カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2020.05.09

動きの遅い私でも、いつでもメディアになりえること:『野中モモの「ZINE」:小さなわたしのメディアを作る』について

 

『野中モモの「ZINE」:小さなわたしのメディアを作る』(晶文社、2020年)

 

この本の帯にはこう書いてある。

「何かを作りたいと思ったら
 あなたはいつでも
 メディアになれる」

 フリーペーパーのようなものを作ってみたいと衝動的に思ったころの自分に言ってあげたい言葉だ。


 
 ごくたまに、若い人に向けて、自分が作っているものについての話をさせてもらう機会があったりする。そして私が高校3年生のときにフリーペーパー『HOWE』を作りはじめた頃のくだりで、必ず言いたくなることがある。
 それはきわめて当たり前のことなのかもしれないが、「人がメディアを語るとき、その人がどういう時代のなかで、どのような個人史においてメディアを捉えてきたか、そこを想像しながら聴いてほしい」ということである。

 私が自宅のワープロ機で最初のフリーペーパーの原稿を印刷したとき( とはいえインクリボンは高額だったのでめったに使わず、熱転写でプリントできる安い感熱紙であらゆる文書を打ち出していて、こうした保存がきかない紙で初期の『HOWE』を作っていたことを後々になって後悔することになるわけだが )、まだインターネットというものの存在は知らなかった。その年の暮れに「Windows 95」というパソコンの基本ソフトが発売されて盛り上がっている様子がニュースで盛んに報じられていたが、まだそのことの本当の意義やその直後に起こりうることはよく分かっていなかった。
 その翌年大学に入り、友人MSK氏に教えてもらい、図書館に置いてあるごく一部のパソコンだけがインターネットにつながっているというので、そこで私は初めてウェブサイトというものを見て衝撃を受け、それからはネットサーフィンに明け暮れるようになった。
 しかし私はそれでもホームページづくりではなく、すでに自分がカタチとして持っていた「新鮮な遊び」ともいえるフリーペーパー作りにもう少しこだわろうと思っていた。

 もしこのタイミングが少しでも違っていて、高校生の頃にインターネットに触れていたら、私はおそらく「紙によるメディア」を作ろうとはまったく思わなかったかもしれない。

 こうして個々人にとってのメディア体験を語ることは、その人の生きた時代なり技術史なりとの関係のなかにおいて受け止められることによってようやく「その時々の面白さや意味」が浮かんでくる。

 すでに『日本のZINEについて知ってることすべて』(誠文堂新光社、2017年)という決定的な仕事により、戦後占領期以後から現在に至るいくつもの自主制作印刷物について網羅的な解説をされた野中モモさんが今回の新著で取り組んだのが、まさにこの「メディア環境の変遷と個人史」を書ききることだった。まだ見ぬ若い世代の読み手にZINEの面白さや可能性を伝えるためには、やはりどうしてもこの作業が必要なのだ。おそらくご本人にとってしばしば書きにくさを感じるテーマだったかもしれないが、こうして日本のZINEカルチャーを応援し、また実践者としても試行錯誤してきた独自の取り組みのあれこれを読者と共有するためには、やはり野中さん個人による「私語り」からはじまっていくのが最もふさわしい。そしてそれは、決して「こういうルートがモデルである」というのではなく、むしろまったく逆で、「それぞれのオリジナルな自分だけの土壌から、いかにメディアを紡ぎ出すか」を示すことであり、そのひとつの手段としてZINEがあるのだ、ということだ。

 そして第2章からつづくのは、さまざまなZINEの作り手や、ZINEをめぐるコミュニティについての紹介になるのだが、そこにも「参考となるモデル」ではなく、「極めて独自の、他にない、その人ならでは」の話が連なっていく。だからこそZINEは「わたしがつくるもの/誰でもつくることができるもの」としての意味が深まっていくのであり、この本がトータルで伝えたいことも「お手本なんてないし、求められるクオリティなんて関係ないし、あなたの立ち位置から、自由に作ってみよう」なのだと思う。

 冒頭の帯のコピー、「あなたはいつでもメディアになれる」をあらためて考えると、これもそれぞれの読み手の世代によって、捉え方が違ってくるのだろう。今では誰でもメディアになれる(ならざるを得ない)ことは自明のことのようにすら思えるかもしれないが、この本でいう「メディアになる」というのは、技術革新のスピード感とは無縁のものだ。すでに広がっている、大きな組織や経済によって構成されてきた仕組みに同調するのではなく、それらと趣が異なる地平に降りていき、遠くにいるかもしれない誰かに向かって、自分の腕力でできる範囲で、その想いを放り投げ続けていくことなのだ。

 そうした試行錯誤が、たとえすぐには誰かに届かなくても、広い世界に向かって精一杯に腕を振って何かを投げたことで生じる、どこか心地よい疲労感が肩に残る感じ・・・その「手応え」みたいなものが、ZINEという「手間がかかって、なにかと遅いメディア」を自分の手で作り上げていくことで得られる楽しさなのだろうと思う。

 

 ・・・そして今回のこの文章はまさに、ここ数年のあいだ様々な言い訳を連ねて何もZINEやフリーペーパーを作ることができていない自分自身に、ダイレクトに跳ね返ってくるわけであるが・・・遠くに投げたいけど、その腕力もめっきり落ちてきまして・・・いやいや、がんばりますよ、ええ。

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2020.04.06

脳天気な記事を書きたいと思いつつ、最近読んだ『スノーデン独白:消せない記録』のことについて

 まったく時流に関係なく脳天気なブログ記事を書きたい、と思っている。

 ひとえに私は機嫌良く生きています、と言いたい。そりゃあこの国の政治家にたいして総じて腹立たしい限りであるし、そのうえで、選挙だけでなく、怒りを別のエネルギーでも表現していきたい。それが「機嫌良く生きぬくこと」ではないかと思う。自分の機嫌は自分で取ろう。人を頼らずに。最大の復讐は、ひとりひとりの個人が(見てくれだけでも)機嫌良く生き続けることだ。きっと。

