Posts categorized "文化・芸術"

2018.08.04

かねてから気になっていた大阪・難波の「DIY FACTORY」に行ってみた

おなじみイリノイ州アーバナシャンペンのコミュニティラジオ「Harukana Show」で、先日行ってきたDIY FACTORYの話をさせていただく(こちら)。
(あとその前の回は、ワールドカップの話をさせていただいたり)
というわけであらためてブログでそのことを書いてみる。
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 「DIY FACTORY」ではさまざまなDIYツールや素材を売っているだけでなく、作業場所の提供や、用具の貸し出し、そしてDIYのノウハウを教えてくれるスクールが開講されている。
 そこで今回、体験レッスン(1000円)で、「電動工具の使い方」の講座を受けてみた。

 普段から電動工具を必要とするほどの物作りを頻繁にやっているわけではないので、このようなツールを私はまだ持ったことがない。ごくたまに「あったら便利だろうな」と感じるシーンもあるが、周囲に持っている人がいて貸してもらえそうな道具でないかぎり、まずそれを取り扱う経験を得ることは難しい。そしてホームセンターに行けばこうした電動工具は買えるわけだが、安全上の観点もあって、それらの工具を店内で気軽に試して使わせてもらえるような販売方法は一般的ではないだろう。電動ドリルならまだイメージがわくが、実際に木材に向かってサンダーでヤスリがけをするのがどういう感覚なのかを分からずして、店頭で見ただけで「これ買います」とはなりにくい。

 そういうニーズに応えるかたちでDIY FACTORYはレッスンを通して、誰しもが気軽に工具の使い方の入り口に立つことができるわけである。まさに私のように「いつかDIY工具を手に入れようとは思っているけど、その前にちょっと試しに触ってみたい」と思っているような人にはうってつけのショップである。

 参加者にはエプロンが貸与され(念のため、汚れてもいい格好で来ること)、この日約1時間のレッスンで体験できた工具は、ジグソー、サンダー、電動ドリルとインパクトドライバーである。それぞれの道具についてわかりやすく説明が書かれたレジュメをもとに、先生が詳しく説明をしてくれる。用意された木材をジグソーで切っていくときなどは、普段木材をたくさん切る用事が特になくても「これ欲しい!」となったり、サンダーで杉の木をヤスリがけし、表面のツルツル感を確かめてはウットリしたり、電動ドリルとインパクトドライバーについては形もよく似ているから「どっちがどう違うのか」と前から疑問に思っていたわけだが、その違いを実体験を伴って理解することができた。こんなに楽に木材を切ったりネジを回せるのか!と、電動工具をすぐ買ってしまいそうになるほど楽しめた。

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 やはりこうした電動工具の便利さを知ってしまうと、おのずと「何か作ってみようかな」という意識に傾くわけで、そうして初めてDIYの物作りプロジェクトがその人なりに進んでいく部分もあるはずだ。たいていは「作りたい欲や、差し迫った必要性」が先にあるのだろうけど、「作れる/作りやすい技術を手に入れる」ことが先にあってもいいわけで、あらためて中学校のときの「技術家庭科」の授業をオトナになっても受けられるような、こういう機会がもっとあってもいいなぁと実感した。

 このお店では他にもさまざまなレッスンがあって、「溶接技術の基本」というレッスンもあり、近いうちに溶接をしなければならない予定が個人的にまったくなくても、なんだか受講してみたいと思える。

 あとこのお店で売られている塗料で、「こんなのあるんだー!」と初めて知ってテンションが高まったものがチラホラと。
 たとえば(株)タカラ塗料の「コンクリートエフェクト」(こちら)。これは塗っただけでコンクリートっぽく見えるペンキで、これだと例えば賃貸の壁の上にシートを張って上からペンキが塗れるというやり方と組み合わせたら面白いかもしれない。

 大阪は難波、関東では東京の二子玉川にこのDIY FACTORYはあるので、ぜひお気軽にレッスンを受講してみてはいかがかと。本格的にレッスンする場合は、英会話教室みたいにポイントを購入して受講するシステムとなっている。
 

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2018.07.17

バスケ、バレー、サッカーのボール生地を使ったアパレルブランド「FUKUNARY」が超絶ステキな件

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スポーツ用品とアパレルのコラボレーションということで、最近知ってテンションが高まった事例。
広島にある八橋装院という会社では、特にバレーボールやバスケットボールで有名なMikasaの、あのボールに使う素材をそのまま転用して様々なグッズをデザインして「FUKUNARY」というブランドのもとでリリースしている(リンクはこちら)

ちょっと前の話になるのだが、たまたま梅田の百貨店ルクアにいたら、このFUKUNARYが期間限定で出店していた現場に遭遇し、

「ん・・? こ、これはーっ!?」となった。

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バレーボール、バスケットボール、そしてサッカー。これらのボールにはそれぞれの特性があるわけだが、その風合いや質感を生かして、オシャレかつ耐久性の高い製品たちがセンスよく作られていて、これはもう、やったもん勝ちである。私はその売場のスタッフさんたちに「すげー!!」と連呼してしまい、いろいろお話を聞かせてもらい、しまいには店員さんが実際に使っているお財布の使用状態までもを調子に乗って写真に撮らせてもらったぐらいだ。(結局そのときは何も買わなかったのですいません 笑)
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↑これ、表面はバスケットボールのあの質感でありつつ、中身の仕分け部分もすごく良く出来ていて、あえて写真は載せませんが(笑)、すごく使いやすそうだった。

そして当然、「使用済みボールから、記念品のようにグッズを作ることもできる」とのことで、それだったら普通にプロ選手の使用済みボールからグッズ展開してもいいわけで、マニアとはこういうのを買う人種なのだから、やったもん勝ちなのであると進言させてもらった。

「サッカーボールのキーケースとかネイマールとかに贈って使ってもらって、ネットにあげてくれたら一発でしょう~」とか勝手なことばかり言う私。

聞けば広島の工場も見学できるかもしれないので、これで広島へ旅したくなる理由がまたひとつ増えた(大雨の状況はどうだったのか気になるけれども)。

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2018.05.28

楽しげな本が新たに発刊されましたよ:『退屈をぶっとばせ!:自分の世界を広げるために本気で遊ぶ』(オライリージャパン)

