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2018.05.07

自分にとっての平成時代において、おそらく最後の全力疾走になると思えた日のこと

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 今年のゴールデンウィークはあちこちへ移動が激しかったのだが、ある事情で立ち寄った長野県の飯山駅から帰ったときのことを書いておきたい。

 当初手配していた切符は、18:23発の北陸新幹線「はくたか」で金沢駅にいき、そこからサンダーバードに乗り換えて京都に帰るというものであった。

 しかし当日、飯山駅の改札口を通ると、電光掲示板に「50分遅れ」の表示が(この日、北陸新幹線は架線にビニールがひっかかったようで、その影響で大幅な遅れが生じたとのこと。ビニールねぇ・・・)。あわてて改札口横の窓口へいく。すでに先客が切符を手にしつつ駅員さんに問い合わせていて、その話の内容から、まさに私がしたい質問そのものであった。その場にいた3組の客はどうやら全員が関西方面へ金沢経由で帰るつもりだったので「サンダーバードの乗り継ぎは待ってくれるのかどうか」が問い合わせの焦点となった。

 駅員さんも困っていて、金沢駅にその場ですぐ電話で問い合わせてくれていたが、少なくとも我々が乗る予定だった接続のサンダーバードは「待たない」との返答(金沢駅はJRが西日本の所管になることも影響していたようである)。駅員さんも金沢駅への電話のなかで「今ここに10名ほどのお客さんがその予定で切符を持っているのだが、なんとかならないだろうか」と、できる限りの対応をしてくれたが、難しそうであった。

 私は窓口カウンターでノートをひろげて、駅員さんの言ったことをメモしつつ、考えられるその他の手段を検討してみた。まずスマホで「長野からの夜行バス」の可能性を調べ、当日の座席が予約できるかどうかの問い合わせをするか迷ったが、あまりにも疲れていたのでそれはやめておきたかった。飯山駅から南下して関東経由で帰る線ももちろん検討したが、時間が遅くてどうにもいいダイヤがヒットしない。そのことについては駅員さんに聞いてもよかったが、それどころじゃない感じだったのと、もしその可能性があれば先に教えてくれていたであろう。現地で一泊するという可能性は、本当に最終手段である。翌日も大事な予定があったので、できる限り当日中に京都に戻りたい。



 で、こういうとき、お客さんのなかには駅員さんに不満をぶつけにかかる人がいる。怒りたい気持ちは分かる。分かるんだが、偉そうだが私の気持ちとしてはこういうことだ。旅のトラブルは、ある種の「神様からの挑戦状」みたいなものなのだ、と。こういうときには冷静に状況を味わい、最悪でも苦笑い、できれば笑顔で乗り切ってこそ、旅人としての矜持が問われてくるのである・・・そのお客さんが旅行中かどうかは知らないが。

 なので、ノートにあれこれと考えられる可能性を書き付けていくと、周囲の慌ただしさから距離を置いて、落ち着きを保つことができる。新幹線が1時間に1本到着するかどうかの閑散とした改札なので、そのまま窓口カウンターに留まっていても特に問題のない状況だったので気分的には助かった。

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 その場にいた他の駅員さんたちもいろいろ調べたり問い合わせたりしてくれて、もしどうしても当日中に帰るのであれば、我々が乗る予定だった列車の1時間後に出発するサンダーバードの終電しかない、となった。ただし連休中なので指定席は完売していて、自由席に乗るしかないが、おそらく混雑していて、立ったままの乗車になってしまうだろうとのこと(そして、ムダになった指定席券は行った先の駅で半額だけ払い戻しがされるらしい)。

 

 しばらくすると、金沢駅からの続報として「サンダーバードの終電だけは、遅延した電車の接続のために待ってくれる」ことの確約が得られたという情報が伝えられた。もはや選ぶべきルートはそれしかないと思ったので、そこで私は、いったん改札の外に出させてもらって、駅のコンビニで食料と多めの水分を調達しにいき、その後ひたすら待って、1時間遅れの新幹線「はくたか」に乗った。


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 この区間だけは指定席なので確実に座ってご飯が食べられるうちに・・・と思い、はくたかの中で、買っておいたおにぎりをまずは食べはじめた。

 

 そして、このトラブルのなかで、考えられる限りの最善を尽くせるとしたら、「2時間立って帰ることになるであろう終電のサンダーバードで、誰よりも早く自由席車両に飛び込んだら、もしかしたら座れる可能性もあるのではないか?」ということだと思い至り、そこで、「時刻表を愛読するほど鉄道業界に明るく、調べ物が得意で、私の状況や事情をすぐに理解して適切なアドバイスをしてくれることが期待できる人物」として、友人のM・フィオリオ氏にLINEで事情説明をし、協力を取り付けた。実は改札の窓口カウンターでやりとりする直前に、彼はまったく別件でLINEを送ってきてくれていたので、頼みやすかったのも大きい。

 

 そして私はこのとき初めて北陸新幹線を利用したことになるのだが、しばらく乗っているうちに、金沢方面に向かうときには、やたらたくさんの長いトンネルがあるようで、スマホではネットの電波がすぐにとぎれてしまうことが多そうだということが分かってきた。そうなるとなおさら、金沢へ着く一時間ちょっとのあいだであれこれと自分のスマホで調べられることには限界があり、フィオリオ氏のほうで安定的に情報を集めてもらって、まとめて送ってもらえるほうが絶対に良いだろうという判断もあった。

 

 私が知りたい情報を要約すると、こういうことだった。「金沢駅で、はくたかが到着するホームから最短ルートでサンダーバードの自由席車両に行くにはどうすればいいか」、そのためには以下の情報が必要だった。

 ・はくたかが到着するホームで、乗り換えに適切なエスカレーターに最も近いはくたかの車両は何号車の、前後どちらの出入り口か?

 ・はくたかが到着するとき、車両の右、左のどちらのドアが開くのか?

 ・はくたかが到着するホームから、どういうルートでサンダーバードの待つホームに向かうべきか?

 ・サンダーバードの自由席車両は何号車か?

 ・最短ルートでサンダーバードの待つホームにたどり着いたとき、もっとも近い場所にある車両は何号車になるのか?

