カテゴリー「忘れないでおきたいニュース」の記事

2023.05.07

チャールズ国王戴冠式の個人的ツボ・まとめ

思えばエリザベス女王の国葬については繰り返し見たくなる映画のような素晴らしい葬儀で、いろいろと語りたいシーンがいくつもあったのだが、なんだか「人のお葬式」について書くのも気が引ける部分もあり、このブログでは書かずにいたままだった。
(でも結局、普段の生活でもこの話について誰かと語る機会もなかったので、気が向いたらブログでまた書くかもしれない)

そうして昨日はチャールズ3世の戴冠式が執り行われ、幸い日本では連休の真っ只中ということもありじっくりとBBCワールドの日本語通訳入りでその様子をライヴ中継で味わうことができた。そして一方ではサッカー・アジアチャンピオンズリーグ決勝が同時刻に行われていたもんだから、浦和レッズの試合の様子も気になるのでパソコンでDAZNの中継を流しっぱなしにしつつ・・・という状況だった。

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テレビで観ているうちに、なんだか自分も観光客気分で、スマホで画面を撮影したくなった(今回はほとんどがこのスマホの写真を使わせてもらいますが、当然ながら画像の質は悪いです)。

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バッキンガム宮殿からウェストミンスター寺院へ向かう行進から始まるのだが、馬車をひく馬たちが、青いカツラをつけられて、そして目にはフタになるような飾りをつけられていた。
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おそらく馬の性質上、そうすることで集中力が高まったりするのだろうけど、「見えにくくないのだろうか、それで自分の職務を全うすることはできるのだろうか」と、ぼんやりと不安にさせるあたり、「これは英国の誇るロックバンドであるロキシー・ミュージックのギタリスト、フィル・マンザネラが初期によくしていた変なメガネみたいなものなのだ」と思うようにした。
Manzanera
↑ この人。

そうしてウェストミンスター寺院には王室の面々がやってくる。

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ハリー王子は今回はひとりで出席。いろいろ微妙だもんねぇ。

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で、アン王女を見て最初は「なんでそんな格好なん?」と思って半笑いで写真を撮ったのだが、このことは後になっていかに自分が無知であったかを思い知らされることになる。

ちなみに報道写真から拝借。これがその格好。
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この帽子のまま戴冠式のあいだも列席していたので、ずっと気になっていたのである。

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そうこうしているうちに、国王夫妻を載せた馬車が国会議事堂の近くを通って寺院へ。

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本当にどうでもいいことばかり気になるのだが、いつもは観光客でごった返しているウェストミンスター寺院の入口にある、この画像の奥にみえる「お土産屋さん」、さすがに今日は閉めてるんだよなと確認。

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そしてさらにどうでもいいことなのだが、馬車を降りるときに国王夫妻を迎えていたこの人たちがそれぞれに持っている傘の種類がバラバラだったのが印象的だった。隊列や行進に関わるあらゆる物事がビシッと揃っていたなか、数少ない「間に合わせ感」が出ていたのがこれだったので、つい嬉しくなって写真に撮ってしまう。

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国王を待つ参列者。ハリーの「ぼっち感」が際立つので「がんばれ!」と言いたくなるし、その目の前にはアン王女の帽子。いろいろ気になる。手前の空席はこのあとウイリアム皇太子の家族が座る。

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そして来賓席のなかでは秋篠宮夫妻がいいポジションに座っていて目立っていた。

で、ここから大司教やさまざまな聖職者が入場してくる。

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「なんでこういう衣装なんでしょうねぇ?」と言いたくなる。いろいろ豪華だったり謎めいていたり。

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不鮮明で申し訳ないが、どう考えても「普通の長い棒」あるいは「釣り竿?」にしか見えないものを持って入場する人も。

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で、寺院に入場する直前の国王と、この儀式でずっとサポート役をつとめる2人の司教の様子が捉えられていて、とくに右側のメガネの司教がやたらフランクに喋っているようにうかがえたので、きっと「まぁ、気楽にいきましょ、気楽に」みたいなノリでリラックスさせようとしていたのかもしれない。

