« January 2015 | Main | March 2015 »

February 2015

2015.02.27

映画『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』をみにいく

平日休みをとって朝から京都シネマで『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』を観る。

想像以上に実務的な部分までカメラで捉えていたりする長いドキュメンタリー映画だったが、絵画の修復作業に携わる人の語りが印象的だった。今の時代における修復の考え方として、「(物質的に)新しいものにする」のではなく、「現時点でのこの絵画におけるベストの状態はどういうものか」という解釈をもとに現物の状態を保護するなり修復するわけで、そうして次の時代にまた修復作業が行われる際は、現在の作業結果はいったんリセット(洗浄)されることになるという。現在の修復作業員が施している、ひたすら緻密で気の遠くなるような修復作業の成果も、将来的にはふたたび「なかったこと」とされてしまう宿命を帯びているとのことで、そういう気概で、絵画作品を次世代にバトンタッチしていく仕事なのかと思い知らされた。

あと、随所に紹介される、学芸員による来場者へのレクチャーの様子が印象的だった。子どもからお年寄り、そしてさまざまな国の人を相手に、絵画作品の背景を説明したり、美術鑑賞の面白さを伝えていくプロフェッショナルの人々の語りには、ものすごい「熱さ」がこもっていて、英語が分からなくても、その好奇心や情熱に圧倒される思いがした。話している内容も興味深かったが、とにかく「語りのパワー」におけるエンターテイメント性、いかにお客さんの集中を切らさずに、効果的に目の前の絵画作品への興味関心をかき立てる語りをするか、という点で興味深かった。今後もロンドンに滞在するときはナショナル・ギャラリーに何度も行くことになるのだろうけど、訪れるたびにしばしば出くわす学芸員さんのレクチャーの話しっぷりというのも、また見どころの一つになるなぁ、という新たな楽しみ方を発見した気分。

ちなみに劇場パンフで知ったのだが、今年の夏にはターナーの伝記映画『ターナー、光に愛を求めて』が日本で公開されるとのこと。つい先日もふと去年のターナー展のことを思い出して、ちょっと心がほっこりしていたところだったので、これは楽しみ。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.02.25

なんだか

すごく何かいろいろとブログに書きたい気分ではあるのだけど、何も書けない感じであり、それこそ引っ越しのネタを書いてしまいたいのだが、あまり面白い話があるわけでもなく、そして作業もほとんど進めていない状況で(だったらパソコンからはなれろよ、っていう)、そんな状況でこういう写真とかムダにあげてしまいたくなるな。

Pullover_banana


Bxjlrhjiyaazoun


Bkx8ubjcyaamwau

Shingo

ねます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.02.19

さいきんのあれこれ。自分のための記録として・・・

ガケ書房での流血マッチ騒動のあと、一人反省会と称して中華料理店でレバニラを食べる。

夜、引っ越し作業を続行。荷物の多さに徐々に不安がぬぐえず、引っ越し業者さんになんて言い訳すべきか緊張感高まる。

翌日、仕事の映画上映会イベントの準備にむかい、夜は非公開の研究会をセッティング。映画『ASAHIZA』の監督の藤井光さんの話を横で聞かせてもらい貴重な時間を過ごさせていただく。「映像はテクノロジーにすぎない、という地点に戻したい」という制作志向の話だったり、「作り込む部分」と「自然の流れにまかせる」ところの使い分けなど、いろんな方面へ応用できそうな映画制作術について聴き入る。K先生いきつけの古い家を改造した味のある料理屋で二次会。

金曜の午前中は休みをもらい、左京区役所へ行き書類のやりとりに行く。フライング気味ではあるが、念願の左京区民となる。そういえばバス降りた瞬間に大量の雪が降ってきたのがちょっとドラマチックだった。人生の節目のタイミングで、私は印象的な大雨に降られることが多い気がしている。でもたぶん気のせい。

午後に大学に向かい、足りない機材を借りてきて、ふたたび映画イベント会場へ。誰もいない広い会場の隅で、京都駅SUVACOで買った穂久彩の弁当をモソモソ食べる。日常の慌ただしさと、この食事風景の静寂っぷりのコントラストに感じ入る。

イベントの開始。京都新聞に情報が掲載されたおかげで、思っていた以上のお客さんがあってうれしい。
会場を借りる時間のこともあり時間配分だけは神経質になっていて、紙に大きく「時間」とだけ書いて、終わり頃に司会のS先生に見せるようにしてみたら、そのことについてS先生が会場のみなさんに「今、『時間』というカンペが出まして・・・」とアナウンスされる始末。

来場してくれた卒業生のムンナとF氏も、会場の後片付けに参加してくれて見事に時間内に収まる。そして大学から借りた機材を本来は当然私が持って帰るべきなのだが、「引っ越しの荷物に混じるのがイヤだから」という理由で、2人の先生にそれぞれ持って帰らせるという暴挙に出る(すいません)。

