『自分のために本をつくる ZINE&リトルプレス ビギナーズガイド』(石川理恵・著、グラフィック社)という本のこと
自作のフリーペーパーを最後に印刷して配ったのがそろそろ10年前になることに気付いて愕然としている。マジか。この10年のあいだに何があったのかうまく思い出せない。コロナ禍の数年間はもう記憶に残したくないぐらいだし、引っ越しが一回あって、ほかに思い浮かぶことといえば最後にロンドンに行けたのが2017年の夏で、その後にひょんなことからスキーに一人でハマったり、マラソン大会の応援企画を冬場には楽しくやり続けていて、そして春にはKYOTOGRAPHIEのボランティアをこの3年間はがんばっていることぐらいで、他に何かあったっけとなり、あっという間という言葉では追いつけない速度感に苛まれる。
そんななか最近になって、グラフィック社の編集者の方から連絡をいただいた。2012年に出版された『自由に遊ぶ、DIYの本づくり』をもとにリニューアルした本が計画されるとのことで、当時その本に掲載されていた、私の最初のZINE『DIY TRIP』の制作事例を取り上げた取材記事の再録についての問い合わせだった(正確にいうと、2011年に出た『リトルプレスをつくる』との合本・増補改訂版ということになる)。
私としてはまったく問題ありませんと二つ返事でオッケーを出したものの、しかしそれにしてもだ、この『DIY TRIP』の作者自身が、もうこの10年間たいしたものを作って発表していなくて、その点についてはひたすら恐縮するしかない。再録にあたり、あらためて本文の校正をする機会をいただいたのだが、あまりに自分が当時と違って「現役感」に乏しいので、ページの隅にちょこっと入っているフリーペーパー『HOWE』の紹介部分は、私のふがいない実状に沿って少し手を入れさせていただいた。弱気なアピールである。この新しい本の読者さんがせっかく『DIY TRIP』や『HOWE』にもし興味を持ってもらっても、肝心の現物が手に入りにくいわけで、そこはちょっと申し訳ない気分になって、クヨクヨしている(フリーペーパーについては直接連絡をもらえたらなんとかします)。
こうして『自分のために本をつくる ZINE&リトルプレス ビギナーズガイド』(石川理恵・著)という本が、このたび4月末にグラフィック社から刊行されたのである。ゼロから想いを立ち上げて、あれやこれやと冊子の形にし、人に読んでもらうまでのあらゆるステップが丁寧に解説されていて、これはZINE/リトルプレスの制作・流通を扱ったものとして現代の日本で手に入るなかで最良のテキストブックであると強く思った。
急いで付け加えるが、ZINEをつくるという行為にまつわるDIY精神論的な観点からいえば「そもそもテキストブックなんて不要だろう」という考え方は当然あるだろうし、「お手本」や「効率性」なんて気にせずに試行錯誤して自力でやり方を見出すことのほうが、より大事なのではという意見も、もっともだと思う。
ただしそういうツッコミの部分を心の片隅に置きつつも、それでもこの本は良いテキストブックになっていると考えるし、そして感謝の気持ちもわき上がってきて、それはきっと、自分自身が「停滞している作り手」だからなのかもしれない。これは私個人の事情ゆえに基づく感慨みたいなものであって、「私がボヤボヤしていたこの10年のあいだに、ZINEづくりを取り巻く環境がこういうふうに変わりつつあるんだな」ということを余すところなく伝えてくれる、充実の改訂っぷりがこの本には詰め込まれている。自分が関与しているという「贔屓目」があるのは仕方ないかもしれないが、とかく著者の石川理恵さんをはじめとして、この本をリミックスして改めて世に放ちたいと思った人々による、ZINE/リトルプレスのシーンを活性化させたいという熱い気持ちが、自分には「リハビリ」のように効いてくる、ということだ。
(そして一方で、時代的にアナログ手作り出版物としてのZINEというものが広く認識され実践されつつある現況だからこそ、こうした出版企画が可能になっている、ということについても思うところはいろいろあるわけだが)
