カテゴリー「Zine」の記事

2020.10.10

『岐阜マン』の単行本!!!

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 10年ほど前に名古屋のシマウマ書房さんで初めて出会ってから魅了されっぱなしのフリーペーパー漫画『岐阜マン』が、エムエム・ブックスから今年の春に単行本として刊行されています!(こちらで!!) プヒャー! こういう日が来るとは・・・! ツカハラさんおめでとう! これはぜひ実物を手に取って欲しいのだ。なぜなら、この作品がフリーペーパーの小冊子の集まりであることが手触りで分かるようになっていて、背表紙が実質存在しておらず、現物オリジナルの雰囲気をそこねることなく、そしてちゃんと本のカタチに綴じられている。岐阜マンの存在感と同様、どこか不可思議な装丁になっているのだ。

 そして何より帯と「あとがき」は岐阜出身の女優・菊池亜希子さんが書かれているのがすごーーーい!(私、おっさんですが「マッシュ」数冊持っているぐらい、密かにずっとファンなんです)。

 こうしてまとまった形であらためて読むと、岐阜のあらゆる場所へ岐阜マンと猫のシェフチェンコはフィールドワークをして楽しんで、その積み重ねの結果が、じつにオルタナティブな岐阜観光ガイドとして成り立っている。東白川村ではみんなで集って幻のツチノコを探す「つちのこフェスタ」なんてイベントがあったり、飛騨古川では廃線の鉄道レールの上をマウンテンバイクで走れるルートがあったり、岐阜のあちこちに気になるスポットが増えていく。

 岐阜県というひとつのエリアを丹念に歩き回って取材されている作者ツカハラさんは、きっといつも岐阜マンたちの姿を感じながら道中を楽しんでいるんだろうなぁと想像する。フリーペーパー漫画のひとつひとつは単発で作られるが、コツコツと積み上げていくことで、気がつけばとても大きな山を登っていることになる。その持続力、岐阜への愛、そこがすごい。

 岐阜マンファンの次の夢は、念願のFC岐阜とのコラボレーション!?(笑)

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2020.08.22

実在した名前

 その昔、自作フリーペーパー「HOWE」を友人知人だけに配る感じの範囲で書いていた頃、オマケとして「ゴールキーパー・ジョンの不安定な冒険」というマンガをつけていた。友人たちはわりと楽しんで読んでくれていたと思う(さらに当時のHOWEを読み返すと、自分の知らない読者に向けては、感想文を送ってくれた人へのお礼としてこのマンガを送り返そうとしていたようだ 笑)。

 ただし、私は今でもそうだが持続力や計画性といったものに非常に乏しいため、この作品は未完のまま、第4回で力尽きてそれ以後まったくマンガは描いていない。

 ちなみにこのマンガを描くことになったきっかけは、2001年にはじめてロンドンを訪れて街中を歩いているときに、突然「ガンガンと大量に降ってきた」のであった。数歩進むたびに不思議なぐらいに次々とキャラクターやストーリーが思い浮かんできて、最終回に至るオチまで思いつき、そのたびに立ち止まってメモをつけていった。どうしてこんなに創作のアイデアが一気にわいてくるのか自分でもよく分からなくて、そんな体験はあのときだけだった。おそらく、言葉の分からない世界でひとり黙々と歩き続けていくなかで、普段は使わない領域の集中力みたいなものが研ぎ澄まされていったのだろうか。よく音楽アーティストがわざわざ海外でレコーディングすることがあるが、そうしたくなる気持ちがそのときすごく共感できる気がした。

 というわけで、帰国後すぐにインスピレーションにまかせて創作した、とある国のとある弱小サッカークラブ「FCペンシルズ」というチームを舞台に、実在の人物をモデルにしたキャラや(主人公のジョンは、当時フランス代表キーパーだったファビアン・バルテズがモデルだ)、まったくの創作キャラを交えて、マンガを描いてみたのだった。

 

