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2017.08.18

ECHOESなロンドン旅2017夏・その1:ピンク・フロイド回顧展にバンドの律儀さを想う

そもそもヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)がピンク・フロイドの回顧展を行うというアナウンスをしなかったら、どれだけの人々が、2017年がそのバンドのデビュー50周年目にあたることに気づいていただろうか。

もはや実質的には90年代に活動を止めていて、かの2005年の「ライヴ8」で一夜限りの「ありえなかったはずの4人の共演」が実現したものの、その後シド・バレット、リック・ライトがあいついで他界し、もうどうしたってこのバンドの演奏を「観る」ことは永久に、不可能になった。
なので、あのライヴ8こそは、何があっても行っておくべきだった、そういう想いをずっと引きずっているファンは多いはずだ。
そんななか、デビュー50周年を記念した今回の回顧展だ。もはや50年でも70年でもどうでもよくて、オフィシャルにピンク・フロイドが動いたら、それはもう、行かなければならないのであり、そういう状況なのであった。欧州でテロが起ころうが何があろうが、2017年の夏にロンドンにいくことはずっと前から決まっていた。

  思えばこのバンドはその初期の哀しい出来事を乗り越えてからずっと、「あなたがここにいてほしい」ということを切々と歌い続けていたバンドだったわけで、「不在、というありかた」を想い続けること、それがこのバンドの魅力に触れた人々が共通して持っている矜恃みたいなものかもしれない。バンドはもう動かない、でも「すでにいないバンド」を、目の前に観て感じること、それを共有する場としてのV&Aミュージアム。すばらしい企画。

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・・・と、えらく鼻息荒く書いてしまったが、行く前の気分はそんな感じでも、実際に4年ぶりに訪れた大好きなロンドンにおいてはただひたすら 「 ヒ ャ ッ ホ ー ! 」 な気分でタテーシは浮かれてタラタラ歩いていただけなのである。

行く前は「V&Aの建物の入口に立ったら泣いてしまうかも知れない・・・」とか想像していたが、実際はサウス・ケンジントンの地下鉄駅からそのままミュージアム方面への長ったらしい地下道を通っていったので、地味な地下入口から入ってしまい、V&Aの建物の外観の写真なんて1枚も撮っておらず(笑)、そのまま普通に博物館の再訪に満足しきって、フロイド特別展の予約入場の時間までは他の展示物をみたり、ムダに中庭に入って一人で浮かれていたのであった。

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↑この中庭でダラダラしたり、常設展示を見るだけなら無料ですよ。最高かよ。

この日は金曜日で、毎週金曜だけは夜までオープンしてくれているという粋な計らいを展開してくれているV&A。なのでなおさら、「いまからピンク・フロイドのライヴを観るぞ」的な気分になっていった。今回の特別展はゼンハイザー社提供の特別オーディオ・ガイドの数量の関係上、あらかじめ予約しておく必要があるっぽい。

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↑もうね、このオーディオガイドの機器の収納のたたずまいが、すでにアートと化していて、テンション上がる。パッと見てキース・エマーソンとかがよく使っていた旧式の巨大キーボードのコンソールみたいで。

実はこうした博物館や美術館で、オーディオ・ガイドなるものを使って観賞することが個人的に今回初めてだったりする。ましてや海外だと、どうせ英語ナレーションなんでしょう? とか思ったりするんだが、今回は展示の性質上、解説が入るというのではなく、展示エリアごとにピンク・フロイドの歴史を示すBGMが(おそらくGPSで判定される場所ごとに)自動的に流れてきたり、いくつかのモニターで流れる音声がその都度聴けたりするようなので、ナレーションの言語がどうのこうのではなく、単純に「音楽バンドの記録を展示する以上、音声をその都度聞けないと意味ないでしょう?」ということなのであった。

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↑もっとちゃんと写真撮っておけよ、と言いたくなるが、はやる気持ちが抑えられなかったと受け止めておきたい。

展覧会のサブタイトルは「Their Mortal Remains」。死せる残骸、とでも言えるだろうか。

会場に入るなり、まずはデビュー前の活動期に使っていた機材車のレプリカみたいなものが置いてあり、シド・バレットがガールフレンドへあてた直筆の手紙が展示されていて、その機材車のことがイラストで可愛らしく描かれていたりする。もうこれだけで飛行機代の半分ぐらいのモトは取れた。

