カテゴリー「LifeHack」の記事

2023.12.25

意志決定理論「エフェクチュエーション」とは、DIY精神のことなんじゃないか & 今年もありがとうございました

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『エフェクチュエーション:優れた起業家が実践する「5つの原則」』(吉田満梨・中村龍太著、ダイヤモンド社 2023年)という本を読んでみた。

そんな結論になることを予想して読んだわけじゃないのだが、私なりにこの本で言われていることを強引にまとめると、結局のところエフェクチュエーション(Effectuation)とされる思考様式は、私がずーーっとこだわっている、Do it Yourself、DIY精神そのものじゃないかということだった。

まず本書では、従来の組織がとりがちなアプローチとして「コーゼーション(因果論)」が紹介される。市場調査・マーケティング分析などによって利益の見込みを立て、それに向けて事業計画が練られ、実行にあたっての資源を確保し、目標に向かって突き進む。「まぁ、どこでも普通はそうするよな」とも思える合理的で一般的な物事の進め方だとは思うが、このスタンスでは不確実性の高い現実世界において想定外の出来事や使える資源に制限がでてきたりすると、とたんに行き詰まるわけである(そしてまた事業計画をめぐる会議や下準備が繰り返される・・・と)。

そこでエフェクチュエーション(実効理論)という考え方になるのだが、これは卓越した起業家たちの意志決定プロセスを分析した学術研究をもとに編み出されたとのことで、次の5点の思考様式を特徴としている。

「手中の鳥の原則」
「許容可能な損失の原則」
「レモネードの原則」
「クレイジーキルトの原則」
「飛行機のパイロットの原則」

・・・と言われても「なんのこっちゃ」と言いたくなる名前がつけられているわけだが、本書の戦略としてこうして各原則につけられたユニークなネーミングが読み手の好奇心をさらに刺激するという意味で、マーケティング的にはうまくいっている気がする。そして表紙の装丁のポップなデザインも効果的で、書店で見かけたらつい手に取ってしまう策略に私もひっかかったわけだ。

で、今回のブログ記事を書くにあたって初めて知ったのだが、これらの原則については、実は本書を刊行したダイヤモンド社のホームページで、著者自身がものすごく詳しく解説しているのであった(こちら)。はっきりいってこのサイトの記事を通読すれば、本書の主要なエッセンスはタダ同然ですべて吸収できると思えるので「お金返して!」とさえ言いたくなる(笑)。
ちなみに本のほうでは、これらの原則の解説のあと、残り3分の1ぐらいのページ量を使ってひとつの事例が紹介されているのだが、これがあまりにも特殊事例すぎて、なんだか自分としてはあまりピンとこないのであった。

ともあれ、私がDIY精神として重視している考え方と、このエフェクチュエーションが通じていると思うのは「手持ちの材料や条件を創意工夫して活用し、どのような状況にも柔軟に対応できるように備える」ということである(なので、必要に応じて昔ながらのコーゼーション的にいってもいいわけだし、状況に応じてエフェクチュエーションに切り替えて対応していく、というスタンスが推奨される)。

たとえば実際にDIY的なものづくりでは、あらかじめ設計図は作るだろうけれども、いざ作り出すと想定通りにはいかなかったりもする。そこで「設計図が悪い」と、作業を止めて振り出しに戻るというよりも、ひとまずアドリブやアレンジを加えて、使えるものを駆使してとりあえず完成までこぎつけてみることもできるわけだ。そうすることで、当初は思いもしなかった新たな魅力や愛着を覚えることもあるだろうし、それらの一連の体験をふまえて今後はより望ましい活動に結びつけられるかもしれない。

そんなわけで、古くて新しいDIYスピリットの発想や志向といったものは、硬直した組織を改善するうえでも使える思想なんだということを、図らずも再確認させてもらった気がする。


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さて2023年の本ブログも最後の記事になりまして、少ない本数ながら今年も読んでいただきありがとうございました。

個人の目からみても、そして世界のあちこちからの目を通しても、いろいろと落ち着かない日々が続いているのですが、自分の周りの平穏をまず祈るような気持ちで日々を生きて、そして時間を削りながらも書き続けていくしかないのだなと、あらためて思う日々であります。

「今年のシメの一曲」は、ラブ・サイケデリコの『All the best to you』を選びます。このあいだ彼らのライヴを観てきたのですが、今年リリースされたこの新曲も披露されて、デビューして25年以上経ってもまったくサビつかない「デリコ節」に熱いものを感じたのでした。

この曲のミュージック・ビデオは市井の人々のさまざまな表情や街の何気ない風景が続くだけなのに、なんだか少しだけ勇気づけられるような、そんな感じがわき起こる不思議な作品です。

それではみなさま、よい年末年始を。

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2022.03.27

正しい方向へ転ぶ

行きつけの鍼灸院の先生がしばらくバイク趣味を封印していた後、あこがれのサイドカーを購入したことは以前ここに書いた(この記事とかこの記事)。

先日も鍼灸の施術を受けてきたわけだが、先生が若い頃からひたすらハーレーダビッドソンに傾倒していたことを受けて、話の流れで何気なく「そもそも一番最初にハーレーを手に入れよう! と決心したきっかけは何だったのか」を聞いてみた。

