カテゴリー「ニュース」の記事

2020.04.06

脳天気な記事を書きたいと思いつつ、最近読んだ『スノーデン独白:消せない記録』のことについて

 まったく時流に関係なく脳天気なブログ記事を書きたい、と思っている。

 ひとえに私は機嫌良く生きています、と言いたい。そりゃあこの国の政治家にたいして総じて腹立たしい限りであるし、そのうえで、選挙だけでなく、怒りを別のエネルギーでも表現していきたい。それが「機嫌良く生きぬくこと」ではないかと思う。自分の機嫌は自分で取ろう。人を頼らずに。最大の復讐は、ひとりひとりの個人が(見てくれだけでも)機嫌良く生き続けることだ。きっと。

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 最近読んだ本では『スノーデン独白:消せない記録』(山形浩生訳、河出書房新社、2019年)がとても面白かった。その表現は不適切なんだろうけど「面白かった」としか言いようがなかった。本人の手によるエドワード・スノーデンの自伝は、オリバー・ストーン監督による映画『スノーデン』の影響もあって、その記述からありありとヴィジュアル的にイメージがどんどん沸いてきて、緊迫感がリアルにつたわってくる。

 前に書いた、スヌーピー漫画の作者シュルツの自伝についての記事でも同じテーマに触れたが、スノーデンの人格形成期を振り返ると、この人にとっても軍隊生活というのは非常に重要なファクターだったことがうかがえる。そしてこのスノーデンの場合は、9.11テロによる衝撃から、きわめて直線的な愛国心ゆえに、パソコンオタクとしての我が身をふりかえることなくマッチョな軍隊の門を叩いたあたり、「徹底的なまでに実直すぎる人」なんだろうと思う(彼の人生最大の後悔は、9.11テロ後のアメリカによる戦争を『反射的に何の疑問も抱かずに支持したこと』だという)。結果的に訓練で追った足のケガの影響で彼は(幸か不幸か)軍隊を辞めざるをえなかったわけだが、その正直さがゆえに、結果的にパソコンスキルを活かしてCIAの内部に入って職業人として使命を全うしようとしたときに、徐々に分かってくる国家的陰謀にたいして、信じ切っていたものに裏切られるかのような、はげしい葛藤に悩まされていくわけである。


 その葛藤は、彼が日本の横田基地にあるNSA(アメリカ国家安全保障局)のセンターで勤務していた頃から始まったという。そこで開催される会議に出席予定だった技術担当者がたまたま欠席となりスノーデンが代役を頼まれ、そこで発表の準備のために中国による民間通信の監視技術に関する資料を読みこんだことが発端となった。本書の200~201ページではそんな彼の人生のターニングポイントともいえるそのときのことがこう綴られる。

「中国の市民の自由はぼくの知ったことではなかった。ぼくにはどうすることもできない。ぼくは自分が正義の側のために働いていると確信しており、だから僕も正義の味方のはずだった。

 でも読んでいるもののいくつかの側面には困惑させられた。ぼくは、技術進歩の根本原理とすら呼べるものを思い出してしまったのだ。それは何かが実行可能ならば、それは実行されてしまうだろうし、すでに実行済みである可能性も十分にある、というものだ。アメリカが中国のやっていることについてこれほどの情報を手に入れるためには、どう考えてもまったく同じことをやっていないはずがないのだ。そしてこれだけの中国に関する資料を見ている間に、自分が実は鏡を見ていて、アメリカの姿を見ているのではというかすかな考えがどうしても消えなかった。中国が市民たちに公然とやっていることを、アメリカは世界に対してこっそりやれる―― それどころか、実際にやっていそうだ。

 こう書くとたぶん嫌われるだろうけれど、当時はこの不穏な気持ちを僕は抑え込んだ。実際、それをなんとか無視しようとした。(中略)でもその徹夜の後の眠れぬ何日かを経て、ぼくの心の奥底ではかすかな疑念がまだ蠢いていた。中国についてのまとめを発表した後もずっと、僕はつい探し回ってしまったのだった。」