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こうして入場。後ろにいる少年のうち左は、孫にあたるジョージ王子が立派に侍者を務めていた。いつか彼もこの儀式をやらないといけないのだろうなぁ。

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そんなジョージ王子と新国王を見守るウイリアム皇太子の一家も勢揃い。
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すっかり大きくなったシャーロット王女とルイ王子がこの日もすごくかわいらしくてネットではさっそくいろいろ記事になっている。
Princelouisandprincesscharlotte
特にこの写真におけるシャーロット王女の毅然とした立ち姿は、まんまエリザベス女王そのものやん!といった印象がある。

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そうして儀式が始まったのだが、驚いたのはオープニングを飾ったのはひとりの少年の侍者が、これから儀式が始まります的なスピーチを行ったことだ。すごい緊張感のなかで、ものすごい大役を務めていて、立派だった。

そうしてここから長々と儀式が進んでいったわけである。

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まぁ、当然といえば当然だが、それぞれが口にする言葉はカンニングペーパーを見ないことにはどうしようもないわけである。
カンペの背には紋章みたいなのがちゃんと印刷されているが、なんだかテレビのクイズ番組で使われるような問題カードにも見えてくる。

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常にカンペ。

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そして、建物の構造上、来賓席からは直接メインの舞台が見えないので、ウイリアム皇太子も身を乗り出さないと様子が分からない。

また、今回の戴冠式では、歴史上はじめて女性の司教が儀式に参加したり、新しい取り組みをいくつか導入していたようで、そのうちの一つが、ゴスペル歌手による「ハレルヤ」の合唱が行われたことだった。

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アカペラによる歌はとても美しかったが、個人的にはちょっと緊張感を覚えた。というのも
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みんなで輪になって歌っていたので、絵的にはちょっと落ち着かない状態に。

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あと、背後に映る参列者のみなさんの表情がなぜか一様に固すぎて、そこも緊張感をかもしだしていた。や、分かるよ、儀式が長ったらしいのは。

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引き続き儀式は粛々と進んでいき、これは聖なる油を身体に塗る儀式の最中に持ち込まれた囲い。中で何が行われているかは誰も分からないのである。

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「お着替えタイム」みたいな、これもまた絵的に落ち着かない時間。見方によっては「奇術師の脱出ショー」みたいな雰囲気すらある。

で、ここまでくると、あくまで自分の主観なのだが、チャールズ王やカミラ王妃も「面倒くさいなぁ」というオーラがでているように思われてきた。

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さんざん儀式に振り回されたあげく、途中できわめてラフな格好にさせられて、この上から特別な金色の衣を着せられたり。

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そしてそれぞれの貴重な宝物が、順番に新国王に手渡されるのであった。

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そして最後に王冠をかぶるのだが、このときは「強引に頭にねじこまれる」感じがあって、ちょっと気の毒なほどだった(笑)

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で、カミラ王妃にも王冠がねじこまれたのだが、この直後に何度も王冠と髪の隙間を手でいじったりして、「儀式とか本当に面倒くさいのよね」といわんばかりのカミラさんの庶民的なノリ、私は嫌いじゃないです。

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紫色を基調とした衣装や王冠を身につけて退場。この姿をみてはじめて、あぁエリザベス女王の子どもだったんだなぁ、似ているなぁ、と実感。

こうして再び一行はバッキンガム宮殿に向かうわけであるが、最初よりもかなりパワーアップした隊列が待ち構えていた。

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で、ここで大変驚いたのは、国王の妹にあたるアン王女である。
彼女は馬術が得意とのことで、このとき国王夫妻の馬車を率いる騎馬隊の一員として、馬にまたがり行進していたのである。
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Anne
この緑色の円の位置でずっと馬に乗って併走。

