Posts categorized "経済・政治・国際"

2016.02.01

スマートレターとかクリックポストとか、日本郵便のサービス名称がいまいち覚えにくい

今日まで知らなかったのだが、日本郵便はクロネコメール便を叩きつぶしたあとに「スマートレター」なんてサービスをいつのまにか始めていたのな。

A5サイズで1kg以内だったら180円で送れる。

ちょうどDVDケースがぎりぎり収まるぐらい。

Jppostalfuck

ちなみに信書もOKとのこと。

政治的圧力により(そう言い切ってもいいだろう)、クロネコメール便がなくなってしまったあと、どーしようもないので、腹立たしさを覚えながらもしぶしぶ日本郵便の新サービスである「クリックポスト」を使うようになったのだが、いずれにせよこの手の郵便サービス、ネーミングがいまいち覚えにくい。どういうわけか、記憶に残りにくい。

実際、さっきこのスマートレターを買った「ゆうゆう窓口」のスタッフだって、「スマートレターください」と言ったら一瞬ポカンとして「なんだっけ」みたいな瞬間があったことを、私は見逃さなかったぞ。
(あ、『スマートレター』って、ひょっとしてスマートフォンという言葉が由来なのか? まさか、そんな)

それで思い出したが、どうして「エクスパック」という名前をやめてわざわざ「レターパック」に変更したのかもよく分からない。「レター」って、もはや郵便局という概念においてトータルに関わってくる言葉だから、あたかも飲食店チェーンの名前に「グルメ・レストラン」って名付けるぐらい落ち着かない感じがするのだが。

で、私なぞは、あえて郵便局の窓口でもいまだに「エクスパックください」って言ってしまうのである。たぶんこれからも意図的に「エクスパック」って言いたくなるかもしれない。



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2016.01.20

「あったかもしれないパラレルワールド」としての、昭和15年の東京オリンピックを今この時代に思うこと: 『幻の東京五輪・万博1940』(夫馬信一・著、原書房)

1940tokyo

 『幻の東京五輪・万博1940』夫馬信一・著、原書房

 2020年に「また」東京でオリンピックが開催されるわけだが、そんな状況においてこのような興味深い本が出たので紹介させていただく。

本当だったら1940年、昭和15年に行われていたかもしれない東京五輪・札幌冬季五輪・日本万博について、その計画経緯や準備状況、そしていかに「幻」に終わっていったかを丁寧に、豊富な図版とともに検証していく本である。歴史に疎い私は、戦前に冬季五輪や万博までもが計画されていたことなど、これまでまったく知らなかった。

 で、私がこの本の存在を知ったのは、実はひょんなことで私もこの本の、ほんの0.1ミリ程度だけ貢献させていただいたからである。

 このブログとは別にやっているサッカーのブログで、2012年の正月休みに訪れたベルリンのオリンピックスタジアムにあった鐘の写真を載せていて、著者の夫馬さんがたまたま検索でその写真にたどり着き、画像の使用許可を問うメールをくださったのである。そういうところで役に立つのであれば、私にとってあの旅はさらに意味のあったものになるわけで、うれしかった。

 「あとがき」を読むと、著者の夫馬さんはこの本を9年かけて準備されていたようで、70年近い時を隔てた資料や証言と格闘し続け、そしてその間に2020年の五輪が奇しくも東京に決まったり、そういったタイミングのなかで、寒空のベルリンで私の撮影した何気ない写真も、インターネットでもたらされた縁によって関わり合いをもつことになったわけで・・・不思議なつながりのなかで私が知り得たこの一冊の本もまた、「五輪をめぐる歴史」のひとつになっていくのであれば素敵なことだと思った。

 ちなみに巻末の協力者のクレジットのところ、名前だけじゃなくこのブログのタイトルまで入れてくださっていて、ちょっと恐縮(笑)。


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2015.11.19

いまの日本でもっとも重要な展覧会のひとつとしての「ジャングルにひそんで28年 横井庄一さんのくらしの道具展」@名古屋市博物館

 決して大きい展覧会ではないが、これを観るために名古屋市博物館へ行ってきた。私にとっての「DIY的精神」の、もっとも過酷な極みの事例として横井庄一さんがあると思ったからである。

