出会った人や作品が、次なる可能性をめざしていけるようになってほしいとも願う。貴重で稀少な実験場としてのAmaZing。私が『DIY TRIP』のZINEをとおして夢想しただけで実際は何もしなかったことを、それとは別の場所でひたすら自らの問題意識のもと、何とかして現実のものとして成立させた、ZINGの二人の情熱と行動力のパワー。

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またの再会を。

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2014.02.22

浅田真央についてのNHKの朝のニュースの姿勢に、どうしても違和感を覚えた

ずっとモヤモヤしているので、やっぱり書いてみる。

浅田真央自身は、アスリートゆえに、今回の成績に納得していないはずだ。

で、その「納得できなさ」を僕らは分かち合うこともできるはずなのだが、朝のNHKニュースでは、フィギュアスケートの解説者がでてきて、どうにかして国民を「納得できるようなかたち」にもっていこうと躍起になっていたようにしか見えなかった。

「あのスルツカヤも、ミシェル・クワンも、金メダルは獲れなかったんです」

とのことで、最後には、

「この競技で金メダルを獲るには、“運”も必要になるんです」
(なので、浅田は今回、運がなかっただけなんです)

と述べていた。

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「ちょっと待ってくれ」

そりゃあ、そのように言われたら、観衆としての僕らは納得できるだろうし、収まりもつく。浅田真央のこれまでの努力、そして最後に見せた煌めきにたいして、心おきなく賛辞を送ることができる。

でも、でも、そのフィギュアスケートというスポーツを、これから志そうとしている子どもの立場になってその言説を捉えてみたら、それって徹底的に絶望的な気分になると思わないか。

「最後は運で決まる」

なんて、そんな説明をされたら、その子はどういう気分でスケートを続けることになるんだろうか。

「よくがんばったね、感動をありがとう」的な収まり方は、ワイドショーに任せておいていいことだ。
少なくとも報道として、ジャーナリズムとしては、今回の結果にたいして、いったい今回の敗因の何が問題で、そして今後どうやって改善していけばいいのか、そこの「思考停止をしない努力」を見せて欲しいわけだ。そうした作業を怠ることこそ、今回の浅田真央が得た貴重な経験をムダにすることになり、それはもったいないわけで。

ちゃんと「根拠」をはっきりさせ、多くの人に有益な教訓や学びとして継承していくこと。そういう堅実なスタンスを守っていかないと、根拠のない暴言を気分まかせに吐く政治家みたいなのがのさばって訳知り顔でアホなことを述べ続けることにもなる。

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2014.02.19

焚火をみつめるような生き方:どいちなつ・著 『焚火かこんで、ごはんかこんで』

焚火の好きな人は、好きだ。

ここ数年、「焚火やりたい欲」が高まっている。
とはいえそもそも自分はアウトドア趣味から完全にほど遠い生活をしており、憧れだけを口にしては行動に移さないタイプに留まっている。むぅ。

そんな欲求をかきたてたきっかけは、古本屋で見つけた『焚火パーティへようこそ』という、各界の著名人が「いかに焚火が好きか」を延々と書き連ねていくエッセイ集を読んでしまったことである。

昔はそこらへんの空き地で行われていたという、完全にインディーズ路上ライヴ的な活動としての焚火。もはや平成の都市生活者にとっては非日常となってしまった焚火について、なぜ子どものときにもっとこういうことをしてこなかったのかと悔やみつつ「焚火、いいなぁ」と思いながら読んでいた。そして焚火経験を嬉々として語る面々にたいしても、なんだか妙な親近感を覚えたのである。なので、私にとっては「焚火の好きな人」というのは、きっと自分にとってものすごく親しみやすい人々かもしれない、と勝手に思い込んでいる。

そんななか、友人のオオタさんが編集した『焚火かこんで、ごはんかこんで』(どいちなつ・著、サウダージ・ブックス・刊)という本を読ませていただく。「焚火」と「ごはん」をテーマにしているとあれば、「焚火やりたい症候群」の私にとってはこれ以上ない本ではないか。