いやはや、参りました。このような理由で、あのようなお召し物を身につけていたとは。
これって日本の皇室に例えたら、即位パレードで天皇陛下が乗るハイヤーに紀宮さんが白バイで併走するようなものではないか。カッコ良すぎる。

来賓席にいたあとに、馬にまたがって宮殿へ。
ネット上でも「アン王女かっこいい」の賞賛がいくつも起こっている様子。

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こうして、バッキンガム宮殿に戻って、多くの見物客へ挨拶。

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この一連のプロセスが5時間ぐらい。すっかり見入ってしまった。(その傍ら、浦和レッズが奮闘の末、アジア王者になっていた。おめでとうございます)

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最後にロンドンに行ったのが2017年で、そのときこの宮殿や、宮殿前のザ・マルの大通りについて想い出深い出来事があり(こちら)、自分にとっても特別な感情を抱く場所ではあるが、こうしてまた文字通りの新しい歴史が刻まれていったんだなぁと実感した。

<余談>
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▲このお面は売り物だと思われるのだが、いまだに世界的にはこうした「写真のお面」はそのクオリティが残念なままである。私の書いた「DIYお面の作り方」の記事を読んでもらいたいものである。

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2020.12.31

2020→2021

 まずは自分も周りの人々も健康なままで年末を迎えることができていることに感謝。ひたすら感謝。ここまで健康管理に気を使った一年もないが、本当は普段から心がけるべきことなんだろう。

 コロナ禍って、文字通り世界中の宗教や国境の区別なく、すべての人が同時代のなかで共に向き合う課題となっていることで世界史に残る出来事になるわけだが、よく考えてみたらこういう感染症って時代を問わず発生するので、今回のCOVID-19がインターネットの発達したこの時代に起こったことがある意味ではまだラッキーだったのかもしれないと感じている。これがもし25年前ぐらいに起こっていて、情報の主要な入手先がまだテレビや新聞だけに限られた場合だったら、もっと厄介なことになっていたように思う。

 ところで花王の「ビオレ・ガード 手指用消毒スプレー」という製品をご存じであろうか。

200mlというサイズは持ち運ぶことを意識した製品となっている。ロック機構も備わっているので、不用意に噴射することもない。
 私もこれを買い求めた次第だが、カバンに入れて持ち運びたい場合、もっと収納しやすくて、かつ剥きだしのノズル部分をカバーできるような工夫ができないかを、このごろずっと考えている。
 いつも通勤電車のなかでみかける男性が、カバンについているペットボトル収納用のポケットにこのスプレーを差し込んでいるのだが、たしかにそうしたくなる気持ちは分かる。ただ、できればカバンの内部に収めたいところではあるので、何かを代用してケースのようにして、かつ取り出しやすくするような仕組みができないか、あるいはノズルで指をかけるところのプラスチック部分を削ることで形状をよりシャープにできないか、といったカスタマイズの可能性をぼんやりと考えている・・・そして、いまだにその解決策が見いだせていない状況ゆえに、スプレーをカバンに入れずに机のうえに置いたままだったりするので、本末転倒ではあるのだが。

 そういう「改造」を考えたくなるマインドがわき起こるのは、すぐ影響を受けやすい私が最近読んだ本が、とても楽しかったからである。


F1マシンのデザイナー、エイドリアン・ニューウェイの自伝『HOW TO BUILD A CAR』(三栄、2020年)では、空気力学のプロとして彼が手がけたマシンの設計において、そのときどきに考えだしたことやアイデア創出のプロセスが、工学の知識がない読者にも分かりやすく解説されていく。アイルトン・セナが事故死したときのマシンも彼の手によるものだったが、あの出来事を境に安全性との共存を図る時代的要請とともに様々なルール改定が行われ、その「網の目」をいかにかいくぐり、速さを失わないように知恵を絞るかという、そうした試行錯誤のせめぎ合いが折々のエピソードとともに語られており、ある意味ではビジネス書のような読み方ができる労作である。