その返答は、「学生時代、抜け毛の多さに悩んでいて・・・」という予想外の話から始まった。

「それで某カツラ会社の相談室に行ったら、いろいろ頭皮の状態を調べられて、カウンセリングみたいなのを受けて・・・で、頭皮の環境をよくするマッサージやらなんやらを受ける3ヶ月間のコースを勧められて、それが100万円ぐらいするんですよ」

「学割もきくし、月々のローンで2万円ぐらい・・・とかいう説明を受けているうちに、『それだったらハーレー買おう』ってなって。カツラ会社に行ったのが昼間ぐらいで、夕方にはもう、ハーレーのディーラーに初めて足を踏み入れていた」

文字通り「その足で」、はじめてハーレーのディーラーに行って見積もりを頼んだとのこと。

いやはや。なるほど、さすがである。
先生は直感的に、どちらのほうが人生をより豊かにするかを的確に選び取ったのではないだろうか。
私にとっては、こういうのも「正しい方向へ転ぶ」というひとつの例だと思えた。

ちなみに念のため書き添えておくと、40代後半を迎えつつある先生の現在の頭髪環境は、とても良好のように見える。

結局、そういうものである。
普通に、うらやましい(笑)

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2022.02.26

大阪のとなりの奈良に住んでる、とその悪人はオランダの空港で語りかける

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▲12年前に乗り継ぎではじめてスキポール空港に着いたとき。オランダの空は実にいい。その魅力と謎を探ったドキュメンタリー映画『オランダの光』はオススメ。


 いろんな国の大使館や領事館が発行している海外安全情報のメールマガジンを読む機会があるのだが、たまに詐欺事件の注意喚起があって、これがなかなか読ませるのである。
 つい最近では在オランダ大使館がこんな事件を報告していた。

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今回、当館へ情報提供をいただいた手口は次のとおりです。

1 スキポール空港第2ターミナルの自動チェックイン機周辺で外国人の男1名が声をかけてくる。

2 この外国人の男は、困った様子で、英語で「大阪に行きますか?私も行きます。チケット変更の手続きをしているが、現金では、その追加料金49ユーロの支払いを受け付けてもらえない。現金を渡すので、代わりにカードで決済をしてもらえないか。なお、私は、今、大阪隣県の奈良で働いています」と話し、現金50ユーロを手渡してくる。

3 一緒に自動チェックイン機へ行き、機械へクレジットカードを入れるが、画面が動作する様子がなく、また、表示を英語にするよう外国人の男に伝えるも、この男は「この機器では駄目かもしれない、係員にもう一度聞いてきます」と言い、一度その場から離れる。この間、この外国人の男は、現金50ユーロを預けたまま、また、自身の荷物は置いたままにし、ターゲットとした人物がその場から離れないよう仕向ける。

4 戻ってきた外国人の男は、「隣の自動チェックイン機で試してみましょう」と促し、瞬時にターゲットとした人物の手元からクレジットカードを取り上げ、別の自動チェックイン機へ移動する。この移動のため背を向けた瞬間を利用しクレジットカードをすり替える。その後、再度自動チェックイン機で操作をするが、画面が動作しないため、この外国人の男は「再度、係員に相談します。後でお会いするかもしれませんね」と言うと、クレジットカード(既にすり替えられたもの)を返却し、その場から離れる。

 本事案は、親切心を逆手にとり、また、日本に関わりがある等の情報を伝えることで親近感を抱かせた上で、行われています。また、同様の手口で入手したと思われるクレジットカードを多数所持していると思われ、すり替えたクレジットカードが、一目で自分のものではないと気付かれないよう、同種のカード、且つカード番号や名義人のイニシャルが似たようなものが渡されているとみられるほか、こうした手口からも、日本人を狙っているものと考えることもできます。

 このような事案が発生していることを念頭に、今回この種の事案が確認された空港をはじめ、外出先ではこうした被害に遭わないよう十分に注意してください。
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 ううむ、実によく計画されており、私もきっとその場にいたらダマされるかもしれないなぁと思う。簡単にホメちゃだめなのだが、見事な筋書きで演じられており、ある意味では即興芸術の域に達しているのではないかとすら感じる。

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▲なぜか自分もスキポール空港でこんな写真を撮っていたが、チェックインでこういう類の機械があって、オランダ語表示のまま使われても何がなんだか、ってなりますわな。

 それにしても「大阪の隣の奈良に住んでいる」っていうくだりが笑える。わざわざ大阪の隣っていうワンクッションを入れるあたりにリアリティを高める効果がありそうで、でも一歩間違えると胡散臭くも感じさせる、なかなか際どいシナリオだ。

 そして偶然にも私のように奈良県で育ったために土地勘がある場合、そこで考え得る対応としては「レアリー? 奈良の、どのへん?」と返答するのもいいのだろうけど、おそらく相手は急いでいるシチュエーションを演出するから、そこで話題を膨らまそうとは決してしないのだろう。もしこれが「東京の隣の埼玉」とか言われたら、私もその点についてはきっと何も言えない。だからこそそういう話題のときは知らない土地でも「最寄りはどの駅? オレは鉄道マニアなんだ!」っていう返答を用意しておくのもいいかもしれない。