そして読んでいくうちに、この本は、面白い意味で私の期待を裏切ってくれたのである。

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どいちなつさんは料理家として淡路島に移住し、自然に根ざした健康的で素朴な料理を探求されている。そして海辺で焚火をかこんで、家族や仲間とごはんを食べたり語らったり、という生活を送っている。

そこで紹介されていく、どいさんの生き方やお気に入りのもの、そしておいしそうな料理たち。

この本は、焚火の好きな料理家が、透明で暗い空を遠くにいだきつつ、焚火の揺れる姿を見つめ続けるように日々の暮らしを味わい、そして焚火をするかのように注意深く、丁寧に時間をすごしていくなかで作られていく素朴でシンプルな料理の説明を、押しつけがましくなく、それこそ焚火の熱にあたるようにパチパチと、ぽかぽかと、提示している本だった。この「押しつけがましさのなさ」が自分にとっては「意外」だったのである。つい、どうしても、「どうですか、これが焚火の醍醐味ですよ、そしてこれが焚火で作る料理ですよ!」的なものを期待していたのであった。そういう傾向を想定しがちな自分のなかの「慣習」みたいなものの存在に気づかされた次第である。

焚火をみつめるように生きていく人、の姿がそこにある。
だから、決して物理的な焚火をせずとも、「焚火を見つめていくような生活」はおおいに可能である、そういうメッセージを受け取れた本だった。

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2014.02.13

飛行機のフワッとした縦揺れの対処法

「飛行機 フワッ」というキーワードでネットで検索すると、わりと出てくる。あの、ジェットコースターばりに無重力っぽく揺れる瞬間が苦手だ、という話が。

私ももちろん好きではない。

で、その対処法については、「足を踏ん張る」という回答がしばしば見受けられるので驚く。私の方法はそれとは逆で、「足をあげて、背中もシートからはなし、おしりだけが座席に接触している状態をできる限り保つ」というものだ。体とシートが極力少ない面積で接触するようにすると、自然と体全体がバランスを取ろうとする動きになるわけで、「機体が揺れている状況を、自分の体のバランスを保とうとする動きにすりかえる」というコンセプトなのだ。つまり、「自主的にフワッとしておく」のだ。

私ははじめて飛行機に乗ったときにこの方法をあみだして、それ以来ずっとこの方法でやりすごしている。
おかげで私は飛行機に乗るのがむしろ好きになったぐらいだ(ついでに言うと、空港という場所はもっと好きだ)

つまり気流の乱れがひどくなると、私は背中を伸ばし、両足を少し浮かせるわけだ(笑)。

この方法が果たして本当に有効なのか試すべく、ときどきあえて体全体を座席にぴったり密着させて座ることがある。するとやはり、その場合だと機体の微妙な揺れもすべて体が感知していくような感覚になるのだ。そうなるぐらいなら、「おしりだけシートの上」の状態を保っておいたほうが、三半規管とかきっといろいろな要因により、揺れを揺れだと感じにくくなるんじゃないか。

そうして、私はいろいろな人に「この座り方を試してみて!」と言ったりしている。

この方法の短所は、「あまり長時間やると足が疲れてくる」というものだ。でも疲れてぐったりして眠ってしまえば、それが一番リラックスして空の旅を楽しめる最大のコツかもしれないわけだが。

あ、ちなみに当然ながら、シートベルトはいつでもちゃんと着けておきましょう。飛行機だけじゃなく、高速バスでも私はちゃんとシートベルトをつけないと逆に落ち着かない派です。バスはホントにたまに怖いぐらい急ブレーキ踏まれることがあるので。

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2014.02.10

ブログ10周年

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このブログをパソコンで読んでいる人は、サイドバーにゴチャゴチャといろいろなものがあるのを目にするわけだが、右下にある「ココログ」のロゴの下に、2004/2/10という日付があり、これがこのブログを開始した日付である。

