Posts categorized "LifeHack"

2018.01.21

就寝中の地震時における「メガネが見当たらなかったらどうしよう問題」について

 先週の1月17日は阪神大震災の日であったので、毎年この日はかつて自分が味わった恐怖感と向き合う機会となっている。高校二年生で奈良の実家にいたが、それまで体験したことのない揺れに寝起きの身体は硬直したままで、何が起こっているのかが分からないままだった。あれ以来私は、いまでも、ちょっとした揺れに過敏になっている。

 そして、毎晩寝るときには、もし地震が起きたらどうなるかということをうっすら考えることが無意識的に習慣付いている人もいるかもしれない。私の場合はその思いのなかで「メガネが見つからなかったら困るよなぁ」とぼんやり思うことが多くて、しかし特段なんの対策もせず、結局は平和にグースカと寝入るわけである。

 ネットで調べると、やはり震災後においてこの「メガネをいかにキープするか問題」っていうのはわりと大きい課題となっている。暗闇で揺れまくる部屋のなかでメガネを取り損ねてそのまま見つからない状態で逃げざるを得ない状況におかれたら、かなり困った事態になるわけで。メガネとクツ、これらをどうキープできるか。防災袋にスペアのメガネを入れることも含めて、メガネ族は日頃から真剣に考えないといけない。

 で、そのことについてここ数日ぼんやりと考え続けていて、そこで思いついたのだが、最悪のケースにそなえてメガネを防災袋に入れたいけれど、メガネそのものをわざわざ準備するのもなぁという人の場合、「度入りの水泳ゴーグル」を代わりに導入するのはどうだろうか。安さもそうだが、メガネよりも柔軟性があり壊れにくいというメリットもある。
 ネットをしっかり調べたら、すでに誰かが同じことを言っているのかもしれないが、自分のなかで「これってすごい名案では!?」となっている。もしものときは、見た目にこだわっている場合でもないし、そしてメガネよりもひょっとしたら粉塵から目を守るうえでも有用かもしれないのである。

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2017.12.31

「世界そうじ下手選手権」

年末ですね。いかがお過ごしでしょうか。
今日になって、日々の生活における新たな認識を得ることができました。
自分はいま、「世界そうじ下手選手権」に出場しているんだと思い込むことによって、大掃除に苦戦している自分を肯定的に捉え直すという、いわばライフハックです。
いかに掃除が下手であるか、そのヘタっぷりを競い合っているわけです。
なかなか負ける気がしません。

選手権の真っ最中のため、どれだけ掃除がヘタかを細かく説明する余裕はないので、このあたりで今年のブログをしめくくりたいと思います。読んでいただきありがとうございます。

ブログを書いているヒマがあれば掃除しろよ、っていうツッコミはナシです。

Olympicmomentsmrbean

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2017.12.26

自動でフタが開閉する便座について、価値観がくつがえった話

 毎月通っている鍼灸師さんについては、そのプロ意識や哲学に共感でき、とても尊敬している。そしてまたこのブログで以前も書いたように、鍼灸師さんのオススメするものについても私は影響を受けやすく、すんなりと取り入れて購入したりもする。

 そうした付き合いを通して分かってきたのは、鍼灸師さんは家族を抱えつつ個人開業で真摯に患者さんと向き合い日々奮闘している一方、どうしても物欲にはコロッと負けることが多いようで、本人もそのことを認めている。なのでこのごろの話のテーマは「最近どんな高い買い物をしたか/いま欲しいものはなにか/自分の買い物は果たして正しかったのか/物欲とは、所有欲とは何か」といったものが増えてきて、物欲をめぐる深遠な葛藤を互いに語り合うことが多くなった。

 私は身体のメンテナンスをしに鍼灸を受けに来ているはずなのだが、なんだか最近はそれに加えて「消費活動の心理をめぐるカウンセリング」を受けているようにも思える・・・とはいえ、相手が迷い続けている買い物についての対応としては、『ひたすら背中を押して励ます』ことがほとんどなので、問題の解決にはほど遠い気もする(そして物理的にも鍼灸師さんは私の背中に針を打ち、お灸を据え、マッサージを施してくれているわけだが)。