 そしてもうひとつポイントとなるのは、自分が使っているクレジットカードがすり替えられてもしばらく気づかれないように、犯人が多種多様なカードを取りそろえている可能性があることだ。チェックインの機械にクレジットカードを入れさせることで、カードのデザインを観察できるチャンスを作っているのが巧妙であるが、ここでもしできるだけ変わったデザインのクレジットカードを使っていて、犯人の手持ちのストックに同じカードが該当しなかったら、おそらくこの一回目の時点で犯人は「じゃあ、係員に聞いてみます」と立ち去っていくのだろう。

 そういえばつい最近私は楽天カードの「2枚目発行キャンペーン」に乗っかり、デザインを選ぶ際にどうせならネタになるほうを、と思って

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 このイニエスタ選手のカードにしたわけだ。カードの有効期限が切れるころには同選手も引退しているだろうから、このデザインが引き続き更新されることもないのだろう(されてほしいんだけど)とも思えるわけだが、海外旅行のときはこういう変わったカードを使うほうがいいのかもしれない。


 まぁ、きっと犯人の側も、どうせならお金持ちが持っている大手会社発行のゴールドカードみたいなやつを狙うほうが効率がいいのでしょうから、ツッコミどころしかないイニエスタのカードを使いたがる旅行者には目もくれないんでしょうけど。

(まだこのカード、お店で対面のレジで使ったことない)

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2020.03.23

家でできる趣味は、毎日全部やってみる(1ミリでも少しだけ)という作戦

 言いたいことはタイトルですべて表しているわけだが、まずこの話の前提として、日頃から私は、趣味というものを「ガス抜き」「息抜き」と捉える考え方を、どうにか変えていったほうがいいのではないかと思っている。

 趣味の時にガスを持ち込むのは、なんだかもったいないような感じがするのだ。
 ガスは脇に置いておけないか? と。
 そりゃあ確かに日常生活は腹立つことばかりだが、まずは少なくともガスを溜めこまないようにすること、ガスをどうにかして消化することに努めるべきであり、ただしその解消手段として「趣味をやる」というのは、何かが違うんじゃないかと思うのだ。

 たとえば息抜きでやっていることは「息抜きでやっていること」でしかない。「趣味」は、あなたが人生の時間、エネルギー、お金を投じて行っている、もっと大事なものではないだろうか。趣味が息抜きになるのかどうかは結果であって、最初から息抜きを目的にすべきではない。また、そのように周囲に思わせないことも大事だ。まわりの家族はそれで満足なのかもしれないが、息抜きと趣味は分けて考えておきたい。趣味とは、あなたの人生のなかで最大限に尊重されるべき、何らかの大きなものの一部である、と捉えたい。
 
 そこで本題である。家でできる趣味については、どんなに忙しい日でも、「やりたい趣味はすべてやってみる(1ミリでも)」という作戦を提案したい。

 そもそも最大のテーマは「時間がない」ということに尽きるわけだが、問題は時間が割けないこと以上に、与えられた時間との向き合いかたにある気がする。時間がないという思いにとらわれて見失いがちな、時間と向き合ううえでの意志や工夫というものを考え直すところがポイントじゃないかと思う。

 もちろん「それどころじゃないぐらい、日常の雑務に追われて一日が終わる!!」という日がほとんどかもしれない。しかし、その嵐のただなかにあってこそ、「それどころじゃないこと」に、ほんのわずかでも行動のリソースを振り分けてみること、それこそが、このつらい日常に抗していくひとつの戦略になるかもしれない。

 ほんの1ミリでいいのだ。本を開いて半ページだけ読むとか、楽譜を開いてみるとか、旅行先をネットで検索してみてひとつだけウェブページをみてみるとか、工作道具をひとつだけ机に出して準備しておくとか。ちょっとマヌケな感じがするのだが、しかし「何もできなかった」という印象で一日を終えることのほうが、いったい何のために自分が生きているのだろうかと、よっぽどマヌケな気分を味わうのではないだろうか。1ミリでもあらゆるものが進んでいけば、就寝するときの満足感みたいなものは、段違いに変わってくるはずだ。少なくとも私は、この作戦を実践することで、一日の終わりも穏やかな気分になって、そうしてぐっすり寝ている。

 うまくいけば、その1ミリがやがて2ミリとか5ミリぐらいになっていって、忙しい日常のなかで少しずつ趣味の時間を充実させていくことができるようになるんじゃないかと期待しつつ。

 そうやってこのブログ記事も、日々の1ミリを積み重ねて書いていくわけで・・・まあ、それでもこの更新頻度はなかなかあがらないわけだが(笑)

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2019.12.14

MARTINI RACING風のウェットティッシュケース

ふとキャンドゥの100円ショップにいったら、こういうものをみつけた。

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ウェットティッシュのケース。

白くて角張っているのがとってもいい感じ。

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中ふたが着脱可能なので、そのへんもよくできている。

 

