カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2019.07.14

アウトドアの新しい楽しみ方「チェアリング」に興味がわく

たまたま書店でこういう本をみかけて、即買い。

椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門 (ele-king books)
スズキ ナオ パリッコ
Pヴァイン (2019-03-28)
売り上げランキング: 279,951

持ち運びの楽な折りたたみ椅子をもって、それを屋外において、限りなく荷物を持たずに、自然のなかでひとときを過ごすというアクティビティが「チェアリング」と名付けられていて、それが知る人ぞ知る密かなブームになって、こうして書籍まで刊行される運びになったようだ。

こういうことはもちろん以前からもそれなりに行われていたのだろうけど、「あらためて特定のアクションに名前をつける」ということで生み出される新たな「うごき」みたいなものに私は興味をひかれる。

日本チェアリング協会(笑)による、チェアリングを実施するうえでの注意点はこれだ。

・人様に迷惑をかけない
・ゴミは持ち帰る。むしろ掃除して帰るのかっこいい
・市井の人々に威圧感を与えない(酒をよく思わない人もいるので)
・私有地に無断で立ち入らない
・騒がない(KEEP CALM)
・公共の場を占有しない
・装備を増やしすぎてキャンプにしない

思い立って椅子とともに外へ行き、できれば近所にコンビニとかトイレがあれば嬉しくて、そうしてほどよい場所にスペースをみつけたら、そこで椅子を置いて座り、静かにその風景を味わう。

考えてみたらシンプルなことなのだけど、ある程度しっかり意識しないとこういうアクションを実行に移すことはなかなかできにくいものである。「チェアリング」は日常生活をすこし別の角度から眺めて、自分を取り囲む世界を新たな気持ちや視点で見つめ直す「工夫」だったり「アイデア」のひとつだと思う。

というわけで、お酒を飲まなくても、好きな過ごし方をすればいいわけで、私も折りたたみ椅子(と、虫除けスプレーとか)を手に入れるところから始めようと思う。

この本の著者たちが以前デイリーポータルZで書いた記事がとても詳しいのでリンクを貼っておく(こちら)。

| | Comments (0)

2019.07.07

もはや自分の持ってる黒い電子機器をすべて「ピンク・フロイドの機材」にしてしまいそうな勢い

近年はKING JIMのポメラを使ってブログの下書きなどを書いたりすることが多い。外出先でがっつりテキストを書くだけでなく、最近は自宅の机にも適当に置いておいて、すぐに何かが書けるようにしている。パソコンの起動を待つことなく、スパッと「はい、テキスト書いてね」という感じになるスピード感が好きだ。

しかし、こともあろうに最新のDM200という機種で「バッテリー方式」を採用してしまったKING JIMには、「目を覚ませ!」とマジで言いたい。バッテリー頼みのポメラなんて「使えないノートパソコン」と同じようなものに成り下がってしまったも同然で、それはつまりクズだ。長いこと放置していて、ふとした機会に使おうと思っても、乾電池の予備さえあれば何の心配もせずに起動して書き続けられる作業環境を創出させることがこのポメラの唯一無二の良さじゃないのか。月に1回ぐらいしか更新できていないブロガーだって立派なヘビーユーザーなんだぞ(笑)。

なので、ひとつ前の機種になるDM100は、「乾電池が使える」ということで、KING JIMの商品開発者やマーケティング担当者が「やっぱりバッテリー方式はクズだった」ということを正直に認めて改心してくれるまで、今後も使い続けることになるであろう。というか、もはやこのDM100はポメラという機種のなかで「これ以上は進化しなくてもいい」と思えるほどの完成度の高さなので、もしこれが故障してもおそらく次に買うのもDM100になるだろうと思う。

そんなわけで、この黒い筐体に愛着を覚えると、ふと以前作った「ピンク・フロイドの機材っぽく見えるキャリーカート」のネタ(こちら)を想起し、ポリカーボネイト専用スプレーで同じようなものが作れるのか実験してみた。