「しかし・・・よく残っていたな、こんなものが・・・・」

というわけで、この感想は、その後ずっとこの本展覧会全般にわたって感じつづけることになる。

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↑最近の博物館はやたら写真撮影しまくっている人が多くて、自分としてはできる限り写真は撮影しないでおこうと決めていたが、これをみたときぐらいから、自分もどうしても写真に収めたくなってしまった。とくにこの並んだ書類の右側は、1969年5月にBBCの音楽番組に出演する際の資料なのだが、本来印字されていたシド・バレットの名前が消され、上に手書きでデヴィッド・ギルモアの名前が書かれているというもの。この走り書きのペンの文字に、重大な歴史の転換点が見いだせる貴重な記録で、後で買った図録にも掲載されておらず、これは撮影しておいてよかった。その隣のニック・メイソンによる1967年ごろの日記、「ひどいライヴだった」みたいな記述も、すごく興味深くて全ページ読みたい

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↑おなじみ『ウマグマ』のジャケット写真。これは一見すると単に壁ぎわにポツンとジャケ写真が展示されているだけなので、そのまま通り過ぎていく人がほとんどだったのだけど、よくみると左右に鏡が仕込まれているので、一歩踏み込んで近づくと、上記のような「無限ループ」な効果が楽しめる仕組みになっていたので、もし現地に行かれる方はそこを忘れずに味わって!と言いたい。

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↑若かりし日のピンク・フロイドが、依頼を断らずに映画のサントラを手がけたことにより、後々の歴史にその名を残すことになったB・シュローダー監督のカルト映画『モア』と、このポスターの作品『ザ・ヴァレ』。本当に映画はどうしようもなく救いようのない内容なのだが、しかしこのバージョンの美しいポスターははじめて見たので、新鮮な気分に。

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↑個人的に生涯ベスト愛聴盤である『原子心母』について、共作者のロン・ギーシンによる原曲のスコアが展示。フロイドのメンバー自身にとってはあまり顧みたくない作品なのはよく分かるし、展示もそこそこに・・・という感じだろうと予想していたが、この楽譜の展示は素直に嬉しかった。

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映画『ライヴ・アット・ポンペイ』でしばしば目にする、このアンプ類の機材の裏にスプレーで吹き付けられたステンシルの文字「PINK FLOYD. LONDON」がすごく味あるよなーと昔から思っていて、今回その実物が展示してあって嬉しくて、「これでTシャツ作ったらいいのに」と思ったら、その後の物販コーナーでまさにそんなシャツが売られていて、狂喜

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↑あぁ、もう、この『狂気』のジャケットデザインについての鬼才“ヒプノシス”ストーム・ソーガソンによる手書きの設計図なんて、そんなもの見た日にゃ飛行機代のモトは完全に取れましたよ!! っていう気分に。これもポストカードにすりゃよかったんですが、権利問題がありそうね。

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↑で、『狂気』のラスト『Eclipse』の歌詞だけが、この展覧会で唯一「歌詞がフルで書かれていた部分」なわけで(たしか)、それゆえに、なおさら、グッとくる。

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↑これは体験型展示として、『マネー』の曲のそれぞれのパートを好きなように上げ下げできますというもので、これはこれでハマった。ベースラインの妙味を堪能せよ、っていうことか?

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↑ロジャー・ウォーターズによる『ザ・ウォール』の歌詞やメモ書き。鬼気迫るものが。いや、ほんと、よくこんな資料出させたなーと、V&Aの関係者の仕事ぶりを讃えたい。

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↑そうそう!こういう関連写真の「アウトテイク集」が見たかったんですよ! 実際は小さいフィルムサイズだったりしてなかなか詳細は分かりにくいのだけど、逆にそれが「現場の作業感」が出ていてよかった。

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先般ブログでネタにした、『対(Division Bell)』の頭部模型との自撮り。ご満悦。

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↑その『対』のアートワークのコンセプトに至るまでの「あーでもない、こーでもない」が伝わってゾクゾクしてくる、ストーム・ソーガソンのアイデアメモ! 全ページみたいですこれもマジで!