 ニューウェイの本のおかげで「空力」の重要性についてあらためて意識するようになった私だが、さしずめ日常生活でそのことを活用できる場面といえば、マスクを着けるときにメガネが曇りにくいようにするため、いかに鼻の頭の部分までマスクを引き上げて折り曲げるかといった「鼻息の空力」について毎朝あれこれと苦慮することぐらいであるが・・・。

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さて2021年を迎えるにあたり、当然ながらコロナ禍の動向が気になることは変わらないが、ひとつお知らせできる個人的なイベントとして・・・ふと思い立って昨年から通い出した水彩木版画教室において、2年に一度、教室展として受講生の作品を合同展示する機会があり、それが2月末から3月頭、大阪・箕面市のミカリ・ギャラリー(サルンポヮク2階)で行われることになっている。コロナ禍において毎月メンバーで話し合いを続けながら実施形態を模索しつつ、講師の先生の指導のもと準備を進めている状況。まだ正式には案内ができないけれども、ひとまず予告として。

2021年こそは平穏な年となりますように・・・。

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2020.07.05

ウイリアム王子は「シードル男」だった

 前にこのブログでも紹介したが、イギリスのウイリアム王子はホームレス体験を率先して行ったことだったり(この記事)、2011年の結婚直前のときは仲間と公園でサッカーを楽しんだことだったり(この記事)、何かと親しみを覚える人物である。

 でも個人的に親しみを覚える大きな理由は、私より年下なんだけど、私と同じように頭髪環境が非常に寂しいところにある。もし実際に会って話をする機会があれば、「ハゲトーク」で分かり合えて仲良くなれる自信がある。そもそも王室の人間なんだから、本当だったらカツラでも植毛でも何でもし放題だったはずなのに、頭髪を自然のままにさらすメンタリティにも大いに敬意を表したくなる。ウイリアム王子がそういうスタンスなので、私も自らの頭髪環境はナチュラルさを保とうと誓っている。

・・・って、何の話なんだ(笑)

 それはそうと、先日のニュースで、そんなウイリアム王子がロックダウン解除を前に、とあるパブを訪問したことが報じられた(こちら)。
 王子であれ庶民であれ、パブでお酒を飲んだり誰かと語らう時間はイギリス人としての欠かせない人生の楽しみのひとつなんだろう。
 その報道のなかで感じ入ったのは、ウイリアム王子は自らを「シードル男」と称していて、このとき注文したのは800円ほどのシードルとのこと。

 私は普段あまりお酒を飲まないのだが、梅酒とかシードルはだんだん美味しく感じられるようになってきた。確かに飲み屋さんのメニューでシードルが置いてあるとそれを頼みたくなる。
 うむ、ウイリアムもシードル派なのか。ますます親近感がわくじゃないか。今日から私も「シードル男」と名乗ろうかとすら思う。

 ちなみにウイリアム王子がこの日頼んだシードルは、アスポールというメーカーのものらしい。自分は今まで見たことがない。通販で仕入れたくなってきた。

<追記>そのあと7月4日にイギリスでは「パブとかレストランとか、営業再開!」となったとたん、街中にみんな押しかけて、すごい浮かれっぷりになっている様子が伝えられていて、ちょっと心配にすらなってくる(例えばこちらの動画)。でもまぁ、こうなっちゃうよなぁとも思う。

 

