Posts categorized "日記・コラム・つぶやき"

2018.08.04

かねてから気になっていた大阪・難波の「DIY FACTORY」に行ってみた

おなじみイリノイ州アーバナシャンペンのコミュニティラジオ「Harukana Show」で、先日行ってきたDIY FACTORYの話をさせていただく(こちら)。
(あとその前の回は、ワールドカップの話をさせていただいたり)
というわけであらためてブログでそのことを書いてみる。
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 「DIY FACTORY」ではさまざまなDIYツールや素材を売っているだけでなく、作業場所の提供や、用具の貸し出し、そしてDIYのノウハウを教えてくれるスクールが開講されている。
 そこで今回、体験レッスン(1000円)で、「電動工具の使い方」の講座を受けてみた。

 普段から電動工具を必要とするほどの物作りを頻繁にやっているわけではないので、このようなツールを私はまだ持ったことがない。ごくたまに「あったら便利だろうな」と感じるシーンもあるが、周囲に持っている人がいて貸してもらえそうな道具でないかぎり、まずそれを取り扱う経験を得ることは難しい。そしてホームセンターに行けばこうした電動工具は買えるわけだが、安全上の観点もあって、それらの工具を店内で気軽に試して使わせてもらえるような販売方法は一般的ではないだろう。電動ドリルならまだイメージがわくが、実際に木材に向かってサンダーでヤスリがけをするのがどういう感覚なのかを分からずして、店頭で見ただけで「これ買います」とはなりにくい。

 そういうニーズに応えるかたちでDIY FACTORYはレッスンを通して、誰しもが気軽に工具の使い方の入り口に立つことができるわけである。まさに私のように「いつかDIY工具を手に入れようとは思っているけど、その前にちょっと試しに触ってみたい」と思っているような人にはうってつけのショップである。

 参加者にはエプロンが貸与され(念のため、汚れてもいい格好で来ること)、この日約1時間のレッスンで体験できた工具は、ジグソー、サンダー、電動ドリルとインパクトドライバーである。それぞれの道具についてわかりやすく説明が書かれたレジュメをもとに、先生が詳しく説明をしてくれる。用意された木材をジグソーで切っていくときなどは、普段木材をたくさん切る用事が特になくても「これ欲しい!」となったり、サンダーで杉の木をヤスリがけし、表面のツルツル感を確かめてはウットリしたり、電動ドリルとインパクトドライバーについては形もよく似ているから「どっちがどう違うのか」と前から疑問に思っていたわけだが、その違いを実体験を伴って理解することができた。こんなに楽に木材を切ったりネジを回せるのか!と、電動工具をすぐ買ってしまいそうになるほど楽しめた。

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 やはりこうした電動工具の便利さを知ってしまうと、おのずと「何か作ってみようかな」という意識に傾くわけで、そうして初めてDIYの物作りプロジェクトがその人なりに進んでいく部分もあるはずだ。たいていは「作りたい欲や、差し迫った必要性」が先にあるのだろうけど、「作れる/作りやすい技術を手に入れる」ことが先にあってもいいわけで、あらためて中学校のときの「技術家庭科」の授業をオトナになっても受けられるような、こういう機会がもっとあってもいいなぁと実感した。

 このお店では他にもさまざまなレッスンがあって、「溶接技術の基本」というレッスンもあり、近いうちに溶接をしなければならない予定が個人的にまったくなくても、なんだか受講してみたいと思える。

 あとこのお店で売られている塗料で、「こんなのあるんだー!」と初めて知ってテンションが高まったものがチラホラと。
 たとえば(株)タカラ塗料の「コンクリートエフェクト」(こちら)。これは塗っただけでコンクリートっぽく見えるペンキで、これだと例えば賃貸の壁の上にシートを張って上からペンキが塗れるというやり方と組み合わせたら面白いかもしれない。

 大阪は難波、関東では東京の二子玉川にこのDIY FACTORYはあるので、ぜひお気軽にレッスンを受講してみてはいかがかと。本格的にレッスンする場合は、英会話教室みたいにポイントを購入して受講するシステムとなっている。
 

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2018.07.17

バスケ、バレー、サッカーのボール生地を使ったアパレルブランド「FUKUNARY」が超絶ステキな件

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スポーツ用品とアパレルのコラボレーションということで、最近知ってテンションが高まった事例。
広島にある八橋装院という会社では、特にバレーボールやバスケットボールで有名なMikasaの、あのボールに使う素材をそのまま転用して様々なグッズをデザインして「FUKUNARY」というブランドのもとでリリースしている(リンクはこちら)

ちょっと前の話になるのだが、たまたま梅田の百貨店ルクアにいたら、このFUKUNARYが期間限定で出店していた現場に遭遇し、

「ん・・? こ、これはーっ!?」となった。

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バレーボール、バスケットボール、そしてサッカー。これらのボールにはそれぞれの特性があるわけだが、その風合いや質感を生かして、オシャレかつ耐久性の高い製品たちがセンスよく作られていて、これはもう、やったもん勝ちである。私はその売場のスタッフさんたちに「すげー!!」と連呼してしまい、いろいろお話を聞かせてもらい、しまいには店員さんが実際に使っているお財布の使用状態までもを調子に乗って写真に撮らせてもらったぐらいだ。(結局そのときは何も買わなかったのですいません 笑)
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↑これ、表面はバスケットボールのあの質感でありつつ、中身の仕分け部分もすごく良く出来ていて、あえて写真は載せませんが(笑)、すごく使いやすそうだった。