読んでない本について書くのはこのブログでは控えてるのだが、2日前に出た本で「わー!」となったので、その気持ちに従って衝動的に紹介。『Make:』の関連書籍はどれも刺激的で見逃せない。
アマゾンの紹介ページではこんな風に書いてある:
本書は、自分自身にとって意味のある人生を作りたいと考えている10代の少年少女のための書籍です。
その内容は「すぐに大人にほめさせない」「学校に行かないで学ぶ」「ADHDの子どもへのメッセージ」など、成長の過程で必要なことが書かれたエッセイから、「文章を書くためのエクササイズ」「批評する方法を身につける」「スニーカーをデコる」「クッキーの焼き方を通して科学実験を学ぶ」「政治家に自分の考えを伝える」「ガレージセールでお金をかせぐ」「自分で自転車を修理する」「ゲームデザインを学ぶ」など、自己表現、社会活動、DIYに関連したハウトゥまで幅広く、これらを知り、体験することで、企業が提供する出来合いの娯楽ではない、本当に夢中になれることを自分で見つけることができるでしょう。
・・・ということなのだが、もはやこれは10代の子供向けではなく、文章を書いたり批評したりスニーカーをデコったり、クッキー焼いたり政治を考えたりガレージセールしたり自転車修理したりゲームづくりに挑んでみたりとか、「これはぜんぶオトナも本気出してやるべきだろう」っていう気持ちになるわけだ(そう思わせるウラの意図なり、真の狙いみたいなものも、『Make:』だったりオライリーの本全般は匂わせてくるので、さすがというか)。

そしてこの説明文でグッとくるのが「自己表現」と「社会活動」の同列のなかにDIY精神が当たり前のように語られて、それが共有されている状況がうかがえることだ。それこそがずっと私にとってこだわりのある部分であって、「ものづくり=DIY」の部分だけでなく、「それを行う主体としての自分そのもの」が「手作り、創意工夫」のなかで「自己表現」となっていく感じ、そこをちゃんと押さえていきたいのである。

で、これを言うと立場的にどうなんだとなりそうだが、そういう精神性ってやつは、教育だけでは(もっというと政策だけでは)育成されないし、常に「計画性」とか「プロセス、効用、効果測定、カリキュラム」みたいなものを、すっ飛ばして、すりぬけて、意味の分からない方向へ飛び散っていくのである。アウト・オブ・オーダーな世界。ざまぁみろ、っていう。

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2018.04.02

よくわからない『ブロックチェーン』について、それなりに気をつけてチェックしておきたいと思う

 最近はニュースでビットコインの不穏な話が続いているが、今年の正月にWIREDの記事でオンライン百科事典『Everipedia』がブロックチェーン導入で目指すものというのを読んで、本家Wikipediaから派生しようとするあたらしいオンライン百科事典が、「ブロックチェーンの仕組みを取り入れる」といったことが書いてあり、「うわーっ!?」となった。

 なぜかというと、それまでこの手の話にあまり詳しくない私はつい「ブロックチェーン=ビットコインのこと」だと簡単に思って過ごしていたからである。しかしどうやらそれは間違った認識かもしれないということにそこではじめて気づき、すぐ書店に出向いてこのビットコインやブロックチェーンに関する関連書籍を漁り、この本を選んでひとまず基本的なことを知っておこうと思ったのである。

 なぜそこまで焦ったのかというと、「ビットコインと無縁でいたい」と思うぶんには問題はないし自分もそうなのだが、その仕組みを支える「ブロックチェーン」という技術には無縁でいられなくなるという予感をこのWIREDの記事によって強く感じてしまったのである。ウィキペディアなんてものは少なからず自分の生活にもそれなりに日常的に関わっているわけで、それが「ブロックチェーンでやります」なんて言われた日にゃ、私の生活のある部分は、ある意味でブロックチェーンが土台になるのである。


 で、結果としてこの本は多少専門的な部分はあるが、まさに私のように何も分かっていない層にうまく「ことのはじまりから現況まで」を説明してくれる感じで読み通せた。私なりに今の段階で分かることだけ書いていくと、ビットコインを支える仕組みとしての「ブロックチェーン」を強引に言い換えると、「すべての人が参照できて、多方面からの膨大なデータの上書きの際にズレることなく管理される大きな台帳みたいなもの」である。

 そしてここが重要なのだが、このブロックチェーンは、もはやビットコインなどの仮想通貨のやりとりだけでなく、今後はさまざまな分野、つまり医療情報とか社会生活全般におけるありとあらゆる情報処理を取り扱ううえでの土台になる可能性が高い(というか、ほぼ不可避だろう)ということだ。仮想通貨のやりとりなんていうものは、ブロックチェーンのポテンシャルにおいては「単なる氷山の一角」のことらしい・・・(通貨なのでどうしても人の欲望がからむから、ちょっと動きが激しくなるわけで、でも思えばこれまでもハイテク技術を進化させてきたのはいつだって途方もない欲望がドライブしていくときである)。


 そして読みながら私の頭に浮かんできたアイデアは、ブロックチェーンを使うことで、世界中の言語データが収集・蓄積され、さらにAIでの自動学習を加えていくことで、世界中のどこに行っても高精度の同時通訳での交流が低コストで可能になるのではないか、ということだ。具体的な技術的手段はもちろん説明できないが、「おそらくそういうことも可能にさせる仕組みなのだろう」ということは想定できるわけだ。まぁ、私のレベルでそういうことがすぐ思いつくということは、すでに世界のどこかで誰かがすでにその方面で研究を行っているんだろうとは思う。でもこれなどは、ブロックチェーンを使うことによる比較的ポジティブで平和的な利用方法のひとつではないだろうか。ただし(奇しくも英語教育をネタにした前回のフリーペーパー「HOWE」でも示唆したように)、そのせいで外国語教育産業そのものが成り立たなくなると、別の混乱が引き起こされるかもしれない・・・まあ、それだけのインパクトや影響力が、このブロックチェーンなる新技術は秘めていて、そこの可能性や危険性というものをもっとちゃんと見極めていかねばならないようだ。

