カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2020.10.10

『岐阜マン』の単行本!!!

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 10年ほど前に名古屋のシマウマ書房さんで初めて出会ってから魅了されっぱなしのフリーペーパー漫画『岐阜マン』が、エムエム・ブックスから今年の春に単行本として刊行されています!(こちらで!!) プヒャー! こういう日が来るとは・・・! ツカハラさんおめでとう! これはぜひ実物を手に取って欲しいのだ。なぜなら、この作品がフリーペーパーの小冊子の集まりであることが手触りで分かるようになっていて、背表紙が実質存在しておらず、現物オリジナルの雰囲気をそこねることなく、そしてちゃんと本のカタチに綴じられている。岐阜マンの存在感と同様、どこか不可思議な装丁になっているのだ。

 そして何より帯と「あとがき」は岐阜出身の女優・菊池亜希子さんが書かれているのがすごーーーい!(私、おっさんですが「マッシュ」数冊持っているぐらい、密かにずっとファンなんです)。

 こうしてまとまった形であらためて読むと、岐阜のあらゆる場所へ岐阜マンと猫のシェフチェンコはフィールドワークをして楽しんで、その積み重ねの結果が、じつにオルタナティブな岐阜観光ガイドとして成り立っている。東白川村ではみんなで集って幻のツチノコを探す「つちのこフェスタ」なんてイベントがあったり、飛騨古川では廃線の鉄道レールの上をマウンテンバイクで走れるルートがあったり、岐阜のあちこちに気になるスポットが増えていく。

 岐阜県というひとつのエリアを丹念に歩き回って取材されている作者ツカハラさんは、きっといつも岐阜マンたちの姿を感じながら道中を楽しんでいるんだろうなぁと想像する。フリーペーパー漫画のひとつひとつは単発で作られるが、コツコツと積み上げていくことで、気がつけばとても大きな山を登っていることになる。その持続力、岐阜への愛、そこがすごい。

 岐阜マンファンの次の夢は、念願のFC岐阜とのコラボレーション!?(笑)

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2020.09.21

無観客開催でも、ルマン24時間レースはやはり自分にとって癒やしのイベントだった




本当だったら今、フランスから帰国途中だったはずだ。

春先のコロナ禍の折、今年のルマン24時間レースは6月の開催を取りやめ、9月開催が決定となり、うまく日本の連休と重なったのである。もしこの頃までにコロナが落ち着き、観客を入れてもいい状態になっていたら、念願の現地観戦ができるのではないかと密かに思っていた。今振り返ると、それは浅はかな期待だったのかもしれない。状況は良くなるどころか、ますます混迷にはまりこんでいる。

そうして88回目のルマンは無観客状態での開催となった。 また、長い歴史のなかで9月に実施したのは過去に一度、それは1968年の五月革命のときだったそうだ。

今年もありがたいことにCS放送のJ-SPORTSは狂気とも言える(笑)「24時間完全生中継」を敢行し、私は例年以上に気合いを入れて食料を買い込み、テレビの前にいつづけた。結果的におそらく通算で19時間ぐらいは観ていたはずだ。不思議なもので、まったく退屈することがない(近年は性能や技術の向上によってどのカテゴリーもかなりの接戦になるのも要因である)。最近個人的にはいろいろとしんどい日々が続いていたのだが、私にとってこのルマンはひとつの「癒やし」のようなものなのだと、あらためて今回実感した・・・ただひたすらボーッとお菓子食べながらテレビを観ていただけなんだが・・・

普段そこまでモータースポーツを追っていなくて、毎年一回のことでもあり、走っているドライバーや車のことやチームのこともよく分からないのに、なぜこの24時間耐久レースがどうしてここまで魅力的なのか、そのことを自問自答しながらいつも観ている。実況・解説陣がいくら「ルマンだけは特別な雰囲気がある」と言っても、その言葉の向こうに自分が納得できる答えがまだ見つからない(だからこそ、いつかは現地で確かめたいという夢がある)。

でもずっと思っていることは、24時間を走りきることは、やはり「人生」そのものであるということだ。昼から夜、夜明けを経て、また陽の光を取り戻して走り続ける機械と人間たちが、予期せぬ困難にも見舞われつつ乗り越えていこうとするその姿には、何度観ても深い感銘を受けるわけである。

世界には他にも24時間レースはあるものの、このルマンの街の一般公道を一部使いながら開催されるというあの現場の空気感、とくに森の中の果てしない直線の道を昼夜走り抜けていく舞台設定には、コースの各所に与えられた名前、「ユノディエール」とか「ミュルサンヌ」といった美しい言葉の響きも含めて、一種の魔力が備わっているように思う。そうでなければ「単にダラダラ車が走り続けているだけの状況」でしかなく、日本時間の午前中だと、我に返って眺めたら、テレビ中継に映るのはひたすら暗闇のなかでヘッドライトが動くだけのシュールな映像が続くときもあるわけで。