小さめのロゴを切り抜いて、スプレーで塗装してみると・・・

Img0079

はい、問題なし!(笑)

塗装が剥がれることなく(今のところ 笑)、しっかりと定着。

少しだけ液だれしてしまったところがあるが、おおむね満足。

もはや何がなんだか、って感じであるが。

| | Comments (0)

2019.06.29

企業ノベルティグッズを探すことにハマっている

 最近はちょっとした日用品を手に入れようと思ったら、まずとりあえずオークションサイトで調べることが多くなった。ヤフーオークションの場合だと「アンティーク、コレクション」のカテゴリのなかの「広告、ノベルティグッズ」のカテゴリーを選んだ上で、その都度ほしいアイテム名を検索すると、しばしば味わい深いものに出会えたりする。

 単なるノベルティグッズだったりすると、モノとしての品質とか使いやすさなどは期待できないわけだが、こうした企業ロゴ入りグッズには何とも言えない「鈍くささ」だったり、ある種の皮肉めいた面白さを感じてしまう。そしてそうした「記号」を日常の中にどう取り入れるかをあれやこれやとイメージして楽しむ。

 ふとしたことから調べてみて楽しかったのは、エプロンである。このジャンルもいろいろな企業ノベルティが存在しており(じつに多くの企業がエプロンを販促グッズにしているという、そうした事実そのものにまずは圧倒されるわけだが)、そのなかでいろんな航空会社のものが出品されている状況に出くわした。オークションサイトの画像を載せるのは控えるが、おそらくあるマニアの人がずっと集めていて、それらを処分しようとしているとおぼしき状態で、特にそこまでエプロンを必要とはしていなかったが、あれこれと欲しくなってしまうほどにファニーなデザインのものが多かった(アエロフロートの旧ソ連っぽさ全開のデザインとか、とくに)。

 先日実際に手に入れたものは、アンティークショップが出品していた、イタリアのお酒メーカーMARTINIのロゴが印刷されたグラスセットである。同社は古くからモータースポーツ界における熱心なスポンサー活動でも知られており、昔からこのロゴには親しみがあるのでそういう系統のグッズも探していたら、このグラスにたどり着いた。説明によると、MARTINIのお酒を提供するお店だけに配布された宣伝用のものらしく、家でお酒をほとんど飲まないくせに、どうしても気になって落札した(幸運にも競合相手がおらず、とっても安価に済んだ!)。販促用に作られた非売品とはいえ、分厚い底のおかげで手に取ったり置いたりするときの安定感がよくできており、これはこれで何かと普段使いしたくなる・・・もっぱら、ジュース飲んだり(笑)。

Martini 

| | Comments (0)

2019.04.28

旅先での「寸劇スリ」(寸劇詐欺)にご用心

 仕事の関係で、いろいろな国の領事館などがメールで配信している海外危険情報を目にすることが多いのだが、ロシアの在ウラジオストク日本総領事館がこのまえメールで送ってきた、現地で流行りつつあるスリの手口がなかなか絶妙だったので紹介したい。

 バス停や横断歩道など、そこで立ち止まって何かを待っている状況だとする。あなたの前にはアジア系観光客がいる。そこへ現地のロシア人が近づいてきて、よくみたら目の前の観光客のポケットから財布を奪おうとしている! ・・・のだが、うっかり財布が地面に落ちてしまい、あわててロシア人は逃げ去った。
 アジア系観光客はスリに狙われたことに気づき、後ろにいたあなたに言いがかりをつけて詰め寄るのである。あなたは当然自分は何もしていないと言い張るが、言葉がうまく出てこない。そこであなたは身の潔白を晴らすべく上着やカバンのポケットなどを相手に調べさせることとなり、その混乱に乗じてあなたの所持品が盗まれるという手口だ。

