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June 2014

2014.06.28

せんだいメディアテークにて

ポッドキャスト「ハルカナショー」の関係で仙台にきている。「せんだいメディアテーク」にお邪魔して、スタッフのかたがたや館長の鷲田清一さんにお会いして、いろいろとお話をさせていただく。じつに贅沢な時間を過ごさせていただき、スタッフのかたによるインドネシアのアートやアクティビズムに関するオルタナティウ゛・スペースについての話を聞かせてもらったり、館内のバックヤードツアーを特別にしていただいた。

私は2008年にここにきたことがあって、ちょうど「DIY TRIP」のために手作り冊子づくりをサポートするアメリカの事例を調べに行ったあとで、唯一日本で似たような可能性をもっているような場所としてここに注目していたのだった。やがてあの震災があり、この場所がもつ意味合いも少なからず変わっていかざるを得なかったと想像される。そういう意味で、震災以来はじめて仙台にきて、そしてメディアテークをあらためて訪れることは、自分にとって大事なプロセスのひとつかもしれないと思った。

なんといっても、鷲田清一さんは、以前ハルカナショーに出ていただき、番組ホストの
Mugikoさんのはからいで「DIYTRIP」も「FOOTBALL ACTIVIST」も読んでいただいていて、そのことを覚えてくださっていたことがうれしかったのである。今回あらためてZINEのことやフリーペーパーづくりについて、自分なりに思っているその可能性や教育的な意味などを直接伝えられたのがよかった。

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いまこの文章ははじめてタブレット端末機でホテルのWifiをつかって、Bluetooth接続の外付けキーボードでつくってみた。夏の旅行のときの予行練習のつもりなのだが、あまりに操作がやりにくくて、スムーズに文章が打てないもどかしさがある。また今日のことは後日あらためて書いてみたい。

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仙台空港の売店で出会った「ずんだもちのシェイク」がおいしかった!
帰りにまた飲むつもり。

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2014.06.24

Harukana Show ポッドキャスト:タテーシ、「イベントづくり」について語る

イリノイで流れるコミュニティラジオ、ハルカナショーの最新話でお話をさせていただきました。
今回のテーマは「イベントづくり論」。聞き返すとかなり上から目線でテンション高く語りまくってしまっています。
ポッドキャストのページは(こちら)。このページ用の写真、かなりドヤ顔で写っています。

この回に先立って、番組では同志社大学のラーニング・コモンズの話もあるのですが、それまでまったく知らなかったので調べると本当にビビってしまうほどに充実した施設やコンテンツが出来ていて、なんだか「学びの未来像」を感じさせるものがあります。たぶん、大きい大学から順番にこういう設備空間に投資していかざるを得ない状況がくるんでしょう。そしてこういう空間を日常的に使って勉強する学生っていうのが今後どういう社会・思想を作っていくのか、とか考えたりします。おおげさ?

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2014.06.16

海外の美術館にいくとしばしば目にする光景について

海外の美術館(といっても私の場合はロンドンとパリでしか美術館に入ったことがないのだが)でしばしば見かけた光景が、「小学校ぐらいの子どもたちが授業の一環でやってきて、みんなで作品を囲んで観賞したり学んだりする」という状況。

あるいは、ドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』(の続編だったっけ)でもそういうシーンがあったかと思う。ヴォーゲル夫妻が収集した現代アート作品を、教育的利用として、地元の子どもたちが観賞して、「何コレ?」「アートって何?」みたいな話し合いを、美術館で現物のアートを前にして考え合う、そういう状況だ。

思い返すと、日本ではそういう光景に出会ったことがない。
これは、単に「私がいままで平日に美術館に行ったことがあまりないからそういうシーンに遭遇しにくい」からなのか、「本当にそれをやっている教育現場が少ない」からなのかは分からない。
もちろん、そういう取り組みをしている美術館なり学校が自分の想像以上にあったりするのかもしれないが、おそらく日本の美術館のフォーマットを想定するにつけ、たぶんそういう教育方法はなじまないようになっている気がする。