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2018.10.09

小文:「ダメといわない」発想、台風における人間の闇、カプチーノの想い出

 このあいだ、ひさしぶりに大阪は高槻の「乾物屋スモール」を訪れ、のんびりとした時間を過ごさせてもらった(もう2周年になる)。店主のまぁこさんが、最近依頼をうけるようになったという、調味料をテーマとしたレクチャーにおいて、彼女なりに工夫したタイトルとして「ダメと言わない調味料のはなし」というのがあって、この考え方やセンスが相変わらず素敵であった。ついついこの手の話はトーンが教条的になり、「いかに化学調味料が体に悪いか」「これが正解で、あれはダメ!」という観点に陥りがちになり、「良いことができていない自分」へのぼんやりとした罪悪感なり自己否定的な雰囲気なりが出てしまう。
 お客さんもダメ出しをされるために話を聞きにきたわけではないし、その時間を楽しく有意義に過ごすためにも、「体に良いものを作っている生産者さんを応援する楽しさ」を伝える方向性に持って行きたいという、まぁこさんのその姿勢はすばらしいと思うし、多くの人に共有されていってほしいと感じる。
 「良いものと悪いもの」の知識はそれとして理解しつつも、「こうしなきゃいけない」というプレッシャーをかけるのではなく、ましてや押しつけがましくなるのでもなく、「こういう製品をこういう人たちが作っているんですよ」という部分を出発点として、我々が普段使っているもの、食べているものに(楽しみながら)注目していくこと。この発想はいろいろな分野で活かせそうな気がする。

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 最近ツイッターで知って戦慄を覚えた・・・というと大げさなのかもしれないが、なぜ台風災害のときに、しばしば「風雨のなか田畑の様子を見に行って、用水路などにはまって死ぬ人」が必ずといっていいほど出てくるのだろうかという、長年ずっと思っていた疑問の答えのひとつが(ここ)で紹介されていた。

 それによると、台風や大雨のときは、自分のところの田畑に排水されないように「見張る」というのが必要で、結局「見張りに来なかった人の田畑に向けて、みんなが水を逃がそうとする」という事情があるというのだ。もちろんいろんな地域があってそれは一概には言えないのだろうけど、でもおそらくそれは実態として大いにありえるのだろうし、人間の真実がそこにある気がする。そしてそれは「防災」なんかとは無関係の秩序なのである。そのことを知らずに私はいままで「なんでこんな危ない日に外へ出るのか?」とばかり思っていて、大地とともに生きている人たちのリアルな切実さにまったく思い至っていなかったことを痛感した。

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 あまりコーヒーにたいしてこだわりがないのだが、カフェでの注文時だったり、ファミレスのドリンクバーに「カプチーノ」があると、ついそのボタンを押してしまう。3年前にイタリアを旅したときに、ジェノバの古い建物の最上階にあった家族経営の宿に一泊したのだが、主人のオヤジさんが朝食を自ら準備してくれて、飲み物を何にするかを聞いてくる段階になって・・・カプチーノ? ・・・カプチーノ? カプチーノッ!!と、まるで

「もうオマエはカプチーノでいいよなっ!?」

と言わんばかりの勢いで、一方的にカプチーノを入れて持ってきた。それ以来「カプチーノ」という言葉に触れるたびにあのオヤジさんのまくしたてるような勢いを想起しては、憧憬の念を込めつつカプチーノを頼まないといけない気分になるのだった。

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▲「カプチーノ事件」の食堂。ジェノバまた行きたい。
そういえば吉田戦車の『伝染るんです』のなかに、男子学生が中華料理店に入ったら何も頼んでないのにチャーハンが置かれて「だってお客さんチャーハン顔だもん!」って言われて納得してパクパク食べる、っていう漫画があったが、なんとなくそのノリに近い感触。

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2018.04.02

よくわからない『ブロックチェーン』について、それなりに気をつけてチェックしておきたいと思う

 最近はニュースでビットコインの不穏な話が続いているが、今年の正月にWIREDの記事でオンライン百科事典『Everipedia』がブロックチェーン導入で目指すものというのを読んで、本家Wikipediaから派生しようとするあたらしいオンライン百科事典が、「ブロックチェーンの仕組みを取り入れる」といったことが書いてあり、「うわーっ!?」となった。

 なぜかというと、それまでこの手の話にあまり詳しくない私はつい「ブロックチェーン=ビットコインのこと」だと簡単に思って過ごしていたからである。しかしどうやらそれは間違った認識かもしれないということにそこではじめて気づき、すぐ書店に出向いてこのビットコインやブロックチェーンに関する関連書籍を漁り、この本を選んでひとまず基本的なことを知っておこうと思ったのである。