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↑そして最後はオーディオガイドを外して、みんなで床にたたずんで、デビュー曲『アーノルド・レーン』と、「最後の」ライヴ8でのステージにおける『コンフォタブリー・ナム』の映像が広がる空間を味わう。

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↑そして個人的に「やはり!!」と思ったのが、実質的にピンク・フロイドとしての「最後の名曲」として相応しい位置にあるであろう『High Hopes』の、あの不思議なビデオ・クリップの最後に登場する謎の胸像が、やはりシド・バレットをモチーフにしていたことが、展覧会場のキャプションで何気なく書かれていて、自分のなかで合点がいったことである。

最後の最後まで「不在、というありかた」を徹底して表現し続けていたのか・・・と、あらためてビデオクリップを観ると感慨深い。

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というわけで、長々と書いてしまったが、実際はもっともっといろいろあって、想像を超えるスケールの展示だった(物販コーナーも。V&Aの公式サイトだと、まるで展覧会のTシャツとトートバッグと図録しか売ってないのかなと思わせておいて、実際はすごく多様なグッズが売られていたので、私にとっては人生で間違いなく最もお金を使った展覧会になった次第である)。

で、全体的な感想をヒトコトで言えば、「よくもまぁ、こんなに貴重な記録をたくさん残してくれていましたねー!!」ということだ。もともとは先述のようにドラマーのニック・メイソンが日記をマメにつける人だったりして、内省的と評されるバンドにおける“歴史家”および“外交官”としての彼の立場やキャラクターが、今回の展覧会実現に向けて相当大きなチカラになっていたことが伺える。

そしてまた、ピンク・フロイドというバンドがその初期から「マネージメント」におけるさまざまな問題に対処せざるを得なかったという歴史的背景があったことも、こうした「記録を残すことの重要性」を個々の関係者が意識してきた結果なのかもしれない、と感じた。それはあくまで推測であるが、「律儀なバンドの、律儀な展覧会」ではあった。

そういえばシド・バレットの脱退後も、メンバーは社会復帰の難しい彼にバンドの印税が支払われ続けるように尽力したという。そして最後の名曲のビデオクリップにまで彼の胸像を掲げて締めくくった。「不在であること」を不在のまま抱え込んで生きていくことの面倒くささ。「おせっかい」かもしれないが、本当に、律儀な人たちなのだ。

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↑5月に始まって10月頭に終わる展覧会なんで、人もそんなに混んでないだろうと思っていたけど、金曜日夜のセッションだからか、ひたすら大賑わいだった。

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2017.06.24

「世界を変えたレコード展」@グランフロント大阪

「ぜひ行ってみてほしい」とMSK氏に薦められてて、今日たまたま梅田に立ち寄ることができたので、グランフロント大阪のナレッジキャピタル・イベントラボにて開催中の「世界を変えたレコード展:レコードコレクションからたどるポピュラーミュージックの歴史」にいってきた。

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まったく知らなかったのだが、金沢工業大学では「ポピュラー・ミュージック・コレクション」というアナログレコード等のアーカイブが設置されていて、多様な側面からポピュラー・ミュージックの歴史的/芸術的視点に触れることができるようである。

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たくさんの貴重なレコードだけでなく、当時の時代背景を物語る資料などもいくつか展示されているのだが、とりわけ面白いと思えたのは、19世紀末から現在に至る巨大な歴史年表だった。

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今回の展示はたしかに図録集みたいなものを作ることは無理なのだろうけれど、せめてこの年表だけでも資料化して販売してもいいぐらいだと思えた。私なら買いたくなる。見終わったあとで受付の人に聞いたら、金沢工大の学生さんたちが制作した年表だそう。ちょいちょい興味深いエピソードなどもうまく書き込まれていて、読ませる年表になっている。

そして何より私のテンションを上げてくれたのは、最後の最後に設置されていた「顔ハメ」ならぬ、「そこで座って写真を撮ってください」という・・・

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ピンク・フロイドの「ウマグマ」のジャケット参加型記念撮影スポット!!