そして当然、「使用済みボールから、記念品のようにグッズを作ることもできる」とのことで、それだったら普通にプロ選手の使用済みボールからグッズ展開してもいいわけで、マニアとはこういうのを買う人種なのだから、やったもん勝ちなのであると進言させてもらった。

「サッカーボールのキーケースとかネイマールとかに贈って使ってもらって、ネットにあげてくれたら一発でしょう~」とか勝手なことばかり言う私。

聞けば広島の工場も見学できるかもしれないので、これで広島へ旅したくなる理由がまたひとつ増えた(大雨の状況はどうだったのか気になるけれども)。

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2018.07.01

無印良品の「キャリーカート」の外観を、ロックバンドの機材運搬ケース風(実際は大昔のピンク・フロイドのあれ)にステンシルでカスタマイズしてみた件

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 いわゆるキャリーカートやスーツケースで固いボディの場合は、車輪を床に設置した状態から見ておおむね表面の凹凸が縦向きに入っていることが多い気がする。そのことを意識するようになったのは、無印良品でリリースされている現行のキャリーカート(ストッパー付きハードキャリー)がそういった傾向とは異なるアプローチで作られていて、凹凸が横向きになっていることに気づいたからである。

 そしてある日、この「凹凸が横向きであること」、さらに「それぞれの凹凸の間隔が5センチぐらいあること」によって、私のなかにあるヴィジョンが浮かんだのである。それは次の画像にあるように、「これってピンク・フロイドの『あれ』が作りやすいのではないか!?」ということだ。

Echoes
 
これは1972年の映画『ライヴ・アット・ポンペイ』のワンシーンだが、バンドの持ち込む機材の裏面にはほぼすべて、ステンシルでこの文字が印字されていることが確認できるのである。昨年ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で観たピンク・フロイド回顧展のときは、まさにこのステンシルのロゴをモチーフにしたTシャツが売られていて私は狂喜したのであった。

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そうしたこともあり、このステンシルだったらわりと簡単にキャリーカートにペイントできるのではないか!? となった。

 一度それを思い浮かべるとどうしても作りたくなってきたので、(しばらくはないとは思うが)このデザインが生産中止になる前に買っておかねばと思い、「無印良品週間」を待って「キャリーバーの高さを自由に調節できるストッパー付きハードキャリー」を思い切ってオーダー。


 そうしてステンシルのシート作りに取りかかる。
 今回はWindowsに標準で入っている一般的な「ステンシル」のフォントで違和感なく使えそうなので、それを用いることにした。ちなみに本物をよくみると「LONDON」の最後の「N」だけがなぜか妙な形の文字になっているのだが、そこまでの忠実なコピーはやめて、すべての文字のフォントが整った状態で印字するほうを優先した。描画ソフト(Illustratorなど)を用いて文字を並べて、それをOHPシートに適切な大きさで印刷し、線にそって切っていけば簡単にステンシルのシートができる。

 (追記)ステンシルのフォントを並べたPDFデータはこちらのリンク先で提供します(「PFL.pdf」をダウンロード )。


 
ここからは少し根気の要る作業になるが、文字の切り抜きについては(こちらのサイト)などが分かりやすい。失敗した部分はマスキングテープで補修してみた。

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 このボディの素材を調べるとポリカーボネイトとのことで、田宮模型のポリカーボネイト専用塗料スプレーを仕入れた。これは普通の模型屋に行っても見つからなくて、店員に聞くと予想通り「ラジコン専門店だったらあると思う」とのこと(ポリカーボネイトといえば、私などは真っ先に田宮のラジコン模型を連想するので)。なのでややマニアックなタイプゆえに、ネットで取り寄せるしかなかった。ホワイトと、クリアーの2種類を調達。




 そしてまずテストとして、小さい星を3つ並べたステンシルを作って、目立ちにくい底面の部分に貼り付け、それぞれの星に条件を変えてスプレーしてみた。左が2度吹き+クリアー1度吹き、真ん中が1度吹き+クリアー1度吹き、右が1度吹きのみ、となった。それで分かったのは、ボディ表面の無数の小さい穴に塗料が溜まる感じになり、一回吹いただけで十分な発色が得られ、強くこすっても塗料がほとんど広がらなかった。左端のは2度吹きのときにおそらく必要以上に塗料がはみ出して、ステンシルの隙間に進入した結果だと思われる。

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ステンシルだと独特の「色むら」「ボケた感じ」「荒さ」がポイントになってくるので、あまりきっちりと塗る必要もなく、スプレーは1度吹くだけでいいかもしれないと思った。


