Posts categorized "パソコン・インターネット"

2018.04.02

よくわからない『ブロックチェーン』について、それなりに気をつけてチェックしておきたいと思う

 最近はニュースでビットコインの不穏な話が続いているが、今年の正月にWIREDの記事でオンライン百科事典『Everipedia』がブロックチェーン導入で目指すものというのを読んで、本家Wikipediaから派生しようとするあたらしいオンライン百科事典が、「ブロックチェーンの仕組みを取り入れる」といったことが書いてあり、「うわーっ!?」となった。

 なぜかというと、それまでこの手の話にあまり詳しくない私はつい「ブロックチェーン=ビットコインのこと」だと簡単に思って過ごしていたからである。しかしどうやらそれは間違った認識かもしれないということにそこではじめて気づき、すぐ書店に出向いてこのビットコインやブロックチェーンに関する関連書籍を漁り、この本を選んでひとまず基本的なことを知っておこうと思ったのである。

 なぜそこまで焦ったのかというと、「ビットコインと無縁でいたい」と思うぶんには問題はないし自分もそうなのだが、その仕組みを支える「ブロックチェーン」という技術には無縁でいられなくなるという予感をこのWIREDの記事によって強く感じてしまったのである。ウィキペディアなんてものは少なからず自分の生活にもそれなりに日常的に関わっているわけで、それが「ブロックチェーンでやります」なんて言われた日にゃ、私の生活のある部分は、ある意味でブロックチェーンが土台になるのである。


 で、結果としてこの本は多少専門的な部分はあるが、まさに私のように何も分かっていない層にうまく「ことのはじまりから現況まで」を説明してくれる感じで読み通せた。私なりに今の段階で分かることだけ書いていくと、ビットコインを支える仕組みとしての「ブロックチェーン」を強引に言い換えると、「すべての人が参照できて、多方面からの膨大なデータの上書きの際にズレることなく管理される大きな台帳みたいなもの」である。

 そしてここが重要なのだが、このブロックチェーンは、もはやビットコインなどの仮想通貨のやりとりだけでなく、今後はさまざまな分野、つまり医療情報とか社会生活全般におけるありとあらゆる情報処理を取り扱ううえでの土台になる可能性が高い(というか、ほぼ不可避だろう)ということだ。仮想通貨のやりとりなんていうものは、ブロックチェーンのポテンシャルにおいては「単なる氷山の一角」のことらしい・・・(通貨なのでどうしても人の欲望がからむから、ちょっと動きが激しくなるわけで、でも思えばこれまでもハイテク技術を進化させてきたのはいつだって途方もない欲望がドライブしていくときである)。


 そして読みながら私の頭に浮かんできたアイデアは、ブロックチェーンを使うことで、世界中の言語データが収集・蓄積され、さらにAIでの自動学習を加えていくことで、世界中のどこに行っても高精度の同時通訳での交流が低コストで可能になるのではないか、ということだ。具体的な技術的手段はもちろん説明できないが、「おそらくそういうことも可能にさせる仕組みなのだろう」ということは想定できるわけだ。まぁ、私のレベルでそういうことがすぐ思いつくということは、すでに世界のどこかで誰かがすでにその方面で研究を行っているんだろうとは思う。でもこれなどは、ブロックチェーンを使うことによる比較的ポジティブで平和的な利用方法のひとつではないだろうか。ただし(奇しくも英語教育をネタにした前回のフリーペーパー「HOWE」でも示唆したように)、そのせいで外国語教育産業そのものが成り立たなくなると、別の混乱が引き起こされるかもしれない・・・まあ、それだけのインパクトや影響力が、このブロックチェーンなる新技術は秘めていて、そこの可能性や危険性というものをもっとちゃんと見極めていかねばならないようだ。

 ちなみに、ここ数年は仕事の関係でグーグル翻訳を使うことがちょくちょくあるのだが、最近のバージョンアップで、突如として劇的に翻訳能力が賢くなっていて、ちょっと薄気味悪いぐらいである。ただそうした気味悪さをはるかに凌駕していくような存在がきっとブロックチェーンの暗闇から立ち上ってくるんじゃないだろうか、とも思っている。あくまでもすべては予測の領域ではあるが。