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 最近読んだ本では『スノーデン独白:消せない記録』(山形浩生訳、河出書房新社、2019年)がとても面白かった。その表現は不適切なんだろうけど「面白かった」としか言いようがなかった。本人の手によるエドワード・スノーデンの自伝は、オリバー・ストーン監督による映画『スノーデン』の影響もあって、その記述からありありとヴィジュアル的にイメージがどんどん沸いてきて、緊迫感がリアルにつたわってくる。

 前に書いた、スヌーピー漫画の作者シュルツの自伝についての記事でも同じテーマに触れたが、スノーデンの人格形成期を振り返ると、この人にとっても軍隊生活というのは非常に重要なファクターだったことがうかがえる。そしてこのスノーデンの場合は、9.11テロによる衝撃から、きわめて直線的な愛国心ゆえに、パソコンオタクとしての我が身をふりかえることなくマッチョな軍隊の門を叩いたあたり、「徹底的なまでに実直すぎる人」なんだろうと思う(彼の人生最大の後悔は、9.11テロ後のアメリカによる戦争を『反射的に何の疑問も抱かずに支持したこと』だという)。結果的に訓練で追った足のケガの影響で彼は(幸か不幸か)軍隊を辞めざるをえなかったわけだが、その正直さがゆえに、結果的にパソコンスキルを活かしてCIAの内部に入って職業人として使命を全うしようとしたときに、徐々に分かってくる国家的陰謀にたいして、信じ切っていたものに裏切られるかのような、はげしい葛藤に悩まされていくわけである。


 その葛藤は、彼が日本の横田基地にあるNSA(アメリカ国家安全保障局)のセンターで勤務していた頃から始まったという。そこで開催される会議に出席予定だった技術担当者がたまたま欠席となりスノーデンが代役を頼まれ、そこで発表の準備のために中国による民間通信の監視技術に関する資料を読みこんだことが発端となった。本書の200~201ページではそんな彼の人生のターニングポイントともいえるそのときのことがこう綴られる。

「中国の市民の自由はぼくの知ったことではなかった。ぼくにはどうすることもできない。ぼくは自分が正義の側のために働いていると確信しており、だから僕も正義の味方のはずだった。

 でも読んでいるもののいくつかの側面には困惑させられた。ぼくは、技術進歩の根本原理とすら呼べるものを思い出してしまったのだ。それは何かが実行可能ならば、それは実行されてしまうだろうし、すでに実行済みである可能性も十分にある、というものだ。アメリカが中国のやっていることについてこれほどの情報を手に入れるためには、どう考えてもまったく同じことをやっていないはずがないのだ。そしてこれだけの中国に関する資料を見ている間に、自分が実は鏡を見ていて、アメリカの姿を見ているのではというかすかな考えがどうしても消えなかった。中国が市民たちに公然とやっていることを、アメリカは世界に対してこっそりやれる―― それどころか、実際にやっていそうだ。

 こう書くとたぶん嫌われるだろうけれど、当時はこの不穏な気持ちを僕は抑え込んだ。実際、それをなんとか無視しようとした。(中略)でもその徹夜の後の眠れぬ何日かを経て、ぼくの心の奥底ではかすかな疑念がまだ蠢いていた。中国についてのまとめを発表した後もずっと、僕はつい探し回ってしまったのだった。」

 その後の数年間の準備や葛藤を経て、この実直すぎる男が取った行動は世界をゆるがしていくことになる。そのことの重大さやカバーすべき情報量にはとても一読者の私にはついていけないのは当然なのだが、今回の自伝によって、「人生で最も重要な教えと言えるものを教えてくれたのは『スーパーマリオブラザーズ』だ」と言ってのけたり、人生ではじめてインターネットというものに触れたときの衝撃を隠すことなく素直に書いていくその筆調に、私はまさに同世代としての強い共感を覚えるわけで、それゆえに、政治的な意味とか社会的影響とはちょっとかけ離れたところで、ロシアで幽閉された生活を送っている彼の身を、不思議な親しみをもって案じてしまう。もっとも、いまはウイルスで世界中が幽閉生活となり、自分自身も身の危険を味わっている状況ではあるが・・・

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と、ここまで書いて文頭を読み直すと、「ぜんぜん脳天気な記事じゃない」と気づく。結局ウイルスの話やんけ、と。

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2020.01.03

『キネマ/新聞/カフェー:大部屋俳優・斎藤雷太郎と「土曜日」の時代』、そして『スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝』のこと

200103top

 あけました。今年もよろしくお願いします。


 年末から年始にかけてブログを書きあぐねていた。単にダラダラしていただけなのだが、年末に読んだ2冊の本のことを書こうとしていて、うまく消化できていないのか、コトバにできなかった。それでも正月明けのこの時期には、少しは気合いを込めて文章を書いてみたいと思う。

 強引にまとめると、この2冊を私は同じようなテーマをもって読んでいたといえる。そのテーマとは、「一人の人間がコツコツと何らかの活動を続けること」だった。

『キネマ/新聞/カフェー:大部屋俳優・斎藤雷太郎と「土曜日」の時代』(中村勝・著 井上史・編、ヘウレーカ・刊)は、1930年代に京都のさまざまな映画撮影所を転々としていた無名の大部屋俳優、斎藤雷太郎が「読者が書く新聞を」の想いで手弁当で『土曜日』という新聞を発行し、やがて反ファシズムの文化運動として弾圧されていった、その歴史を描いている。


キネマ/新聞/カフェー――大部屋俳優・斎藤雷太郎と『土曜日』の時代

中村 勝
ヘウレーカ (2019-12-14)
売り上げランキング: 86,700


 この本の主役である斎藤雷太郎は、困窮のなかから家具職人になり、ひょんなことで舞台・映画界に関わっていくようになり、そのなかで激動の世情をまとう政治や文化に関する見聞を独学で身につけつつ、映画界の不安定な世界を必死に渡り歩きながら、1936年に『土曜日』という新聞を創っていく。「読者が書く新聞」を目指す以上、執筆者たちには平易な文章を徹底して求め、さまざまな層の読者に届かせることを強く重視したり、また今も京都に残る「フランソア」のような喫茶店に設置してもらって販売網や読者を広げていくというアイデアなども斎藤による工夫の表れであった。