 さて、そんな鍼灸師さんが最近買ったもののひとつが、「センサーで感知して自動でフタが開閉する便座」であった(すいません、飲み食いの楽しい歳末に、ここから今日はちょっと臭う話になっていきますよ)。

 ある場所でその良さを味わい、ぜひ我が家にも導入したいと熱望して、調べたらけっこうなお値段がしたそうだが、思い切って買ったとのこと。

 その話を聞いた私の最初の反応としては、「たしかにトイレのフタを触らなくてもいいのは衛生面ではメリットがあるけれど、そんな大枚をはたいてまで自宅に導入する価値はあるのだろうか? トイレのフタぐらい自分で開け閉めすればいいのでは?」というものだった。

 しかしそれは全自動トイレを使ったことのない人間ゆえの浅はかな思い込みなのであった。そのトイレとともに始まった新たな生活のなかで鍼灸師さんが感じ得た以下の境地が、私の思い込みを転換させてくれた。

 鍼灸師さんいわく、トイレに入って便座のフタがパカッと開くということに、

「トイレがまるで自分を歓迎してくれているかのように感じる」

というのだ。

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     目からウロコ、ポコーン!!!!

「な、なるほど・・・・!!」と、思った。

そして私も「それは、お金を払う価値がありますね! ていうか、長い目でみたら、すごく安い買い物かもしれない!!」と、一瞬で考えを改めたのであった。

つまり、「トイレが自分を歓迎してくれる」という感覚は、その効用として便通の良さにも通じていくのではないかと思うわけである(笑)。

気持ちの問題ではあるのだけど、自分のおかれた状況にたいして、今からお世話になる便器が「歓迎の意」を表してくれているのであれば、そこから得られる「心理的なサポート感」は、プライスレスな価値がある、と思う。「ようこそ! ささっ、どんどん出してって!!」(笑)

本人だけでなく家族全員がそういう気持ちでトイレを利用できるようになれば、健康面においてさらに計り知れない価値がある。

・・・・というわけで、その話を聞いて価値観の大転換が起こってしまった私は、「いつか欲しいもののリスト」のなかに新たな項目を付け加えたことは言うまでもない。

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2017.08.08

『誰にでも描ける! イラスト旅ノート。』(k.m.p.著)は旅=人生を楽しむ指南書としても秀逸だ

 イラストエッセイ風の旅行記をたくさん作っている2人組ユニット、k.m.p.による『誰にでも描ける! イラスト旅ノート。』(JTBパブリッシング、2016年)は、冒頭に「旅は3回楽しめる」と説明されている。それは「準備」と「旅の最中」、そして「旅のあと」だ。一度の旅をながーく楽しみ、味わっていくためにできる工夫がこの本には凝縮されている。

 本としてのトータルなコンセプトとしては「あなたも旅行の記録をこんな風にまとめてみましょう」という内容だけれども、その視点だけではなく、もはやこれはk.m.p.のお二人のこれまでの海外旅行経験から蓄積されてきた「取材ノウハウのすべて」を大公開、という向きでも読めるし、そして実際にこれまで作った本におけるカラフルでポップで濃密な紙面を、二人がどういうふうに考えて工夫して作ってきたかという「本づくりの舞台裏、メイキング」の大公開、みたいにも読める。そして一番大切な部分として「いかに旅(=生活)を楽しむか」というアイデアやコツをあますところなくちりばめてくれているという、一冊で4粒美味しい感じの、素敵な本である。

 たとえば、この本を書店でザッと立ち読みして、こう思う人は多いかもしれない・・・「こんなにマメな作業、自分にはムリ!」、うむ、それはよく分かる。そもそもがこの人たちの作る本すべてに言えることだが、ページにおける情報量が濃すぎて、すべてがマメマメしくて、超絶技巧を凝らしたアートみたいな本なのである。
 でもこれは、「あなたもこんな感じで旅行記をまとめなさい」という読み方を必ずしも要求するものではなく、「こういう旅行記を書く2人が、どんなアイデアや工夫をしているか、ちょっと知ってみたくない?」というスタンスで気軽に読んでも楽しめるわけである。つまり「自分にとって役立ちそうなものを取捨選択していく」という読み方だ。その点において「旅行をもっと自分らしく味わいたい、楽しみたい」と思っている人なら、「買い」の一冊だ。