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2018.01.10

自由を求めての脱出とか料理とかブログを書くこととかの映画について

正月休み用に借りてみた映画2本。どちらも実話をもとにした作品。

まずは『パピヨン』(1973年)。

結論としては、「正月に観るべき映画ではなかった」(笑)。

無実の罪でフランス領ギニアの刑務所に収容され、そこからの決死の脱出を試みたパピヨンと、その仲間たちの物語。
スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマンという二大スターの競演。

「脱獄もの」といえばマックイーンの『大脱走』が有名だが、その双璧をなすとされる名画だとのことで、まったく知らなかったので観てみたが、いやぁ過酷すぎて観ていてほんとに辛くなった。孤島を囲む海は美しいが、同時に自由を許さない残酷さが静かに広がっていて、すべてが重く、切ない。そして運命を共にする主演の二人の対照的な結末。

DVD特典映像のメイキングでは、本物のパピヨンさんが映画の制作スタッフにアドバイスをしたり、当時の監獄を再現したセットにたたずみ、過去を思って感慨深い表情を見せる様子などが残されているが、よくもまぁこの状況下で脱獄を図ったなぁ、ていうか「よく生きていましたねぇ」と思えて仕方ない。(映画ゆえにか、ギリギリのピンチをなぜかうまく切り抜けたりするシーンなど、ホントにそうだったの? って言いたくもなるが)

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2つ目は『ジュリー&ジュリア』(2009年)。

最近読んだ本で紹介されていたので気軽に観たのだが、映画の背景に考えさせるテーマが別に浮かび上がった。

ジュリア・チャイルドは、戦後1949年にアメリカの外交官の妻としてパリに住んだことをきっかけに、名門料理学校ル・コルドン・ブルーでフランス料理の修業を積み、やがて家庭向け料理本の著者として、またテレビの料理番組の先生としても有名になっていく。そんな勇猛果敢で陽気なジュリア役をメリル・ストリープがうまく演じながら彼女の物語を進行させつつ、物語の本筋はそこから約50年後、そのジュリアの書いた料理本のレシピ524品を1年間ですべて料理してブログで発表しようとする、ジュリーという公務員の女性の奮闘ぶりが同時並行的に描かれていくユニークな構成となっている(ちょうどジュリーは9.11テロの後処理に携わる仕事をしていたようで、ブログという表現形式はたしかにこの頃からポピュラーになっていったというメディア史的なありかたも示されている)。

料理と出会い、料理と向き合いながら人生の困難を乗り越えようとする姿勢だったり、ジュリアの最初の料理本を出版することへの様々な試練や、もともと作家志望だったジュリーのブログが徐々に評判を呼んで、そこから出版への道が開かれていくあたりなど、この2人が図らずも似たような状況に置かれていった感じがうまく描かれている。また、ジュリーとジュリアそれぞれの夫の理解力や温かさも通じるものがあって、観ていてほっこりする。そしてリベラルなジュリアの夫が「赤狩り」の影響であらぬ疑いをかけられたり、ジュリーのブログの存在が上司にも知られ「自分が共和党員だったら君はクビだ」と言われたエピソードなど、その時代における政治的なネタも印象的なスパイスになっている。

あまり多くを書くとネタバレになるので控えるが、この「良くも悪くもブログが自分の知らないところで広まること」について、この映画が投げかけるトピックはわりと身につまされることがあり、この映画が「料理を通してバーチャルにつながる、世代を超えた人生ドラマ」だけでなく、見方をかえると「ブログというパーソナルかつソーシャルなメディアの及ぼす影響力についての、21世紀初頭のアメリカでの一事例」としても捉えることのできる作品になっていて、図らずも自分自身の活動についても考えさせられるものとなった。

あとブロガーとしては、そもそもであるが、「忙しくても毎日違う料理をレシピ通り作り、そのことを書いていくこと」を自分に課したジュリーにひたすら敬服したい気分にもなったり(笑)。