 というわけで本番。切り抜いたステンシルを丁寧にマスキングテープで固定し、余計なところも新聞紙などでカバーして塗装を行う。


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もちろん他の多くのキャリーカートのように縦向きの筋が入ったボディでもステンシルを吹き付けることはできるだろうが、パッと見たときの印象でいえば、やはりこの横向きの平坦な部分に文字を入れられるほうが良いはずである。


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こうして無事に見事に、それらしくステンシルが印字された!(両面やってみた)
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この方法を応用すれば、思い思いに好きなロックバンドの機材運搬用ケースっぽいボディをカスタマイズすることが可能だろう。

 カートを使わないときは収納ケースのようにして部屋に置きっ放しにしていても、それなりにオブジェ的な存在感でインテリアに合わせていけそうなのもよい(自己満足でいいのである、こういうのは)。


 こうして無印のカートのボディは凸凹が横向きになっていることの素晴らしさを最大限利用した作品となったわけである。ナイスデザインなのである。

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2018.05.28

楽しげな本が新たに発刊されましたよ:『退屈をぶっとばせ!:自分の世界を広げるために本気で遊ぶ』(オライリージャパン)

読んでない本について書くのはこのブログでは控えてるのだが、2日前に出た本で「わー!」となったので、その気持ちに従って衝動的に紹介。『Make:』の関連書籍はどれも刺激的で見逃せない。
アマゾンの紹介ページではこんな風に書いてある:
本書は、自分自身にとって意味のある人生を作りたいと考えている10代の少年少女のための書籍です。
その内容は「すぐに大人にほめさせない」「学校に行かないで学ぶ」「ADHDの子どもへのメッセージ」など、成長の過程で必要なことが書かれたエッセイから、「文章を書くためのエクササイズ」「批評する方法を身につける」「スニーカーをデコる」「クッキーの焼き方を通して科学実験を学ぶ」「政治家に自分の考えを伝える」「ガレージセールでお金をかせぐ」「自分で自転車を修理する」「ゲームデザインを学ぶ」など、自己表現、社会活動、DIYに関連したハウトゥまで幅広く、これらを知り、体験することで、企業が提供する出来合いの娯楽ではない、本当に夢中になれることを自分で見つけることができるでしょう。
・・・ということなのだが、もはやこれは10代の子供向けではなく、文章を書いたり批評したりスニーカーをデコったり、クッキー焼いたり政治を考えたりガレージセールしたり自転車修理したりゲームづくりに挑んでみたりとか、「これはぜんぶオトナも本気出してやるべきだろう」っていう気持ちになるわけだ(そう思わせるウラの意図なり、真の狙いみたいなものも、『Make:』だったりオライリーの本全般は匂わせてくるので、さすがというか)。

そしてこの説明文でグッとくるのが「自己表現」と「社会活動」の同列のなかにDIY精神が当たり前のように語られて、それが共有されている状況がうかがえることだ。それこそがずっと私にとってこだわりのある部分であって、「ものづくり=DIY」の部分だけでなく、「それを行う主体としての自分そのもの」が「手作り、創意工夫」のなかで「自己表現」となっていく感じ、そこをちゃんと押さえていきたいのである。

で、これを言うと立場的にどうなんだとなりそうだが、そういう精神性ってやつは、教育だけでは(もっというと政策だけでは)育成されないし、常に「計画性」とか「プロセス、効用、効果測定、カリキュラム」みたいなものを、すっ飛ばして、すりぬけて、意味の分からない方向へ飛び散っていくのである。アウト・オブ・オーダーな世界。ざまぁみろ、っていう。

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2018.05.07

自分にとっての平成時代において、おそらく最後の全力疾走になると思えた日のこと

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 今年のゴールデンウィークはあちこちへ移動が激しかったのだが、ある事情で立ち寄った長野県の飯山駅から帰ったときのことを書いておきたい。

 当初手配していた切符は、18:23発の北陸新幹線「はくたか」で金沢駅にいき、そこからサンダーバードに乗り換えて京都に帰るというものであった。

 しかし当日、飯山駅の改札口を通ると、電光掲示板に「50分遅れ」の表示が(この日、北陸新幹線は架線にビニールがひっかかったようで、その影響で大幅な遅れが生じたとのこと。ビニールねぇ・・・)。あわてて改札口横の窓口へいく。すでに先客が切符を手にしつつ駅員さんに問い合わせていて、その話の内容から、まさに私がしたい質問そのものであった。その場にいた3組の客はどうやら全員が関西方面へ金沢経由で帰るつもりだったので「サンダーバードの乗り継ぎは待ってくれるのかどうか」が問い合わせの焦点となった。

 駅員さんも困っていて、金沢駅にその場ですぐ電話で問い合わせてくれていたが、少なくとも我々が乗る予定だった接続のサンダーバードは「待たない」との返答(金沢駅はJRが西日本の所管になることも影響していたようである)。駅員さんも金沢駅への電話のなかで「今ここに10名ほどのお客さんがその予定で切符を持っているのだが、なんとかならないだろうか」と、できる限りの対応をしてくれたが、難しそうであった。

