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2017.08.24

ECHOESなロンドン旅2017夏・その2:レンタル自転車に乗って天使の声を聞く

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 今回のロンドンは自分にとって7回目の滞在だったのだが、7回目にしてようやく実現できた「夢」がある。

 自転車でロンドンの街中を走り回ることだ。

 これも時代の流れというべきか、数年前から乗り捨て型のライドシェアが当たり前のようにあちこちに設置されているのである。前ロンドン市長のボリス・ジョンソンがサイクリング好きだったようで、このあたりの施策が一気に進んだよう。なので巷ではこれらの自転車を「ボリスバイク」と呼ぶらしい。

 もちろん、このようなサービスが展開されるずっと前から「レンタルサイクル」のサービスはロンドンにも存在していたはずだろうし、「ロンドンを自転車で走り回る」というささやかな願望は、それなりに努力して調べたらすぐに実現可能だったのかもしれない。

 とはいえ、なにぶん海外旅行において、現地であの狭そうな道路を、遠慮なくハイスピードで飛ばすタクシーや二階建てバスとともに自転車で走るのは危険な感じがしていた。何せ海外では自転車は完全に車道を走るのが常道であり、日本のように気軽に歩道の上は走ってはならないのである。なので「ロンドン・サイクリング」はなんとなく遠慮していたのであった。「いつかロンドンで暮らすときがきたら、お気に入りの自転車で走ろう」なんていう、実現するのか分からない夢想のなかにずっと押しとどめていたわけである。

 しかし今回、実質5日間しかロンドンにいられない状況においては「味わえるものはどんどん遠慮なく、かつ速やかに味わおうモード」でいたので、かねてから気になっていたこのレンタル自転車に乗ってみることにしたのである。

 その記念すべきスタート地点は、テムズ川を越えた南の「旧バタシー発電所」の近くである。ここはかのピンク・フロイド『アニマルズ』のジャケット写真に登場したことで世界的に知られるようになった「産業遺構」であり、建物の姿を残したまま、周辺の再開発が最近とみに激しく展開されている場所である。2001年にはじめてロンドンに来たとき以来の再訪となったが、すっかり周辺は新しめのマンション群が立ち並んでいて、いよいよ今後はこのあたりも景色が変わりそうだなぁ(物件価格はいくらぐらいなんだろうなぁー、とも)と思いながら西日のまぶしい中をヨタヨタと歩いていた。

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 で、このバタシーから最寄りの地下鉄の駅まで歩くのがちょっと遠くて面倒くさいなぁ、バスでも乗るか・・・と思っていたら、タイミング良くボリスバイクのステーションが目に入ったので「まさに、いまここで自転車に乗るべきでは!?」となったのである。

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 このボリスバイクのくわしい利用方法については(こちらのサイト)で参照してもらえればと思うが、この利用手続きで個人的にとまどったのが、手続きの途中でクレジットカードを入れたあとにメイン画面をみると「画面の指示に従ってください」みたいな表示がでて、そのままメイン画面を直視しつづけても何も動きがなくて「?」となったことだ。ただそれはよく見たらカードを入れた箇所に別に存在している小さいモノクロ液晶画面のところで「PINコードの暗証番号を入力せよ」みたいなことが書いてあって、今はそっちの指示に従えという意味だったのね、となったことぐらいである。それ以外については、すべて日本語メニューで分かりやすく進む。

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 カード決済で24時間利用だと2ポンドだが、30分以内の利用だったら料金もかからない。そしてこのステーションには現在地や周辺状況の地図も描かれており(それゆえ、自転車を使わない観光客にとってもこれは良い道しるべの機能を果たしている)、自転車を乗り捨てることのできる他のステーションの場所も表示している。今回はその地図に描かれている範囲を越えた場所まで乗るつもりだったので、そうなると適当にステーションを探して、気が向いたところで降りるしかない。もちろん目的地が決まっていたら、交通局のホームページで検索もできる(こちら)。

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 印刷されたレシートには1、2、3の三つの数字で構成される5ケタの数字がある。ステーションに停車している自転車ならどれでも好きなのが選べて、ロックする機械についているボタンでその5ケタのボタンを入力すればカギが解除され、晴れてその自転車と旅をすることになる。

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 自転車は一般的なシティサイクルの形で、いちよ前カゴ(のようなもの)がついていてゴムバンドで固定することもできる。ただ当然ながら貴重品の入ったカバンをここに入れておくことは古今東西あまりおすすめできない。カゴとしても不十分な感じなので、風景や周囲の安全に気を取られて荷物が落ちていたら困るので、乗るときはリュックやショルダーバッグのほうがいいかもしれない。