 この展示では、実際に横井さんがグアムの残留兵士として生き続けるなかで自力で作った道具や衣類を紹介し、それとともに地元の名古屋の人が収集保存してきた、戦時下におけるプロパガンダポスターを背後に掲示することで、横井さんが巻き込まれた物事の背景を示していた。

 そして当時の新聞記事もいくつか展示されていて、無知ゆえに私は横井さんの他に2名の元日本兵が一緒に暮らしていて、横井さんが発見された年の8年前に亡くなっていたことを、今回の展示を通してはじめて知ったわけだが、とある新聞の隅に小さく掲載されていた記事に衝撃を受けた。それは途中で亡くなった元兵士の遺族のコメントで、「8年前まで生きていたのなら、横井さんにもっと早く出てきてほしかった」というものである。それは横井さんの帰還にまつわる賑やかな報道のなかにおいて、そしてそれにともなって伝えられる「歴史のありかた」において、確実に私にとって完全に盲点の角度だった。そしてその遺族のコメントが示すような、数多くの同じ境遇の兵士たちの無念な想いが、横井さんの影で歴史のなかで消し去られていくことも、しかと認識させられた次第である。

 ちなみに 「横井庄一記念館」は、いま横井さんの奥さんが自宅を毎週日曜日に開放して行っているとのことであるが、もっとパーマネントに多くの、とくに子どもたちに伝えられるような状況になってほしいと強く願う。

 名古屋市博物館での「横井庄一さんのくらしの道具展」は11月29日まで(くわしくはこちら)。

 ジャングルでのサバイバルのために作った道具たちもさることながら、帰国したあとの日々において横井さんが書いた掛け軸の書たちにも圧倒された。自分の力ではどうにもならない、ある種の愚かな人間たちの歴史的な過ちによって翻弄された人が書く「今日無事」、「仏心」の文字は、まちがいなく今の、この日本において、必見のものと思える。


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2015.08.21

映画『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』/「美しく捉えること」のジレンマと破壊力と

 セバスチャン・サルガドはブラジル出身の報道写真家として、いわゆる途上国の内戦や貧困問題の現場に赴き、そこで目の当たりにした厳しい現実をカメラで捉え、ありのままの惨状を世界に伝えてきた人物であった。

 正直にいうと、映画をみるまで私はその人の名前と仕事が一致していなかった。ヴィム・ヴェンダースがこのドキュメンタリー映画を手がけたことだけが自分にとっての手がかりみたいなものであり、そういえば『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』や『ピナ・バウシュ』のときと同様、ヴェンダースが映画にすることではじめて私はその人の営みを知ることとなった、ということである。

 ヴェンダースの側に寄り添ってこの映画をあらためて考えると、ヴェンダースはとにかく「見る/観る/視る」ことへのこだわりがある人なので、そういう意味で彼が写真家という存在をテーマに映画をつくるということには、視ることのアートを探求してきたヴェンダースにとってもそれ相応の覚悟みたいなものがあったのだと思う。

 そのうえでいうと、この映画がよかったのは、もはやヴェンダースは単なる「聞き手」であって、もうそれ以上の出しゃばった感じがなく、この映画においては「視る」ことの主役はサルガドの写真作品そのものであり、その1枚1枚の写真が訴える社会の真実だったり残酷な人間の行いだったり・・・が、「それ以上の説明」を必要としないぐらい、圧倒的なチカラで観る者の心に突き刺さってくるのだった。そして映画監督としてのヴェンダースの仕事は、「聞き手役」に徹してそれらの写真作品を生み出したサルガドの人物としての奥行きを伝え添えていくことであり、今回のヴェンダースはいい仕事をしたはずだと、ちょっと安心した(笑)。(や、最近の彼の映画の評判がすこぶる悪いらしいので・・笑)

