カテゴリー「DIY」の記事

2026.05.23

『自分のために本をつくる ZINE&リトルプレス ビギナーズガイド』(石川理恵・著、グラフィック社)という本のこと

 自作のフリーペーパーを最後に印刷して配ったのがそろそろ10年前になることに気付いて愕然としている。マジか。この10年のあいだに何があったのかうまく思い出せない。コロナ禍の数年間はもう記憶に残したくないぐらいだし、引っ越しが一回あって、ほかに思い浮かぶことといえば最後にロンドンに行けたのが2017年の夏で、その後にひょんなことからスキーに一人でハマったり、マラソン大会の応援企画を冬場には楽しくやり続けていて、そして春にはKYOTOGRAPHIEのボランティアをこの3年間はがんばっていることぐらいで、他に何かあったっけとなり、あっという間という言葉では追いつけない速度感に苛まれる。

 そんななか最近になって、グラフィック社の編集者の方から連絡をいただいた。2012年に出版された『自由に遊ぶ、DIYの本づくり』をもとにリニューアルした本が計画されるとのことで、当時その本に掲載されていた、私の最初のZINE『DIY TRIP』の制作事例を取り上げた取材記事の再録についての問い合わせだった(正確にいうと、2011年に出た『リトルプレスをつくる』との合本・増補改訂版ということになる)。

 私としてはまったく問題ありませんと二つ返事でオッケーを出したものの、しかしそれにしてもだ、この『DIY TRIP』の作者自身が、もうこの10年間たいしたものを作って発表していなくて、その点についてはひたすら恐縮するしかない。再録にあたり、あらためて本文の校正をする機会をいただいたのだが、あまりに自分が当時と違って「現役感」に乏しいので、ページの隅にちょこっと入っているフリーペーパー『HOWE』の紹介部分は、私のふがいない実状に沿って少し手を入れさせていただいた。弱気なアピールである。この新しい本の読者さんがせっかく『DIY TRIP』や『HOWE』にもし興味を持ってもらっても、肝心の現物が手に入りにくいわけで、そこはちょっと申し訳ない気分になって、クヨクヨしている(フリーペーパーについては直接連絡をもらえたらなんとかします)。

 こうして『自分のために本をつくる ZINE&リトルプレス ビギナーズガイド』(石川理恵・著)という本が、このたび4月末にグラフィック社から刊行されたのである。ゼロから想いを立ち上げて、あれやこれやと冊子の形にし、人に読んでもらうまでのあらゆるステップが丁寧に解説されていて、これはZINE/リトルプレスの制作・流通を扱ったものとして現代の日本で手に入るなかで最良のテキストブックであると強く思った。

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 急いで付け加えるが、ZINEをつくるという行為にまつわるDIY精神論的な観点からいえば「そもそもテキストブックなんて不要だろう」という考え方は当然あるだろうし、「お手本」や「効率性」なんて気にせずに試行錯誤して自力でやり方を見出すことのほうが、より大事なのではという意見も、もっともだと思う。

 ただしそういうツッコミの部分を心の片隅に置きつつも、それでもこの本は良いテキストブックになっていると考えるし、そして感謝の気持ちもわき上がってきて、それはきっと、自分自身が「停滞している作り手」だからなのかもしれない。これは私個人の事情ゆえに基づく感慨みたいなものであって、「私がボヤボヤしていたこの10年のあいだに、ZINEづくりを取り巻く環境がこういうふうに変わりつつあるんだな」ということを余すところなく伝えてくれる、充実の改訂っぷりがこの本には詰め込まれている。自分が関与しているという「贔屓目」があるのは仕方ないかもしれないが、とかく著者の石川理恵さんをはじめとして、この本をリミックスして改めて世に放ちたいと思った人々による、ZINE/リトルプレスのシーンを活性化させたいという熱い気持ちが、自分には「リハビリ」のように効いてくる、ということだ。
(そして一方で、時代的にアナログ手作り出版物としてのZINEというものが広く認識され実践されつつある現況だからこそ、こうした出版企画が可能になっている、ということについても思うところはいろいろあるわけだが)