 領事館のメールではこれを「寸劇サギ」と書いてあって、やや緊張感を欠いたファニーな響きを感じないでもないが、他に表現しようのない的確なネーミングでもある。以前からそういうことはあちこちで行われていたのかもしれないが、私はもし自分が実際に狙われたら、たぶんまんまと被害にあう可能性は高いなぁと感じた。

 そもそも現地人のスリの役と、アジア系観光客の役という「配役」が絶妙ではないだろうか。「現地のスリがアジア系観光客を狙う」という、自分にとっても当事者性の高い場面設定のなかに一気に引き込んで、「そこにあったはずの無関係さ」をいきなり排除して、「寸劇のキャスト」に無理矢理組み入れられてしまう感じが巧妙である。

 しかも「スリが失敗する」というストーリーによって、その現場を目撃してしまった人は、いくら勇敢な性格であっても、逃げていくドジなスリをあえて追いかけようとする可能性は低くなるはずだ。場合によっては「被害にあわなくてよかったですね」と、自分から被害者役に近づいてしまいたくなる気持ちも出てくるだろう。そのうえで被害者役のアジア系観光客の予想外の反応にさらされると、冷静な判断力ができなくなる可能性は高い。

 一連の出来事すべてが自分をターゲットにした寸劇だとすると、この状況に少なくとも一定時間は巻き込まれるしかないわけで、なかなかそこから冷静になって「ひたすら逃げる」という判断はかなり難しくなるわけだ。

 よくある海外旅行先での詐欺被害の手口だと、たいていは犯人が被害者に話しかけるところから始まるので、気をつけてさえいれば警戒心マックスで状況にあたれる。よく聞く「ケチャップ強盗」も寸劇の要素があるとも言えるが、事前にそのことを注意しておけば、衣服に突然ケチャップなどがついたことを認識したら、その場で立ち止まって「どうしよう」とか思うのではなく(話しかけてくる奴をガン無視して)ひたすらその場から(できれば怒りを表しながら)離れることで事態はある程度回避できる。そういう直接的なやり方ではなく、寸劇サギは他人同士の偶発的トラブルという事態を通してターゲットの心の隙に入り込んでくるので、これを考えた人のずる賢さには脱帽してしまう。

 こういう詐欺の手口は、悲しいかな常に新しい手法が試行錯誤して開発されていき、うまくいけばすぐ広まっていくわけで、不謹慎だが「その手があったのか!」と唸ってしまう。

| | Comments (0)

2019.04.22

時代の変わり目における「かたち」

 そもそも西洋かぶれの自分はなるべく西暦を使いたいと思っているので元号は仕方なく用いているにすぎないのだが、それでも時代区分の節目に立っていることについて、どこかしら落ち着かない気分にはなっている。

 天皇が新しく即位して元号が変わったからといってもちろん何か社会が変わるわけでもなく、むしろ書類仕事的に面倒くさい手続きや調整が増えるだけで、これまでの「平成」を一挙に過去のものにしようとする政治的な狡猾さにも気をつけないといけないわけだが、そういう手触りのない時代感覚の変わり目において、改元の節目を「物理的に」味わえる唯一といっていいかもしれない場所を知ったので、この落ち着かなさを抱えつつ、思いきって東京まで行ってみたのである。

R0060692

 行き先は国立公文書館。ここでいま、期間限定で「平成」の改元の書が特別に展示公開されているのである。当時の官房長官、小渕氏が掲げたあれだ。

(写真も撮ってよかったのでうれしかった。そしてあまり客も少なかった)

R0060696

 あらためて現物を前にした直感的な印象としては、「額ってこんなにシンプルな薄めの色だったっけ」ということだ。このすっきりした感じが、書かれた文字の凛とした印象を高めている気がする(そのあとネットで当時の写真を確認すると、たしかに同じ額のように見える。まぁ、天皇が崩御したあとの改元なので、変に目立つ額に入れてもダメなんだろうけれど)。