 そしてやがて迫り来る言論弾圧の流れのなかで斎藤たちの活動も押さえられることになるのだが、驚くべきはこうしたインディペンデントの新聞事業を「黒字」のままで運営できていたことであった。これはもう相当に凄いとしか言いようがないわけで、こうした活動における「高い理想や主義主張と、経済観念のバランス」の取り方が示唆するものは興味深いところである。原稿を依頼する学者先生たちとの協動に苦心しつつ、広告主への営業をかけていき、そうして読者からの声も紙面に反映させて、どんどん流通を工夫して発信を続けるという、この絶妙な舵取りを最後まで「黒字」でこなしていった斎藤雷太郎の人物としてのずば抜けた興味深さが浮かび上がってくる。

 そしてこれはありきたりな感想になってしまうが、斎藤雷太郎が目指していたものは、そのまま現代におけるSNSの仕組みに近いところにあったわけである。だが、SNSでは成し得ない独特の機能が『土曜日』の試みにはあり、それはカフェで新聞を囲んで議論をするというような、生身の人間同士のかかわり合いを創出することであった。そういう意味では「紙の発信」の普遍の強みみたいなものも伺えて、そこが個人的には感じ入るところでもあった。

 この本は著者である中村勝が、晩年の斎藤雷太郎への取材を通して80年代に京都新聞紙上で連載をした内容がメインとなっており、その中村氏が昨年に急逝したことを受けて、有志の尽力によりこのたびの刊行となった。ゆえに読者は、当時の新聞連載の記事内容と、その斎藤雷太郎の活動を追ったジャーナリスト・中村勝の想いといったもののはざまで、ふたつの次元で対話をするように読むこととなる。新聞連載時から幾年も過ぎたあとの今の時代だからこそ語り得る、編者たちによる解説・解題によって、最後の最後でうまく腑に落ちていく感覚があった(たとえば新聞連載では、途中から話の主題が当時の京都の映画産業をめぐる精緻な歴史事実の整理がひたすら続くような様相を示していくことになり、本来のテーマからどんどん離れていくような不安を覚えるのだが、それもまた当時の新聞連載の独特の雰囲気を想像しながら読むほかない)。
 あと巻末には、この本のために書かれた、斎藤雷太郎の息子さんによる寄稿があり、これがじつに素敵な味わいのエッセイとなっていて、斎藤雷太郎の人となりが温かい手応えとなって残った。

 

そして年末を飾ったもう一冊の本は『スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝』(デイヴィッド・マイケリス・著、古屋美登里・訳、亜紀書房・刊)である。スヌーピーの漫画『ピーナッツ』の作者についての決定版ともいえる重厚な評伝で、待望の翻訳が刊行された。


スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝

デイヴィッド・マイケリス
亜紀書房
売り上げランキング: 94,098

 

 この本をひとことで表現するとなれば「ダークサイド・オブ・ピーナッツ」と言えるもので、訳者あとがきによれば、取材協力した遺族からは出版された内容をみて憤慨されたようで、このあたりはジャーナリズムのあり方としても非常に難しいところではある。残された手紙や資料なども駆使し、作者シュルツの暗部にもしっかり踏み込んで書ききっているため、『ピーナッツ』の漫画にたいする理解がさらに深まっていく(人によってはショックを受けたりもする)本となっている。


 私はかねてから、いわゆるキャラクターグッズの商標として用いられる『ピーナッツ』のキャラクターが表象するかわいらしくて無邪気な雰囲気とは裏腹に、原作の漫画について語られる、独特の辛辣さや寂しさみたいなものがどうしても気になっていて、この世界を創造した作者シュルツの個人史が大きく反映されているという説にずっと関心があった。なのでこの本を読むと「やっぱりそうだったのねぇ」と、まるで長年の問いにたいする答え合わせのような部分があちこちで顔を出すのである(たとえば、子供と犬しか登場しない漫画を描き続けてきたはずの作者シュルツ自身は、実生活では子供が苦手で嫌いだったりしたようである。でもだからこそ客体として突き放した角度から眺め、漫画として表現しやすかったのかもしれない)。

 そしてこの本でたびたび驚かされるのは、そうしたシュルツ自身の生活における浮き沈みにまつわるさまざまな感情的発露が、その当時描かれた漫画の端々に暗に込められていることを、評伝の著者が漫画作品の引用を通していくつも示唆していることである。つまりシュルツは、周囲の人間を信用していない代わりに、全世界にいる漫画の読者にたいしては自らの気持ちをペンを通して秘やかに吐露していくことで、なんとかバランスを取っていたことが伺えるのである。どれほど作品が成功を収めても常にあらゆることに不安を抱え、表向きは謙虚でも、その内側では途方もない野心と対抗心を燃やし続け、漫画を描くこと以外の自信は得られず、画板の前に座りペンを動かすことによる平穏だけを求めて苦悩の日々を過ごしていたシュルツの姿が想像される。

 あと私がとくに気になっているのは、シュルツの漫画家デビュー前の軍隊時代の部分である。著者はアメリカ人だからかそのあたりはあまり重視しなかったのかもしれないが、軟弱な(?)子供時代を送ったはずのシュルツ青年が、病死で母親を失った直後の失意のなかで入隊させられた軍隊で、どういうわけか驚くほど順応し、階級も上がっていき部下からも慕われる軍人に成長してその任務を全うしていくのであった。絵を描くこと以外においては「何をやってもダメで悩み多きチャーリー・ブラウン」そのままのような子供だったはずのシュルツが、アメリカの軍隊というシステムのなかで極端に順応していった(させられた)ことについて、私からすれば「そこにこそシュルツのその後の人生全般における屈折した何かを読み解くカギが眠っているのではないか」と思えてしょうがないのである。(アーティストと軍隊生活という意味では、最近の映画『トールキン 旅のはじまり』にもつながるテーマかもしれないが)。

