Posts categorized "文化・芸術"

2017.05.28

準備風景そのものも、ひとつのアート的な風情(ピンク・フロイド回顧展@V&A博物館)

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ジワジワくる(笑)。

この5月にはじまったロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館でのピンク・フロイド回顧展、その準備作業についての記事(こちら)をたまたまみつけたのである。

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この『Division Bell』のアルバムジャケットのこの頭のモチーフ、この現物を展示するというネタ。

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「ムギュ~~!」って感じ(笑)

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てなわけで、こんな感じでバンドのデビュー50周年回顧展が10月まで繰り広げられている模様。

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そもそもこの企画が昨年発表されたときのプレス向けイベントのときから、豚を飛ばしたりしてシュールさ全開。

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というわけで、常に謎めいた存在でありつつ、公式的には続いているロックバンド(実質的には終わっているんだろうけど)の50周年イベント、おめでとうございます。

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2017.05.16

自分が40歳になったことと、U2の”40”と、『おろしや国酔夢譚』のこと

40歳になったのだけど、何か久しぶりに、U2の古い曲『40』のことを想い出して、リピートしたりする。

もっとも、このうつくしい曲の主題は年齢のそれなんかじゃなく、旧約聖書詩篇の40篇だそうで。
「How long to sing this song」って、まさにそんな気分。

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ここ最近の突発的マイブームが、映画『おろしや国酔夢譚』で、その原作となった井上靖の本もがっつり読んだ。
この映画が作られた、バブリーで景気の良かった頃、日本テレビがこの映画について放映していたのを観た記憶が突然浮かんで、この江戸時代の漂流民の実話に基づく長大なスケールの映画が急に今になって気になりだしたのであった。

漂流してアラスカに近いぐらいの離れ小島に漂着して、何も分からないまま、ただひたすらロシアの言葉を少しずつ覚えて順応していって、そこから帰国を願いつづけて9年間、最終的にはこの大黒屋光太夫はシベリアを超えてユーラシア大陸の西の端、サンクトペテルブルグまでたどり着くという、とんでもなく数奇な運命のなかで、女帝エカチェリーナ二世に直接会えることとなり帰国許可を陳情するわけだけど、人間の持っているエネルギーとか精神力とか、ありとあらゆる部分の感動を覚えてしまう話である(帰国後は鎖国体制下の事情により、かなり不遇な晩年を送ったそうだが)。
 そしてどうしたって命を落としそうな過酷な生活環境と決死の大移動のなか、あらゆる場所で光太夫らを支え、応援してくれた無数の人々がいたのも確かであり、距離や時代を超えたヒューマニズムに、純粋に心打たれるものがある。

とまぁ、最近の私はことあるごとにこの『おろしや国酔夢譚』の話をしているのだが、先日、職場での懇親会の席上、同い年の同僚S氏にそれとなくこの映画の話をすると、彼は中学2年生のときにリアルタイムでこの映画を観てから、たまたまモンベル社の企画で「ロシアの川を3ヶ月間、ロシア・アメリカ・日本の若者が一緒になって川くだりをするツアー」というのに出会い、親に頼んでひとり中学生ながら参加して、初の海外体験をロシアの果てしない川下り、しかも言葉もよく分からない者同士で過ごすということをしたという話をしてくれた。なんたる奇遇。そして中学2年といえば1991年で、ソ連崩壊の大変革の時代だったはず。こんな身近に、そんなとてつもない冒険をしていた人が居たとは! と、驚きまくってしまった。

人生ってこういう感じで、ちょくちょくビビらせてくれるから好きだ。

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2017.04.17

フランスの地方料理と移民料理(時々、旅する朝食)の ビストロ「ベルヴィル」が素敵なお店でした(そしてシェフはアトレティコ・マドリーのファンとのこと)

このあいだ、ひょんなことから(きっかけは、『ぱんとたまねぎ』のハヤシさん経由)長らく私の書いているものを愛読してくださっているK氏にお誘いを受け、京都市役所の北側の路地にある雑居ビルに赴いた。
や、正確にはビストロのレストランである。でも見た目は雑居ビルのそれなのである。
しかし上にあがると、それはそれはよく出来たインテリアに、グッとくる色合いの壁紙が印象的なお店があったのだ。