だって、うるさいからだ。

お金を払って静かに観に来ている客がいるのだから、ワーワーキャーキャーいうガキの集団に美術館のムードをぶち壊しにされたくはないはずだ。

きっと教育体制そのものも、基本フォーマットが異なっているから、ともいえそう。

でもどういうわけか、海外の美術館で子どもたちがみっしりと座って絵画の前にいる光景は、思い返してもまったく苦にならない。
たしかに行儀が良くて相当しつけられている気もするが、それにしてはどうしてああいう教育が可能になるのか。

それに対応するものとして日本の教育現場でおそらく採用されているのは「文化観賞の時間」なのかもしれない。
市民会館ホールみたいなところで、西洋のクラシックなり日本の古典芸能なりを「観賞」するやつだ。
あれは「観賞」なので、その場で思ったことを発言することは(ホールという舞台設定のせいもあって)御法度だ。

「つべこべ言わず、黙って見やがれ」的な。

なんかこう、日本の教育と政治体制ってすべてがつながっているので、この「黙って受入れろやコラァ!」的な流れが、上からも下からもわきあがってくるわけで、そうして子どもたちも追い詰められて制御不能な状態になりやすいんじゃないか。

もっと、言いたいことが言えること、その自信や安心感を自発的にうながせる雰囲気であってほしいよな、と思うわけで、学校現場が「ホールでの文化観賞」以外の選択肢を通して子どもたちに美術や表現を教えたり味わえたりする環境っていうのが多様にあってほしい。

だって、やっぱり「批評力」って必要なわけで、どうしても「人の評価の積み重ねを尊重する」ことが過剰になりすぎると、それはホントーに危険だからだ。他人の評価軸ばかりが自分の判断力や感性よりも先行してしまうなんて、それは危険、キケン、デンジャラス、あぶない、アブない話だ。

たとえば日曜日のワールドカップの試合、後半途中でコートジボワールのドログバが途中出場しても、そんな他人の作った名声や評価につられて、あの状況でドログバという存在をそこまでリスペクトする必要はなかったんだよ、ちょっと意識しすぎだよ、っていう話にも通じるんです(笑)。や、マジで。

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2014.06.08

「棒倒し」という競技について教えてもらい、驚愕する。

かの開成学園の体育祭では「棒倒し」という種目があることをS先生から教えてもらった。

伝統的に生徒の自主運営によって行われる体育祭は、中高の6学年が参加するのだが、この「棒倒し」は高2、高3だけが行うことのできる、体育祭のハイライトとなる競技だそうだ。

そして1985年に当時高3だったS先生は、体育祭のあらゆる記録をビデオ撮影する役割を担っていたという(85年というのは、まだそんなに安価なビデオデッキがたくさん出回っていた時代ではなかったはずだ)。驚くべきは、8クラスそれぞれにビデオ係がいたようで、それぞれのクラスの想い出をテープに刻んでいたということだ。つまりそれぐらい、毎年5月の体育祭にかける生徒たちの熱さはすさまじいものがあり、そして「棒倒し」こそがいわばその熱狂の頂点にあるものなのだ。

それにしてもS先生、このビデオの撮影のためにかなりの労力を使っていたようで、その後の編集作業においても高校3年の夏休みという受験生としての重要期間を相当に費やし、当時松下電器のショールームに「30分無料」のビデオ編集機材があったらしく、そこに足しげく通ったりしたとのこと。

そして時代を経て、あるクラスメートが、そのとき作られた苦心の映像をYouTubeにアップしたようで、その当時の映像がネットで観られるようになった。

その場でS先生に、自分のクラス(橙色)の「棒倒し・決勝戦」の記録動画を見せてもらった。
もちろんS先生自身もこの競技に参加していたので、この競技の映像だけは「後輩の2年生に技術を仕込んで撮影してもらった」ということで、若かりし日のS先生もどこかに映り込んでいるとのこと。

映像を画像にしてちょっと紹介させてもらうと、

Botaosi1

Botaosi2

これである。棒を囲む生徒たちに、次々とジャンプして棒に食らいついていく。
いったいこれは・・・

どうやら、自分のところと相手のところにそれぞれ大きな棒があり、「攻撃」と「守備」のポジションにそれぞれ分かれて、攻撃陣は相手の陣地の棒に立ち向かっていき、「棒を倒せば勝ち」とのこと。あらためてよく調べたら防衛大学でも伝統的に行われていたりするようで。

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でも、フツーに思う。

「これ、かなり危険じゃないですか?」

  「そうですね」

「これ、ケガ人出ませんか?」 

  「骨折とか、よくあります」

「・・・生徒同士で、遺恨が残りませんか?」

  「まぁ、そうですね」

うわはははははは!