というわけで今日、ブログを開設して丸10年を迎えた。

信じられないスピードで10年が過ぎていった。断言したい。もう、なんなんだろうこのスピードは。

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このブログの編集画面の情報によると、いままで書いた記事は「2605件」だそうだ。
1年365日で260本ぐらいを平均で書いていることになる。それは最近の自分の更新ペースを思うと、予想以上に多い数字だ。

ただ、これはフリペを1年に一度書くか書かないかぐらいの自分が、そこまでおおげさに喜ぶことでもないかもしれない。
書くときは書くし、書かないときは書かない。そして、「もうちょっとなんとか書けるんじゃないのか?」 という気持ちが少々。

たまに昔の自分の記事を振り返って読むと、その前後の記事もついついクリックして、どんどん読み進んでしまうことがある。
自分自身に向けたタイムカプセルだったのだ、と最近気づいた。2004年の自分がブログに書いたことは、つい昨日のことのように感じられるし、と同時にそれはまた何も成長していない自分の内面と、そして昔と変わらない気持ちや意欲や野心といったものに触れる機会でもある。いろいろなことが自分のあらゆる側面を照らし出していて、結局はブログを書き続けることも自分に跳ね返ってくるのだった、すべて。

10年ブログを書いてきて、いままさに感じているこの気分は、文字通りのコトバとしてここに書くことができる。
「自分は、何も変わっていない。」
「そして、結局は、何もしていない気がする。」

このことを認めるのは辛い。
それに、まず何より感謝を捧げるべき人々がたくさんいるはずなんだろうけど、どうしてもその前に、この過ぎ去った10年って何だったんだろうという気分が先走ってやってくる。だいたいこういうときは容易にネガティブで弱気な状態になっていって、食べて寝てやり過ごすしかないわけだが、そういうときこそDIY精神を忘れないように、と言い聞かせ、そうしてやっぱり書き続けることでしか、息が出来ないのかもしれない、そんな気持ちの往来に身をまかせながら世界を見やっている。

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「HOWE*GTR」なんて名前のブログを10年続けているわりに、最近はとみにスティーヴ・ハウ氏のことを日常で思い起こすことが皆無である。もはや「HOWE」というコトバは自分にとって人名である以上の存在になってしまっている。なのであらためてこの人の存在にも、感謝。さらにいうとハウ氏の手がけたバンド「GTR」において録音された、そんなに多くない楽曲群も、実はいまだにすべて聴いたわけでもない。10年目の真実。

つぎの10年に自分は何を書いているのか。
またそのときにこの記事を読み返したりしているのだろう。
そしてやっぱり「GTR」の音源は聴いていないままだったりするかもしれないが。


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2014.02.04

よく紅茶のティーバッグについてる小さいホッチキスは市販されていないのだろうか

最近では少なくなってきているが、いまでもたまに紅茶のティーバッグによっては、ヒモとバッグを留めるために小さいホッチキスが使われている。

よくよく考えたら、あのホッチキスはきわめてミニサイズで、もし使えるものだったら日常で使いたいサイズかもしれない。ほんの数ページしか紙を留められないかもしれないが、何かワンポイントでオシャレに使えそうな気がしないだろうか。

まぁ、限りなくニーズはゼロなんだろうけど、もしあったらあったで買ってしまいそうな存在感かもしれないぞ。

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最近、ちょっとした時間つぶしに、目の前に文房具店があったのでしばらく店内をウロウロしていたが、電気屋とか服屋と違って、文房具店は店員さんが喋りかけてこないぶん、とても穏やかな気分で時間を過ごせる場所だということが分かった。

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ちなみにそこで見たクリアファイルの商品群で、やたらいろんなカタチがあって、しかもすべて小さいサイズのバリエーションを揃えて勝負しているメーカーがあって、ここまでニッチなカタチやサイズでクリアファイルを作られると、つい意味も無く買ってしまいそうになるなぁと感心した。でもよくみたらそのぶん一つ当たりの値段が500円とか高かった。