 もし社会学系の大学生で野外調査(フィールドワーク)をしている人がいたら、ぜひこの本を参考にしてもらいたいぐらいである。旅行の計画の立て方や、現地でのメモの取り方なんかは、「実際に現場で数々の苦労をしてきたからこそ」の実用的なアドバイスに満ちている。そしてそうした作業をできる限り自分なりに楽しく実践し、その後のアウトプットをいかにワクワクしたものにするか、というところにつながっていくのが素晴らしい。

 個人的に参考になった点を挙げたらキリがないが、ひとつだけ。旅行ガイドブックの表紙を隠すために、別の大きい紙をブックカバーのようにする人は多いと思うが、その紙をわざと本の背丈よりも大きめにとっておいて、はみ出る部分を外側に折込んで、そうしてブックカバーにすることで「外側に簡易なポケットができる」というもの。「だから何?」と思うかもしれないが、私は「うぉ~!もっと早く知っておけばよかった!」となった。ささいな工夫だけども、現地で行動するときにはかなり有用なテクニックだと思えて、こういう小技は好きだ。

 そしてこの本では「番外編」として、こうして培った「旅ノートづくりのノウハウ」を、もっと身近な日常の「おさんぽ」でも活用してみては、という提案。日常も旅も同じように、「しっかり味わい、よく観察すること」や「良いことも悪いこともひっくるめて、自分なりに消化して、慈しむようにそれらを記録に残すこと」が、日々の人生を豊かにしていくことなのでは・・・というのが、k.m.p.のお二人によるささやかなメッセージだったりする。


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2017.06.19

「天文学セラピー」ふたたび/iPhoneの充電コネクタの掃除をして驚いたことなど

 先日の記事であたらしいソファを買った話を書いたが、ソファを探している時期に、頭の片隅でずっと、「この調子だと、あたらしいテレビが欲しくなるよな・・・」となっていた。8年前ぐらいに引っ越しとともに買った26型テレビをずっと使っていたのだが、パソコンの画面とさほど変わらず、ソファ生活が始まれば、そのサイズ感がどうしても小さく思えてきたのである。

 奇しくもその時期は、新製品が出る直前のシーズンだったようで、古いモデルが在庫処分セールされるタイミングでもあった。電気店の店員さんの口車に乗せられた向きもあるが、「いま古いモデル買っておかないと!」という気持ちで、テレビの購入に踏み切った。
大きさは43型。ちょっと部屋のサイズを思うと大きすぎるかもしれないと思ったが、いまこうして一ヶ月ぐらいたって慣れてしまうと、普通に見えてくる。

 そうして私は最近、ソファにごろんとなってテレビをみる時間が増えた。もうこれは40すぎの男にとっては致命的な傾向になっていくことも自覚しつつ。

 で、ちかごろのテレビは当然のようにYouTubeの動画などを気軽に観られるモードがデフォルトに入っており、むしろそっちのほうが面白くなってきている。当初はそんな機能があっても特に使わないだろうなー、どうせ動画はパソコンで見るし・・・と思っていたのが、動画の中にはテレビに応じた画質の動画もたくさんあることがわかり、なにより最近のマイブームはNASAなどの宇宙空間からのライヴ映像を配信しているチャンネルである(こちら)。
 私はつねづね「天文学セラピー」と呼んでいるのだが、宇宙空間について触れる時間を持つことはストレートに「癒やし」になっていくと思っている。日常生活でまず最初に忘れがちになることって、そういうことだったりする。絶妙のバランスで回っている地球に我々はヘバりついて生かされているんだよなー、っていう立ち位置。あ、「立ち位置」という言葉すらも宇宙からみたらなんか違うかもしれない。まさに「ヘバりつき位置」か。そうしてだらしなくソファに、グデンと横になりながら、遙か彼方の宇宙空間や地球の映像を眺めつつ思いを馳せる時間をかなり大切にしている。