最初これを出先のキャンドゥでみたとき、荷物がかさばるので、後日あらためて他の近所のキャンドゥで買おう・・・と思ったのだが、いざ探してみるとぜんぜん他の店になくて、こういうのは100均とはいえ一期一会なのねぇと痛感し、面倒だったがもう一度同じ店に出向いて購入。(追記:Seriaでも売っているみたいです → こちらなど参照)

 

これを欲しくなった理由としては、パソコンで印刷したシールでデコレートできそうだと思ったからである。

というわけで、最近凝っている、レトロでちょっとケバい雰囲気の「MARTINI RACING」風にアレンジしてみた。

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▲こういうイメージです。

 

いくばくかの試行錯誤の末、シールを貼ってみると・・・



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うむ。

深く考えずにシールを配置してみたら、なんだかプレゼントのリボン包みみたいなノリになったので、妙に可愛げが増したな。

以上、最近の工作ネタです。

 

★作ったシールの原画のPDFをアップしてみます

ダウンロード - martinie382a6e382a7e38383e38388e38386e382a3e38383e382b7e383a5.pdf

 

 

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2019.11.11

ずっと気になっていた「地味ハロウィン」に参加してみた話

 

 案の定、ひとりで「地味ハロウィン」に行ったことは友人たちにバレてしまったわけだが。

 あらためてブログでその報告をしたい。

 

 デイリーポータルZが数年前から提唱している「地味ハロウィン」はかねてからぜひ参加したいと思っていたイベントだった。今や類似のイベントがほかの地域でも行われるようになってきたのだが、やはり最初は本家本元での現場を味わってこそだろうと思い、こっそりと渋谷の東京カルチャーカルチャーまで行ってきた。

 ところで、地味ハロウィンに参加するにあたって最大のポイントは言うまでもなく「自分はどんなネタで仮装をするのか」にある。以前からあれこれと妄想を重ねてたどり着いたネタがいくつかあり、そのうちのひとつにしぼって数ヶ月前から少しずつ衣装をそろえていたのであるが、初めての本家・地味ハロウィンが近づくにつれて「果たして本当にこのネタでいいのだろうか、そして自分の人生はこれでいいのだろうか」といったような疑念が消えることはなかった(まぁ、だいたい毎日そういうことで思い悩んでいる気もするが)。

 

 そんななかイベントの直前になって、ある友人がかつて「速読術を教える塾みたいなところで事務アルバイトで入ったはずが、腕を見込まれて、速読を教える側になった」という話をしていたことを急に思い出し、「ー!!あああああ!!」となった。

「速読術の指導者」。 シャツにネクタイ(つまり普段の仕事着)、それに分厚めの本を一冊持って行けば完成する仮装。これこそ地味ハロウィンらしいネタではないだろうか。そして毎回写真でみる限り、参加者は「名札」をぶらさげることになりそうだから、その名札も含めて速読術を教える人っぽい雰囲気になりそうだ。

 ・・・と、思いついた直後の盛り上がりから、時間が経つにつれ冷静さが加わってくると、この地味ハロウィン独特の難しさに直面することになる。それは「ある対象となるものを自分が表象すると、その対象をどこかでバカにしていると見なされる」という問題である。

「あんたは速読術をバカにしてんのか!?」と言われると、うむ、たしかに心のどこかで「ホントに読めてんの?」と思っている部分があるのは認めざるを得ない。その一方でほんのちょっとだけ、「できることなら自分も速読を身につけてみたい」というあこがれの気持ちもある。で、速読術というよくわからないものごとについてそれを教えることが仕事になっている人が(自分の友人も含めて)この世の中に存在していることに「マジか!」という素朴な驚きがあるわけで、その驚きをほかの人とも分かち合いたい勢いだけでネタにしてしまった部分もあり、このあたりはなんとも言い難い部分である。そういうことを考え出すとたちまちモヤモヤすることとなったが、すでにそのときにはシャツにネクタイ姿、そしてカバンには分厚い本が入っている状態で新幹線に乗っていて、早朝から渋谷の東京カルチャーカルチャーに向かっていった次第である。

 駅を降りて歩くなかで、周りの人々もひょっとして地味ハロウィンの仮装をするのだろうかと妄想すると、歩いているだけでニヤニヤしそうになる。それと同時に、会場に近づくにつれてやはり緊張感も出てきて、開始時間までまだ時間もあるし、どのタイミングで会場入りすればいいか考えあぐねつつ、ビルの周りをうろうろ周回したり。

 今年の地味ハロウィンは事前に無料チケットを申し込み、3部入れ替え制で行われた(つまり去年あまりにも人が殺到したらしいのである)。Peatixのサイトにつながり、スマホに同社のアプリを入れたらスマホ画面からチケットが表示される。

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 会場に入る前に、入り口に置かれたカウンターで名札に「どんな仮装をするか」を記入するよう求められた。マジックペンが備え付けられているが、自分でペンを持ってきたら自由な色でカラフルに書けるだろう。名札ケースには白色と緑色が用意されていて、緑を選ぶと「取材NG」という意思表示になる。カウンターのテーブルには「地味ハロウィン」のロゴ入りシールとかデイリーポータルのステッカーなどが無造作に置いてあり、早いもの勝ちでもらえるような状態だった。
 で、この時点で周りの人たちが名札になんと書くのかが気になってしまったり、逆に自分の(あまり自信のない)ネタをここで書いてしまうことに、どことなくためらいが生じる。単なる名札に何かを記入するのに、ここまで気恥ずかしさや戸惑いを覚える感覚は新鮮である。