「フランスの地方料理と移民料理 ベルヴィル」と、「タイ料理&ベトナム料理 トルビアック」。この二つのお店(というか、ビルのなかの独立したそれぞれの部屋)が、中央の厨房を挟んで同時に存在しているという、不思議な佇まい。

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今回はベルヴィルのほうでお食事をいただいた。いかにもなフランス料理ではなく、あくまで移民の人々の生活感のなかで生まれてきた料理が提供されている。

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丁寧にじっくりと創られていく珠玉の料理の数々。じっくり味わい、ゆっくり語らい、珍しいビールなどを飲みつつ。

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普段あまりビールは飲まないのだけど、あまりに珍しいのとラベルのデザインが良かったので、フルーティーなベルギーのビールを堪能。出されるコップのレトロ感とかたまらない。

もうひとつ隣の部屋も、鮮烈な配色が印象的でオシャレ。

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12月にオープンしたばかりとのことで、文字通りの隠れ家的なお店。K氏のおかげでとても良いお店を教えていただく。

ホームページは(こちら)。

以前から、ブルーグレーの壁の色の室内にすごく憧れがあって、まさにこのベルヴィルがそんな感じ。すごく落ち着く場所。


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2017.03.24

「マーチエキュート神田万世橋」で開催の「Anonymous Camp」にて、シャムキャッツがプロデュースする「EASY展」に出品させていただきます。

 東京の神田、マーチエキュート神田万世橋というなにやらステキな場所で開催される「Anonymous Camp」という期間限定マーケットのイベントにおいて、シャムキャッツがプロデュースする「EASY展」が行われるとのことで、いままで「EASY」に参加した作家さんたちにお声がかかり、私も今回出展させていただくことに。(自分のうっかりミスで参加表明が遅くなってしまい、関係各位にご迷惑をおかけしつつ・・・)

このタイミングで、今回はじめてリリースする新作アイテムがこれ。

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「DIYぽち袋作成キット」。
以前の「EASY TOUR@京都」で出展した「封筒づくりキット」が、ちょっと大きすぎるのと、分かりにくさがあったんじゃないかという感じがしたので、より小さく(手の平サイズ)、かつ封筒よりも実は使用頻度が高そうな「ぽち袋」に焦点をしぼってみた。

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こうして好きな雑誌のページを、テンプレートを使って切り抜いて、折込んでいく。
接着は両面テープの幅の狭いのを使ってみたり、いろいろと。

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なぜか、どういうわけか、封筒とちがって「ぽち袋」のサイズになると、完成品もどことなくファニーだったり、ジワジワくる笑いがただよう感じがする。自分としてはそこにあらたな可能性を感じている。

上の写真のぽち袋の作例サンプルは、このブログの記事のために作ってみたもので、「EASY展」に向けて送った作例サンプルはまた違ったものになっている(急いで作って速攻で東京に送ったので、写真を撮り忘れていたのだ)。現地に置いてある(であろう)ぽち袋のサンプルをみて「カズダンスかよ!」とか「なぜ女優の小林聡美なんだwww」とか思っていただけるとうれしい。

会期は2017年3月24日(金)~3月30日(木)
時間:11:00~21:00(日曜、祝日のみ20:00まで)
そして29日、30日はシャムキャッツのメンバーが2人ずつ日替わり店長でやってくるとのこと!


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2017.03.04

さいきんのこと:プレステVR、デロンギ、『繁栄』、三谷幸喜と清水ミチコの対談について

 先日同僚のタスク家におじゃましたときに、最近話題の「プレイステーションVR」があって、ちょっと遊ばせてもらった・・・いやはや驚異の体験とはまさにこのことで、ゲームの世界に没入するというのは、文字通りの意味でこのVRという装置が叶えてしまった。

ファミコンをはじめて触って以来30年近くが経ったが、家庭用ゲーム機はついにここまできてしまったのかと、何か踏み込んではいけない領域を垣間見た気分で、「すげー!!」と叫びまくってしまった。当然、プレイ中は周囲に頭とかぶつけないようにしないといけないわけで、バーチャルの世界に埋没するがゆえに気をつけないといけない物理的状況を、現実的に配慮しないと危険なのである。当たり前といえば当たり前なのだが。