 この本のエッセンスが見事に凝縮されたと思える一文が446ページにある。

敵の縄張りにいる感覚、悪意のある攻撃を受けている気持ち、ウェイトレスと戯れて恋愛に発展する可能性(シュルツの両親の出会いがそうだった)、遠くのどこかにいるまだ見も知らぬ素敵な少女――そういったものすべてがシュルツがこれまで体験してきたテーマだった。それが田舎育ちのいとこのなかでたったひとりの都会っ子として、美術部の生徒たちのなかで自分のあり方を求めていた孤独な高校生として、フランスからドイツに侵攻していった陸軍歩兵として、さまざまな編集者に次々に拒絶されてきた大志を抱く漫画家として、自己矛盾を抱えた60年代の有名人として(「一瞬にして持ち上げられたと思ったら、次の瞬間には地面に叩きつけられている」)、愛されたことがあるかどうか疑っている永遠に少年らしさが抜けない、永遠に孤独な男として生きてきたシュルツのテーマだった。

 

 ちなみに時を同じくして、河出書房新社からは『完全版ピーナッツ全集1950~2000』が刊行されることとなった。谷川俊太郎の日本語訳で古くからたくさんの単行本が刊行されているが、全作品を収録する全集としては意外にも日本初の試みということで、全25巻が刊行予定となり(さんざん逡巡したあげく私も発注した)、このタイミングでの『シュルツ伝』の刊行の意味はとても大きかったと思う。

ちなみにこの『全集』の各巻での装丁デザインは、どういうわけかキャラクターの顔に「影」がかかっているところが、非常に興味深いのである。『シュルツ伝』を読み終えた読者の目には、その陰の部分にこそ、この膨大な漫画作品の本質的な何かを感じ取ってしまいたくなる。

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そういうわけで、この年末には「自らの信じるものごとをコツコツと探求し続けてきた人」の本を読みきったわけだが、そういえば12月初旬には、「自らの信じるものをひたすら歌い続けてきたロックバンド」であるU2の来日公演を体験していたこともブログにはまだ書いていないことに気づく・・・その話はまた今度で。今年もできるかぎりコツコツ文章を書いていきたい。

 

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2019.07.14

アウトドアの新しい楽しみ方「チェアリング」に興味がわく

たまたま書店でこういう本をみかけて、即買い。

椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門 (ele-king books)
スズキ ナオ パリッコ
Pヴァイン (2019-03-28)
売り上げランキング: 279,951

持ち運びの楽な折りたたみ椅子をもって、それを屋外において、限りなく荷物を持たずに、自然のなかでひとときを過ごすというアクティビティが「チェアリング」と名付けられていて、それが知る人ぞ知る密かなブームになって、こうして書籍まで刊行される運びになったようだ。

こういうことはもちろん以前からもそれなりに行われていたのだろうけど、「あらためて特定のアクションに名前をつける」ということで生み出される新たな「うごき」みたいなものに私は興味をひかれる。

日本チェアリング協会(笑)による、チェアリングを実施するうえでの注意点はこれだ。

・人様に迷惑をかけない
・ゴミは持ち帰る。むしろ掃除して帰るのかっこいい
・市井の人々に威圧感を与えない(酒をよく思わない人もいるので)
・私有地に無断で立ち入らない
・騒がない(KEEP CALM)
・公共の場を占有しない
・装備を増やしすぎてキャンプにしない

思い立って椅子とともに外へ行き、できれば近所にコンビニとかトイレがあれば嬉しくて、そうしてほどよい場所にスペースをみつけたら、そこで椅子を置いて座り、静かにその風景を味わう。

考えてみたらシンプルなことなのだけど、ある程度しっかり意識しないとこういうアクションを実行に移すことはなかなかできにくいものである。「チェアリング」は日常生活をすこし別の角度から眺めて、自分を取り囲む世界を新たな気持ちや視点で見つめ直す「工夫」だったり「アイデア」のひとつだと思う。

というわけで、お酒を飲まなくても、好きな過ごし方をすればいいわけで、私も折りたたみ椅子(と、虫除けスプレーとか)を手に入れるところから始めようと思う。

この本の著者たちが以前デイリーポータルZで書いた記事がとても詳しいのでリンクを貼っておく(こちら)。

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2019.05.20

平成最後の読書と、令和最初の読書

 読みながら、これが平成最後の読書になるのかもしれないと感じたので、4月30日を目標に読み切ったのが『ねじまき鳥クロニクル』だった。最近は「村上春樹再マイブーム期」で、特に近年のインタビュー集やエッセイなどを読んでいて、その流れで重い腰をあげ、今まで食わず嫌いだった長編も少しずつ手を出そうと思ったのである。でもこの作家の物語世界は、一年に一度読むぐらいがちょうどいいかもしれない。『ねじまき鳥』のおかげで、ゴールデンウィークのはじめごろはなんとなくフワフワとした気分になっていた。作者がこれを書いたのが1994年で、その後村上春樹は阪神大震災にみまわれた日本に戻り、オウムの事件に関心を寄せていく時期になるので、そう思うと平成を振り返る時期には図らずもどこかで共鳴していた気もする。

 なので令和になってからの最初の読書は地に足の着いた、現実的な内容の本を・・・と思い書店でウロウロした末に手に取ったのは、地に足が着くどころかずっと浮かんでいるようなテーマ、つまり空の旅についてのエッセイ、『グッド・フライト、グッド・ナイト:パイロットが誘う最高の空旅』(マーク・ヴァンホーナッカー著、ハヤカワ文庫)であった。現役パイロットでありつつ優美な文章を書くイギリス人作家による大空への賛歌。特に印象的だったのは、夜の飛行時における窓からの景色が好きであるという、根っからの「空マニア」としての記述であった。

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旅客機のすぐ下を、空っぽの大地が流れていく。暗い地表は天国と同じくらい遠く思える。また地表には、人の創った光も自然の炎も思いがけずたくさんある。都市や小さな集落が光によって描きだされる。闇が支配する時間に、光の文字で記された本のページのような地表を眺めていると、夜間飛行は、人間が地上に生んだ光の美しさを再確認するだけのためにあるような気がしてくる。生きとし生けるものすべてが星々に包まれていることを、思い出すために飛んでいるように思えてくる。