 サルガドの作品が果たした社会的影響力や取り上げたテーマについては、もはやそれを語り得るほどの知識がない自分が残念でならないのだが、今年の2月に仕事で出会った『ASAHIZA』の映画のときと同様、「過酷な現実を、(芸術として)美しく捉えてしまうことのジレンマ」といった問題にも通じるものがあって、映画ではそのあたりのことは触れてはいないのだが、個人的にはそこが問題意識として残ったのが収穫。いろんな考え方ができるが、「過酷な状況を、それでも芸術作品として切り取ったとしても、それゆえに多くの人の関心をひきつけたり、衝撃を与えることができるのであれば、それはアートのチカラとして素晴らしいことだ」という考え方もできるし、一方ではそこにたいする批判も当然ありえる。ただこの映画を見終わった私としては、ほんの少しだけ「美しく切り取ったからこそ、この現実の意味がさらに重要なものになっていったのでは」という側に考えが寄っていっている。

 とにもかくにも理屈抜きに、彼の写真作品をあらためてじっくり堪能したくなっている。写真、とくにモノクロ写真の力強さというものにあらためて感じ入った次第である。

 あと、ちょっと話がそれるが、湾岸戦争時のイラクによるクウェート油田火災の鎮火作業を追った写真なんて、サルガドはあの炎と油まみれの地獄のような場所で、どうやってカメラ機材をケアしながら撮影していたのか、そういう細かいところがすごく興味をかきたてられたり(当時はデジカメもなかっただろうから、フィルム交換とかもどういうテクニックで行うのか、とか)。

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 公式ホームページは(こちら)。京都シネマだと明日22
日から上映するようだ。

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2015.07.27

Suite Night Classic 29th 難病・遠位型ミオパチー治療支援×ミュージック・フォー・ザ・ピーポー

ワンダフルボーイズのサックス奏者林未来彦くん、そして今は奇妙礼太郎トラベルスイング楽団にいる安田崇さんが主宰する、難病の遠位型ミオパチーのためのチャリティ・ライヴイベント、「Suite Night Classic」も29回目ということで、ひたすらに、「握ったコブシを緩めない、グリップの強い問題意識(by 鶴見俊輔)」のとおり、じっくりと途切れることなくこの活動を続けている

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今回の会場が阿倍野のROCKTOWNになったのは、いろいろ調べて「車いすの人が来やすいバリアフリーが整っているライヴハウスだったから」とのこと。この日は当事者の方々も登壇され、あらためて遠位型ミオパチーという病気についてのレクチャーや現状解説について、ライヴ演奏の合間に、ホールの外側のスペースで行われていた。この「切り替え」の時間の使い方が見事だと思った。

今回の林くんのプレゼンで、(うろ覚えなのだが)現在の国の医療費の割合で、難病対策にかかる予算は全体の0.4パーセントほどで、たしか300億円もない数字だった。最近の私にとっては「新しい国立競技場に2500億円」そして「ガンバ大阪の、寄付金集めまくって作る新スタジアムが140億円」っていうのが「マイブームの尺度」と化しているので、いかに国立競技場が妙なことになっているかが痛感されたり・・・そこに比べて難病対策費用の微々たるものよ。そういうことをあらためて目の当たりにして言われると、いろいろ考えさせられる。ライヴそのものも楽しみつつ、頭の片隅では「あー、国立競技場ってなんで2500億もかかるんだよ(せめてあの古い国立を壊す前に踏みとどまってほしかったなー。あれはあれで好きなスタジアムだった・・・)」って思えていたりして、そういうのも含めてこのチャリティ・ライヴイベントは、有意義なのであった。音楽を聴いた想い出とともに、頭のなかでグルグルと考えていたことの記憶とが一緒にのこっていく、そんな日。
(あと先日の記事で書いたツイッターのリツイート数が、このライヴのあいだにも2000とか3000件ぐらい爆発的に増加し続けて、たまにチラチラとスマホの通知画面をみては恐れおののいていたことも含めて・・・)

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なんとなく気分的にアップしたくなった写真。このあいだ三条大橋の上で、あまりに夕陽が神々しくて、iPodのパノラマ写真機能を使って撮影してみた。最近この機能がお気に入りで、もっと早くこの機能に気づいていたら、ドイツ旅行で観たサッカースタジアムとかもっと楽しめたはず・・・