 そして「平成」の文字であるが、やや変色した和紙の上にかすかに残る墨のかすれや、細かい部分などを自分の目で確認できたので、文字通り時代の変わり目を捉えたひとつの芸術作品として堪能させてもらった。ひとつの書にたいしてここまで自分自身を丸ごとぶつけるように見つめることは、これからもないかもしれない。

 もちろん、元号はやはり単なる記号みたいなものでしかないのだが、この紙の上に書かれた文字としての元号は、確かにほんの少し自分の人生とわずかながら重なったわけで、それなりに「手応え」を感じることはできた。時代性にたいして「手応え」を覚えるのも変な話かもしれないが。

そうして、そのあと出口の近くになると、複製ではあるけれども日本国憲法の「前文」の文書が展示されていた。その前文をあらためて当時の空気感を想像しながら黙読することで、やはりどうしたってこれは格調高く心に響く日本語の文章だと再認識させてくれた。浅はかな政府と広告代理店なんかが結託したかのように打ち出すキャッチコピーまがいの政策ワードとは雲泥の差であって、そういう部分でも公文書館に来てみてよかったと思った。あぁ、平成は終わる、本当に終わる。終わってしまう。そして相変わらず不安げな政治的統治はこの国で続く、それだけだった。

R0060701

▲自分の影とかさねて「平成」を写し取ることのできる場所。

 

「平成の書」は現在の特別展「江戸時代の天皇」の期間中、ゴールデンウィークいっぱいは一般公開されているようだ。

| | Comments (0)

2019.03.31

ピンク・フロイドの初代マネージャーのピーター・ジェナー氏をめぐる話、そして2019年の神戸でピンク・フロイドの音楽につつまれた話

奇しくもピンク・フロイドのネタが続く。

イリノイ州アーバナ・シャンペンからお送りしているコミュニティラジオ「harukana show」番組ホストのMugikoさんは、ロンドンでのフィールドワーク調査の流れで、60年代後半のロンドンのアンダーグラウンド文化に携わった人々にインタビューをしているのだが、今回ピーター・ジェナー氏との会見を行ったということで、その放送回に私も日本からウェブマイク越しに参加させていただいた。

今回の機会をいただくにあたって、あらためてピーター・ジェナー氏について調べると、この人こそはピンク・フロイドの最初のマネージメントを行った人物であり、そこから音楽業界に本格的に関わっていった元・経済学者という経歴を持っている。

私が興味深く思ったのは、ピンク・フロイドのデビューアルバム『夜明けの口笛吹き』のオープニング・ナンバーである『天の支配』、この曲のイントロに流れるノイジーな人間の声の主がジェナーさんだということである(これもマーク・ブレイク著『ピンク・フロイドの狂気』で初めて知った)。
つまり、ピンク・フロイドというモンスター・バンドのアルバム・レコード史において、一番最初に登場する人間の声は、実はシド・バレットではなくピーター・ジェナー氏の声になるのである。そういうこともあって私は、Mugikoさんがジェナー氏にインタビューを行う前に、いくつかの質問事項にそえて「記念に、私の名前を呼びかけるようなボイス・メッセージをぜひしゃべってもらって、録音してほしい!」という無茶なリクエストをさせていただいた。そしてありがたいことに実際に(期待以上の)メッセージを見事にいただけたのであった(それは今回のharukana showでも聴ける)。

すかさず私はスマホのメール着信音にそのジェナー氏からのメッセージ音声を加工して設定した・・・が、スマホのメールをGmailで利用していて、そこの着信音にはうまく機能しないようで、おかげでまったく関係ないタイミングで突然「タテーシ、ハロー!」とジェナー氏の声で鳴ることがちょくちょくある。これはこれでビビるのであった。