 

 おおむね上記のような内容を調べてもらった。その前提として、新幹線ホームと、サンダーバードのいる在来線ホームのあいだには乗り換え改札を通らないといけないことをフィオリオ氏は書いてきて、「そうだった!」となり、そんな当たり前のことを忘れていた私も実は今回のトラブルでやや参っていたのかもしれない。いずれにせよ私は金沢駅へは人生で2回ぐらいしか利用しておらず、まったく駅内部の記憶がないため、なおさらナビゲートを必要としていた。

 

 そうして、時間を追うごとにフィオリオ氏からはひとつひとつ情報が提供されていった。大げさかもしれないが、このシチュエーションはまるで映画『アポロ13』を思い起こさせた。トム・ハンクスらが地球に帰還するための宇宙船の電源を確保しなくてはならず、手順を少しでも間違えるとアウトとなるため、NASA管制塔からゲイリー・シニーズが苦労して見いだした適切な手順を伝えていく、あの名シーンみたいに思えた。もし仮に私が自由席に座れなくても、今回のトラブルを通して、こうしたやりとり自体がとても楽しく感じられてきた(フィオリオ氏にとっては迷惑で面倒な依頼が舞い込んできただけなんだが 笑)。

 

 こうした情報収集の結果、私がとるべきアクションは次のようにまとまった。

「はくたかの7号車の前寄りの出口でスタンバイ。13番ホームに到着予定なので左側ドアから出て、すぐ目の前に下りエスカレーターがあるので、下ったあと左側に折れて在来線への乗り換え改札を通り、すぐ左の階段で2番ホームに駆け上がり、サンダーバードの5、6、7号車の自由席を目指す(サンダーバードは先頭が9号車)」

 完璧だ。ありがとう、フィオリオ!

 

 幸い私は6号車に座っていたので、列車が金沢駅に近づく10分前には荷物を持ってすぐ隣の7号車の前方出口の左側にスタンバイできた。もはやこれは「勝負」なので、なりふり構わず「ポールポジション」を狙って、ドアが開いたと同時にダッシュするつもりであった。

 

 そして金沢駅に近づくにつれネットの電波も安定してきたので、ここでようやく、念のためJRの公式サイトに掲載されている金沢駅の構内図を見てみた。しかしこの構内図をパッと見て、小さい画面ですぐに何かを読みとるのも難しく、そこで自分のなかでちょっとした混乱を招いてしまい、ムダによけいな質問を次々とフィオリオ氏に投げかけてしまった。このあたりで自分の判断力に迷いが生じてきたのも事実である。

 

 はくたかが金沢駅に近づき、私は左側ドアに鼻を押しつける勢いだった。もし誤作動でドアが開いたら飛び出していただろう。

 

 そうして車内アナウンスが流れる。電車の遅延についての一通りのお詫びのあと、「到着は14番ホーム、お出口は右側です」との衝撃的なお知らせ。

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 後ろを振り返ると、4人の若い家族連れ(荷物多め)がいた・・・1時間も遅れてしまった新幹線は時刻表通りに13番ホームには入らないようであった。さっそくのつまずきにウケてしまい、思わず手にしたスマホでフィオリオ氏に「出口14番で右側やった(笑)」、「家族連れがポールポジション(笑)」と続けてLINEに書いて送ったため、その最中に続けてアナウンスされた「乗り換えのご案内」を耳に入れそこねる始末。サンダーバードが予定通り2番ホームにいるか確信がもてないグダグダの状態になり、自分を責めつつ(アナウンスを聞き逃したことはフィオリオ氏には伏せておいた)、4人の家族連れ(荷物多め)の、他愛ない会話の背後で、手にしたカバンをぶつける勢いの私が立ちすくむ構図。

 おそらくこれが『ミスター・ビーン』だと、なんとかしてヒドい手段を講じてこの家族連れを押しのけて右側ドアの先頭に立つのだろうなぁと思っていた。

 

 そうこうするうちに新幹線がホームにすべりこむ。するとフィオリオ氏が教えてくれたように、ドアの窓の向こうにはちょうどいい場所に下りエスカレーターが見えたので思わず笑ってしまいそうになった。できることならその光景を(家族連れの背中ごと)写真に撮りたかったぐらいなのだが、私はカメラではなく切符をしっかり手に持って、これから始まる競争に意識を向けなくてはいけないと自分に諭した(家族連れの背後で笑いをこらえていた時点では、この話をブログに書こうとはまったく思っていなかったため、残念ながら写真記録は取れずじまいである)。

 

 ドア、オープン!

 家族連れがエスカレーターに。

 ハタから見たらタテイシもこの家族の一員だと思われたであろう距離感で後に続く。

 殊勝にも、先頭をいくお父さんが重たそうなスーツケースを持ったままエスカレーターを駆け下りていったので、心から拍手を送りたい気分。ほら、子供たちもお母さんも後に続け! ほら早くーっ!!

 

 自分の足がエスカレーターから降りた瞬間、その家族連れを置き去りにして走る。ちゃんと目の前に乗り換え改札口があり、瞬間的に「現在、改札口を開放しています」という見慣れない案内表示が目に入る。おそらく今回の事情ゆえにそういう配慮をしているのだろうか、とっさのことなので理由を確かめず、開け放たれていたゲートを遠慮なく走り抜け、すぐ左の階段をあがる。

だあぁぁぁーー。

 

 階段の上に2番ホームの表示がみえ、たしかに列車が停まっていて、「9」の文字が車体に。すかさずターンして後ろの車両をめざし、7号車車両に。混んでいた車内で、2つぐらいしか空いてる座席がなかったが、とにかく通路側の空き座席に飛び込む。車内アナウンスが聞こえ、いま乗った電車が無事にサンダーバードであることをそこではじめて確認できた。

 そして間もなく、つぎつぎと新たな乗客がこの自由席車両にやってきて、通路は人であふれる。

 

ウェェェェーーーイ!!!

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 その場にいた乗客からしたら、北陸新幹線のトラブルのせいで出発が遅れて、ただでさえ夜遅い電車なのに、グダグダした感じであっただろう。そこへ血相を変えて40歳の男が息切れ激しくゼーハー言いながら突然走り込んできたのだから(でもおそらく顔は少しニヤニヤしてたとも思う)、せっかくの(平成最後の)ゴールデンウィークの夜に気持ち悪い光景を見せてしまったかと思う。

 

 

 「・・・座れた・・・」

 

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 ともかくこのときの、「一言打ってすぐ送る」を繰り返しているLINEの状況から、私のテンションの高ぶりがうかがえよう。

 旅先での予想外のトラブルを、一転してスリリングなゲームに仕立てることができたのは、すべてはフィオリオ氏のおかげである。しかもこうして久しぶりのブログのネタにもすることができた。さらに言うと、今回のこの記事の下書きは、その金沢からのサンダーバードの車中で、持ち歩いていたポメラで書いた次第である。多くの「座れなかった乗客」を周りに感じる中では、眠ってしまう気にはなれず、何らかの文章を打つことで、自分なりにこの一連の出来事を振り返る時間にしようと思ったわけである。