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 サドルはレバー式で簡単に上げ下げできる。ギアは3段変速だが、ロンドンは平坦な土地なので、これでまったく十分だ。基本は3段で走り、ちょっと上り坂にきたなーと思ったら1段や2段に変えればいい。

 こうして長年の夢をかなえるべく、バタシーのステーションからまずはクルマの少なそうな住宅街の裏道あたりから「慣れ」のために路上に出てみた。たぶん初めのほうはずっとニヤニヤして乗っていたと思う(←怪しい人だ)。

 もっとも感じ入ったことは、あれほど「怖そうだなー」と思っていたロンドンでのサイクリングは、二つの点で「すごく、快適!!」となった。まず、日本とイギリスはともに左側通行の国であるため、そういう意味で比較的走りやすいということ。そして、これが何より重要なのだが、「日本と比べて、ちゃんと道路上における自転車の位置づけがしっかりとキープされている」ということだ。これは走ってみてはじめて実感できたことである。もちろん日本でも近年は自転車のためのコースや道路表示が増えてきているので喜ばしいことでもあるが、とかく車道のうえで自転車のためのラインはきちんと設定されている場所がほとんどであり、「自転車アイデンティティ」が尊重されている気分が新鮮であった。

つまり、「日本で自転車乗るよりもよっぽど車道で走りやすい!!」となったのである。
もちろん右折時などはかなり注意を要するわけで、ときどき「二段階右折」をしてみたが、よくよくみるとそのへんはクルマと同じラインでさっさと曲がっていく現地サイクリストがほとんどで、そのあたりの判断は難しさをちょっと感じたりもした。あと、日本ではあまり見かけない手信号も、現地のサイクリストはマメにやる。このへんの意識は見習いたい。

そしてたまたま近所には、バタシー・パークもあったので、すかさず入る。公園もよくみたら「自転車OKの道」とそうでない道がちゃんと分かれていて、こういう場所にくると本当にのびのびとした気分でサイクリングが楽しめる。そうでなくてもイギリスの公園は素敵なので、その楽しさが倍増した気分である。

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 旅に出てそのときの想い出を振り返るとき、「その旅を象徴するワンシーン」というのがあったりする。実は今回の旅での「象徴的ワンシーン」は、この夕方のバタシーパークのゆるやかな曲がり角を走りながら、ある種の開放感、恍惚感みたいな気分を味わったあの瞬間のなかにあった。

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 たどり着こうと思った地下鉄の駅はとっくに通り越して、とにかく自転車で走るのが楽しくて楽しくて、ぐんぐん北上するにつれて「近所にあるはずのチェルシーFCのホームスタジアムに自転車でいく」という新たな目標を思いつき、北上をやめてひたすら西へキングズ・ロードの通りを走る。ここは結構な大通りなので最初は緊張したが、信号の動きさえ注意すれば本当に快適なサイクリングで、ロンドンでもちょっと洗練された雰囲気のただようチェルシー地区というのがどういうエリアなのかを改めて自転車目線で味わえたのが本当によかった。

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こうして自転車をこぎつづけてたどり着いたスタンフォード・ブリッジのスタジアムは、またいつもと違う感じで眺めることができた(ちなみに、地図を見なくてもたどり着けるという自分の過信と思いこみで、一カ所道を間違えて、途中で引き返した)。

 やーーー、たのしい。これは、マジで、おすすめっ!!

 そしてさらに自転車で北上し、ロイヤル・アルバート・ホールをめざし(このホールについても後日このブログでちょっと書く予定)、そうして調子に乗ってハイド・パークの中も走りまくった。公園を出てさらに北上したあたりで2時間ぐらい経っており、もうそろそろ暗くなるし自転車を停めようとステーションを探しだし、いざ停めようとなったところで「?」となる。指示通りロックの機械に前輪を合わせても、なぜか作動せず。

 そのステーションはたまたまなのか、他に停車している自転車がなく、いわば「無人」だった。場所を変えて何度もトライするも、どの機械もロックしてくれないので、壊れてるのか? となる。うぅむ。

 しかし旅とは不思議なもので、そうやってグダグダと独りで戸惑っているうちに、まるで街角をさすらう天使がタイミングよく我々を見つけるかのように、遠くの背後から何か声をかけられたりするのである。振り向くと、肌着っぽい白シャツを着た白髪のオジさんが家の玄関から「もっとハードにプッシュしろ!」みたいなことを言っていた。なので自分なりにハードに自転車の前輪をロック機械のスキマにガツン!!とぶつけてみると、緑色のランプが光って、ガチャッとロックされた。なるほどー、そういう感じなのね。