 なにせこの書名の冒頭には「自分のために本をつくる」と書いてある。これは、やもすると挑発的なフレーズだと感じる。「なぜZINEを作るのか」と問われるとき、それが「メディア」であるがゆえに、自分以外の人々に読んでもらいたいという、外側からみてもわかりやすい動機が絶対的にあるはずで、しかしその本質のところでは、ただ一人この世をただよう我が身のために作ることが奥底に横たわっていることを示唆している。結果として誰からも読まれないかもしれないし、幸運にも読まれたとしても無言でお互いの時間はただ過ぎていくだけかもしれない。でも少なくとも何かはこの世界のなかで作られて存在していて、それを果たした手応えは、自分のためのものとして最後に残っていく。そんなことをタイトルから思い浮かべた。

 だからこそ、自分のために作るうえでも、走り出そうと蹴り出した足の、その足が接する地面のように、誰かの言葉や仕事を求めたくなる。その土台や支点があってこそのDIY的なる試行錯誤の旅がはじまるような感じを認めておきたいのである。

 それはちょうど、私がインターネットという言葉をまだ知ることがなかった1995年の春にふと立ち寄った、近鉄奈良駅の北側にある東向北商店街の、今は営業していない豊住書店(今回ちょっと気になって調べたら江戸時代から存在していたとっても古い書店だったと知って今さら驚いている)の奥の書棚にぎっしりと並んでいた「別冊宝島」のバックナンバーから『新・メディアの作り方』を手にとってページをひらき、そこに『俄』という三つ折りのフリーペーパーの書影の写真を見つけたときに何らかの衝動性が電流のようにピリッとやってきて「自分でも作れるんじゃないか」と感じ、本を買ってその日の夜にワープロ専用機で『HOWE』を書きはじめたときのことを思うわけである。

 誰かがこのあたらしい本で思わぬところからインスピレーションを受けるかもしれないのであれば、その可能性をできるだけ広げていきたい。自分がそうだったように。

 そして今回この文章を書きながら改めて思い至ったのは、そもそも『DIY TRIP』をつくるきっかけとなったアメリカへの旅だって、もともとは『Stolen Sharpie Revolution』という正真正銘の「ZINEづくりガイドブック」を読んだことが始まりにあるわけで、つまり私にとっては「一冊の本にインスパイアされる」というのが、いろんな行動につながる、最初に起こる火花みたいなものになりやすいのかもしれない。

そういう意味では今回のこの本『自分のために本をつくる・・・』だって、クヨクヨしている自分がふたたび何かを語りたくなるきっかけにしてもいいわけである。そう思うことにする。

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 そして偶然にも、上記の文章でしめくくってこの記事をアップしようと準備していた矢先、つい昨晩に思わぬところでZINEのことに出くわした。

 人生の成り行きのアヤで、私には文化人類学に関わりが深い、ちょっと変わった友人知人恩人(ホメてます)が多数いるわけだが、そんな彼らが企画している「井戸端人類学」と称する研究会に出向き、そこで久しぶりにKさんと顔を合わせた。この日の発表者である彼はタイと日本を行き来し、多国籍の患者をケアする施設で介護職として奮闘した経験から文化人類学にたどり着くのだが、一筋縄ではいかない彼の人生譚、そしてさまざまな看取りや別れを経て彼なりに感じたタイと日本の死生観について、お手製のグリーンカレーをみんなで食べながらその語りを共有するという企画だった。

 そんな破天荒なKさんは私に会うなり、お久しぶりの挨拶もそこそこに「最近、ZINEをつくりましたよ!」と、彼がこの日取り上げたテーマにもとづく、タイでの義母の死や、ご自身の親の遺骨をメコン川で散骨した話などを写真とともにつづった冊子を紹介してくれたのである。私はそもそも、ZINEを作っていることをKさんに話したことすらも忘れていたほどなのだが、こうして彼にとって私は、「何かをつくって、人につたえる」手段のひとつとしてZINEを選ばせるきっかけの一部を作ったような存在であったことを、図らずも知ることとなった。つくづく人生はいろんなやり方で刺激を与えてくれて、何かを思い出させてくれる。

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2024.03.26

ホームベーカリーを手に入れて、食パンを作りまくっている

ひさしぶりにラジオ「Harukana Show」でお話をさせていただきました。
このブログで報告するよりも先に、今回のラジオでは私にとって最近の大きなトピックスである「ホームベーカリーを手に入れて食パンを作りまくっている話」をさせてもらいました。
どうしてそういうことになったのか、詳細はぜひラジオを聞いてやってください。ポッドキャストの記事は(こちら)。
(次週は、ZINEについても語っています)