串屋さんで打ち上げ。映画『ASAHIZA』について、ちょっと細かい部分の疑問や印象を藤井監督に投げかけてみたりする。すごく贅沢な時間。

土曜日の朝、ガスを停めに来てもらう。予定表のメモにはそのあと午前中に「新しく買ったブラインドカーテンの到着」とあって、トイレを我慢してまで12時まで待ち続ける。しかしいっこうに来る気配なし。で、よく考えたら、ブラインドを買おうと思ってそういうメモを書いたあとに、ブラインドがつけられないことが分かって結局購入を取りやめたのだが、そんなことすら忘れていたことが判明し、トイレで一人自分のふがいなさに憤慨する。

午後、トイレのウォシュレットの取り外し工事で作業員さんが来る。引っ越し先ではウォシュレットが元から装備されているので、外したあとのウォシュレットは、新しいウォシュレットを必要としている実家のほうに後日持って行くつもりでいた。しかしこの時点で引っ越し荷物の超過が不安で仕方なかったので、予定を変更して、そのまま急きょ実家に持っていくことに。こうして今年のバレンタインデーは「便器の入った大きい袋を抱えて三条通りを歩いた」という想い出づくりを果たす。

いろいろとダンボールを作っては荷物を放り込む作業を繰り返しつつ、それでも翌日曜日の10時には出町柳駅で「柳月堂」のパンを買い、鴨川ぞいにいき、そのまま14時近くまでそこにいて、京都マラソンの応援。これはこれで真剣だが、常に頭の片隅には明日に控えた引っ越しへの不安が。

マラソンのあと、TGY氏、シオタ氏、F氏とラーメンを食べ、私はそのまま不動産会社へいき、新居のカギを受け取る。ケーヨーデイツーに寄って、ちょっと不安だったのでダンボール箱をさらに買い足して帰る。マラソンを終えたとおぼしき人々の流れに逆らいながら歩いていて、ある種の感慨を抱きつつ(そしてダンボールも抱えつつ)自室に戻る。

京都マラソンに今年も来てくれたフィオリオ氏に頼んで撮影してもらった写真をチェックし、それらをアップロードしたうえで、ブログ記事を速攻でアップし、その他もろもろの作業を終えたあと、断腸の思いでパソコンの接続関係もすべて切断し、箱詰め。

自室にたくさんあるルミナスの棚を分解すべく、荷物をひたすらパッキングし、最後の追い込み作業にかかるが、思った以上にやっかい。このときしばしば頭のなかで考えていたのは、イタリアのスポーツ新聞「ガゼッタ・デロ・スポルト」におけるサッカー選手の採点風に今の自分の状況を評すれば、
「4.5点 引っ越しを甘く見ていた」
とかなんだろうな、ということだったり。

近所に住むジュリー家より連絡があり、ご飯のお誘いに。温かい申し出に泣きそうになる。ひとまず大きい音のでる作業(つまりルミナス棚の解体作業)が終わり次第にお伺いさせていただくことになったが、案の定すごく作業が遅れてしまい、遅い時間に訪問することになり恐縮。ジュリーが行ってきたタイ旅行の写真をテレビでみながら、美味しい粕汁とタケノコのお刺身などいただく。ジュリーのお父さんはサッカー選手のなかではスティーブン・ジェラードが雰囲気があって好きだと言っていた。観るならアメフトのほうが好きだと言いつつジェラードを推すあたり、かなり分かってらっしゃる。実はけっこうサッカー詳しいんじゃないかと思ったり。

夜食まで持たせていただき、ひたすら恐縮のまま帰宅。コンビニに寄ってレッドブルを買って飲む。ガムテープも買う。深夜の作業なので、うるさい音がでやすい布テープよりもクラフトテープのほうがいいだろうという判断。

そこからは、ひたすら荷物を詰めながら、そして徐々に感傷的な度合いが増していき、そしてなぜかビートルズの『Dear Prudence』が頭のなかで流れ続けていた。

「引っ越しとは、かくもスペクタクルなものなのか」と思う真夜中。
いままでの自分の生活を振り返る良い機会であり、そしてちょっとした寂しさがつのってきたり、その一方で感動的な部分だったり達成感だったりがまた味わい深いなぁとひしひしと感じつつ。

夜が明ける直前、ようやく引っ越し可能なレベルまで作業が完了。前日に買い足したダンボールの分量が絶妙に効いて、すべてが収まった安堵感とともに、ジュリー家でいただいた鶏の炊き込みご飯とかみかんを食べる。この部屋で最後にいただく食事を忘れないでいようと思った。

