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May 2020に作成された記事

2020.05.17

フロッシュ洗剤の匂いに、旅の記憶を呼び起こさせられる

10年ほど前に一人暮らしを始めるにあたって、長姉から「これはおすすめ」と、フロッシュの食器洗剤でアロエの香りのするタイプのやつを専用ボトルとセットでもらった。

 

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 水を混ぜて薄めて使うから経済的で、手にもやさしそうだし、特に食器洗剤にこだわりもなかったので、その後もずっとこのタイプを使い続けていた。

 で、ついこの間、洗剤のストックが切れそうなので買い足すべく、近所でフロッシュ製品を扱っているお店に行った。

 すると、どういうわけかこのアロエのタイプのものだけが売り切れていた。いつでもこの店で手に入ると思っていたのでストックがなくなるギリギリまで買わなかったことを後悔し、そしてこんなコロナの状況下だから、買い物のために外出する回数をできるだけ減らしておきたい気持ちもあったので、「仕方ないからたまには別のタイプの洗剤を試してみるか」と思い、「重曹入り」を買って帰ったのである。

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 フロッシュはドイツのメーカーがリリースしているはずなのだが、重曹入りのことを「Juso Plus」と書かれると、これは日本市場向けの製品なんだろうか、なんだか柔道がオリンピックで「Judo」と表記される感覚と似ているなぁ、などと思ったのが第一印象である。

 そしていざ使ってみると、この10年間近くずっと同じ種類の食器洗剤を使い続けてきたというのは、すなわちそれ以外の匂いが少しでもすると、「必要以上に匂いを強烈に意識する」ことを痛感したのである。

 最初の印象は、「すげぇ外国っぽい匂い!!!」である。うむ、これはもともとがドイツのメーカーだから、そりゃあそうなのかもしれない。ただ先ほど書いたように、もしかしたら日本だけに向けて企画された商品かもしれないという、かすかな推測があったので、なおさら「Juso」の日本語なまりの製品名からは対極にあるような「むっちゃ異国情緒」の圧力が押し寄せるこのフレーバーには、まず面食らった。や、「鼻に食らった」というべきか。

 そして次に浮かんできたのは、まさに「匂いの記憶」というものであった。人間の嗅覚が呼び起こす記憶にはしばしば驚かされるものがあるが、私にとってこのJuso Plusがかきたてたのは、「イギリスかドイツかアメリカのユースホステルの台所」だった。私の人生では海外でユースホステルに泊まったことがあるのは今のところその3カ国だが、自分でご飯を作ったりお皿を洗ったりするシチュエーションにおける、「あの場所の匂い」が、この洗剤のフレーバーと強く結びついたのである。

 なので、「久しくユースホステルを泊まり歩くような旅行もしていないな」とか「たまにはああいうちょっと不便な状況に身を置くのも楽しいよなぁ」とか「フツーに海外旅行行きたいよな、いま」とか、洗剤ひとつでいろいろなことを、食器洗いのつかの間のひとときに考えたりする日々が今続いていて、このアクの強い匂いにも親しみがわいてきている。

ひょっとしたらそのうちこの匂いにも慣れて、何も感じなくなるのかもしれないが。

 

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2020.05.09

動きの遅い私でも、いつでもメディアになりえること:『野中モモの「ZINE」:小さなわたしのメディアを作る』について

 

『野中モモの「ZINE」:小さなわたしのメディアを作る』(晶文社、2020年)

 

この本の帯にはこう書いてある。

「何かを作りたいと思ったら
 あなたはいつでも
 メディアになれる」

 フリーペーパーのようなものを作ってみたいと衝動的に思ったころの自分に言ってあげたい言葉だ。


 
 ごくたまに、若い人に向けて、自分が作っているものについての話をさせてもらう機会があったりする。そして私が高校3年生のときにフリーペーパー『HOWE』を作りはじめた頃のくだりで、必ず言いたくなることがある。
 それはきわめて当たり前のことなのかもしれないが、「人がメディアを語るとき、その人がどういう時代のなかで、どのような個人史においてメディアを捉えてきたか、そこを想像しながら聴いてほしい」ということである。