ポッドキャストの記事のために描いたイラストをここでもアップさせていただきます。

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ちなみにホームベーカリーについていた説明書には、推奨される材料として、イーストについては「サフ」というフランスのメーカーのドライイーストが定番品のように紹介されていたもんだから、そういうのを売っているのは近所だと成城石井ぐらいだろうと思って行ったら確かに売ってあって、それを迷わず買ってきたわけですよ。それが(これ)なんですが、初心者だから何も分からなくて、500グラム入りのを買ったわけですが、家に帰って説明書をよく読むと毎回2.5グラムぐらいしか使わないらしく、おかげでどんなにパンを作りまくってもイーストはなかなか減らないんですな(笑)。しかもパンを焼く人のブログをみていると生き物のように扱わないといけないとか書いてあって、毎回冷蔵庫で丁寧に保存しているものの、たぶん保存可能期間内には使い切れないであろうとハナから諦めつつあるのだけれど、果たして。

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2024.03.02

往復書簡「言葉になりそこねてからのZINE」

同じ大学でかつて学んだ人たちが自主的につながりをゆるく保ちつつ、学びや対話の場をバーチャルに設けていて、ときどきやりとりがあったりする。「井戸端人類学F2キッチン」と呼ばれているそのつながりにお声がけをいただき、ZINEについての往復書簡を書かせてもらうことになった。その第一回目の自分のテキストが公開されている→(こちら)。

「言葉になりそこねてからのZINE」というタイトルは、この企画を進めるにあたって最初に行われたオンラインでの打ち合わせの場で即興的に私が考えて提案し、文通相手となる「壺さん」も気に入ってくれたようなので、それに決まった。ZINEやフリーペーパーを作るうえでは、言いたいことが出てきても、それをすぐにはストレートに出し得ない、なんらかの停滞感だったりモヤモヤを抱え込み続けるプロセスを経て、ようやく文字にしていくようなプロセスがあるような気がしている。そしてそれとともに現在の私というのが、ZINE的なるものを作る欲動に欠けており、「つくりそこねている」ということへの自省みたいなものもあって、こんなタイトルが降ってきたのかもしれない。

そんなわけで、自分にとってはリハビリに近い感覚で、久しぶりにZINEについて考えて書いてみた。まだ第一回目なので今後どのような話になっていくかは分からないけれども、よければご一読を。

ちなみにこの初回の話題で取り上げた『Notes from Underground』という本について、装丁が初版本のほうがカッコ良かったというのは、こういうことなのであった。

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結果的に英語力がないのでこの本もロクに読み通していなかったが、この本の装丁が放つ雑多でパンクな雰囲気こそ、当時の自分にとってZINEという言葉が誘う世界への探求心をかきたてる要因のひとつであったのは間違いなかった。

で、数年後にこの本は「増補版」として再版されているのだが、そのときの装丁がこれである。








Ntuz2

いや、もう、いったいどうしちゃったんですかと言いたくなる。
著者は何も言わなかったのだろうか。これでゴーサイン出してよかったのか。
もし初版からこの装丁だったら、私はこんなにもZINEについて向き合っていなかったかもしれないとすら思う。

装丁って大事、ほんと。

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2023.12.25

意志決定理論「エフェクチュエーション」とは、DIY精神のことなんじゃないか & 今年もありがとうございました

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『エフェクチュエーション:優れた起業家が実践する「5つの原則」』(吉田満梨・中村龍太著、ダイヤモンド社 2023年)という本を読んでみた。

そんな結論になることを予想して読んだわけじゃないのだが、私なりにこの本で言われていることを強引にまとめると、結局のところエフェクチュエーション(Effectuation)とされる思考様式は、私がずーーっとこだわっている、Do it Yourself、DIY精神そのものじゃないかということだった。