 ちなみに、ここ数年は仕事の関係でグーグル翻訳を使うことがちょくちょくあるのだが、最近のバージョンアップで、突如として劇的に翻訳能力が賢くなっていて、ちょっと薄気味悪いぐらいである。ただそうした気味悪さをはるかに凌駕していくような存在がきっとブロックチェーンの暗闇から立ち上ってくるんじゃないだろうか、とも思っている。あくまでもすべては予測の領域ではあるが。

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2018.02.23

日本焚火学会があるのな&土井善晴が最近気になる

ずっと前から、焚き火がしたいと思っていてなかなか手が出せていないのだが(そもそもアウトドア趣味にほど遠い生活をしている)、「日本焚き火学会」があることを知った。アカデミックな学会というよりかは、イベントを通して焚火ファンが親睦をふかめるためにあるような雰囲気だが、いずれにせよ最近何かと個人的に広島が熱い。
日本焚火学会のサイトは(こちら)。

最近はとてもスキーとかやってみたい気持ちが高まっており(高校の修学旅行でしか行ったことがない)、それは単にオリンピックを観ているからなのか、だんだん中年になってきて体が動かなくなってきていることの危機感からなのかは分からない。

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最近気になるのは料理研究家の土井善晴さんだ。『一汁一菜でよいという提案』という本をさいきん読んだのである。

本の内容はシンプルだ。このタイトル通りのことを言っている。でもその奥にあるまなざしがとても本質をついていて、「たしかに!なるほど!!」となる。しっかり食事を作ること、食べること、感謝すること・・・というシンプルな営みについてあらためて見なおすことができた。

とはいえ・・・なかなか自炊できていないので、まずはそこからですな・・・

地上波テレビをほんとうに観ていないので、土井善晴による「塩むすび」がえらく話題になっていたことを今さらになって知る。(こちら)とか(こちら)を参照。

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2018.01.10

自由を求めての脱出とか料理とかブログを書くこととかの映画について

正月休み用に借りてみた映画2本。どちらも実話をもとにした作品。

まずは『パピヨン』(1973年)。

結論としては、「正月に観るべき映画ではなかった」(笑)。

無実の罪でフランス領ギニアの刑務所に収容され、そこからの決死の脱出を試みたパピヨンと、その仲間たちの物語。
スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマンという二大スターの競演。

「脱獄もの」といえばマックイーンの『大脱走』が有名だが、その双璧をなすとされる名画だとのことで、まったく知らなかったので観てみたが、いやぁ過酷すぎて観ていてほんとに辛くなった。孤島を囲む海は美しいが、同時に自由を許さない残酷さが静かに広がっていて、すべてが重く、切ない。そして運命を共にする主演の二人の対照的な結末。

DVD特典映像のメイキングでは、本物のパピヨンさんが映画の制作スタッフにアドバイスをしたり、当時の監獄を再現したセットにたたずみ、過去を思って感慨深い表情を見せる様子などが残されているが、よくもまぁこの状況下で脱獄を図ったなぁ、ていうか「よく生きていましたねぇ」と思えて仕方ない。(映画ゆえにか、ギリギリのピンチをなぜかうまく切り抜けたりするシーンなど、ホントにそうだったの? って言いたくもなるが)

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2つ目は『ジュリー&ジュリア』(2009年)。

最近読んだ本で紹介されていたので気軽に観たのだが、映画の背景に考えさせるテーマが別に浮かび上がった。

ジュリア・チャイルドは、戦後1949年にアメリカの外交官の妻としてパリに住んだことをきっかけに、名門料理学校ル・コルドン・ブルーでフランス料理の修業を積み、やがて家庭向け料理本の著者として、またテレビの料理番組の先生としても有名になっていく。そんな勇猛果敢で陽気なジュリア役をメリル・ストリープがうまく演じながら彼女の物語を進行させつつ、物語の本筋はそこから約50年後、そのジュリアの書いた料理本のレシピ524品を1年間ですべて料理してブログで発表しようとする、ジュリーという公務員の女性の奮闘ぶりが同時並行的に描かれていくユニークな構成となっている(ちょうどジュリーは9.11テロの後処理に携わる仕事をしていたようで、ブログという表現形式はたしかにこの頃からポピュラーになっていったというメディア史的なありかたも示されている)。

料理と出会い、料理と向き合いながら人生の困難を乗り越えようとする姿勢だったり、ジュリアの最初の料理本を出版することへの様々な試練や、もともと作家志望だったジュリーのブログが徐々に評判を呼んで、そこから出版への道が開かれていくあたりなど、この2人が図らずも似たような状況に置かれていった感じがうまく描かれている。また、ジュリーとジュリアそれぞれの夫の理解力や温かさも通じるものがあって、観ていてほっこりする。そしてリベラルなジュリアの夫が「赤狩り」の影響であらぬ疑いをかけられたり、ジュリーのブログの存在が上司にも知られ「自分が共和党員だったら君はクビだ」と言われたエピソードなど、その時代における政治的なネタも印象的なスパイスになっている。

あまり多くを書くとネタバレになるので控えるが、この「良くも悪くもブログが自分の知らないところで広まること」について、この映画が投げかけるトピックはわりと身につまされることがあり、この映画が「料理を通してバーチャルにつながる、世代を超えた人生ドラマ」だけでなく、見方をかえると「ブログというパーソナルかつソーシャルなメディアの及ぼす影響力についての、21世紀初頭のアメリカでの一事例」としても捉えることのできる作品になっていて、図らずも自分自身の活動についても考えさせられるものとなった。

あとブロガーとしては、そもそもであるが、「忙しくても毎日違う料理をレシピ通り作り、そのことを書いていくこと」を自分に課したジュリーにひたすら敬服したい気分にもなったり(笑)。

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2017.12.18

最近のあれこれをダダっと書く

 うっかりしているとこっちのブログを書かないまま2017年が終わってしまいそうになる。こんなはずじゃなかった、っていうのが2017年の自分を表わしているのかもしれないのだが、よくよく考えるとこれまでの人生全般において「こんなはずじゃなかった」って思いながら進んでいる気がするし(みんなもそうだと思うのだが、違うだろうか)、いずれにせよ「書くこと」によって、そのときどきの自分を確かめていかないといけない気もしている。なのにブログの更新頻度はお寒い状況であった。

 今日の時点で、思いつく限りのことをメモ書きのようにダダッと書いてみる。勢い重視。

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「こんなはずじゃない」っていう2017年においても、「これはもう文句なしに素晴らしい!」と思えることはあるわけで、(この本)が発表されて(このようなことがあった)、というのは私にとっても2017年最高の出来事のひとつ。おめでとうございます!!