 私は窓口カウンターでノートをひろげて、駅員さんの言ったことをメモしつつ、考えられるその他の手段を検討してみた。まずスマホで「長野からの夜行バス」の可能性を調べ、当日の座席が予約できるかどうかの問い合わせをするか迷ったが、あまりにも疲れていたのでそれはやめておきたかった。飯山駅から南下して関東経由で帰る線ももちろん検討したが、時間が遅くてどうにもいいダイヤがヒットしない。そのことについては駅員さんに聞いてもよかったが、それどころじゃない感じだったのと、もしその可能性があれば先に教えてくれていたであろう。現地で一泊するという可能性は、本当に最終手段である。翌日も大事な予定があったので、できる限り当日中に京都に戻りたい。



 で、こういうとき、お客さんのなかには駅員さんに不満をぶつけにかかる人がいる。怒りたい気持ちは分かる。分かるんだが、偉そうだが私の気持ちとしてはこういうことだ。旅のトラブルは、ある種の「神様からの挑戦状」みたいなものなのだ、と。こういうときには冷静に状況を味わい、最悪でも苦笑い、できれば笑顔で乗り切ってこそ、旅人としての矜持が問われてくるのである・・・そのお客さんが旅行中かどうかは知らないが。

 なので、ノートにあれこれと考えられる可能性を書き付けていくと、周囲の慌ただしさから距離を置いて、落ち着きを保つことができる。新幹線が1時間に1本到着するかどうかの閑散とした改札なので、そのまま窓口カウンターに留まっていても特に問題のない状況だったので気分的には助かった。

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 その場にいた他の駅員さんたちもいろいろ調べたり問い合わせたりしてくれて、もしどうしても当日中に帰るのであれば、我々が乗る予定だった列車の1時間後に出発するサンダーバードの終電しかない、となった。ただし連休中なので指定席は完売していて、自由席に乗るしかないが、おそらく混雑していて、立ったままの乗車になってしまうだろうとのこと(そして、ムダになった指定席券は行った先の駅で半額だけ払い戻しがされるらしい)。

 

 しばらくすると、金沢駅からの続報として「サンダーバードの終電だけは、遅延した電車の接続のために待ってくれる」ことの確約が得られたという情報が伝えられた。もはや選ぶべきルートはそれしかないと思ったので、そこで私は、いったん改札の外に出させてもらって、駅のコンビニで食料と多めの水分を調達しにいき、その後ひたすら待って、1時間遅れの新幹線「はくたか」に乗った。


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 この区間だけは指定席なので確実に座ってご飯が食べられるうちに・・・と思い、はくたかの中で、買っておいたおにぎりをまずは食べはじめた。

 

 そして、このトラブルのなかで、考えられる限りの最善を尽くせるとしたら、「2時間立って帰ることになるであろう終電のサンダーバードで、誰よりも早く自由席車両に飛び込んだら、もしかしたら座れる可能性もあるのではないか?」ということだと思い至り、そこで、「時刻表を愛読するほど鉄道業界に明るく、調べ物が得意で、私の状況や事情をすぐに理解して適切なアドバイスをしてくれることが期待できる人物」として、友人のM・フィオリオ氏にLINEで事情説明をし、協力を取り付けた。実は改札の窓口カウンターでやりとりする直前に、彼はまったく別件でLINEを送ってきてくれていたので、頼みやすかったのも大きい。

 

 そして私はこのとき初めて北陸新幹線を利用したことになるのだが、しばらく乗っているうちに、金沢方面に向かうときには、やたらたくさんの長いトンネルがあるようで、スマホではネットの電波がすぐにとぎれてしまうことが多そうだということが分かってきた。そうなるとなおさら、金沢へ着く一時間ちょっとのあいだであれこれと自分のスマホで調べられることには限界があり、フィオリオ氏のほうで安定的に情報を集めてもらって、まとめて送ってもらえるほうが絶対に良いだろうという判断もあった。

 

 私が知りたい情報を要約すると、こういうことだった。「金沢駅で、はくたかが到着するホームから最短ルートでサンダーバードの自由席車両に行くにはどうすればいいか」、そのためには以下の情報が必要だった。

 ・はくたかが到着するホームで、乗り換えに適切なエスカレーターに最も近いはくたかの車両は何号車の、前後どちらの出入り口か?

 ・はくたかが到着するとき、車両の右、左のどちらのドアが開くのか?

 ・はくたかが到着するホームから、どういうルートでサンダーバードの待つホームに向かうべきか?

 ・サンダーバードの自由席車両は何号車か?

 ・最短ルートでサンダーバードの待つホームにたどり着いたとき、もっとも近い場所にある車両は何号車になるのか?