まず本書では、従来の組織がとりがちなアプローチとして「コーゼーション(因果論)」が紹介される。市場調査・マーケティング分析などによって利益の見込みを立て、それに向けて事業計画が練られ、実行にあたっての資源を確保し、目標に向かって突き進む。「まぁ、どこでも普通はそうするよな」とも思える合理的で一般的な物事の進め方だとは思うが、このスタンスでは不確実性の高い現実世界において想定外の出来事や使える資源に制限がでてきたりすると、とたんに行き詰まるわけである(そしてまた事業計画をめぐる会議や下準備が繰り返される・・・と)。

そこでエフェクチュエーション(実効理論)という考え方になるのだが、これは卓越した起業家たちの意志決定プロセスを分析した学術研究をもとに編み出されたとのことで、次の5点の思考様式を特徴としている。

「手中の鳥の原則」
「許容可能な損失の原則」
「レモネードの原則」
「クレイジーキルトの原則」
「飛行機のパイロットの原則」

・・・と言われても「なんのこっちゃ」と言いたくなる名前がつけられているわけだが、本書の戦略としてこうして各原則につけられたユニークなネーミングが読み手の好奇心をさらに刺激するという意味で、マーケティング的にはうまくいっている気がする。そして表紙の装丁のポップなデザインも効果的で、書店で見かけたらつい手に取ってしまう策略に私もひっかかったわけだ。

で、今回のブログ記事を書くにあたって初めて知ったのだが、これらの原則については、実は本書を刊行したダイヤモンド社のホームページで、著者自身がものすごく詳しく解説しているのであった(こちら)。はっきりいってこのサイトの記事を通読すれば、本書の主要なエッセンスはタダ同然ですべて吸収できると思えるので「お金返して!」とさえ言いたくなる(笑)。
ちなみに本のほうでは、これらの原則の解説のあと、残り3分の1ぐらいのページ量を使ってひとつの事例が紹介されているのだが、これがあまりにも特殊事例すぎて、なんだか自分としてはあまりピンとこないのであった。

ともあれ、私がDIY精神として重視している考え方と、このエフェクチュエーションが通じていると思うのは「手持ちの材料や条件を創意工夫して活用し、どのような状況にも柔軟に対応できるように備える」ということである(なので、必要に応じて昔ながらのコーゼーション的にいってもいいわけだし、状況に応じてエフェクチュエーションに切り替えて対応していく、というスタンスが推奨される)。

たとえば実際にDIY的なものづくりでは、あらかじめ設計図は作るだろうけれども、いざ作り出すと想定通りにはいかなかったりもする。そこで「設計図が悪い」と、作業を止めて振り出しに戻るというよりも、ひとまずアドリブやアレンジを加えて、使えるものを駆使してとりあえず完成までこぎつけてみることもできるわけだ。そうすることで、当初は思いもしなかった新たな魅力や愛着を覚えることもあるだろうし、それらの一連の体験をふまえて今後はより望ましい活動に結びつけられるかもしれない。

そんなわけで、古くて新しいDIYスピリットの発想や志向といったものは、硬直した組織を改善するうえでも使える思想なんだということを、図らずも再確認させてもらった気がする。


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さて2023年の本ブログも最後の記事になりまして、少ない本数ながら今年も読んでいただきありがとうございました。

個人の目からみても、そして世界のあちこちからの目を通しても、いろいろと落ち着かない日々が続いているのですが、自分の周りの平穏をまず祈るような気持ちで日々を生きて、そして時間を削りながらも書き続けていくしかないのだなと、あらためて思う日々であります。

「今年のシメの一曲」は、ラブ・サイケデリコの『All the best to you』を選びます。このあいだ彼らのライヴを観てきたのですが、今年リリースされたこの新曲も披露されて、デビューして25年以上経ってもまったくサビつかない「デリコ節」に熱いものを感じたのでした。

この曲のミュージック・ビデオは市井の人々のさまざまな表情や街の何気ない風景が続くだけなのに、なんだか少しだけ勇気づけられるような、そんな感じがわき起こる不思議な作品です。

それではみなさま、よい年末年始を。

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2022.10.18

引っ越しをすることになった

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夏の終わりに、たまたまいい物件をネットでみつけたので賃貸の会社にいって、そのまま見学して即決となり、あわただしく2ヶ月後には引っ越しをすることとなった。同じ市内でちょっと場所を変えてみる感じである。
賃貸契約における「解約通知期限」(退去日の2ヶ月前の契約だった)というのがネックになるので、決めたとたんにドタバタしてしまうのが引っ越しの常なのだった。本当は年末にゆっくり引っ越したかったが、急きょ休みの日はダンボールとの闘いの日々となっていった。そして案の定、思っていたよりもペースはあがらず、ちょっと焦りが出てきているが、そういうときこそ珍しくこんなふうにブログを書いたりしてまったく関係ないアクションをしたくなるのも人間のサガというものか。