 実際にVRに対応したゲームの世界では、こちらの自由意志による視点移動を現実世界のそれのようにあらゆる角度で表示することを可能としている。つまり走行中の車のなかにいて、後ろをふりかえってみると、こちらの首振りのスピードに合わせて後部座席に映る景色をスムーズに見せてくれるわけだ。ふー。

 タスク氏はこのVRをまだ自分の子どもたちにはプレイさせておらず、それはとても賢明な判断だと思った。物心ついたときからこうしたバーチャル・ゲーム機器で遊びまくることで、いざ自分が生身の状態で運動をするときに、どうしても物理状況における限界、「身体が動き得る幅の狭さ」みたいなものを感じてしまい(動きにくいし、失敗したらケガも怖いし、いいことがない)、リアルな運動に興味を抱かなくなる子供が今後増えていくんじゃないかと想像してしまう。あくまでもバーチャルが楽しいのはリアルとの比較があるからなのだが、こうしたバーチャル・ゲームの流れが不可避となると、大きい目でみたときにどういう影響が浸透していくのか、見守っていくしかないのだろう。

 ちなみに、ゴーグルで映像を見せる装置という観点でいけば、このVRをつけたときに真っ先に感じたのは「まるで映画館にいるみたい」ということだったので、寝たきりの人とかがDVDの映画を楽しむときの補助具というような方向性も今後発展していくのだろう。


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いまさら驚くべきことではないのだが、住んでいる場所がとても寒く、部屋が冷え冷えとしており、エアコンだけでは限界を感じていた。しかし改めて賃貸契約をみると、燃やす系の暖房機器は使えないので、最近思い切ってデロンギのオイルヒーターを買ったのである。

 いままでオイルヒーターの導入をためらっていたのは、「置き場所によって性能が発揮できるかどうかが決まる」とか、「すぐには部屋が温まらない」という情報が、どうもひっかかっていたからである。しかし、ためらっているあいだにも部屋は寒いままであり、「ないよりはマシだろう」と買ってみたわけだ。

 そして結論からいうと「たしかに、いったいどこに置くのが正解なのかが分からない」ということだった。いちよガイダンス通り、もっとも寒くなりやすい窓際に置いているのだが、あまりにカーテンや壁にヒーターを近づけすぎると危険らしいので、このポジショニングが実に中途半端なものになるのだった(電源コードとコンセントの関係も考慮しないといけないし)。そして案の定、あまり温かさを感じることはない。

 これは何かに似ているなぁと思ったら、それは「どこのポジションが最も適正なのか分からないままのサッカー選手」だった。チームを去るときまで、結局どこのポジションがベストだったのか分からないままの選手はかなり多い。そのモヤモヤがまさにいま、オイルヒーターという物体として私の日常に、ささいな懸念事項として存在しているのである。

そういう意味ではかなり人間くさい器具かもしれない。そう思うと愛着すらわいてきた。寒いけど。

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 最近読んだ本でダントツに面白かったのが、マット・リドレー・著『繁栄―明日を切り拓くための人類10万年史』 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2013年)だ。

「いろいろ言われているけど、世界はこの10万年単位で、確実に『良く』なっている」というのがこの本の主張なのだけど、その是非はともかく、人類の繁栄のキーとなったのが「分業と交易・交換」という概念であるというポイントはとても示唆的だ。あるアイデアを、他人とシェアしたり、交換しあうことで、新たなアイデアが生まれていくということをひたすら繰り返してきたからこそ、人類は生きのびることができたというのがこの本全体を通して検証されている。

このネット時代だとなおさらその「分業・交換」のプロセスは予想を上回る規模とスピードで行いうるのだから、そうしてまた新たな課題解決に人類は取り組み、乗り越えていけるのだろう・・・という前向きな気分が読後感として残るので、ひろくオススメしたい一冊。

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あ、あともう一冊、このシリーズをいままでなんでスルーしてきたのだろうと後悔していて、このごろジワジワと集めて読みまくっている。三谷幸喜と清水ミチコの対談集。

