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April 2014

2014.04.24

寝入りをよくするコツは「舌のチカラをひたすら抜くこと」だと強く世界中の人々に進言したい

どこで読んだのか忘れたが、夜寝るときのリラックス法として、口の力を抜く、もっというと「アゴと舌の力を抜く」というのが大事とのことで、それを実践して以来、寝付きがとてもよくなったのである。

あまり寝られない人、寝入るまでが長い人はぜひご自身の舌の力を抜いてみることを意識してみて欲しい。横たわっていてリラックスしているつもりでも、じつは舌に力が入ったままだったりすることに気付かされて、ちょっと驚いてしまうほどだ。

自分なりのコツとしては「階段を下るように、じわじわと段階的に力を抜く」ということだ。一度力を抜いても、まだ抜ける余地があったりするのだ。なので少しずつジワジワと力を抜いていくのだ。
そういう状況を意識していると、いつのまにか眠っていたりする。

「そうか、コツは、舌か!」となっている。

このやり方をはじめて数年たつが、もうまったく問題なく、『ドラえもん』ののび太くんか! と思うぐらい、横になったらすぐ眠れている。

なかなか寝付きが悪い方、ぜひお試しを!!



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2014.04.19

京都国立近代美術館の「チェコの映画ポスター:テリー・ポスター・コレクションより」で、古き良きチェコの映画ポスターの独特な面白さを味わう

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『シェルブールの雨傘』(1964年、ジャック・ドゥミー)

ステキです、このアイデア。


むかし、PIE BOOKSの『チェコの映画ポスター』という本を買ったことがあって、今読み返すと、この本に載っていた作品のいくつかは今回の展覧会で現物が展示されていたりする。


(↑絶版になっていて高値の古本でしか売っていないようですが)

展示されているポスターの数は82点なので一時間もあればサクッと回れるけれども、1枚1枚のポスターとじっくり向き合う時間もほしいところ。そのデザイン性を楽しむと同時に、そのポスターの向こう側にある映画の内容そのものにも思いを馳せるという、二重のレイヤーを楽しむ感覚。

だって、チェコの古い映画のほとんどは当然観たことがなくて、でも邦題をむりやり付けているもんだから、たとえば

『 火 事 だ よ ! カ ワ イ 子 ち ゃ ん 』
(1967年、ミロシュ・フォルマン)

なんてタイトルの映画ポスターを目の当たりにすると、ポスターそのものよりもいったいこの映画はどういう作品なんだ!? って気になってしまうわけだ・・・あ、もちろん展示に添えられている説明文でも、映画のあらすじが簡単には書いてあるのだが。

(ここまで書いて思い立ってネットで調べたら、『火事だよ!カワイ子ちゃん』はなんだか日本でもわりと知られている作品だったようで、アマゾンでもDVDが売っていた。この監督が『カッコーの巣の上で』の監督だったことも気づかず・・・すいません 笑)


で、今回の展覧会にきて初めて知ったのは、アメリカなどの外国映画がチェコで上映されるにあたって、社会主義体制のもとでは外国の映画会社が自分たちの広報物を使ってPRすることが認められなかったらしい。だからこそチェコのデザイナーが、あらためてその映画のためのポスターをデザインすることとなったがために、こうした独自色の強いポスターが生み出されてきたとのこと。

というわけで、あの

Easyrider

も、チェコで上映されるにあたって作られたポスターが、

ドーン!








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いや、これ、まったく違う映画だろ!? 入る映画館、間違えた!?

・・・デザイナーさん、映画の解釈しすぎ! 深読みしすぎっ! 
(も、もしかして、バイクの絵を描くのが面倒くさかった、とか・・・?)

っていう(笑)。

そういう面白さもあるわけで。


あと印象的なのは、直線的なタテ・ヨコを意識させるダイナミックさを感じさせる一方で、「すこしナナメにずらす構図」をとる作品にもグッとくるものがあった。

一番よかったのが、ジェームス・ディーンの『エデンの東』のポスター。

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このほんのちょっとナナメの展開が、躍動感というか不安感というか、何らかの心の動きを喚起させるようで、いい。
色使いなんかもダイナミックで(現物はもっとメリハリの効いた、カッチリした色調)。
『エデンの東』も観たことないんだけれども、これは観たくなる。


ちなみに今回の展覧会のコレクション元の「テリー・ポスター・コレクション」の公式サイトが、いろいろ面白そうなのであった。この記事を書くにあたってはここから画像をコピペさせていただいた(サイトはこちら)。