▲でも夜間は夜間でルマンの醍醐味でもある。


▲少しずつ空が明るくなっていく神秘的な時間帯

 なのできっと、多くのファンたちも同じ事を思っていると信じている。「どうして彼らは24時間走り続けようとしているのだろう。いったい自分たちは何を観ているのだろうか。なんのために、こういうことが88年間も繰り返されてきたのだろう?」。それでもまた、この歴史が続いていくことを望むわけである。

 そして今回は観客がいなくとも、ルマンには多くのマーシャル、つまりコース脇で待機し続ける保安係の人々が見守っていて、彼らの存在感がレースの安全性を守っている。そしてゴールを迎えたときにマーシャル全員がコース脇に出て、闘い終えたマシンとドライバーを讃えてさまざまな旗を振り回すあのシーンは、あらゆる垣根を越えていける感動を覚える。


ルマン24時間とは、走りきったすべての人が勝者の笑顔になれる特殊なレースであり、最初はまったくなじみのなかったチームやドライバーにたいしても、24時間を終える頃には自分でも不思議なぐらいの親しみをすべての人々に感じることができる(たしかに今年こそは小林可夢偉の7号車に勝ってほしかったが・・・)。そしてこのレースだけはプロだけじゃなくアマチュアのレーサーやチームも一緒に参加できる伝統を大切にしているのがまた良い。過酷なまでに車とともに走りきる感動をたくさんの人と分かち合う。きっとこの繰り返しで、毎年楽しみにしているイベントなのだ。

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▲ちなみに今年のオープニングの国歌斉唱のときは、歌手のおじさんが着用していたフランス国旗蝶ネクタイがやたら可愛らしかった。この時点からさっそく「癒やしモード」だったな(笑)

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2020.08.22

実在した名前

 その昔、自作フリーペーパー「HOWE」を友人知人だけに配る感じの範囲で書いていた頃、オマケとして「ゴールキーパー・ジョンの不安定な冒険」というマンガをつけていた。友人たちはわりと楽しんで読んでくれていたと思う(さらに当時のHOWEを読み返すと、自分の知らない読者に向けては、感想文を送ってくれた人へのお礼としてこのマンガを送り返そうとしていたようだ 笑)。

 ただし、私は今でもそうだが持続力や計画性といったものに非常に乏しいため、この作品は未完のまま、第4回で力尽きてそれ以後まったくマンガは描いていない。

 ちなみにこのマンガを描くことになったきっかけは、2001年にはじめてロンドンを訪れて街中を歩いているときに、突然「ガンガンと大量に降ってきた」のであった。数歩進むたびに不思議なぐらいに次々とキャラクターやストーリーが思い浮かんできて、最終回に至るオチまで思いつき、そのたびに立ち止まってメモをつけていった。どうしてこんなに創作のアイデアが一気にわいてくるのか自分でもよく分からなくて、そんな体験はあのときだけだった。おそらく、言葉の分からない世界でひとり黙々と歩き続けていくなかで、普段は使わない領域の集中力みたいなものが研ぎ澄まされていったのだろうか。よく音楽アーティストがわざわざ海外でレコーディングすることがあるが、そうしたくなる気持ちがそのときすごく共感できる気がした。

 というわけで、帰国後すぐにインスピレーションにまかせて創作した、とある国のとある弱小サッカークラブ「FCペンシルズ」というチームを舞台に、実在の人物をモデルにしたキャラや(主人公のジョンは、当時フランス代表キーパーだったファビアン・バルテズがモデルだ)、まったくの創作キャラを交えて、マンガを描いてみたのだった。

 

そのなかで、自分の創作したキャラに「トークマン」という選手がいる。

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このように、設定としては「常にブツブツと何かをつぶやいていて、試合のときは相手に語り続けて集中力を削ぐ『つぶやき作戦』を得意とするディフェンダー」である。
喋りまくる男だから「トーク」+「マン」であり、それだけの単純なネーミングであった。

で、話は急に先日のことになるのだが、早朝テレビをつけたらNHKのメジャーリーグ中継が放送されていて、ニューヨーク・ヤンキースのスタメンの選手名を実況アナウンサーが読み上げていたら、

「トークマン」

という言葉が耳に入り、

「ええええええーーー!?」と反応し、すかさずスマホで写真を撮ってしまった。


トークマンって人名、実在していたのか!?