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そして「harukanashow」のポッドキャスト、11月は2回連続でKanaさんという若いアーティストさんと音楽遍歴について話をさせていただく。(こちら)と(こちら)。なかなか思い返すと恥ずかしくなる過去の個人史について語っている。でも「インスタント・レタリング」って今だと気軽に似たような状態のものを個人で作成できてしまう時代なんだよなぁ、と。

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 ついに、来てしまった! と思ったこと。

 先日、デイリーポータルZで「現存世界最古のモノレール」としてヴッパータールのことが紹介された。
 (こちら)がその記事だ。ライターさんがヴッパータールにいって、その独特なモノレールについて興奮して取材している様子が伝わってくる。

 2014年にドイツ旅行をした際、このヴッパータールは私にとって旅のハイライトのひとつだった。映画『都会のアリス』の舞台のひとつであり、ずっとあこがれていた場所だった。そしてドイツではこのなんともいえないぶら下がりのモノレールがとても有名な観光名所であるにも関わらず、日本ではほとんど知られていないというのも、旅情をくすぐるわけである。

そして私に近しい人なら皆知っているように、こういう「ネタ」は私が次なるZINEなりフリーペーパーを書くためには絶好の素材であるにも関わらず、それを本当に現実にモノにするためには途方もないダラダラとした時間が必要であり、言うだけ言って企画倒れ、っていうのがいつものパターンとなっており、これもその一つである。今これを書いているパソコンの近くの棚には無印良品で買った大きめのファイルケースがあり、そこにはマスキングテープが貼られ、マジックペンでひとこと「ヴッパータールZINE」と書いてある。そして私の記憶を辿ると、最後にこのケースに手を触れたのはおそらく前の冬だったかもしれない。そういうことなのだ。

 この味わい深いモノレールが走るヴッパータールがどれだけ素敵な場所かということと、そしてまたこの街を教えてくれたきっかけとしての『都会のアリス』という映画について、そのふたつの事柄がこの街を流れゆく川のようにぐねぐねと入り交じったようなZINEを作ってみたいとずっと思っていて、結局何も動いていないのである。

 そうこうしているうちに、こうしてデイリーポータルZが「ついに」記事として取り上げたのである。この状況は、かつて『DIY TRIP』を作ったとたんに大手メディアがなぜかポートランドを特集しはじめて、結局私の書いたものの情報的な側面が急速に古くなっていって焦った出来事を思い起こさせる。グズグズしていたら、すぐに大きな注目が集まってしまう昨今である。

 ちなみにヴッパータールに関するもうひとつ最近のホットな関連事象を。
 職場で働いていた後輩が、30歳になる前にもういちどワーキングホリデービザ取得を目指し、無事にドイツのビザを取って仕事を辞めて旅立って行った。その出発直前、はなむけの言葉もそこそこに(とはいえ大半は『うらやましい~』というセリフばかり連呼していたのだが)「ぜひヴッパータールに行ってみて」ということを私は強くオススメしていたのである。するとつい先日メールがきて、ドイツ入国まもなくタイミングよく雪景色のヴッパータールに行ってきて感動した旨のメールが写真つきで送られてきた。そう、こういうスパッとした行動力こそが大事なのだと、私はこれを書きながら痛感している。

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 「書いていないネタ」は、この秋にもうひとつ出現している。手ぬぐい屋「にじゆら」で買い物をしたときに、たまたま「工場見学ツアー」の応募があることを知りエントリーをしたら見事に当たり、大阪の工場でにじゆらの社長自らによる「司会・進行・解説」を務めるツアーに参加する機会を得たのである。
社長の情熱はただひとつ、この「にじゆら」で伝統的に行っている染めの技法「注染(ちゅうせん)」がどういうものなのかを消費者に広く伝えたいというもので、私はこの日すっかり感動してしまった(社長さんの喋りも熱くて面白かった)。当然これも格好の「ネタ」としてブログに書いていきたいし、写真もあるのだが、自分の理解不足の部分もあって、ちゃんと調べ直さないといけない気もしていて、結局ずるずると時間が過ぎている。いつかいい文章でこの工場で出会ったことを伝えたい。

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 この秋はいろいろな場所へ出かけていたのだが、そのひとつが伊勢白子の「大黒屋光太夫記念館」だった。今年の春からとつぜんマイブームと化した例のロシア漂流民『おろしや国酔夢譚』の話は、自分のなかでこの記念館来訪でひとつのピークを迎えたといってもよかった。しかし、しかし、当然ながら記念館にしろそのほかの史跡にしろ、こういうのは得てして「昔からそこにあるもの」なのであり、私のマイブーム感による高揚した気分で訪れても、現実的にはクールにならざるを得ない部分があるわけだ(この感じ、伝わるだろうか)。
 なのでおおむね「大人しい旅」に終わり、そうなるとあまり「書きたい」という気分にもならず、いまは自分のなかで粛々とその史実のことをときおり想起しては、いよいよ寒くなる日々に当時の彼らの気持ちを重ねて想像する程度に留まっている。でもきっとこうして、私は年を重ねながら少しずつ歴史とか郷土史とかに関心をよせていくようになるのかもしれない。

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本についてもいろいろ書きたいのだが、気持ちが追いつかない。
や、最近ほんとにあらためて「本、おもしろい」って素直に思うことが多い。