 

 そして、最近ことに強く思うのは、年齢を重ねるとますます私はミスター・ビーンのような行動様式を是としてしまう感覚が強まってきたことだ。ビーン師匠と呼んでしまいたい。

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2018.03.18

おはぎのあらたな想い出

最近のあれこれ。

遠位型ミオパチーという難病支援のチャリティーコンサート「Suite Night Classic」に友人K氏ご夫妻とともに参加。かれこれ通算で33回目の実施で、まる10年続けている。そしてこれからも続くのだろうと思う。この難病をめぐる深刻な状況をシェアしつつ、そして僕らができることは日々を楽しく過ごそうという意欲を失わないことだという話になり、音楽を楽しみ、終わったあとの会場カフェで宇治川の流れの速さを目で楽しみつつ、主催の林くんとお母様がそれぞれに作り合ってきたおはぎをおいしくいただく。これからの人生でおはぎを食べるたびに想い出す光景がまたひとつ増えた。

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この日のトークでも触れられていたが、先日スティーブン・ホーキング博士が亡くなった。そのニュースの直後ツイッターで「ディスカバリーチャンネル」が書いていた、生前のホーキング博士の言葉にグッときた。「今度、失敗をして誰かに文句を言われたら教えてあげてください、『宇宙が完璧なら人類は生まれなかったんだ』とね」

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このあいだはロフトプラスワンWESTにて「『日本のZINEについて知ってることすべて』刊行記念トーク:関西アンダーグラウンド編」、こちらはナセルホフ氏と参加。本では伝え切れていなかったとされる関西独自のZINE文化の系譜について、その一端を垣間見せていただく。本当に「垣間」なのかもしれないけど、自分も生きていた時代とはいえ、どうしても捉え切れていない「80年代の空気感」をお裾分けしていただいた感じ。いろいろなものが何回転もして今に至っていると思うわけだが、果たして自分たちはこんな時代において何を残せていけるのだろうかと、わりと真剣に考えさせられた。

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前からあったのだろうけど、最近「明治屋」ではじめて知ってジャケ買いしたお菓子、「HOPJES」というオランダのコーヒーキャンディ。外観からはまったくコーヒーの匂いがしないだけに、なおさらこれはデザインの妙味が光る。

ラドマーカー コーヒーキャンディー 90g 原産国:オランダ

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2018.02.23

日本焚火学会があるのな&土井善晴が最近気になる

ずっと前から、焚き火がしたいと思っていてなかなか手が出せていないのだが(そもそもアウトドア趣味にほど遠い生活をしている)、「日本焚き火学会」があることを知った。アカデミックな学会というよりかは、イベントを通して焚火ファンが親睦をふかめるためにあるような雰囲気だが、いずれにせよ最近何かと個人的に広島が熱い。
日本焚火学会のサイトは(こちら)。

最近はとてもスキーとかやってみたい気持ちが高まっており(高校の修学旅行でしか行ったことがない)、それは単にオリンピックを観ているからなのか、だんだん中年になってきて体が動かなくなってきていることの危機感からなのかは分からない。

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最近気になるのは料理研究家の土井善晴さんだ。『一汁一菜でよいという提案』という本をさいきん読んだのである。

本の内容はシンプルだ。このタイトル通りのことを言っている。でもその奥にあるまなざしがとても本質をついていて、「たしかに!なるほど!!」となる。しっかり食事を作ること、食べること、感謝すること・・・というシンプルな営みについてあらためて見なおすことができた。

とはいえ・・・なかなか自炊できていないので、まずはそこからですな・・・

地上波テレビをほんとうに観ていないので、土井善晴による「塩むすび」がえらく話題になっていたことを今さらになって知る。(こちら)とか(こちら)を参照。

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2017.10.09

ECHOESなロンドン旅2017夏・その6:底なしロンドンめぐり

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今回のロンドン旅で訪れたその他の場所について・・・こうして振り返ると5日間ちょっとの滞在でスタンプラリーのごとくいろんな場所に行っている。次はもうちょっと落ち着いて滞在したい。

 ☆スカイガーデン

 数年前にニュースで「ロンドンで建設中の高層ビルからの太陽光線の反射によって、路上に停めていた乗用車がダメージをうけてゆがんだ」というウソみたいな出来事があって、ご存じの方も多いだろう。で、そのビルというのが最近できあがって、いま無料で頂上階に行ける(ただし予約が必要で、今のところすぐに申し込み完了になる。数日間のスパンの予約を10日前ぐらいに一気に受け付け開始にするので、マメに公式サイトをチェックしないといけない)。

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 「チーズ削り機」の異名をとるこの変わった形状のビル、たしかにこの妙な形状だと、とんでもない方向に太陽光線を反射させてもムリはないと思わせる。ひたすら上を見上げていくと、建物をみるだけなのに酔いそうな感じ。

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 厳重な手荷物検査の後、エレベーターで最上階のスカイガーデンへ。そこはオープンテラス的なレストランもあり、何も飲み食いしなくてもテラスへ出て、昔の人が見ることができなかった角度からロンドン市内の景色を楽しめる。まぁ、外の景色もうまく見えるところと見えにくいところがあって、安全上の観点を思えば「まぁ、こんなもんだろうな」と思わせる構造ではあるが、何より(少なくとも今は)無料でここまで来ることができるので、話のネタとして訪れておいてもいいかと。

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↑今度きたときは向かいにある「ザ・シャード」も行ってみようと思う。

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 ☆アレクサンドラ・パレス

 そうとは知らず、たまたま私が宿泊先として選んだリントン・アパートメンツの近くに実はこのアレクサンドラ・パレスがあった。

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 小高い丘のうえにあり、南にロンドン中心地を見下ろすとても景色の良い場所で、その立地条件もあってここには軍事施設だったりBBCの放送曲の電波塔があったりしている。そしてそういう歴史博物館としての性質もありつつ、普通にイベント会場としても現役のよう。いまは基本的には工事中のようではあるが、周辺にはこの建物の歴史を語る展示物がセットされていたりする。

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この場所は今回の旅のテーマにおいてぜひ訪れたいと思っていたところだった。この施設はいろいろな歴史がしみこんでいるわけだが、今回の旅にひきつけて言えば、60年代後半のロンドン・アンダーグラウンドシーンにおける記念碑的イベント「14アワー・テクニカラー・ドリーム」がこの場所で行われていたのである。ピンク・フロイドもここで(アムステルダムのライヴを終えた足で駆けつけて)演奏をしていた。

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 ☆ロイヤル・アルバート・ホール(BBCプロムス)