ひとしきり「この自転車って、いっつもこんな感じなんだよなぁ~」みたいな雰囲気のオジさんの言葉に、英語力が足りない私は笑顔とノリだけで反応して、その場を離れた。「もっとハードにプッシュしろ」というのは、それは人生における天使からのメッセージか? とかなんとか思いつつ。私は、あのオジさんにサンキューと言えたかどうかも覚えていないのだが。

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2017.03.04

さいきんのこと:プレステVR、デロンギ、『繁栄』、三谷幸喜と清水ミチコの対談について

 先日同僚のタスク家におじゃましたときに、最近話題の「プレイステーションVR」があって、ちょっと遊ばせてもらった・・・いやはや驚異の体験とはまさにこのことで、ゲームの世界に没入するというのは、文字通りの意味でこのVRという装置が叶えてしまった。

ファミコンをはじめて触って以来30年近くが経ったが、家庭用ゲーム機はついにここまできてしまったのかと、何か踏み込んではいけない領域を垣間見た気分で、「すげー!!」と叫びまくってしまった。当然、プレイ中は周囲に頭とかぶつけないようにしないといけないわけで、バーチャルの世界に埋没するがゆえに気をつけないといけない物理的状況を、現実的に配慮しないと危険なのである。当たり前といえば当たり前なのだが。

 実際にVRに対応したゲームの世界では、こちらの自由意志による視点移動を現実世界のそれのようにあらゆる角度で表示することを可能としている。つまり走行中の車のなかにいて、後ろをふりかえってみると、こちらの首振りのスピードに合わせて後部座席に映る景色をスムーズに見せてくれるわけだ。ふー。

 タスク氏はこのVRをまだ自分の子どもたちにはプレイさせておらず、それはとても賢明な判断だと思った。物心ついたときからこうしたバーチャル・ゲーム機器で遊びまくることで、いざ自分が生身の状態で運動をするときに、どうしても物理状況における限界、「身体が動き得る幅の狭さ」みたいなものを感じてしまい(動きにくいし、失敗したらケガも怖いし、いいことがない)、リアルな運動に興味を抱かなくなる子供が今後増えていくんじゃないかと想像してしまう。あくまでもバーチャルが楽しいのはリアルとの比較があるからなのだが、こうしたバーチャル・ゲームの流れが不可避となると、大きい目でみたときにどういう影響が浸透していくのか、見守っていくしかないのだろう。

 ちなみに、ゴーグルで映像を見せる装置という観点でいけば、このVRをつけたときに真っ先に感じたのは「まるで映画館にいるみたい」ということだったので、寝たきりの人とかがDVDの映画を楽しむときの補助具というような方向性も今後発展していくのだろう。


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いまさら驚くべきことではないのだが、住んでいる場所がとても寒く、部屋が冷え冷えとしており、エアコンだけでは限界を感じていた。しかし改めて賃貸契約をみると、燃やす系の暖房機器は使えないので、最近思い切ってデロンギのオイルヒーターを買ったのである。

 いままでオイルヒーターの導入をためらっていたのは、「置き場所によって性能が発揮できるかどうかが決まる」とか、「すぐには部屋が温まらない」という情報が、どうもひっかかっていたからである。しかし、ためらっているあいだにも部屋は寒いままであり、「ないよりはマシだろう」と買ってみたわけだ。

 そして結論からいうと「たしかに、いったいどこに置くのが正解なのかが分からない」ということだった。いちよガイダンス通り、もっとも寒くなりやすい窓際に置いているのだが、あまりにカーテンや壁にヒーターを近づけすぎると危険らしいので、このポジショニングが実に中途半端なものになるのだった(電源コードとコンセントの関係も考慮しないといけないし)。そして案の定、あまり温かさを感じることはない。

 これは何かに似ているなぁと思ったら、それは「どこのポジションが最も適正なのか分からないままのサッカー選手」だった。チームを去るときまで、結局どこのポジションがベストだったのか分からないままの選手はかなり多い。そのモヤモヤがまさにいま、オイルヒーターという物体として私の日常に、ささいな懸念事項として存在しているのである。

そういう意味ではかなり人間くさい器具かもしれない。そう思うと愛着すらわいてきた。寒いけど。

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 最近読んだ本でダントツに面白かったのが、マット・リドレー・著『繁栄―明日を切り拓くための人類10万年史』 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2013年)だ。

「いろいろ言われているけど、世界はこの10万年単位で、確実に『良く』なっている」というのがこの本の主張なのだけど、その是非はともかく、人類の繁栄のキーとなったのが「分業と交易・交換」という概念であるというポイントはとても示唆的だ。あるアイデアを、他人とシェアしたり、交換しあうことで、新たなアイデアが生まれていくということをひたすら繰り返してきたからこそ、人類は生きのびることができたというのがこの本全体を通して検証されている。