 その後の数年間の準備や葛藤を経て、この実直すぎる男が取った行動は世界をゆるがしていくことになる。そのことの重大さやカバーすべき情報量にはとても一読者の私にはついていけないのは当然なのだが、今回の自伝によって、「人生で最も重要な教えと言えるものを教えてくれたのは『スーパーマリオブラザーズ』だ」と言ってのけたり、人生ではじめてインターネットというものに触れたときの衝撃を隠すことなく素直に書いていくその筆調に、私はまさに同世代としての強い共感を覚えるわけで、それゆえに、政治的な意味とか社会的影響とはちょっとかけ離れたところで、ロシアで幽閉された生活を送っている彼の身を、不思議な親しみをもって案じてしまう。もっとも、いまはウイルスで世界中が幽閉生活となり、自分自身も身の危険を味わっている状況ではあるが・・・

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と、ここまで書いて文頭を読み直すと、「ぜんぜん脳天気な記事じゃない」と気づく。結局ウイルスの話やんけ、と。

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2018.04.02

よくわからない『ブロックチェーン』について、それなりに気をつけてチェックしておきたいと思う

 最近はニュースでビットコインの不穏な話が続いているが、今年の正月にWIREDの記事でオンライン百科事典『Everipedia』がブロックチェーン導入で目指すものというのを読んで、本家Wikipediaから派生しようとするあたらしいオンライン百科事典が、「ブロックチェーンの仕組みを取り入れる」といったことが書いてあり、「うわーっ!?」となった。

 なぜかというと、それまでこの手の話にあまり詳しくない私はつい「ブロックチェーン=ビットコインのこと」だと簡単に思って過ごしていたからである。しかしどうやらそれは間違った認識かもしれないということにそこではじめて気づき、すぐ書店に出向いてこのビットコインやブロックチェーンに関する関連書籍を漁り、この本を選んでひとまず基本的なことを知っておこうと思ったのである。

 なぜそこまで焦ったのかというと、「ビットコインと無縁でいたい」と思うぶんには問題はないし自分もそうなのだが、その仕組みを支える「ブロックチェーン」という技術には無縁でいられなくなるという予感をこのWIREDの記事によって強く感じてしまったのである。ウィキペディアなんてものは少なからず自分の生活にもそれなりに日常的に関わっているわけで、それが「ブロックチェーンでやります」なんて言われた日にゃ、私の生活のある部分は、ある意味でブロックチェーンが土台になるのである。


 で、結果としてこの本は多少専門的な部分はあるが、まさに私のように何も分かっていない層にうまく「ことのはじまりから現況まで」を説明してくれる感じで読み通せた。私なりに今の段階で分かることだけ書いていくと、ビットコインを支える仕組みとしての「ブロックチェーン」を強引に言い換えると、「すべての人が参照できて、多方面からの膨大なデータの上書きの際にズレることなく管理される大きな台帳みたいなもの」である。

 そしてここが重要なのだが、このブロックチェーンは、もはやビットコインなどの仮想通貨のやりとりだけでなく、今後はさまざまな分野、つまり医療情報とか社会生活全般におけるありとあらゆる情報処理を取り扱ううえでの土台になる可能性が高い(というか、ほぼ不可避だろう)ということだ。仮想通貨のやりとりなんていうものは、ブロックチェーンのポテンシャルにおいては「単なる氷山の一角」のことらしい・・・(通貨なのでどうしても人の欲望がからむから、ちょっと動きが激しくなるわけで、でも思えばこれまでもハイテク技術を進化させてきたのはいつだって途方もない欲望がドライブしていくときである)。


 そして読みながら私の頭に浮かんできたアイデアは、ブロックチェーンを使うことで、世界中の言語データが収集・蓄積され、さらにAIでの自動学習を加えていくことで、世界中のどこに行っても高精度の同時通訳での交流が低コストで可能になるのではないか、ということだ。具体的な技術的手段はもちろん説明できないが、「おそらくそういうことも可能にさせる仕組みなのだろう」ということは想定できるわけだ。まぁ、私のレベルでそういうことがすぐ思いつくということは、すでに世界のどこかで誰かがすでにその方面で研究を行っているんだろうとは思う。でもこれなどは、ブロックチェーンを使うことによる比較的ポジティブで平和的な利用方法のひとつではないだろうか。ただし(奇しくも英語教育をネタにした前回のフリーペーパー「HOWE」でも示唆したように)、そのせいで外国語教育産業そのものが成り立たなくなると、別の混乱が引き起こされるかもしれない・・・まあ、それだけのインパクトや影響力が、このブロックチェーンなる新技術は秘めていて、そこの可能性や危険性というものをもっとちゃんと見極めていかねばならないようだ。