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クリックしたら大きくなるよ

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2014.11.10

『ヒップな生活革命』著者・佐久間裕美子さんトークイベント@京都市立芸大ギャラリー@KCUA

 アメリカにおいて近年ひろがりを見せているオルタナティブでインディペンデントなライフスタイルの現況を、徹底した現地取材を通して描いた本『ヒップな生活革命』(朝日出版社)の著者・佐久間裕美子さんが来日し、この数日間あちこちでトークイベントをされていて、今日は京都市立芸大のギャラリーKCUAで行われたので参加してきた。

 本には書かれていないことについて話していたことで印象的だったのは、最近佐久間さんが取材を重ねているというデトロイトの事例。
 自治体の財政破綻や不況により、産業力や人口が激減し、交通インフラも悪化していったなかで、30代の若者が、中古のバスを買い取って、いわゆるコミュニティバスを自前で運営しようとした。しかし前例がないということで、保険も下りず、なかなか現実には難しいわけである。
 そこで目をつけたのが、飲み屋さんの存在。飲んで帰るお客さんを、いわゆる「代行タクシー」みたいに家まで届けるというサービスをすると、飲み屋のサービスの一環とみなされて規制をクリアできるとのことで、「それなら地域の飲み屋さんと飲み屋さんを結んでいって、独自の『バスルート』で運行すればいい」というアイデアに至ったとのこと。
 こういう「簡単にはめげないで粘り強くアイデアをひねりだす発想力」みたいなものが、私にとっては「DIY精神」の一種だと思えるので、痛快に思う。
 そんなわけでこの本はそういう「生活革命」ムーブメントとしての発想のネタになるような事例が、食べ物やファッション、音楽やメディアといったさまざまな分野から紹介されている。どれも「あー、いい線ついてるなー!」と感心することしきりなので、こういう話がもっと日本でも一般的にひろがっていけばいいなぁと願う。

 あとどうしても個人的に質問したかったことがあった。この本で紹介されている「エースホテル」の事例が特に興味深くて、安い施設を買い取ってホテルにするのだけど、いわゆる一般的なホテルとは違って、アーティストやクリエイターといった人々を招き入れる仕組みを充実させ、部屋代を安くするなど、とにかく「人と人が出会う刺激的な場づくり」を追求していったとのことなのだが、この事例を読んで私はどうしても、自分の人生で最も大事にしている小説である『ジェネレーションX』(ダグラス・クープランド・作)のことを思わずにはいられなかったのである。
 この小説は最終的に主人公たちが砂漠の生活から離れて、小さなホテルを自分たちで経営するために新たな旅に出るところで終わるのだが、そのホテルをどういうふうにするかというプラン(妄想)が、登場人物の一人であるダグによって物語の途中で語られていて、引用すると・・・

「友だちや変人たちだけのための小さなホテルを開くんだ。スタッフには、齢とったメキシコ人の女性と、気絶するほど綺麗なサーファーやヒッピー・タイプの若い男女を雇う。そういうのは、大麻をやりすぎて脳みそがスイス・チーズ化しているからな。そこにはバアがあって、みんな名刺や金を壁や天井に止めるんだ。照明は唯一、天井のサボテンの骨格の蔭に隠した十ワット電球いくつかだけ。夜ともなれば、お互いの鼻から亜鉛軟膏を洗いあい、ラム・ドリンクを呑み、物語を語る。いい話をした人間は、ただで泊まれる。バスルームを使いたいときは、壁にフェルト・ペンで面白いジョークを書かなくちゃならない。そして、どの部屋も節だらけの松材を壁にして、お土産には、みんな小さな石鹸を受け取る」