このネット時代だとなおさらその「分業・交換」のプロセスは予想を上回る規模とスピードで行いうるのだから、そうしてまた新たな課題解決に人類は取り組み、乗り越えていけるのだろう・・・という前向きな気分が読後感として残るので、ひろくオススメしたい一冊。

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あ、あともう一冊、このシリーズをいままでなんでスルーしてきたのだろうと後悔していて、このごろジワジワと集めて読みまくっている。三谷幸喜と清水ミチコの対談集。

もともとはFM番組での喋りを文章化しているのだけど、なんかこう、言葉のテンポや相手の発言への切り返しとか、文章だからこそできる「ある種のカタチやパターン」において、読み手を引き込んで、笑わせる技術に昇華させていて、この二人の絶妙なレベルでの掛け合いが、読んでいて爽快なのである。

ちなみに「むかつく二人」の文庫版は6年前に出たものだが、巻末の解説はいまをときめく星野源が書いていたりする。



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2017.01.25

古い時代のF1ファンにとってグッとくる体験ができるのは、実はこんな金曜日のことだったりする。

今日の記事はひさしぶりに「元F1マニアとして」体験したことをテンション高めに書いていくので、恐縮だが、ついて来られる人のみ読んでいただくしかなく、そこのところをあらかじめ断っておく。

ちょっと前の話になるが、たまたま金曜日の平日に休みを取り、せっかくなので日帰りで遠出をしたい気分になったので前日の夜にいろいろと調べてみた。「そういえば鈴鹿サーキットは最近どうなっているのかねぇ」とホームページをみると、ちょうどその土日に「Sound of ENGINE」というイベントがあることを知った。これは懐かしのレーシングカーのデモ走行を行うというもので、よくみるといろいろなカテゴリーのクラシカルなマシンが参加予定で、そしてF1マシンもなかなかのラインナップだった。そして開催日前日の金曜日は、準備日として「練習走行」のみが行われる旨が書かれていた。この練習走行は、土日のイベントのチケットを持っていれば観覧可能とのことだったので、日帰り小旅行のネタとしては悪くないと思った。

こうして金曜日の朝にひとまずコンビニで土曜の1日券を買って、私は鈴鹿に向かったのである。

そして結論から言うと、金曜の練習日に鈴鹿サーキットを訪れてみたことで、私は古い時代のF1マシンのファンとしてこれ以上ない最高の時間を味わうことができたので、以下そのことを報告させていただく。

このイベントのチケットを持っている人は、「パドックエリアも入場可能」と書いてあり、そのことが私を鈴鹿に行かせるうえでのモチベーションのひとつにもなった。普通、パドックエリアというのは特別なチケットを持っていないと入れないイメージがあり、「レースをやる側」の世界に触れるエリアのはず、なのである。「Sound of ENGINE」の入場客は気軽にパドックにまで行けるのであれば、それはとても価値のある機会だと思った。

そして金曜日はまだイベントの準備が行われている状況で、遊園地の入場料を支払ってサーキットエリアに向かいつつ、あらかじめコンビニで買っておいた「Sound of ENGINE」のチケットもすぐに取り出せるようにカバンに入れていたのだが、「パドックへのトンネル入口」に足を踏み入れ(緊張した)、そのまま突き進んで、トンネルを出てついにパドックエリアに来た!となっても、なぜか私のもっているチケットをチェックする係員などはおらず、私はどこに行ったらいいのか分からないまま、そのままピットの裏側まで普通に訪れることができた。

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で、いきなりピットガレージには、こういう状況を間近で見ることとなった。

たとえばカナダの富豪、ウォルター・ウルフのF1マシンがぽつんと置いてあったり。

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おいおいおいおいおいおい(心の中の声、動揺)。

私の生まれた1977年のF1でチーム初出場・初優勝を挙げたマシンである。後にフェラーリでチャンピォンになる南アフリカのジョディ・シェクターが乗っていた。もちろん、はじめて実車を観た。

ええと、これ、わたし、じっくり見学してていいんでしょうか?(心の中の声、動揺つづく)