そんななか、
「ついに来た!」というか、「ついに出た!!」
という本。

雑誌『アイデア』の対談がついにまとまった、とんでもなく重厚な本。
これを乗り越える仕事は、今後の数十年は出てこないんじゃないかと思う。
そしてこの本には「自分自身の一部」が刻まれている以上、ちゃんと直視して読み通すべきなのだけど、どうもやはり、自分のなかで『いま何も作れていない』という焦燥感にかられるのも否めないので、実は順調にページが進んでいない。

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もう一冊、これは実用書ではあるのだが、

「こんな本よむヒマあったらブログ記事をひとつでも多く書けばいいのに」っていうツッコミは甘んじて引き受けるが、これは「アウトライン・プロセッサ―」についての私の思い込みや誤解を氷解させてくれたという意味で、「2017年度・目からウロコ賞」 を差し上げたい良書であったのだ。学術論文とか書く人にとっても改めて良いツールになりえる本なので、公私ともに強くプッシュしていきたい本。
アウトライン・プロセッサはどうしても「目次を作って、それを元に書いていく」という作業のための道具「でしかない」と思われがちだけど、そうじゃなくて、好きなように要素を書きまくって「並び替えること(=並び替えが容易であること)」の意味を積極的に思考の方法(もっと広くいえば、普段の生活の記録全般)へと活用していこうというところまで視野に入れていて、「そうだったのかー! もっと早く注目すべきだったー!」となっているところ・・・つまり自分にとっての最新のマイブームがこれ。

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急に太った理由として「アボカドをよく食べるようになったから」という原因を疑った経験のある方がいましたら、ぜひ語り合いましょう。

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そうしてとつぜん話を戻すと、「ヴッパータールについてのZINE」を作るためには「もういちど現地で取材をしないといけない」というのを自分のなかの言い訳にして、またドイツ旅行にいく、というオチは充分にありえる。

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2017.11.23

ECHOESなロンドン旅2017夏・その7:写真をみながら、いろいろと。

もう季節はすっかり秋を経ていよいよ寒くなろうかという日々だが、いまだにブログで夏の旅を思い出したがることを許して欲しい。たった5日あまりの滞在だけれども、4年分の想いをぶつけにいったような旅だったので、とにかく楽しくて毎日写真を撮りまくって歩きまくったのである。

というわけで「番外編」的に、写真を脈絡無く貼りまくっていく。

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着いて初日の朝に地下鉄の駅で出会ったポスター。「ロンドンはすべての人を歓迎します」という見事なデザインとメッセージ性。ちょっとグッときた。入国審査が厳しいくせによく言うよとは思うが(笑)、このようなセンスをオリンピックを控えた我が国のパブリックな空間にはまったく感じないのはなんなんだろう。

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英語を話せなくても注文しやすい、という観点からもそうなのだが、私はなんとなく、KFCはイギリスで食べるとミョーに美味しい気がしている。このフィッシュ&チップス的な「箱にポテトとチキンを混ぜてぶちこんで提供する」というザックリした感じがそう思わせるのか、あるいは単に食べ慣れた味が異国の地だとよりいっそう刺激的な味わいに思わせる錯覚におちいっているだけなのか。あと写真右側に見えるが、小さい袋で塩とコショウがついてきて、これもなんだかいい感じに思えてくる。普段ファストフードなんてまったく評価しないはずが、好きな国にくると、とたんにこうなる。
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ちなみにトレイの紙のデザインも、念のため。

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そしてこのときのKFCの店内から撮影したスナップだが、この写真について言いたいことが3つもある。

(1)写真が見切れて申し訳ないが、左端にある、のっぺりした赤いソファが60年代っぽくてオシャレだった。
(2)でもそのソファに座りたくても座りにくかったのは、そこの窓のすぐ外に座っている白人男性が物乞いのような状態だったからである。しかし、私が店内にいる間だけでも、通行人のかなりの割合の人が彼に話しかけたり、お金?をあげていたりしていたのが印象的だった。
(3)写真をクリックしてもらうと分かりやすいのだが、いままさに人が出て行く右端のドアノブのところは「PULL」と貼られている。しかし写真の様子から分かるように、このドアは実際はプッシュしないと開かない。そして反対側の表示は哀しいかな「PUSH」と貼られていた。私も含め、この日のこの店にやって来た客のすべてが最初は「開かずのドアでガンガンしながら戸惑う」という儀式を経て入店していた。しかし私が店内にいる間、誰もそのことについて特に文句をいう様子でもなく「まぁ、こんなもんだよな」的な雰囲気でレジまで行くし、その結果、店員も気づかないのか、あるいは面倒くさいからなのか、そのまま放置されていて、相変わらず新規の客はドアをガンガンしてから入ってくるという切ない状態が続いていた。うまく言えないが、「あぁ、イギリスに来たなぁ」と思うひとときだった。

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↑ノッティングヒルで出会った、素敵な外壁のカラーリング展開!

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↑たまたま移動中に出会った運河のボート停泊エリア。地下鉄Angel駅のちかく。いつか運河を船でゆっくり移動する旅をしたいと思っているので、バッタリこういうシーンに出会うとテンションあがる。

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↑こちらはブリックレーン・マーケットの古着屋の看板。なんか妙に心ひかれる雰囲気があった。中はわりとフツーだったが、海外にいくと古着屋は一通りチェックしたくなる。

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↑これもブリックレーン。チョコレート専門店の、すべてが素晴らしいディスプレイ。

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↑「シリアル・キラー・カフェ」。いいネーミング。これもブリックレーン・マーケット。

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↑ブリック・レーンのとあるジャンクなマーケットエリアではいろんなガラクタ系がひしめいていた。写真では分かりにくいが、車の前で座る店主のおじさん2名と、その背後にかかげられているパンダの着ぐるみの売り物?の組み合わせが醸し出す、なんともいえない情景が忘れがたかった。あまりにおじさんの雰囲気が鬱々としていたので近づけなかった。