会期は5月11日(日)まで。「テリー・ポスター・コレクション」の公式サイト内に、ちょうど今の京都における展示の様子も写真で紹介されている(こちら)。

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↑これなんかも、各々のパーツの配置をどうするか、という観点でデザインの妙技を学ばせていただいた。
ちなみにこの映画の題名は
『 一 円 一 円 が 大 切 』 (1961年、ズビニェク・ブリニフ)。
これも内容が気になる・・・


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2014.04.18

おもしろいイベントのことや、最近おおいに刺激を受けた学生さんの話など

淡路島でたまねぎの収穫をしながら男女が仲良くなり、さらには最近話題の『ナリワイをつくる』の著者、伊藤洋志さんの講演会も聴けるというハイブリッドなイベントは(こちら)です。友人のオオタさんが企画しました。(私は参加できないのですが、かなり気になってます! 笑)

明日はキョウトで最近じわじわと熱いエリアと化している仁王門通りの「ニューオーモン」にて夜にYくんが飴細工師(キャンディーマン)デビュー+音楽のイベント。そういえばニューオーモンにも『ナリワイをつくる』の本がカウンターに鎮座していた!

みんなおもしろいことやっている。


自分としては、作りたいものを作るための時間とエネルギーをいかに生み出すかで、それがおのずと「生活改善」みたいになっていってる、と信じたい今日この頃。がんばるっす。

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夏の旅に備えて「軽く羽織れるジャケット」をなんとなくずっと探しているうちに、「これは!」と思って出会ったアウトドア系のウェアをエイヤッと買ったのが、増税後まもない4月6日だったっていう。でもまぁ、心ひかれる品物との出会いというのはそういうものなのかもしれない。

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ちょっと前、とある仕事の折にたまたま業務を手伝ってくれた学生さんが、えらくコミュニケーション力の高い青年で、その日の数時間をともに過ごしただけだが、本当に心から尊敬できるぐらい、人当たりの良い、対人スキルの高い学生さんだった。聞けば就職活動でも全戦全勝、人事の人から直接電話で「うちに来てくれないか」と言われているとのことで、確かにそれはそうだろうなぁというぐらい、私の人生で出会ったなかでもなかなか比類なきレベルの持ち主だった。人間力で完全に負けている! とすら感じさせたので、ついつい「どうやってそういう風になったのか」と聞かずにはいられなかった。もちろんいろんな要因があったのだろうけど、とくにこの大学3年間で鍛えたのは、ずばり「街角でのナンパ」だったそうな。なるほど、そこか! と納得した。

で、私はその学生さんからの影響をひきずっていて、このごろ心がけているのは「道が分からなくて困っているような外国人観光客をみたら、とりあえず英語で話しかける」ということだ(笑)

なんかこう、「先輩の影響を受けて、背伸びしようとしている後輩の学生気分」である、36歳の自分。

それにしても最近のキョウト、原発事故以前みたいに外国人観光客(とくに白人系)の姿が戻ってきた気がする。

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2014.04.08

オリジナルお面を作ってネタにするうえで気をつけるべきこと

「DIYオリジナルお面」についての記事なので、こっちのブログに書く。

3月にJリーグが開幕し、はじめてJ1リーグに昇格した徳島ヴォルティスのホーム開幕戦、つまり「四国初のJ1リーグ戦」という歴史的瞬間を見届けようとなり、F氏とともにバスに乗って徳島に行ってきたのである。

で、F氏とは昨年、あの名古屋での「ベンゲル監督&ピクシー監督のお面ネタ」を豊田スタジアムで敢行し、数え切れないほどの大勢のお客さんとの握手や写真撮影を楽しんだわけである(そのときの話はこちら)。

あのときの最高に愉快な想い出があったため、どうせなら今回も、「徳島ヴォルティスJ1昇格おめでとう!的なお面」を作ってスタジアムで付けたらどうか、となった。

そこで、徳島ヴォルティスといえば誰のお面を作ろうか、となるわけで、我々が出した答えがこれである。













































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俳優の大杉漣さん、だ。

かねてから芸能界でも無類のサッカー好きとしても知られるが、なにより大杉さんは徳島出身で、徳島ヴォルティスの古くからのサポーターとして、Jリーグファンのあいだでは有名である。
(実際にご本人もこの日スタジアムに来ておられたようで、Twitterで目撃談が多く寄せられていた)