 開場までまだ時間があったようで、店の裏の非常階段みたいなところに順番に整列させられた。ライヴハウスの開場前みたいなノリだが、さっそく怪しげな装いの人や、まったく何のそぶりも見せない一般人的な人まで(まぁ、ほぼすべてここにいるのは『一般人』というカテゴリーなのだろうけど)ずらっと階段ぞいにたたずみ、その人たちを横目に結構な階数を上った気がする。何人かは先ほど書いた名札をつけていたので、どうしてもそこに目がいくし、私は私で恥ずかしさのなかで慎重に名札を見せないように階段を上がっていった。

 やがて開場とともに再び下の階に移動し、お店のあるフロアに戻ってきた。男女それぞれに更衣室も案内されるが、更衣室内に荷物を置いたままにはできず、クロークやコインロッカーなどもない。荷物は参加者各自で持ったまま動くことが求められるので、もし仮装の関係で大きい荷物になる場合はこのあたり事前に注意が必要だ。

 ステージのあるメイン空間には中継動画配信のスタッフさんやら、デイリーポータルZのライターさんたち、そして東京カルカルのスタッフが、朝一発目の回ということもあって、文字通り「待ちかまえて」おり、そこにぞろぞろと「一般人たち」が足取りもおぼつかずに加わっていく感じになった。私は更衣室も必要としない素のままの格好なので、なおさら浮かないようにと、とりあえずカバンから分厚い本だけ取り出して、名札を表に向けてかけて、そのままステージでしゃべっている林さんと古賀さんを直立不動で眺めていることしかできなかった。デイリーポータルのイベントに来たのは久しぶりなので、お二人を拝見するのは10年以上ぶりであった。いつも記事を読んでいるから分かっていたが、お二人ともお変わりなく、陽気な雰囲気で心和んだ。

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 そんなわけでオープニングのトークが展開され、さっそく参加者が一人ずつステージにあがって仮装を披露する運びとなった。受付で渡された名札カードの裏には整理番号が印字されていて、その番号順を目安にステージに上る。動画の中継もあるからか、テンポよく次々と順番に紹介されることになるわけで、もしあまりに張り切って早めの整理番号を受け取ってしまったら、自分の場合はテンション的に厳しかったかもしれない。なお、整理番号順にフロア脇の待機コーナーに並ぶことになるが、「いま何番から何番までお呼びしています」というアナウンスが特にかかることはないので、並んでいる人や、待機列の端にいるスタッフさんあたりに個別に直接尋ねて、いま何番目ぐらいの人が並んでいるかを知ることとなる。なのでステージにあがる決心がつかない人でも、クヨクヨと悩んだあげくに遅れて並ぶこともできるので、このあたりのユルい感じは大切だ。

 

 列に並んでいるあいだに、スタッフから小さいホワイトボードとペンを渡され、そこに名札と同じように「何の仮装か」の説明を記入する。ステージにあがるときにMCの古賀さんに渡すと、「何の仮装でしょうか」と問われて自分が答えるときに、ホワイトボードを客席に向かって提示してくれる。一人で来ている人は荷物ごとステージにあがって、適当なところに荷物を置いておいて、トークが終わったらホワイトボードを持ったままステージ上手のほうに移動して、スタッフによる写真撮影をしてもらって、ステージを降りて客席に戻るという流れだった。各回が3時間のイベントで、おそらく参加者は150人から200人ぐらいで、舞台上では一人1分ぐらいの感覚で回っていく。

 

 私の整理番号は58番目だった。いざステージにあがると、緊張と戸惑いの入り交じった不思議な時間が一瞬で流れていった感じである。林さんと古賀さんに挟まれつつ、言いたいことは言えたし、それなりにフロアの人々も笑ってくれたので、ひとまず安心した。どちらかというと「顔芸」で勝負するネタのような感じになったが、これは緊張や恥ずかしさが高ぶっていたがゆえかもしれない。

 

 ほとんどの時間は床に座って各参加者の仮装披露を楽しませてもらったわけだが、新しい発明品の披露のような、次々と繰り出されるイノベーション(?)に「そう来たかー!」とうなってしまうばかりであった。このあたりは公式サイトでまとめられているので(私のネタも含め)じっくり堪能していただければと思う(こちら)。そして「よくこんな小道具を準備しましたね」っていうポイントにはすかさず林さんや古賀さんからツッコミが入るのだが、かなりの割合で「Amazonで買いました」という返答だったので、つくづくAmazonっていろんなものが売っているのね・・・と感じさせたり。
 そして、ステージ上で仮装を成立させるためにポーズを取ったり「キメ顔」を披露したりする参加者の多くがとても素人とは思えない巧さで、ひょっとしたら演劇部出身の人が多いのかもしれないとすら思えた。

 