ロンドンのマーケットといえば他にもいろいろあるが今回あらためて「やはりここが一番好きだ」と思えたのがステイブル・マーケットだ。

普通はカムデン・ロック・マーケットを歩き通したあとのそのさらに奥に行けばたどり着くマーケットなのだが、個人的にはあえて地下鉄のチョーク・ファーム駅まで行って降りて、南下してラウンドハウスの建物(ここもロック聖地として、例のテクニカラー・ドリームの関連においても重要なライヴハウスである)を横目に眺めて、そのままステイブル・マーケットに入っていくルートを推奨したい。カムデン・ロックのあたりだと、観光客相手を意識しているのか、似たようなモノを売る似たような店がやたら多いので、疲れるし飽きてくる。ステイブル・マーケットのエリアに来て初めて、このディープな味わいのマーケットにたどり着くわけで、だったら最初からこっちに来た方が時間の節約にもなるぞ、と。

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うまく言えないが、「軽く狂っている感じ」と「インディーズ手作りDIY」の感じが観光客向け路線のなかで、ほどよく楽しめる雰囲気。

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↑しばらく来ない間に、『TIMEOUT』誌はフリーペーパーとなってしまった。ずっと探していたのだが、これをようやく手にできたのが旅行の最終日だった。そして特集タイトルが「ハロー・ロンドン」っていう。もう帰るのに!(笑)。昔は空港について真っ先にこれを買って、細かい字でびっしり書かれたその週のイベント情報をじっくりチェックするのが楽しみだったのだが、そういう情報も現在のこの誌面では載っていなくて、すべてウェブで調べなさいという時代。2005年に現地で「London Zine Symposium」のイベントを知ったのもこの『TIMEOUT』誌のおかげだったのだ。

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↑セインズベリーズのパッケージデザインがユニオンジャック好きにはたまらないのでムダに買ってしまいたくなる。

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↑こちらは近所のテスコで買った単なるクッキングペーパー。どうしてこうも見事なデザインを・・・

旅先で雑貨屋・文具屋をチェックするのも毎度のことであるが、今回の旅で一番よかったのは、「Present & Correct」というお店。

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写真を撮っていいか尋ねたら、二つ返事でオッケーをしてくれた店員さんがおそらくオーナーの方で、この人が男性だからか、自分にもすごく共感できるチョイスの雑貨が多かった印象。ロシアっぽいメモパッドとか買い込む。

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↑そしてこのお店の紙袋も凝ったデザインでステキ。

お店のサイトは(こちら)。地下鉄ではAngel駅のエリア。

 

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↑これはテート・ブリテンで絵を観ながら、どうしても甘いものが食べたくなったので初めて地下のカフェをトライしてみたときのプレート。この無骨な感じの紅茶ポットがひたすらカッコよかった。そしてチョコケーキも美味しかったのである。

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↑これは朝のBBCニュースで取り上げられていたネタで、当時人気が出てきたロックンロールなどが公共放送では紹介されないので、法律にひっかからない海の上からラジオで放送した「海賊ラジオ局」が起こって50周年とのこと(ピンク・フロイドが50周年なのだから、確かに同時代的にこのあたりのネタはすべて50年を迎えるのだった)。これもDIY精神の歴史を語る上で外せない歴史のひとつであり、映画『パイレーツ・ロック』はまさにこのテーマを扱った快作。

パイレーツ・ロック [DVD]
by カエレバ

個人的に感じ入ったのは、そもそも当時のBBCがロック音楽の放送を忌避していたことへのカウンターカルチャーとして海賊ラジオが始まったわけだが、50年も経つとBBCが「今度この海賊ラジオの船と一緒にイベントします~」とか言っていることを、こうして目の当たりにしたことだった。

・・・というわけで4年ぶりのロンドン、本当に今回は最高に良い旅だったので、いろいろと書いてみた。ピンク・フロイドの50周年記念ということがすべての始まりであったので、この一連のブログ記事の締めくくりに彼らの曲の動画を貼り付けて終わろうかと思う。

で、最近YouTubeで知ったピアノ奏者、Bruno Hrabovskyという人がピンク・フロイドのいろんな曲をカバーしているのだが、その中でも最高に素晴らしいのが、代表曲『エコーズ』で、ぜひそれを紹介したい。むしろこれは、原曲よりもよりいっそう原曲の良さを引き出しているとすら思える。原曲の冗長な部分を省いて聴きやすくしていて、『エコーズ』がいったいどういう曲だったのかを改めて解釈し、迫力あるピアノの響きで表現している。

というわけで夏のロンドンでの想い出は、『Echoes』の曲とともに。

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2017.10.09

ECHOESなロンドン旅2017夏・その6:底なしロンドンめぐり

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今回のロンドン旅で訪れたその他の場所について・・・こうして振り返ると5日間ちょっとの滞在でスタンプラリーのごとくいろんな場所に行っている。次はもうちょっと落ち着いて滞在したい。

 ☆スカイガーデン

 数年前にニュースで「ロンドンで建設中の高層ビルからの太陽光線の反射によって、路上に停めていた乗用車がダメージをうけてゆがんだ」というウソみたいな出来事があって、ご存じの方も多いだろう。で、そのビルというのが最近できあがって、いま無料で頂上階に行ける(ただし予約が必要で、今のところすぐに申し込み完了になる。数日間のスパンの予約を10日前ぐらいに一気に受け付け開始にするので、マメに公式サイトをチェックしないといけない)。

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 「チーズ削り機」の異名をとるこの変わった形状のビル、たしかにこの妙な形状だと、とんでもない方向に太陽光線を反射させてもムリはないと思わせる。ひたすら上を見上げていくと、建物をみるだけなのに酔いそうな感じ。

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 厳重な手荷物検査の後、エレベーターで最上階のスカイガーデンへ。そこはオープンテラス的なレストランもあり、何も飲み食いしなくてもテラスへ出て、昔の人が見ることができなかった角度からロンドン市内の景色を楽しめる。まぁ、外の景色もうまく見えるところと見えにくいところがあって、安全上の観点を思えば「まぁ、こんなもんだろうな」と思わせる構造ではあるが、何より(少なくとも今は)無料でここまで来ることができるので、話のネタとして訪れておいてもいいかと。

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↑今度きたときは向かいにある「ザ・シャード」も行ってみようと思う。