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 暗いコックピットから見る星々は息をのむすばらしさだ。高高度ともなると星々に遠近感が生まれ、夜空は三次元になる。宇宙に“深さ”という言葉を使ってもいいような気がしてくる。古の光が貫く深さから成る、宇宙という名の海だ。
 月のない夜は小さな星まで見えるので、意外にも星座の存在感は薄れる。乱気流や湿気のせいで11キロ下の地表までは届かない弱い光まで見えるがゆえに、星座の輪郭が埋もれてしまうのだ。逆に新しい星座を考えようと思えばいくらでもできる。天の川が初めて本物の川らしく見える。光のひとつひとつが水の粒だとしたら、暗黒を流れる星の雲といってもいい。

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と、このように美しい文(または見事すぎる訳文)が続くのだが、「なるほど、そんな世界があったのか!」と、いままで夜に窓際の席からじっくり外を眺めたことがなかったことを激しく後悔している。とはいえ、特に夜間飛行のときは、窓は閉めたままにしないと客室乗務員から注意を受けるので、そのあたりは悩ましいところではある。

前回、飛行機に乗って海外に行ったのが2年前のロンドン行きの大韓航空になるわけだが、行きのソウルからの乗り継ぎ便では、ばっちり窓際を予約して、「おろしや国酔夢譚」の世界を思いつつ、ロシア上空での地表の景色を楽しみにしていて、ずっと窓の外を眺めていた。しかしかなり早い段階で「シェードを下ろせ命令」が客室乗務員からそれとなく通達され、なぜこんな明るい時間帯に!? 誰も寝ないのに? これを楽しみに窓際の席を(しかも追加料金で最前列を)予約したってのに!! と納得がいかなくて、ちょっと半開きにしてそのままボーッとしていたら、トイレ待ちで通路にいた子供が、わざわざ身を乗り出して私の窓を完全に閉め切りやがったのである(笑)。いくら大人げないと言われようが、私はそのときばかりは内心、おおいに憤ったぞ。そのことをこの記事を書きながら思い出したわけで、ふたたびまた腹立たしくなってきたので、だから次に飛行機に乗るときは、毛布をかぶって窓をあけてずっと外を見ているかもしれない。こうして私の場合、この本の流れるような文体のごとく落ち着いた優雅な空の旅とはほど遠いのである。

 

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2018.12.31

今年最後の読書は、パン職人の自叙伝。

 今年は結局フリーペーパーも書かず、ZINEづくりに向けた作業もまったくはかどらずに終わっていく。
 ただ、インプットの面において久しぶりに読書欲が旺盛な周期に入ってきたのか、今年はめっぽういろんなジャンルの本を読んできたように思う。ただし今年最後の読書のきっかけは意外なところからやってきて、つい先日顔を合わせた旧友のM・フィオリオ氏が「これを読め!」と(強引に)貸してきた、ドミニク・ドゥーセ氏の自叙伝『ドミニクドゥーセ、リスタート!』(伊勢新聞社、2014年)となった。


 ドミニク・ドゥーセって、誰? となるのも無理はない。我々にとってその名前が特別なのは、90年代の初めに我々がF1マニアだった頃、鈴鹿サーキットで出店していたパン・お菓子屋のフランス人オーナーシェフとしてこの名前を深く記憶に留めていたからだ。特にフィオリオ氏がこのお店のお菓子を気に入り、彼が買った缶入りのお菓子に添えられていたリーフレットもなんとなく印象的だった。それで私もずっとドミニク・ドゥーセという名前を、聖地としての鈴鹿サーキットのこととセットで想い出のなかにしまっている。

 ただそれから25年ぐらいたって、お互いF1ファンではなくなっている今の状況において、フィオリオ氏がこの本を私にどうしても読ませたかったのは、我々はドミニク・ドゥーセが当時どういう想いでフランスから来日して、三重県の国際レーシングサーキットに店を構えて、その後どういうことがあったかということをまったく知らないまま生きていたからである。別にそんなことを知らないままでも、それはそれで問題はないのだろうが、この本を読むと「そんなことがあったのか、ドミニク!!」と、まるで遠い親戚のおじさんの知られざる驚きの過去をこそっと告白されたかのような、その数奇な人生の浮き沈みがなんとも驚きの連続だったからである。

 そもそもドミニク・ドゥーセは、87年に鈴鹿でF1日本GPを誘致するにあたって海外からの選手や客に対応できる良質の料理人の必要性が検討されたことで、サーキットの運営母体であるホンダから熱心なオファーを受けて日本に来ることになったそうだ。そこからの日本社会への適応に関する苦闘ぶりを読むにつれ、結局この人は日本のバブル期における「ノウハウがなくても金で解決すればいい」的なありかたに翻弄された人のようにも思えてくる。苦労して母国でパン職人になり、腹をくくって日本に来たからにはフランスの味をたくさんの人に伝えようという使命感をもって頑張り続けるも、遠くに住む家族との問題や、サーキットから独立してお店を展開するも、あやしい事業提携話にひっかかって悲惨な目にあったりと、幾多の困難を経て「ドミニク・ドゥーセの店」のブランドを守り抜き、今は原点である鈴鹿に本店を構えて「リスタート」をきっているドミニク氏の職人魂を思うと、今すぐにでもお店に出向いて、パンやカヌレを食べたい気持ちになってくる。

 「鈴鹿に行けばドミニクのパンが食べられる」ということでファンも多かったという幾多のF1ドライバーたちとの交流もまた、彼のパン職人としての来歴を語るうえでは欠かせない部分であるが、「私も、彼らとは違ったレースを、必死で走っていた」という一文がすごく、光っている。

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2018.11.01

永遠に続くかのような、はるか遠い世界をくぐりぬけたような気持ちで読み終えた小説のこと

 だいぶ前に手に入れていたものの、なかなか読む決心がつかなくて、長いあいだ放置していた小説を、ようやく先日読み終えた。


 読む決心がつかなかったのは、その小説があまりにも長いからであった。ひとたび手を着けたら、一気にリズムに乗って読んでいかないと、きっとすぐ飽きて挫折するだろうと思っていた。

 しかし思い切って本の世界に飛び込むと、その心配は不要だった。それぞれの章ごとに、一遍のドラマが始まっては終わっていき、そして次の章へと時間の流れは受け継がれつつ、かすかな関連性が次の章への布石を打っていく。その端々で、その小説が描く空間に実在したであろうさまざまなものへの想いに浸らせつつ、つぎつぎとスリリングで面白いフィクションが展開されていく、みごとな構成の小説だった。