 そして今回参加して、何が最も印象的だったかというと、それぞれの仮装ネタ以上に、それらを打ち合わせナシで即興で応対していく林さん・古賀さんによる細やかで見事なさばきっぷりなのであった。この企画に参加するにあたって、仮装の内容が事前に審査されることもなく、それぞれが好きなように仮装ネタを持ち込んでいくわけなので、ステージ上のお二人(そして運営側スタッフ全員も)は、これからどんなネタが持ち込まれるかまったく分からないまま、次々とコメントをつけたりツッコミを入れたり笑ってあげたりする。この反射神経、引き出しの多さ、臨機応変・変幻自在のトークにはひたすら感銘を受けまくった。
 たとえば「正直、あまり面白くないネタ」だったり「あまり笑えないネタ」というのもあるわけだが、そういうものも林・古賀の手にかかると、それなりに見どころのある仮装として成立するようにちゃんと笑顔になれる着地点を持って行く。もはや、「地味ハロウィン」のイベントとしての存在意義がどーのこーのと言われることとかを超越して、このイベントを考えついて実行に移したデイリーポータルZという老舗サイトの、常に斜め上をいく面白さを体現しつづけてきたこのお二人の鬼才とも言えるポテンシャルがいかんなく発揮されまくる進行っぷりを目の当たりにできることが、このイベントのすべてかもしれない。

 そんなわけで一通り仮装の披露が終わると、残り時間はフロアでの参加者同士の談笑や写真の撮りあいのような流れになった。

 私が今回の参加者のなかで「これは!」となったネタのなかで、特にひとつだけ挙げるとすると、この人かもしれない。




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 「登山具店のマネキン」。

これを自分が思いつかなかったことを大いに悔しがらせるような、そういう意味でこれこそが地味ハロウィンのお手本のような作品ではないだろうか。(マネキンに問いかけると、やはり『暑いです』と答えてくれたが 笑)そして談笑タイムのときに参加者があちこち動き回っているときもこの人は壁際でマネキンらしく微動だにせず固まってポーズを取り続けていたので、そのあたりのプロ根性(?)を見るにつけ「この人は信頼できる・・・」と思わせた。でももし次の機会のときに別の仮装でお目にかかっても、言われなければ「あのときのマネキンの人だ」と分からないのが残念ではある(笑)。

 

 そして突然、マイクをもった女性と、デジタルビデオカメラをもった男性が近づいてきて「取材いいですかー?」と聞かれた。「フジテレビ 報道」と書かれた腕章がネックストラップから下げられていて、失礼ながら「これは仮装ですか?」と真剣に聞いてしまったが、「いえホンモノです」と言われ(それでもどこかで疑ってしまわざるを得ないのがこのイベントの面白さの一部であるが)、素直に取材を受けた。一通り速読術の指導者として本をパラパラめくって見せたり、速読術ができるのかと聞かれたり(できません)、普段の職業を聞かれたりした。放送されるとすれば明日の朝になりますと言われたが、念のため確認したら関東ローカルなので、関西では観られなかったため、それはそれで少し安心した(笑)
 そうして最後に集合写真を撮って解散となる。何せ3部入れ替え制であり、このあたりは潔くすみやかな退室が求められるので、本をカバンにしまって東京カルチャーカルチャーを後にした。それにしても3時間のこのイベントを1日に3回転するというのは、かなりの労力であろうと想像される。

 

 そう、冒頭に述べた通り、私は今回この地味ハロウィンに出ることは友人たちに伏せていた。しかしさすがSNS、結果的にいろいろと反応をいただく。

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特に「!」となったのはこれである。

 

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仕事で交流のあった中国からの元・留学生さんが、本国からメールで教えてくれたのであった。。。

中国でも紹介されてんのか!!!(笑)

この「速読法の指導者」が、

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って文言で紹介されると、もはやこれはネタなんだかよく分からないスケールの話になってきた。

 

 ・・・そんなわけで、もし良いネタが新たに思いついたら、またこの現場に戻ってきたいと思う。そういう「くだらないこと」にも思いを馳せるだけの心の余裕をもって日々の身の回りを観察していくことって、実はものすごく今の日本で生きていくなかで大事かもしれないとマジで思っている。

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2019.08.28

服屋で店員に話しかけられないようにするためのジェスチャーがほしい

世界的にファッション業界で用いられるその時々の流行色は、インターカラーという「国際流行色委員会」でおよそ2年ぐらいの時間をかけて話し合った末に決められているそうだ。
そうやってファッション業界に影響を及ぼす仕組みが国際的レベルで整っているのであれば、流行色を決めるだけでなく、「服屋の店員に話しかけられないようにするジェスチャー」もついでに決めて、周知してもらえないだろうかと私はずっと切望している。

気持ちは分かるのだ。服屋の店員も、仕事をしている姿を上司や同僚に見せないといけない。
何も買うつもりがないくせにうっかり服屋に入ってしまった私のような客にたいしても近寄っていかないといけない。そうして、面倒であったとしても「そのファーつきのカットソーは最近流行りのカタチで」とかなんとか言わないといけないのだ。これがもし「カットインからのファー」だったら、「あぁサッカーで中央に切れ込むドリブルを仕掛けてから、遠くの位置にセンタリングを上げたいのね」と私でも理解できるのだろうが、この現場においてはファーのこともカットソーのこともよく分からないので、「頼むから僕に話しかけないでください」の微笑みを浮かべるしかないわけだ。