というわけで、番組のポッドキャストは(こちら)より。

---
そしてさらに別件で、ピンク・フロイドのネタは続く。

4月に神戸で行われるアートイベント「078」の一環で、「TIME TRIP COSMOS with PINK FLOYD」という催しが神戸税関の古い建物の中庭でつい先日開催されたのである。フライヤーには「伝統建築・神戸税関中庭を華麗にライトアップ、美しい建物の姿を幻想的に浮かび上がらせる空間演出。ピンク・フロイドの良質な音楽を響かせる時空を超えた幽玄の夜」とのこと。入場無料だったので気軽にでかけてみた。

Img_3877

神戸税関は1927年に立てられた古い庁舎と、阪神大震災後に増築された部分とが連結されているようで、「近代産業遺産」ともなっている建築とのこと。

こうしたモダンな建物の開放的な中庭に立ち入ること自体もおもしろいのだが、ここで大音量で、よりによってピンク・フロイドの曲をひたすら流すという試みなのであるから、なかなかマニアでトンガったイベントである。工業大学の学生たちの手による大きなブタのモニュメントも置かれ、夕闇が少しずつ濃くなっていくなかでライト・ショーが壁面を照らし、音楽プロデューサー・立川直樹氏による選曲でピンク・フロイドが流れていく。

Img_3879

そして肌寒い中でもお客さんはけっこう入っていた。老いも若きもただ中庭に突っ立ってデビューアルバムから近年の作品までを含めた19曲をじっくり聴き入る2時間あまりのひととき。なんだろうなこの2019年の光景は。
そしてなによりこの建物がよりによって税関局だというのに、そこで『マネー』という題名の曲が鳴り響いていたわけで、その状況はなんだか確かにフロイド的だなーと感じていた。

Img_3881

Img_3888

そしてさらに翌日は、この神戸税関の向かいにあるデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)にて、テクニクス社の最高級オーディオを用いてピンク・フロイドのレコードを鑑賞するという企画も行われた。こちらは有料のイベントではあったが、ダメもとで申し込んだら参加できたので、2日連続で神戸へ。

私はオーディオ機器には明るくない。というのもこの分野にもし深入りしたらそれこそとんでもない人生になるという怖れもあり、あまり手を出さないように努めている。いつもお世話になっている鍼灸師さんがけっこうなオーディオ愛好家で、自宅でいかにお気に入りの音楽を最高のコンディションで味わうか、その環境づくりをめぐる奮闘ぶりをよく施術中に聞かせてもらっていて、自分としてもその話は確かに魅力的なのだが、近づくと絶対に泥沼だなぁと思っている。

Img_3892

で、この総額一千万円ぐらいのシステムで、この日は名盤『狂気』を全曲フルで聴いてみるということとなった。
レコード盤の持っている情報量の豊富さ、そして音響機器のセッティングがうまく決まれば、聴き手をつつむ音の波の配置や奥行き感がとても立体的になっていくことを、全身で体感したわけである。
「あぁ、私はこれからの人生において、このアルバムをこれ以上の良好な条件では聴けないのかもしれない」とか思うと、たしかに「今までとは別物のように」聴こえてくるわけである。さすがに立川氏が言うように「聴いたことのない音」までは、私の耳ではそこまで探れなかったが、「良いオーディオ機器は、そりゃあ確かに良い」という、至極あたりまえのことをじっくりと納得させられた時間であった。

ちなみに私個人の歴史でいえば『狂気』を初めて聴いたのが高校生のときで、当時はそこまで好きな作品でもなかったが、今となってはすごく好きなアルバムになっている。聴き続けることで、歳を取るごとに自分のなかでも変容していくものがあるのかもしれない。あらためて全身で集中して『狂気』の生み出す世界に没入したこの時間はたしかに貴重なものだった。

『狂気』のあとの残り時間は客席からのリクエストを募って『吹けよ風、呼べよ嵐』と『Sheep』の2曲ほど聴いたわけだが、個人的には『エコーズ』のあのイントロ部分だけでいいから聴いてみたかった。

そんなわけで、オーディオシステムのすごさ以前に、私なぞはやはり「レコード盤って、やっぱりいいんですねぇ」っていうレベルのところで、あらためて新鮮な体験となった。やばい、レコードプレーヤー欲しいかも(笑)。