 ちなみに、ここ数年は仕事の関係でグーグル翻訳を使うことがちょくちょくあるのだが、最近のバージョンアップで、突如として劇的に翻訳能力が賢くなっていて、ちょっと薄気味悪いぐらいである。ただそうした気味悪さをはるかに凌駕していくような存在がきっとブロックチェーンの暗闇から立ち上ってくるんじゃないだろうか、とも思っている。あくまでもすべては予測の領域ではあるが。

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2018.03.18

おはぎのあらたな想い出

最近のあれこれ。

遠位型ミオパチーという難病支援のチャリティーコンサート「Suite Night Classic」に友人K氏ご夫妻とともに参加。かれこれ通算で33回目の実施で、まる10年続けている。そしてこれからも続くのだろうと思う。この難病をめぐる深刻な状況をシェアしつつ、そして僕らができることは日々を楽しく過ごそうという意欲を失わないことだという話になり、音楽を楽しみ、終わったあとの会場カフェで宇治川の流れの速さを目で楽しみつつ、主催の林くんとお母様がそれぞれに作り合ってきたおはぎをおいしくいただく。これからの人生でおはぎを食べるたびに想い出す光景がまたひとつ増えた。

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この日のトークでも触れられていたが、先日スティーブン・ホーキング博士が亡くなった。そのニュースの直後ツイッターで「ディスカバリーチャンネル」が書いていた、生前のホーキング博士の言葉にグッときた。「今度、失敗をして誰かに文句を言われたら教えてあげてください、『宇宙が完璧なら人類は生まれなかったんだ』とね」

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このあいだはロフトプラスワンWESTにて「『日本のZINEについて知ってることすべて』刊行記念トーク:関西アンダーグラウンド編」、こちらはナセルホフ氏と参加。本では伝え切れていなかったとされる関西独自のZINE文化の系譜について、その一端を垣間見せていただく。本当に「垣間」なのかもしれないけど、自分も生きていた時代とはいえ、どうしても捉え切れていない「80年代の空気感」をお裾分けしていただいた感じ。いろいろなものが何回転もして今に至っていると思うわけだが、果たして自分たちはこんな時代において何を残せていけるのだろうかと、わりと真剣に考えさせられた。

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前からあったのだろうけど、最近「明治屋」ではじめて知ってジャケ買いしたお菓子、「HOPJES」というオランダのコーヒーキャンディ。外観からはまったくコーヒーの匂いがしないだけに、なおさらこれはデザインの妙味が光る。

ラドマーカー コーヒーキャンディー 90g 原産国:オランダ

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2016.12.07

黒沢健一、ありがとう

 出張で、梅田のとあるビルの一室にたどりつき、ブラインドの隙間から見える大阪の街を眺めながらぼんやり座っていた。

 そのとき、かつて高校3年のときに組んだバンドメンバーのLINEグループ宛てにボーカルのK奈から書き込みがあって、

「黒沢健一、ありがとう」

とあって、
すべてを察した。


つらいなぁ、いろいろと。

さいきん。


早すぎる死に黙祷。

みんなでL⇔Rの曲をたくさん練習した1995年の記憶とともに。

個人的にはこの一曲。


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2016.04.22

R.I.P.