 その本の題名は、ずばり『ロンドン』である。エドワード・ラザファードによる1997年の作品で、日本語版は集英社が発行した。上下巻合わせてだいたい1100ページ。ハードカバー版しか存在しておらず、2冊重ねると8.5センチほどの厚さになる。なので読むのをためらっていた理由のひとつは「一冊が重たすぎる」ことにあり、この数年、この本がひょっこりと文庫版だったりデジタル版で再発されないものかとずっと望んでいたが、どうやらそうはならないようだ。通勤電車の中ぐらいでしか本を読まない私にとっては、この本をずっとカバンに入れ続けた2ヶ月が終わった今、毎朝がどことなく「軽やかな気分」にすらなっている。


London01
 この小説は紀元前54年から、1997年にいたる約2千年にわたるロンドンの、もっといえば「テムズ川とその周辺」を舞台に、フィクションとして10組ほどの家族の変遷を語りつつ、実際の歴史的事象を織り込んで描いたダイナミックな大河ドラマのごとき小説(まさに舞台も『大河』なのだ)である。

 それぞれの時代においてたくましく生き抜き、純朴な人だったり狡猾な人だったりが、幸運や不運に見舞われ、自らの力の及ばない時代の荒波に翻弄されていったりする。それぞれの登場人物やその子孫達の目線から、ひとつの大きな「河」とその周辺の大地が少しずつ発展し、大火や爆撃による崩壊をも乗り越えて現在の姿に至っていく、そのありようを壮大な小説として味わっていくわけで、ロンドンという街が好きで好きでたまらない私のような者にとっては、これまでにない独特な読書体験をさせてもらったと、いまはひたすら作者(と見事な翻訳者)に感謝しかない。


 もっと早く読んでおけばよかったと思うことが何度もあり、話のあちこちで差し挟まれる、考古学的・歴史学的な「ロンドン・トリビア」に触れるたびに、スマホでグーグル地図を調べたりウィキペディアで実物を確認したりする楽しさもあって、今度ロンドンを訪れるときにはぜひ行ってみたい場所がこれでさらに増えまくった次第である。そもそもロンドンには言うまでもなくたくさんの面白い博物館や美術館があって、どれもリピーターとなってついつい再訪してしまうので、時間がいくらあっても足りなくて、他に行くべき博物館がまだまだ残っている有様なのである。なので実は私はいまだに「ロンドン博物館」と「交通博物館」には行けてなくて「今後のお楽しみ」にしたままなのである。次回ロンドンに行ったら、この街の歴史の面白さをじっくり味わえるであろうこの2館は心からワクワクして訪れることができそうである。

 子どもの時から私は歴史の授業が得意ではなく、すぐに物忘れをするためになかなか歴史の流れを記憶することが苦手だと思ってきたが、こうしてたった一カ所の視点から離れずに、ひとつの人類史の流れをたどっていくことが、こんなにスリリングでドラマチックなのかと改めて歴史学の面白さに敬服している。思えば世界史の教科書って、読み進めるとこれまでの出来事がバッサリと後ろに追いやられて、突然次の章からまるで何事もなかったかのようにまったく別の地域の話になっていく展開になっていて、そのあたりでモヤモヤとさせられていたのだろうなぁとつくづく思い至った。そりゃあ限られた時間に生徒たちは歴史的事象を理解・把握しないといけなかったから仕方ないのだが、そのせいでこうした『ロンドン』がもたらしてくれる「定点観測的楽しさ」が味わえないのは歯がゆいところでもある。

装丁のイラストレーションも最高にステキで、帆船が宙に浮かんでいるという空想的コンセプトが、史実とフィクションの混交をうまく雰囲気として伝えているようにも思える。


London02

 なにより最後の最後で、人がやってきては去って行く巨大交易都市としてのロンドンが、古来よりさまざまな民族の移住によって築かれた場所であることを作者は強調して締めくくっているのが印象的であった。それはまさに私がはじめてロンドンを訪れたときに感じ得たことでもあり、現代のアメリカやブラジルの大統領の流れとも関して、また、移民の受入れにあまりにも消極的な先進国に住む者として、読後感にじんわりと残すものがあった。


 

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2018.05.28

楽しげな本が新たに発刊されましたよ:『退屈をぶっとばせ!:自分の世界を広げるために本気で遊ぶ』(オライリージャパン)

読んでない本について書くのはこのブログでは控えてるのだが、2日前に出た本で「わー!」となったので、その気持ちに従って衝動的に紹介。『Make:』の関連書籍はどれも刺激的で見逃せない。
アマゾンの紹介ページではこんな風に書いてある:
本書は、自分自身にとって意味のある人生を作りたいと考えている10代の少年少女のための書籍です。
その内容は「すぐに大人にほめさせない」「学校に行かないで学ぶ」「ADHDの子どもへのメッセージ」など、成長の過程で必要なことが書かれたエッセイから、「文章を書くためのエクササイズ」「批評する方法を身につける」「スニーカーをデコる」「クッキーの焼き方を通して科学実験を学ぶ」「政治家に自分の考えを伝える」「ガレージセールでお金をかせぐ」「自分で自転車を修理する」「ゲームデザインを学ぶ」など、自己表現、社会活動、DIYに関連したハウトゥまで幅広く、これらを知り、体験することで、企業が提供する出来合いの娯楽ではない、本当に夢中になれることを自分で見つけることができるでしょう。
・・・ということなのだが、もはやこれは10代の子供向けではなく、文章を書いたり批評したりスニーカーをデコったり、クッキー焼いたり政治を考えたりガレージセールしたり自転車修理したりゲームづくりに挑んでみたりとか、「これはぜんぶオトナも本気出してやるべきだろう」っていう気持ちになるわけだ(そう思わせるウラの意図なり、真の狙いみたいなものも、『Make:』だったりオライリーの本全般は匂わせてくるので、さすがというか)。

そしてこの説明文でグッとくるのが「自己表現」と「社会活動」の同列のなかにDIY精神が当たり前のように語られて、それが共有されている状況がうかがえることだ。それこそがずっと私にとってこだわりのある部分であって、「ものづくり=DIY」の部分だけでなく、「それを行う主体としての自分そのもの」が「手作り、創意工夫」のなかで「自己表現」となっていく感じ、そこをちゃんと押さえていきたいのである。

