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2017.08.27

ECHOESなロンドン旅2017夏・その3:バッキンガム宮殿の中を見学したり、思いがけない出会いを果たしたり。

 思えば夏の時期のロンドンにひとり旅として訪れるのは今回が初めてだった。そして「夏ならでは」、「今年ならでは」の出来事もあったのでまとめて書いてみる。

 まず、夏期間だけ限定で行われている「バッキンガム宮殿の内部見学」について紹介したい。英国王室にそこまで特段詳しくも興味もないのだが、「夏期しか入れません」と聞くと、せっかくだから行ってみようかなと思い、事前に英国観光庁サイトで予約チケットを購入しておいた。

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 ちょうど正面の大きい門にたいして南側エリアがチケットブースになっていた。私はつい、事前に観光庁サイトで購入したときのメールのプリントアウトで入場できるものと思いこんでいたが、それはチケットとの交換用紙みたいなもので、結局ひたすら行列に並んでチケットを受け取る。そのあとの入場も、時間ごとにおおまかに区切られて、待機させられたあと、ひとかたまりの集団が一斉に中に入るという感じ。そしてもちろん空港ばりの手荷物検査がある。

 入り口では他言語対応のオーディオガイドが借りられる。日本語の解説を聴きながら、最初の部屋や通路の時点ですっかり建物や装飾品のすごさに圧倒される・・・なお、写真撮影はNGなのであるが、そりゃあそうだよなぁと思った。もし写真OKだったら、まずもって客の流れは滞るはずだ。あちこち撮影したくなるし、自撮りもしたくなるだろう。

 普段そこまで装飾品やアンティークな家具に注目していない自分ですら、そこに置いてあるモノたちが放つパワーに魅了された。写真が撮れないもんだから、グググと目に焼き付けるべく凝視。「記録を許されない輝き」というのは、またよりいっそう、そこにあるモノや空間を美しく際だたせる。

 あちこちの部屋に置いてある休憩用ソファに腰を下ろし、その部屋の空気をめいいっぱい吸い込もうとするかのごとくさまざまな眺めを味わいながら感じたのは、この宮殿は決して古いだけの建物ではなく、現在も女王はじめ王室関係者が使用している「家であり仕事場」でもあるので、「人が使っている部屋」の空気感、現役感みたいなものが、よりいっそう素敵な雰囲気をつくる要因になっている気がした。「歴史や伝統」といった重たい距離感だけで圧倒するのではなく、訪れた客人の気持ちを心地よくさせ、生涯忘れられないような時間を過ごせる壮麗で気品に満ちた場所としてこの宮殿が時代を超えて成り立っているような、そういう活き活きとした感覚がわいてきたのが、思いがけず印象的だった。

 そしてまた、押し寄せる畏敬の念。ここで古来よりさまざまな人物が行き交い、向かい合い、歴史が紡がれてきたのかと思うと、「よくもまぁ、こんなふうに一般人に公開してくださったものだ」と、素直に感謝の気持ちがわいてくる。王室にしたら、これだけの建物を維持するための資金も現実的な問題としてあるわけで、90年代以降、女王が避暑地に行っている夏のあいだ限定で一般公開をするようになったようだが。

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↑宮殿を出た後の、出口に向かうまでの公園より。「宮殿アイス」とか売ってた。

 とかく、夏の間にロンドンに来る楽しみがまたさらにひとつ増えた。そう、私はまた何度でもここに来たいと思っている。ここはなんというか、「史跡見学」というのではなく、先述のとおり「いまも誰かが住んでいるご自宅のひとつ」なのである。世界最高峰に素敵な邸宅のひとつだと思うと「また来たいです、ていうか、いつかぜひ招待して!(笑)」といいたくなる、そういう「不思議な心地よさ」があったのだ。

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 さてもうひとつ書いておきたいのは、これとは別の日に、バッキンガム宮殿のあるグリーン・パークに来たときのこと。ちょうどこの時期に開催されていた「世界陸上」で、競歩の競技会場が、このバッキンガム宮殿の前を通る「The Mall」の一直線の道だった。競歩のある日に近くにいたので、ちょっとだけ様子を見てみようと訪れた。

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 そこはライヴ会場のような盛り上がりをみせていて、ちょうど女子の20kmが終わる頃だった。競歩を生で観るのは初めてだった。もはやマラソン並みのスピード感があって、地面に足をつけたままの速度とは思えないぐらい。とくにイギリス代表選手には沿道から大声援があがっていた。沿道の外国人応援団の隙間をぬって、この競技で唯一出場していた日本代表の岡田選手に「がんばれっ!」と、日本語で声援を送ることができた。

 で、次の男子20kmがはじまる直前に、別の目的地へ行こうかどうしようか迷いながら、ふらふらと競歩コースの折り返し地点のところに向けて適当に歩いていたら・・・ 「!!」