 

 おおむね上記のような内容を調べてもらった。その前提として、新幹線ホームと、サンダーバードのいる在来線ホームのあいだには乗り換え改札を通らないといけないことをフィオリオ氏は書いてきて、「そうだった!」となり、そんな当たり前のことを忘れていた私も実は今回のトラブルでやや参っていたのかもしれない。いずれにせよ私は金沢駅へは人生で2回ぐらいしか利用しておらず、まったく駅内部の記憶がないため、なおさらナビゲートを必要としていた。

 

 そうして、時間を追うごとにフィオリオ氏からはひとつひとつ情報が提供されていった。大げさかもしれないが、このシチュエーションはまるで映画『アポロ13』を思い起こさせた。トム・ハンクスらが地球に帰還するための宇宙船の電源を確保しなくてはならず、手順を少しでも間違えるとアウトとなるため、NASA管制塔からゲイリー・シニーズが苦労して見いだした適切な手順を伝えていく、あの名シーンみたいに思えた。もし仮に私が自由席に座れなくても、今回のトラブルを通して、こうしたやりとり自体がとても楽しく感じられてきた(フィオリオ氏にとっては迷惑で面倒な依頼が舞い込んできただけなんだが 笑)。

 

 こうした情報収集の結果、私がとるべきアクションは次のようにまとまった。

「はくたかの7号車の前寄りの出口でスタンバイ。13番ホームに到着予定なので左側ドアから出て、すぐ目の前に下りエスカレーターがあるので、下ったあと左側に折れて在来線への乗り換え改札を通り、すぐ左の階段で2番ホームに駆け上がり、サンダーバードの5、6、7号車の自由席を目指す(サンダーバードは先頭が9号車)」

 完璧だ。ありがとう、フィオリオ!

 

 幸い私は6号車に座っていたので、列車が金沢駅に近づく10分前には荷物を持ってすぐ隣の7号車の前方出口の左側にスタンバイできた。もはやこれは「勝負」なので、なりふり構わず「ポールポジション」を狙って、ドアが開いたと同時にダッシュするつもりであった。

 

 そして金沢駅に近づくにつれネットの電波も安定してきたので、ここでようやく、念のためJRの公式サイトに掲載されている金沢駅の構内図を見てみた。しかしこの構内図をパッと見て、小さい画面ですぐに何かを読みとるのも難しく、そこで自分のなかでちょっとした混乱を招いてしまい、ムダによけいな質問を次々とフィオリオ氏に投げかけてしまった。このあたりで自分の判断力に迷いが生じてきたのも事実である。

 

 はくたかが金沢駅に近づき、私は左側ドアに鼻を押しつける勢いだった。もし誤作動でドアが開いたら飛び出していただろう。

 

 そうして車内アナウンスが流れる。電車の遅延についての一通りのお詫びのあと、「到着は14番ホーム、お出口は右側です」との衝撃的なお知らせ。

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 後ろを振り返ると、4人の若い家族連れ(荷物多め)がいた・・・1時間も遅れてしまった新幹線は時刻表通りに13番ホームには入らないようであった。さっそくのつまずきにウケてしまい、思わず手にしたスマホでフィオリオ氏に「出口14番で右側やった(笑)」、「家族連れがポールポジション(笑)」と続けてLINEに書いて送ったため、その最中に続けてアナウンスされた「乗り換えのご案内」を耳に入れそこねる始末。サンダーバードが予定通り2番ホームにいるか確信がもてないグダグダの状態になり、自分を責めつつ(アナウンスを聞き逃したことはフィオリオ氏には伏せておいた)、4人の家族連れ(荷物多め)の、他愛ない会話の背後で、手にしたカバンをぶつける勢いの私が立ちすくむ構図。

 おそらくこれが『ミスター・ビーン』だと、なんとかしてヒドい手段を講じてこの家族連れを押しのけて右側ドアの先頭に立つのだろうなぁと思っていた。

 

 そうこうするうちに新幹線がホームにすべりこむ。するとフィオリオ氏が教えてくれたように、ドアの窓の向こうにはちょうどいい場所に下りエスカレーターが見えたので思わず笑ってしまいそうになった。できることならその光景を(家族連れの背中ごと)写真に撮りたかったぐらいなのだが、私はカメラではなく切符をしっかり手に持って、これから始まる競争に意識を向けなくてはいけないと自分に諭した(家族連れの背後で笑いをこらえていた時点では、この話をブログに書こうとはまったく思っていなかったため、残念ながら写真記録は取れずじまいである)。

 

 ドア、オープン!

 家族連れがエスカレーターに。

 ハタから見たらタテイシもこの家族の一員だと思われたであろう距離感で後に続く。

 殊勝にも、先頭をいくお父さんが重たそうなスーツケースを持ったままエスカレーターを駆け下りていったので、心から拍手を送りたい気分。ほら、子供たちもお母さんも後に続け! ほら早くーっ!!

 

 自分の足がエスカレーターから降りた瞬間、その家族連れを置き去りにして走る。ちゃんと目の前に乗り換え改札口があり、瞬間的に「現在、改札口を開放しています」という見慣れない案内表示が目に入る。おそらく今回の事情ゆえにそういう配慮をしているのだろうか、とっさのことなので理由を確かめず、開け放たれていたゲートを遠慮なく走り抜け、すぐ左の階段をあがる。

だあぁぁぁーー。

 

 階段の上に2番ホームの表示がみえ、たしかに列車が停まっていて、「9」の文字が車体に。すかさずターンして後ろの車両をめざし、7号車車両に。混んでいた車内で、2つぐらいしか空いてる座席がなかったが、とにかく通路側の空き座席に飛び込む。車内アナウンスが聞こえ、いま乗った電車が無事にサンダーバードであることをそこではじめて確認できた。

 そして間もなく、つぎつぎと新たな乗客がこの自由席車両にやってきて、通路は人であふれる。

 

ウェェェェーーーイ!!!