 

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※画面の傾きっぷりから、いかにあわててカメラを向けていたかがうかがえる。

ただし調べるとスペルは「Tauchman」ということで、まぁ、そういうものだよなと納得した。

いつかサッカー界のトップレベルでもトークマン選手が現れてほしいものである。

★★★

今回のおかげで久しぶりにこのマンガのことを思いだし、手元の保管資料を発掘して読み返してみた。若干恥ずかしい部分もあるが、第2回と第4回の内容をスマホで撮ったので、画像で置いてみる。

第2回「新シーズン開幕!の巻」。設定では「いつまでも現役にこだわる超ベテランストライカー」のスチュワート選手が当時42歳ということで、気がつけば彼の年齢を自分が越えていたことにショックを受けている。

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こちらは第4回「ピッチの中心で、ウソを叫ぶの巻」。「セカチュー」が流行っていた頃なのね。

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ペンシルズ監督のイレイザー氏がよく頭突きをするのは、それを「イレイザー・ヘッド」と名付けたかったからである。元ネタの映画は観たことないんだけど(笑)

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2020.08.13

「COVID-19とスポーツ応援」@HarukanaShow のことなど

ひさしぶりにハルカナショーで2回にわけてトークをさせていただきました。テーマはCOVID-19とスポーツ応援。
こちら)と(こちら)を参照。

 毎年やっているマラソン大会の応援については本当に何とも言えなくて、いまだ考えがまとまらないので改めてブログで書くことがまだできていないのだけれども。いったいどうなることやら・・・。
 そして今回、Ryutaさんと話をさせてもらうなかで、アメリカの大学スポーツのありかたが、「場合によっては、一番身近に応援できるスポーツチームとしての存在」というものであるという認識に、なるほど~!となった。NCAAという枠組みが盛り上がる理由の一つはそこかもしれない(私が子どもの頃、NCAAブランドの商品が出回っていたので、その規模感というか、盛り上がりっぷりはそれとなく知っていた。ウィキペディアにもそのことが少し載っているが)。国土が広いから、自分の住むエリアから遠く離れた大きい都心部のプロスポーツチームより、むしろ近所の学校のスポーツチームのほうが応援したくなる気持ちが高まる可能性。アメリカは「学校の部活動」がやはり重要なのかもしれない。ヨーロッパ的な「地域のスポーツクラブ」も当然あるのだろうけれど、アメリカ人にとっての部活動の感覚は、日本のそれとどこかでつながっていて、ある側面では異なっているような気もする。このあたりは実際に住んでみないと感じ得ない部分かもしれない。

 そういえば『ライ麦畑でつかまえて』の主人公のホールデンも、高校ではフェンシング部のマネージャーをやっていて、対外試合に向かうべく部員と移動するときに、地下鉄に用具を忘れてきて試合ができなくて、帰りは皆から冷たくされて・・・となり、それであの小説のオープニングは、ホールデンが予定より早く高校の寮に戻ってきたので、全校挙げて応援に詰めかけているフットボール部の重要な試合の様子を遠くから眺めるところから始まる。アメリカの学校文化を語るうえでの部活動という「枠組み」とホールデンとの微妙な距離感をサリンジャーは描いていたとも言えるかもしれない。

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2020.07.05

ウイリアム王子は「シードル男」だった

 前にこのブログでも紹介したが、イギリスのウイリアム王子はホームレス体験を率先して行ったことだったり(この記事)、2011年の結婚直前のときは仲間と公園でサッカーを楽しんだことだったり(この記事)、何かと親しみを覚える人物である。

 でも個人的に親しみを覚える大きな理由は、私より年下なんだけど、私と同じように頭髪環境が非常に寂しいところにある。もし実際に会って話をする機会があれば、「ハゲトーク」で分かり合えて仲良くなれる自信がある。そもそも王室の人間なんだから、本当だったらカツラでも植毛でも何でもし放題だったはずなのに、頭髪を自然のままにさらすメンタリティにも大いに敬意を表したくなる。ウイリアム王子がそういうスタンスなので、私も自らの頭髪環境はナチュラルさを保とうと誓っている。

・・・って、何の話なんだ(笑)

 それはそうと、先日のニュースで、そんなウイリアム王子がロックダウン解除を前に、とあるパブを訪問したことが報じられた(こちら)。
 王子であれ庶民であれ、パブでお酒を飲んだり誰かと語らう時間はイギリス人としての欠かせない人生の楽しみのひとつなんだろう。
 その報道のなかで感じ入ったのは、ウイリアム王子は自らを「シードル男」と称していて、このとき注文したのは800円ほどのシードルとのこと。

 私は普段あまりお酒を飲まないのだが、梅酒とかシードルはだんだん美味しく感じられるようになってきた。確かに飲み屋さんのメニューでシードルが置いてあるとそれを頼みたくなる。
 うむ、ウイリアムもシードル派なのか。ますます親近感がわくじゃないか。今日から私も「シードル男」と名乗ろうかとすら思う。

 ちなみにウイリアム王子がこの日頼んだシードルは、アスポールというメーカーのものらしい。自分は今まで見たことがない。通販で仕入れたくなってきた。

<追記>そのあと7月4日にイギリスでは「パブとかレストランとか、営業再開!」となったとたん、街中にみんな押しかけて、すごい浮かれっぷりになっている様子が伝えられていて、ちょっと心配にすらなってくる(例えばこちらの動画)。でもまぁ、こうなっちゃうよなぁとも思う。