たまたま今ピンク・フロイドの本を読み返していて、この家のことが登場していた箇所を読んだばかりのところだったのでタイムリーだった。(ジャケット・デザインでおなじみの『ヒプノシス』のストーム・ソーガソンのガールフレンドのお父さんが田舎に持っていた家で、デビュー前にフロイドのメンバーたちや無名時代のポール・サイモンがここで行われたイベントで演奏を行ったこともあったそう)

このシュールな設定に感銘を受け、あいにく1人で来ていたから、係員のお姉さんに頼んでシャッターを押してもらう。

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やー、これはうれしかった(笑)。足の置き方もちゃんとギルモアに揃えてみたり。気合い入りすぎて肩に力入っているのが惜しい(笑)
このネタ考えた人には何か一杯おごりたい気持ち。まさかこんなオチに出会えるとは・・・入場無料で、7月23日まで開催中。

あ、テクニクスのレコードプレーヤーが設置されているコーナーもあって、たまたまそのときはロキシー・ミュージックの『アヴァロン』がヘッドホンで聴けるようになっていたのだけど、改めてアナログレコードの音の深みが味わえたのも貴重だった。うっかり手を出したら泥沼の趣味になりそうだが・・・


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2017.05.28

準備風景そのものも、ひとつのアート的な風情(ピンク・フロイド回顧展@V&A博物館)

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ジワジワくる(笑)。

この5月にはじまったロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館でのピンク・フロイド回顧展、その準備作業についての記事(こちら)をたまたまみつけたのである。

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この『Division Bell』のアルバムジャケットのこの頭のモチーフ、この現物を展示するというネタ。

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「ムギュ~~!」って感じ(笑)

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てなわけで、こんな感じでバンドのデビュー50周年回顧展が10月まで繰り広げられている模様。

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そもそもこの企画が昨年発表されたときのプレス向けイベントのときから、豚を飛ばしたりしてシュールさ全開。

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というわけで、常に謎めいた存在でありつつ、公式的には続いているロックバンド(実質的には終わっているんだろうけど)の50周年イベント、おめでとうございます。

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2017.05.27

「生活学校」とか「狂気」とか「HP」とか(なんのこっちゃ)

 奈良の名物カフェ「くるみの木」がプロデュースしている、奈良町の「鹿の舟」で「生活学校」というのがあって、「誠光社」を立ち上げた堀部さんが講師の「よむ」というのがあるとA氏から教えていただき、参加した。最近はこういう催しに参加することがなかなかできておらず、そして堀部さんにはかつて『DIY TRIP』のZINEに関していろいろとお世話になりつつ、そして京都に住んでいながら実はまだ誠光社にすら行っていないという不義理もあったので、この機会にお目にかかれてよかった。

 都合により初日のプログラムしか参加していないのだが、その日の午後のメインテーマがサリンジャーについていろんな角度で解説してもらう内容で、いろいろ知らなかったことを学ぶことができ、なんだか「堀部先生の演習ゼミ」みたいな雰囲気を楽しむ。ちなみに年齢幅がわりとあったはずの聴講者12名ぐらいのなかで、『ライ麦畑でつかまえて』を読んだことのある人・・・で、自分だけが手を挙げていた。堀部さんにとっても意外だったみたいで。ちなみに堀部さんは僕と同い年である。おたがい、適切に「こじらせ」ていたんだろうな、若い頃。
 初夏を思わせる陽射しと、和室を通り抜ける風のさわやかさが身に残る、静かな午後を過ごした。

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 こじらせ、といえば。
 高校生ぐらいのときは何度聴いてもあまりピンとこなかったピンク・フロイド『狂気』だが、たとえばこんな日の朝に通勤途中で歩きながら聴いていてラストの『Eclipse』にさしかかったとき、ふいにどういうわけか急に目頭が熱くなるような感じになって、それは歳を重ねてようやく『狂気』の描く普遍的なテーマ性を理解できるようになったからなのか、単に人生に疲れて精神的にまいっている40オヤジになっただけなのか。それはともかく、いまひたすらピンク・フロイドを聴きまくっている。

 ちなみにこの13年ちかく続くブログの歴史上もっともツイッター界隈で反響を読んだ記事のひとつは、ピンク・フロイドの評伝本についてのネタ、「本を読んでいて久しぶりに心底驚いたこと」(こちら)なのであるが、最近になってこの本の「下巻」をようやく読み終えた次第。つまりそれだけ後期フロイドには関心がなかったのだが、それも加齢とともに変わってきていて、最近は『ザ・ウォール』とかも体になじんできたところ。