で、これを言うと立場的にどうなんだとなりそうだが、そういう精神性ってやつは、教育だけでは(もっというと政策だけでは)育成されないし、常に「計画性」とか「プロセス、効用、効果測定、カリキュラム」みたいなものを、すっ飛ばして、すりぬけて、意味の分からない方向へ飛び散っていくのである。アウト・オブ・オーダーな世界。ざまぁみろ、っていう。

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2017.12.18

最近のあれこれをダダっと書く

 うっかりしているとこっちのブログを書かないまま2017年が終わってしまいそうになる。こんなはずじゃなかった、っていうのが2017年の自分を表わしているのかもしれないのだが、よくよく考えるとこれまでの人生全般において「こんなはずじゃなかった」って思いながら進んでいる気がするし(みんなもそうだと思うのだが、違うだろうか)、いずれにせよ「書くこと」によって、そのときどきの自分を確かめていかないといけない気もしている。なのにブログの更新頻度はお寒い状況であった。

 今日の時点で、思いつく限りのことをメモ書きのようにダダッと書いてみる。勢い重視。

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「こんなはずじゃない」っていう2017年においても、「これはもう文句なしに素晴らしい!」と思えることはあるわけで、(この本)が発表されて(このようなことがあった)、というのは私にとっても2017年最高の出来事のひとつ。おめでとうございます!!

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そして「harukanashow」のポッドキャスト、11月は2回連続でKanaさんという若いアーティストさんと音楽遍歴について話をさせていただく。(こちら)と(こちら)。なかなか思い返すと恥ずかしくなる過去の個人史について語っている。でも「インスタント・レタリング」って今だと気軽に似たような状態のものを個人で作成できてしまう時代なんだよなぁ、と。

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 ついに、来てしまった! と思ったこと。

 先日、デイリーポータルZで「現存世界最古のモノレール」としてヴッパータールのことが紹介された。
 (こちら)がその記事だ。ライターさんがヴッパータールにいって、その独特なモノレールについて興奮して取材している様子が伝わってくる。

 2014年にドイツ旅行をした際、このヴッパータールは私にとって旅のハイライトのひとつだった。映画『都会のアリス』の舞台のひとつであり、ずっとあこがれていた場所だった。そしてドイツではこのなんともいえないぶら下がりのモノレールがとても有名な観光名所であるにも関わらず、日本ではほとんど知られていないというのも、旅情をくすぐるわけである。

そして私に近しい人なら皆知っているように、こういう「ネタ」は私が次なるZINEなりフリーペーパーを書くためには絶好の素材であるにも関わらず、それを本当に現実にモノにするためには途方もないダラダラとした時間が必要であり、言うだけ言って企画倒れ、っていうのがいつものパターンとなっており、これもその一つである。今これを書いているパソコンの近くの棚には無印良品で買った大きめのファイルケースがあり、そこにはマスキングテープが貼られ、マジックペンでひとこと「ヴッパータールZINE」と書いてある。そして私の記憶を辿ると、最後にこのケースに手を触れたのはおそらく前の冬だったかもしれない。そういうことなのだ。

 この味わい深いモノレールが走るヴッパータールがどれだけ素敵な場所かということと、そしてまたこの街を教えてくれたきっかけとしての『都会のアリス』という映画について、そのふたつの事柄がこの街を流れゆく川のようにぐねぐねと入り交じったようなZINEを作ってみたいとずっと思っていて、結局何も動いていないのである。

 そうこうしているうちに、こうしてデイリーポータルZが「ついに」記事として取り上げたのである。この状況は、かつて『DIY TRIP』を作ったとたんに大手メディアがなぜかポートランドを特集しはじめて、結局私の書いたものの情報的な側面が急速に古くなっていって焦った出来事を思い起こさせる。グズグズしていたら、すぐに大きな注目が集まってしまう昨今である。

 ちなみにヴッパータールに関するもうひとつ最近のホットな関連事象を。
 職場で働いていた後輩が、30歳になる前にもういちどワーキングホリデービザ取得を目指し、無事にドイツのビザを取って仕事を辞めて旅立って行った。その出発直前、はなむけの言葉もそこそこに(とはいえ大半は『うらやましい~』というセリフばかり連呼していたのだが)「ぜひヴッパータールに行ってみて」ということを私は強くオススメしていたのである。するとつい先日メールがきて、ドイツ入国まもなくタイミングよく雪景色のヴッパータールに行ってきて感動した旨のメールが写真つきで送られてきた。そう、こういうスパッとした行動力こそが大事なのだと、私はこれを書きながら痛感している。

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 「書いていないネタ」は、この秋にもうひとつ出現している。手ぬぐい屋「にじゆら」で買い物をしたときに、たまたま「工場見学ツアー」の応募があることを知りエントリーをしたら見事に当たり、大阪の工場でにじゆらの社長自らによる「司会・進行・解説」を務めるツアーに参加する機会を得たのである。
社長の情熱はただひとつ、この「にじゆら」で伝統的に行っている染めの技法「注染(ちゅうせん)」がどういうものなのかを消費者に広く伝えたいというもので、私はこの日すっかり感動してしまった(社長さんの喋りも熱くて面白かった)。当然これも格好の「ネタ」としてブログに書いていきたいし、写真もあるのだが、自分の理解不足の部分もあって、ちゃんと調べ直さないといけない気もしていて、結局ずるずると時間が過ぎている。いつかいい文章でこの工場で出会ったことを伝えたい。

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 この秋はいろいろな場所へ出かけていたのだが、そのひとつが伊勢白子の「大黒屋光太夫記念館」だった。今年の春からとつぜんマイブームと化した例のロシア漂流民『おろしや国酔夢譚』の話は、自分のなかでこの記念館来訪でひとつのピークを迎えたといってもよかった。しかし、しかし、当然ながら記念館にしろそのほかの史跡にしろ、こういうのは得てして「昔からそこにあるもの」なのであり、私のマイブーム感による高揚した気分で訪れても、現実的にはクールにならざるを得ない部分があるわけだ(この感じ、伝わるだろうか)。
 なのでおおむね「大人しい旅」に終わり、そうなるとあまり「書きたい」という気分にもならず、いまは自分のなかで粛々とその史実のことをときおり想起しては、いよいよ寒くなる日々に当時の彼らの気持ちを重ねて想像する程度に留まっている。でもきっとこうして、私は年を重ねながら少しずつ歴史とか郷土史とかに関心をよせていくようになるのかもしれない。