もともとはFM番組での喋りを文章化しているのだけど、なんかこう、言葉のテンポや相手の発言への切り返しとか、文章だからこそできる「ある種のカタチやパターン」において、読み手を引き込んで、笑わせる技術に昇華させていて、この二人の絶妙なレベルでの掛け合いが、読んでいて爽快なのである。

ちなみに「むかつく二人」の文庫版は6年前に出たものだが、巻末の解説はいまをときめく星野源が書いていたりする。



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2017.01.02

『広辞苑』一冊あればできるゲーム「たほいや」で遊んでみた

ボードゲームフリークのbayashi氏らの賛同を得て、前からやってみたかったゲーム「たほいや」を今回はじめてプレイしてみる。

「たほいや」とは、『広辞苑』のような辞書一冊と、紙とペンがあればできる遊びなのである。
90年代にフジテレビの深夜番組で、このゲームをそのまま番組にしたこともあり、その道では知られたゲームである。

ウィキペディアで紹介されているルールに少し加筆してみたが、こういう流れである。

1.親を決める。

2.親は、辞書の中から誰も知らなさそうな単語を探し、それをひらがなで書いて他の人に提示する。もしその単語を知っている人がいたら、その人は別の単語を要求することができる。

3.子は、提示された単語の意味を考えて親に渡す。(つまり、ニセの回答を創意考案する)

4.全員の解答が集まったら、親は辞書の定義も含めた解答を読み上げる。誰がどの解答を書いたかは親以外わからない。

5.子は、親が読み上げた解答の内、正しい意味(つまり広辞苑に載っている意味)と思う物に1~3枚のチップを賭ける。
先に賭ける枚数のみを提示する。
次に、子の全員が同時に、どれに賭けるかを提示する。
親は正解を発表し、清算する。正解者は、賭けた枚数と同じ数のチップを親から受け取る。不正解者は、賭けたチップを選択した解答を書いた人に払い、さらに親に1枚チップを払う。全員が親を務めたら1ゲーム終了。チップの多い人が勝者となる。

YouTubeでも当時のフジテレビの番組がいろいろアップされてて、観てると自分たちもやりたくなるのである。
↓この動画はルール説明に特化して作られたバージョン。

なにより、このときの子の参加者が「書きそうなニセ回答」がどれかも、その人の個性やパーソナリティーから推測していくこともポイントである。

ちなみになぜこのゲームが「たほいや」と呼ばれるのかというと、このゲームが日本に紹介された頃に行われたときの「たほいや」という出題ワードのインパクトが大きく、日本ではその言葉がゲームの名前そのものになったと言われている。(「たほいや」は、イノシシを追うための小屋のことらしい)

というわけで、今回の最初の出題をタテーシが親としてやらせていただいた。
『広辞苑』から、誰も知らなさそうな単語を探す作業がわりと大変で、でもそれなりに「何コレ・・・」という単語があることは、ある。
というわけで、最初の出題はこれにした。
ばるかろーら」。

このとき参加者のみんなが作った選択肢を、『広辞苑』の正解も含めて紹介する。

1.ヴェネツィアのゴンドラの船頭歌。
2.中世の鍵盤楽器。主にオペラに用いられた。
3.スペイン、コルエディーラ地方の大衆居酒屋。
4.19世紀ヨーロッパの著名な物理学者。

・・・というわけで、いきなり参加者それぞれにかなりのセンスを発揮し、どれもありそうな回答が見事にそろった。この「いかにも辞書でこういう説明しそう」な回答を自分なりに「でっちあげる」ことが面白い。
 ちなみに、この選択肢で『広辞苑』による正解は「1」である。このうち「3」をでっちあげたのはtoyotti氏だが、「バル(スペインの居酒屋)+カローラ(家族)」と考えて、大衆居酒屋というイメージを思いついたとのこと。それにしてもコルエディーラ地方って!?(笑)

あともうひとつ自分が出題したなかで
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というのがあるのだが、

1.南米発祥の武術。(toyotti氏)
2.古代インドの国名。(正解)
3.ブラジルの都市名。(S氏)
4.仏教における台座。仏の座。(bayashi氏)