 私が自宅のワープロ機で最初のフリーペーパーの原稿を印刷したとき( とはいえインクリボンは高額だったのでめったに使わず、熱転写でプリントできる安い感熱紙であらゆる文書を打ち出していて、こうした保存がきかない紙で初期の『HOWE』を作っていたことを後々になって後悔することになるわけだが )、まだインターネットというものの存在は知らなかった。その年の暮れに「Windows 95」というパソコンの基本ソフトが発売されて盛り上がっている様子がニュースで盛んに報じられていたが、まだそのことの本当の意義やその直後に起こりうることはよく分かっていなかった。
 その翌年大学に入り、友人MSK氏に教えてもらい、図書館に置いてあるごく一部のパソコンだけがインターネットにつながっているというので、そこで私は初めてウェブサイトというものを見て衝撃を受け、それからはネットサーフィンに明け暮れるようになった。
 しかし私はそれでもホームページづくりではなく、すでに自分がカタチとして持っていた「新鮮な遊び」ともいえるフリーペーパー作りにもう少しこだわろうと思っていた。

 もしこのタイミングが少しでも違っていて、高校生の頃にインターネットに触れていたら、私はおそらく「紙によるメディア」を作ろうとはまったく思わなかったかもしれない。

 こうして個々人にとってのメディア体験を語ることは、その人の生きた時代なり技術史なりとの関係のなかにおいて受け止められることによってようやく「その時々の面白さや意味」が浮かんでくる。

 すでに『日本のZINEについて知ってることすべて』(誠文堂新光社、2017年)という決定的な仕事により、戦後占領期以後から現在に至るいくつもの自主制作印刷物について網羅的な解説をされた野中モモさんが今回の新著で取り組んだのが、まさにこの「メディア環境の変遷と個人史」を書ききることだった。まだ見ぬ若い世代の読み手にZINEの面白さや可能性を伝えるためには、やはりどうしてもこの作業が必要なのだ。おそらくご本人にとってしばしば書きにくさを感じるテーマだったかもしれないが、こうして日本のZINEカルチャーを応援し、また実践者としても試行錯誤してきた独自の取り組みのあれこれを読者と共有するためには、やはり野中さん個人による「私語り」からはじまっていくのが最もふさわしい。そしてそれは、決して「こういうルートがモデルである」というのではなく、むしろまったく逆で、「それぞれのオリジナルな自分だけの土壌から、いかにメディアを紡ぎ出すか」を示すことであり、そのひとつの手段としてZINEがあるのだ、ということだ。

 そして第2章からつづくのは、さまざまなZINEの作り手や、ZINEをめぐるコミュニティについての紹介になるのだが、そこにも「参考となるモデル」ではなく、「極めて独自の、他にない、その人ならでは」の話が連なっていく。だからこそZINEは「わたしがつくるもの/誰でもつくることができるもの」としての意味が深まっていくのであり、この本がトータルで伝えたいことも「お手本なんてないし、求められるクオリティなんて関係ないし、あなたの立ち位置から、自由に作ってみよう」なのだと思う。

 冒頭の帯のコピー、「あなたはいつでもメディアになれる」をあらためて考えると、これもそれぞれの読み手の世代によって、捉え方が違ってくるのだろう。今では誰でもメディアになれる(ならざるを得ない)ことは自明のことのようにすら思えるかもしれないが、この本でいう「メディアになる」というのは、技術革新のスピード感とは無縁のものだ。すでに広がっている、大きな組織や経済によって構成されてきた仕組みに同調するのではなく、それらと趣が異なる地平に降りていき、遠くにいるかもしれない誰かに向かって、自分の腕力でできる範囲で、その想いを放り投げ続けていくことなのだ。

 そうした試行錯誤が、たとえすぐには誰かに届かなくても、広い世界に向かって精一杯に腕を振って何かを投げたことで生じる、どこか心地よい疲労感が肩に残る感じ・・・その「手応え」みたいなものが、ZINEという「手間がかかって、なにかと遅いメディア」を自分の手で作り上げていくことで得られる楽しさなのだろうと思う。

 

