自分にとっての平成時代において、おそらく最後の全力疾走になると思えた日のこと
今年のゴールデンウィークはあちこちへ移動が激しかったのだが、ある事情で立ち寄った長野県の飯山駅から帰ったときのことを書いておきたい。
当初手配していた切符は、18:23発の北陸新幹線「はくたか」で金沢駅にいき、そこからサンダーバードに乗り換えて京都に帰るというものであった。
しかし当日、飯山駅の改札口を通ると、電光掲示板に「50分遅れ」の表示が(この日、北陸新幹線は架線にビニールがひっかかったようで、その影響で大幅な遅れが生じたとのこと。ビニールねぇ・・・)。あわてて改札口横の窓口へいく。すでに先客が切符を手にしつつ駅員さんに問い合わせていて、その話の内容から、まさに私がしたい質問そのものであった。その場にいた3組の客はどうやら全員が関西方面へ金沢経由で帰るつもりだったので「サンダーバードの乗り継ぎは待ってくれるのかどうか」が問い合わせの焦点となった。
駅員さんも困っていて、金沢駅にその場ですぐ電話で問い合わせてくれていたが、少なくとも我々が乗る予定だった接続のサンダーバードは「待たない」との返答(金沢駅はJRが西日本の所管になることも影響していたようである)。駅員さんも金沢駅への電話のなかで「今ここに10名ほどのお客さんがその予定で切符を持っているのだが、なんとかならないだろうか」と、できる限りの対応をしてくれたが、難しそうであった。
私は窓口カウンターでノートをひろげて、駅員さんの言ったことをメモしつつ、考えられるその他の手段を検討してみた。まずスマホで「長野からの夜行バス」の可能性を調べ、当日の座席が予約できるかどうかの問い合わせをするか迷ったが、あまりにも疲れていたのでそれはやめておきたかった。飯山駅から南下して関東経由で帰る線ももちろん検討したが、時間が遅くてどうにもいいダイヤがヒットしない。そのことについては駅員さんに聞いてもよかったが、それどころじゃない感じだったのと、もしその可能性があれば先に教えてくれていたであろう。現地で一泊するという可能性は、本当に最終手段である。翌日も大事な予定があったので、できる限り当日中に京都に戻りたい。
で、こういうとき、お客さんのなかには駅員さんに不満をぶつけにかかる人がいる。怒りたい気持ちは分かる。分かるんだが、偉そうだが私の気持ちとしてはこういうことだ。旅のトラブルは、ある種の「神様からの挑戦状」みたいなものなのだ、と。こういうときには冷静に状況を味わい、最悪でも苦笑い、できれば笑顔で乗り切ってこそ、旅人としての矜持が問われてくるのである・・・そのお客さんが旅行中かどうかは知らないが。
なので、ノートにあれこれと考えられる可能性を書き付けていくと、周囲の慌ただしさから距離を置いて、落ち着きを保つことができる。新幹線が1時間に1本到着するかどうかの閑散とした改札なので、そのまま窓口カウンターに留まっていても特に問題のない状況だったので気分的には助かった。
その場にいた他の駅員さんたちもいろいろ調べたり問い合わせたりしてくれて、もしどうしても当日中に帰るのであれば、我々が乗る予定だった列車の1時間後に出発するサンダーバードの終電しかない、となった。ただし連休中なので指定席は完売していて、自由席に乗るしかないが、おそらく混雑していて、立ったままの乗車になってしまうだろうとのこと(そして、ムダになった指定席券は行った先の駅で半額だけ払い戻しがされるらしい)。
しばらくすると、金沢駅からの続報として「サンダーバードの終電だけは、遅延した電車の接続のために待ってくれる」ことの確約が得られたという情報が伝えられた。もはや選ぶべきルートはそれしかないと思ったので、そこで私は、いったん改札の外に出させてもらって、駅のコンビニで食料と多めの水分を調達しにいき、その後ひたすら待って、1時間遅れの新幹線「はくたか」に乗った。
この区間だけは指定席なので確実に座ってご飯が食べられるうちに・・・と思い、はくたかの中で、買っておいたおにぎりをまずは食べはじめた。
そして、このトラブルのなかで、考えられる限りの最善を尽くせるとしたら、「2時間立って帰ることになるであろう終電のサンダーバードで、誰よりも早く自由席車両に飛び込んだら、もしかしたら座れる可能性もあるのではないか?」ということだと思い至り、そこで、「時刻表を愛読するほど鉄道業界に明るく、調べ物が得意で、私の状況や事情をすぐに理解して適切なアドバイスをしてくれることが期待できる人物」として、友人のM・フィオリオ氏にLINEで事情説明をし、協力を取り付けた。実は改札の窓口カウンターでやりとりする直前に、彼はまったく別件でLINEを送ってきてくれていたので、頼みやすかったのも大きい。
そして私はこのとき初めて北陸新幹線を利用したことになるのだが、しばらく乗っているうちに、金沢方面に向かうときには、やたらたくさんの長いトンネルがあるようで、スマホではネットの電波がすぐにとぎれてしまうことが多そうだということが分かってきた。そうなるとなおさら、金沢へ着く一時間ちょっとのあいだであれこれと自分のスマホで調べられることには限界があり、フィオリオ氏のほうで安定的に情報を集めてもらって、まとめて送ってもらえるほうが絶対に良いだろうという判断もあった。
私が知りたい情報を要約すると、こういうことだった。「金沢駅で、はくたかが到着するホームから最短ルートでサンダーバードの自由席車両に行くにはどうすればいいか」、そのためには以下の情報が必要だった。
・はくたかが到着するホームで、乗り換えに適切なエスカレーターに最も近いはくたかの車両は何号車の、前後どちらの出入り口か?
