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2017.09.11

ECHOESなロンドン旅2017夏・その5:ヒースロー空港の中心で、バンドへの愛を叫ぶ。

 ロンドン到着時のこと。

 今回の旅行前に、ネットで「空港の入国審査の行列をできるかぎり待たずに済むコツ」という素晴らしいアドバイスを見つけた。

 方法はいたってシンプルである。

 飛行機を降りて、到着ゲートの廊下に出たら、

 そこからダッシュで入国審査場を目指して走る

以上。

 たいがい長いフライトの後だと、疲れもあるからみんな歩く。なので少しでも走ってしまえば、追い抜いた人々の数のぶんだけ、入国審査のゲートで並ばなくてもよい。
 なぜ今までそこに気づかなかったのか。

 そういうわけで、私は飛行機を降りたときから、抑えがたいテンションの高ぶりにより、半笑いで走っていたと思う。長い通路で流れていく景色を見やると、壁にはひたすら「Welcome London」というメッセージとともにロンドンにいるいろんな職業の人々が笑顔で手を挙げている大きい看板があって、それに向かってこちらも手を振って応えたいぐらいの勢いで。

 狭い飛行機から解放された心地よさがあり、軽い運動が適度に心地よい。

 なのでもはや、空港の長い通路を走ることは「列に並ばずに済むため」というよりも、「ロンドンに来た喜びを全身で表現するため」に近い感じがした。日常でこんなにジョギングなんてしないのに。
 なので走るというより、スキップだったかもしれない。
 どこまで浮かれてたんだ。

Olympicmomentsmrbean


 ただ、走りながらも薄々感じていたことがある。このまま走ったところでどうなる、と。

 そう、実際には自分が、ビジネスクラスの客もファーストの客も追い抜いて、その搭乗機の乗客の誰よりも先に入国審査場にたどり着いたところで、ほかのフライトで来た客がすでに大量に列をなしているのだった。

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 大きな部屋に見渡す限り、非EUパスポートの渡航客が、途方もない列をつくって入国審査に臨む。長時間のフライトのあとに訪れるきびしい仕打ちであるが、もはや近年の私にとってはこの長時間の行列でさえも「あぁ、ロンドンに来た!」と捉えるようになり、苦痛の中に楽しさを覚えるようになった。

 なにせここは「非EU民の集い」である。この部屋に集まった多種多様な民族の、全員の共通点が「EU国籍じゃない」ということで行われる、ある種の「フェス」なのである。様々な非EU国籍の人びとと共に静かにジワジワと前に少しずつ進むこの時間、これは何かの祭りなんだと思えばちょっと楽しくなるのではないか。そして自分が改めてアジア人であると認識させてくれたり、「世界にはいろんな人がいて、いろんな家族がいるもんだ」と思える貴重なひとときでもある。そしてそこは同時にさながら「旅行カバンの国際見本市」のようであり、さまざまな地域から持ち込まれたカバンやら各種旅行グッズやら、そして着ているTシャツのデザインなど、「そんなのがあるのねぇ・・・」と、いろいろ観察しながら行列にたたずむ。

そしてまた、「普段以上にじっくり観察眼を働かすこと」で時間をやり過ごすことが、実はいまから始まる旅の道中をより面白くするための心がけなりアクションなのであれば、そうした「観察眼のウォーミングアップ」をこの入国審査の長い行列待ちのあいだにしておくように、という「旅の神様」(←勝手に想定してます)からの忠告なのかもしれないとすら思えてくる。入国審査の長い行列でイライラすることなかれ。汝、目の前のシャツの柄に調和と不均衡と皮肉を見いだして、笑え。みたいな。

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 そして列の向かう先には、こうした行列の進み具合をまったく気にすることなく自分たちのペースで職務を全うする、世界屈指のツンツンした入国審査官たちとの出会いが待っている。

 世界中どこでも入国審査エリアは写真撮影が禁止されているわけだが、これは「その場にいる担当審査官の人数比にたいしてどれだけの渡航客をどれだけの時間で処理できたか」ということや、「どういう雰囲気や表情で渡航客を迎えているのか」という比較検証ができないようにするために設けられたルールではないかと思わせる。そのなかでもイギリスの入国管理局は世界トップレベルの厳しさをいかんなく発揮していることで広く知られているが、不法移民をリス1匹でも入国させない勢いを誇るその鉄壁の守りっぷりを、この国のサッカー代表チームにおいてもどうか反映してほしいと個人的にはいくぶん苦々しく思っている。

 ともあれ、今回私が人生のひとときを共に過ごすこととなった審査官は若い白人女性だった。無理やりニックネームをつけるとすれば「マチルダ」って感じの雰囲気。

「何日間、滞在するつもりですか?」
「えーと、6日」

「目的は?」
「えーと、観光」

「イギリスに友人や家族はいるんですか?」
「えーと、いません」

このやりとりの瞬間、私はヒースロー空港のこの入国審査場において、改めて我が身を見つめ直す機会をもらった。つまり自分の目的意識や社会的な位置づけを冷静に捉えなおしてみると、「40歳のアジア人男性が独りで観光だけの目的でイギリスに来た」というのは、世界的に共有される価値観の一般的な基準でみると、「ちょっと怪しいかもしれない人」のカテゴリーに入りうることに、ここで初めて気づかされたのである。

 いぶかしげなマチルダ、質問を続ける。
 「観光で、どこに行くつもりです?」

 「えーと、ミュージアム。」

 うん、これはもう、本当にそうですよ。今回の旅の一番の目的は、ピンク・フロイドの展覧会を観ることですから。

 するとマチルダ、間髪入れずにこんな質問。

 「何のミュージアムを観に?」

 「うっ」となった。

 一瞬の沈黙。

 この「うっ」の戸惑いは、つまり、
「そこも話さないといけないのか・・・」ということと、
「この質問は秀逸だ。」
ということを感じたからである。

 もし私がウソをついていないのであれば、私はあらかじめロンドンの博物館・美術館についての個人的な関心に基づく情報をそれなりに持っているはずだ。そこをマチルダは突いてきたのだ。

 というわけで、この旅の最初の関門において私は、初対面の若い女子に、

「ヴィクトリア・アルバート!」 

「ピンク・フロイドの、展覧会!」

そして、
「僕はピンク・フロイドが好きです、とても!」

というセリフまでも(真剣に)英語で話すという体験をすることになった次第である。

高校時代に長い時間をかけて英語を教えてくれた先生たちがこのときの私を見たらなんて言ってくれるだろうか。

(この返答を受けて、マチルダは何も言わずスタンプをパスポートに押した)

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