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December 2014

2014.12.31

年の暮れに銀色夏生のことを思い出したりしてみる

早いものでもう大晦日。
今年の紅白歌合戦の司会をつとめる吉高由里子という女優さんの名前も顔も分からなかったので、何気なくウィキペディアで調べてみたら、そこで書かれているいくつかのエピソードのなかに詩人の銀色夏生のことが書かれていた

なので、ひさしぶりに、本当にひさしぶりに、
銀色夏生のことについて思いを巡らせることとなった。


実は、
気恥ずかしいことに、自分が高校生のとき、古本屋で出回っている銀色夏生の過去の詩集の文庫版をちょくちょく買って読んでいた時期があったのである。

(写真をそえた詩集のコンセプトとか、それは結局ZINEづくりなどを通して今に至る、ある種の嗜好がここに連なっていることも認めざるを得ないわけだが)

本人には失礼だが、その時点で自分にとって銀色夏生は「80年代を体現していた人」という認識でいた。とくに作詞家として、大沢誉志幸の名曲『そして僕は途方に暮れる』を書いた人というイメージが強烈であったので、その時点で彼女の作品を読むことは、どちらかというと、私の好きな「超短期ノスタルジア」的な対象として、ちょっと距離を保って読む詩集という感じでもあった。

それでも読んでいくうちに、本当に好きになれる作品が出てきた。

特に思い出深い作品は『君のそばで会おう』(1988)だ。
表題の詩が最後に出てくる。


終ってしまった恋がある

これから始まる恋がある

だけど

僕たちの恋は決して終りはしない

なぜなら

終らせないと僕が決めたから

 

自信をもって言えることは

この気持ちが本当だということ

 

いろんなところへ行ってきて

いろんな夢を見ておいで

そして最後に

君のそばで会おう


冷静に考えると「君のそば」っていう距離はなんだろうか、と思う。でもそのちょっとした「わからなさ」を超えて届くフィーリングの部分が、何かを残していく感覚。
そして「いろんなところへ行ってきて、いろんな夢を見ておいで」っていう、このフレーズでかきたてられる感情は、おそらく自分自身の恋愛観だったり、人生でやりたいことの中心点みたいなもののひとつをその後も形作っていったようにも思う。

しかし、
90年代半ばに、ヘタレ男子高校生が銀色夏生の詩を読んでいることなんて当時誰にも言っていなかったし、言いたい気持ちもなく、ただ心のうちに「“君のそば”ってなんだろうか」っていうことをボンヤリと考えていたりする、そういう時代だった。

そこでひとつ強烈に覚えているのは、高校2年だか3年のとき、おもむろに後輩の女の子が、この詩を朗読している状況に出会ったことだった。そのあとの自分のリアクションは記憶にない。もしかしたら黙ったままやり過ごしたかもしれないし、「銀色夏生いいよねー」っていう話をしたのかもしれない。いずれにせよ、私が単に「80年代の産物」だと思っていた銀色夏生は、普通に自分たち世代もちゃんと読み継いでいるんだよな、っていうことを認識させられた最初のきっかけだったように思う。その後も大学に入ってから、銀色夏生を読んできた同年代(男も)がたくさんいることを知ることになる。

そしてさらにこの詩について驚いたこととして、1999年のことである。
この年、Jリーグの横浜フリューゲルスの「消滅」が親会社の都合で決定し、選手・チーム・サポーターが悲壮な想いでシーズン最後の天皇杯決勝まで勝ち進み、見事優勝を遂げるわけだが、そこでゴール裏のサポーターが掲げた横断幕のメッセージが、この『君のそばで会おう』の引用だった。

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チームが消滅し、選手もスタッフもバラバラになっていき、それでも人生は続く。
サポーターも、この場所も、すべてが遠い記憶のなかに消えていく。
それでも、いろんな場所で、いろんな夢を見て、それぞれが再びどこかで出会うことを信じていく。
今となっては、この銀色夏生の詩はサッカーファンとしての自分にもダイレクトに染み入ってくる。