 そういえば以前に、スカパーの「エコミュージックTV」というチャンネルが終了したときに私はおおいに落胆し、今後の生きる糧を失ったかのような気持ちになったのだが、時を経て私は、YouTubeとネット接続テレビ(と、ソファ)という組み合わせによって、また「エコミュージックTV」があった日々のような気持ちを取り戻せそうである。「そうか、テレビでネット動画が見られることの良さはこういうことなのか」と、いまさらな感想であるが、私はそうやって3周回遅れぐらいで生きている。地球に、ヘバりついてんだもん。

 テレビをみる時間が増えたぶん、単純にブログを書く頻度が減っていっているので、それもなんとかしたい。

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 これはつい昨晩のことなのだが、このところずっと、ちょうど2年ぐらい使用しているiPhoneが、電源コネクタの接触不良か何かでうまく充電できないことが多く、「うーむ、最近やたら買い物ばかりしているから、携帯の買い換えは避けたいなぁ」と思っていた。充電器とケーブルはAppleの純正品を使っており、また併用しているiPod touchのほうは問題なく充電できているので、原因があるとすればiPhoneのほうだった。
 で、なぜかこの件については特にネットで検索をかけて調査する、ということもしておらず、ひたすら悶々とした日々を送っていたのだが、ふと何かのはずみでそのことを検索したら、「コネクタの中をつまようじで掃除するとホコリがでてくる」という超絶シンプルな解決策が紹介されていた。

「なぜいままでそのことに思い至らなかったのか」とすら思えたので、ものの試しにやってみたのだが、


Matsuki01

ハイ、
思っていた分量の、
かるく3倍ぐらいのホコリのかたまりが次々と出てきました・・・


私はiPhoneを普段ずっとズボンのポケットに入れていたのだが、いやはやまさかこんなにホコリが蓄積されていたとは・・・

当然ながら、それで充電器の接触の問題、速攻で解決。

「 す い ま せ ん 」
とひたすら言いたい気分。

最近はそんな感じです。


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2017.04.13

TEDの「100日間拒絶チャレンジで学んだこと」が面白かった

なんだかブログずっと書いていなくて、書きたいことはいろいろあるのだけど、ひとまずこの数日間もっとも面白かった話は、TEDでみつけた「100日間拒絶チャレンジで学んだこと」


(この埋め込み設定だと日本語字幕は小さく見えるので、いっそTEDのサイトにいったほうがいいかもしれない)

とても切実な問題意識を、ファニーな実験で向き合って、そこから深い洞察に至り、こうして世界じゅうの人々とシェアしていくっていう、とても最高なプレゼン。
まさにこういうのがTEDの意義だったり真骨頂だったりするのでは。

TEDで他にどんなトークあるのか、探すことそのものが最近楽しい。


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2016.12.05

ロンドン地下鉄の案内掲示板の名言の数々がすごい

ちょっと前にツイッターで回ってきた下の画像に、とても感じ入った。
ロンドンの地下鉄にある案内掲示板、いつもはたいてい路線の遅延情報とか工事中とかの細かい情報が手書きで書かれる場所ではあるが、何もないときは空欄になるわけで。

Londonquote

今すぐ止めるべき5つの事

1.全ての人を喜ばそうと頑張る
2.変化を恐れる
3.過去に縛られ、拘り、抜け出さない
4.自分を卑下、自己評価を下げる
5.考えすぎ思考

やー、これ全部やってしまいがちで、とても時期的にもタイミング的にグササササときたわけである。
なので別途自分のPCにもこの画像を保存させていただき、時折チェックしていた。

で、この写真を紹介したmotoko gram @momogramoさんは他にも同様の事例を紹介していたようで、まとめサイトで紹介されているのが、これまたどれもグササササである。
こちら)のサイトをぜひ!!