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 その場にいた乗客からしたら、北陸新幹線のトラブルのせいで出発が遅れて、ただでさえ夜遅い電車なのに、グダグダした感じであっただろう。そこへ血相を変えて40歳の男が息切れ激しくゼーハー言いながら突然走り込んできたのだから(でもおそらく顔は少しニヤニヤしてたとも思う)、せっかくの(平成最後の)ゴールデンウィークの夜に気持ち悪い光景を見せてしまったかと思う。

 

 

 「・・・座れた・・・」

 

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 ともかくこのときの、「一言打ってすぐ送る」を繰り返しているLINEの状況から、私のテンションの高ぶりがうかがえよう。

 旅先での予想外のトラブルを、一転してスリリングなゲームに仕立てることができたのは、すべてはフィオリオ氏のおかげである。しかもこうして久しぶりのブログのネタにもすることができた。さらに言うと、今回のこの記事の下書きは、その金沢からのサンダーバードの車中で、持ち歩いていたポメラで書いた次第である。多くの「座れなかった乗客」を周りに感じる中では、眠ってしまう気にはなれず、何らかの文章を打つことで、自分なりにこの一連の出来事を振り返る時間にしようと思ったわけである。

 

 そして、最近ことに強く思うのは、年齢を重ねるとますます私はミスター・ビーンのような行動様式を是としてしまう感覚が強まってきたことだ。ビーン師匠と呼んでしまいたい。

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2018.04.02

よくわからない『ブロックチェーン』について、それなりに気をつけてチェックしておきたいと思う

 最近はニュースでビットコインの不穏な話が続いているが、今年の正月にWIREDの記事でオンライン百科事典『Everipedia』がブロックチェーン導入で目指すものというのを読んで、本家Wikipediaから派生しようとするあたらしいオンライン百科事典が、「ブロックチェーンの仕組みを取り入れる」といったことが書いてあり、「うわーっ!?」となった。

 なぜかというと、それまでこの手の話にあまり詳しくない私はつい「ブロックチェーン=ビットコインのこと」だと簡単に思って過ごしていたからである。しかしどうやらそれは間違った認識かもしれないということにそこではじめて気づき、すぐ書店に出向いてこのビットコインやブロックチェーンに関する関連書籍を漁り、この本を選んでひとまず基本的なことを知っておこうと思ったのである。

 なぜそこまで焦ったのかというと、「ビットコインと無縁でいたい」と思うぶんには問題はないし自分もそうなのだが、その仕組みを支える「ブロックチェーン」という技術には無縁でいられなくなるという予感をこのWIREDの記事によって強く感じてしまったのである。ウィキペディアなんてものは少なからず自分の生活にもそれなりに日常的に関わっているわけで、それが「ブロックチェーンでやります」なんて言われた日にゃ、私の生活のある部分は、ある意味でブロックチェーンが土台になるのである。


 で、結果としてこの本は多少専門的な部分はあるが、まさに私のように何も分かっていない層にうまく「ことのはじまりから現況まで」を説明してくれる感じで読み通せた。私なりに今の段階で分かることだけ書いていくと、ビットコインを支える仕組みとしての「ブロックチェーン」を強引に言い換えると、「すべての人が参照できて、多方面からの膨大なデータの上書きの際にズレることなく管理される大きな台帳みたいなもの」である。

 そしてここが重要なのだが、このブロックチェーンは、もはやビットコインなどの仮想通貨のやりとりだけでなく、今後はさまざまな分野、つまり医療情報とか社会生活全般におけるありとあらゆる情報処理を取り扱ううえでの土台になる可能性が高い(というか、ほぼ不可避だろう)ということだ。仮想通貨のやりとりなんていうものは、ブロックチェーンのポテンシャルにおいては「単なる氷山の一角」のことらしい・・・(通貨なのでどうしても人の欲望がからむから、ちょっと動きが激しくなるわけで、でも思えばこれまでもハイテク技術を進化させてきたのはいつだって途方もない欲望がドライブしていくときである)。


 そして読みながら私の頭に浮かんできたアイデアは、ブロックチェーンを使うことで、世界中の言語データが収集・蓄積され、さらにAIでの自動学習を加えていくことで、世界中のどこに行っても高精度の同時通訳での交流が低コストで可能になるのではないか、ということだ。具体的な技術的手段はもちろん説明できないが、「おそらくそういうことも可能にさせる仕組みなのだろう」ということは想定できるわけだ。まぁ、私のレベルでそういうことがすぐ思いつくということは、すでに世界のどこかで誰かがすでにその方面で研究を行っているんだろうとは思う。でもこれなどは、ブロックチェーンを使うことによる比較的ポジティブで平和的な利用方法のひとつではないだろうか。ただし(奇しくも英語教育をネタにした前回のフリーペーパー「HOWE」でも示唆したように)、そのせいで外国語教育産業そのものが成り立たなくなると、別の混乱が引き起こされるかもしれない・・・まあ、それだけのインパクトや影響力が、このブロックチェーンなる新技術は秘めていて、そこの可能性や危険性というものをもっとちゃんと見極めていかねばならないようだ。