なんて結果になり、見事に「ブラジル南米系」と「インド仏教系」に答えが似通って、言葉のもつ響きなどがもたらすインスピレーションの面白さを感じさせた。

他にも紹介すると、

しゃなーい」(出題・bayashi氏)
1.古代エジプトの神。(S氏)
2.チベット仏教における法典の一つ。(タテーシ)
3.アラビア政治における刑吏官。(toyotti氏)
4.北インドの管楽器。(正解)

 これなんかも、すごくみんな似通っていておもしろかった。

もろがいな」(出題・S氏)
1.主におしどり夫婦を言う表現。(toyotti氏)
2.熱帯地方の浅瀬に群生する海藻の一種。(タテーシ)
3.鉱物。ケイ硝石。(bayashi氏)
4.左右の腕のこと。(正解)

 このとき、子としての私は正解が「3」だと疑わなかったが、「ケイ硝石」っていう言葉もこのときbayashi氏がまったくのでっち上げで作った概念だったのであった・・・

おっつかっつ」(出題・toyotti氏)
1.九州地方に伝わる祭り。(S氏)
2.東北地方の方言。漁師が獲物を取り逃がすさま。(タテーシ)
3.九州地方の方言。ほどんど、ほぼ。(bayashi氏)
4.優劣の無いこと。同じ程度であるさま。(正解)

 九州か東北の方言、とそれぞれの子たちが考えたのが興味深いパターン。

他の出題については割愛するが、いずれにせよ初めてプレイした印象として「シンプルながら、すげー面白い!!」ということだった。なによりこれは「言葉遊び」という意味では教育的にも有益なゲームであるし、調べると実際に授業に取り入れている大学の先生もいるようだ。

あとbayashi氏が言っていたのは、たとえば普段からボードゲームに子どもと親しんでおくと、もし万が一、災害などで長時間の避難生活を余儀なくされた場合、日常生活と同じような状況をできるだけ保って遊びの時間を設けることができ、子どものストレス軽減にも役立つであろうということだ(電気も使わないので、ボードゲームは最適だ)。例えばこの「たほいや」の場合は、まさに辞書と紙とペンさえあればできる遊びということで、「持ちネタ」として知っておくことが役立つかもしれない。

というわけで、ぜひ今後も折を見て「たほいや」で遊んでみたいので、ぜひ興味を持った方はお声がけいただきたい。今回の機会に私は『広辞苑』を買って持っているので(笑)


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2016.12.05

ロンドン地下鉄の案内掲示板の名言の数々がすごい

ちょっと前にツイッターで回ってきた下の画像に、とても感じ入った。
ロンドンの地下鉄にある案内掲示板、いつもはたいてい路線の遅延情報とか工事中とかの細かい情報が手書きで書かれる場所ではあるが、何もないときは空欄になるわけで。

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今すぐ止めるべき5つの事

1.全ての人を喜ばそうと頑張る
2.変化を恐れる
3.過去に縛られ、拘り、抜け出さない
4.自分を卑下、自己評価を下げる
5.考えすぎ思考

やー、これ全部やってしまいがちで、とても時期的にもタイミング的にグササササときたわけである。
なので別途自分のPCにもこの画像を保存させていただき、時折チェックしていた。

で、この写真を紹介したmotoko gram @momogramoさんは他にも同様の事例を紹介していたようで、まとめサイトで紹介されているのが、これまたどれもグササササである。
こちら)のサイトをぜひ!!

こういう言葉を掲示板のうえで表現できるような社会って、素敵だと素朴に思う。
駅の改札って、誰しもが足早に来ては去って行く場所ではあるけれど、そこでふと思考や意識を立ち止まらせて、こういう言葉に触れる瞬間をクリエイトしていくのは、オシャレだ。生きざまとして。

このサイトの途中で紹介されている「この駅は8:15~9:15の間は最も混雑します。」で始まる案内って、オフィシャルに印刷されたメッセージなのだが、なんだよこの「ゆとりユーモア精神」は。堂々とシレッと、面白くかつ皮肉っぽく表現されたメッセージ・・・そしてこの文章はお客に向かって述べつつも、読みようによってはそこで働く駅員自身にも向けられているような味わいもあり、深い。嫉妬すら沸き起こる(笑)