 ・・・とまぁ、あらためて読みかえすと荒唐無稽な部分もあるが(そして何度読み返しても黒丸尚さんの訳はとてもリズミカルで素敵だ)、でも基本的なコンセプトはそのまんまな気がしたのである。「エースホテル」もこの本によればヴィンテージ家具と現代アートをミックスさせた内装に、「髪が長く伸びきって腕にタトゥーが入っていたりするキャラクターの濃いスタッフ」が玄関で迎えてくれたりしているらしく、なんだかこの小説が書かれた90年代初頭の流れから思うに、「エースホテル」を作った人々は・・・もしかして・・・・ひょっとしたら・・・このダグラス・クープランドの小説に影響を受けていたりするのでしょうか? そういう話が取材の中で出てきたりしていませんでしょうか? という、直感的かつ個人的な興味による質問であった。

 で、佐久間さんも実際この小説がアメリカでたくさん読まれていたことは認識されていたようで、そのうえで「(その小説の内容を取材時に)知っていればよかったです」と答えてくれた(エースホテル創業者のアレックス・カルダーウッド氏は昨年若くしてお亡くなりになっているのである)。

 いやー、こういう質問ができてよかった。読者としてはものすごく贅沢なシチュエーションだった。なんだか久しぶりに『ジェネレーションX』のことを強い感情とともに思い起こす機会にもなったわけで。

 でも、こうしてブログを書いていてあらためて思い至るのは、『ジェネレーションX』のサブタイトルは「加速された文化のための物語たち」とあって、これってインターネット時代の直前に書かれた小説としては、その後のこの状況にたいしてモロに響いてくる「鋭さ」があるわけで。モノや資本や人間関係とかが加速させられまくったあげくのオーバーフロー気味な昨今の状況が、こうしたオルタナティブでインディーズな生活思考のムーブメントの広がりをもたらしたのであれば、うむ、やはりこの小説は今でこそ読まれる意義のあるものかもしれない・・・などなど。


 

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2014.03.22

考えてみたら「笑っていいとも」を生放送で視聴できる最後のチャンスだったかもしれず、そんな日のゲストがよりによって安倍首相だったこと

よりによって『うさぎ!』の連載をしている小沢健二がテレフォンショッキングに出て、その次の日のゲストが安倍首相だったことはオザケン的にどう思ったか。

よくよく考えたら祝日だったので「いいとも」の放送を生で観られる最後の日だったわけで、そこにあわせてテレフォンショッキングに安倍首相がくるという、まぁ、とにかく、「狙い通り」だったのだろうけど、何とも言いがたい展開だった。

タモリさんが「政治家はバラエティをバカにしていませんか」って聞いていたけど、それは意味の無い質問だったと思う。バカにできないからこそわざわざこんな舞台設定を整えて首相が出演したがるわけで。聞くべきは「政治家はバラエティ番組をみる国民をバカにしているでしょう?でもそれでオッケーなんですよね?」だった。首相が「いいとも」に出る行為のなかにその答えもあるわけで。

タモリさんも本当は違う話がしたかったかもしれないが、終始無難な話で推移していくし、この「やりきれなさ」のなかでこの国民的番組がフィナーレに向かっていったことを記憶に留めなくてはいけなくなり、なんだか悔しさとガッカリ感が残ってしまっている。

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さっきネットのニュースで「踊る客室乗務員に当局が警告、インド格安航空」っていうのがあって、まぁ副操縦士がスマホでダンスの様子を撮影していたのは確かにマズイとは思うが、私としては徹底したコスト削減が必須の格安航空会社であるにもかかわらず、わざわざプロのダンサーを呼んできて乗務員にダンスの訓練をさせていたというヒューマンな部分を評価してあげたい気分でもある。

そしてそれ以上に、このニュースをみるまで「スパイス・ジェット」なる名前の航空会社があることを知らなかった。このストレートすぎる名前のインパクト。日本だと「お米航空」みたいなフィーリングか。

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2014.01.14

雑誌『spectator』の「ホール・アース・カタログ特集」を読む前に、池田純一『ウェブ×ソーシャル×アメリカ:<全球時代>の構想力』を読む

雑誌『スペクテイター』が、ついに「ホール・アース・カタログ」特集を組んできて、そっちを早く読みたい気分をおさえ、この年末年始の「課題図書」として、宿題のようにこの『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』を読んでみた。