たしかにそれぞれ「何に使えばいいか分からないけど、誰かの何かにとってはこれ以上なく素晴らしい便利なクリアファイル」なんだろうなぁと思わせる。そしてその用途があまり自分にとってはイメージできないときに、ちょっとした悔しさすら感じる。
たとえばライヴとか映画とかスポーツ全般において、そのつどチケットを記念にきっちり保管しています、みたいな人は、ちょうどそういうのに適したサイズの小ぶりなクリアファイルがあったりする。残念ながら私はコンビニで発券したようなチケットだと、惜しげも無く次々と捨てるタチだ。

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それで思い出した。
HELADIVの紅茶で、最近この缶入りのやつが「やまや」で売っていた。
カラーリングにいろいろバリエーションがあって、思わず紅茶よりも空き缶ほしさに買いそうになった。

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ただ、お店でみた瞬間に「何に使えるか!?」と考えても、往々にしていいネタが思いつかないのである。
そもそも缶に何入れるんだよ、と。

そうして数ヶ月たってなお、今も答えが見いだせていない。
思いついたら、すぐ買いに行く予定。
で、そのときにはすでに生産中止になっていたりとかするんだよな。

ちなみに「やまや」で買うHELADIVの紅茶といえば、たいていこれだ。
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ユニオンジャックのデザインをあしらったティーバッグで、もはやそのデザイン的な理由だけで選んでいるのだが、何より激安なのもポイントだ。安すぎておそらく風味的には話にならない紅茶なのだろうけど、ちょっと以前にも「紅茶の味が分からない」っていう記事を書いたとおり、私にとっては紅茶はそういうものなのだ、と最近思いつつある。

紅茶から文具の話をして、そこからまた紅茶の話にもどっていた。


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2014.02.03

Harukana Showポッドキャスト:今回はZING訪問談トークです。

イリノイ州アーバナ・シャンペンのコミュニティラジオからお送りしております「ハルカナショー」、最新配信の回にて、今回もお話しさせていただきました。メインのテーマは、12月のZING訪問談。「ZINGでZINEしようぜ!」というタイトルを付けていただいております。ありがとうございます。

ポッドキャストは(こちら)からー!

たしかに、このアーバナ・シャンペンのインディペンデント・メディアセンターという場所も、自分は行ったことがないけれども、想像のなかで、そこはIPRCだったり、ZINGのようだったり、いろいろな人びとが発信や表現を楽しそうに探求しているような場所だろう、とイメージしています。

ZINGもいよいよ2月を迎え、ひとまずのフィナーレに向かっているようです。
「ソムリック・ナイト」とか絶対楽しいはずです、これは。
こちら


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2014.02.01

水曜日はありがとうございました

トークライヴに来ていただいたみなさま、ありがとうございました。
想像以上に、そして予想外の方々にお越し頂き感謝であります。
そしてグダグダなトークになってしまい申し訳ありません・・・

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トークといえば『笑っていいとも!』の後の番組についてのニュースがでていて、そういう日がやってくることにまだイマジネーションがついていかないけど(たとえこの番組をここ数年まったく観ていなくても、だ)、それ以上に驚いたのは、そのタイミングを突いてか、テレビ朝日が『徹子の部屋』を4月から正午スタートに繰り上げるという作戦に出たことだ。

そのあたりの駆け引きがすごいとともに、考えてみたら『徹子の部屋』とは単に「生放送でやるかどうか」ぐらいの違いなんだよな。あらためて黒柳徹子の凄さを感じる。

そうしたテレビ朝日に対抗して、いっそフジテレビは新しいお昼の番組のレギュラー出演者としてタモリさんを呼び続ける、というのはどうだ。なんか実際、しばらく休んだあとはまた復帰しそうじゃないか。

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