何より、その日は朝からちょっと頭が重たくて体調がそんなによくなかったのだが、このレコード試聴体験が終わったあとは体調もなぜか回復して、体がスッキリしていたのである。最高級オーディオ機器はここまでフィジカルに響くものなのかと、試聴会が終わったあとの帰り道にジワジワとその威力に敬服するというオチである。

| | Comments (0)

2019.03.04

ピンク・フロイドのV&A博物館の展覧会告知ポスターを手に入れたのである

昨年の夏にDIYファクトリー(大阪店は閉店してしまったが)で「壁紙の貼り方」を受講して、盆休みはもっぱら自宅の壁面の一部を輸入壁紙で覆うという試みに専心していた。

しかし案の定、あまりうまくいかず、なんとか壁紙は貼ったものの、乾くにつれて壁紙の継ぎ目のところが収縮して、隙間が空いてしまうことになった。やり直す気持ちにもなれず、そのまま放置していた。

で、少しでもこの隙間をごまかすために、大きめのポスターでも壁にかけようかと、なんとなく思っているうちに、海外オークション通販の「セカイモン」で、2017年夏に行ったヴィクトリア&アルバート博物館のピンク・フロイド展覧会の告知ポスターなるものが出品されていて、そんなものを見てしまったら買うしかないだろうと、高い送料もおかまいなしにオーダーした次第であった。

海を渡って届いたポスターはところどころ割れていたりしてダメージがついていたが、それゆえに「実際にどこかで掲示されていた感」があるのでオッケーだと思った。大きさはヨコ61cm×タテ99cmなのでわりと大きく、V&A博物館のイベント案内としてロンドンの地下鉄の構内などで貼られていたんじゃないかというファンタジーをかきたてる(まぁ実際は単に余って処分に困ったあげくのオークション行きだったとしても、だ)。

せっかくなのでフレームに入れて飾りたいので、近所のバックス画材へ(ちなみにこの店は最近改装して、2階にはZINEコーナーが設置されている)。ロンドンの地下鉄駅で掲示されてそうな無愛想でシンプルなシルバーのフレームをオーダーで作ることにした。

そして、出来上がってお店に受け取りに来るときに、ポスターの現物を持っていったらその場で店員さんがポスターをフレームに入れてくれるとのこと。所々痛んでいるシロモノなのでちょっと迷ったが、勇気を出して(?)現物を持って受け取りに行ってきた。

実際にフレームをみると確かに大きく、そしてポスターも丸めたまま保管していたので、私と店員さんの二人がかりでやらないとうまく紙がフレームに入らなかったので、やはり現物をお店に持っていって正解だった。店員さんもポスターの内容をみて「かっこいいですね」とか言ってくれるので、恐縮のあまり早口で事情を説明するに至ったり(笑)。

車を持っていないので、バスと徒歩でこれを持って帰るつもりだと店員さんに告げると「なるほど・・・」とつぶやき、「このまま持ち歩くと目立ちますよねぇ」と大きな紙を表面に貼ってもらい、持ち手までつけていただく。それで無事に帰宅できた。

で、以前から持っていたピンク・フロイド関係のもう一枚のポスターである『原子心母』のやつと並べて壁にかけてみた。

190304

バッチリである。サイズ感といい、この「何がなんだか分からない感じ」といい(笑)