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 自宅のパソコンがいよいよヤバい感じになってきたので、買い換えの決断を下す。訪れた電気店でヒューレット・パッカードのオーダーメイドPCを検討していたときに、HPの担当者の人がいろいろと説明をしてくれて、自分好みのスペックを一緒に検討することに。そのなかで最近よく聞く「SSD」のハードディスクについて、「従来のハードディスクとは比べものにならないぐらい、読み込みが速いんです」と教えてくれて、でも現状だと最大で256GBぐらいしか搭載できず、それだったら従来のHDDの1TBを選ぼうかなー、と迷っていたときに、担当者の人が「確かに現状ではSSDの容量はまだまだ少ない」ことを認めつつ、

「まぁ、SSDの速さを知らないままでいるのも良いかもしれません」

と言ってきたのがミョーにウケて、それで私はこの担当者さんに任せてこのHPでパソコンを買おうとその場で決めた。
なんというか、余裕やユーモアを感じさせる接客って、いい買い物をしたと客に思わせるうえで大事だなーと。

あとHPのオーダーメイドPCだと、マウスやキーボードも「なし」で買えるのが非常にありがたい。他のところで本体だけを買おうとしてもなぜか余計なキーボードがくっついてきたりしていて、「本体だけ欲しいヤツは本当に本体だけでいいんじゃないのか!?」と思っていたところだった。

ちなみにキーボードは、もう「東プレ」のREALFORCE以外は使いたくないのである。テンキー無しのバージョン。
まさに「これを使ったらもう元には戻れない」と言える打ち心地。こればかりは「高いだけある」と納得せざるをえない逸品。でもたくさんの人がこれに目覚めて信者になったら価格下がるかもしれないから、みんな買え!

「椅子」と「クツ」と「キーボード」って、どれも「体の動きを受け止める道具」だから、そういうアイテムに関してはできるだけ良いクオリティのものを使いたい。


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2017.05.16

自分が40歳になったことと、U2の”40”と、『おろしや国酔夢譚』のこと

40歳になったのだけど、何か久しぶりに、U2の古い曲『40』のことを想い出して、リピートしたりする。

もっとも、このうつくしい曲の主題は年齢のそれなんかじゃなく、旧約聖書詩篇の40篇だそうで。
「How long to sing this song」って、まさにそんな気分。

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ここ最近の突発的マイブームが、映画『おろしや国酔夢譚』で、その原作となった井上靖の本もがっつり読んだ。
この映画が作られた、バブリーで景気の良かった頃、日本テレビがこの映画について放映していたのを観た記憶が突然浮かんで、この江戸時代の漂流民の実話に基づく長大なスケールの映画が急に今になって気になりだしたのであった。

漂流してアラスカに近いぐらいの離れ小島に漂着して、何も分からないまま、ただひたすらロシアの言葉を少しずつ覚えて順応していって、そこから帰国を願いつづけて9年間、最終的にはこの大黒屋光太夫はシベリアを超えてユーラシア大陸の西の端、サンクトペテルブルグまでたどり着くという、とんでもなく数奇な運命のなかで、女帝エカチェリーナ二世に直接会えることとなり帰国許可を陳情するわけだけど、人間の持っているエネルギーとか精神力とか、ありとあらゆる部分の感動を覚えてしまう話である(帰国後は鎖国体制下の事情により、かなり不遇な晩年を送ったそうだが)。
 そしてどうしたって命を落としそうな過酷な生活環境と決死の大移動のなか、あらゆる場所で光太夫らを支え、応援してくれた無数の人々がいたのも確かであり、距離や時代を超えたヒューマニズムに、純粋に心打たれるものがある。

とまぁ、最近の私はことあるごとにこの『おろしや国酔夢譚』の話をしているのだが、先日、職場での懇親会の席上、同い年の同僚S氏にそれとなくこの映画の話をすると、彼は中学2年生のときにリアルタイムでこの映画を観てから、たまたまモンベル社の企画で「ロシアの川を3ヶ月間、ロシア・アメリカ・日本の若者が一緒になって川くだりをするツアー」というのに出会い、親に頼んでひとり中学生ながら参加して、初の海外体験をロシアの果てしない川下り、しかも言葉もよく分からない者同士で過ごすということをしたという話をしてくれた。なんたる奇遇。そして中学2年といえば1991年で、ソ連崩壊の大変革の時代だったはず。こんな身近に、そんなとてつもない冒険をしていた人が居たとは! と、驚きまくってしまった。