でも、周りをみると、私と同様の、おそらく普通の客だと思うのだが、そのあたりをウロウロしていて、そしてピットガレージだったり、あちこちに立ち入っている。

ここは鈴鹿サーキットのピットガレージである。部外者の私がピットガレージにいていいんでしょうか。その想いを抱えつつ、表向き冷静にカメラで撮影しまくっていた。

通常のレース時には「ピットウォーク」というファンサービスのイベントはよくあって、決まった時間だけ、観客がピットレーンを歩いてガレージの中のマシンを外側から見学する・・・というものがあるのだが、どうみてもこの日の午後は、そういう「ピットウォーク」ではなく、単に「誰しもがピットガレージもピットレーンも、さらにピットウォールにも立ち入ってても特に何も言われない」という、かつてのモータースポーツファンだった少年時代の私にとっては鼻血が出るような状況だった。「マジっすか、マジなんですか、この状況は!」と、内心ずっと叫びっぱなしであった。

ちなみに耐久レースのグループCカーのカテゴリーも今回登場していて、その迫力ある佇まいにも圧倒。

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そうして、今回のイベントの「目玉」である2台の車を手がけている、外国人スタッフだけのピットガレージがあった。
フェラーリ312Tと、ティレル006。マジか・・・。

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ここも最初は遠巻きに観ているだけなのだが、他の一般客がカジュアルにガレージの中を通って、マシンを間近に観ていたりするので、私も徐々に中に入り、この状況のなかで、この貴重な車の整備作業をかなり長い時間見守っていた。

イベントのスポンサーの関係だったり、クラシックなレーシングカーを管理する団体から派遣されてきた雰囲気のスタッフさんなので、「レースをやるために来た」わけではなく、「趣味人のオジさんたち風情」のただよう現場だった。それゆえに、我々一般ファンもあまり臆することなく、ガレージに佇んでいられた気がする。

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なので、「ええと、何か飲み物でも買ってきましょうか?」とか言いたい気分でもあった。

しかしだ、目の前のこれ、フェラーリ312Tだ。ニキ・ラウダとともにこの当時のフェラーリで闘ったクレイ・レガッツォーニの車だ。1975年だ。

エンジンの試運転がはじまる。煙と匂いがただよう。時代を超えて、豪快なエンジン音が私のいる空間に響く。ええと、私はここに居てていいんですよね? そればっかり頭によぎる。

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動画も撮ってみた。

なんだこの、贅沢な時空間。

テスト走行の時間がはじまり、時間割にしたがってそれぞれのカテゴリーのマシンが走って行く。
そんなわけでグループCカーが野太い音とともにコースに出て行き、メインストレートに戻ってくる。

そしてそれをピットウォールにへばりついて見届け、爆音につつまれている。
ええと、ほんとに、ここに居ていいんでしょうか、危険といえば危険な場所なんですけど!?

そして着々とフェラーリF1が整備されていき・・・
誰が運転するんだろうと思ったら、さっきまで整備していたおじさん、ガレージの隅で着替えをはじめて、まさかのレーシングスーツ姿に。
いやー、このへんの、なんというか、アバウトな展開に、笑えてきた。

こうして発車準備が整い、ガレージ内にエンジン音が轟き、スタッフの兄さんが1人で後ろからマシンを押すのだが、ここまでくるともはや私も一緒に手を貸して押そうかというぐらいの勢いになっていたが、ガマンして動画を撮るほうを選んだ。

そんなわけで、この日私はひさしぶりにF1マシンにとっぷりと浸かって、なんともいえない充実感を味わった。
間違いなく翌年のスケジュールや来日マシンを確認していることだろう。そうか、現役のF1レースではなく、私はもはやクラシックカー趣味みたいなもので、こういう方面でF1を追ってもいいのだとあらためて実感した。

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テンション高まって自撮りもするわな、この場所だと。

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またこういう光景を見たいと思う!

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2016.09.12

『TED TALKS:スーパープレゼンを学ぶTED公式ガイド』&TEDICTのアプリが素晴らしい件

 出たばかりの新刊書をすぐ買って読むことは少なくて、ましてそれを人に勧めるのも稀なのだけど、この本は強烈にマジでおすすめ。
 この本はTEDが発展してきた歴史的展開をふまえつつも、それぞれの章において実に巧みに「プレゼンテーションの実践的ハウツー」を余すところなく紹介しており、きわめてストレートすぎるほどの「実用書」だった。と同時に、この本で実例として触れられているTEDトークの数々も、まだ観たことのないものが多くて、それらをすかさずネットでチェックしたくなるという意味では、「TED自体のPRプロモーションの本」としてもバッチリ狙い通りだったりする。

 特にこの本で繰り返し強調されているのは、ひとつのトーク、ひとつのプレゼンは「聞き手を旅行に誘うようなもの」というコンセプト。話者は旅行プランナーであり、観光ガイドであるわけで、「いかに面白い旅を提供するか」という切り口で捉えると、どこでみんなの注意をひきつけ、どこで「景色を味わってもらうか」を考え、どこまで自分の言いたい説明を、旅への興味を削ぐことなく伝えていくか・・・などなど、あらためてプレゼンの準備において大事なものがどういうことか、考えさせられる。