 イギリス好きを吹聴しつつも、恥ずかしながら今まで「BBCプロムス」という夏の恒例イベントの存在を知らなかった。120年以上前から続く、長期間にわたる夏のクラシック音楽の祭典で、連日連夜コンサートが企画されており、「お金のない人でもクラシック音楽に親しんでもらう」という当初の趣旨を今でも大事にしており、格安で、ドレスコードもとくになく、一般庶民が気軽に楽しめるという音楽コンサートの夏フェスなのである。

 せっかく夏の時期にロンドンにいるのであれば、やはりこれは観ておきたいと思ったし、何よりメイン会場がロイヤル・アルバート・ホールなのである。むしろこの建物に入りたいがために今回観に行った部分もある。

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 そしてたまたま私が訪れた日は、指揮者に大野和士、メゾソプラノに藤村実穂子という日本人音楽家が登場する日でもあった。演奏する曲はドビュッシー、ラベル、そしてマーク・アンソニー・タネジという現代音楽家の作品を演奏。

 ロイヤル・アルバート・ホールも実は先述した「テクニカラー・ドリーム」におけるアンダーグラウンドシーンとの深い関わりがあり、同イベントを扱ったドキュメンタリー映画でも、そのはじまりは1965年にこのホールで行われたビート詩人たちによるポエトリー・リーディングのイベントにあったとされている。そのほか、数々のロック・ミュージシャンもここで演奏しており、ライヴ盤の題名で「ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール」という感じで名付けられることもあることから、そういう意味でも「イギリスにおける日本武道館」みたいなものだと勝手に思っている。

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 円形のホールなのでロビーも当然グルグルと回れる仕組みになっていて、私は調子に乗って場内のパブでシードルのお酒なんか買ってチビチビやりつつ(この旅で唯一お酒を飲んだのがこのときだった)、廊下に掲げられたいくつもの歴史的名演の記録写真などを眺めて開演前を過ごした。
 すると、件のビート詩人ギンスバーグのイベントの写真もちゃんと掲げられていた。こういうのをちゃんと掲示するあたり、文化を継承することの意味を分かってらっしゃる。

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 そして満を持して中に入る。プロムスというイベントのおかげで誰しもが来やすいこの空間において、誰の人生にとっても印象的な感覚をかきたててくれるであろう雰囲気があった。照明や装飾のなかにある現代的なムードと、言葉にしにくい伝統的な空気感が混ざり合った感じがあった。

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 座席はオンラインで好きな場所を選んで予約できるのだが、せっかくなんで「Choir」と呼ばれる座席へ。演奏者のうしろでコーラス隊が入るならこの座席を使うのだろうか。価格は19.50ポンド、3000円ぐらいか。そしてこの角度からだと指揮者の表情やオーディエンスの様子がよく眺められる。私のように音楽そのもの以上に、このホール自体にまずは興味があるという人にとってはとても楽しめる座席だと思える。
 このプロムスの特徴として、アリーナ席だけは当日券のみの販売で、立ち見なのであった。それはなんだかライヴハウスみたいな感じであり、クラシック音楽のコンサートというある種のイメージを覆してくれる感じで、後方エリアだと体育座りでもあぐらでも寝そべってもいいぐらいで、とっても、とっても、カジュアルなのである。

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 そして和やかなムードで開演。演奏を堪能しつつ・・・普通はこういうとき寝ないはずなのに、うっかり途中眠ってしまったのは、直前に飲んだシードルのせいだと思いたい。

 とりわけプロムスの最終日はとても盛り上がるようで、帰国後に知っている人に話を聞くと日本でもテレビ放送があったよう。なぜ今まで知らなかったのか。

YouTubeでも当然いろいろアップされている。これが今年の最終日のテレビ放送の様子で、別会場でも同時中継でみんなで気軽に楽しんでいる。あらためて観ると、クラシックの現場で、まるでロックフェスのような感じで旗振りまくったりしていて、こういう楽しみ方や盛り上がり方もアリなのね、と新鮮な気分になる。

ラストは当然のごとく「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」で締めくくる・・・と思ったら最後の最後は「蛍の光」が演奏されて、なんか観客もみんな隣の人たちと手をつなぎ合ってリズムとるのが風習? なんか微笑ましい。
番組のエンドロール前の「今年のハイライト」みたいな映像も興味深くて、実はいろんなジャンルの音楽をこのイベントでは上演しているのが分かる。
やー、いつかこの最終日のプロムスで旗振りまくりたい(会場に日の丸もみえるな)。こうしてまた次々と「イギリスでやりたいことリスト」が増えていく・・・今回もそうだが、「そんなに何度もロンドンに行って何をやるの?」とよく問われるのであるが、こういう感じで、行くたびに次にやりたいことがたくさん出てくるので、底なしなのだ。

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2017.08.27

ECHOESなロンドン旅2017夏・その3:バッキンガム宮殿の中を見学したり、思いがけない出会いを果たしたり。

 思えば夏の時期のロンドンにひとり旅として訪れるのは今回が初めてだった。そして「夏ならでは」、「今年ならでは」の出来事もあったのでまとめて書いてみる。

 まず、夏期間だけ限定で行われている「バッキンガム宮殿の内部見学」について紹介したい。英国王室にそこまで特段詳しくも興味もないのだが、「夏期しか入れません」と聞くと、せっかくだから行ってみようかなと思い、事前に英国観光庁サイトで予約チケットを購入しておいた。

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 ちょうど正面の大きい門にたいして南側エリアがチケットブースになっていた。私はつい、事前に観光庁サイトで購入したときのメールのプリントアウトで入場できるものと思いこんでいたが、それはチケットとの交換用紙みたいなもので、結局ひたすら行列に並んでチケットを受け取る。そのあとの入場も、時間ごとにおおまかに区切られて、待機させられたあと、ひとかたまりの集団が一斉に中に入るという感じ。そしてもちろん空港ばりの手荷物検査がある。

 入り口では他言語対応のオーディオガイドが借りられる。日本語の解説を聴きながら、最初の部屋や通路の時点ですっかり建物や装飾品のすごさに圧倒される・・・なお、写真撮影はNGなのであるが、そりゃあそうだよなぁと思った。もし写真OKだったら、まずもって客の流れは滞るはずだ。あちこち撮影したくなるし、自撮りもしたくなるだろう。

 普段そこまで装飾品やアンティークな家具に注目していない自分ですら、そこに置いてあるモノたちが放つパワーに魅了された。写真が撮れないもんだから、グググと目に焼き付けるべく凝視。「記録を許されない輝き」というのは、またよりいっそう、そこにあるモノや空間を美しく際だたせる。