人生ってこういう感じで、ちょくちょくビビらせてくれるから好きだ。

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2017.02.06

「余情」っていう言葉。

先日のネタ(たほいや)で『広辞苑』に親しむようになってから、ときおりパラパラとめくることが多くなった。自分が使ったことのない言葉、まったく知らない言葉との出会いを楽しんでいる。

そんなわけで最近の私の中に響いてきたのが、「余情」という言葉である。

余る情と書いて余情。

意味は、「ある行為や表現の目に見えない背後に、なお深く感じられる風情。行為や表現のあとに残る、しんみりとした美的印象。言外の情趣。」
とのこと。

うむ、あまり触れたことがない言葉ではあるが、観念としてはすごく共感できる。

それとともに考えさせられるのは、まさにこういう「余情のある表現」っていうのが、このごろだといろんな領域で不足しているような、もっと言うと失われつつあるんじゃないか、ということだ。
「余情」はひょっとしたら、気づかれにくくて面倒くさい感じだったりもするだろうし、まどろっこしかったり、思わせぶりだったり、そういう受け止められ方をされてしまいがちかもしれない。

何せ言葉の意味に「言外の情趣」とある(この「情趣」って言葉もなかなか使わないけど、いい言葉ですね)。「言外」というのは、言葉の意味として、その意味や示すものの「外側」を無理矢理でも伝えようとする、ある種の矛盾がそこにはあるわけで、そこをひっくるめて「余情! 以上!」みたいな感じで、潔い日本語であり、独特の感覚である。

こういう話を書きたくなった背景を思い返すと、最近とあるお店でご飯を食べていたら、そこで流れていた有線放送のBGMで、最近売れてる曲なのかどうかも分からないとあるポップソングの歌詞が、「ずっと仲の良かった友だちがいま結婚式を挙げている。昔はこんな日がくるなんて信じられなかったけど、これからは幸せになってね」みたいな内容なのだが、その歌詞のフレーズが、まさに「ずっと仲の良かった友だちがいま結婚式を挙げている。昔はこんな日がくるなんて信じられなかったけど、これからは幸せになってね」っていう「言葉そのもの」がひたすら羅列されていて、「なんじゃあそりゃあ!!」っていう気分になったわけである。つまりはこれは「余情がない」言葉なのですよ。こういうのは歌詞というものではなく、「単なる説明文」だと思うわけで。どうしていつの間にかポピュラー音楽界は余情を失ってしまったんだろう、っていう。

古いものを礼賛する悪いクセをここでも発揮して申し訳ないが、この現代の貧相な日本語歌詞の世界観でいえば、80年代における銀色夏生が書いた名作『そして僕は途方に暮れる』の歌い出しの絶妙な歌詞も、現代風に変換すれば「彼女が家を出て行って、僕はとっても哀しいよ」みたいな歌詞になりかねない。

ていうか、そもそも、それだとこの曲のタイトルも『そして僕は途方に暮れる』じゃなくて、『僕は別れて哀しい』になるのかもしれない・・・余情、あぁ余情!

Charaのカバーしたバージョンもすごくいい。


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2017.02.01

RIP, John Wetton

 いつも乗る電車を今朝は乗り過ごしてしまった。それはきっとこの日の朝はあらためてゆっくりスマホでツイッターをチェックする時間が必要だったからなのかもしれない。そうしてジョン・ウェットンが亡くなったことを知った。

 英国プログレッシヴ・ロック黄金時代のさまざまなバンドを渡り歩き、そのジャンルそのものを体現していたミュージシャンとして、ウェットンにはそれ以外の形容が見当たらない。それはまさにプログレッシヴ・ロックのひとつの時代が終わったわけで、いやそもそも「ひとつの」っていう言葉ももはやいらないのかもしれない。