 というわけでこの本を読みながら、終始「うまい・・・さすがや・・・」と、唸った。つまりこの本の内容として、お客さん目線で知りたいことを知らせ、熱い気持ちにさせつつ、しっかりと自分たちの言いたいこともページの隅々に染み込ませていて、その方法論そのものが、まさにTEDが目指しているありかたにも通じていることがわかる。だからこの本を通して学べることは、今後もTEDの壇上にあがるようなことがない人々(ほとんどがそうだ)にとっても十分に役に立つわけで、もはや人前でのスピーチだけでなく、広くコミュニケーション全般において忘れたくないネタが満載の、買って読んで損はない一冊となっている。

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 ちなみにTEDの動画を用いた英語のリスニング教材のアプリで「TEDICT」というのがあるのだが、これが実によく出来ていて、ゲーム感覚でTEDのトークをネタに「リスニングしながら単語並び替え作文」ができてしまうので、移動時の暇つぶしには最適。私のiPodにはこれに加えてウィズダム2の辞書アプリも入れていて、分からない単語はTEDICTの画面からコピーしてすぐに調べられるのでこの組み合わせは今のところ最高だ。
 TEDのお気に入りトークをひたすら聞き続けるわけだから、話の内容も英単語も染み込んでくる感じがあって、かつ「英語を勉強している感じがあまりない」というのもポイント。数多くの英語教材が「日常会話の例文」を覚えさせようとして、もちろん大事なのは分かっているけど、どうしても「わざとらしい会話」に感じてしまって覚える気になれない自分にとっては、いやホント、良い時代になったと痛感している。少なくともこの分野においては。
 TEDICTについてはこちらの記事など!


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2016.02.28

「自然史」の観点からアイデア創出の秘密をさぐる:『イノベーションのアイデアを生み出す七つの法則』 スティーブン・ジョンソン著

 この本には邦題に問題があるように思えて、そのせいかAmazonでもレビュー数が少ないのが残念である。たしかに日本の出版社はこの本をたくさん売りたいがためにこういう安直な日本語タイトルにしたのだろうけど、そのことで「誤解や期待ハズレ感」が生じるのは否めない。この本の原題は「Where Good Ideas Come From: The Natural History of Innovation」つまり「良いアイデアはどこからやってくるのか:イノベーションの自然史」なのであり、「自然史」の部分がキモなのである。つまり歴史書として捉えたほうが適切であり、単なるアイデア発想法のハウツー本ではないのである。何よりそこは強調しておきたい。

 この本ではダーウィンらにおける進化生物学の理論構築から活版印刷やコンピュータといった電子技術に至るまでを、イノベーション創発の観点でダイナミックに論じている。イノベーションは、それを生み出した個人のひらめきや能力に注目しがちであるが、それを支えたり誘発させやすい要因を史的な枠組みから捉えてみようという意欲的な一冊なのであった。

 特に冒頭の「隣接可能性」の章で語られていたことで、隣り合うさまざまな部屋のドアを開けるように、あらゆる可能性を試行錯誤しながらどんどん探索していくその姿勢は「DIY精神」そのものであり(奇しくもわたしがDIY精神について他人に語るときと同様、この本でも映画『アポロ13』のことに触れているので、私はこの著者とだったら飲みに行けると思った)、そしてそのあとの章で出てくる「セレンディピティ」も、これは自分にとっては「シンクロニシティ」の話であり、まさに高校生の頃から今に至る、自分の抱えるまとまりのない関心領域を結びつけそうな道筋を語られちゃった感じがして面白かった。こういう本を書いてみたかった・・・。

「ゆっくりとした直感」の章では、2001年におけるアメリカ同時多発テロが起こる兆候を、それぞれ別の捜査官が自分のテリトリーのなかで事前に感じ取って危機意識を発信していたにもかかわわず、しかしそれら個々人の「直感、ひらめき」が結びつくことがなく、誰にも関心を持たれずに終わってしまったことの悲劇を取り上げている。これは同じ著者がその後に書くことになる『ピア: ネットワークの縁から未来をデザインする方法』にも通じるテーマなのであるが、中央集権的な古い体質の組織における「どうしようもなさ」についての著者なりの「怒り」に似た、強い主張を感じさせる部分だ。

 あとこの本でたびたびサンゴ礁の話が語られていたので、いま個人的にもサンゴ礁のことについて関心が高まっている。これからの社会組織(たとえば教育機関のあり方とか)を考えるうえで「サンゴ礁モデル」っていうのは有益なポテンシャルを秘めた知見がたくさんありそうな、そういう示唆も与えてくれた。