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 まさに昨晩、宿で私もテレビの生中継で観ていて興奮していた、男子100m×4人リレーで銅メダルを見事勝ち取った短距離日本代表チームのみなさんとバッタリ遭遇!! 競歩の応援に駆けつけていたようだ。
 あまりのバッタリ感に動揺しつつ、「昨日は感動しましたー!」と言うのが精一杯。
 手に持っていたデジカメですみやかに自撮りを試みたのが上記の写真。スマホとは違い、どういうふうに写っているか見えないのである意味これは「賭け」なのだが、見事にフレームにうまく全員収めた(笑)

 そのあと折り返し点の場所で男子20kmのスタートを待ちかまえてみた。遠くに宮殿を見ながら、選手たちが猛スピードでやってくる姿が圧巻だった。折り返しのときは写真を撮りつつも、この旅で一番大きな声を出して「がんばれー!」とエールを送った(タイトな日程で動いていた私はどうしても次に行きたい場所があったので、最後まで見届けずにこの場を離れざるを得なかった。)

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 というわけで、今後私にとってバッキンガム宮殿および「The Mall」は、競歩会場の賑わいと(それはロンドン五輪の追体験みたいな感じで、贅沢な時間でもあった)、そして陸上のリレーチームとの邂逅の場所としても思い出が刻まれたことになる。

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 ちなみに・・・

 最初に書いたバッキンガム宮殿の内部見学は、時間軸でいうとこの競歩のあった日の翌日のことであった。その日、宮殿見学の入場列に並ぶ前に、注意書きで「内部にトイレはないので、この近辺のトイレに事前に行くように」という案内が地図で示されていた。そこでおそらく一番分かりやすそうな場所にあるトイレに行こうと思い、The Mallの通りのちょうど真ん中あたりにあるトイレを目指して歩いた。ただ、自分のチケットの入場指定時間が迫っていたので、トイレにいくまでの道のりを急いで早歩きで向かっていて・・・ふと「あっ!? 今まさに!? 自分が競歩かっ!?」
と思って、ひとり笑ってしまった。

そういうオチ・・・。


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2017.01.25

古い時代のF1ファンにとってグッとくる体験ができるのは、実はこんな金曜日のことだったりする。

今日の記事はひさしぶりに「元F1マニアとして」体験したことをテンション高めに書いていくので、恐縮だが、ついて来られる人のみ読んでいただくしかなく、そこのところをあらかじめ断っておく。

ちょっと前の話になるが、たまたま金曜日の平日に休みを取り、せっかくなので日帰りで遠出をしたい気分になったので前日の夜にいろいろと調べてみた。「そういえば鈴鹿サーキットは最近どうなっているのかねぇ」とホームページをみると、ちょうどその土日に「Sound of ENGINE」というイベントがあることを知った。これは懐かしのレーシングカーのデモ走行を行うというもので、よくみるといろいろなカテゴリーのクラシカルなマシンが参加予定で、そしてF1マシンもなかなかのラインナップだった。そして開催日前日の金曜日は、準備日として「練習走行」のみが行われる旨が書かれていた。この練習走行は、土日のイベントのチケットを持っていれば観覧可能とのことだったので、日帰り小旅行のネタとしては悪くないと思った。

こうして金曜日の朝にひとまずコンビニで土曜の1日券を買って、私は鈴鹿に向かったのである。

そして結論から言うと、金曜の練習日に鈴鹿サーキットを訪れてみたことで、私は古い時代のF1マシンのファンとしてこれ以上ない最高の時間を味わうことができたので、以下そのことを報告させていただく。

このイベントのチケットを持っている人は、「パドックエリアも入場可能」と書いてあり、そのことが私を鈴鹿に行かせるうえでのモチベーションのひとつにもなった。普通、パドックエリアというのは特別なチケットを持っていないと入れないイメージがあり、「レースをやる側」の世界に触れるエリアのはず、なのである。「Sound of ENGINE」の入場客は気軽にパドックにまで行けるのであれば、それはとても価値のある機会だと思った。

そして金曜日はまだイベントの準備が行われている状況で、遊園地の入場料を支払ってサーキットエリアに向かいつつ、あらかじめコンビニで買っておいた「Sound of ENGINE」のチケットもすぐに取り出せるようにカバンに入れていたのだが、「パドックへのトンネル入口」に足を踏み入れ(緊張した)、そのまま突き進んで、トンネルを出てついにパドックエリアに来た!となっても、なぜか私のもっているチケットをチェックする係員などはおらず、私はどこに行ったらいいのか分からないまま、そのままピットの裏側まで普通に訪れることができた。

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で、いきなりピットガレージには、こういう状況を間近で見ることとなった。

たとえばカナダの富豪、ウォルター・ウルフのF1マシンがぽつんと置いてあったり。

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おいおいおいおいおいおい(心の中の声、動揺)。

私の生まれた1977年のF1でチーム初出場・初優勝を挙げたマシンである。後にフェラーリでチャンピォンになる南アフリカのジョディ・シェクターが乗っていた。もちろん、はじめて実車を観た。