 キング・クリムゾンの『Red』は、いまもなお、自分にとっては「ここぞ」という集中を要する作業のときなどに、ひたすらリピートで聴くことが定番となっているアルバムだ。作業中にかけるBGMとしてはふさわしくない盤かもしれないのだが、ウェットンのベースが、ビル・ブラフォードの変幻ドラムと合わさって織りなす音楽空間はこれからも自分のなかにいろいろなインスピレーションを与えてくれるだろう。そういう意味では心からある種の恩義を感じるアーティストであり、そんな彼の姿を一度しかライヴで観たことが無かったのが本当に悔やまれる。どうか安らかに・・・ライヴの定番MC「キミたちサイコダヨ」を想い出しつつ。


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2016.12.07

黒沢健一、ありがとう

 出張で、梅田のとあるビルの一室にたどりつき、ブラインドの隙間から見える大阪の街を眺めながらぼんやり座っていた。

 そのとき、かつて高校3年のときに組んだバンドメンバーのLINEグループ宛てにボーカルのK奈から書き込みがあって、

「黒沢健一、ありがとう」

とあって、
すべてを察した。


つらいなぁ、いろいろと。

さいきん。


早すぎる死に黙祷。

みんなでL⇔Rの曲をたくさん練習した1995年の記憶とともに。

個人的にはこの一曲。


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2016.11.14

ULTRA4@今年も学園祭に出させていただきました、の話

 今年も学園祭で、職員おっさんバンド"ULTRA4"で出演させていただく。

 今回の開始時間が夕方17時前で、晴れた秋の午後の空の色や、周囲をただよう空気感が刻々と変わっていくような時間帯で、ステージ上でOasisの『Champagne Supernova』を演奏しているときなど、あの曲の雰囲気とともに忘れがたい気分を味わった。

 あの日のセットリスト。

 Jet 『Are You Gonna Be My Girl』
 

 Feeder 『Just a Day』

 Feeder 『Just The Way I'm Feeling』

Oasis 『Champagne Supernova』

もうホントにこの曲大好き。そして今回の出演に際して、あまりに練習しなくて新曲を覚えたがらない私に業を煮やして(?)、メンバーがこの演奏し慣れた曲をセットリストに加えてくれたことに感謝。

Feeder 『Feeling A Moment』

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ちなみにこの日の演奏直前まで、伏見区の大手筋商店街で友人がかかわる「蔵ジャズフェスティバル」にいてて、フジヤマウンテンのクールな演奏を時間ギリギリまで味わって、その足で学園祭会場に向かったのも、すごくハイテンションな刺激を受けることができて良かった!

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2016.11.05

Feederのライヴのこと、そして次の土曜日は学祭に職員バンドで出ます

 次の土曜日12日は職場の学園祭でULTRA4の演奏をさせていただく。たぶん16:50ごろ。

 今のバンドはoasis以外のバンドの曲のコピーもやっていて、そのひとつがFeederなのだが、奇しくも本物が来日して大阪でもライヴをやるというので、バンドメンバー総出で観に行ってきた。

 整理券番号が前の方だったので、最前列で味わうホンモノのFeeder。そもそもバンドメンバーのmizuix氏が昔からプッシュしていてその影響で聴いているのだが、とはいえ自分は曲名とかをちゃんと覚えているわけでもなく、ちょっと申し訳ない気持ちもあった。
 バンドのメンバーの顔と名前もほとんどわかっていなくて、それも申し訳ない。でも最前列で演奏に圧倒されて楽しくて手拍子してた。
 この日演奏したあらゆる曲がよくて、帰り道もずっとテンションが高ぶっていたのだが、でも個人的には知らない曲も半分くらいあって、うむ、申し訳ない。
 最前列の端にいたファンが、バンドのお膝元であるウェールズの旗を振り回しているのが見えて、あぁこういうのも準備しておけばよかったと思えた。とはいえ、私はイギリス好きを公言し続けているくせに、実はまだウェールズにまでは行ったことがなくて、申し訳ない。



↑自分たちがコピーしている『Just The Way I'm Feeling』。この曲は弾いていて心地よい。はじめてこのPVを観たが独特の味わいでかなり好きだ。

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ちなみに今回のFeederのライヴは、フレッド・ペリーの主催するイベントでもあり、来場者全員にフレッドペリーのロゴ入りリストバンドが配られて、おおいに嬉しがったのだが、よく考えたら今までフレッドペリーなんて高い服買ったことなくて、やっぱり、申し訳ない。

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