特に今回のは「V&A」のロゴがとっても効いている。ロンドンの地下鉄でよく見かける告知ポスターの感じが旅情を思い起こさせて。

そして冷静に思い返すと、この『原子心母』の牛のポスターも、以前に「セカイモン」で手に入れたものだった。

あともうひとつ冷静に考えると、これで別に壁紙の隙間の問題が解決しているわけでもない。

まぁいいか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2019.01.26

映画『マイ・ジェネレーション:ロンドンをぶっとばせ!』を観て、平成の終わりに60年代ロンドンをあらためて想う

190126

やー、あらためて映像で観てもツィギーはやっぱりステキだ、ホントにステキ。
それが一番の感想かもしれない(笑)。

想像以上に、(良い意味で)“教材的な”内容で、60年代ロンドンのユースカルチャーを捉えていて、これでもかと当時の映像の洪水を見せてくれる。そしてまた、この前後の歴史的展開を照射しつつも、うたかたの幻のようだった刹那の輝き、刺激的かつポップさゆえの儚さ、そういった感傷をも、同時代を知らない我々に味わわせてくれるような時間だった。

この時代の生き証人として俳優のマイケル・ケインがナビゲート役を務めているのだが、ところどころで若き日のケインがロンドンの街を歩き回る映像が差し挟まれていて、このスケッチ的な映像資料が、あたかも50年後にこの映画を作るために記録されていたのではないかというぐらいに見事にハマっていたのも印象的。

なにより、この時代を彩るサウンドトラックも期待通りで、心なしか音質も素晴らしくて、京都シネマってこんなに音響良かったっけ? って思ったぐらい。唯一気になったのは映像のなかで「モッズ」の説明が出てきたときのBGMが(確か)ストーンズだったので「ちょっとそこはなぁ~」って感じになったことぐらい。
DVD版が出たらダラダラと部屋で流しっぱなしにしたい感じ。

そう思うと、この当時の「退廃的とみなされていた」カルチャーの担い手たちがちゃんと元気でいるうちに、こういうドキュメンタリーをちゃんと作っておくことは本当に大事だよなぁと思った。なので今度は誰か英国70年代プログレッシヴ・ロックのちゃんとしたドキュメンタリー映画を作ってくれ・・・と思わずにはいられない・・・(笑)
Img3718
パンフも表紙のデザインが良かった。このメガネほしい。
ちなみに右の渦巻きは、BBC「トップ・オブ・ザ・ポップス」をモチーフにしたマウスパッド(昔、スカパーの懸賞で当てた 笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2019.01.02

お店の空きスペースを有効利用。コインロッカー不足に対応したシェアリングサービス「ecbo cloak」を利用してみた

あけましておめでとうございます。
今年もできるかぎりたくさん書いていきたいと思います。できるだけ・・・

---

さて。
旅行などで大きい荷物のあるとき、大都市のターミナル駅などでは、コインロッカーが空いていないことがほとんどである。そしてスーツケースなど大きい荷物になると、さらにロッカーの数が限られている。「荷物預かり所」を設けている駅はよほど大きい駅じゃないとないので、なかなか困るわけである。

それでネットで調べると「ecbo cloak」というサービスがあることを知り、このあいだ初めて使ってみた。
店舗の空きスペースを利用して、ネットを介して「ここなら荷物預けられます」と検索されて、利用者とつなげるシェアリングサービスである。

会員登録をして、自分が預けたいエリアを検索すると、地図付きでいろいろなお店が表示される。そこからは手軽に自分の持ち物の個数などを選択していけば、あとはお店の営業時間に応じて予約ができる。

先日私が使ったのはとあるデパートの服屋さんだったのだが、レジに持っていくと「チェックイン」の作業が行われ、荷物の写真をその場で店員さんが撮影していた。
(何らかの処理が行われるたびに、登録してあるメールアドレス宛に通知がちゃんと来る)

ひとつ注意しないといけないのは、「この時間に取りに行く」ということを現場でも改めてはっきりさせておかないとお店側も困るので、そこだけはコインロッカーほどの気軽さはない(料金は1回いくらなので、もちろん遅刻しそうならあらかじめ電話連絡をすればいいだけなのだが)。