自分は『DIY TRIP』というZineを作るべくシアトル・ポートランドにいって、DIY精神とは何かを考えようとしていたわりに、じつは「ホール・アース・カタログ」のことはほとんど知識として持っていなくって、そのことが最近になってジワジワと「あぁ、もったいなかった」と悔やまれつつもあった。そんな折に、さすが『スペクテイター』は、タイミングよく鋭いボールを放り込んできた。そんな気分。


↑いまこれも手元にあって、パラパラめくったけど、ヤバイっす。実物の「カタログ」をまだ見たことがない読者のために、かなり丁寧にこの書物の説明をしてくれている。そうそう、こういうのが読みたかったのよ的な気分が高揚。

そしてこの新書『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』は、発行年でいえば大震災の頃にあたるわけだが、「2007年以前の、あの取材旅行に出る前の自分に渡してあげたいと思えた本」だった。もちろんその時点ではこの本で取り上げているフェイスブックもツイッターも自分の生活圏では存在していなかったわけだが。

自分なりにこの新書をヒトコトで説明してみると、「アメリカの精神史をひもとき、そこからパーソナルコンピュータやインターネットが生まれていく構想力を解き明かす」という本だ(もちろん、読み方によっては違う方向性もありえる)。

で、その中心的課題、補助線としての役割として、スチュアート・ブランドという鬼才によって作られた「ホール・アース・カタログ」によって影響を受けた実践的な思想、カウンターカルチャー周辺をこの本ではものすごく丁寧に解説してくれている。

「ホール・アース・カタログ」が、単にヒッピーがDIY精神的な隠遁生活を送るうえで有益な情報を提供しつづけたメディアだったという以上に、機械技術・産業の発達や、社会生活・コミュニケーション、そして何よりエコロジー・生態系に至るあらゆる領域への反省的態度をうながしていく役割を担ってきたわけで、そこで影響を受けまくった人びとが、このカタログの思想的影響に基づいて今日のメディア環境や社会経済を作り上げてきたわけだ。

つまり、僕らの時代だとますます想像しにくいのだけど、60年代においては「コンピュータも、自然回帰的な農業も、宇宙を目指すNASAの活動も、LSDドラッグも、ヨガや瞑想も、全部、みーーーんな『意識の拡張』という目的意識のもとでは、あまり大差ないものとして捉えうる状況だった」ということがポイントになってくる。「ホール・アース・カタログ」は、それらをうまくまとめあげて、多くの人に「カタログ」というフォーマットで提供したメディアだった。結局その思想性は、今日に至るまで、つまりはスティーブ・ジョブズがアップル製品で到達しようとした領域につながっていく。

とにかくいろいろな分野にまたがった論考で、読む方もだんだんしんどくなってきそうな内容だが、でも不思議と次々と好奇心にかられてページをめくる手が止まらなかったのは、ひとえにスチュアート・ブランドという不思議な人物と、その「ホール・アース・カタログ」という、素朴な手触りの「太古のウェブ的メディア」がかもしだす時代的な煌めきというようなものが本書の内容に通底している感覚があったからだ。

どうしてパーソナルコンピュータが、インターネットが、そして2010年代にフェイスブックやツイッターがアメリカから生まれてきたのか、その根幹に迫っていくなかで、最終的な結論としては「すべては宇宙開発が先にあったからで、パソコンなどはその過程で生み出されたにすぎないもの」となっている。ただ、自分としては、「その宇宙開発ってやつも、大本をたどれば、国防・軍事利用という要素があるんですよねぇ・・・」と、小声でつぶやいてしまいたくなる。

でもまぁ、その結論が正しいとかそういうのは脇に置いてでも、「DIY精神」を考えるうえでも日本語で書かれた本のなかではとてつもなく有益な一冊。


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2014.01.07

Googleはたまに、本当に、怖ろしく思うときがある

さっき食料品店でオリーブオイルを買おうと思い、いくつかの銘柄のなかから、イタリアのCIRIO社のオリーブオイルを選んだわけである。

CIRIO社のオイルを選んだ理由は、「そういえばCIRIOって、むかしイタリアのラツィオ(サッカークラブね)のスポンサーだったな、なつかしいなー」という程度の理由だった。