 このノリは、もはや中世の「サッカーの起源」みたいな状態を想像させる。ボールを相手の町に押し込むために乱闘に近い状態で闘っていくような。

つづきを観ていくと、

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 熱狂のグラウンド。画質がまた80年代的でグッとくる。

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 棒に向かって跳びかかる攻撃陣。

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 そして橙組が棒を倒した瞬間。審判が飛び上がって旗を振る!

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 勝利の雄叫びに駆け出す選手たち。
 これ、ワールドカップ決勝戦でゴール決めた状態と何ら変わりないテンションですってば。

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 そしてこの「優勝」のテロップがまた味わい深い!(笑) これも松下電器のショールームでS先生が作った文字らしい。

いやはや。

いかに自分が、「安全性のもとで、教員によって守られていた体育祭しかやってこなかったか」を感じた。

 S先生いわく、この競技の役割のなかには「人を蹴っても許される役割」があったようで、S先生もその役を担って「合法的に人を蹴ってもいいという経験をさせてもらいました」とのこと。

 すさまじい。

 ケガ人必至のこの競技、2年と3年は同じクラスのまま進級するので、ここまでテンション高まると、ともに一生忘れられない想い出になっていくのだろう。YouTubeの再生回数もハンパなく、おそらく当時のクラスメートたちが何度も観ているのかもしれない。

 「あの棒倒しに勝ったということで、一生喜んでいられる」とのこと。確かに、そうなるんだろう。ビデオに記録を残した当事者としては、なおさらのことだと思う。

 以下、YouTubeの動画を貼り付けておきます。

ちなみに高1が行う「騎馬戦」も、相手の帽子を取ったら勝ちとかいうのではなく、「上に乗っている人を地面にたたき落とせば勝ち」みたいなルールらしく、それもかなりバイオレンス度高めの設定ではないかと・・・

 

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2014.06.02

スポーツの応援で使うような大きいパネルを、持ち運びしやすいようなフレーム式で作ってみてはどうか

あまり日常生活では役に立たないが、とにかくDIY的なネタ。

スポーツ観戦のときなど、大きいメッセージボードを持って行きたい場合、板状のまま持ち運ぶのはやっかいである。

そこで私が考えたのは、

Dr0018489_6

土台となるフレームを「田の字」になるように分解可能にして、現地で組み立てるという方式だ。
フレームが合わさるところにマジックテープを貼り付けてある。

そして、この場合だと横長のフレームの部分が前面にきて、デザインされた布や紙に接するように、マジックテープの「ギザギザしている部分」と「ふわふわしている部分」が合うようにセットされている。

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布を貼ることを念頭に考えたので、マジックテープを使って固定するスタイルをとっているが、紙の場合はそのままメンディングテープとかで固定してもいい。
大きい布への印刷サービスもネットで探せばわりと手頃な価格でやってもらえる。

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素材は、たいていのホームセンターで必ず売っている「プラダン」だ。プラスチック製でダンボール状になったもの。

これだと加工もしやすく扱いやすい。軽量だしそれなりに丈夫。
現地で組み立てるときに迷わないように、マジックペンで「真ん中」「左」「右」とか目印になることを書いておくといい。

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フレームをこうして分解したら、それなりに持ち運びやすくなる。

この方式の隠れた利点のひとつは、ヒモを通せば、首にひっかけることもできることだ。一人でボードを掲げたいが、両手がふさがるのも面倒なときに良いだろう。やったことないけど。

なお、マジックテープはそんなに大きく貼らなくてもいいだろう。軽く合わさるぐらいがちょうどいい。
この最初の作品は、ちょっとマジックテープを多めに使いすぎて、ちょっと面倒くさい。

あと保管するときに、マジックテープが不用意に他の布製品に付いたりしないように気をつけること。


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