 なぜそこまで焦ったのかというと、「ビットコインと無縁でいたい」と思うぶんには問題はないし自分もそうなのだが、その仕組みを支える「ブロックチェーン」という技術には無縁でいられなくなるという予感をこのWIREDの記事によって強く感じてしまったのである。ウィキペディアなんてものは少なからず自分の生活にもそれなりに日常的に関わっているわけで、それが「ブロックチェーンでやります」なんて言われた日にゃ、私の生活のある部分は、ある意味でブロックチェーンが土台になるのである。


 で、結果としてこの本は多少専門的な部分はあるが、まさに私のように何も分かっていない層にうまく「ことのはじまりから現況まで」を説明してくれる感じで読み通せた。私なりに今の段階で分かることだけ書いていくと、ビットコインを支える仕組みとしての「ブロックチェーン」を強引に言い換えると、「すべての人が参照できて、多方面からの膨大なデータの上書きの際にズレることなく管理される大きな台帳みたいなもの」である。

 そしてここが重要なのだが、このブロックチェーンは、もはやビットコインなどの仮想通貨のやりとりだけでなく、今後はさまざまな分野、つまり医療情報とか社会生活全般におけるありとあらゆる情報処理を取り扱ううえでの土台になる可能性が高い(というか、ほぼ不可避だろう)ということだ。仮想通貨のやりとりなんていうものは、ブロックチェーンのポテンシャルにおいては「単なる氷山の一角」のことらしい・・・(通貨なのでどうしても人の欲望がからむから、ちょっと動きが激しくなるわけで、でも思えばこれまでもハイテク技術を進化させてきたのはいつだって途方もない欲望がドライブしていくときである)。


 そして読みながら私の頭に浮かんできたアイデアは、ブロックチェーンを使うことで、世界中の言語データが収集・蓄積され、さらにAIでの自動学習を加えていくことで、世界中のどこに行っても高精度の同時通訳での交流が低コストで可能になるのではないか、ということだ。具体的な技術的手段はもちろん説明できないが、「おそらくそういうことも可能にさせる仕組みなのだろう」ということは想定できるわけだ。まぁ、私のレベルでそういうことがすぐ思いつくということは、すでに世界のどこかで誰かがすでにその方面で研究を行っているんだろうとは思う。でもこれなどは、ブロックチェーンを使うことによる比較的ポジティブで平和的な利用方法のひとつではないだろうか。ただし(奇しくも英語教育をネタにした前回のフリーペーパー「HOWE」でも示唆したように)、そのせいで外国語教育産業そのものが成り立たなくなると、別の混乱が引き起こされるかもしれない・・・まあ、それだけのインパクトや影響力が、このブロックチェーンなる新技術は秘めていて、そこの可能性や危険性というものをもっとちゃんと見極めていかねばならないようだ。

 ちなみに、ここ数年は仕事の関係でグーグル翻訳を使うことがちょくちょくあるのだが、最近のバージョンアップで、突如として劇的に翻訳能力が賢くなっていて、ちょっと薄気味悪いぐらいである。ただそうした気味悪さをはるかに凌駕していくような存在がきっとブロックチェーンの暗闇から立ち上ってくるんじゃないだろうか、とも思っている。あくまでもすべては予測の領域ではあるが。

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2017.05.16

自分が40歳になったことと、U2の”40”と、『おろしや国酔夢譚』のこと

40歳になったのだけど、何か久しぶりに、U2の古い曲『40』のことを想い出して、リピートしたりする。

もっとも、このうつくしい曲の主題は年齢のそれなんかじゃなく、旧約聖書詩篇の40篇だそうで。
「How long to sing this song」って、まさにそんな気分。