この年の瀬に、ひょんなことで、そういうことを思い出させてもらった。

この一年ありがとうございました。2015年も素敵な一年でありますように。



↑NOKKOと競演したバージョンの『そして僕は途方に暮れる』があるのを知る。グッとくる。


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2014.12.28

100均の物干しロープが役立ったな、っていう想い出

夏に旅行したとき、ほぼ毎日のようにホテルを移っていたこともあって、洗濯物はホテルの自室で洗って乾かしていた(湿度の低い国はすぐ乾くから助かる)。

旅行前に100円ショップで、洗濯物を干す用のロープをみつけた。「ロープなんてどれも一緒じゃないのか」と軽くバカにしていたのだが、よくみたらナイロンのロープが細かい「ハシゴ状」に加工されていて、ちょっと大げさかなと思ったが、「洗濯用」とわざわざ明記してあるロープなので、とりあえず試しに買っておいた。

そして実際、旅行中にはあまり使わなかったのだが、あるとき洗濯物を多めに干さないといけないときに、このロープの形状がたいへん役に立った。

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「そうか、こういうことだったのか!」と、当初の自分の洞察力のなさを反省した。
たしかにこれは便利だった。いちいちロープのテンションを高めにキープして壁のフックに結んで・・・という手間が省けた。

もちろん、ホテルに数日滞在して、洗濯ものはランドリーにお願いして・・・っていうのがスマートだし、望ましい旅のありかたかもしれないが、こうして日本から持ち込んだ変な形のロープを、その場所の状況に応じて「あーでもないこーでもない」と苦慮しながら、フックというフックにひっかけまくって、即席の物干しコーナーを作ってみて悦に入るという「楽しい面倒くささ&格好悪さ」も捨てがたいものがある。


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2014.12.23

Harukana Showポッドキャスト:2週連続で、あれやこれやと。

イリノイ州アーバナ・シャンペンのコミュニティラジオ番組「Harukana Show」、2週連続で話をさせていただきました。
「ちょっと古いもの、がオシャレになっている話」とか、新作のZINEの話(こちら)。
そして、小説『ジェネレーションX』を読んで人生踏み外したなーっていう、改めて聞くとはずかしい話(こちら)。あぁだからDIYとかに人生の関心をシフトさせていったのか、とタテイシがしゃべっているうちに気づいていくあたりも、聞く人が聞くと痛々しい(笑)。

ポッドキャストを聴き直して気づいたことがあって補足すると、「物語をクリエイトしていく、言葉の可能性」っていう、その言説もよく考えたら、ヴィム・ヴェンダースの映画『夢の涯てまでも』(1991年)の最後の最後で出てくるテーマだった。結局そんなところからの影響ばっかりやんけ、っていう(笑)。 

ちなみにこの映画はヴェンダースの大失敗作のひとつらしいが、中高生の頃に観てしまった以上、ただストレートに私にはグッときてしまったものがあったので、いつまでも大事にしたい作品なのだ(でもあまりに駄作らしく、日本版DVDがこの作品については今の時点では入手できない 笑)。

↑日本での劇場公開時のポスターを見つける。買うかどうか迷い中。

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2014.12.18

「関西フリーペーパーナイト」が22日にロフトプラスワンWESTであるとのこと

最近はめっきりフリーペーパー『HOWE』のほうの制作が滞っている・・・そんななか今年できたばかりのロフトプラスワンの関西版「WEST」にて、「関西フリーペーパーナイト」というイベントが開催されるとの情報が。
ちょうどこの日はたまたま大阪に出張することになっているので、帰りに寄れるかなーと思っている。

イベントについてくわしくはロフトプラスワンのHP(こちら)より。

影響を受けやすいタチなので、こういうイベントを観に行って発奮する可能性だってある。
いま思ったが「発奮」って、あらためて書くとなんだか恥ずかしいものもあるな。
でも、でも、発奮、ハップン、これは今まさに自分には必要かもしれない。


ていうかそもそも、ロフトプラスワンのような場所が関西にも出来たことがずっと気になっていたりする。

音楽でもお笑いでもない、なんともいえない多種多様で雑多な文化事象をカバーする「トークライヴ」のためのステージっていうコンセプトはプログレッシヴなものだった。

よくよく考えたら姉妹店の新宿ネイキッドロフトで、2008年に「全日本ミニコミサミット」というイベントがあって、そこに行ってみたことがかなり自分の活動にとっては大きなポイントのひとつにもなっている。そうだった、あそこは姉妹店なのだった・・・そういう意味では感慨深いなー。


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2014.12.13

Suite Night Classic vol.27(難病・遠位型ミオパチー支援イベント)