 

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2020.06.21

「肩をすくめる読書」

 ずっと気になっていたが、なかなか挑む気になれなかったアイン・ランドの小説『肩をすくめるアトラス』を、このたび読み終えることができた。

 長い、ひたすら長い物語だ。でも小説としてそれなりに楽しんで読めたのが「意外」だった。
 というのもアイン・ランドの作品は小説というよりも「思想書」みたいな扱いで、1957年に発表されたこの『肩をすくめるアトラス』は彼女の最高傑作とされており、「アメリカ人が聖書の次に影響を受けた本」に選ばれるぐらいなので、アメリカ人の社会的意識や価値観などを理解するためには格好のテキストなんだろうという感じで、関心を寄せつつもずっと横目に見ていた感じであった。

 そしてなぜか日本語版はすんなりと手に入りにくい書物(その事情は後述)だったのでなおさらカルト的な存在感を放つ本であり、その分厚さも含めて容易には近づく気になれない小説であったのだが、最近になって手に取る意欲をかきたてたのは、たまたまオリヴァー・ストーン監督の『スノーデン』の映画をもう一度見直してみたことがきっかけだった。最初に観たときには記憶にまったくなかったのだが、スノーデンがCIAに入るための試験を受けるとき、その後彼にとって非常に重要な上司となる面接官が、話の流れで『肩をすくめるアトラス』からの引用を語りかけると、スノーデンが『私の信条です』と返すシーンがあったのである。つまりはそういう位置づけで語られうる小説であり、CIAで生きるようなアメリカ人の思想形成においてもあの作品が持っている「意味合い」がある程度共有されているのだろうということが伺えたわけで、うむ、ここは気合いを入れて向き合ってみるかとこのコロナ禍のステイホームな状況下で思い直したわけである。

 

 で、アイン・ランドが14年間をかけて執筆したというこの『肩をすくめるアトラス』の要約を、無謀を承知で私なりにヒトコトで説明すると、

「自分では何もできない無能なヤツらは、できる人間の邪魔をするな」

ということなんだと思う。ひたすら長い物語を読み続ける読者にたいして、一貫して作者が訴えかけてきたメッセージは、シンプルにこのことだけだったと感じている。

 ストーリーのあらましを説明すると・・・時代設定が明確にされていないので少しSF風であり、50年代のようにも思うし近未来のようでもあるアメリカが舞台。メインの主人公は大きい鉄道会社の副社長を務める若い女性。創業者の子孫として誇りを持っており、社長である兄と対立しながら鉄道の経営に自らの能力を発揮して邁進している。石油産出で盛り上がるコロラドへの路線を再建するべく、鉄鋼の新素材を開発した実業家との協働により自らの信念によって事業を進めようとするも、政府や企業カルテルによる規制施行に翻弄され、そしてさまざまな業界の気鋭のリーダーたちが表舞台から不可解な形で次々に姿を消すという現象が起こり・・・ということで、このあたりが1巻目の話で、残り2巻でさらにいろ~んなことが起こっていく。企業小説でもあり、ややミステリー小説でもあり、やや恋愛小説でもあり、ちょっとSF風ディストピア小説的な、そういう意味で「結局なんなんだよ」というツッコミも入れたくなるが、この膨大すぎるページ数を前にすると「さもありなん」となるわけである。そりゃあ取材や執筆に14年もかかるわ。

 本のカバーに書かれた説明文では「利他主義の欺瞞を喝破し、二十世紀アメリカの進路を変えた資本主義の聖典」とあって、この物語が示す「できる人間の邪魔をするな!」というメッセージが、現在に至るまでのアメリカ主導における自由主義経済、市場原理、ひいては「個人の成功に基づくアメリカン・ドリーム」の存在を支える根本的な考えかたに結びついているんだろうと思う。旧ソ連からアメリカに亡命同然でやってきたアイン・ランドにとっては、自らのルーツを踏まえて、いわゆる社会主義的な思想への徹底した拒否感を小説執筆の形で昇華させていったのであろう。
 そしてこの小説で徹底的に糾弾される「たかり屋」のありかたやその構図は、まさに今の日本における自民党政権やアベ政治の拝金主義を連想させるし、一つの寓話として現在でもリアルに通用する部分があるかもしれない。

 ここまで影響力を誇る(らしい)本なので、当然のように賛否両論もあって、今はそうした論考をあれこれ探して読むのが楽しい。翻訳家の山形浩生氏は独特の論調でかなり酷評していて、どちらかというと私も山形氏の意見に近い感じを今は持っている。でもこういうすさまじい物量の小説を完成させるためのエネルギーを一人の作家が燃やし続けるにあたっては、アウトプットされる主張が極端なカタチになっていくのは致し方ないのかな、という印象もある。