 ちなみに、ここ数年は仕事の関係でグーグル翻訳を使うことがちょくちょくあるのだが、最近のバージョンアップで、突如として劇的に翻訳能力が賢くなっていて、ちょっと薄気味悪いぐらいである。ただそうした気味悪さをはるかに凌駕していくような存在がきっとブロックチェーンの暗闇から立ち上ってくるんじゃないだろうか、とも思っている。あくまでもすべては予測の領域ではあるが。

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2018.03.18

おはぎのあらたな想い出

最近のあれこれ。

遠位型ミオパチーという難病支援のチャリティーコンサート「Suite Night Classic」に友人K氏ご夫妻とともに参加。かれこれ通算で33回目の実施で、まる10年続けている。そしてこれからも続くのだろうと思う。この難病をめぐる深刻な状況をシェアしつつ、そして僕らができることは日々を楽しく過ごそうという意欲を失わないことだという話になり、音楽を楽しみ、終わったあとの会場カフェで宇治川の流れの速さを目で楽しみつつ、主催の林くんとお母様がそれぞれに作り合ってきたおはぎをおいしくいただく。これからの人生でおはぎを食べるたびに想い出す光景がまたひとつ増えた。

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この日のトークでも触れられていたが、先日スティーブン・ホーキング博士が亡くなった。そのニュースの直後ツイッターで「ディスカバリーチャンネル」が書いていた、生前のホーキング博士の言葉にグッときた。「今度、失敗をして誰かに文句を言われたら教えてあげてください、『宇宙が完璧なら人類は生まれなかったんだ』とね」

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このあいだはロフトプラスワンWESTにて「『日本のZINEについて知ってることすべて』刊行記念トーク:関西アンダーグラウンド編」、こちらはナセルホフ氏と参加。本では伝え切れていなかったとされる関西独自のZINE文化の系譜について、その一端を垣間見せていただく。本当に「垣間」なのかもしれないけど、自分も生きていた時代とはいえ、どうしても捉え切れていない「80年代の空気感」をお裾分けしていただいた感じ。いろいろなものが何回転もして今に至っていると思うわけだが、果たして自分たちはこんな時代において何を残せていけるのだろうかと、わりと真剣に考えさせられた。

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前からあったのだろうけど、最近「明治屋」ではじめて知ってジャケ買いしたお菓子、「HOPJES」というオランダのコーヒーキャンディ。外観からはまったくコーヒーの匂いがしないだけに、なおさらこれはデザインの妙味が光る。

ラドマーカー コーヒーキャンディー 90g 原産国:オランダ

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2018.02.23

日本焚火学会があるのな&土井善晴が最近気になる

ずっと前から、焚き火がしたいと思っていてなかなか手が出せていないのだが(そもそもアウトドア趣味にほど遠い生活をしている)、「日本焚き火学会」があることを知った。アカデミックな学会というよりかは、イベントを通して焚火ファンが親睦をふかめるためにあるような雰囲気だが、いずれにせよ最近何かと個人的に広島が熱い。
日本焚火学会のサイトは(こちら)。

最近はとてもスキーとかやってみたい気持ちが高まっており(高校の修学旅行でしか行ったことがない)、それは単にオリンピックを観ているからなのか、だんだん中年になってきて体が動かなくなってきていることの危機感からなのかは分からない。

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最近気になるのは料理研究家の土井善晴さんだ。『一汁一菜でよいという提案』という本をさいきん読んだのである。

本の内容はシンプルだ。このタイトル通りのことを言っている。でもその奥にあるまなざしがとても本質をついていて、「たしかに!なるほど!!」となる。しっかり食事を作ること、食べること、感謝すること・・・というシンプルな営みについてあらためて見なおすことができた。

とはいえ・・・なかなか自炊できていないので、まずはそこからですな・・・

地上波テレビをほんとうに観ていないので、土井善晴による「塩むすび」がえらく話題になっていたことを今さらになって知る。(こちら)とか(こちら)を参照。

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2018.01.21

就寝中の地震時における「メガネが見当たらなかったらどうしよう問題」について

 先週の1月17日は阪神大震災の日であったので、毎年この日はかつて自分が味わった恐怖感と向き合う機会となっている。高校二年生で奈良の実家にいたが、それまで体験したことのない揺れに寝起きの身体は硬直したままで、何が起こっているのかが分からないままだった。あれ以来私は、いまでも、ちょっとした揺れに過敏になっている。

 そして、毎晩寝るときには、もし地震が起きたらどうなるかということをうっすら考えることが無意識的に習慣付いている人もいるかもしれない。私の場合はその思いのなかで「メガネが見つからなかったら困るよなぁ」とぼんやり思うことが多くて、しかし特段なんの対策もせず、結局は平和にグースカと寝入るわけである。