ええと、これ、わたし、じっくり見学してていいんでしょうか?(心の中の声、動揺つづく)

でも、周りをみると、私と同様の、おそらく普通の客だと思うのだが、そのあたりをウロウロしていて、そしてピットガレージだったり、あちこちに立ち入っている。

ここは鈴鹿サーキットのピットガレージである。部外者の私がピットガレージにいていいんでしょうか。その想いを抱えつつ、表向き冷静にカメラで撮影しまくっていた。

通常のレース時には「ピットウォーク」というファンサービスのイベントはよくあって、決まった時間だけ、観客がピットレーンを歩いてガレージの中のマシンを外側から見学する・・・というものがあるのだが、どうみてもこの日の午後は、そういう「ピットウォーク」ではなく、単に「誰しもがピットガレージもピットレーンも、さらにピットウォールにも立ち入ってても特に何も言われない」という、かつてのモータースポーツファンだった少年時代の私にとっては鼻血が出るような状況だった。「マジっすか、マジなんですか、この状況は!」と、内心ずっと叫びっぱなしであった。

ちなみに耐久レースのグループCカーのカテゴリーも今回登場していて、その迫力ある佇まいにも圧倒。

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そうして、今回のイベントの「目玉」である2台の車を手がけている、外国人スタッフだけのピットガレージがあった。
フェラーリ312Tと、ティレル006。マジか・・・。

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ここも最初は遠巻きに観ているだけなのだが、他の一般客がカジュアルにガレージの中を通って、マシンを間近に観ていたりするので、私も徐々に中に入り、この状況のなかで、この貴重な車の整備作業をかなり長い時間見守っていた。

イベントのスポンサーの関係だったり、クラシックなレーシングカーを管理する団体から派遣されてきた雰囲気のスタッフさんなので、「レースをやるために来た」わけではなく、「趣味人のオジさんたち風情」のただよう現場だった。それゆえに、我々一般ファンもあまり臆することなく、ガレージに佇んでいられた気がする。

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なので、「ええと、何か飲み物でも買ってきましょうか?」とか言いたい気分でもあった。

しかしだ、目の前のこれ、フェラーリ312Tだ。ニキ・ラウダとともにこの当時のフェラーリで闘ったクレイ・レガッツォーニの車だ。1975年だ。

エンジンの試運転がはじまる。煙と匂いがただよう。時代を超えて、豪快なエンジン音が私のいる空間に響く。ええと、私はここに居てていいんですよね? そればっかり頭によぎる。

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動画も撮ってみた。

なんだこの、贅沢な時空間。

テスト走行の時間がはじまり、時間割にしたがってそれぞれのカテゴリーのマシンが走って行く。
そんなわけでグループCカーが野太い音とともにコースに出て行き、メインストレートに戻ってくる。

そしてそれをピットウォールにへばりついて見届け、爆音につつまれている。
ええと、ほんとに、ここに居ていいんでしょうか、危険といえば危険な場所なんですけど!?

そして着々とフェラーリF1が整備されていき・・・
誰が運転するんだろうと思ったら、さっきまで整備していたおじさん、ガレージの隅で着替えをはじめて、まさかのレーシングスーツ姿に。
いやー、このへんの、なんというか、アバウトな展開に、笑えてきた。

こうして発車準備が整い、ガレージ内にエンジン音が轟き、スタッフの兄さんが1人で後ろからマシンを押すのだが、ここまでくるともはや私も一緒に手を貸して押そうかというぐらいの勢いになっていたが、ガマンして動画を撮るほうを選んだ。

そんなわけで、この日私はひさしぶりにF1マシンにとっぷりと浸かって、なんともいえない充実感を味わった。
間違いなく翌年のスケジュールや来日マシンを確認していることだろう。そうか、現役のF1レースではなく、私はもはやクラシックカー趣味みたいなもので、こういう方面でF1を追ってもいいのだとあらためて実感した。

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テンション高まって自撮りもするわな、この場所だと。

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またこういう光景を見たいと思う!