 そんなわけで、「これはみんな読んだほうがいいぞ!」という気持ちにもなりにくい小説であり、ひとつの読書経験としては貴重かもしれない、ぐらいに留めておきたい。というのも、すごく印象的だったのは、終盤のクライマックスで一人の人物が小説の中の時間で3時間にわたる演説を行うのだが、その演説部分を読むだけで確かに実際の時間で2時間ぐらいかかって、「普通に小説を読んでいるだけなのに、一人の人間が話し続けるという場面状況においては、そこを読み進めることがどうしてこんなに苦痛を伴うものなのか」と感じながらページをめくっていた。これは今までに味わったことのない種類の「しんどい読書」の時間だった。そして同時に、小説の中の人物たちが、このときの長い演説を聴いているときに感じていたであろう苦々しい気持ちを読者として一緒に味わうかのような不思議な感覚が残った。

 さらに、この小説全体に言えることだが、登場人物の発言の内容がうまくすんなり理解できない部分が非常に多く、そこはもはや私のキャパがオーバーしているだけの問題なのだろうけど(決して翻訳が悪いとは言いたくない。むしろこの長い小説を、一定のテンションを保って訳しきっただけでも偉業だと思う)、まさに『肩をすくめる読書』とでも言いたくなる。

 そして私がどうしても気になっているのは、これほどまでに社会的影響力が強い「古典的名作」であるのなら、どうして日本では大手の出版社が発行を手がけないのか、ということである。メジャーな出版社から出ていないがために、この本をリアルな書店で見つけることは難しく、私はネット通販で文庫版を3巻すべて入手するのにもちょっと苦労した(最近は増刷されたのか、在庫がでてきている)。

 この本の版元は「アトランティス」という出版社で、ネットで調べる限りとても大手とは言えず、そしてどうやらアイン・ランド関連の仕事しかしていないように思える。そもそも「アトランティス」というキーワードも『肩をすくめるアトラス』のなかに何度も出てくるので、まるでアイン・ランドの思想を広めるためだけに作られた組織のようにさえ映る。しかし、どうして? 版権の問題などはもちろんあるのだろうけど、長年にわたって大手出版社がこの本を扱えない事情でもあるのだろうか。

 そんなわけで、本の成り立ち自体が、まさにアイン・ランドの小説世界に出てくるかのように、ちょっと不思議な体裁をかもしだしているのであった。

 


第一部:矛盾律


第二部:二者択一


第三部:AはAである

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2020.06.18

最近は腸活をがんばっている

 春先に同僚のA氏が、「花粉症対策で毎日ヨーグルト食べてるんスよー」と言うので、そんなキャラだとは思ってなかったのでなんだか妙に面白く感じ、その流れで自分でもヨーグルトについて調べてみたら、なるほどたしかに「腸活」とはよく言ったもので、毎日食べ続けることで免疫力が上がるのなら、自分も心がけてみようとなった。折しもそのタイミングで新型コロナウイルスの蔓延もあり、もはや義務感のようにここのところずっと朝晩の2回、ハチミツをかけてヨーグルトを食べ続けているタテーシであった。

 ネットで「朝と夜で違うメーカーのヨーグルトを食べると良い」というお医者さんの記事を見つけて(こちら)、同じ種類の菌ばかりが腸に残ると、菌が「なまける」らしく、適度に違う種類の菌を入れた方が活性化するとのことで、それはすごく人間臭くて面白いなぁと思ったので、私もそれに従っている。朝は、どこでも入手容易なブルガリアヨーグルトに固定し、夜は数週間ごとに別のブランドのヨーグルトを試しているところである。当然、ここのところおかげさまで体調も良く、お通じも素晴らしい状態をキープしている。逆にいうと以前の私はそのあたりが極端なリズムによって動いていたような気もする。そういうわけで、「腸内環境を育てていく」感じをそれとなく楽しんでいる部分もある。

 買ってきたヨーグルト400gを1日100gずつ食べていくわけだが、記憶力が悪いのでたまに「これ何日目だ? いつ開封したっけ」となって、残量から判断するにしてもいまいち確信がもてずにモヤモヤしてしまうことも多く、先日からはキッチンに油性ペンを常備しておいて、開封時にフタに日付を書き入れるようにした。理由が情けないので「工夫してます」という感じに思えないのが切ないが。ちなみに森永のビヒダスはパッケージ外面に100gずつの目盛りが書いてあって、こういうのはありがたい。

 

 ただ、毎回ハチミツをかけてヨーグルトを食べているうちに、自分はもしかして単にハチミツを味わう口実としてヨーグルトを利用しているのではないかと思うようになった。プーさんか。そして本当であれば、もっとハチミツにお金をかけたいところでもある。どうしても「本物のはちみつ」を人生のどこかで一度でも味わってしまうと、近所のスーパーで簡単に手に入る他のハチミツにたいして心のどこかで白々しい気分になってしまうわけで、このあたりの葛藤を抱えつつも毎回ハチミツの味を堪能させてもらっている。