 ネットで調べると、やはり震災後においてこの「メガネをいかにキープするか問題」っていうのはわりと大きい課題となっている。暗闇で揺れまくる部屋のなかでメガネを取り損ねてそのまま見つからない状態で逃げざるを得ない状況におかれたら、かなり困った事態になるわけで。メガネとクツ、これらをどうキープできるか。防災袋にスペアのメガネを入れることも含めて、メガネ族は日頃から真剣に考えないといけない。

 で、そのことについてここ数日ぼんやりと考え続けていて、そこで思いついたのだが、最悪のケースにそなえてメガネを防災袋に入れたいけれど、メガネそのものをわざわざ準備するのもなぁという人の場合、「度入りの水泳ゴーグル」を代わりに導入するのはどうだろうか。安さもそうだが、メガネよりも柔軟性があり壊れにくいというメリットもある。
 ネットをしっかり調べたら、すでに誰かが同じことを言っているのかもしれないが、自分のなかで「これってすごい名案では!?」となっている。もしものときは、見た目にこだわっている場合でもないし、そしてメガネよりもひょっとしたら粉塵から目を守るうえでも有用かもしれないのである。

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2018.01.10

自由を求めての脱出とか料理とかブログを書くこととかの映画について

正月休み用に借りてみた映画2本。どちらも実話をもとにした作品。

まずは『パピヨン』(1973年)。

結論としては、「正月に観るべき映画ではなかった」(笑)。

無実の罪でフランス領ギニアの刑務所に収容され、そこからの決死の脱出を試みたパピヨンと、その仲間たちの物語。
スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマンという二大スターの競演。

「脱獄もの」といえばマックイーンの『大脱走』が有名だが、その双璧をなすとされる名画だとのことで、まったく知らなかったので観てみたが、いやぁ過酷すぎて観ていてほんとに辛くなった。孤島を囲む海は美しいが、同時に自由を許さない残酷さが静かに広がっていて、すべてが重く、切ない。そして運命を共にする主演の二人の対照的な結末。

DVD特典映像のメイキングでは、本物のパピヨンさんが映画の制作スタッフにアドバイスをしたり、当時の監獄を再現したセットにたたずみ、過去を思って感慨深い表情を見せる様子などが残されているが、よくもまぁこの状況下で脱獄を図ったなぁ、ていうか「よく生きていましたねぇ」と思えて仕方ない。(映画ゆえにか、ギリギリのピンチをなぜかうまく切り抜けたりするシーンなど、ホントにそうだったの? って言いたくもなるが)

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2つ目は『ジュリー&ジュリア』(2009年)。

最近読んだ本で紹介されていたので気軽に観たのだが、映画の背景に考えさせるテーマが別に浮かび上がった。

ジュリア・チャイルドは、戦後1949年にアメリカの外交官の妻としてパリに住んだことをきっかけに、名門料理学校ル・コルドン・ブルーでフランス料理の修業を積み、やがて家庭向け料理本の著者として、またテレビの料理番組の先生としても有名になっていく。そんな勇猛果敢で陽気なジュリア役をメリル・ストリープがうまく演じながら彼女の物語を進行させつつ、物語の本筋はそこから約50年後、そのジュリアの書いた料理本のレシピ524品を1年間ですべて料理してブログで発表しようとする、ジュリーという公務員の女性の奮闘ぶりが同時並行的に描かれていくユニークな構成となっている(ちょうどジュリーは9.11テロの後処理に携わる仕事をしていたようで、ブログという表現形式はたしかにこの頃からポピュラーになっていったというメディア史的なありかたも示されている)。

料理と出会い、料理と向き合いながら人生の困難を乗り越えようとする姿勢だったり、ジュリアの最初の料理本を出版することへの様々な試練や、もともと作家志望だったジュリーのブログが徐々に評判を呼んで、そこから出版への道が開かれていくあたりなど、この2人が図らずも似たような状況に置かれていった感じがうまく描かれている。また、ジュリーとジュリアそれぞれの夫の理解力や温かさも通じるものがあって、観ていてほっこりする。そしてリベラルなジュリアの夫が「赤狩り」の影響であらぬ疑いをかけられたり、ジュリーのブログの存在が上司にも知られ「自分が共和党員だったら君はクビだ」と言われたエピソードなど、その時代における政治的なネタも印象的なスパイスになっている。

あまり多くを書くとネタバレになるので控えるが、この「良くも悪くもブログが自分の知らないところで広まること」について、この映画が投げかけるトピックはわりと身につまされることがあり、この映画が「料理を通してバーチャルにつながる、世代を超えた人生ドラマ」だけでなく、見方をかえると「ブログというパーソナルかつソーシャルなメディアの及ぼす影響力についての、21世紀初頭のアメリカでの一事例」としても捉えることのできる作品になっていて、図らずも自分自身の活動についても考えさせられるものとなった。

あとブロガーとしては、そもそもであるが、「忙しくても毎日違う料理をレシピ通り作り、そのことを書いていくこと」を自分に課したジュリーにひたすら敬服したい気分にもなったり(笑)。

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