小学校6年生のときに、プリンスのつくった『バットマン』のサントラをひたすら聴いていた。
けっきょく映画は観ていないのだが・・・
いま思えば、人生で最初にハマった洋楽はこれになるのか。
安らかに・・・


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2016.01.18

けっきょく

SMAP解散しないのかよ(笑)
普通に事務所の闇をさらけだしただけのような・・・

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2016.01.13

SMAP解散のニュースを、プログレッシヴ・ロックのファンとしては反射的に斜に構えて受け止めがちになる件

SMAP解散のニュースが朝から報じられている。しかしマーケティング的には、正しいステップを踏んでいるのだろう。なぜならすでに各メンバーはソロで活動している時間が長いわけで、それぞれが充分すぎるほど単独でやっていける状況が広く長く続いており、解散というニュースに対してもそれほどの衝撃度は少ないはずだ。

(個人的体験として本当にショックの大きかった解散はやはりスーパーカーだった。メンバーの一部ですら、バンドが今後も続くものと信じて疑っていなかった中の衝撃的な解散劇だったのだから、ファンにしてみればそのショックはさらに大きかったのである)

SMAPの解散を「マーケティング的に正しい」と感じさせるのは、たとえば仮に事務所が違えど、数年に一度くらいは「再集結」することだってできるはずで、そのたびに話題作りが可能になるわけだ。さらにいうと、途中で脱退した森くんだって、そうした枠組みだと再結集の際に加えやすくなる気がしないだろうか。それはスポンサー的にはおいしいネタである。

そういうふうに思うことの下地には、私が古くさい英国プログレッシヴ・ロックのミュージシャンたちの有り様に振り回されて生きていることが色濃く反映されている。

Pg04
「『プログレ』って文字をこのブログに書くの久しぶり-!」

解散後のSMAPのメンバーを、あたかもプログレの有名バンドのメンバーのように捉えると、上述したような「再結成」はいくらでも話題性を呼んで、そのたびにお金も動くだろうし、もし仮に全員が再結成しなくても、テレビ番組やその他の媒体で、「あのメンバーとあのメンバーが久しぶりに共演」という話題性はいくらでも増殖可能になってくるのである。そしておそらく、そのほうがSMAPという枠組みに縛られるよりもよっぽど効果的だと判断されたのかもしれない。

(まったく知らないところから新バンドが作られても、ドラムにビル・ブラフォード、ベースにジョン・ウェットンが参加していると報じられたら、どんな地味な扱いだとしても私は何の迷いもなくそのバンドのCDを買いに行くことになる、そういうノリだ)

そしてこの調子でいけば、たとえばTOKIOがメインの「鉄腕DASH」に、元SMAPのメンバーが1人2人でもゲスト参加すれば、それだけでプログレ・ロックでいう「スーパーグループ」の法則のごとく、瞬間最大風速的な盛り上がりをいくらでも作ることが可能である(ただし、そうした盛り上がりは長く続かないこともまた、歴史が証明している)。

というわけで、SMAPという枠組みが外れた5人ないし6人は、今までよりもいっそう、話題づくりを仕掛けやすい立場になっていく。それこそ懇意にしているロックバンドのライヴにゲストで入って昔のSMAPの曲を歌ってみたりとか、そういうことがすぐ想像されるわけだ。

つまりは「SMAPという枠組み自体の若返り」とも受け止められるわけで、そんな簡単にこの枠組みがその輝きを失うことはないはずで、もしかしたらよりいっそう、今後は「元SMAP」の人々が日本の芸能界をリードしていくのかもしれない。今回はそういう仕組み作りが進行しただけのこと、だ。

・・・すべてはプログレ・ロック界の激しい人的交流と金儲けの歴史に振り回されている者としての推測ではあるが(笑)

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2014.03.09

マグロに親近感

Charliestuna

はじめて観たときから、他人とは思えない気分にさせるこのマグロ。
「チャーリー・ザ・ツナ」という。

アメリカのスターキスト社による、ツナ缶のCMキャラクター
50年前からずっと活躍しているそうで。
なぜマグロがベレー帽にメガネなのか。そのツッコミどころを残しながらの50年。

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今日のmsnのニュースで、

F1engine

HONDAの新型除雪マシンに「FIエンジン」というのが搭載された、っていうそれだけのニュースなのだが、この見出しを目にして「FIエンジン」を「F1エンジン」と読み間違え、「HONDAマジかぁぁー!!? 除雪機にF1エンジンって!?」と思って記事をクリックしてその間違いにずっこけた人はワタシだけではないはずだ。たぶん。