なにせこの書名の冒頭には「自分のために本をつくる」と書いてある。これは、やもすると挑発的なフレーズだと感じる。「なぜZINEを作るのか」と問われるとき、それが「メディア」であるがゆえに、自分以外の人々に読んでもらいたいという、外側からみてもわかりやすい動機が絶対的にあるはずで、しかしその本質のところでは、ただ一人この世をただよう我が身のために作ることが奥底に横たわっていることを示唆している。結果として誰からも読まれないかもしれないし、幸運にも読まれたとしても無言でお互いの時間はただ過ぎていくだけかもしれない。でも少なくとも何かはこの世界のなかで作られて存在していて、それを果たした手応えは、自分のためのものとして最後に残っていく。そんなことをタイトルから思い浮かべた。
だからこそ、自分のために作るうえでも、走り出そうと蹴り出した足の、その足が接する地面のように、誰かの言葉や仕事を求めたくなる。その土台や支点があってこそのDIY的なる試行錯誤の旅がはじまるような感じを認めておきたいのである。
それはちょうど、私がインターネットという言葉をまだ知ることがなかった1995年の春にふと立ち寄った、近鉄奈良駅の北側にある東向北商店街の、今は営業していない豊住書店(今回ちょっと気になって調べたら江戸時代から存在していたとっても古い書店だったと知って今さら驚いている)の奥の書棚にぎっしりと並んでいた「別冊宝島」のバックナンバーから『新・メディアの作り方』を手にとってページをひらき、そこに『俄』という三つ折りのフリーペーパーの書影の写真を見つけたときに何らかの衝動性が電流のようにピリッとやってきて「自分でも作れるんじゃないか」と感じ、本を買ってその日の夜にワープロ専用機で『HOWE』を書きはじめたときのことを思うわけである。
誰かがこのあたらしい本で思わぬところからインスピレーションを受けるかもしれないのであれば、その可能性をできるだけ広げていきたい。自分がそうだったように。
そして今回この文章を書きながら改めて思い至ったのは、そもそも『DIY TRIP』をつくるきっかけとなったアメリカへの旅だって、もともとは『Stolen Sharpie Revolution』という正真正銘の「ZINEづくりガイドブック」を読んだことが始まりにあるわけで、つまり私にとっては「一冊の本にインスパイアされる」というのが、いろんな行動につながる、最初に起こる火花みたいなものになりやすいのかもしれない。
そういう意味では今回のこの本『自分のために本をつくる・・・』だって、クヨクヨしている自分がふたたび何かを語りたくなるきっかけにしてもいいわけである。そう思うことにする。
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そして偶然にも、上記の文章でしめくくってこの記事をアップしようと準備していた矢先、つい昨晩に思わぬところでZINEのことに出くわした。
人生の成り行きのアヤで、私には文化人類学に関わりが深い、ちょっと変わった友人知人恩人(ホメてます)が多数いるわけだが、そんな彼らが企画している「井戸端人類学」と称する研究会に出向き、そこで久しぶりにKさんと顔を合わせた。この日の発表者である彼はタイと日本を行き来し、多国籍の患者をケアする施設で介護職として奮闘した経験から文化人類学にたどり着くのだが、一筋縄ではいかない彼の人生譚、そしてさまざまな看取りや別れを経て彼なりに感じたタイと日本の死生観について、お手製のグリーンカレーをみんなで食べながらその語りを共有するという企画だった。
そんな破天荒なKさんは私に会うなり、お久しぶりの挨拶もそこそこに「最近、ZINEをつくりましたよ!」と、彼がこの日取り上げたテーマにもとづく、タイでの義母の死や、ご自身の親の遺骨をメコン川で散骨した話などを写真とともにつづった冊子を紹介してくれたのである。私はそもそも、ZINEを作っていることをKさんに話したことすらも忘れていたほどなのだが、こうして彼にとって私は、「何かをつくって、人につたえる」手段のひとつとしてZINEを選ばせるきっかけの一部を作ったような存在であったことを、図らずも知ることとなった。つくづく人生はいろんなやり方で刺激を与えてくれて、何かを思い出させてくれる。










































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