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本についてもいろいろ書きたいのだが、気持ちが追いつかない。
や、最近ほんとにあらためて「本、おもしろい」って素直に思うことが多い。

そんななか、
「ついに来た!」というか、「ついに出た!!」
という本。

雑誌『アイデア』の対談がついにまとまった、とんでもなく重厚な本。
これを乗り越える仕事は、今後の数十年は出てこないんじゃないかと思う。
そしてこの本には「自分自身の一部」が刻まれている以上、ちゃんと直視して読み通すべきなのだけど、どうもやはり、自分のなかで『いま何も作れていない』という焦燥感にかられるのも否めないので、実は順調にページが進んでいない。

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もう一冊、これは実用書ではあるのだが、

「こんな本よむヒマあったらブログ記事をひとつでも多く書けばいいのに」っていうツッコミは甘んじて引き受けるが、これは「アウトライン・プロセッサ―」についての私の思い込みや誤解を氷解させてくれたという意味で、「2017年度・目からウロコ賞」 を差し上げたい良書であったのだ。学術論文とか書く人にとっても改めて良いツールになりえる本なので、公私ともに強くプッシュしていきたい本。
アウトライン・プロセッサはどうしても「目次を作って、それを元に書いていく」という作業のための道具「でしかない」と思われがちだけど、そうじゃなくて、好きなように要素を書きまくって「並び替えること(=並び替えが容易であること)」の意味を積極的に思考の方法(もっと広くいえば、普段の生活の記録全般)へと活用していこうというところまで視野に入れていて、「そうだったのかー! もっと早く注目すべきだったー!」となっているところ・・・つまり自分にとっての最新のマイブームがこれ。

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急に太った理由として「アボカドをよく食べるようになったから」という原因を疑った経験のある方がいましたら、ぜひ語り合いましょう。

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そうしてとつぜん話を戻すと、「ヴッパータールについてのZINE」を作るためには「もういちど現地で取材をしないといけない」というのを自分のなかの言い訳にして、またドイツ旅行にいく、というオチは充分にありえる。

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2017.08.08

『誰にでも描ける! イラスト旅ノート。』(k.m.p.著)は旅=人生を楽しむ指南書としても秀逸だ

 イラストエッセイ風の旅行記をたくさん作っている2人組ユニット、k.m.p.による『誰にでも描ける! イラスト旅ノート。』(JTBパブリッシング、2016年)は、冒頭に「旅は3回楽しめる」と説明されている。それは「準備」と「旅の最中」、そして「旅のあと」だ。一度の旅をながーく楽しみ、味わっていくためにできる工夫がこの本には凝縮されている。

 本としてのトータルなコンセプトとしては「あなたも旅行の記録をこんな風にまとめてみましょう」という内容だけれども、その視点だけではなく、もはやこれはk.m.p.のお二人のこれまでの海外旅行経験から蓄積されてきた「取材ノウハウのすべて」を大公開、という向きでも読めるし、そして実際にこれまで作った本におけるカラフルでポップで濃密な紙面を、二人がどういうふうに考えて工夫して作ってきたかという「本づくりの舞台裏、メイキング」の大公開、みたいにも読める。そして一番大切な部分として「いかに旅(=生活)を楽しむか」というアイデアやコツをあますところなくちりばめてくれているという、一冊で4粒美味しい感じの、素敵な本である。

 たとえば、この本を書店でザッと立ち読みして、こう思う人は多いかもしれない・・・「こんなにマメな作業、自分にはムリ!」、うむ、それはよく分かる。そもそもがこの人たちの作る本すべてに言えることだが、ページにおける情報量が濃すぎて、すべてがマメマメしくて、超絶技巧を凝らしたアートみたいな本なのである。
 でもこれは、「あなたもこんな感じで旅行記をまとめなさい」という読み方を必ずしも要求するものではなく、「こういう旅行記を書く2人が、どんなアイデアや工夫をしているか、ちょっと知ってみたくない?」というスタンスで気軽に読んでも楽しめるわけである。つまり「自分にとって役立ちそうなものを取捨選択していく」という読み方だ。その点において「旅行をもっと自分らしく味わいたい、楽しみたい」と思っている人なら、「買い」の一冊だ。

 もし社会学系の大学生で野外調査(フィールドワーク)をしている人がいたら、ぜひこの本を参考にしてもらいたいぐらいである。旅行の計画の立て方や、現地でのメモの取り方なんかは、「実際に現場で数々の苦労をしてきたからこそ」の実用的なアドバイスに満ちている。そしてそうした作業をできる限り自分なりに楽しく実践し、その後のアウトプットをいかにワクワクしたものにするか、というところにつながっていくのが素晴らしい。

 個人的に参考になった点を挙げたらキリがないが、ひとつだけ。旅行ガイドブックの表紙を隠すために、別の大きい紙をブックカバーのようにする人は多いと思うが、その紙をわざと本の背丈よりも大きめにとっておいて、はみ出る部分を外側に折込んで、そうしてブックカバーにすることで「外側に簡易なポケットができる」というもの。「だから何?」と思うかもしれないが、私は「うぉ~!もっと早く知っておけばよかった!」となった。ささいな工夫だけども、現地で行動するときにはかなり有用なテクニックだと思えて、こういう小技は好きだ。

 そしてこの本では「番外編」として、こうして培った「旅ノートづくりのノウハウ」を、もっと身近な日常の「おさんぽ」でも活用してみては、という提案。日常も旅も同じように、「しっかり味わい、よく観察すること」や「良いことも悪いこともひっくるめて、自分なりに消化して、慈しむようにそれらを記録に残すこと」が、日々の人生を豊かにしていくことなのでは・・・というのが、k.m.p.のお二人によるささやかなメッセージだったりする。


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