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ミュージシャンとしての活動のかたわら、林未来彦さん・安田崇さんの二人が、それぞれの友人がかかえる難病「遠位型ミオパチー」のためのチャリティイベント「Suite Night Classic」を続けて、今回で27回目とのこと。足かけ6年にわたるその活動の、「問題意識を手放さない、そのグリップの強さ」には感服するしかない。

今日は梅田の「S’n緑an(しんりょくあん)」というカフェ・ギャラリーにて、遠位型ミオパチーの現況についてのプレゼンや、クリスマスをメインテーマにした生演奏ライヴが行われた。

「遠位型ミオパチー」とは、心臓から遠い部分の筋肉から徐々に活動機能が失われていく難病とのことで、治療法や薬が確立されておらず、20歳代に発病することが多いらしい。(くわしくはこちら

そしてこのたび、「難病新法」が新しく制定され、来年1月から「研究事業」ではなく「法律」として新たな局面を迎えるとのことで、ここにきて遠位型ミオパチーも難病指定をされたとのこと。ここで治療薬や治療方法への研究資金が回ることで、一刻も早い進展が期待されている状況なのであった。

プレゼンのなかでも言われていたことだが、法律などが整備されることはもちろん大事なことである一方、いざその制度を利用するにしても、体が思うように動かない当事者の人々にとって、これらの制度的な知識を自分から入手したり検討したり、そして膨大な書類を書いたりすることについては、どうしたってサポートや助け合いを必要とする。
そして今あらためてネットで調べてみても、難病新法がつくられることで、状況によってはまだまだ問題点が山積みになっている気配もあったりする(こちら→『難病新法制度案まとめ』)。

でもこうして、地道ながらも、光があたらなくても、自分たちのフィールドで、自分たちなりにできることを続けていくことでしか何も進まないとすれば、それが最善のプレーであることを、主催者とそこに賛同して集うミュージシャンの方々の良い意味で飄々とした雰囲気は教えてくれる気がする。
「できないこと、むずかしいこと」は認識するのは簡単なんだろうけど、それでもなお、何かに向かって一歩でも進めること、そこで必要となるエネルギー源のひとつとして、音楽やアートのチカラというのは有効だと信じたい。

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林さん、私のシャツ着てくれてありがとう!(笑)


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2014.12.10

ディアフーフ×シャムキャッツ!!

わたしのZINE『DIY TRIP』には番外編として、シアトル・ポートランドでの取材旅行で出会ったこぼれ話を書いている。
そのなかでディアフーフのライヴに行ったことを紹介している。

旅に出る直前に大阪での来日公演を観ていて、その数日後にシアトルへ旅立ち、到着直後そのままライヴハウスへ行ってみたらチケットが買えて、そこでもまたディアフーフのライヴを見る機会を得て、出番前に物販コーナーにいたドラマーのグレッグに声をかけて「先日の大阪で、最後に勢い余ってドラムに顔をぶつけて流血しててビビりました」みたいな話をしたら「大阪でも見ていたの!?」と驚かれた、っていう話である。

そしてその夜のライヴでもグレッグの大迫力ドラミングを目の前で見つめ続けながら、「まるで宝クジに大当たりしたことをついさっき知ったばかりのようなドラム演奏」というフレーズをその場で思いついたので、その言葉を絶対にZINEで書こうと思ったのだった。

こうして4年後の2011年にようやく、遅々とした作業の末に『DIY TRIP』というタイトルで初めてのZINE冊子を作って、それがじわじわといろいろな方面に、それこそTRIPしていき、いろいろな方々に読んでもらった。予想外のパブリックな方面からもお褒めの言葉をいただいた(特にグレッグのドラム演奏を表現した上記のくだりについても触れてもらえて、本当にうれしい)。

そこからさらに3年後の今年、『DIY TRIP』を読んでいただいていたロックバンド・シャムキャッツの夏目さんや菅原さんのはからいで、「EASY」のイベントに参加させていただいたわけで、もう、間違いなく『DIY TRIP』は、私の人生にかなりの“TRIP”をその後ももたらしてくれたわけである。