この裏側で思うのは、日本で最近起こった、電車の遅延に腹を立てた乗客が駅員さんに詰め寄って、いたたまれなくなった駅員さんが線路に飛び降りた事件だが・・・なんだか、何かが根本でおかしくなっている気がする。
怒鳴る客も、飛び降りる駅員も、なんだか・・・痛々しいほどにセンスが、ない。どうしたらいいのか。

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2016.11.07

ポッドキャスト『Harukana Show』 No.294,『TED TALKS』を熱く語る with Tateishi/そして改めてTEDで大好きな「スローテレビ」のプレゼンのおもしろさについて

イリノイ州アーバナ・シャンペンより、ハルカナショーの最新話でトークをさせていただきました。
このあいだブログで書いたネタをそのまま話していますが・・・例のTEDの本の件ですな。
ポッドキャストは(こちら)より!

で、このポッドキャストのブログで書かれているように、私がおすすめするTEDのトークとして挙げた(以前もブログで書いた)ノルウェーの「スローテレビ」の話、『トーマス・ヘルム: 世界で一番退屈なテレビ番組がやみつきになる理由』を、久しぶりにあらためて自分でもクリックして観てたのだけど、いやー、何度観てもグググっと魅入ってしまうな、これは。

このプレゼンテーションは自分にとって非の打ち所がない。「スローテレビ」というコンセプトを説明する本人がテンション高く早口になったら元も子もないわけで、あえて抑制をきかせて、淡々と、しかしジワジワと笑わせようとするその雰囲気づくりがまずもってバッチリだし、そして何よりテレビ制作者ゆえにプレゼンを補助するヴィジュアルの作り方や見せ方が上手だし。喋っている本人が、どことなく、なんというか、自分では未だにこの面白さに半信半疑であるかのような、ちょっと頼りなさげな感じすら漂わせているあたりが、このプレゼンを最後まで聴きたくなる効果を生んでいるような気がする・・・つまり、話のヘタな人って、往々にして「すごく面白い話があってですね」とか言ってしまうわけで、その逆をいっているわけですな。聴く人それぞれが自分からそのなかにある面白さを見出してもらうことのほうが、よっぽどプレゼンでは大事なのだと、このトークは教えてくれている。

そして自分たちがやってきたことの面白さや意義をを適切な順序で余すところなく伝えきったあとに、
「何にせよ、少し奇妙なくらいの時にこそ人生は面白いものになるんです」
っていうこのシメのセリフも、すごく良い。


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2016.09.12

『TED TALKS:スーパープレゼンを学ぶTED公式ガイド』&TEDICTのアプリが素晴らしい件

 出たばかりの新刊書をすぐ買って読むことは少なくて、ましてそれを人に勧めるのも稀なのだけど、この本は強烈にマジでおすすめ。
 この本はTEDが発展してきた歴史的展開をふまえつつも、それぞれの章において実に巧みに「プレゼンテーションの実践的ハウツー」を余すところなく紹介しており、きわめてストレートすぎるほどの「実用書」だった。と同時に、この本で実例として触れられているTEDトークの数々も、まだ観たことのないものが多くて、それらをすかさずネットでチェックしたくなるという意味では、「TED自体のPRプロモーションの本」としてもバッチリ狙い通りだったりする。

 特にこの本で繰り返し強調されているのは、ひとつのトーク、ひとつのプレゼンは「聞き手を旅行に誘うようなもの」というコンセプト。話者は旅行プランナーであり、観光ガイドであるわけで、「いかに面白い旅を提供するか」という切り口で捉えると、どこでみんなの注意をひきつけ、どこで「景色を味わってもらうか」を考え、どこまで自分の言いたい説明を、旅への興味を削ぐことなく伝えていくか・・・などなど、あらためてプレゼンの準備において大事なものがどういうことか、考えさせられる。

 というわけでこの本を読みながら、終始「うまい・・・さすがや・・・」と、唸った。つまりこの本の内容として、お客さん目線で知りたいことを知らせ、熱い気持ちにさせつつ、しっかりと自分たちの言いたいこともページの隅々に染み込ませていて、その方法論そのものが、まさにTEDが目指しているありかたにも通じていることがわかる。だからこの本を通して学べることは、今後もTEDの壇上にあがるようなことがない人々(ほとんどがそうだ)にとっても十分に役に立つわけで、もはや人前でのスピーチだけでなく、広くコミュニケーション全般において忘れたくないネタが満載の、買って読んで損はない一冊となっている。