 奇しくも最近読んだ本に「ハチはなぜ大量死したのか」というルポルタージュがあって、ミツバチの健康被害が世界的に蔓延して、その数がどんどん減っているという報告に心を痛めているがゆえに、なおさら私はハチミツにたいする思いが強くなりつつある。

 それで思い出したが、15年ほど前ぐらいに『HOWE』のネタになるかなという期待を込めて、愛知県に住んでいる、観光客にミツバチについて語ってくれる養蜂家のおじさんのところまでわざわざ行ったことがあった。なぜかそのことをフリーペーパーにできなかったのは当時の私の力不足に他ならないのだが、とにかく養蜂の現場に触れたことはとてもいい経験になり、自分にもし土地があったら、ぜひ養蜂を趣味にしたいと思い続けている(案外都会の真ん中でも養蜂はできるみたいである)。そのとき話をしてくれた養蜂家のおじさんは、たしか脱サラして養蜂を始めたとかで、「ハチを見ていると、サラリーマンのようにがんばって働き続けるその姿に愛しいものを感じる」と語っていたのが懐かしい。

 

ヨーグルトの話だけ書くつもりがハチミツの話になったが、そんなこんなで私はおかげさまで最近とても健康ではあります、はい。

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2020.05.17

フロッシュ洗剤の匂いに、旅の記憶を呼び起こさせられる

10年ほど前に一人暮らしを始めるにあたって、長姉から「これはおすすめ」と、フロッシュの食器洗剤でアロエの香りのするタイプのやつを専用ボトルとセットでもらった。

 

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 水を混ぜて薄めて使うから経済的で、手にもやさしそうだし、特に食器洗剤にこだわりもなかったので、その後もずっとこのタイプを使い続けていた。

 で、ついこの間、洗剤のストックが切れそうなので買い足すべく、近所でフロッシュ製品を扱っているお店に行った。

 すると、どういうわけかこのアロエのタイプのものだけが売り切れていた。いつでもこの店で手に入ると思っていたのでストックがなくなるギリギリまで買わなかったことを後悔し、そしてこんなコロナの状況下だから、買い物のために外出する回数をできるだけ減らしておきたい気持ちもあったので、「仕方ないからたまには別のタイプの洗剤を試してみるか」と思い、「重曹入り」を買って帰ったのである。

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 フロッシュはドイツのメーカーがリリースしているはずなのだが、重曹入りのことを「Juso Plus」と書かれると、これは日本市場向けの製品なんだろうか、なんだか柔道がオリンピックで「Judo」と表記される感覚と似ているなぁ、などと思ったのが第一印象である。

 そしていざ使ってみると、この10年間近くずっと同じ種類の食器洗剤を使い続けてきたというのは、すなわちそれ以外の匂いが少しでもすると、「必要以上に匂いを強烈に意識する」ことを痛感したのである。

 最初の印象は、「すげぇ外国っぽい匂い!!!」である。うむ、これはもともとがドイツのメーカーだから、そりゃあそうなのかもしれない。ただ先ほど書いたように、もしかしたら日本だけに向けて企画された商品かもしれないという、かすかな推測があったので、なおさら「Juso」の日本語なまりの製品名からは対極にあるような「むっちゃ異国情緒」の圧力が押し寄せるこのフレーバーには、まず面食らった。や、「鼻に食らった」というべきか。

 そして次に浮かんできたのは、まさに「匂いの記憶」というものであった。人間の嗅覚が呼び起こす記憶にはしばしば驚かされるものがあるが、私にとってこのJuso Plusがかきたてたのは、「イギリスかドイツかアメリカのユースホステルの台所」だった。私の人生では海外でユースホステルに泊まったことがあるのは今のところその3カ国だが、自分でご飯を作ったりお皿を洗ったりするシチュエーションにおける、「あの場所の匂い」が、この洗剤のフレーバーと強く結びついたのである。

 なので、「久しくユースホステルを泊まり歩くような旅行もしていないな」とか「たまにはああいうちょっと不便な状況に身を置くのも楽しいよなぁ」とか「フツーに海外旅行行きたいよな、いま」とか、洗剤ひとつでいろいろなことを、食器洗いのつかの間のひとときに考えたりする日々が今続いていて、このアクの強い匂いにも親しみがわいてきている。

ひょっとしたらそのうちこの匂いにも慣れて、何も感じなくなるのかもしれないが。

 

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2020.05.09

動きの遅い私でも、いつでもメディアになりえること:『野中モモの「ZINE」:小さなわたしのメディアを作る』について

 

『野中モモの「ZINE」:小さなわたしのメディアを作る』(晶文社、2020年)

 