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2016.01.20

「あったかもしれないパラレルワールド」としての、昭和15年の東京オリンピックを今この時代に思うこと: 『幻の東京五輪・万博1940』(夫馬信一・著、原書房)

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 『幻の東京五輪・万博1940』夫馬信一・著、原書房

 2020年に「また」東京でオリンピックが開催されるわけだが、そんな状況においてこのような興味深い本が出たので紹介させていただく。

本当だったら1940年、昭和15年に行われていたかもしれない東京五輪・札幌冬季五輪・日本万博について、その計画経緯や準備状況、そしていかに「幻」に終わっていったかを丁寧に、豊富な図版とともに検証していく本である。歴史に疎い私は、戦前に冬季五輪や万博までもが計画されていたことなど、これまでまったく知らなかった。

 で、私がこの本の存在を知ったのは、実はひょんなことで私もこの本の、ほんの0.1ミリ程度だけ貢献させていただいたからである。

 このブログとは別にやっているサッカーのブログで、2012年の正月休みに訪れたベルリンのオリンピックスタジアムにあった鐘の写真を載せていて、著者の夫馬さんがたまたま検索でその写真にたどり着き、画像の使用許可を問うメールをくださったのである。そういうところで役に立つのであれば、私にとってあの旅はさらに意味のあったものになるわけで、うれしかった。

 「あとがき」を読むと、著者の夫馬さんはこの本を9年かけて準備されていたようで、70年近い時を隔てた資料や証言と格闘し続け、そしてその間に2020年の五輪が奇しくも東京に決まったり、そういったタイミングのなかで、寒空のベルリンで私の撮影した何気ない写真も、インターネットでもたらされた縁によって関わり合いをもつことになったわけで・・・不思議なつながりのなかで私が知り得たこの一冊の本もまた、「五輪をめぐる歴史」のひとつになっていくのであれば素敵なことだと思った。

 ちなみに巻末の協力者のクレジットのところ、名前だけじゃなくこのブログのタイトルまで入れてくださっていて、ちょっと恐縮(笑)。


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2015.09.28

17年ぶりに鈴鹿でF1日本グランプリを観に行ったはなし

 思いがけず、F1日本グランプリを観に17年ぶりに鈴鹿サーキットへ行った。

 K家の方々が都合で行けなくなったとのことで、ご厚意によりチケットを譲っていただいたのである。
 
 あの頃の熱狂的な気持ちはどこへ行ったのか、というぐらいに近年の私はF1グランプリから遠ざかっていた。理由はいくつかあるのだが、どうしても底辺には「あまりにハマりすぎていて、その過去を思い出すと恥ずかしい」という心情がつきまとい、そのことがなおさら、最近のF1を改めて見つめ直す気持ちになりにくくなっていた。

 しかし心のどこかで、近年はどんな様子でF1日本グランプリが実施されているのか気にはなっていたので、今回の機会はまさに「17年前の自分と向き合う」タイミングではないかと思い、鈴鹿に向かったのである。


 さて朝早くにサーキットのゲート付近にいくと、駐車場で待機している人の列に出くわす。

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 この人たちは何をしているのかというと、「ドライバーや関係者がやってくる車を出待ちしている」のである。そうでなければここにはいない。サインをもらえる可能性はこの場所だと少ない気もするが、手を振るぐらいはできそうだ。
 そして、そう、まさに17年前の自分がまさにそういうことに情熱を燃やしていたわけであり、サーキットに入る前から私のなかには、ある種の感慨深い気持ちがこみ上げてきたのである。本当に。

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 そしてメインゲートから遊園地エリアを歩く。このあたりの構造はまったく変わっていなくて嬉しかった。

 しかし、その先にあるエリアが、やたらと大改装されていて、まったく違う遊園地となっていた。
 ただしF1マニアだった私に言わせると、その改装がもっとも重要なのは遊園地の中身ではなく、サーキットホテルのエリアと遊園地を結ぶ導線に変化がもたらされた点にある。どういうことかというと、

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 このように「ホテルゲート」という門衛所がしっかりと設定されていたのである。

 鈴鹿は世界でも類を見ない「よくできたサーキット」で、お客さんにとっては「遊園地とサーキット」があり、そしてレース関係者には「ホテルとサーキット」が隣接して存在する貴重なサーキット場なのである。そして、昔の遊園地エリアをよーく調べると、ホテルエリアとサーキットへの導線のなかに、わずかながらフリーで行き来ができるスポットが存在していたのである。なので私や友人は、かつてそのルートを使ってホテルエリアに行き、朝に晩に出待ちを続け、レース関係者をつかまえてはサインをもらったり話しかけたりして楽しんでいたのである。

 それがこうして、立派なゲートが作られたことにより、実質的にホテルエリア周辺での出待ちはできなくなっていた。スターであるドライバーたちは車でサーキット内部(パドック)へ移動し、普通の関係者はこのゲートから遊園地エリアを歩いてパドックへのトンネル通路に行く。

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パドックへの通路も改装されてすっかりモダンになったが、トンネル通路そのものは健在だった。こうして柵にそって出待ちのファンが並んでいる。

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そしてこれが、ホテルから自動車でパドックにいくルートで、この柵の周りにもたくさんのファンが「出待ち」状態で立ち続けていた。サーキットに来ていながら、普通の道路のアスファルトに長時間熱視線を送るという、これこそがF1マニアの生き様と言える。

