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December 2021に作成された記事

2021.12.31

2021→2022

 あっという間に1年が終わる。去年の今ごろ、ブログにU2の曲を貼り付けて終わってから、もう365日が経ったとは。
 今年このブログにあげた文章はわずか11件・・・。
 以前から、フリーペーパーの活動をきっかけとしてずっと私の文章を読んでくれている方から、いつもこの時期にご挨拶をいただく。たった11件しかアップしていないブログを、そしてまったく完成する気配のない次回作のフリペやZINEなどを、それでも楽しみにしてくださっている人がいることを思い起こさせてもらう。なのでいつも年末には必ずブログを書こうという気力をいただいている感じだ。

 「書くこと」は、どんなことでもいいし、どんな小さなところから始まってもいいではないか、と頭ではいつも思っている。そうして実際に手を動かして積み重ねていくことのあいだに、なかなかの壁があったり、抵抗感があったりもする。そういう怠惰さとか難儀さそのものを見つめて書いていけばいいのだから、さっさと書け、とナタリー・ゴールドバーグなら言うのだろう。いまこれを書きながら、いつも近くに置いてあるこの人の本を久しぶりにパラパラとめくってみた。

 書くときには一切の手綱をゆるめ、自分の中にあるものを、ごくシンプルな言葉で書きはじめるようにしよう。なめらかな走り出しは期待できない。ぶきっちょな自分を大目に見てやろう。あなたは裸になり、人生をさらけ出しているのだから。それはエゴがそう見せたがっているような自己像ではなく、人間としてあるがままの自分だ。だからこそ、書くことは宗教的なのだと私は思う。書くことは、あなたのエゴの殻を割り、あたりまえの世界に対する柔軟な心を培ってくれるのだ。

 いつ読んでも、ことごとくグサグサとくる。日々、いろいろな面で硬直した生活を送りがちなので、「裸であること、さらけだすこと、あるがままを見つめていくこと」を忘れがちになっている。精神的ストレッチとしての「書くこと」があって、身も心もほぐしながら、世界を生きのびること。コロナ禍はまだ続くけれども。

 今年の締めくくりはR.E.M.の『Everybody Hurts』。みんな傷ついている、でも歩く

 

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2021.12.08

ちょっと言いそびれていたこと

 実生活でもそうだし、このブログなどでも表だって伝えていないままだったのだが、
 実は4年ほど前から、スキーにハマっている。

 きっかけはひょんなことで、4年前にテレビをつけたら平昌五輪のフリースタイル・スキー競技をやっていて、観ているうちに「スキーって高校の修学旅行でやって以来だな」と思ったことに始まる。インストラクターの先生に教わりながら、クラスの男子で間違いなく一番滑れなくて転んでばかりだったけれども最後にはなんとか滑れるようになり、トータルで振り返って「楽しい思い出」として自分のなかに残っていたのだ。

 でもそこから23年ちかく経って、まったく雪山に縁のない人生を歩んでいて、それでスキーやスノボをやっていないままだというのは、何かもったいない気がしてきたのである。もっとも、もし自分がやるならスノボよりは一度は経験があるスキーだろうな、とは思った。

 で、ネットであれこれ調べてみると「ひとりスキー」とか「ぼっちスキー」という言葉があることを知り、これが非常に大きかったのである(もちろん、「ひとりスノボ」もある)。「そうか、スキーは独りで行っても差し支えないレジャーだったのか」ということに思い至り、クルマも持っておらず、雪山へはグループでワイワイと行くイメージに凝り固まっていた私は、公共交通機関だけを使って独りで滑って帰ってくるという人も多く存在しているという当たり前すぎる事実を、浅はかながら40年近く生きていて気づけていなかったわけである(そして同時に実感したのは、私の親しい友人たちも、奇跡的なほどに揃いも揃って雪山から縁遠い人生を歩んでいたわけである。あるいはタテイシなぞはどうせ雪山に誘っても乗ってこないと思われて、私の知らないところで楽しんでいたのかもしれないが)。

 そこから私はスキーについて調べまくり、すぐに挫折してやめるかもしれないリスクを想定してセール品の安いウェア類を揃えまくり、YouTube動画でスキーの基本やゲレンデでのマナーなどを予習しまくり(これができる環境が20年前とは大きく違う点であり、非常に恩恵を受けている)、準備を万全に整えてからその年の3月に満を持して滋賀県の箱館山スキー場へ足を踏み入れ、レンタルスキーを装着した40すぎのオッサンとして初心者向けスキー講習を受けてみたのである。
 そこですっかり雪山の壮大な景色に魅了されつつ、なんとかスキーも滑れたことに大いに気を良くし、そこからは文字通り雪山を転げ落ちるようにスキーへ傾倒していくことになった(ちなみに、このときに初心者スキー講習を受けたことやその前後のくだりについては、別に書いた長い文章があって、いつか公開できればと思う)。

 というわけで、それ以後は冬季シーズンを待ちわびるという、寒がりの私にしては大いなる転向を経て、ひとりスキーを楽しんでいるのであった(そして『スキーが趣味です』と堂々と言える程度には上手くなってから、周りの人に公言しようと思いつつ、毎年少しずつしかスキーに行けないので、自分が上達した実感もないまま伝えあぐねていて今日に至っている)。
 
 さて、今回はそれ以上スキーについて深く書くことはせず、話を別の方向へ持って行く。

 このスキー趣味が始まってから「日常生活のなかでもできるスキーの練習」として心がけていることとして、「電車のなかでヒザを軽く曲げて立ち、揺れに応じて体重移動を意識してふんばる」という行為がある。私は毎朝通勤で電車を利用するのだが、最初に乗る電車はいつも必ず立つしかなくて、そのときには吊り革を握らずに、軽くヒザを曲げた状態をキープし、揺れてもふらつかないように重心移動で対応している。そうすることでスキーっぽい足腰の動きが要求される(気がする)。

 そして、だ。例によって昨年からコロナ禍となってしまい、鉄道会社もクリーンで安全な車内環境づくりに努めているとはいえ、この「吊り革や手すりなどを極力触らないようにする」ということが、感染予防のリスク管理におけるひとつのポイントになってしまったのである。
 それゆえに、私はなおいっそう、電車に乗るときは吊り革や手すりを頼ることなく、この「スキー練習」の立ち方で乗り切っている。なのでこの2年間近く、私は電車内で一度も吊り革や手すりを触っていない。

 そう思うと、私が40歳をすぎて突然スキーにハマるようになったことも、このコロナ禍のタイミングを思うと、それなりにリスク管理という側面で多少の意味があったのかなと感じている。強引な解釈かもしれないが。
(そう書いておいたそばから、いきなり足腰がよろけて、ついに吊り革をつかむ日が近かったりしたら、情けない) 

211208
▲なので自撮りの写真しかない。

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