そのなかで、自分の創作したキャラに「トークマン」という選手がいる。

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このように、設定としては「常にブツブツと何かをつぶやいていて、試合のときは相手に語り続けて集中力を削ぐ『つぶやき作戦』を得意とするディフェンダー」である。
喋りまくる男だから「トーク」+「マン」であり、それだけの単純なネーミングであった。

で、話は急に先日のことになるのだが、早朝テレビをつけたらNHKのメジャーリーグ中継が放送されていて、ニューヨーク・ヤンキースのスタメンの選手名を実況アナウンサーが読み上げていたら、

「トークマン」

という言葉が耳に入り、

「ええええええーーー!?」と反応し、すかさずスマホで写真を撮ってしまった。


トークマンって人名、実在していたのか!?

 

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※画面の傾きっぷりから、いかにあわててカメラを向けていたかがうかがえる。

ただし調べるとスペルは「Tauchman」ということで、まぁ、そういうものだよなと納得した。

いつかサッカー界のトップレベルでもトークマン選手が現れてほしいものである。

★★★

今回のおかげで久しぶりにこのマンガのことを思いだし、手元の保管資料を発掘して読み返してみた。若干恥ずかしい部分もあるが、第2回と第4回の内容をスマホで撮ったので、画像で置いてみる。

第2回「新シーズン開幕!の巻」。設定では「いつまでも現役にこだわる超ベテランストライカー」のスチュワート選手が当時42歳ということで、気がつけば彼の年齢を自分が越えていたことにショックを受けている。

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こちらは第4回「ピッチの中心で、ウソを叫ぶの巻」。「セカチュー」が流行っていた頃なのね。

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ペンシルズ監督のイレイザー氏がよく頭突きをするのは、それを「イレイザー・ヘッド」と名付けたかったからである。元ネタの映画は観たことないんだけど(笑)

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2020.05.09

動きの遅い私でも、いつでもメディアになりえること:『野中モモの「ZINE」:小さなわたしのメディアを作る』について

 

『野中モモの「ZINE」:小さなわたしのメディアを作る』(晶文社、2020年)

 

この本の帯にはこう書いてある。

「何かを作りたいと思ったら
 あなたはいつでも
 メディアになれる」

 フリーペーパーのようなものを作ってみたいと衝動的に思ったころの自分に言ってあげたい言葉だ。


 
 ごくたまに、若い人に向けて、自分が作っているものについての話をさせてもらう機会があったりする。そして私が高校3年生のときにフリーペーパー『HOWE』を作りはじめた頃のくだりで、必ず言いたくなることがある。
 それはきわめて当たり前のことなのかもしれないが、「人がメディアを語るとき、その人がどういう時代のなかで、どのような個人史においてメディアを捉えてきたか、そこを想像しながら聴いてほしい」ということである。

 私が自宅のワープロ機で最初のフリーペーパーの原稿を印刷したとき( とはいえインクリボンは高額だったのでめったに使わず、熱転写でプリントできる安い感熱紙であらゆる文書を打ち出していて、こうした保存がきかない紙で初期の『HOWE』を作っていたことを後々になって後悔することになるわけだが )、まだインターネットというものの存在は知らなかった。その年の暮れに「Windows 95」というパソコンの基本ソフトが発売されて盛り上がっている様子がニュースで盛んに報じられていたが、まだそのことの本当の意義やその直後に起こりうることはよく分かっていなかった。
 その翌年大学に入り、友人MSK氏に教えてもらい、図書館に置いてあるごく一部のパソコンだけがインターネットにつながっているというので、そこで私は初めてウェブサイトというものを見て衝撃を受け、それからはネットサーフィンに明け暮れるようになった。
 しかし私はそれでもホームページづくりではなく、すでに自分がカタチとして持っていた「新鮮な遊び」ともいえるフリーペーパー作りにもう少しこだわろうと思っていた。

 もしこのタイミングが少しでも違っていて、高校生の頃にインターネットに触れていたら、私はおそらく「紙によるメディア」を作ろうとはまったく思わなかったかもしれない。

 こうして個々人にとってのメディア体験を語ることは、その人の生きた時代なり技術史なりとの関係のなかにおいて受け止められることによってようやく「その時々の面白さや意味」が浮かんでくる。