さて、向かった賃貸あっせん会社では、自分が見学を申し込んだ本命の物件にそのまま連れて行ってくれたらいいのに、こちらの条件を聞いたあと、頼んでもいないのにいろいろとデータベースから「こんな物件もありますよ」とプリントアウトを次々と渡してくる。まぁ、この業界のお決まりのパターンなのだろうけれども、次々と打ち出される物件情報を黙って受け取って一瞥するが、残念ながらほとんどの物件はすでに私にとっては調査済みのところばかりであり、「いかにこの物件が自分にはヒットしないか」をそれぞれ口頭試問ばりにスラスラと説明できるぐらいだった(それなりに候補となりうる物件はExcelですべて入力して比較していたのでマンション名まで覚え込んでしまっている)。どの提案もことごとく自分の好みには当てはまらず、私が見学を希望する物件には結局かなわないので、お店の人も最後には根負けしたかのように「よくこの物件を見つけましたねぇ」と、ホメてんだか呆れてんだか分からないリアクションをしていたのが心に残った。

そして、この本命物件は複数の賃貸情報サイトで同じ物件として掲載されていたのだが、なぜか部屋番号が同じなのにそれぞれのサイトで間取り図が左右反転となって食い違っていたり、かつフローリングの部屋が別のサイトでは畳の部屋として表示されていたりした。それもあって実際に見学を申し込んで事の真相を確かめたかったわけだが、担当者の人は、私の希望通りこの部屋はすべてフローリングだと断言した。それで実際に訪れてみると、なんと畳の部屋になっていて、苦笑いするしかないタテーシを横目にうろたえる担当者の人はすぐに管理部門に電話をかけて問いただし、その流れで家賃がその場でちょっと値引きされたのだった。それも決め手になり、じゃあなんとかウッドカーペットでも敷いて対応するかと腹をくくり、その場で契約を決意した次第であった。

(さらに言うと、この賃貸会社に出向く数日前に、この本命物件には仕事帰りのついでに立ち寄って、夕刻時の周辺の状況や駐輪場の雰囲気などを事前にチェックしておくのも、私のなかでは物件探しの基本ルーティンのひとつである。担当者の打ち出したプリントアウト1枚でなびくような決意でここには来ていないのであった)

そんなわけで、7年ぶりぐらいとなる引っ越しを、コロナ禍におけるある種の娯楽のような気持ちで楽しんでいる部分がある。古くて不要なものを見定めて一気に捨てまくり、あらゆる記憶もそのまま消えてしまいそうな勢いである。コロナ状況下での不毛でつらい日々が続いていたとしても、なんだかそういう気持ちも置いていって、新しい街での暮らしにのぞめるような感じがしている。

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2021.08.29

『B面の歌を聞け』vol.1「服の自給を考える」

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 友人の作家・太田明日香さんが主宰する「夜学舎」から、手作り雑誌『B面の歌を聞け』が創刊された。

 ここで語られる「B面」というのは、資本主義とかメインカルチャーが主軸で動いている世界を「A面」だと捉えたときに考え得る、オルタナティブな世界のありようのことだ。モノの交換だったり、できる範囲でDIY精神を発揮していったり、お金をかけなくてもいい部分をそれぞれのローカルの場から探求・実践していく姿勢を、このささやかな雑誌は問いかけようとしている。

 初回のテーマは「服の自給を考える」ということで、ハンドメイドのシャツの制作者へのインタビューや、ただ消費される対象としてでなく、服との多様なつきあいかたを提案する記事などが楽しめた。とくに、よれよれになって着れなくなった服を、型紙から起こして別の素材で縫製して“コピー”するという発想は自分にとって新鮮だったし、あと自分に技術がなく、身近なところで縫製を頼めないような場合に有用な「縫製職人マッチングアプリ」があるというのも、面白い試みである。