まぁまぁ近所に引っ越すので、朝5時半ぐらいにいったん壊れやすい微妙なものを先に自分で運んでおこうと、外に出る。本当は前の日にカギをもらった直後に運びたかったのだが、火災保険とかの契約上の関係で、立ち入りはしないように言われた。早朝の街を写真に収めつつ。

住民としてはじめて入る新居。しかし早朝6時すぎという状況は、暗くて音も静かで、なんともいえない幻想的な気分になる。そしてまず最初にフレスコで買ってきた塩と味噌をキッチンに供える。前回の引っ越しの際にはこんなことしなかったのだが、姉によると、うちの母から「引っ越しのときに最初にすること」としてこのような御供えをしておくように強く言われたことがあるらしく、そんなの知らなかった。調べると沖縄地方ではそういう風習があるとのこと。しかしなぜにうちの母、そんなことを。

一時間半後に家に戻る。あとはひたすらボーッとしながら、引っ越し業者と姉夫婦を待つ。新居に引っ越し業者がいくときに、自分が先回りしておく必要があると思い、旧居のカギをしめる役割を姉に頼んでいたのである。

引っ越し業者さんが到着。いったん家の中をチェックされ、「こんなに荷物多いのかよ」みたいに言われたらどうしようとドキドキしたが、まったく動揺するそぶりを見せず、さっそく作業へ。そして「別に先回りして待機する必要も無いです」とも言われる。そうなると姉夫婦に来てもらった意味が薄まるので申し訳ない気分に。

前日、必死に解体したルミナスの棚だったが、こういう棚はむしろバラさないほうが持ち運びが簡単だという旨のことを引っ越し業者さんから言われ、ひたすら申し訳なくなる。貴重な教訓を得た。

姉夫婦とともに、あとはひたすら荷物が移送されていく様子を見守る。ルミナスの棚が多すぎることを姉から指摘され、「服屋じゃないんだから」と言われる。たしかに。

想定していた役割を担ってもらう必要性はなくなったのだが、姉夫婦は燃えるゴミを代わりに引き取ってくれて、新居まで運転してくれて、さらに引っ越し屋さんの作業後にルミナス棚の組み立てなどを手伝ってくれて助かる。さらに義兄のみっちゃんには、持ち前のスキルを活かして洗濯機のセットアップまで黙々とやってもらって恐縮。

新居で最初に食べたものは、近所の弁当屋の唐揚げ明太子弁当となる。無性に美味しかった。

大家さんが家に来て、初顔合わせでいろいろ説明を受ける。「この近所で腕の良い歯医者はどこか」という質問を投げかけると、あれこれと教えてもらえた。

姉夫婦から「いまのうちに何か手伝えることはないの?」と言われるも、あまり作業が思いつかず。徹夜明けの状況がいよいよこたえてきた。ダンボールの山としばらく暮らすことになるんだろうな、と思いながら、グダグダと時間を過ごす。

姉夫婦帰宅後、ひたすら寝る。

翌朝、仕事へ。実は距離的には遠のくが、電車の駅が近いぶん、家を出る時間に大きな違いはないのでわりと楽。

前住んでいた街とはちょっと異なり、静かな雰囲気があって、なんだかリアルなまでに、ロンドンの町外れのストリートを想起させる瞬間がわりとあるなーと思いつつ歩く。

帰宅後、ダンボールを少しでも整理しなきゃと思いつつも、買ってきた弁当を食べたあと、寝る。

そこから3日間、だいたいそんな調子で、結局ダンボールが整理されることなく、必要なものをあちこちから探し出して、そして置き場所を決めることもできず、カオス状態のなかで新生活がスタート。これはまるで、外国のホテルに住んでいるような気分だ。一人で勝手がわからず、どうしたら快適に過ごせるか解決策を探しあぐねているままに時間だけ過ぎていく感じ。

インターネットについてはこのマンションで使用可能になるのに業者の都合で3週間ぐらいかかることが分かっていたので、それに備えてWifiルーターのレンタル業者の無料お試し機を借りていた。しかしやはりタブレットやiPodで文字を打つのが超絶苦手で、当然ながらブログを書く気にもなれず。

そういえば義兄みっちゃんが「WifiルーターをUSBでデスクトップPCにつないだら、そこでネットが使えるのでは」と言っていたことを思い出し、試してみると、確かにその通りだった。知らなかった。

なので、ひとまずここまでの記録をブログにひたすらダダダッと書いてみる(←いまここ)。


| | Comments (4) | TrackBack (0)

2015.02.11

ガケ書房で、流血マッチをやらかした話

長らく親しまれてきたガケ書房が、その名前ではもうすぐその歴史を終えることになる。

1月にお店に行ったとき、店長の山下さんが「店の外壁に積んでいる石を、最後はお客さんに自由に持って行ってもらおうと思っている」とおっしゃっていて、甲子園の土を持って帰るような感じで良いプランだなぁと思った。
(2月15日に『ガケ崩し』という名前で、イベント化されました)

