読売ジャイアンツのファンでもない私が「松井秀喜が巨人時代に東京ドームで打ったすべてのホームラン映像記録」を最後まで必死に見入った理由
ぼんやりと「次のブログ記事には、松井秀喜のことを書いてみようかな」と思っていた。そんな矢先、長嶋茂雄が6月3日に亡くなった。
テレビのニュース番組では、長嶋茂雄の告別式における松井秀喜の弔辞が放送されていた。原稿を読み上げるのではなく、まっすぐ長嶋茂雄の遺影を見つめたまま、絶妙なユーモアを交えつつ深い敬愛と尊敬の情に満ちた想いを語りあげた松井秀喜の姿には強い印象を受けた。翌日、私は弔辞の全文をネットでみつけて保存した。そういえば松井は読書家であることが知られているが、言葉を持っている人なのだと改めて認識した。
私は特に巨人ファンでもないのだが、在りし日の長嶋茂雄の明るくお茶目なキャラクターに追悼の思いを馳せつつ、そして忘れがたい弔辞を述べていた松井秀喜にもリスペクトを示しつつ、今回の記事を予定通り「明るくお茶目に」書いていく。
ちょっと前に、スカパーの日テレ・ジータスというチャンネルで「松井秀喜が巨人在籍時に東京ドームで打ったすべてのホームランの中継映像をダイジェストで次々と流す」という、記録映像のようなプログラムが放送されたのである。
たまたま番組が始まるタイミングにテレビの前にいた私は、ちょっとしたストレス解消みたいなものを期待するノリで、「ゴジラ松井」のデビュー当時のホームランシーンをいくつか見届けて、しばらくしたら適当に他のチャンネルに変えるつもりだった。
しかし、ホームランを打ちまくる松井秀喜の打席を次々と見ていくうちに、私はあることが気になってきてしょうがなくなり、結果的にその番組を最後まで食い入るように観続けたのであった。
それは、テレビに映るバックネット裏の席にいるお客さんたちの存在である。
次々とホームランを打つシーンだけがダイジェストに流れていくということは、すなわち視聴者である私は「神の視点」を得ていて、この対戦相手のピッチャーが投げる次の一球を松井が必ず打ってホームランにすることが分かっている。
そして、松井の打席を見つめるバックネット席のお客さんたちが、彼の描く豪快なフルスイングのすぐ直後に「ウワッ!」と一斉に沸き立つ様子が中継カメラに一瞬だけ捉えられる。このことに気づいた当初はその光景に微笑ましさを覚え、それぞれのシーンにおけるバックネット裏の状況に注目するようになってしまった。
で、そうしているうちに、さらに気になってしまうことが出てきたのだ。
松井秀喜がバットを振ってボールを打つという、まさにその瞬間に、
「隣の人の顔を見てしゃべっている客」
「ビールの売り子さんに気を取られているオジさん」
「まったく関係ない方向を見ている子ども」
「座席を移動する他の客のせいで、視界が遮られてしまった人」
そういう客が、まぁまぁいるのである。
中継テレビに映るような範囲のバックネット裏の座席は当然ながら特等席であり、調べてみると一般では販売されないような、いわゆるスポンサー枠みたいなもので、ここにもし座れるとしたら、かなり貴重な機会なのだろう。
そしてプロ野球の年間試合数をおおむね140試合として、本拠地である東京ドームでの試合がその半分の70試合ぐらいとして考えてみる。もし松井がシーズンで50本もの本塁打を記録するシーズンを送ったとしてその半分の25本を東京ドームで打つと仮定すれば、「東京ドームで松井がホームランを打つ可能性」は2.8試合に1回ぐらいになる。10試合連続で東京ドームに行っても2試合か3試合ぐらいしか観られないであろう松井のホームランを、しかもバックネット裏の特等席から観ることができたのなら、それはファンとして極上の体験だったといえるだろうし、特にファンでもない私だって、そんな機会があればものすごく観てみたかった。
なのに、だ!!
せっかくの、その機会に!!
松井が打つ瞬間をこともあろうに、見逃してしまった人たちが、いる!!
そんなお客さんたちが現場で味わったであろう心境を想像すると、なんともいえない気分になる。
松井のホームランの瞬間を犠牲にしてまで買ったビールは、そのあとどんな味がしただろうか(いや、まぁ、普通にウマイ!って思ったかもしれないんだろうけど)。
そして、他の客が自分の座る前を横切っているという刹那のタイミングで、よりによって松井がホームランを放ち、周囲が一斉に歓喜の声でわき上がるというのは、お互いにとって残念すぎるではないか。点が入ったことを喜びつつも、心中すごく気まずい空気が流れたはずだ。
というわけで、私の性格の悪さゆえに、そこから先は松井秀喜のバッティングに注目するのではなく「バックネット裏の、ちょっと哀れな人々」を瞬時に探しまくることに没頭していったわけである。
今となっては、あの番組を途中からでも録画して保存しておけばよかったと悔やんでいるのだが、今回の記事を書くにあたってちょっとYouTubeを調べたら、当時のプログラムを拝借しているとおぼしき動画が散見されるので、気になる方は自己責任で検索して観ていただければと思う。
もちろん、普通に純粋な気持ちで松井秀喜が次々とホームランを打ちまくる様子を観ているだけでも爽快感が得られるわけだが、バックネット裏の様子に集中して観るのも、梅雨時で外出できないときのヒマつぶしにはうってつけかもしれない。「あぁー! もったいない!」という気持ちしかわき起こらない、性格のねじれた不健康な遊びかもしれないが。
それでも今回あらためて動画を観ていると、ホームランを打ったあとにベンチに戻る松井を最初に出迎えるのは、当時の監督だった長嶋茂雄の朗らかな笑みであり、ひねくれた動機でこの「歴史のワンシーン」を観ている私のこともきっと長嶋さんだったら笑って許してくれるんじゃないかとも思う。ミスター、どうか安らかに。
Comments