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ここ最近の突発的マイブームが、映画『おろしや国酔夢譚』で、その原作となった井上靖の本もがっつり読んだ。
この映画が作られた、バブリーで景気の良かった頃、日本テレビがこの映画について放映していたのを観た記憶が突然浮かんで、この江戸時代の漂流民の実話に基づく長大なスケールの映画が急に今になって気になりだしたのであった。

漂流してアラスカに近いぐらいの離れ小島に漂着して、何も分からないまま、ただひたすらロシアの言葉を少しずつ覚えて順応していって、そこから帰国を願いつづけて9年間、最終的にはこの大黒屋光太夫はシベリアを超えてユーラシア大陸の西の端、サンクトペテルブルグまでたどり着くという、とんでもなく数奇な運命のなかで、女帝エカチェリーナ二世に直接会えることとなり帰国許可を陳情するわけだけど、人間の持っているエネルギーとか精神力とか、ありとあらゆる部分の感動を覚えてしまう話である(帰国後は鎖国体制下の事情により、かなり不遇な晩年を送ったそうだが)。
 そしてどうしたって命を落としそうな過酷な生活環境と決死の大移動のなか、あらゆる場所で光太夫らを支え、応援してくれた無数の人々がいたのも確かであり、距離や時代を超えたヒューマニズムに、純粋に心打たれるものがある。

とまぁ、最近の私はことあるごとにこの『おろしや国酔夢譚』の話をしているのだが、先日、職場での懇親会の席上、同い年の同僚S氏にそれとなくこの映画の話をすると、彼は中学2年生のときにリアルタイムでこの映画を観てから、たまたまモンベル社の企画で「ロシアの川を3ヶ月間、ロシア・アメリカ・日本の若者が一緒になって川くだりをするツアー」というのに出会い、親に頼んでひとり中学生ながら参加して、初の海外体験をロシアの果てしない川下り、しかも言葉もよく分からない者同士で過ごすということをしたという話をしてくれた。なんたる奇遇。そして中学2年といえば1991年で、ソ連崩壊の大変革の時代だったはず。こんな身近に、そんなとてつもない冒険をしていた人が居たとは! と、驚きまくってしまった。

人生ってこういう感じで、ちょくちょくビビらせてくれるから好きだ。

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2016.12.07

黒沢健一、ありがとう

 出張で、梅田のとあるビルの一室にたどりつき、ブラインドの隙間から見える大阪の街を眺めながらぼんやり座っていた。

 そのとき、かつて高校3年のときに組んだバンドメンバーのLINEグループ宛てにボーカルのK奈から書き込みがあって、

「黒沢健一、ありがとう」

とあって、
すべてを察した。


つらいなぁ、いろいろと。

さいきん。


早すぎる死に黙祷。

みんなでL⇔Rの曲をたくさん練習した1995年の記憶とともに。

個人的にはこの一曲。


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2015.12.06

『岐阜マンとゆく ぎふのモノ』という本が出版されています!

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岐阜のいろいろな観光地やおもしろスポットを紹介するフリーペーパー漫画『岐阜マン』のファン必携の本が「さかだちブックス」というファニーな出版社から出ております。

何せタイトルに「岐阜マンとゆく」と付けてしまったのだから、まずこの「岐阜マン」が何なのか知らない人にとっては、ミステリアスでアメージングな読書体験予測を強いることになっている、そのことがすごい。

でも内容はそこまで岐阜マンが「プヒャー!」とか叫びまくるわけではなく、あくまでも岐阜の良さをしっかり伝えよう、岐阜っていろいろ見どころがあるんだよ、ということが落ち着いたトーンで解説されている本なのである。
(そして最後のほうに、岐阜マン自身についての解説もかなり詳細に書かれている。ずっと気になっていたあの頭の「岐」のナゾが解けたり・・・!)