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2016.03.20

パソコンでの作業中、好きな場所をドラッグすれば何があっても前面に表示され続けるフリーソフト「Rapture」がものすごく便利な件

日々のパソコン作業において毎日2回ぐらいは使わせてもらっているフリーソフト「Rapture」のことを紹介したい。

Rapture1_2

デスクトップやツールバーの、自分にとって一番分かりやすい場所にアイコンを置いておいて、ダブルクリックして起動すると、マウスポインタがオニギリの絵に変わるので、

パソコン画面に表示されている任意の場所をドラッグすると、
Rapture2

このようになる。

Rapture3

ほかのアプリケーションを立ち上げても、このドラッグした部分だけ常に前面に表示され続けるのである。
もちろん好きな場所に移動できるし、右上の×印を押せばすぐ消える。

Rapture4

切り取った部分のウインドウを選択したままマウスホイールを上下すると、半透明の表示に変えることもでき、背後の部分が透けて見えるようにすることもできる。
他にも表示を反転したり、くり抜いた部分の中にさらに線や図を記入することもできたりするようだ。

くり抜いた画面を表示させたまま、またオニギリをクリックして、別の画面のくり抜きを作ることももちろん可能。

限られたディスプレイの表示空間のなかで何かを参照しながら別のアプリケーションで文字入力をするときには、もはやこれがないとストレスを感じてしまう。

Raptureについてくわしくは(こちら)へ。


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2015.07.24

先日のツイートについての件

150716tweet

先週の金曜日、こんなツイートを発信した。
これは確かに、数日前の安保法案の強行採決という大きな社会的情勢を意識したものであることは認める。で、それと同時に、この発言はきわめて個人的な範囲での気持ちに基づいて、ちょっと感情的になって書いている部分がわりと大きかった。

そうして身のまわりの友人知人がこの発言をリツイートしてくれたのだが、この「怒り」を込めて書いたテキストに、何らかのエネルギーが帯びていたのか、ひょんなことからこの発言はその後もリツイートの拡散が続いていき、一週間後のいま、結果的に1万5千回ものリツイート数を重ねるに至ったのである。

たくさんリツイートされるということは、この発言に共感を覚えてくれたたくさんの人がいるわけで、それなりに嬉しくも思ったが、さすがにこの数字は正直戸惑っている。みんな、よっぽどイライラしているのか・・・とも思ったり。

そしてリツイートが増えれば増えるほど、それにともなって、この発言への反論や意見がダイレクトに返信されてくるようにもなっていった。「甘い」とか、「学生が自分の信じる道を進んだからそういう大人になった」とか、「甘い言葉で若者をだましている」とか・・・。それらは「確かにそうかもしれない」、というほかない。このような問題は、スタンスの違いがあって当然で、私なんかは「甘いこと言って学生をその気にさせてダマす大人がもっと増えたっていいんじゃないか」って思っているんだなぁ、と改めて痛感した次第だ。

自分の意見について、見知らぬ大勢の人から賛意なり反論なりがリアルタイムにどんどんやってくる経験というのは、間違いなく人生で今まで味わうことのなかった感覚であり、今回の爆発的なリツイートの拡散について、私はソーシャルメディアの持つ可能性と、ある意味での怖さみたいなものを改めて実感できた。

そしてこのツイッター騒動に限らず、この7日間は自分にとって忘れられない日々となり、よりいっそう、自分の意見を持つこと、発信しつづけること、叫び続けることの大切さをあらためて実感しつつ。


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2015.04.20

機動性友好考査の結果

まったく知らなかったのだが、明日4月21日からグーグルの検索結果におおきなアルゴリズムのパターン変更が行われ、スマートフォン対応しているサイトとそうでないサイトの閲覧結果に大きな違いがでるとかで。