・はくたかが到着するとき、車両の右、左のどちらのドアが開くのか?
・はくたかが到着するホームから、どういうルートでサンダーバードの待つホームに向かうべきか?
・サンダーバードの自由席車両は何号車か?
・最短ルートでサンダーバードの待つホームにたどり着いたとき、もっとも近い場所にある車両は何号車になるのか?
おおむね上記のような内容を調べてもらった。その前提として、新幹線ホームと、サンダーバードのいる在来線ホームのあいだには乗り換え改札を通らないといけないことをフィオリオ氏は書いてきて、「そうだった!」となり、そんな当たり前のことを忘れていた私も実は今回のトラブルでやや参っていたのかもしれない。いずれにせよ私は金沢駅へは人生で2回ぐらいしか利用しておらず、まったく駅内部の記憶がないため、なおさらナビゲートを必要としていた。
そうして、時間を追うごとにフィオリオ氏からはひとつひとつ情報が提供されていった。大げさかもしれないが、このシチュエーションはまるで映画『アポロ13』を思い起こさせた。トム・ハンクスらが地球に帰還するための宇宙船の電源を確保しなくてはならず、手順を少しでも間違えるとアウトとなるため、NASA管制塔からゲイリー・シニーズが苦労して見いだした適切な手順を伝えていく、あの名シーンみたいに思えた。もし仮に私が自由席に座れなくても、今回のトラブルを通して、こうしたやりとり自体がとても楽しく感じられてきた(フィオリオ氏にとっては迷惑で面倒な依頼が舞い込んできただけなんだが 笑)。
こうした情報収集の結果、私がとるべきアクションは次のようにまとまった。
「はくたかの7号車の前寄りの出口でスタンバイ。13番ホームに到着予定なので左側ドアから出て、すぐ目の前に下りエスカレーターがあるので、下ったあと左側に折れて在来線への乗り換え改札を通り、すぐ左の階段で2番ホームに駆け上がり、サンダーバードの5、6、7号車の自由席を目指す(サンダーバードは先頭が9号車)」
完璧だ。ありがとう、フィオリオ!