おそらく現状ではかつてのようにドライバーにダイレクトに会ったり、チームのスタッフや監督さんと挨拶したり会話するなんていう遊びは到底難しくなっているようだった(学生の頃、たとえ英会話能力は低くても、英語を話すという行為は楽しいことなのだとひたすら心から実感できたのは、年に一度の鈴鹿のF1で、こういう楽しみを味わえたからこそである。そう思うと今の私の礎を作ってくれたのは鈴鹿なのだろう)。

 さて、そんな私のノスタルジックな気持ちにさらに輪をかけるように、イベントブースでは懐かしのマシンが展示されていた。ちなみにレース前にはこれらのマシンのデモ走行も行われた。

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 好きなF1マシンを挙げろと言われたらまずこの87年のフェラーリを推す。実物を初めて観たので立ち尽くしてしまった。

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 このウイリアムズFW11も思い出深い。小学生のとき祖父がくれたキャノンのジグソーパズルの図柄がこれだったので、私が人生でふれた最も古い記憶のなかのF1マシンはこれになる。

 いずれにせよ、こういう80年代後半のF1マシンは造形としてシンプルで美しいとあらためて思った。

 さて、この展示ブースに立ち寄った時間帯が、たまたまそこにあった他の2台のマシンにおける「エンジン始動デモンストレーション」の時間に近かったので、そのまま待ち続けた。
 動画まで撮影したのだが、これが本当に、よかった。

 これは80年代初頭に試作車のままで終わってしまったロータス88という珍車。F1の歴史において名高いフォードのDFVエンジン(のはず)の音をこんな近距離で生で聴けたのはラッキーだった。

 そして1990年代を代表する歴史的名車のひとつ、ティレル019。中嶋悟がドライブしたマシンである。こちらはエンジンがフォードのコスワースDFRで・・・と、もはや私は中学生に戻った気分で嬉々としてこのエンジン音を堪能していた。

で、
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17年前にはこんな設備は作られていなかったし、

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とくに子どもを対象としたイベントにかなり重点が置かれている印象があって、これもそうだった。マクラーレン・ホンダ第一次時代の最後の名車MP4/6、子どもしか乗せてもらえないので本気で羨ましかった。その近くでは、「F1の模型がついた帽子を作るワークショップ」があったりして、子どもファンを増やす努力をかなり行っている様子がうかがえた。

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シアターや博物館も新設されていた。アラン・プロストとアイルトン・セナのレーシングスーツとヘルメットが並んで展示されていて、この並びには涙しかない。

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そもそもメインスタンドもすっかり改築され、なんだかサッカースタジアムみたいだし、

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これ見よがしなVIPルームの入口なんかもあったりする。

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そんなこんなで付属施設を楽しんだあと、いただいたチケットの席に移動する。このあたりは完全にハイキングのノリになっていく。その「土の匂いのするアウトドア感」と、「最新ハイテクの車たち」のミクスチャーが、サーキットの醍醐味なのかもしれない。

あ、あと気づいたのは、「授乳室」とか「ベビーカー置き場」なんていうのも各所にしっかり設置してあって、こういうのは昔はそんなになかった気がする。かなりファミリー向けに観戦しやすい状況を整えていることが感じられた。

こうして2コーナーの席に座らせていただく。

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さっきのブースでみた古いマシンたちのデモ走行、それぞれの時代特有のエンジン・サウンドを響かせていて、もっと周回してほしかったぐらいだ。中嶋悟がティレル019を走らせていたが、ついぞ私は彼の現役時代を生で観ることができなかっただけに、じっくりとその姿を噛みしめた。フェラーリF187は現在解説者をしているM・ブランドルが走らせていてレア感があり、ロータス88は佐藤琢磨が「壊さないように・・・」っていう感じで走らせていたのが印象的。ゲルハルト・ベルガーは、1991年の鈴鹿で勝ったときのマクラーレン・ホンダMP4/6を1周だけ走らせていて、もうこれだけで私は大満足なのであった。

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こうして14時にF1の決勝レースがはじまった。自分のいる席からは、なによりスタートから最初のコーナーリングでの攻防にドキドキし、そうしてレース序盤を見届けて、頃合いを見計らって私は席を立った。

今回、こうしていただいたチケットで観戦をするにあたり、「せっかくなので、昔からやってみたかったことを試してみよう」と思ったのである。つまり、普通にチケットを買ったらあまり心情的にできなかったこと、すなわち

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そう、観覧車である。

鈴鹿サーキットにそびえ立つ観覧車、これを「F1のレース中に乗る」という、鈴鹿でF1を観に来た人なら誰しもが一度は味わってみたいことをやってみようと思ったのである。

やはり普通に観戦していると、どうしても席を離れにくいのが心情である。観覧車に乗るということは、席を離れて、小道を歩き、そのあいだはレースが観られない。それゆえに「観覧車に乗る」というのはけっこうハードルがあるのである。

実際、レース中に来てみると、5分ぐらい並べばすぐに乗れたのである。
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こんな感じ。