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 ☆アレクサンドラ・パレス

 そうとは知らず、たまたま私が宿泊先として選んだリントン・アパートメンツの近くに実はこのアレクサンドラ・パレスがあった。

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 小高い丘のうえにあり、南にロンドン中心地を見下ろすとても景色の良い場所で、その立地条件もあってここには軍事施設だったりBBCの放送曲の電波塔があったりしている。そしてそういう歴史博物館としての性質もありつつ、普通にイベント会場としても現役のよう。いまは基本的には工事中のようではあるが、周辺にはこの建物の歴史を語る展示物がセットされていたりする。

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この場所は今回の旅のテーマにおいてぜひ訪れたいと思っていたところだった。この施設はいろいろな歴史がしみこんでいるわけだが、今回の旅にひきつけて言えば、60年代後半のロンドン・アンダーグラウンドシーンにおける記念碑的イベント「14アワー・テクニカラー・ドリーム」がこの場所で行われていたのである。ピンク・フロイドもここで(アムステルダムのライヴを終えた足で駆けつけて)演奏をしていた。

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 ☆ロイヤル・アルバート・ホール(BBCプロムス)

 イギリス好きを吹聴しつつも、恥ずかしながら今まで「BBCプロムス」という夏の恒例イベントの存在を知らなかった。120年以上前から続く、長期間にわたる夏のクラシック音楽の祭典で、連日連夜コンサートが企画されており、「お金のない人でもクラシック音楽に親しんでもらう」という当初の趣旨を今でも大事にしており、格安で、ドレスコードもとくになく、一般庶民が気軽に楽しめるという音楽コンサートの夏フェスなのである。

 せっかく夏の時期にロンドンにいるのであれば、やはりこれは観ておきたいと思ったし、何よりメイン会場がロイヤル・アルバート・ホールなのである。むしろこの建物に入りたいがために今回観に行った部分もある。

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 そしてたまたま私が訪れた日は、指揮者に大野和士、メゾソプラノに藤村実穂子という日本人音楽家が登場する日でもあった。演奏する曲はドビュッシー、ラベル、そしてマーク・アンソニー・タネジという現代音楽家の作品を演奏。

 ロイヤル・アルバート・ホールも実は先述した「テクニカラー・ドリーム」におけるアンダーグラウンドシーンとの深い関わりがあり、同イベントを扱ったドキュメンタリー映画でも、そのはじまりは1965年にこのホールで行われたビート詩人たちによるポエトリー・リーディングのイベントにあったとされている。そのほか、数々のロック・ミュージシャンもここで演奏しており、ライヴ盤の題名で「ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール」という感じで名付けられることもあることから、そういう意味でも「イギリスにおける日本武道館」みたいなものだと勝手に思っている。

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 円形のホールなのでロビーも当然グルグルと回れる仕組みになっていて、私は調子に乗って場内のパブでシードルのお酒なんか買ってチビチビやりつつ(この旅で唯一お酒を飲んだのがこのときだった)、廊下に掲げられたいくつもの歴史的名演の記録写真などを眺めて開演前を過ごした。
 すると、件のビート詩人ギンスバーグのイベントの写真もちゃんと掲げられていた。こういうのをちゃんと掲示するあたり、文化を継承することの意味を分かってらっしゃる。

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 そして満を持して中に入る。プロムスというイベントのおかげで誰しもが来やすいこの空間において、誰の人生にとっても印象的な感覚をかきたててくれるであろう雰囲気があった。照明や装飾のなかにある現代的なムードと、言葉にしにくい伝統的な空気感が混ざり合った感じがあった。

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 座席はオンラインで好きな場所を選んで予約できるのだが、せっかくなんで「Choir」と呼ばれる座席へ。演奏者のうしろでコーラス隊が入るならこの座席を使うのだろうか。価格は19.50ポンド、3000円ぐらいか。そしてこの角度からだと指揮者の表情やオーディエンスの様子がよく眺められる。私のように音楽そのもの以上に、このホール自体にまずは興味があるという人にとってはとても楽しめる座席だと思える。
 このプロムスの特徴として、アリーナ席だけは当日券のみの販売で、立ち見なのであった。それはなんだかライヴハウスみたいな感じであり、クラシック音楽のコンサートというある種のイメージを覆してくれる感じで、後方エリアだと体育座りでもあぐらでも寝そべってもいいぐらいで、とっても、とっても、カジュアルなのである。

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 そして和やかなムードで開演。演奏を堪能しつつ・・・普通はこういうとき寝ないはずなのに、うっかり途中眠ってしまったのは、直前に飲んだシードルのせいだと思いたい。

 とりわけプロムスの最終日はとても盛り上がるようで、帰国後に知っている人に話を聞くと日本でもテレビ放送があったよう。なぜ今まで知らなかったのか。

YouTubeでも当然いろいろアップされている。これが今年の最終日のテレビ放送の様子で、別会場でも同時中継でみんなで気軽に楽しんでいる。あらためて観ると、クラシックの現場で、まるでロックフェスのような感じで旗振りまくったりしていて、こういう楽しみ方や盛り上がり方もアリなのね、と新鮮な気分になる。

ラストは当然のごとく「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」で締めくくる・・・と思ったら最後の最後は「蛍の光」が演奏されて、なんか観客もみんな隣の人たちと手をつなぎ合ってリズムとるのが風習? なんか微笑ましい。
番組のエンドロール前の「今年のハイライト」みたいな映像も興味深くて、実はいろんなジャンルの音楽をこのイベントでは上演しているのが分かる。
やー、いつかこの最終日のプロムスで旗振りまくりたい(会場に日の丸もみえるな)。こうしてまた次々と「イギリスでやりたいことリスト」が増えていく・・・今回もそうだが、「そんなに何度もロンドンに行って何をやるの?」とよく問われるのであるが、こういう感じで、行くたびに次にやりたいことがたくさん出てくるので、底なしなのだ。

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2017.09.11

ECHOESなロンドン旅2017夏・その5:ヒースロー空港の中心で、バンドへの愛を叫ぶ。

 ロンドン到着時のこと。

 今回の旅行前に、ネットで「空港の入国審査の行列をできるかぎり待たずに済むコツ」という素晴らしいアドバイスを見つけた。

 方法はいたってシンプルである。

 飛行機を降りて、到着ゲートの廊下に出たら、

 そこからダッシュで入国審査場を目指して走る

以上。

 たいがい長いフライトの後だと、疲れもあるからみんな歩く。なので少しでも走ってしまえば、追い抜いた人々の数のぶんだけ、入国審査のゲートで並ばなくてもよい。
 なぜ今までそこに気づかなかったのか。