また、店員から「気になる服があれば、広げて見てみてくださいねー」と笑顔で言われても、私のような客はその言葉をどうしても真に受け止めることはできない。その言外には「たたむの面倒だから、買うつもりのない服は手に取るんじゃねぇよ」というメッセージが込められているに違いないと考えてしまうのだ。

さらに「サイズをおっしゃってくださったら用意しますので、気軽に言ってくださいね」という切り口で話しかけてくるパターンもある。これはまだ気が楽になる声かけかもしれないが、いざ試着しようとすると、頼んでもいない他の服を持ってこようとしたりするのでやっかいだ。ベルトを手に取っただけなのに、店員がすかさずズボンとパンツと靴下を持ってくるかのような勢いだ。

もちろん、店員が客に声をかけるのは「お前の侵入をこっちは把握しているからな」のメッセージを伝える意味で防犯上においても重要だ。それも分かる。なのでサッカーに例えるならばゴール前の守備のごとく規律のとれた堅い守りにたいして、私のような客は「マークに付かれる前にこっちから離れる」という、素早い動きだしが求められるわけだ。「店員が近づくまでにどれだけの服にタッチできるか競争」をやっているかのように。なので、客がいなくて、置いてある服の分量が極端に少なくて、店員が立ち尽くしているような服屋なんて到底立ち入ることはできない。

そういうわけで、「誰にも話しかけられたくない」という意志を服屋の店員に伝えるジェスチャーが存在すれば、お互いにとってウィン=ウィンになれるはずなのだ。店員はムダに客に話しかけなくて済むし、客はそれでいろんな服屋に入りやすくなるし、ファーつきカットソーだって気軽に買えるかもしれない。

ジェスチャーというと大げさかもしれないが、指で鼻の下を押さえるとか、左手で右の耳たぶをつまむとか、ヒジの関節をアゴにつけて歩くとか、そういう程度でいいのだ。そうしたしぐさで店に入ってきた客には、店員は声かけを控えるという国際的ルールみたいなものが発動してほしい。

でも現状では、どんな動作をしても店員は近寄って話しかけてくるのである。まいったもんである。

p.s.そのほかに実践的な解決策として考えたのは「日本語が分からない外国人のふりをする」というアイデアだが、こんな時代においてはメンバーズカードをうっかり作らされたりすると、すべてがパーになるのであった。

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2019.07.14

アウトドアの新しい楽しみ方「チェアリング」に興味がわく

たまたま書店でこういう本をみかけて、即買い。

椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門 (ele-king books)
スズキ ナオ パリッコ
Pヴァイン (2019-03-28)
売り上げランキング: 279,951

持ち運びの楽な折りたたみ椅子をもって、それを屋外において、限りなく荷物を持たずに、自然のなかでひとときを過ごすというアクティビティが「チェアリング」と名付けられていて、それが知る人ぞ知る密かなブームになって、こうして書籍まで刊行される運びになったようだ。

こういうことはもちろん以前からもそれなりに行われていたのだろうけど、「あらためて特定のアクションに名前をつける」ということで生み出される新たな「うごき」みたいなものに私は興味をひかれる。

日本チェアリング協会(笑)による、チェアリングを実施するうえでの注意点はこれだ。

・人様に迷惑をかけない
・ゴミは持ち帰る。むしろ掃除して帰るのかっこいい
・市井の人々に威圧感を与えない(酒をよく思わない人もいるので)
・私有地に無断で立ち入らない
・騒がない(KEEP CALM)
・公共の場を占有しない
・装備を増やしすぎてキャンプにしない

思い立って椅子とともに外へ行き、できれば近所にコンビニとかトイレがあれば嬉しくて、そうしてほどよい場所にスペースをみつけたら、そこで椅子を置いて座り、静かにその風景を味わう。

考えてみたらシンプルなことなのだけど、ある程度しっかり意識しないとこういうアクションを実行に移すことはなかなかできにくいものである。「チェアリング」は日常生活をすこし別の角度から眺めて、自分を取り囲む世界を新たな気持ちや視点で見つめ直す「工夫」だったり「アイデア」のひとつだと思う。

というわけで、お酒を飲まなくても、好きな過ごし方をすればいいわけで、私も折りたたみ椅子(と、虫除けスプレーとか)を手に入れるところから始めようと思う。

この本の著者たちが以前デイリーポータルZで書いた記事がとても詳しいのでリンクを貼っておく(こちら)。

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2019.07.07

もはや自分の持ってる黒い電子機器をすべて「ピンク・フロイドの機材」にしてしまいそうな勢い

近年はKING JIMのポメラを使ってブログの下書きなどを書いたりすることが多い。外出先でがっつりテキストを書くだけでなく、最近は自宅の机にも適当に置いておいて、すぐに何かが書けるようにしている。パソコンの起動を待つことなく、スパッと「はい、テキスト書いてね」という感じになるスピード感が好きだ。