9900lazio_centenary_f
これね。

で、さっき、ふと思い立って、「本当にCIRIOはラツィオのスポンサーだったっけ」と気になったので、グーグルで画像検索をしたわけだ。

上記のようにユニフォームの画像を検索しようと思い、そのとき「たしか1999年-2000年シーズンあたりは、CIRIOはラツィオのスポンサーだったはずだ」ということで、グーグルの検索窓に、まず「99-00」と入力を開始したら、

いきなり、

Kowaiyogoogle

Di_canio\
「なんで99-00の検索語を入れただけで、グーグルが予測するフレーズに具体的なサッカークラブ名としての『ラツィオ』だけが表示されるんですかぁぁぁぁぁーーー!! 
こわいよこわいよなんだかこわいよーー!!」

となった次第。

や、ほんと、なんででしょうかね。グーグルはどうしてこの「ラツィオ」というコトバを予測してきたのか・・・(まぁ確かに、ちょうど99-00年シーズンはラツィオ創立100周年の記念年にあたるようなのだが、それにしてもこの予測ワードの登場の仕方が、かなり心臓に悪いよ!)

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2013.09.11

終わらない出来事の記録としての『9.11:アメリカを変えた102分』

いまスカパーのヒストリーチャンネルで、この日は今年も『9.11:アメリカを変えた102分』のドキュメンタリー番組を流している。
そして以前もこの日にこの番組をみたことについてブログに書いていたりする(こちら)。

こうして今年もこのプログラムを観ていて、あらためてこの映像作品が示唆するところの多さを感じている。
毎年この日には流して欲しい。この年生まれた人はもう小学校を卒業する世代になっている。
東京五輪は、テロとの闘いにおいてもまた、新しい問題を抱えてやってくるイベントでもあるのだ(何度でも言うが、サッカーのワールドカップではテロは起こらないが、オリンピックではテロが起こりうる。だから2002年のW杯は参考事例にすらならない)。

このドキュメンタリーは、たまたまビデオを撮影していた一般市民の映像資料や、消防・警察の無線記録、ニュース映像などをあの日の時系列にあわせて構成し、ナレーターや解説を入れずに、ただ淡々とひたすらあの日の出来事を記録として見せてくれる。

で、あらためて今回観ていて感じたことは、やはり1回目の攻撃のときは、屋外にいる人たちは情報がないため(そう、このときは誰しもがガラケーしか持っていないし、Twitterなんてなかったわけで)、正しい情報が得られない人々は「ビルの火災」程度にしか見ていなくて、街全体が余裕をもったムードで様子を眺めていた状況だったことがリアルに伝わってくる。
そうしてみんながWTCビルに注目しているなかに2回目の攻撃を目撃したわけで、そこではじめて「意図をもった攻撃」としてテロリズムの存在を認識し、そこからの衝撃と動揺が、修羅場として記録されている。

ビル崩壊後に、付近の通りを猛スピードで包み込む粉じんと、そのなかで通りを走って逃げる人々の目線にもいくつものカメラはこのとき作動していたわけで、その映像をみると(それがテロであれ通常の火災であれ)いかに煙が怖ろしいかを痛感する。先日、職場で防災訓練があったときにも「煙体験」をしたのだが、この映像をみるとなおいっそう、「先が見えない状況での避難」が、自分が想像する以上に困難で危険がつきまとうかを思い知らされる。緊急車両や、避難のための自動車もたくさん通るはずの道路に、たくさんの人が路上にはみだして走って逃げるけど、そこを猛スピードで煙が覆って視界が悪くなると、どれほど危ないことか。

そして、いろいろな立場の人から提供された映像を編集して作られたこのドキュメンタリーを通して、この日を境にいっそう強まる「監視社会の加速度的発展」を思い、そして最近のスマホの異様にハイテクなカメラ装置に伴う「国民総監視社会」的な展開を思ったりするわけで。

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