こういう言葉を掲示板のうえで表現できるような社会って、素敵だと素朴に思う。
駅の改札って、誰しもが足早に来ては去って行く場所ではあるけれど、そこでふと思考や意識を立ち止まらせて、こういう言葉に触れる瞬間をクリエイトしていくのは、オシャレだ。生きざまとして。

このサイトの途中で紹介されている「この駅は8:15~9:15の間は最も混雑します。」で始まる案内って、オフィシャルに印刷されたメッセージなのだが、なんだよこの「ゆとりユーモア精神」は。堂々とシレッと、面白くかつ皮肉っぽく表現されたメッセージ・・・そしてこの文章はお客に向かって述べつつも、読みようによってはそこで働く駅員自身にも向けられているような味わいもあり、深い。嫉妬すら沸き起こる(笑)

この裏側で思うのは、日本で最近起こった、電車の遅延に腹を立てた乗客が駅員さんに詰め寄って、いたたまれなくなった駅員さんが線路に飛び降りた事件だが・・・なんだか、何かが根本でおかしくなっている気がする。
怒鳴る客も、飛び降りる駅員も、なんだか・・・痛々しいほどにセンスが、ない。どうしたらいいのか。

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2016.11.07

ポッドキャスト『Harukana Show』 No.294,『TED TALKS』を熱く語る with Tateishi/そして改めてTEDで大好きな「スローテレビ」のプレゼンのおもしろさについて

イリノイ州アーバナ・シャンペンより、ハルカナショーの最新話でトークをさせていただきました。
このあいだブログで書いたネタをそのまま話していますが・・・例のTEDの本の件ですな。
ポッドキャストは(こちら)より!

で、このポッドキャストのブログで書かれているように、私がおすすめするTEDのトークとして挙げた(以前もブログで書いた)ノルウェーの「スローテレビ」の話、『トーマス・ヘルム: 世界で一番退屈なテレビ番組がやみつきになる理由』を、久しぶりにあらためて自分でもクリックして観てたのだけど、いやー、何度観てもグググっと魅入ってしまうな、これは。

このプレゼンテーションは自分にとって非の打ち所がない。「スローテレビ」というコンセプトを説明する本人がテンション高く早口になったら元も子もないわけで、あえて抑制をきかせて、淡々と、しかしジワジワと笑わせようとするその雰囲気づくりがまずもってバッチリだし、そして何よりテレビ制作者ゆえにプレゼンを補助するヴィジュアルの作り方や見せ方が上手だし。喋っている本人が、どことなく、なんというか、自分では未だにこの面白さに半信半疑であるかのような、ちょっと頼りなさげな感じすら漂わせているあたりが、このプレゼンを最後まで聴きたくなる効果を生んでいるような気がする・・・つまり、話のヘタな人って、往々にして「すごく面白い話があってですね」とか言ってしまうわけで、その逆をいっているわけですな。聴く人それぞれが自分からそのなかにある面白さを見出してもらうことのほうが、よっぽどプレゼンでは大事なのだと、このトークは教えてくれている。

そして自分たちがやってきたことの面白さや意義をを適切な順序で余すところなく伝えきったあとに、
「何にせよ、少し奇妙なくらいの時にこそ人生は面白いものになるんです」
っていうこのシメのセリフも、すごく良い。


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2016.09.12

『TED TALKS:スーパープレゼンを学ぶTED公式ガイド』&TEDICTのアプリが素晴らしい件

 出たばかりの新刊書をすぐ買って読むことは少なくて、ましてそれを人に勧めるのも稀なのだけど、この本は強烈にマジでおすすめ。
 この本はTEDが発展してきた歴史的展開をふまえつつも、それぞれの章において実に巧みに「プレゼンテーションの実践的ハウツー」を余すところなく紹介しており、きわめてストレートすぎるほどの「実用書」だった。と同時に、この本で実例として触れられているTEDトークの数々も、まだ観たことのないものが多くて、それらをすかさずネットでチェックしたくなるという意味では、「TED自体のPRプロモーションの本」としてもバッチリ狙い通りだったりする。

 特にこの本で繰り返し強調されているのは、ひとつのトーク、ひとつのプレゼンは「聞き手を旅行に誘うようなもの」というコンセプト。話者は旅行プランナーであり、観光ガイドであるわけで、「いかに面白い旅を提供するか」という切り口で捉えると、どこでみんなの注意をひきつけ、どこで「景色を味わってもらうか」を考え、どこまで自分の言いたい説明を、旅への興味を削ぐことなく伝えていくか・・・などなど、あらためてプレゼンの準備において大事なものがどういうことか、考えさせられる。