や、だって、ホンダなら実際やりかねない、こういうチャレンジャーなこと。


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2014.02.22

浅田真央についてのNHKの朝のニュースの姿勢に、どうしても違和感を覚えた

ずっとモヤモヤしているので、やっぱり書いてみる。

浅田真央自身は、アスリートゆえに、今回の成績に納得していないはずだ。

で、その「納得できなさ」を僕らは分かち合うこともできるはずなのだが、朝のNHKニュースでは、フィギュアスケートの解説者がでてきて、どうにかして国民を「納得できるようなかたち」にもっていこうと躍起になっていたようにしか見えなかった。

「あのスルツカヤも、ミシェル・クワンも、金メダルは獲れなかったんです」

とのことで、最後には、

「この競技で金メダルを獲るには、“運”も必要になるんです」
(なので、浅田は今回、運がなかっただけなんです)

と述べていた。

Roykeane001
「ちょっと待ってくれ」

そりゃあ、そのように言われたら、観衆としての僕らは納得できるだろうし、収まりもつく。浅田真央のこれまでの努力、そして最後に見せた煌めきにたいして、心おきなく賛辞を送ることができる。

でも、でも、そのフィギュアスケートというスポーツを、これから志そうとしている子どもの立場になってその言説を捉えてみたら、それって徹底的に絶望的な気分になると思わないか。

「最後は運で決まる」

なんて、そんな説明をされたら、その子はどういう気分でスケートを続けることになるんだろうか。

「よくがんばったね、感動をありがとう」的な収まり方は、ワイドショーに任せておいていいことだ。
少なくとも報道として、ジャーナリズムとしては、今回の結果にたいして、いったい今回の敗因の何が問題で、そして今後どうやって改善していけばいいのか、そこの「思考停止をしない努力」を見せて欲しいわけだ。そうした作業を怠ることこそ、今回の浅田真央が得た貴重な経験をムダにすることになり、それはもったいないわけで。

ちゃんと「根拠」をはっきりさせ、多くの人に有益な教訓や学びとして継承していくこと。そういう堅実なスタンスを守っていかないと、根拠のない暴言を気分まかせに吐く政治家みたいなのがのさばって訳知り顔でアホなことを述べ続けることにもなる。

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2013.08.20

サイバーテロの本当の怖さは「被害をでっちあげることができる」こと

最近つくづく思うのは、サイバーテロというのは、どうしても「他の国のコンピューター・セキュリティを破る技術」をサイバー工作員がせっせと向上させて、攻撃を仕掛けるというイメージになりがちなんだけど、本当に怖いのは「被害をでっちあげる技術を高めること」にもあるんじゃないか、っていう。

何もしていないはずなのに、こちらの国があちらの国でサイバーテロを実施したかのような事態が構築されてしまい、どうにも反証しようがないほどのスケールで行われたらどうなるか。

過去の歴史をみても、そうやって「勝手にでっちあげた」ことで取り返しのつかない争いが生じてきたわけで、サイバーワールドにはそういうことが容易に成立しやすい状況が、現実社会とは比べものにならないほどあるんじゃないだろうか。

もっと卑近なたとえ話に落とし込むと、悪意をもった人間が、ムカつく野郎を陥れるために、満員電車で何もしていないのに、その人を自由自在に痴漢の犯人扱いできてしまうぐらい、やっかいな技術的革新が行われるようなものである。もうそうなると、対応しようがないし防衛しようもない。

あるサイトにアクセスしただけで、個人情報が盗まれたり、まったく意図しないところへアクセスをしたことになるような、そういう技術がすでに出回っているのなら、何の罪もない人が、あるサイトを訪れただけで、知らないあいだに他国のサーバーへの攻撃に関与してしまった、なんて技術もすでにあるのかもしれない。「善良な民間人が、自分の意志とは無関係にサイバーテロの実行犯にさせられる」ことほど怖ろしいテロはないよ。いまこの画面を見ているあなたが触っているそのマウスのワンクリックが、知らぬ間にミサイルの発射に直結していると想像してみてよ。

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