「4月21日にネットで起こる「モバイルゲドン」って? Googleの検索結果が大きく変わるかも」というNAVERまとめの記事など(こちら)。


このブログもだいぶ長いことやっているが、そもそも作っている本人が非モバイルな生活を続けており、いまだにスマホを持たず、ガラケーで暮らしているっていう状態なのだが、これに関連して「モバイルフレンドリーテスト」というのがグーグル社から提供されており(こちら)、念のためこのブログはどうなのかを診断してみた。


すると、

Mft

Westhamfulhammarkhughes
「ひとまずセーフ!」


・・・まぁ、もともとが@ニフティのココログで作っているわけで、私自身が非モバイルであろうが、このブログサイトは私が寝言を言っててもタラタラと散歩していても、いつのまにかモバイルにはフレンドリーだったことが分かった。

これならば、明日以降もあいかわらず、たとえば「滋賀県書道協会」って検索しても私のおちゃらけたブログが本家の次に表示され続けるのだろうし、そもそも「HOWE GTR」で検索しても、グーグルの日本語サイトだと本家のハウ氏のバンド「GTR」についてのウィキペディア記事よりもこのブログがトップに来てしまうのだろう。すいませんハウさん。

でもまぁ、こうやってグーグルのさじ加減ひとつで検索結果の表示が変わっていく状況っていうのも、よく考えると深い闇を感じさせる事象ではある。

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2014.07.28

ブックオフで「ビームせどり」をしている「セドラー」の客に出くわす

 ブックオフにいったら、「美容・健康・ダイエット」コーナーで、明らかにそんな本を必要としているように思えない男性客が、端から一冊ずつ抜き出しては棚にしまっていた。よくみると右手に小型の機械を持っていて、値段のバーコードのところを照らしていた。

 一瞬その人は店員かとも思ったが、普通の格好をしているので単なる客であり、そして一番下の本棚に、その男のものと思われる荷物が置いてあって、一番上にはスマホが電源ONのまま置いてあった。で、スマホの画面をみると、あきらかに男がバーコードをチェックしている動きにあわせて、記号らしきものがリストに増えており、本のバーコードをスキャンしていることが確認された。

 つまりこれは古本業界でいう「背取り」のために、こういうツールが開発されたということなのだろう、とすぐに察しがついた。つい私のなかで眠っていた「探偵魂」(あったのかそんなものが)に火が付いたので、その男のすぐ横で、他の本を読んでいるフリをしてしばらく立ったままその様子を観察していた(『美容・ダイエット』コーナーの横は『人生論・生きかた』コーナーだったので、私がいても違和感はない)。おそらくその男にしてみたら私はうっとうしいヤツだと思われただろう。それでもひるまずに男はその棚のすべての本の値段をスキャンしたらしく、1冊取り出してはキープして、別の場所に行った。

 あとでネットで調べたら、たーくさんこの手のスマホのアプリやら道具やらが出てきた。そして私が見たのは「ビームせどり」と呼ばれるもののようだ(こちら参照)。

 そういう人を「セドラー」って言うそうだが、セルラー電話だかアドラー心理学だか分からないな。自己実現欲求か。

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アドラー。


 たしかに店側にしてみたら、迷惑行為でもある一方で、一冊でも多く在庫が処分されるのであればありがたいので、むやみに禁止することもできそうにない。ブックオフは特に、本来高値でもいいはずの本でもありえない安値をつけてしまうが、それでも在庫の回転があがるほうが先決なので、こういう現象を招きやすいのだろう。

 ただ、まぁ、そのこと自体をどうのこうのは言わないが、
 ヒトコトだけ言わせてもらうと、

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「自分の荷物は商品棚に置きっ放しにすんじゃねぇよ」

ってことだ。うん。


 

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2014.05.03

Firefoxの新バージョン29.0でツールバーのカスタマイズが不便で使いにくくて、思わぬところで妙な影響が。

なにやら最近インターネットエクスプローラーのブラウザがやばいとかで神経質になっていたので、Firefoxが昨晩新しいバージョンの更新を勧めてきた日にゃ、つい二つ返事でドゥー・ザ・ダウンロード。