この本の帯にはこう書いてある。

「何かを作りたいと思ったら
 あなたはいつでも
 メディアになれる」

 フリーペーパーのようなものを作ってみたいと衝動的に思ったころの自分に言ってあげたい言葉だ。


 
 ごくたまに、若い人に向けて、自分が作っているものについての話をさせてもらう機会があったりする。そして私が高校3年生のときにフリーペーパー『HOWE』を作りはじめた頃のくだりで、必ず言いたくなることがある。
 それはきわめて当たり前のことなのかもしれないが、「人がメディアを語るとき、その人がどういう時代のなかで、どのような個人史においてメディアを捉えてきたか、そこを想像しながら聴いてほしい」ということである。

 私が自宅のワープロ機で最初のフリーペーパーの原稿を印刷したとき( とはいえインクリボンは高額だったのでめったに使わず、熱転写でプリントできる安い感熱紙であらゆる文書を打ち出していて、こうした保存がきかない紙で初期の『HOWE』を作っていたことを後々になって後悔することになるわけだが )、まだインターネットというものの存在は知らなかった。その年の暮れに「Windows 95」というパソコンの基本ソフトが発売されて盛り上がっている様子がニュースで盛んに報じられていたが、まだそのことの本当の意義やその直後に起こりうることはよく分かっていなかった。
 その翌年大学に入り、友人MSK氏に教えてもらい、図書館に置いてあるごく一部のパソコンだけがインターネットにつながっているというので、そこで私は初めてウェブサイトというものを見て衝撃を受け、それからはネットサーフィンに明け暮れるようになった。
 しかし私はそれでもホームページづくりではなく、すでに自分がカタチとして持っていた「新鮮な遊び」ともいえるフリーペーパー作りにもう少しこだわろうと思っていた。

 もしこのタイミングが少しでも違っていて、高校生の頃にインターネットに触れていたら、私はおそらく「紙によるメディア」を作ろうとはまったく思わなかったかもしれない。

 こうして個々人にとってのメディア体験を語ることは、その人の生きた時代なり技術史なりとの関係のなかにおいて受け止められることによってようやく「その時々の面白さや意味」が浮かんでくる。

 すでに『日本のZINEについて知ってることすべて』(誠文堂新光社、2017年)という決定的な仕事により、戦後占領期以後から現在に至るいくつもの自主制作印刷物について網羅的な解説をされた野中モモさんが今回の新著で取り組んだのが、まさにこの「メディア環境の変遷と個人史」を書ききることだった。まだ見ぬ若い世代の読み手にZINEの面白さや可能性を伝えるためには、やはりどうしてもこの作業が必要なのだ。おそらくご本人にとってしばしば書きにくさを感じるテーマだったかもしれないが、こうして日本のZINEカルチャーを応援し、また実践者としても試行錯誤してきた独自の取り組みのあれこれを読者と共有するためには、やはり野中さん個人による「私語り」からはじまっていくのが最もふさわしい。そしてそれは、決して「こういうルートがモデルである」というのではなく、むしろまったく逆で、「それぞれのオリジナルな自分だけの土壌から、いかにメディアを紡ぎ出すか」を示すことであり、そのひとつの手段としてZINEがあるのだ、ということだ。

 そして第2章からつづくのは、さまざまなZINEの作り手や、ZINEをめぐるコミュニティについての紹介になるのだが、そこにも「参考となるモデル」ではなく、「極めて独自の、他にない、その人ならでは」の話が連なっていく。だからこそZINEは「わたしがつくるもの/誰でもつくることができるもの」としての意味が深まっていくのであり、この本がトータルで伝えたいことも「お手本なんてないし、求められるクオリティなんて関係ないし、あなたの立ち位置から、自由に作ってみよう」なのだと思う。

 冒頭の帯のコピー、「あなたはいつでもメディアになれる」をあらためて考えると、これもそれぞれの読み手の世代によって、捉え方が違ってくるのだろう。今では誰でもメディアになれる(ならざるを得ない)ことは自明のことのようにすら思えるかもしれないが、この本でいう「メディアになる」というのは、技術革新のスピード感とは無縁のものだ。すでに広がっている、大きな組織や経済によって構成されてきた仕組みに同調するのではなく、それらと趣が異なる地平に降りていき、遠くにいるかもしれない誰かに向かって、自分の腕力でできる範囲で、その想いを放り投げ続けていくことなのだ。

 そうした試行錯誤が、たとえすぐには誰かに届かなくても、広い世界に向かって精一杯に腕を振って何かを投げたことで生じる、どこか心地よい疲労感が肩に残る感じ・・・その「手応え」みたいなものが、ZINEという「手間がかかって、なにかと遅いメディア」を自分の手で作り上げていくことで得られる楽しさなのだろうと思う。

 

 ・・・そして今回のこの文章はまさに、ここ数年のあいだ様々な言い訳を連ねて何もZINEやフリーペーパーを作ることができていない自分自身に、ダイレクトに跳ね返ってくるわけであるが・・・遠くに投げたいけど、その腕力もめっきり落ちてきまして・・・いやいや、がんばりますよ、ええ。

