ピンク・フロイドの初代マネージャーのピーター・ジェナー氏をめぐる話、そして2019年の神戸でピンク・フロイドの音楽につつまれた話
奇しくもピンク・フロイドのネタが続く。
イリノイ州アーバナ・シャンペンからお送りしているコミュニティラジオ「harukana show」番組ホストのMugikoさんは、ロンドンでのフィールドワーク調査の流れで、60年代後半のロンドンのアンダーグラウンド文化に携わった人々にインタビューをしているのだが、今回ピーター・ジェナー氏との会見を行ったということで、その放送回に私も日本からウェブマイク越しに参加させていただいた。
今回の機会をいただくにあたって、あらためてピーター・ジェナー氏について調べると、この人こそはピンク・フロイドの最初のマネージメントを行った人物であり、そこから音楽業界に本格的に関わっていった元・経済学者という経歴を持っている。
私が興味深く思ったのは、ピンク・フロイドのデビューアルバム『夜明けの口笛吹き』のオープニング・ナンバーである『天の支配』、この曲のイントロに流れるノイジーな人間の声の主がジェナーさんだということである(これもマーク・ブレイク著『ピンク・フロイドの狂気』で初めて知った)。
つまり、ピンク・フロイドというモンスター・バンドのアルバム・レコード史において、一番最初に登場する人間の声は、実はシド・バレットではなくピーター・ジェナー氏の声になるのである。そういうこともあって私は、Mugikoさんがジェナー氏にインタビューを行う前に、いくつかの質問事項にそえて「記念に、私の名前を呼びかけるようなボイス・メッセージをぜひしゃべってもらって、録音してほしい!」という無茶なリクエストをさせていただいた。そしてありがたいことに実際に(期待以上の)メッセージを見事にいただけたのであった(それは今回のharukana showでも聴ける)。
すかさず私はスマホのメール着信音にそのジェナー氏からのメッセージ音声を加工して設定した・・・が、スマホのメールをGmailで利用していて、そこの着信音にはうまく機能しないようで、おかげでまったく関係ないタイミングで突然「タテーシ、ハロー!」とジェナー氏の声で鳴ることがちょくちょくある。これはこれでビビるのであった。
というわけで、番組のポッドキャストは(こちら)より。
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そしてさらに別件で、ピンク・フロイドのネタは続く。
4月に神戸で行われるアートイベント「078」の一環で、「TIME TRIP COSMOS with PINK FLOYD」という催しが神戸税関の古い建物の中庭でつい先日開催されたのである。フライヤーには「伝統建築・神戸税関中庭を華麗にライトアップ、美しい建物の姿を幻想的に浮かび上がらせる空間演出。ピンク・フロイドの良質な音楽を響かせる時空を超えた幽玄の夜」とのこと。入場無料だったので気軽にでかけてみた。
神戸税関は1927年に立てられた古い庁舎と、阪神大震災後に増築された部分とが連結されているようで、「近代産業遺産」ともなっている建築とのこと。
こうしたモダンな建物の開放的な中庭に立ち入ること自体もおもしろいのだが、ここで大音量で、よりによってピンク・フロイドの曲をひたすら流すという試みなのであるから、なかなかマニアでトンガったイベントである。工業大学の学生たちの手による大きなブタのモニュメントも置かれ、夕闇が少しずつ濃くなっていくなかでライト・ショーが壁面を照らし、音楽プロデューサー・立川直樹氏による選曲でピンク・フロイドが流れていく。
そして肌寒い中でもお客さんはけっこう入っていた。老いも若きもただ中庭に突っ立ってデビューアルバムから近年の作品までを含めた19曲をじっくり聴き入る2時間あまりのひととき。なんだろうなこの2019年の光景は。
そしてなによりこの建物がよりによって税関局だというのに、そこで『マネー』という題名の曲が鳴り響いていたわけで、その状況はなんだか確かにフロイド的だなーと感じていた。
そしてさらに翌日は、この神戸税関の向かいにあるデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)にて、テクニクス社の最高級オーディオを用いてピンク・フロイドのレコードを鑑賞するという企画も行われた。こちらは有料のイベントではあったが、ダメもとで申し込んだら参加できたので、2日連続で神戸へ。
私はオーディオ機器には明るくない。というのもこの分野にもし深入りしたらそれこそとんでもない人生になるという怖れもあり、あまり手を出さないように努めている。いつもお世話になっている鍼灸師さんがけっこうなオーディオ愛好家で、自宅でいかにお気に入りの音楽を最高のコンディションで味わうか、その環境づくりをめぐる奮闘ぶりをよく施術中に聞かせてもらっていて、自分としてもその話は確かに魅力的なのだが、近づくと絶対に泥沼だなぁと思っている。
で、この総額一千万円ぐらいのシステムで、この日は名盤『狂気』を全曲フルで聴いてみるということとなった。
レコード盤の持っている情報量の豊富さ、そして音響機器のセッティングがうまく決まれば、聴き手をつつむ音の波の配置や奥行き感がとても立体的になっていくことを、全身で体感したわけである。
「あぁ、私はこれからの人生において、このアルバムをこれ以上の良好な条件では聴けないのかもしれない」とか思うと、たしかに「今までとは別物のように」聴こえてくるわけである。さすがに立川氏が言うように「聴いたことのない音」までは、私の耳ではそこまで探れなかったが、「良いオーディオ機器は、そりゃあ確かに良い」という、至極あたりまえのことをじっくりと納得させられた時間であった。
ちなみに私個人の歴史でいえば『狂気』を初めて聴いたのが高校生のときで、当時はそこまで好きな作品でもなかったが、今となってはすごく好きなアルバムになっている。聴き続けることで、歳を取るごとに自分のなかでも変容していくものがあるのかもしれない。あらためて全身で集中して『狂気』の生み出す世界に没入したこの時間はたしかに貴重なものだった。
『狂気』のあとの残り時間は客席からのリクエストを募って『吹けよ風、呼べよ嵐』と『Sheep』の2曲ほど聴いたわけだが、個人的には『エコーズ』のあのイントロ部分だけでいいから聴いてみたかった。
そんなわけで、オーディオシステムのすごさ以前に、私なぞはやはり「レコード盤って、やっぱりいいんですねぇ」っていうレベルのところで、あらためて新鮮な体験となった。やばい、レコードプレーヤー欲しいかも(笑)。
何より、その日は朝からちょっと頭が重たくて体調がそんなによくなかったのだが、このレコード試聴体験が終わったあとは体調もなぜか回復して、体がスッキリしていたのである。最高級オーディオ機器はここまでフィジカルに響くものなのかと、試聴会が終わったあとの帰り道にジワジワとその威力に敬服するというオチである。
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