しかもバージョンが「29.0」と表示されていたので、これは「28.53」とか「28.64」とかでもないわけだから、大きなリニューアル感、もっというとこのご時世だから「ほらほら、早く新バージョン入れろ!」っていう切迫感すら感じさせたので、あまり迷うことなくインストール。

すると、ツールバーのカスタマイズ方法がすっかり変わっていて、戸惑いまくりなのである。
どうやっても、以前までと同じような位置に、アイコンを配置できないのである。

Firefox29_01

おそらく、まだ私がこの新しいキツネ・ブラウザの操作方法というか、「ツボ」を把握していないからだろう。
しかしだ、私はあまりさほどアドインを入れたりしてそんなにカスタマイズに凝るタイプではなく、そんな私でも以前のバージョンでは、こうしたアイコンの配列は簡単に直感的に行えていた。

私個人の好みとして、「ホーム」のアイコンをウインドウの中央あたりに、ほかのアイコンから距離(空白)をあけて置いておきたいのである。しょっちゅうここをクリックするのだが、新しいバージョンでそれがうまくいかない。URLの入力バーがやたら長くて、これが縮まらない。以前のバージョンでは「空白」をつくるためのパーツが選べて、それを使って自由にアイコンの距離感を調節できたのだが・・・

仕方ないので、いまは他のアイコンをムダに並べて、かろうじて「ホーム」アイコンを中央よりに配置することで対処。

Firefox29_02

で、これにより私のブラウザでは予想外の影響が・・・

じつはブラウザの「スキン」を、以前からずっとチェルシーFCのこれまでの歴代エンブレムを表示するようにカスタマイズしていたのだが、
この「ホーム」ボタンを配置したところ、

Firefox29_03

ライオンさんの目が、家のマークになっていて、まるっきり妙なテイストに変身。まるで「千円札の夏目漱石の目に折り目を入れて変顔にする」ネタみたいで、さすがのライオンも緊張感に欠ける(笑)。


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2014.02.10

ブログ10周年

10th

このブログをパソコンで読んでいる人は、サイドバーにゴチャゴチャといろいろなものがあるのを目にするわけだが、右下にある「ココログ」のロゴの下に、2004/2/10という日付があり、これがこのブログを開始した日付である。

というわけで今日、ブログを開設して丸10年を迎えた。

信じられないスピードで10年が過ぎていった。断言したい。もう、なんなんだろうこのスピードは。

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このブログの編集画面の情報によると、いままで書いた記事は「2605件」だそうだ。
1年365日で260本ぐらいを平均で書いていることになる。それは最近の自分の更新ペースを思うと、予想以上に多い数字だ。

ただ、これはフリペを1年に一度書くか書かないかぐらいの自分が、そこまでおおげさに喜ぶことでもないかもしれない。
書くときは書くし、書かないときは書かない。そして、「もうちょっとなんとか書けるんじゃないのか?」 という気持ちが少々。

たまに昔の自分の記事を振り返って読むと、その前後の記事もついついクリックして、どんどん読み進んでしまうことがある。
自分自身に向けたタイムカプセルだったのだ、と最近気づいた。2004年の自分がブログに書いたことは、つい昨日のことのように感じられるし、と同時にそれはまた何も成長していない自分の内面と、そして昔と変わらない気持ちや意欲や野心といったものに触れる機会でもある。いろいろなことが自分のあらゆる側面を照らし出していて、結局はブログを書き続けることも自分に跳ね返ってくるのだった、すべて。

10年ブログを書いてきて、いままさに感じているこの気分は、文字通りのコトバとしてここに書くことができる。
「自分は、何も変わっていない。」
「そして、結局は、何もしていない気がする。」

このことを認めるのは辛い。
それに、まず何より感謝を捧げるべき人々がたくさんいるはずなんだろうけど、どうしてもその前に、この過ぎ去った10年って何だったんだろうという気分が先走ってやってくる。だいたいこういうときは容易にネガティブで弱気な状態になっていって、食べて寝てやり過ごすしかないわけだが、そういうときこそDIY精神を忘れないように、と言い聞かせ、そうしてやっぱり書き続けることでしか、息が出来ないのかもしれない、そんな気持ちの往来に身をまかせながら世界を見やっている。