が、ここにきてさらなる衝撃的なイベントが発生したわけである。

「ディアフーフのジャパンツアーが決定」
「京都でもライヴをする」
「そこでの対バンは、シャムキャッツ」


 う む 。


この組み合わせで、しかも地元の京都でライヴをしてもらえるというのは、今年の正月に「大吉」のおみくじを引いて年甲斐もなくオーバーリアクションで喜んでみせた私に向かって姉が姪っ子に「蹴っていいで」と言わしめたあの状況を思うと、まさにこれが大吉スペシャル効果なのかもしれないと思わせる展開なのである(でも正月早々に姪っ子から蹴られて始まる一年が果たして大吉と言えるのかどうかは私には分からない)。

※さらには、恐れ多いことに、シャムキャッツの方々からのご招待を受けて、会場の磔磔に来させてもらった次第。感謝・・・!。

そんなわけで、スタートから最初の1時間を全開で攻めまくったシャムキャッツの演奏っぷり、そしてクセになる楽曲たちに、私にとっての個人的な「2014年アンセム」を感じて、絶対にこの時間のことを忘れないでいようという気持ちとともに、さっき書いたような「あぁ、そうだった、今年の正月は、大吉を引いたんだった」ということを思い出したりしていたのである。

そして後半1時間をディアフーフがぶっ飛ばしていった。実際にグレッグはシンバルを吹っ飛ばした。
運良く、シアトルのときぐらいの距離でグレッグのドラム演奏を観ていた。じつは7年間のあいだに、多少は年も重ねて、演奏はマイルドなものになっているんじゃないかという予感もあったのだ。着ている服もエリつきの長袖シャツだし、なんとなくかつてのようなTシャツ姿でなかったことが余計にそう思わせたのだ。
でも曲が始まったとたん、すいませんでした私が甘かったです状態になる。

グレッグのドラムは、まったく変わっていなく、それどころかより暴力的なまでにドラムをぶっ叩き続け、もはや「宝クジが当たった人」というよりも、もしかしたら「当たったと思っていた宝クジがじつは紙切れになってしまった悔しさ」をドラムにぶつけて八つ当たりしているんじゃないか、本当はそう表現すべきだったのではないかと思わせたほどである。
(あぁ、こうしてヒトは新しい文章表現を思いつくのか、と今になってちょっと感慨深くなってくる)

そんなわけで、シャムキャッツとディアフーフ、多くの人に観て欲しい「テンションの“ぶっ飛ばし加減”が痛快なライヴバンド」なのである。


シャムキャッツの『なんだかやれそう』。このPVのカメラワークの不思議なポジショニングなんかもツボ。


この映像でみると、グレッグのこのときのドラムセットはタムがない。昨日はありましたが。

そして終演後に、グレッグに『DIY TRIP』を渡すことができた!
「2007年大阪での流血プレイ」についても改めて話をちょっとすることができた。

Greg


こうして7年越しに描いていたかすかな夢がひとつ叶ったのである。
シャムキャッツによって。

あぁ、2014年は、素敵だ。

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2014.12.02

丸の内の人違い・その後

10月10日に東京にいった際、1964年東京五輪の記念イベント会場を訪れていたら、そこで「東京タワーで活躍しているピンク色のツナギを着た芸人さん」に間違われた話があった(こちら)。

あとあと調べてみると、おそらくその芸人さんは「う~ぱる~ぱ」というコンビ名の2人組であろうと判明。

そしてそのとき言われた「ピンク色のつなぎ」ではあるが、正確には「ピンク色のパーカーを着て(何せウーパールーパだもんな)、青色や赤色のオーバーオールを着た芸人」が正しそうである。

で、ネットで見つけることができた写真がこちらで

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なんだか、どっちにも似ている部分があって、どちらで間違えられたのか、いまいち不明っす!!(笑)。


・・・とまぁ、そういうオチである。

そんでもって、ちょっとした罪悪感みたいなものがあるとすれば、
以前わたしは東大阪のとある居酒屋に連れられて、そこで「ウーパールーパーのからあげ」を食べさせられたことがあるのだった。

たぶん私の人生においてもっとも振り幅の激しい食事体験を挙げるとすると、あの店の一夜になるのだろう。
(そう、ほかにもフツーでは出会えなさそうな珍しい食材を料理するのが名物なのであった)

そして今、あらためて調べてみて分かったことなのだが、
あの体験が当時どれほど自分にとって重たかったかは、
「そんなネタがあったにもかかわらず、このブログで当時そのことについて何も書いていない」ことからもうかがえるわけである(笑)。

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