くわしくは(こちら)のページを参照。

この勢いで岐阜マンとシェフチェンコが岐阜の観光大使になっていったらいいなぁと夢想!
そして岐阜マンはサッカー大好きなので、FC岐阜の中の人たちもぜひ岐阜マン要チェックや!!(笑)

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2015.07.24

先日のツイートについての件

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先週の金曜日、こんなツイートを発信した。
これは確かに、数日前の安保法案の強行採決という大きな社会的情勢を意識したものであることは認める。で、それと同時に、この発言はきわめて個人的な範囲での気持ちに基づいて、ちょっと感情的になって書いている部分がわりと大きかった。

そうして身のまわりの友人知人がこの発言をリツイートしてくれたのだが、この「怒り」を込めて書いたテキストに、何らかのエネルギーが帯びていたのか、ひょんなことからこの発言はその後もリツイートの拡散が続いていき、一週間後のいま、結果的に1万5千回ものリツイート数を重ねるに至ったのである。

たくさんリツイートされるということは、この発言に共感を覚えてくれたたくさんの人がいるわけで、それなりに嬉しくも思ったが、さすがにこの数字は正直戸惑っている。みんな、よっぽどイライラしているのか・・・とも思ったり。

そしてリツイートが増えれば増えるほど、それにともなって、この発言への反論や意見がダイレクトに返信されてくるようにもなっていった。「甘い」とか、「学生が自分の信じる道を進んだからそういう大人になった」とか、「甘い言葉で若者をだましている」とか・・・。それらは「確かにそうかもしれない」、というほかない。このような問題は、スタンスの違いがあって当然で、私なんかは「甘いこと言って学生をその気にさせてダマす大人がもっと増えたっていいんじゃないか」って思っているんだなぁ、と改めて痛感した次第だ。

自分の意見について、見知らぬ大勢の人から賛意なり反論なりがリアルタイムにどんどんやってくる経験というのは、間違いなく人生で今まで味わうことのなかった感覚であり、今回の爆発的なリツイートの拡散について、私はソーシャルメディアの持つ可能性と、ある意味での怖さみたいなものを改めて実感できた。

そしてこのツイッター騒動に限らず、この7日間は自分にとって忘れられない日々となり、よりいっそう、自分の意見を持つこと、発信しつづけること、叫び続けることの大切さをあらためて実感しつつ。


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2015.06.30

R.I.P. クリス・スクワイア

私にとって2015年の6月はすでにもう思い出深い一ヶ月であることは確定していたはずなのに、この最後の最後になって、まさかこのブログでYESのクリス・スクワイア逝去の話を書くことになるなんて、切ない。

YESというバンドは、幾多のメンバーチェンジを行いつつ、そしてまた出たり入ったりを繰り返し、さまざまなミュージシャンによるひとつの大きなYESファミリーともいうべき関係性のなかで、45年近い歳月をかけて活動を続けてきた。そのことは、ある種の実験精神の賜であり、まさに「プログレッシヴなあり方」の模索でもあったかもしれない。

バンドを続けるため、「YESミュージック」を継承していくために、そのためにはボーカルだって変わるし、ギタリストだってドラマーだってキーボードだって変わってきた。

ところが、このバンドで唯一絶対的に替えの効かないポジションがベーシストであり、そしてよりによって、そのベーシストが先にこの世からいなくなっていくというのは、想像できなかった喪失感を覚える。

今日を境に、YESというバンドは突然、終わっていくことになった。そういう意味合いなのである。
(もちろん、それでもバンドが続いていくのであれば、それは尊重されるべきである)

今はただ、YESの曲をたくさん聴いて、彼がもたらしてくれた至高のメロディーと、あのハイトーンでゴリゴリしたベースの音を、今一度噛みしめることなのだろう。

ありがとう、ただひたすら「ありがとう」とクリス・スクワイアに伝えたい。時代が変わりメンバーが激しく入れ替わっても、ひたすら彼がずっと背負ってきたYESというバンドのおかげで、プログレッシヴ・ロックなんていう面白い世界に出会えたのだから。そしてその面白さゆえに、訳も分からない勢いで、私はフリーペーパーを作ろうと思い立ち、そして今に至っているのだから。

安らかに。

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