 あちこちの部屋に置いてある休憩用ソファに腰を下ろし、その部屋の空気をめいいっぱい吸い込もうとするかのごとくさまざまな眺めを味わいながら感じたのは、この宮殿は決して古いだけの建物ではなく、現在も女王はじめ王室関係者が使用している「家であり仕事場」でもあるので、「人が使っている部屋」の空気感、現役感みたいなものが、よりいっそう素敵な雰囲気をつくる要因になっている気がした。「歴史や伝統」といった重たい距離感だけで圧倒するのではなく、訪れた客人の気持ちを心地よくさせ、生涯忘れられないような時間を過ごせる壮麗で気品に満ちた場所としてこの宮殿が時代を超えて成り立っているような、そういう活き活きとした感覚がわいてきたのが、思いがけず印象的だった。

 そしてまた、押し寄せる畏敬の念。ここで古来よりさまざまな人物が行き交い、向かい合い、歴史が紡がれてきたのかと思うと、「よくもまぁ、こんなふうに一般人に公開してくださったものだ」と、素直に感謝の気持ちがわいてくる。王室にしたら、これだけの建物を維持するための資金も現実的な問題としてあるわけで、90年代以降、女王が避暑地に行っている夏のあいだ限定で一般公開をするようになったようだが。

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↑宮殿を出た後の、出口に向かうまでの公園より。「宮殿アイス」とか売ってた。

 とかく、夏の間にロンドンに来る楽しみがまたさらにひとつ増えた。そう、私はまた何度でもここに来たいと思っている。ここはなんというか、「史跡見学」というのではなく、先述のとおり「いまも誰かが住んでいるご自宅のひとつ」なのである。世界最高峰に素敵な邸宅のひとつだと思うと「また来たいです、ていうか、いつかぜひ招待して!(笑)」といいたくなる、そういう「不思議な心地よさ」があったのだ。

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 さてもうひとつ書いておきたいのは、これとは別の日に、バッキンガム宮殿のあるグリーン・パークに来たときのこと。ちょうどこの時期に開催されていた「世界陸上」で、競歩の競技会場が、このバッキンガム宮殿の前を通る「The Mall」の一直線の道だった。競歩のある日に近くにいたので、ちょっとだけ様子を見てみようと訪れた。

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 そこはライヴ会場のような盛り上がりをみせていて、ちょうど女子の20kmが終わる頃だった。競歩を生で観るのは初めてだった。もはやマラソン並みのスピード感があって、地面に足をつけたままの速度とは思えないぐらい。とくにイギリス代表選手には沿道から大声援があがっていた。沿道の外国人応援団の隙間をぬって、この競技で唯一出場していた日本代表の岡田選手に「がんばれっ!」と、日本語で声援を送ることができた。

 で、次の男子20kmがはじまる直前に、別の目的地へ行こうかどうしようか迷いながら、ふらふらと競歩コースの折り返し地点のところに向けて適当に歩いていたら・・・ 「!!」












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 まさに昨晩、宿で私もテレビの生中継で観ていて興奮していた、男子100m×4人リレーで銅メダルを見事勝ち取った短距離日本代表チームのみなさんとバッタリ遭遇!! 競歩の応援に駆けつけていたようだ。
 あまりのバッタリ感に動揺しつつ、「昨日は感動しましたー!」と言うのが精一杯。
 手に持っていたデジカメですみやかに自撮りを試みたのが上記の写真。スマホとは違い、どういうふうに写っているか見えないのである意味これは「賭け」なのだが、見事にフレームにうまく全員収めた(笑)

 そのあと折り返し点の場所で男子20kmのスタートを待ちかまえてみた。遠くに宮殿を見ながら、選手たちが猛スピードでやってくる姿が圧巻だった。折り返しのときは写真を撮りつつも、この旅で一番大きな声を出して「がんばれー!」とエールを送った(タイトな日程で動いていた私はどうしても次に行きたい場所があったので、最後まで見届けずにこの場を離れざるを得なかった。)

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 というわけで、今後私にとってバッキンガム宮殿および「The Mall」は、競歩会場の賑わいと(それはロンドン五輪の追体験みたいな感じで、贅沢な時間でもあった)、そして陸上のリレーチームとの邂逅の場所としても思い出が刻まれたことになる。

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 ちなみに・・・

 最初に書いたバッキンガム宮殿の内部見学は、時間軸でいうとこの競歩のあった日の翌日のことであった。その日、宮殿見学の入場列に並ぶ前に、注意書きで「内部にトイレはないので、この近辺のトイレに事前に行くように」という案内が地図で示されていた。そこでおそらく一番分かりやすそうな場所にあるトイレに行こうと思い、The Mallの通りのちょうど真ん中あたりにあるトイレを目指して歩いた。ただ、自分のチケットの入場指定時間が迫っていたので、トイレにいくまでの道のりを急いで早歩きで向かっていて・・・ふと「あっ!? 今まさに!? 自分が競歩かっ!?」
と思って、ひとり笑ってしまった。

そういうオチ・・・。


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2017.08.18

ECHOESなロンドン旅2017夏・その1:ピンク・フロイド回顧展にバンドの律儀さを想う

そもそもヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)がピンク・フロイドの回顧展を行うというアナウンスをしなかったら、どれだけの人々が、2017年がそのバンドのデビュー50周年目にあたることに気づいていただろうか。

もはや実質的には90年代に活動を止めていて、かの2005年の「ライヴ8」で一夜限りの「ありえなかったはずの4人の共演」が実現したものの、その後シド・バレット、リック・ライトがあいついで他界し、もうどうしたってこのバンドの演奏を「観る」ことは永久に、不可能になった。
なので、あのライヴ8こそは、何があっても行っておくべきだった、そういう想いをずっと引きずっているファンは多いはずだ。
そんななか、デビュー50周年を記念した今回の回顧展だ。もはや50年でも70年でもどうでもよくて、オフィシャルにピンク・フロイドが動いたら、それはもう、行かなければならないのであり、そういう状況なのであった。欧州でテロが起ころうが何があろうが、2017年の夏にロンドンにいくことはずっと前から決まっていた。

  思えばこのバンドはその初期の哀しい出来事を乗り越えてからずっと、「あなたがここにいてほしい」ということを切々と歌い続けていたバンドだったわけで、「不在、というありかた」を想い続けること、それがこのバンドの魅力に触れた人々が共通して持っている矜恃みたいなものかもしれない。バンドはもう動かない、でも「すでにいないバンド」を、目の前に観て感じること、それを共有する場としてのV&Aミュージアム。すばらしい企画。