 というわけでこの本を読みながら、終始「うまい・・・さすがや・・・」と、唸った。つまりこの本の内容として、お客さん目線で知りたいことを知らせ、熱い気持ちにさせつつ、しっかりと自分たちの言いたいこともページの隅々に染み込ませていて、その方法論そのものが、まさにTEDが目指しているありかたにも通じていることがわかる。だからこの本を通して学べることは、今後もTEDの壇上にあがるようなことがない人々(ほとんどがそうだ)にとっても十分に役に立つわけで、もはや人前でのスピーチだけでなく、広くコミュニケーション全般において忘れたくないネタが満載の、買って読んで損はない一冊となっている。

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 ちなみにTEDの動画を用いた英語のリスニング教材のアプリで「TEDICT」というのがあるのだが、これが実によく出来ていて、ゲーム感覚でTEDのトークをネタに「リスニングしながら単語並び替え作文」ができてしまうので、移動時の暇つぶしには最適。私のiPodにはこれに加えてウィズダム2の辞書アプリも入れていて、分からない単語はTEDICTの画面からコピーしてすぐに調べられるのでこの組み合わせは今のところ最高だ。
 TEDのお気に入りトークをひたすら聞き続けるわけだから、話の内容も英単語も染み込んでくる感じがあって、かつ「英語を勉強している感じがあまりない」というのもポイント。数多くの英語教材が「日常会話の例文」を覚えさせようとして、もちろん大事なのは分かっているけど、どうしても「わざとらしい会話」に感じてしまって覚える気になれない自分にとっては、いやホント、良い時代になったと痛感している。少なくともこの分野においては。
 TEDICTについてはこちらの記事など!


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2016.07.27

「『無知』の技法:不確実な世界を生き抜くための思考変革」

Amazonのカスタマーレビューでやたらと高い評価を受けていたので期待して読んだのだけど、読書体験の面でいえばそんなに言うほどグググと魅了されて読める本でもなかった。細かいツッコミをさせてもらえれば、それぞれの個別事例が興味深いわりに、その内容の説明があっさりしすぎていて、読んでいて消化不良になる箇所がところどころあって、そこが惜しかった。まぁ、本当に興味があるんだったらあとは自分で調べてちょうだい、っていうことか・・・。(アメリカのモンタナ州にあるリビーという小さい町で、アメリカ史上最悪の環境被害とも言えるレベルでアスベストの被害が長年存在していたにもかかわらず、当の住民たちがその事実を頑なに認めようとしなかった、つまり「この町は健全だと“知っている”」ことに固執しすぎて惨事を広げてしまった事例なんかは、いろいろ考えさせられる興味深い事例だ)

この本の言いたいことは、つまりのところ「私たちはもっと、『わからない』と率直に表明することを怖れるべきではない」ということだ。ますます世の中が「高度プロフェッショナル人材」を求めている(ように見せかけられている?)時代において、「専門性」をもったプロ職業人を養成しなければならない・・・っていう風潮のなかで、いろいろな局面で「私はそれを知らないです、分からないです」と認めることがますます言いにくい状況になっているのだけど、そのせいで本当に重大な決断が深い熟慮なしに、本人のメンツや見栄という要因で安易に決定されてしまうこと、そういうことに警鐘をならす本である・・・今に始まったことじゃないけれども、この問題って古今東西なくなる気配はないので、やっかい。

この本の最後あたりで繰り返される「闇に飛び込む」「未知を楽しむ」っていう姿勢だったり、途中で引用されている霊媒師さんのセリフ「天使と悪魔のあいだの空間で生きる方法を学びなさい」っていう言葉なんかは、まさに昨今の自分たちが置かれている状況に照らすと、「うむ・・・」と深く反芻したくなるものがある。中途半端なものに耐えること、分からないものを分からないまま抱えることのできる体力っていうのが、ますます大事だと。

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ちなみに。
上記の本の著者がもし日本語を理解できたら、あなたの追ったテーマと同じ方向性で、面白くてためになる先行研究としてこんな本がすでに書かれていたんですよと強く薦めたい。


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