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 ちなみにTEDの動画を用いた英語のリスニング教材のアプリで「TEDICT」というのがあるのだが、これが実によく出来ていて、ゲーム感覚でTEDのトークをネタに「リスニングしながら単語並び替え作文」ができてしまうので、移動時の暇つぶしには最適。私のiPodにはこれに加えてウィズダム2の辞書アプリも入れていて、分からない単語はTEDICTの画面からコピーしてすぐに調べられるのでこの組み合わせは今のところ最高だ。
 TEDのお気に入りトークをひたすら聞き続けるわけだから、話の内容も英単語も染み込んでくる感じがあって、かつ「英語を勉強している感じがあまりない」というのもポイント。数多くの英語教材が「日常会話の例文」を覚えさせようとして、もちろん大事なのは分かっているけど、どうしても「わざとらしい会話」に感じてしまって覚える気になれない自分にとっては、いやホント、良い時代になったと痛感している。少なくともこの分野においては。
 TEDICTについてはこちらの記事など!


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2016.08.28

ドアーズのワークショップ「古雑誌のページを切り取って封筒を作ろう」実施報告

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お客さんが1人来るか来ないか、っていう状況で、ドアーズのスタッフさんにも加わっていただき、なんとかワークショップを無事終えることができてよかったです。


とても楽しかった・・・というか、とっっっても勇気づけられたのは、今回参加していただいたのが、60代のお父さんだったこと。


奥様に先立たれ、ご自身の親の介護もするうちに、たとえば介護施設などで自分が入ったときのイメージとして、「女性の多い集団のなかに加わって、何らかのもの作り(などの各種アクティビティ)をする状況などに自分がスムーズに入っていけるようにしないといけない」と思うようになり、こうしたいろいろなワークショップを今のうちに体験しようと思ってドアーズに何度も来られているとのこと。

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「・・・!!」


うぉぉーー!! って、思った。


そういう問題意識でもって、「ものを創ること」に慣れようとすることそのものに、非常に感じ入るものがあったのである。いやホント、自分はこのお父さんに出会うために今回のこのワークショップを実施させてもらう運命だったんだ、というのが今になって思う結論であった。

しかも、こういう場所に一人で申し込んで、娘や孫のような世代と、机を並べてファッション雑誌とかを切り取って封筒を作るというのは、すごく勇気と根性が要るはずである。自分が同じような歳になったときに、果たして同じような意欲をもってこういう場所に来ることができるのか? そこで突きつけられる問いは、これからずっと抱えていくものかもしれない。

そして何より嬉しかったのは、このお父さんも含め、ドアーズのスタッフさんにもこの封筒づくりの愉しさを共有してもらえて、「想像していた以上に面白い」という感想をいただけたことだった。そう、頭で分かったつもりでも、本当に自分の手を動かしてみてはじめて分かる「うわ、これ面白い!」のポイントが、この作業にはあるんです。

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みんなの作品を並べて鑑賞。
こうしてオフィシャルな場でこのワークショップをするのは3回目なのだけど、毎回誰が作っても、見事にオシャレな封筒ができあがるのが、あらためて自分でも驚いてしまうところ。

透明プラ板のテンプレートの大きさや向きによる「制約」のおかげで、雑誌の好きな部分を切り取るときに、どうしても普段の自分では切り取らないであろう角度や方向でカタチをとっていくので、「いつもの自分では思いつかない、大胆でダイナミックな構図で画面を切り取ること」が可能になっていくわけで・・・って、これも文章で書いても本当に伝わらなくって、実際にプラ板のテンプレートを片手に雑誌のページを切り取ってもらってはじめて実感してもらえることかもしれない。

お父さんもこのワザを身につけたことだし、雑誌を見つくろって、封筒作って、お手紙を書いたりして、誰かに渡してほしいなぁ、とひたすらそのことを祈りたくなる気持ちになった。

そうなのだ、自分がもの作りを教えるというより、やはりこれは自分自身にたいする学びと修行の時間でもあり、そのことを含めてワークショップというものがあるのだと、つくづく思った。
関係者のみなさまには、ひたすら感謝。

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