 読みながら感じたことは、衣食住のなかで「衣」の部分はもっとも「B面仕様」にしやすい領域ではないかということだ。たとえば「子どもが暮らしやすい家を建てる」というのはありえるが「子ども専用の家を建てる」ということは難しいわけで、そう思うと衣服というのは年齢とか目的とかの一般的な側面での「個性」に応じて、それぞれにカスタマイズが求められ、さらに嗜好やオシャレさを追求する楽しさの幅もふんだんに備わっているわけで、この領域を企業の利潤追求作業にまかせっきりにするのは確かにもったいない。

 ただし、もちろんすべてをイチから自作する必要もなく、雑誌のなかでも「不要品からパーツを流用し、ここぞの部分だけをハンドメイドとして成立させていく」というスタンスが紹介されていたりするように、「いいとこ取り」で、手作りと既製品のハイブリッドを楽しんでいくことも可能である。
 そういえばちょっと前に『ゼロからトースターを作ってみた結果』(トーマス・トウェイツ、新潮文庫)を読んで、あらためて「ものを作ること」について考えさせられたが(この本、ある意味では名著だと思う)、すべてを自分で作り上げる必要はなく、技術がゼロであろうとも、出来る限り自分で考えたり学んだりしたうえで、どうしてもムリな部分は専門家や既製品に任せることだって、そのスタンスにおいてはDIY精神であり、そうした「A面とB面を行き来するバランス感」が大切なのだろうと思う。

 次号の予定は「コロナ以後におけるお酒とのつきあい方」とのことで、「夜学舎」については(こちら)へ!

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2021.03.13

ありがとうございました@版画展

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無事に教室展が終わりました。
来ていただいた友人の方々には感謝・・・!
自分の作品を前に友人と語り合うという体験は、とても新鮮なものでした。
またこういう機会があれば。

このミカリギャラリーのある建物の雰囲気が、こうして終わったあとも体にじんわりと残るような、不思議な感覚があります。
実質的に二日間とちょっとぐらいしかこの場所にいなかったはずなのに、なんだか古くから知っていた場所のようで。

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庭の黄色いミモザが本当に綺麗なタイミングで楽しめました。

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そして展覧会が終わったということは、あの空間や時間はもう二度と再現ができないということでもあり、そのことがなおいっそう、ノスタルジックな気持ちにさせてくれます。

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2021.02.28

水彩木版画の教室展はじまりました

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先日、展覧会の会場設営に参加してきました。
自分の関わる展示をゼロから作っていくのは考えてみたら初めてかもしれません。
無心でクギを打ち込む時間とか、なかなか新鮮。

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会期はわずかですが、それぞれの日に分担して教室の受講生が当番しています。タテーシは3月6日(土)の午前中と8日(月)の最終日にいる予定。

1Fのカフェは都合によりこの期間は営業していませんが、この建物を取り囲む雰囲気が、とても良い感じであります。
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ミモザが咲いてます。

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2021.01.31

通っている木版画教室の展覧会に参加します

2019年のゴールデンウィークのときに、水彩木版画の教室「空中山荘」の体験講座を受けて、そこから教室に通うようになりました。

2年に1回、教室では受講生の作品の展覧会をすることになっていて、今年度はコロナ禍ではあるものの、なんとか準備を続けてきて、このたびの開催となりました。
水彩木版画なので、白黒だけでなくカラフルな版画がメインとなりますが、このフライヤーが示唆するコントラスト具合も楽しめる展示になっています。

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会場となるカフェ、サルンポヮクさんはまだ現地にいったことがないのですが、素敵な雰囲気の場所です。【注:現在は完全予約制で営業されています】

この展覧会にむけては、昨年の大半の時間を費やして作った作品1点だけを展示すればいいかー・・・と、新米の私は(のんきに)思っていたのですが、先生より「最低2点は出すこと」と言われ(笑)、最初の体験講習会で作ったハガキサイズの作品も額装して出展させていただくことに・・・当時まだ版画を始めるかも決めていない体験講習のときだから、無邪気に自分の趣味丸出しのモチーフで彫ってしまった拙い作品で恥ずかしい限りですが・・・。
 私の作品はともかくとしても、他のみなさんがそれはもう多彩で、版画表現のいろんな可能性を見せてくれる楽しい作品を展示していますので!!