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・・・と、えらく鼻息荒く書いてしまったが、行く前の気分はそんな感じでも、実際に4年ぶりに訪れた大好きなロンドンにおいてはただひたすら 「 ヒ ャ ッ ホ ー ! 」 な気分でタテーシは浮かれてタラタラ歩いていただけなのである。

行く前は「V&Aの建物の入口に立ったら泣いてしまうかも知れない・・・」とか想像していたが、実際はサウス・ケンジントンの地下鉄駅からそのままミュージアム方面への長ったらしい地下道を通っていったので、地味な地下入口から入ってしまい、V&Aの建物の外観の写真なんて1枚も撮っておらず(笑)、そのまま普通に博物館の再訪に満足しきって、フロイド特別展の予約入場の時間までは他の展示物をみたり、ムダに中庭に入って一人で浮かれていたのであった。

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↑この中庭でダラダラしたり、常設展示を見るだけなら無料ですよ。最高かよ。

この日は金曜日で、毎週金曜だけは夜までオープンしてくれているという粋な計らいを展開してくれているV&A。なのでなおさら、「いまからピンク・フロイドのライヴを観るぞ」的な気分になっていった。今回の特別展はゼンハイザー社提供の特別オーディオ・ガイドの数量の関係上、あらかじめ予約しておく必要があるっぽい。

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↑もうね、このオーディオガイドの機器の収納のたたずまいが、すでにアートと化していて、テンション上がる。パッと見てキース・エマーソンとかがよく使っていた旧式の巨大キーボードのコンソールみたいで。

実はこうした博物館や美術館で、オーディオ・ガイドなるものを使って観賞することが個人的に今回初めてだったりする。ましてや海外だと、どうせ英語ナレーションなんでしょう? とか思ったりするんだが、今回は展示の性質上、解説が入るというのではなく、展示エリアごとにピンク・フロイドの歴史を示すBGMが(おそらくGPSで判定される場所ごとに)自動的に流れてきたり、いくつかのモニターで流れる音声がその都度聴けたりするようなので、ナレーションの言語がどうのこうのではなく、単純に「音楽バンドの記録を展示する以上、音声をその都度聞けないと意味ないでしょう?」ということなのであった。

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↑もっとちゃんと写真撮っておけよ、と言いたくなるが、はやる気持ちが抑えられなかったと受け止めておきたい。

展覧会のサブタイトルは「Their Mortal Remains」。死せる残骸、とでも言えるだろうか。

会場に入るなり、まずはデビュー前の活動期に使っていた機材車のレプリカみたいなものが置いてあり、シド・バレットがガールフレンドへあてた直筆の手紙が展示されていて、その機材車のことがイラストで可愛らしく描かれていたりする。もうこれだけで飛行機代の半分ぐらいのモトは取れた。

「しかし・・・よく残っていたな、こんなものが・・・・」

というわけで、この感想は、その後ずっとこの本展覧会全般にわたって感じつづけることになる。

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↑最近の博物館はやたら写真撮影しまくっている人が多くて、自分としてはできる限り写真は撮影しないでおこうと決めていたが、これをみたときぐらいから、自分もどうしても写真に収めたくなってしまった。とくにこの並んだ書類の右側は、1969年5月にBBCの音楽番組に出演する際の資料なのだが、本来印字されていたシド・バレットの名前が消され、上に手書きでデヴィッド・ギルモアの名前が書かれているというもの。この走り書きのペンの文字に、重大な歴史の転換点が見いだせる貴重な記録で、後で買った図録にも掲載されておらず、これは撮影しておいてよかった。その隣のニック・メイソンによる1967年ごろの日記、「ひどいライヴだった」みたいな記述も、すごく興味深くて全ページ読みたい

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↑おなじみ『ウマグマ』のジャケット写真。これは一見すると単に壁ぎわにポツンとジャケ写真が展示されているだけなので、そのまま通り過ぎていく人がほとんどだったのだけど、よくみると左右に鏡が仕込まれているので、一歩踏み込んで近づくと、上記のような「無限ループ」な効果が楽しめる仕組みになっていたので、もし現地に行かれる方はそこを忘れずに味わって!と言いたい。

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↑若かりし日のピンク・フロイドが、依頼を断らずに映画のサントラを手がけたことにより、後々の歴史にその名を残すことになったB・シュローダー監督のカルト映画『モア』と、このポスターの作品『ザ・ヴァレ』。本当に映画はどうしようもなく救いようのない内容なのだが、しかしこのバージョンの美しいポスターははじめて見たので、新鮮な気分に。

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↑個人的に生涯ベスト愛聴盤である『原子心母』について、共作者のロン・ギーシンによる原曲のスコアが展示。フロイドのメンバー自身にとってはあまり顧みたくない作品なのはよく分かるし、展示もそこそこに・・・という感じだろうと予想していたが、この楽譜の展示は素直に嬉しかった。

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映画『ライヴ・アット・ポンペイ』でしばしば目にする、このアンプ類の機材の裏にスプレーで吹き付けられたステンシルの文字「PINK FLOYD. LONDON」がすごく味あるよなーと昔から思っていて、今回その実物が展示してあって嬉しくて、「これでTシャツ作ったらいいのに」と思ったら、その後の物販コーナーでまさにそんなシャツが売られていて、狂喜

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↑あぁ、もう、この『狂気』のジャケットデザインについての鬼才“ヒプノシス”ストーム・ソーガソンによる手書きの設計図なんて、そんなもの見た日にゃ飛行機代のモトは完全に取れましたよ!! っていう気分に。これもポストカードにすりゃよかったんですが、権利問題がありそうね。

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↑で、『狂気』のラスト『Eclipse』の歌詞だけが、この展覧会で唯一「歌詞がフルで書かれていた部分」なわけで(たしか)、それゆえに、なおさら、グッとくる。

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↑これは体験型展示として、『マネー』の曲のそれぞれのパートを好きなように上げ下げできますというもので、これはこれでハマった。ベースラインの妙味を堪能せよ、っていうことか?

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↑ロジャー・ウォーターズによる『ザ・ウォール』の歌詞やメモ書き。鬼気迫るものが。いや、ほんと、よくこんな資料出させたなーと、V&Aの関係者の仕事ぶりを讃えたい。

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↑そうそう!こういう関連写真の「アウトテイク集」が見たかったんですよ! 実際は小さいフィルムサイズだったりしてなかなか詳細は分かりにくいのだけど、逆にそれが「現場の作業感」が出ていてよかった。

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先般ブログでネタにした、『対(Division Bell)』の頭部模型との自撮り。ご満悦。

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↑その『対』のアートワークのコンセプトに至るまでの「あーでもない、こーでもない」が伝わってゾクゾクしてくる、ストーム・ソーガソンのアイデアメモ! 全ページみたいですこれもマジで!