 著者によるこの本に関連したTEDトークも観られる。18分ぐらい。こちら
ここで語られている途上国での保育器の話や、ソ連のスプートニクからの信号をほんの思いつきで追いかけた研究者の顛末なども同書のなかでじっくり紹介されている。

 ちなみにこの本の存在を知ったきっかけは、オースティン・クレオンの『クリエイティブを共有(シェア)!』における参考文献リストで挙げられていたからであった。この著者による以下の本たちはこれはこれで気軽に楽しく読めておすすめ。
 


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2015.07.15

このごろのはなし

もう強行採決じゃなくて凶行採決だよな、っていう気分で今いる。


ブログを書けないまま7月が過ぎていく。

最近の生活におけるネタとしては、ついにスマホに変えたことだった。

そしてiPhoneを選んだことにより、各方面より叱責や嘲笑や疑念を抱かれた。上司のSさんからは「君はもうパンクではない。マジョリティだ」とまで言われた次第(笑)。
私としては、もともとiPodは使っていたので、その延長線上でスマホをiPhoneにした感じではあるのだが。

ちなみにこれ以上ソフトバンクに追随するのがいやになってきたので、格安SIMってやつを選んでみた。長年ニフティの会員だったのもあり、Nifmoをチョイス。

で、即日SIMを開通させたかったので、梅田のヨドバシまでいって手続きをしてきたのだが、結果としてどういうわけか購入後のカードをさしても最初のセットアップでつまってしまい、店員さんに聞いても「自分はこの設定画面を見たことが無い」と言い、「フリーWiFiのあるところで設定をやり直してほしい」と言われたので「このへんだと、どこ?」「マクドナルドでしょうか」となり、梅田のマクドへ走る。

マクド不買運動をしていた私が断腸の思いでマックシェイクを買ったうえで店員にきくと、ここもフリーWiFiではなく、「ソフトバンクの会員じゃないと無理」とか言うわけですよ。このへん事情通じゃないので自らの無知をかみしめてマックシェイクをすすって半分ぐらい残して速攻で去ったのは言うまでもない。腹立ったのでヨドバシに戻るのもやめた。結局家に帰るまで、その日はどうしても電話する用事があったのにスマホがまともに使えなかったという、そういうスタート。久しぶりに公衆電話とか使ったよ。

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2015.06.27

グーグル・ストリートビューの未来

 グーグルのストリートビューについて、最近ふと思ったことがある。

 いまネット上で観られるのは、もちろん最新版の画像データの集積なのだろうけど、
 もしかしたら、過去に撮影された風景も、グーグルならきっと保管しているはずだ。

 そうなると将来的には、「同じ場所の過去の歴史的景観が閲覧できる」ということになる。

 きっと、ぜったい、それは意図されている気がする。

 そしてまた、そのデータをみては、懐かしさのあまり涙だって流すであろう自分の姿を予期してしまう。
 いまだって、そのときのことを想像しただけでジワッときそう。

 ちなみに、以前も紹介したかもしれないが、「世界中のストリートビューをランダムで表示するサイト」っていう、旅行好きにはたまらないサイトがある→(こちら)。 これ作った人となら友だちになれそうな気がする。


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2014.07.28

ブックオフで「ビームせどり」をしている「セドラー」の客に出くわす

 ブックオフにいったら、「美容・健康・ダイエット」コーナーで、明らかにそんな本を必要としているように思えない男性客が、端から一冊ずつ抜き出しては棚にしまっていた。よくみると右手に小型の機械を持っていて、値段のバーコードのところを照らしていた。

 一瞬その人は店員かとも思ったが、普通の格好をしているので単なる客であり、そして一番下の本棚に、その男のものと思われる荷物が置いてあって、一番上にはスマホが電源ONのまま置いてあった。で、スマホの画面をみると、あきらかに男がバーコードをチェックしている動きにあわせて、記号らしきものがリストに増えており、本のバーコードをスキャンしていることが確認された。

 つまりこれは古本業界でいう「背取り」のために、こういうツールが開発されたということなのだろう、とすぐに察しがついた。つい私のなかで眠っていた「探偵魂」(あったのかそんなものが)に火が付いたので、その男のすぐ横で、他の本を読んでいるフリをしてしばらく立ったままその様子を観察していた(『美容・ダイエット』コーナーの横は『人生論・生きかた』コーナーだったので、私がいても違和感はない)。おそらくその男にしてみたら私はうっとうしいヤツだと思われただろう。それでもひるまずに男はその棚のすべての本の値段をスキャンしたらしく、1冊取り出してはキープして、別の場所に行った。