そこで思いついたのが、ガケ書房のお買い物袋に印字されている「ガ」の文字を、バンクシーのようなグラフィティばりにステンシルで作ったらどうかということだ。お客さんが思い思いに好きな石を選び、その「ガ」の文字をスプレーでプリントできたら、なおいっそうステキじゃないか。

本当だったらすぐに試作品を作ってみるべきなのだが、折しもガケ書房と同様、私個人も「引っ越し」というイベントを実施することになり、結局はそっちの作業にあらゆるエネルギーを使ってしまって、今日の今日まで思いつきを形にせずに終わっていた。

そうこうしているうちにガケ書房の営業も今週がラストとなり、私の引っ越し作業も大詰めを迎えながら今日の祝日を迎えてしまった。ずっとステンシル作成のことが気にかかっていて、もはや今日しかないと思い、いざ作ってみることにした。

うむ、そうだ。君が思うとおり、本来ならば私は引っ越し作業に専念すべきである。しかしどうしたって人間は、「そうじゃないこと」をこういうときにやりたがるし、こういうときだからこそ楽しく集中して作業ができてしまうのである。

R10027285

気づけば引っ越し荷物のなかにあらゆる材料や道具がうもれてしまい、結局、土台となる素材はそのへんの引っ越し用資料のなかにあった「大阪ガス」のクリアホルダーを使うに至る。

そして実はこの作業のあと、午後はたまたま近所にある某国際交流会館へちょっとした出張仕事があったので、このステンシルを作り終えた直後にちゃんとした格好に着替えて、30分後にはまるで「ガ」の文字を切り抜いたことなんてありませんよみたいな顔でしれっと会議室に着席していた。

帰宅後、ふたたび着替えて自転車に乗り、出町柳のホームセンター、ケーヨーデイツーへ。

なにせ石にスプレーするので、水性よりもコンクリート用のスプレー塗料だろう・・・と思い、そしてあまり深く考えずにカラーは「赤」をチョイス。

ガケ書房のあの大量の石たちが、赤い文字で「ガ」とスプレーされていく光景を楽しく想像しながら、ガケ書房へ。

たぶん、半笑いで自転車をこいでいたはずだ。


店に入ると、ひさしぶりにガケ書房のスタッフとしてのうめの氏にお会いする。さっそくスプレーとステンシルを見せると、いつものように冷静な口調で「ちょっと実験してみましょうか」と、入口横の「もぐらスペース」に積まれている石のところへ(すでに一部の外壁は解体されていて、石を持って帰ることができていた)。

タテーシ、適当な平たさをもつ石を選んで、

ステンシルをあてがい、

シャカシャカとスプレーをふり、

プシューっといく。

R10027292

Umakuikazu

最初のミスは、スプレーの「撹拌」が足りなかったことにより、液状にダラーっと色がついた。

そしてよーく振ってからスプレーしても、結局は石の上に付着した色が徐々ににじんでしまった。

ガケ店員のねねこさんも参戦し、お店にあった「ガ」のゴムスタンプを用いて、衣類用のインクで石につくかどうか実験。
結論からいうと、そっちのほうがいい感じだった。

そしておまけに2,3の石に向かってスプレーを吹き付けたことで、ボタボタになって付着したりしたものもあり、赤色の塗料がついた石が散乱する状況になってしまい、まるでガケ書房のフィナーレを「血祭り」にしてしまう勢いとなった。

R10027297

途中で山下店長も様子をうかがいに来て、うろたえる私にたいして

「これぞDIY!」

「その気持ちが嬉しいですよ!」

と、温かい言葉をかけていただいた。


タテーシのDIY、今回は完全に企画倒れ。

Woodgate


そもそも、どうして「赤色」のスプレーにしたのか、自分(笑)。
せめて白色系でいっとくべきだった・・・・。

寒いなか、そしてフィナーレ週間の祝日という超お忙しいなか、この実験を見守ってくださった山下店長、うめのさん、ねねこさん、ご迷惑をおかけしました・・・こうしてブログのネタにするしかない状況になってしまい申し訳ありません(笑)。
そしてプロレス好きの山下店長へのオマージュとして、今回の題名を「流血マッチ」にしてみました(笑)。

ガケ書房での最後の想い出が、「血だらけの石」という、このオチ・・・(笑)
(そして最初にスプレーを試した石を、記念に持って帰らせていただきました)

R10027290

下に敷いてもらった新聞紙の、この猫の写真をみて、まさに企画「倒れ」になっていると、うめの氏がうまいこと言っていた(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« January 2015 | Main | March 2015 »