 ・・・そして今回のこの文章はまさに、ここ数年のあいだ様々な言い訳を連ねて何もZINEやフリーペーパーを作ることができていない自分自身に、ダイレクトに跳ね返ってくるわけであるが・・・遠くに投げたいけど、その腕力もめっきり落ちてきまして・・・いやいや、がんばりますよ、ええ。

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2020.05.03

外に出かけられないし、掃除機をデコレーションしてレーシングカーっぽくしてみた

 掃除機を新しく買おうと決めたのだが、どうせなら以前やったネタのように、レーシングカー的なデコレーションがやりやすそうな掃除機を買おうと思った。つまり、性能とかは度外視である(もちろん価格は考慮したが)。
 そうしてさまざまな掃除機の「外観」だけをチェックした結果、購入を決めたのが東芝のVCーC7である。まるで掃除機のジャケ買いだ。

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 いかがだろうか。デコレーション欲をかきたてられないだろうか、なりませんか。ボディーワークの優美な曲線が、「マシン感」を醸しだしている。
 
 そうしてあらためて掃除機のデザインを、レーシングカーとの接点という文脈で眺めてみると、面白いことに気づかされる。タイヤがついていて、高速回転する部分があって音がうるさく、そしてサイクロン部分の透明パーツはドライバーのかぶるヘルメットのバイザーのようにも見えてくるし、さらに言うと吸引ホースだって、見ようによってはまるで「燃料タンクの給油ホース」のようである。つまり家電製品のなかで、掃除機はもっともレーシングカーの“様態”に近いのである。このことに気づいているモータースポーツファンはどのくらいいるのだろうか? 私は世界中で似たようなネタをやっている人をそれなりに探したつもりだが、ついぞ見かけなかった。どうしてもっと多くのマニアは、こんなにも「似ている」のに、自宅の掃除機をレーシングマシンっぽくデコレーションしようとしないのか!? (まぁ、家族の理解が得られないのだろうけど・・・)

 

 そんなわけで、私は(今回も)イタリアの酒造メーカー、マルティーニ社のスポンサーカラーを表現するべく、1971年のルマン24時間耐久レースで優勝したポルシェ917Kをモチーフにして、ひたすらステッカーを作って貼りまくってみた。

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▲この記事をアップする直前まですっかり忘れていたが、以前ドイツを旅したときに、ポルシェ・ミュージアムに行っていたのだった。この写真はそのとき観た別の917。

 

 今回は2種類のステッカー用紙を使ったが、ボディの白色部分には今回はじめて「伸びる素材」の用紙(透明タイプ)を使ってみた。これが程良い素材感で、マットな色調で貼り付いた部分にもなじみやすかった。黒っぽい部分には下地が透けない通常タイプのステッカー用紙を使っている。あとはいつも通り、ネットで企業ロゴを検索できるサイト(こちら)や(こちら)などを参考にしたり、カーナンバーの写真をIllustratorのソフトでなぞって自分で作ってみたりした。

 

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 こうして作ると、今にも勝手に走り去っていきそうな掃除機となった。スピード感ではあのルンバもまったくかなわない驚きのポテンシャルを秘めていそうだが、自動で掃除まではしてくれなさそう。

 

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 1971年のルマン24時間レースのことはもちろん、このポルシェについても本来はまったく自分には馴染みがなかったが、この掃除機とともに少しずつ親しみを覚えそうである。まぁ、そもそも掃除機に「ポルシェ」のロゴを勝手に貼り付けて「まるでポルシェがデザインしたような掃除機ではないか!!」と一人で盛り上がっている時点で、何かしら貧乏くさい気分になりつつあるが、そこは置いておこう。出来上がってしまったものは仕方がない。

 そしてこれは本気で真面目にアピールしたい部分なのだが、こういうデコレーションをすることで、掃除機を「見せる収納」として置いておくことができるのである。まるでお気に入りの楽器を立てかけているような感じで、この掃除機も部屋のインテリアの一部として、すぐ手の届くところに置いてあり、部屋の彩りになっているのである。
・・・「奥にしまえよ!」というツッコミは、ナシで。

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▲まぁ、単にどこに置いても家のなかで存在感出しまくりなので収納する気にもならず。

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