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「HOWE*GTR」なんて名前のブログを10年続けているわりに、最近はとみにスティーヴ・ハウ氏のことを日常で思い起こすことが皆無である。もはや「HOWE」というコトバは自分にとって人名である以上の存在になってしまっている。なのであらためてこの人の存在にも、感謝。さらにいうとハウ氏の手がけたバンド「GTR」において録音された、そんなに多くない楽曲群も、実はいまだにすべて聴いたわけでもない。10年目の真実。

つぎの10年に自分は何を書いているのか。
またそのときにこの記事を読み返したりしているのだろう。
そしてやっぱり「GTR」の音源は聴いていないままだったりするかもしれないが。


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2014.01.07

Googleはたまに、本当に、怖ろしく思うときがある

さっき食料品店でオリーブオイルを買おうと思い、いくつかの銘柄のなかから、イタリアのCIRIO社のオリーブオイルを選んだわけである。

CIRIO社のオイルを選んだ理由は、「そういえばCIRIOって、むかしイタリアのラツィオ(サッカークラブね)のスポンサーだったな、なつかしいなー」という程度の理由だった。

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これね。

で、さっき、ふと思い立って、「本当にCIRIOはラツィオのスポンサーだったっけ」と気になったので、グーグルで画像検索をしたわけだ。

上記のようにユニフォームの画像を検索しようと思い、そのとき「たしか1999年-2000年シーズンあたりは、CIRIOはラツィオのスポンサーだったはずだ」ということで、グーグルの検索窓に、まず「99-00」と入力を開始したら、

いきなり、

Kowaiyogoogle

Di_canio\
「なんで99-00の検索語を入れただけで、グーグルが予測するフレーズに具体的なサッカークラブ名としての『ラツィオ』だけが表示されるんですかぁぁぁぁぁーーー!! 
こわいよこわいよなんだかこわいよーー!!」

となった次第。

や、ほんと、なんででしょうかね。グーグルはどうしてこの「ラツィオ」というコトバを予測してきたのか・・・(まぁ確かに、ちょうど99-00年シーズンはラツィオ創立100周年の記念年にあたるようなのだが、それにしてもこの予測ワードの登場の仕方が、かなり心臓に悪いよ!)

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2013.10.07

Twitterにもスパムがくるのか。それにしても、の巻

見知らぬ人から英語でTwitterにて呼びかけがあって、みてみると

Blundellchan

上から2つめが自分のところに届いたやつ。

アカウント作ってまだ4つしかつぶやいていなくて、それがどれも似たような内容で、しかも2、3分の間に連発してメッセージを送っていて、もうこれをスパムじゃないと言い切ることは至難の業、っていうぐらいの内容。

やー、メッセージ送っていただくのはありがたいですが、面識ない人はせめてウソでもいいから「HOWE読みました」とかいうコメントを添えていただかないと、なかなか。

Twitterでもこういうスパムが来るのかー、と勉強になったが・・・
しかしそれにしても、この広い世界、なぜ、4つのメッセージの中に、オレが!?(笑)

KIKっていうのは、調べたらLINEみたいなやつらしい。
LINEすらやったことないので、もうKIKってなんなんですか、関西国際空港のことですか、ぐらいのレベルなんで自分。すいませんねぇ。

ただ、この謎のアカウントで、個人的にひっかかるのはそのお名前。「ジョニー・ブランデル」さんというのは、1990年代初期のF1マニアにとってはどうしたって「マーク・ブランデル」と「ジョニー・ハーバート」を思い出させるし、さらにいえばウィキペディアでも書かれているようにマーク・ブランデルとくればチームメイトがマーティン・ブランドルで「キミら名前ややこしいねんコンビ」のことが一瞬にして想起されるわけでして。「F1界の峰竜太と竜雷太(by古館)」、懐かしい。

そういう懐かしさを漂わせた名前でTwitterを送ってくるあたり、敵もさるものよのお~、とかどうでもいいところに感心してしまった。


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