しかし、こともあろうに最新のDM200という機種で「バッテリー方式」を採用してしまったKING JIMには、「目を覚ませ!」とマジで言いたい。バッテリー頼みのポメラなんて「使えないノートパソコン」と同じようなものに成り下がってしまったも同然で、それはつまりクズだ。長いこと放置していて、ふとした機会に使おうと思っても、乾電池の予備さえあれば何の心配もせずに起動して書き続けられる作業環境を創出させることがこのポメラの唯一無二の良さじゃないのか。月に1回ぐらいしか更新できていないブロガーだって立派なヘビーユーザーなんだぞ(笑)。

なので、ひとつ前の機種になるDM100は、「乾電池が使える」ということで、KING JIMの商品開発者やマーケティング担当者が「やっぱりバッテリー方式はクズだった」ということを正直に認めて改心してくれるまで、今後も使い続けることになるであろう。というか、もはやこのDM100はポメラという機種のなかで「これ以上は進化しなくてもいい」と思えるほどの完成度の高さなので、もしこれが故障してもおそらく次に買うのもDM100になるだろうと思う。

そんなわけで、この黒い筐体に愛着を覚えると、ふと以前作った「ピンク・フロイドの機材っぽく見えるキャリーカート」のネタ(こちら)を想起し、ポリカーボネイト専用スプレーで同じようなものが作れるのか実験してみた。

小さめのロゴを切り抜いて、スプレーで塗装してみると・・・

Img0079

はい、問題なし!(笑)

塗装が剥がれることなく(今のところ 笑)、しっかりと定着。

少しだけ液だれしてしまったところがあるが、おおむね満足。

もはや何がなんだか、って感じであるが。

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2019.04.28

旅先での「寸劇スリ」(寸劇詐欺)にご用心

 仕事の関係で、いろいろな国の領事館などがメールで配信している海外危険情報を目にすることが多いのだが、ロシアの在ウラジオストク日本総領事館がこのまえメールで送ってきた、現地で流行りつつあるスリの手口がなかなか絶妙だったので紹介したい。

 バス停や横断歩道など、そこで立ち止まって何かを待っている状況だとする。あなたの前にはアジア系観光客がいる。そこへ現地のロシア人が近づいてきて、よくみたら目の前の観光客のポケットから財布を奪おうとしている! ・・・のだが、うっかり財布が地面に落ちてしまい、あわててロシア人は逃げ去った。
 アジア系観光客はスリに狙われたことに気づき、後ろにいたあなたに言いがかりをつけて詰め寄るのである。あなたは当然自分は何もしていないと言い張るが、言葉がうまく出てこない。そこであなたは身の潔白を晴らすべく上着やカバンのポケットなどを相手に調べさせることとなり、その混乱に乗じてあなたの所持品が盗まれるという手口だ。

 領事館のメールではこれを「寸劇サギ」と書いてあって、やや緊張感を欠いたファニーな響きを感じないでもないが、他に表現しようのない的確なネーミングでもある。以前からそういうことはあちこちで行われていたのかもしれないが、私はもし自分が実際に狙われたら、たぶんまんまと被害にあう可能性は高いなぁと感じた。

 そもそも現地人のスリの役と、アジア系観光客の役という「配役」が絶妙ではないだろうか。「現地のスリがアジア系観光客を狙う」という、自分にとっても当事者性の高い場面設定のなかに一気に引き込んで、「そこにあったはずの無関係さ」をいきなり排除して、「寸劇のキャスト」に無理矢理組み入れられてしまう感じが巧妙である。

 しかも「スリが失敗する」というストーリーによって、その現場を目撃してしまった人は、いくら勇敢な性格であっても、逃げていくドジなスリをあえて追いかけようとする可能性は低くなるはずだ。場合によっては「被害にあわなくてよかったですね」と、自分から被害者役に近づいてしまいたくなる気持ちも出てくるだろう。そのうえで被害者役のアジア系観光客の予想外の反応にさらされると、冷静な判断力ができなくなる可能性は高い。

 一連の出来事すべてが自分をターゲットにした寸劇だとすると、この状況に少なくとも一定時間は巻き込まれるしかないわけで、なかなかそこから冷静になって「ひたすら逃げる」という判断はかなり難しくなるわけだ。

 よくある海外旅行先での詐欺被害の手口だと、たいていは犯人が被害者に話しかけるところから始まるので、気をつけてさえいれば警戒心マックスで状況にあたれる。よく聞く「ケチャップ強盗」も寸劇の要素があるとも言えるが、事前にそのことを注意しておけば、衣服に突然ケチャップなどがついたことを認識したら、その場で立ち止まって「どうしよう」とか思うのではなく(話しかけてくる奴をガン無視して)ひたすらその場から(できれば怒りを表しながら)離れることで事態はある程度回避できる。そういう直接的なやり方ではなく、寸劇サギは他人同士の偶発的トラブルという事態を通してターゲットの心の隙に入り込んでくるので、これを考えた人のずる賢さには脱帽してしまう。

 こういう詐欺の手口は、悲しいかな常に新しい手法が試行錯誤して開発されていき、うまくいけばすぐ広まっていくわけで、不謹慎だが「その手があったのか!」と唸ってしまう。

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