それとは別に、「白黒の旅」のテーマにそった、共同製作的な作品も別途1点、受講生全員が展示しています(その自分の作品によせてそれぞれがショートエッセイを書き添えています)。

もし展覧会に行ってみようという方がおられましたら、事前にお知らせいただけると助かりますし、特に何も言わずフラッとご来場いただいてもぜんぜんオッケーです。ただしコロナ感染対策で入場制限をかけておりますので、場合によっては寒い中ちょっと待っていただく可能性がありますのでご了承ください。

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2020.12.31

2020→2021

 まずは自分も周りの人々も健康なままで年末を迎えることができていることに感謝。ひたすら感謝。ここまで健康管理に気を使った一年もないが、本当は普段から心がけるべきことなんだろう。

 コロナ禍って、文字通り世界中の宗教や国境の区別なく、すべての人が同時代のなかで共に向き合う課題となっていることで世界史に残る出来事になるわけだが、よく考えてみたらこういう感染症って時代を問わず発生するので、今回のCOVID-19がインターネットの発達したこの時代に起こったことがある意味ではまだラッキーだったのかもしれないと感じている。これがもし25年前ぐらいに起こっていて、情報の主要な入手先がまだテレビや新聞だけに限られた場合だったら、もっと厄介なことになっていたように思う。

 ところで花王の「ビオレ・ガード 手指用消毒スプレー」という製品をご存じであろうか。

200mlというサイズは持ち運ぶことを意識した製品となっている。ロック機構も備わっているので、不用意に噴射することもない。
 私もこれを買い求めた次第だが、カバンに入れて持ち運びたい場合、もっと収納しやすくて、かつ剥きだしのノズル部分をカバーできるような工夫ができないかを、このごろずっと考えている。
 いつも通勤電車のなかでみかける男性が、カバンについているペットボトル収納用のポケットにこのスプレーを差し込んでいるのだが、たしかにそうしたくなる気持ちは分かる。ただ、できればカバンの内部に収めたいところではあるので、何かを代用してケースのようにして、かつ取り出しやすくするような仕組みができないか、あるいはノズルで指をかけるところのプラスチック部分を削ることで形状をよりシャープにできないか、といったカスタマイズの可能性をぼんやりと考えている・・・そして、いまだにその解決策が見いだせていない状況ゆえに、スプレーをカバンに入れずに机のうえに置いたままだったりするので、本末転倒ではあるのだが。

 そういう「改造」を考えたくなるマインドがわき起こるのは、すぐ影響を受けやすい私が最近読んだ本が、とても楽しかったからである。


F1マシンのデザイナー、エイドリアン・ニューウェイの自伝『HOW TO BUILD A CAR』(三栄、2020年)では、空気力学のプロとして彼が手がけたマシンの設計において、そのときどきに考えだしたことやアイデア創出のプロセスが、工学の知識がない読者にも分かりやすく解説されていく。アイルトン・セナが事故死したときのマシンも彼の手によるものだったが、あの出来事を境に安全性との共存を図る時代的要請とともに様々なルール改定が行われ、その「網の目」をいかにかいくぐり、速さを失わないように知恵を絞るかという、そうした試行錯誤のせめぎ合いが折々のエピソードとともに語られており、ある意味ではビジネス書のような読み方ができる労作である。

 ニューウェイの本のおかげで「空力」の重要性についてあらためて意識するようになった私だが、さしずめ日常生活でそのことを活用できる場面といえば、マスクを着けるときにメガネが曇りにくいようにするため、いかに鼻の頭の部分までマスクを引き上げて折り曲げるかといった「鼻息の空力」について毎朝あれこれと苦慮することぐらいであるが・・・。

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さて2021年を迎えるにあたり、当然ながらコロナ禍の動向が気になることは変わらないが、ひとつお知らせできる個人的なイベントとして・・・ふと思い立って昨年から通い出した水彩木版画教室において、2年に一度、教室展として受講生の作品を合同展示する機会があり、それが2月末から3月頭、大阪・箕面市のミカリ・ギャラリー(サルンポヮク2階)で行われることになっている。コロナ禍において毎月メンバーで話し合いを続けながら実施形態を模索しつつ、講師の先生の指導のもと準備を進めている状況。まだ正式には案内ができないけれども、ひとまず予告として。

2021年こそは平穏な年となりますように・・・。

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