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2020.04.06

脳天気な記事を書きたいと思いつつ、最近読んだ『スノーデン独白:消せない記録』のことについて

 まったく時流に関係なく脳天気なブログ記事を書きたい、と思っている。

 ひとえに私は機嫌良く生きています、と言いたい。そりゃあこの国の政治家にたいして総じて腹立たしい限りであるし、そのうえで、選挙だけでなく、怒りを別のエネルギーでも表現していきたい。それが「機嫌良く生きぬくこと」ではないかと思う。自分の機嫌は自分で取ろう。人を頼らずに。最大の復讐は、ひとりひとりの個人が(見てくれだけでも)機嫌良く生き続けることだ。きっと。

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 最近読んだ本では『スノーデン独白:消せない記録』(山形浩生訳、河出書房新社、2019年)がとても面白かった。その表現は不適切なんだろうけど「面白かった」としか言いようがなかった。本人の手によるエドワード・スノーデンの自伝は、オリバー・ストーン監督による映画『スノーデン』の影響もあって、その記述からありありとヴィジュアル的にイメージがどんどん沸いてきて、緊迫感がリアルにつたわってくる。

 前に書いた、スヌーピー漫画の作者シュルツの自伝についての記事でも同じテーマに触れたが、スノーデンの人格形成期を振り返ると、この人にとっても軍隊生活というのは非常に重要なファクターだったことがうかがえる。そしてこのスノーデンの場合は、9.11テロによる衝撃から、きわめて直線的な愛国心ゆえに、パソコンオタクとしての我が身をふりかえることなくマッチョな軍隊の門を叩いたあたり、「徹底的なまでに実直すぎる人」なんだろうと思う(彼の人生最大の後悔は、9.11テロ後のアメリカによる戦争を『反射的に何の疑問も抱かずに支持したこと』だという)。結果的に訓練で追った足のケガの影響で彼は(幸か不幸か)軍隊を辞めざるをえなかったわけだが、その正直さがゆえに、結果的にパソコンスキルを活かしてCIAの内部に入って職業人として使命を全うしようとしたときに、徐々に分かってくる国家的陰謀にたいして、信じ切っていたものに裏切られるかのような、はげしい葛藤に悩まされていくわけである。


 その葛藤は、彼が日本の横田基地にあるNSA(アメリカ国家安全保障局)のセンターで勤務していた頃から始まったという。そこで開催される会議に出席予定だった技術担当者がたまたま欠席となりスノーデンが代役を頼まれ、そこで発表の準備のために中国による民間通信の監視技術に関する資料を読みこんだことが発端となった。本書の200~201ページではそんな彼の人生のターニングポイントともいえるそのときのことがこう綴られる。

「中国の市民の自由はぼくの知ったことではなかった。ぼくにはどうすることもできない。ぼくは自分が正義の側のために働いていると確信しており、だから僕も正義の味方のはずだった。

 でも読んでいるもののいくつかの側面には困惑させられた。ぼくは、技術進歩の根本原理とすら呼べるものを思い出してしまったのだ。それは何かが実行可能ならば、それは実行されてしまうだろうし、すでに実行済みである可能性も十分にある、というものだ。アメリカが中国のやっていることについてこれほどの情報を手に入れるためには、どう考えてもまったく同じことをやっていないはずがないのだ。そしてこれだけの中国に関する資料を見ている間に、自分が実は鏡を見ていて、アメリカの姿を見ているのではというかすかな考えがどうしても消えなかった。中国が市民たちに公然とやっていることを、アメリカは世界に対してこっそりやれる―― それどころか、実際にやっていそうだ。

 こう書くとたぶん嫌われるだろうけれど、当時はこの不穏な気持ちを僕は抑え込んだ。実際、それをなんとか無視しようとした。(中略)でもその徹夜の後の眠れぬ何日かを経て、ぼくの心の奥底ではかすかな疑念がまだ蠢いていた。中国についてのまとめを発表した後もずっと、僕はつい探し回ってしまったのだった。」

 その後の数年間の準備や葛藤を経て、この実直すぎる男が取った行動は世界をゆるがしていくことになる。そのことの重大さやカバーすべき情報量にはとても一読者の私にはついていけないのは当然なのだが、今回の自伝によって、「人生で最も重要な教えと言えるものを教えてくれたのは『スーパーマリオブラザーズ』だ」と言ってのけたり、人生ではじめてインターネットというものに触れたときの衝撃を隠すことなく素直に書いていくその筆調に、私はまさに同世代としての強い共感を覚えるわけで、それゆえに、政治的な意味とか社会的影響とはちょっとかけ離れたところで、ロシアで幽閉された生活を送っている彼の身を、不思議な親しみをもって案じてしまう。もっとも、いまはウイルスで世界中が幽閉生活となり、自分自身も身の危険を味わっている状況ではあるが・・・

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と、ここまで書いて文頭を読み直すと、「ぜんぜん脳天気な記事じゃない」と気づく。結局ウイルスの話やんけ、と。

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