こうして、私は、子どもの頃からの夢を叶えた気分に浸った。

レース中の観覧車、眺めは別格。

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こっち向きの写真は白黒しか撮ってなかった。高揚感でちょっとテンパっていたのも確かである。

うむ、本当は、降りたらまた再び観覧車に乗りたいと思ったのは確かだ。けど、どこかで何かが自分を留めた(笑)。

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レース中のイベント広場の閑散ぶりも、当然初めて体験した。
とても新鮮な空気感だった。
※ちなみにイベント中の様子はこちら↓
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そんなわけで、
もはやドライバーの名前もチームの名前も半分以上は分からなくて、今もなおこうしてF1を観続けている熱いファンの人には怒られるようなスタンスかもしれないが、私なりに17年ぶりの鈴鹿を思いきり楽しませていただいた。
こういうチャンスを与えてくださったK家のみなさまにはひたすら感謝!である。
もっとF1以外のときにも、また鈴鹿には行きたい・・・と思える秋の日だった。


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サーキットにあるボウリング場付近の建物の入口。昔この場所で寝袋しいて野宿したことがあるなーっていう感慨とともに。

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2014.10.10

丸の内で不思議な人違い

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シャムキャッツpresents「EASY」を明日に控え、せっかくなので休みをいただき前日に東京入り。そしてちょうど1964東京五輪開幕から50周年のこの日に、丸の内オアゾで行われていた記念の展示イベントに立ち寄る。

表彰台のレプリカに乗ってスタッフさんに写真を撮ってもらったりしてひとりではしゃいでいて、そのあと落ち着いてポスター展示を観ていたら、見知らぬ男性に声をかけられた。


「あの、東京タワーでピンク色のツナギを着ている方ですか?」


......え?


いやいやいや、私は単なる関西人で、いま東京にきたばかりのものですと説明。

聞くと、東京タワーにはピンク色のツナギを着た芸人さんみたいなのがいるようで、その男性はかなり気になっていた芸人らしく、私は背格好も顔も似ているようで。

「まさかこんなところでお会いできるとは、と思ったんですが。すいませんでした」

とのこと。

いやはや、一般人で人違いになるならまだしも、東京タワーでピンク色のツナギで、しかも、芸人(笑)。

いま浦和のホテルの一室で、その芸人さんのことについてはあえてまだ調べないままブログを書いている。帰ったらじっくりと調べてみよう。
不思議な時間だった。

そんなこんなで明日の「EASY」、たくさんの方々にとっても自分にとっても良い一日でありますように!!


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2014.07.13

「スポーツ観戦をしながらでも着用できる手作りお面」の分野なら、私も日本代表としてワールドカップに臨めるかもしれないと思った件。

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ケガからの回復を祈念して「ネイマールお面」をつけたお客さんが増えたり、地元新聞紙面にネイマールの顔が印刷されて「これをお面にしよう」という盛り上がりを見せていたが・・・


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しかし・・・


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ちがう!ちがうちがーーう!!

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目の部分をくり抜いてはならぬ!(海原雄山)


単に不気味なだけやん~こわいやん~。


くり抜くべきは、マユゲだ!


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こちら)の記事を参照。

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このネタ)を参照。


というわけで、「お面の作り方を私はブラジル人に教えたかった!」っていう、なんだかよく分からない地団駄をふむ。


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↑そういえばこんな人たちもいた。メルケル首相の場合は目の玉をくり抜いても問題なさそうに見えるのが、逆にある意味で怖い。



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2014.06.02

スポーツの応援で使うような大きいパネルを、持ち運びしやすいようなフレーム式で作ってみてはどうか

あまり日常生活では役に立たないが、とにかくDIY的なネタ。

スポーツ観戦のときなど、大きいメッセージボードを持って行きたい場合、板状のまま持ち運ぶのはやっかいである。

そこで私が考えたのは、

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土台となるフレームを「田の字」になるように分解可能にして、現地で組み立てるという方式だ。
フレームが合わさるところにマジックテープを貼り付けてある。

そして、この場合だと横長のフレームの部分が前面にきて、デザインされた布や紙に接するように、マジックテープの「ギザギザしている部分」と「ふわふわしている部分」が合うようにセットされている。

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布を貼ることを念頭に考えたので、マジックテープを使って固定するスタイルをとっているが、紙の場合はそのままメンディングテープとかで固定してもいい。
大きい布への印刷サービスもネットで探せばわりと手頃な価格でやってもらえる。

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素材は、たいていのホームセンターで必ず売っている「プラダン」だ。プラスチック製でダンボール状になったもの。

これだと加工もしやすく扱いやすい。軽量だしそれなりに丈夫。
現地で組み立てるときに迷わないように、マジックペンで「真ん中」「左」「右」とか目印になることを書いておくといい。

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フレームをこうして分解したら、それなりに持ち運びやすくなる。