そういうわけで、2人とも同じ「大杉漣」に変身し、試合前のスタジアムをウロウロしてみたのである。

記念すべきホーム開幕戦の相手はセレッソ大阪ということもあり、大勢のお客さんがポカリスエット・スタジアムにいたわけだ。

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ウロウロ・・・・

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ウロウロ・・・

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あ、ヴォルタくんだ・・・タヌキ・・・


・・・・ということで、結果として、

「 お 面 は 、 あ ま り ウ ケ な か っ た 」


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うむ。

サッカーの試合そのものよりも詳細に分析を行った結果、いくつかの反省点が浮かび上がった。

どうしていまいちお客さんのリアクションが薄かったのか。

いくつかの理由が考えられるが、ひとつは、
「大杉漣さん=徳島ヴォルティス」のつながりが、ちょっとマニアックだったかもしれないことである。

そして、それが同時に二人とも大杉漣さんだったことで、どちらかというと不気味さだけが先行していたかもしれない。

でも最も重要な点はこれだ。

「外国人のお面でなかったこと」

である。

たとえば、これが大杉漣さんではなく、

Kent

ケント・デリカットさんあたりだったら、もうちょっと事情は変わっていたかもしれないと思うわけだ。
(たとえが古くてごめんよ。昭和生まれなんで)

これは自分がお客さんの立場になると、よく分かった。やはりケントさんだったら、「なにやってんですかー!」って気軽に声をかけにいくような気がする。
たとえば街中でセレッソの柿谷を目撃しても、あ!柿谷だ! とは思うけど、どうしてもそれ以上にはならない気がする。でもフォルランが歩いていたら、大阪のおばちゃんでも寄ってきてバシバシとフォルランを叩きながら「いやー、フォルランさんやー!」というノリになることもありえる。日本人としての外国人の方への親しみやすい距離感というのは、つくづく不思議なものがある。

(まぁ、どっちにしても私は、失礼なことをしでかしているんだろうけど)

そんなわけで、これからオリジナルお面を作ろうと思う方々のためにも、ひとつの事例として、勇気をもって今回この話をさせていただいた次第である。

「お面ネタは、外国人か、漫画のキャラに限る」

以上です。


<おまけ>

鳴門駅周辺でみつけた。


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雑誌『ニュートン』の特集「パラレル宇宙論」になんだか癒されたり励まされたりする気分

雑誌『ニュートン』最新号の特集が「パラレル宇宙論」。

書いてあることの科学的本質をまったく理解できていないなりに説明すると、最新宇宙物理学の成果として、この宇宙で人類が観測可能な領域ってまだまだ狭いらしく、そしていろいろ研究しまくった結果、

「宇宙は同時に他にもたくさん存在しているのではないか」

となり、

「自分たちとまったく同じような姿の生命体がいる宇宙が、どこか遠くにコピーのようにある可能性も、確率としてはありえる」

とのこと。

Me Me_2

宇宙がいろいろ存在しそうなのは分かるとしても、なんで僕らのコピーみたいなのがわざわざ存在していただく必要があるの? とも言いたくなるが・・・なにせ『ニュートン』の雑誌は豊富なイラストで分かりやすく説明してくれるのがウリのようだが、そのあたりの説明箇所でも、「地球人とまったく同じ生活スタイルを送っている人が何億光年とかの先で、まったく同じ部屋で生活しているようなイラスト」だったりするのがある意味「衝撃的」でもある・・・。

でも、数学で計算すれば、「まったくの我々のうり二つのコピーがどれか無数の別の宇宙の中に存在していてもおかしくはない」ということになるのであろう。そのあたり、自然科学と奇想的SFファンタジーの狭間にギュウッと脳みそが圧縮されるような、この感じは面白い。

まぁ、たしかにスタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』だって、延々と人類史と宇宙をテーマにした映画で、最後にはとにかくひたすら宇宙空間を突き進む内容になって、それでその果てに待っていた景色っていうのが、なぜかそのへんにあるホテルの一室みたいな生活感ただよう空間だったりするわけで、このへんのギャップを思うとあながちキューブリックとかアーサー・C・クラークは当時からこうしたパラレル宇宙論を見透してしたのかもしれない・・・たぶん。

いつもこういう話は「天文学的セラピー」として受け止めて楽しむことにしている。日常の辛いことや哀しいことも、なんだかこういう宇宙の途方もない膨大な話を前にすればなんてことない気がしてくる。