 そういうわけで、私は飛行機を降りたときから、抑えがたいテンションの高ぶりにより、半笑いで走っていたと思う。長い通路で流れていく景色を見やると、壁にはひたすら「Welcome London」というメッセージとともにロンドンにいるいろんな職業の人々が笑顔で手を挙げている大きい看板があって、それに向かってこちらも手を振って応えたいぐらいの勢いで。

 狭い飛行機から解放された心地よさがあり、軽い運動が適度に心地よい。

 なのでもはや、空港の長い通路を走ることは「列に並ばずに済むため」というよりも、「ロンドンに来た喜びを全身で表現するため」に近い感じがした。日常でこんなにジョギングなんてしないのに。
 なので走るというより、スキップだったかもしれない。
 どこまで浮かれてたんだ。

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 ただ、走りながらも薄々感じていたことがある。このまま走ったところでどうなる、と。

 そう、実際には自分が、ビジネスクラスの客もファーストの客も追い抜いて、その搭乗機の乗客の誰よりも先に入国審査場にたどり着いたところで、ほかのフライトで来た客がすでに大量に列をなしているのだった。

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 大きな部屋に見渡す限り、非EUパスポートの渡航客が、途方もない列をつくって入国審査に臨む。長時間のフライトのあとに訪れるきびしい仕打ちであるが、もはや近年の私にとってはこの長時間の行列でさえも「あぁ、ロンドンに来た!」と捉えるようになり、苦痛の中に楽しさを覚えるようになった。

 なにせここは「非EU民の集い」である。この部屋に集まった多種多様な民族の、全員の共通点が「EU国籍じゃない」ということで行われる、ある種の「フェス」なのである。様々な非EU国籍の人びとと共に静かにジワジワと前に少しずつ進むこの時間、これは何かの祭りなんだと思えばちょっと楽しくなるのではないか。そして自分が改めてアジア人であると認識させてくれたり、「世界にはいろんな人がいて、いろんな家族がいるもんだ」と思える貴重なひとときでもある。そしてそこは同時にさながら「旅行カバンの国際見本市」のようであり、さまざまな地域から持ち込まれたカバンやら各種旅行グッズやら、そして着ているTシャツのデザインなど、「そんなのがあるのねぇ・・・」と、いろいろ観察しながら行列にたたずむ。

そしてまた、「普段以上にじっくり観察眼を働かすこと」で時間をやり過ごすことが、実はいまから始まる旅の道中をより面白くするための心がけなりアクションなのであれば、そうした「観察眼のウォーミングアップ」をこの入国審査の長い行列待ちのあいだにしておくように、という「旅の神様」(←勝手に想定してます)からの忠告なのかもしれないとすら思えてくる。入国審査の長い行列でイライラすることなかれ。汝、目の前のシャツの柄に調和と不均衡と皮肉を見いだして、笑え。みたいな。

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 そして列の向かう先には、こうした行列の進み具合をまったく気にすることなく自分たちのペースで職務を全うする、世界屈指のツンツンした入国審査官たちとの出会いが待っている。

 世界中どこでも入国審査エリアは写真撮影が禁止されているわけだが、これは「その場にいる担当審査官の人数比にたいしてどれだけの渡航客をどれだけの時間で処理できたか」ということや、「どういう雰囲気や表情で渡航客を迎えているのか」という比較検証ができないようにするために設けられたルールではないかと思わせる。そのなかでもイギリスの入国管理局は世界トップレベルの厳しさをいかんなく発揮していることで広く知られているが、不法移民をリス1匹でも入国させない勢いを誇るその鉄壁の守りっぷりを、この国のサッカー代表チームにおいてもどうか反映してほしいと個人的にはいくぶん苦々しく思っている。

 ともあれ、今回私が人生のひとときを共に過ごすこととなった審査官は若い白人女性だった。無理やりニックネームをつけるとすれば「マチルダ」って感じの雰囲気。

「何日間、滞在するつもりですか?」
「えーと、6日」

「目的は?」
「えーと、観光」

「イギリスに友人や家族はいるんですか?」
「えーと、いません」

このやりとりの瞬間、私はヒースロー空港のこの入国審査場において、改めて我が身を見つめ直す機会をもらった。つまり自分の目的意識や社会的な位置づけを冷静に捉えなおしてみると、「40歳のアジア人男性が独りで観光だけの目的でイギリスに来た」というのは、世界的に共有される価値観の一般的な基準でみると、「ちょっと怪しいかもしれない人」のカテゴリーに入りうることに、ここで初めて気づかされたのである。

 いぶかしげなマチルダ、質問を続ける。
 「観光で、どこに行くつもりです?」

 「えーと、ミュージアム。」

 うん、これはもう、本当にそうですよ。今回の旅の一番の目的は、ピンク・フロイドの展覧会を観ることですから。

 するとマチルダ、間髪入れずにこんな質問。

 「何のミュージアムを観に?」

 「うっ」となった。

 一瞬の沈黙。

 この「うっ」の戸惑いは、つまり、
「そこも話さないといけないのか・・・」ということと、
「この質問は秀逸だ。」
ということを感じたからである。

 もし私がウソをついていないのであれば、私はあらかじめロンドンの博物館・美術館についての個人的な関心に基づく情報をそれなりに持っているはずだ。そこをマチルダは突いてきたのだ。

 というわけで、この旅の最初の関門において私は、初対面の若い女子に、

「ヴィクトリア・アルバート!」 

「ピンク・フロイドの、展覧会!」

そして、
「僕はピンク・フロイドが好きです、とても!」

というセリフまでも(真剣に)英語で話すという体験をすることになった次第である。

高校時代に長い時間をかけて英語を教えてくれた先生たちがこのときの私を見たらなんて言ってくれるだろうか。

(この返答を受けて、マチルダは何も言わずスタンプをパスポートに押した)

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