この方式の隠れた利点のひとつは、ヒモを通せば、首にひっかけることもできることだ。一人でボードを掲げたいが、両手がふさがるのも面倒なときに良いだろう。やったことないけど。

なお、マジックテープはそんなに大きく貼らなくてもいいだろう。軽く合わさるぐらいがちょうどいい。
この最初の作品は、ちょっとマジックテープを多めに使いすぎて、ちょっと面倒くさい。

あと保管するときに、マジックテープが不用意に他の布製品に付いたりしないように気をつけること。


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2014.04.08

オリジナルお面を作ってネタにするうえで気をつけるべきこと

「DIYオリジナルお面」についての記事なので、こっちのブログに書く。

3月にJリーグが開幕し、はじめてJ1リーグに昇格した徳島ヴォルティスのホーム開幕戦、つまり「四国初のJ1リーグ戦」という歴史的瞬間を見届けようとなり、F氏とともにバスに乗って徳島に行ってきたのである。

で、F氏とは昨年、あの名古屋での「ベンゲル監督&ピクシー監督のお面ネタ」を豊田スタジアムで敢行し、数え切れないほどの大勢のお客さんとの握手や写真撮影を楽しんだわけである(そのときの話はこちら)。

あのときの最高に愉快な想い出があったため、どうせなら今回も、「徳島ヴォルティスJ1昇格おめでとう!的なお面」を作ってスタジアムで付けたらどうか、となった。

そこで、徳島ヴォルティスといえば誰のお面を作ろうか、となるわけで、我々が出した答えがこれである。













































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俳優の大杉漣さん、だ。

かねてから芸能界でも無類のサッカー好きとしても知られるが、なにより大杉さんは徳島出身で、徳島ヴォルティスの古くからのサポーターとして、Jリーグファンのあいだでは有名である。
(実際にご本人もこの日スタジアムに来ておられたようで、Twitterで目撃談が多く寄せられていた)

そういうわけで、2人とも同じ「大杉漣」に変身し、試合前のスタジアムをウロウロしてみたのである。

記念すべきホーム開幕戦の相手はセレッソ大阪ということもあり、大勢のお客さんがポカリスエット・スタジアムにいたわけだ。

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ウロウロ・・・・

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ウロウロ・・・

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あ、ヴォルタくんだ・・・タヌキ・・・


・・・・ということで、結果として、

「 お 面 は 、 あ ま り ウ ケ な か っ た 」


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うむ。

サッカーの試合そのものよりも詳細に分析を行った結果、いくつかの反省点が浮かび上がった。

どうしていまいちお客さんのリアクションが薄かったのか。

いくつかの理由が考えられるが、ひとつは、
「大杉漣さん=徳島ヴォルティス」のつながりが、ちょっとマニアックだったかもしれないことである。

そして、それが同時に二人とも大杉漣さんだったことで、どちらかというと不気味さだけが先行していたかもしれない。

でも最も重要な点はこれだ。

「外国人のお面でなかったこと」

である。

たとえば、これが大杉漣さんではなく、

Kent

ケント・デリカットさんあたりだったら、もうちょっと事情は変わっていたかもしれないと思うわけだ。
(たとえが古くてごめんよ。昭和生まれなんで)

これは自分がお客さんの立場になると、よく分かった。やはりケントさんだったら、「なにやってんですかー!」って気軽に声をかけにいくような気がする。
たとえば街中でセレッソの柿谷を目撃しても、あ!柿谷だ! とは思うけど、どうしてもそれ以上にはならない気がする。でもフォルランが歩いていたら、大阪のおばちゃんでも寄ってきてバシバシとフォルランを叩きながら「いやー、フォルランさんやー!」というノリになることもありえる。日本人としての外国人の方への親しみやすい距離感というのは、つくづく不思議なものがある。

(まぁ、どっちにしても私は、失礼なことをしでかしているんだろうけど)

そんなわけで、これからオリジナルお面を作ろうと思う方々のためにも、ひとつの事例として、勇気をもって今回この話をさせていただいた次第である。

「お面ネタは、外国人か、漫画のキャラに限る」

以上です。


<おまけ>

鳴門駅周辺でみつけた。


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2014.02.22

浅田真央についてのNHKの朝のニュースの姿勢に、どうしても違和感を覚えた

ずっとモヤモヤしているので、やっぱり書いてみる。

浅田真央自身は、アスリートゆえに、今回の成績に納得していないはずだ。

で、その「納得できなさ」を僕らは分かち合うこともできるはずなのだが、朝のNHKニュースでは、フィギュアスケートの解説者がでてきて、どうにかして国民を「納得できるようなかたち」にもっていこうと躍起になっていたようにしか見えなかった。

「あのスルツカヤも、ミシェル・クワンも、金メダルは獲れなかったんです」

とのことで、最後には、

「この競技で金メダルを獲るには、“運”も必要になるんです」
(なので、浅田は今回、運がなかっただけなんです)