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↑そして最後はオーディオガイドを外して、みんなで床にたたずんで、デビュー曲『アーノルド・レーン』と、「最後の」ライヴ8でのステージにおける『コンフォタブリー・ナム』の映像が広がる空間を味わう。

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↑そして個人的に「やはり!!」と思ったのが、実質的にピンク・フロイドとしての「最後の名曲」として相応しい位置にあるであろう『High Hopes』の、あの不思議なビデオ・クリップの最後に登場する謎の胸像が、やはりシド・バレットをモチーフにしていたことが、展覧会場のキャプションで何気なく書かれていて、自分のなかで合点がいったことである。

最後の最後まで「不在、というありかた」を徹底して表現し続けていたのか・・・と、あらためてビデオクリップを観ると感慨深い。

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というわけで、長々と書いてしまったが、実際はもっともっといろいろあって、想像を超えるスケールの展示だった(物販コーナーも。V&Aの公式サイトだと、まるで展覧会のTシャツとトートバッグと図録しか売ってないのかなと思わせておいて、実際はすごく多様なグッズが売られていたので、私にとっては人生で間違いなく最もお金を使った展覧会になった次第である)。

で、全体的な感想をヒトコトで言えば、「よくもまぁ、こんなに貴重な記録をたくさん残してくれていましたねー!!」ということだ。もともとは先述のようにドラマーのニック・メイソンが日記をマメにつける人だったりして、内省的と評されるバンドにおける“歴史家”および“外交官”としての彼の立場やキャラクターが、今回の展覧会実現に向けて相当大きなチカラになっていたことが伺える。

そしてまた、ピンク・フロイドというバンドがその初期から「マネージメント」におけるさまざまな問題に対処せざるを得なかったという歴史的背景があったことも、こうした「記録を残すことの重要性」を個々の関係者が意識してきた結果なのかもしれない、と感じた。それはあくまで推測であるが、「律儀なバンドの、律儀な展覧会」ではあった。

そういえばシド・バレットの脱退後も、メンバーは社会復帰の難しい彼にバンドの印税が支払われ続けるように尽力したという。そして最後の名曲のビデオクリップにまで彼の胸像を掲げて締めくくった。「不在であること」を不在のまま抱え込んで生きていくことの面倒くささ。「おせっかい」かもしれないが、本当に、律儀な人たちなのだ。

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↑5月に始まって10月頭に終わる展覧会なんで、人もそんなに混んでないだろうと思っていたけど、金曜日夜のセッションだからか、ひたすら大賑わいだった。

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2017.06.24

「世界を変えたレコード展」@グランフロント大阪

「ぜひ行ってみてほしい」とMSK氏に薦められてて、今日たまたま梅田に立ち寄ることができたので、グランフロント大阪のナレッジキャピタル・イベントラボにて開催中の「世界を変えたレコード展:レコードコレクションからたどるポピュラーミュージックの歴史」にいってきた。

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まったく知らなかったのだが、金沢工業大学では「ポピュラー・ミュージック・コレクション」というアナログレコード等のアーカイブが設置されていて、多様な側面からポピュラー・ミュージックの歴史的/芸術的視点に触れることができるようである。

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たくさんの貴重なレコードだけでなく、当時の時代背景を物語る資料などもいくつか展示されているのだが、とりわけ面白いと思えたのは、19世紀末から現在に至る巨大な歴史年表だった。

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今回の展示はたしかに図録集みたいなものを作ることは無理なのだろうけれど、せめてこの年表だけでも資料化して販売してもいいぐらいだと思えた。私なら買いたくなる。見終わったあとで受付の人に聞いたら、金沢工大の学生さんたちが制作した年表だそう。ちょいちょい興味深いエピソードなどもうまく書き込まれていて、読ませる年表になっている。

そして何より私のテンションを上げてくれたのは、最後の最後に設置されていた「顔ハメ」ならぬ、「そこで座って写真を撮ってください」という・・・

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ピンク・フロイドの「ウマグマ」のジャケット参加型記念撮影スポット!!

たまたま今ピンク・フロイドの本を読み返していて、この家のことが登場していた箇所を読んだばかりのところだったのでタイムリーだった。(ジャケット・デザインでおなじみの『ヒプノシス』のストーム・ソーガソンのガールフレンドのお父さんが田舎に持っていた家で、デビュー前にフロイドのメンバーたちや無名時代のポール・サイモンがここで行われたイベントで演奏を行ったこともあったそう)

このシュールな設定に感銘を受け、あいにく1人で来ていたから、係員のお姉さんに頼んでシャッターを押してもらう。

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やー、これはうれしかった(笑)。足の置き方もちゃんとギルモアに揃えてみたり。気合い入りすぎて肩に力入っているのが惜しい(笑)
このネタ考えた人には何か一杯おごりたい気持ち。まさかこんなオチに出会えるとは・・・入場無料で、7月23日まで開催中。

あ、テクニクスのレコードプレーヤーが設置されているコーナーもあって、たまたまそのときはロキシー・ミュージックの『アヴァロン』がヘッドホンで聴けるようになっていたのだけど、改めてアナログレコードの音の深みが味わえたのも貴重だった。うっかり手を出したら泥沼の趣味になりそうだが・・・


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2017.05.28

準備風景そのものも、ひとつのアート的な風情(ピンク・フロイド回顧展@V&A博物館)

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ジワジワくる(笑)。

この5月にはじまったロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館でのピンク・フロイド回顧展、その準備作業についての記事(こちら)をたまたまみつけたのである。

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この『Division Bell』のアルバムジャケットのこの頭のモチーフ、この現物を展示するというネタ。

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「ムギュ~~!」って感じ(笑)

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てなわけで、こんな感じでバンドのデビュー50周年回顧展が10月まで繰り広げられている模様。

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そもそもこの企画が昨年発表されたときのプレス向けイベントのときから、豚を飛ばしたりしてシュールさ全開。

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というわけで、常に謎めいた存在でありつつ、公式的には続いているロックバンド(実質的には終わっているんだろうけど)の50周年イベント、おめでとうございます。

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2017.05.27

「生活学校」とか「狂気」とか「HP」とか(なんのこっちゃ)

 奈良の名物カフェ「くるみの木」がプロデュースしている、奈良町の「鹿の舟」で「生活学校」というのがあって、「誠光社」を立ち上げた堀部さんが講師の「よむ」というのがあるとA氏から教えていただき、参加した。最近はこういう催しに参加することがなかなかできておらず、そして堀部さんにはかつて『DIY TRIP』のZINEに関していろいろとお世話になりつつ、そして京都に住んでいながら実はまだ誠光社にすら行っていないという不義理もあったので、この機会にお目にかかれてよかった。