 あとでネットで調べたら、たーくさんこの手のスマホのアプリやら道具やらが出てきた。そして私が見たのは「ビームせどり」と呼ばれるもののようだ(こちら参照)。

 そういう人を「セドラー」って言うそうだが、セルラー電話だかアドラー心理学だか分からないな。自己実現欲求か。

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アドラー。


 たしかに店側にしてみたら、迷惑行為でもある一方で、一冊でも多く在庫が処分されるのであればありがたいので、むやみに禁止することもできそうにない。ブックオフは特に、本来高値でもいいはずの本でもありえない安値をつけてしまうが、それでも在庫の回転があがるほうが先決なので、こういう現象を招きやすいのだろう。

 ただ、まぁ、そのこと自体をどうのこうのは言わないが、
 ヒトコトだけ言わせてもらうと、

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「自分の荷物は商品棚に置きっ放しにすんじゃねぇよ」

ってことだ。うん。


 

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2014.04.08

雑誌『ニュートン』の特集「パラレル宇宙論」になんだか癒されたり励まされたりする気分

雑誌『ニュートン』最新号の特集が「パラレル宇宙論」。

書いてあることの科学的本質をまったく理解できていないなりに説明すると、最新宇宙物理学の成果として、この宇宙で人類が観測可能な領域ってまだまだ狭いらしく、そしていろいろ研究しまくった結果、

「宇宙は同時に他にもたくさん存在しているのではないか」

となり、

「自分たちとまったく同じような姿の生命体がいる宇宙が、どこか遠くにコピーのようにある可能性も、確率としてはありえる」

とのこと。

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宇宙がいろいろ存在しそうなのは分かるとしても、なんで僕らのコピーみたいなのがわざわざ存在していただく必要があるの? とも言いたくなるが・・・なにせ『ニュートン』の雑誌は豊富なイラストで分かりやすく説明してくれるのがウリのようだが、そのあたりの説明箇所でも、「地球人とまったく同じ生活スタイルを送っている人が何億光年とかの先で、まったく同じ部屋で生活しているようなイラスト」だったりするのがある意味「衝撃的」でもある・・・。

でも、数学で計算すれば、「まったくの我々のうり二つのコピーがどれか無数の別の宇宙の中に存在していてもおかしくはない」ということになるのであろう。そのあたり、自然科学と奇想的SFファンタジーの狭間にギュウッと脳みそが圧縮されるような、この感じは面白い。

まぁ、たしかにスタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』だって、延々と人類史と宇宙をテーマにした映画で、最後にはとにかくひたすら宇宙空間を突き進む内容になって、それでその果てに待っていた景色っていうのが、なぜかそのへんにあるホテルの一室みたいな生活感ただよう空間だったりするわけで、このへんのギャップを思うとあながちキューブリックとかアーサー・C・クラークは当時からこうしたパラレル宇宙論を見透してしたのかもしれない・・・たぶん。

いつもこういう話は「天文学的セラピー」として受け止めて楽しむことにしている。日常の辛いことや哀しいことも、なんだかこういう宇宙の途方もない膨大な話を前にすればなんてことない気がしてくる。

そしてパラレル宇宙論に即していえば、現実の我々の日常生活が、いろいろな選択の積み重ねで成り立っているとすれば、「選ばなかったほうの世界」が、常に新しく生まれていて、その瞬間ごとに私たちの体を取り囲む世界が「別の宇宙」として絶え間なく生成していっている、と思えば「パラレル宇宙論」もなんとなく親しみをもって納得できそうな気がする。そうやって非常に膨大な、無数の「選ばれなかった世界たち、自分が今感知できない無数の可能性に満ちた世界」を乗り越えつつ、今日も明日も涙あり笑いありの不思議な空間を受け止めて生きていく。

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2014.03.09

マグロに親近感

Charliestuna

はじめて観たときから、他人とは思えない気分にさせるこのマグロ。
「チャーリー・ザ・ツナ」という。

アメリカのスターキスト社による、ツナ缶のCMキャラクター
50年前からずっと活躍しているそうで。
なぜマグロがベレー帽にメガネなのか。そのツッコミどころを残しながらの50年。

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今日のmsnのニュースで、

F1engine

HONDAの新型除雪マシンに「FIエンジン」というのが搭載された、っていうそれだけのニュースなのだが、この見出しを目にして「FIエンジン」を「F1エンジン」と読み間違え、「HONDAマジかぁぁー!!? 除雪機にF1エンジンって!?」と思って記事をクリックしてその間違いにずっこけた人はワタシだけではないはずだ。たぶん。

や、だって、ホンダなら実際やりかねない、こういうチャレンジャーなこと。


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