そしてもうひとつこのサービスが興味深いと思うのは、荷物を受け取りにいったついでに、私はその預かってくれたお店の商品もついでにチェックすることとなり、ついつい記念にTシャツを買ってしまったことだ(笑)。また場合によっては、旅先についてのちょっとした情報などもそこの店員さんに質問しやすい雰囲気も出てくるだろう。いくつか検索されたお店のなかで、自分の親しみやすいジャンルのお店を選んだことにより、そうした「旅先での予想外の出会い」も楽しめたわけである。

AirbnbとかUberとかは、日本の行政の強固な姿勢により普及は難しいが、コインロッカー業界においてはあまり既得権益を守る必要がないためか、このシェアリングサービスはすでに利用可能なわけで、今後はもっとお店が参加してほしいと思う次第である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.12.31

今年最後の読書は、パン職人の自叙伝。

 今年は結局フリーペーパーも書かず、ZINEづくりに向けた作業もまったくはかどらずに終わっていく。
 ただ、インプットの面において久しぶりに読書欲が旺盛な周期に入ってきたのか、今年はめっぽういろんなジャンルの本を読んできたように思う。ただし今年最後の読書のきっかけは意外なところからやってきて、つい先日顔を合わせた旧友のM・フィオリオ氏が「これを読め!」と(強引に)貸してきた、ドミニク・ドゥーセ氏の自叙伝『ドミニクドゥーセ、リスタート!』(伊勢新聞社、2014年)となった。


 ドミニク・ドゥーセって、誰? となるのも無理はない。我々にとってその名前が特別なのは、90年代の初めに我々がF1マニアだった頃、鈴鹿サーキットで出店していたパン・お菓子屋のフランス人オーナーシェフとしてこの名前を深く記憶に留めていたからだ。特にフィオリオ氏がこのお店のお菓子を気に入り、彼が買った缶入りのお菓子に添えられていたリーフレットもなんとなく印象的だった。それで私もずっとドミニク・ドゥーセという名前を、聖地としての鈴鹿サーキットのこととセットで想い出のなかにしまっている。

 ただそれから25年ぐらいたって、お互いF1ファンではなくなっている今の状況において、フィオリオ氏がこの本を私にどうしても読ませたかったのは、我々はドミニク・ドゥーセが当時どういう想いでフランスから来日して、三重県の国際レーシングサーキットに店を構えて、その後どういうことがあったかということをまったく知らないまま生きていたからである。別にそんなことを知らないままでも、それはそれで問題はないのだろうが、この本を読むと「そんなことがあったのか、ドミニク!!」と、まるで遠い親戚のおじさんの知られざる驚きの過去をこそっと告白されたかのような、その数奇な人生の浮き沈みがなんとも驚きの連続だったからである。

 そもそもドミニク・ドゥーセは、87年に鈴鹿でF1日本GPを誘致するにあたって海外からの選手や客に対応できる良質の料理人の必要性が検討されたことで、サーキットの運営母体であるホンダから熱心なオファーを受けて日本に来ることになったそうだ。そこからの日本社会への適応に関する苦闘ぶりを読むにつれ、結局この人は日本のバブル期における「ノウハウがなくても金で解決すればいい」的なありかたに翻弄された人のようにも思えてくる。苦労して母国でパン職人になり、腹をくくって日本に来たからにはフランスの味をたくさんの人に伝えようという使命感をもって頑張り続けるも、遠くに住む家族との問題や、サーキットから独立してお店を展開するも、あやしい事業提携話にひっかかって悲惨な目にあったりと、幾多の困難を経て「ドミニク・ドゥーセの店」のブランドを守り抜き、今は原点である鈴鹿に本店を構えて「リスタート」をきっているドミニク氏の職人魂を思うと、今すぐにでもお店に出向いて、パンやカヌレを食べたい気持ちになってくる。

 「鈴鹿に行けばドミニクのパンが食べられる」ということでファンも多かったという幾多のF1ドライバーたちとの交流もまた、彼のパン職人としての来歴を語るうえでは欠かせない部分であるが、「私も、彼らとは違ったレースを、必死で走っていた」という一文がすごく、光っている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