 都合により初日のプログラムしか参加していないのだが、その日の午後のメインテーマがサリンジャーについていろんな角度で解説してもらう内容で、いろいろ知らなかったことを学ぶことができ、なんだか「堀部先生の演習ゼミ」みたいな雰囲気を楽しむ。ちなみに年齢幅がわりとあったはずの聴講者12名ぐらいのなかで、『ライ麦畑でつかまえて』を読んだことのある人・・・で、自分だけが手を挙げていた。堀部さんにとっても意外だったみたいで。ちなみに堀部さんは僕と同い年である。おたがい、適切に「こじらせ」ていたんだろうな、若い頃。
 初夏を思わせる陽射しと、和室を通り抜ける風のさわやかさが身に残る、静かな午後を過ごした。

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 こじらせ、といえば。
 高校生ぐらいのときは何度聴いてもあまりピンとこなかったピンク・フロイド『狂気』だが、たとえばこんな日の朝に通勤途中で歩きながら聴いていてラストの『Eclipse』にさしかかったとき、ふいにどういうわけか急に目頭が熱くなるような感じになって、それは歳を重ねてようやく『狂気』の描く普遍的なテーマ性を理解できるようになったからなのか、単に人生に疲れて精神的にまいっている40オヤジになっただけなのか。それはともかく、いまひたすらピンク・フロイドを聴きまくっている。

 ちなみにこの13年ちかく続くブログの歴史上もっともツイッター界隈で反響を読んだ記事のひとつは、ピンク・フロイドの評伝本についてのネタ、「本を読んでいて久しぶりに心底驚いたこと」(こちら)なのであるが、最近になってこの本の「下巻」をようやく読み終えた次第。つまりそれだけ後期フロイドには関心がなかったのだが、それも加齢とともに変わってきていて、最近は『ザ・ウォール』とかも体になじんできたところ。

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 自宅のパソコンがいよいよヤバい感じになってきたので、買い換えの決断を下す。訪れた電気店でヒューレット・パッカードのオーダーメイドPCを検討していたときに、HPの担当者の人がいろいろと説明をしてくれて、自分好みのスペックを一緒に検討することに。そのなかで最近よく聞く「SSD」のハードディスクについて、「従来のハードディスクとは比べものにならないぐらい、読み込みが速いんです」と教えてくれて、でも現状だと最大で256GBぐらいしか搭載できず、それだったら従来のHDDの1TBを選ぼうかなー、と迷っていたときに、担当者の人が「確かに現状ではSSDの容量はまだまだ少ない」ことを認めつつ、

「まぁ、SSDの速さを知らないままでいるのも良いかもしれません」

と言ってきたのがミョーにウケて、それで私はこの担当者さんに任せてこのHPでパソコンを買おうとその場で決めた。
なんというか、余裕やユーモアを感じさせる接客って、いい買い物をしたと客に思わせるうえで大事だなーと。

あとHPのオーダーメイドPCだと、マウスやキーボードも「なし」で買えるのが非常にありがたい。他のところで本体だけを買おうとしてもなぜか余計なキーボードがくっついてきたりしていて、「本体だけ欲しいヤツは本当に本体だけでいいんじゃないのか!?」と思っていたところだった。

ちなみにキーボードは、もう「東プレ」のREALFORCE以外は使いたくないのである。テンキー無しのバージョン。
まさに「これを使ったらもう元には戻れない」と言える打ち心地。こればかりは「高いだけある」と納得せざるをえない逸品。でもたくさんの人がこれに目覚めて信者になったら価格下がるかもしれないから、みんな買え!

「椅子」と「クツ」と「キーボード」って、どれも「体の動きを受け止める道具」だから、そういうアイテムに関してはできるだけ良いクオリティのものを使いたい。


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2017.05.16

自分が40歳になったことと、U2の”40”と、『おろしや国酔夢譚』のこと

40歳になったのだけど、何か久しぶりに、U2の古い曲『40』のことを想い出して、リピートしたりする。

もっとも、このうつくしい曲の主題は年齢のそれなんかじゃなく、旧約聖書詩篇の40篇だそうで。
「How long to sing this song」って、まさにそんな気分。

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ここ最近の突発的マイブームが、映画『おろしや国酔夢譚』で、その原作となった井上靖の本もがっつり読んだ。
この映画が作られた、バブリーで景気の良かった頃、日本テレビがこの映画について放映していたのを観た記憶が突然浮かんで、この江戸時代の漂流民の実話に基づく長大なスケールの映画が急に今になって気になりだしたのであった。

漂流してアラスカに近いぐらいの離れ小島に漂着して、何も分からないまま、ただひたすらロシアの言葉を少しずつ覚えて順応していって、そこから帰国を願いつづけて9年間、最終的にはこの大黒屋光太夫はシベリアを超えてユーラシア大陸の西の端、サンクトペテルブルグまでたどり着くという、とんでもなく数奇な運命のなかで、女帝エカチェリーナ二世に直接会えることとなり帰国許可を陳情するわけだけど、人間の持っているエネルギーとか精神力とか、ありとあらゆる部分の感動を覚えてしまう話である(帰国後は鎖国体制下の事情により、かなり不遇な晩年を送ったそうだが)。
 そしてどうしたって命を落としそうな過酷な生活環境と決死の大移動のなか、あらゆる場所で光太夫らを支え、応援してくれた無数の人々がいたのも確かであり、距離や時代を超えたヒューマニズムに、純粋に心打たれるものがある。

とまぁ、最近の私はことあるごとにこの『おろしや国酔夢譚』の話をしているのだが、先日、職場での懇親会の席上、同い年の同僚S氏にそれとなくこの映画の話をすると、彼は中学2年生のときにリアルタイムでこの映画を観てから、たまたまモンベル社の企画で「ロシアの川を3ヶ月間、ロシア・アメリカ・日本の若者が一緒になって川くだりをするツアー」というのに出会い、親に頼んでひとり中学生ながら参加して、初の海外体験をロシアの果てしない川下り、しかも言葉もよく分からない者同士で過ごすということをしたという話をしてくれた。なんたる奇遇。そして中学2年といえば1991年で、ソ連崩壊の大変革の時代だったはず。こんな身近に、そんなとてつもない冒険をしていた人が居たとは! と、驚きまくってしまった。

人生ってこういう感じで、ちょくちょくビビらせてくれるから好きだ。

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