幸い私は6号車に座っていたので、列車が金沢駅に近づく10分前には荷物を持ってすぐ隣の7号車の前方出口の左側にスタンバイできた。もはやこれは「勝負」なので、なりふり構わず「ポールポジション」を狙って、ドアが開いたと同時にダッシュするつもりであった。
そして金沢駅に近づくにつれネットの電波も安定してきたので、ここでようやく、念のためJRの公式サイトに掲載されている金沢駅の構内図を見てみた。しかしこの構内図をパッと見て、小さい画面ですぐに何かを読みとるのも難しく、そこで自分のなかでちょっとした混乱を招いてしまい、ムダによけいな質問を次々とフィオリオ氏に投げかけてしまった。このあたりで自分の判断力に迷いが生じてきたのも事実である。
はくたかが金沢駅に近づき、私は左側ドアに鼻を押しつける勢いだった。もし誤作動でドアが開いたら飛び出していただろう。
そうして車内アナウンスが流れる。電車の遅延についての一通りのお詫びのあと、「到着は14番ホーム、お出口は右側です」との衝撃的なお知らせ。
後ろを振り返ると、4人の若い家族連れ(荷物多め)がいた・・・1時間も遅れてしまった新幹線は時刻表通りに13番ホームには入らないようであった。さっそくのつまずきにウケてしまい、思わず手にしたスマホでフィオリオ氏に「出口14番で右側やった(笑)」、「家族連れがポールポジション(笑)」と続けてLINEに書いて送ったため、その最中に続けてアナウンスされた「乗り換えのご案内」を耳に入れそこねる始末。サンダーバードが予定通り2番ホームにいるか確信がもてないグダグダの状態になり、自分を責めつつ(アナウンスを聞き逃したことはフィオリオ氏には伏せておいた)、4人の家族連れ(荷物多め)の、他愛ない会話の背後で、手にしたカバンをぶつける勢いの私が立ちすくむ構図。
おそらくこれが『ミスター・ビーン』だと、なんとかしてヒドい手段を講じてこの家族連れを押しのけて右側ドアの先頭に立つのだろうなぁと思っていた。
そうこうするうちに新幹線がホームにすべりこむ。するとフィオリオ氏が教えてくれたように、ドアの窓の向こうにはちょうどいい場所に下りエスカレーターが見えたので思わず笑ってしまいそうになった。できることならその光景を(家族連れの背中ごと)写真に撮りたかったぐらいなのだが、私はカメラではなく切符をしっかり手に持って、これから始まる競争に意識を向けなくてはいけないと自分に諭した(家族連れの背後で笑いをこらえていた時点では、この話をブログに書こうとはまったく思っていなかったため、残念ながら写真記録は取れずじまいである)。
ドア、オープン!
家族連れがエスカレーターに。
ハタから見たらタテイシもこの家族の一員だと思われたであろう距離感で後に続く。
殊勝にも、先頭をいくお父さんが重たそうなスーツケースを持ったままエスカレーターを駆け下りていったので、心から拍手を送りたい気分。ほら、子供たちもお母さんも後に続け! ほら早くーっ!!
自分の足がエスカレーターから降りた瞬間、その家族連れを置き去りにして走る。ちゃんと目の前に乗り換え改札口があり、瞬間的に「現在、改札口を開放しています」という見慣れない案内表示が目に入る。おそらく今回の事情ゆえにそういう配慮をしているのだろうか、とっさのことなので理由を確かめず、開け放たれていたゲートを遠慮なく走り抜け、すぐ左の階段をあがる。
だあぁぁぁーー。
階段の上に2番ホームの表示がみえ、たしかに列車が停まっていて、「9」の文字が車体に。すかさずターンして後ろの車両をめざし、7号車車両に。混んでいた車内で、2つぐらいしか空いてる座席がなかったが、とにかく通路側の空き座席に飛び込む。車内アナウンスが聞こえ、いま乗った電車が無事にサンダーバードであることをそこではじめて確認できた。
そして間もなく、つぎつぎと新たな乗客がこの自由席車両にやってきて、通路は人であふれる。
ウェェェェーーーイ!!!
その場にいた乗客からしたら、北陸新幹線のトラブルのせいで出発が遅れて、ただでさえ夜遅い電車なのに、グダグダした感じであっただろう。そこへ血相を変えて40歳の男が息切れ激しくゼーハー言いながら突然走り込んできたのだから(でもおそらく顔は少しニヤニヤしてたとも思う)、せっかくの(平成最後の)ゴールデンウィークの夜に気持ち悪い光景を見せてしまったかと思う。
「・・・座れた・・・」
ともかくこのときの、「一言打ってすぐ送る」を繰り返しているLINEの状況から、私のテンションの高ぶりがうかがえよう。
旅先での予想外のトラブルを、一転してスリリングなゲームに仕立てることができたのは、すべてはフィオリオ氏のおかげである。しかもこうして久しぶりのブログのネタにもすることができた。さらに言うと、今回のこの記事の下書きは、その金沢からのサンダーバードの車中で、持ち歩いていたポメラで書いた次第である。多くの「座れなかった乗客」を周りに感じる中では、眠ってしまう気にはなれず、何らかの文章を打つことで、自分なりにこの一連の出来事を振り返る時間にしようと思ったわけである。
そして、最近ことに強く思うのは、年齢を重ねるとますます私はミスター・ビーンのような行動様式を是としてしまう感覚が強まってきたことだ。ビーン師匠と呼んでしまいたい。
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