と述べていた。

Roykeane001
「ちょっと待ってくれ」

そりゃあ、そのように言われたら、観衆としての僕らは納得できるだろうし、収まりもつく。浅田真央のこれまでの努力、そして最後に見せた煌めきにたいして、心おきなく賛辞を送ることができる。

でも、でも、そのフィギュアスケートというスポーツを、これから志そうとしている子どもの立場になってその言説を捉えてみたら、それって徹底的に絶望的な気分になると思わないか。

「最後は運で決まる」

なんて、そんな説明をされたら、その子はどういう気分でスケートを続けることになるんだろうか。

「よくがんばったね、感動をありがとう」的な収まり方は、ワイドショーに任せておいていいことだ。
少なくとも報道として、ジャーナリズムとしては、今回の結果にたいして、いったい今回の敗因の何が問題で、そして今後どうやって改善していけばいいのか、そこの「思考停止をしない努力」を見せて欲しいわけだ。そうした作業を怠ることこそ、今回の浅田真央が得た貴重な経験をムダにすることになり、それはもったいないわけで。

ちゃんと「根拠」をはっきりさせ、多くの人に有益な教訓や学びとして継承していくこと。そういう堅実なスタンスを守っていかないと、根拠のない暴言を気分まかせに吐く政治家みたいなのがのさばって訳知り顔でアホなことを述べ続けることにもなる。

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2013.03.17

TIMゴルゴ松本「命」のことについて

先日、昼食のあと何気なくふとTIMゴルゴ松本の「命」のポーズについて連想がおよび、よくよく考えるとこのポーズで集合写真に収まったりすると、妙におかしいんじゃないかと思えてきて、思い出し笑いみたいになってニヤニヤしてしまった。いまさら何をそんなに笑うんだと思うかも知れない。私も今そう思う。でもとにかく、昼食を終えて職場のデスクに戻る頃、私は確実にニヤついていたのである。「命」のせいで。そして当然、向かいに座るAさんから「なんか笑っていますけど、どうしたんですか」とツッコミが入ってしまう。すいませんすいません、ダメだ、もうゴルゴ松本のせいで「命」がツボになってしまっている。

そもそも漢字で書く文字を身体動作で表して、しかもそれがわりといい線ついているあたりでジワジワくる。
ただ、こうして文章として書けば書くほど「なにをいまさら感」があるわけで。

でももっと衝撃的だったのは、グーグルの画像検索で「TIM 命」で検索すると、
こんな自転車レースのゴールシーンがでてきて、

Timinochi

たしかに図らずとも「命」になっているあたりがすごい。それでよけいにおかしくなってきた。

思えばこれは表意文字としての漢字文化圏だからこそできるパフォーマンスなんだなぁと改めて思った。だって「命」ですからね、ライフですよ。これはなかなか重要なテーマを、よくわからないポーズで表現できていますからね。

話が突然変わりますが、むかし「ライフ」という名前のF1チームがありまして。とはいってもヘビー級なほどのマニアックな存在で、予備予選でずっと落選していた、超弱小チームだった。当時ブルーノ・ジャコメリというイタリア人がドライブしていて、とにかくこのマシンが走らない。なにせ「予備予選で落ち続ける」わけで、つまり予選にすら出場できないわけだ。なのでカルト的存在。それでもこうして忘れられていないのは、F1が日本でブームだった1990年ごろには、そういうチームですらみんなよく知っていた。まったく走らないチームが、シンプルに「ライフ」なんですよ。まさに命からがら、って感じです。

で、ついでにこのライフF1のことをウィキペディアで調べてみたら、当時あまりにもオリジナル製のエンジンがうまくいかなくて、挙げ句の果てに最後にちょっとだけ別のメーカーのエンジンをもってきて走らせようとしたと。
そこまでならまぁ分かる話なんだが、でもエンジンにあわせてボディを設計しているから、その新しいエンジンにボディが合わなくって、そのことにあまり直前まで気付いていなかったみたいで、最終的にはボディをガムテープで固定して走らせたとのことで、衝撃的すぎる。F1レースだぞ。なんだガムテープって。それって「メガネのつるが折れたからセロテープぐるぐる巻きで補修した」っていうのとあまり大差ないレベルの話。

やー、知らなかったなぁ。ライフF1はしまいにはガムテープで固定されていたとは。そういうケースが他でもザラにあるものなのかどうか、さすがに知らない。普通に危なっかしい。そのまま走らせたチームもすごいけど、もっとすごいのはそんなマシンに乗って闘ったジャコメリですよ。「ガムテープでボディが固定されたF1マシンに乗ったことがある人」っていう、おそらく史上初の人間かもしれません。ジャコメリが無事でよかった。ていうかロクに走らないマシンだったから、危険でもなかったのか? あぁ・・・。


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