そしてパラレル宇宙論に即していえば、現実の我々の日常生活が、いろいろな選択の積み重ねで成り立っているとすれば、「選ばなかったほうの世界」が、常に新しく生まれていて、その瞬間ごとに私たちの体を取り囲む世界が「別の宇宙」として絶え間なく生成していっている、と思えば「パラレル宇宙論」もなんとなく親しみをもって納得できそうな気がする。そうやって非常に膨大な、無数の「選ばれなかった世界たち、自分が今感知できない無数の可能性に満ちた世界」を乗り越えつつ、今日も明日も涙あり笑いありの不思議な空間を受け止めて生きていく。

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2014.04.04

アップルのカスタマーサポートは、電話を向こうからかけてきてくれたのであった

他人の持っている、あるアップル製品の設定方法がうまくいかないとのことで、ひょんなことで一緒になって解決しようと苦闘していた。

しかしどうしても先に進まず、仕方ないのであまり期待せずにネットでアップルのカスタマーサービスのページをみたら、「アップル側から電話をかけてくれるサービス」があることを初めて知った。ユーザー登録者とかは関係なく、誰でも利用できるようだ。もしかしたらアップル以外の会社でも同様のサービスがあるのかもしれないのだが、「そんなものがあるのか」と驚いて、半ば好奇心によってそのサービスを利用してみることにした。

で、「待ち時間は2分です」と表示されていて、「本当かよ」と思って申込みをクリックしたら、実際に電話がかかってきたので、ちょっとびっくりした。まるでレスキュー隊員のように(会ったことないけど)、「どうしましたか?」と問いかけてきてくれた。

電話の向こうのスタッフに、いまの状況や分からない点をいろいろと説明しながら、機器を操作していく。結果的にはこちら側で見落としていた点があることが分かり、電話でわざわざスタッフさんに尋ねなくてもすぐに解決する類の小さいミスであったわけで、わざわざ電話してスイマセン、という気分であった。

しかし私が感じたのは、そうやって「人間の生の声でのやりとり」がもたらす安心感だったりが、目の前の問題解決へ向き合ううえでプラスになったのかもしれないということだ。

そしてアップルは「宗教」みたいなものであり、私はその宗教とは距離を置こうとしているわけだが、今回のような状況を味わうと、宗教の勧誘の手口としては効果的でもある。「うむ、やるな、アップル」と思わずにはいられなかったわけである。

ところで「人間の生の声でのやりとりの重要性」で思い出すのは、はじめて父親をロンドンに連れて行ったときの帰りの飛行機が、急きょストライキで欠航になったときのことだ。

父親の手前、こちらは平静を装いつつも、長蛇の列がつづく航空会社のカウンターで私は内心不安でいっぱいになっていて、果たして無事に帰れるのかどうか(次の日には仕事があるってのに)、ちょっと取り乱しており、不安を鎮めるために旅行保険会社の日本のオフィスに国際電話をかけたのである。そこで分かったのは、私はつい保険料をケチったがために、よりによって「航空機の遅延に対する保険」をかけていなかったことだった。

「あぁ、こういうときのための保険だったのか、遅延の保険ってやつは!」とひたすら激しく後悔し、そしてこういう状況には当然ながら不慣れなので、私はそのとき電話の向こうの保険会社のスタッフに「ストライキの場合、これからどういう状況が起こりうると予想されるのか教えてくれないか」と尋ねた。航空会社のカウンターにたどり着けば当然何かが分かるのは判っていたけれども、なにぶん長蛇の列なので、これからどのぐらいの時間をかけて列に並ばないといけないのか検討がつかないため、そうした状況下での「心構え」みたいなものを求めていたのである(代わりのフライトを航空会社が手配してくれるかどうかも、この時点ではまったく分かっていなかった)。

しかし、私が「航空機遅延」の保険料を払っていなかったこともあったのか、そのときのスタッフからは「何とも言えません」の一点張りで話が終わってしまった。

あのとき私は、「正しい情報を与えてくれるかどうか」ではなく、「先のことは分からないですが、とにかく落ち着いて状況に対処してください」といったような言葉を聞きたかったのである。心がこもっていなくてもいいから、とにかく誰かに日本語で「落ち着け」と言って欲しかったのである。そりゃあ、延滞の保険をケチるような顧客であったかもしれないが、それ以外の保険料を支払っているぶんぐらいの「生の声の応援」ぐらいはあってもいいんじゃないかと強く思いながら受話器を握っていたことを、昨日アップルのカスタマーセンターからの電話を受けたあとに久しぶりに思い出したりした。


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