 すでに『日本のZINEについて知ってることすべて』(誠文堂新光社、2017年)という決定的な仕事により、戦後占領期以後から現在に至るいくつもの自主制作印刷物について網羅的な解説をされた野中モモさんが今回の新著で取り組んだのが、まさにこの「メディア環境の変遷と個人史」を書ききることだった。まだ見ぬ若い世代の読み手にZINEの面白さや可能性を伝えるためには、やはりどうしてもこの作業が必要なのだ。おそらくご本人にとってしばしば書きにくさを感じるテーマだったかもしれないが、こうして日本のZINEカルチャーを応援し、また実践者としても試行錯誤してきた独自の取り組みのあれこれを読者と共有するためには、やはり野中さん個人による「私語り」からはじまっていくのが最もふさわしい。そしてそれは、決して「こういうルートがモデルである」というのではなく、むしろまったく逆で、「それぞれのオリジナルな自分だけの土壌から、いかにメディアを紡ぎ出すか」を示すことであり、そのひとつの手段としてZINEがあるのだ、ということだ。

 そして第2章からつづくのは、さまざまなZINEの作り手や、ZINEをめぐるコミュニティについての紹介になるのだが、そこにも「参考となるモデル」ではなく、「極めて独自の、他にない、その人ならでは」の話が連なっていく。だからこそZINEは「わたしがつくるもの/誰でもつくることができるもの」としての意味が深まっていくのであり、この本がトータルで伝えたいことも「お手本なんてないし、求められるクオリティなんて関係ないし、あなたの立ち位置から、自由に作ってみよう」なのだと思う。

 冒頭の帯のコピー、「あなたはいつでもメディアになれる」をあらためて考えると、これもそれぞれの読み手の世代によって、捉え方が違ってくるのだろう。今では誰でもメディアになれる(ならざるを得ない)ことは自明のことのようにすら思えるかもしれないが、この本でいう「メディアになる」というのは、技術革新のスピード感とは無縁のものだ。すでに広がっている、大きな組織や経済によって構成されてきた仕組みに同調するのではなく、それらと趣が異なる地平に降りていき、遠くにいるかもしれない誰かに向かって、自分の腕力でできる範囲で、その想いを放り投げ続けていくことなのだ。

 そうした試行錯誤が、たとえすぐには誰かに届かなくても、広い世界に向かって精一杯に腕を振って何かを投げたことで生じる、どこか心地よい疲労感が肩に残る感じ・・・その「手応え」みたいなものが、ZINEという「手間がかかって、なにかと遅いメディア」を自分の手で作り上げていくことで得られる楽しさなのだろうと思う。

 

 ・・・そして今回のこの文章はまさに、ここ数年のあいだ様々な言い訳を連ねて何もZINEやフリーペーパーを作ることができていない自分自身に、ダイレクトに跳ね返ってくるわけであるが・・・遠くに投げたいけど、その腕力もめっきり落ちてきまして・・・いやいや、がんばりますよ、ええ。

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2018.09.04

フライヤー/フリペ/Zineの整理・保管用に「自宅で展示しつつ収納する棚」をDIYしてみた【7年越しの第2弾】

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2011年5月にこのブログで私は『フライヤー/フリペ/Zineの整理・保管用に「自宅で展示しつつ収納する棚」を自作DIYしてみた』という記事を書いている。
有孔ボードを使ったフライヤー置き場を自分なりに作ってみたわけだが、かなり詳細に作り方を書いていて、当時の私の「してやったり感」がにじみでている。→記事は(こちら

そして引っ越した後もこの自作棚は活用されていて、今でもさまざまな「紙モノ」がギッシリと挟まっている。

で、この過去の記事をあらためて読むと「あまった板は、この棚づくりが成功したら第二弾を作るときに使おうと思った」としっかり書いてあって苦笑してしまう。
そう、余った棚はその後も7年間にわたり私の自宅に保管されたまま、持て余していたのである。

今年は自分のなかで「部屋のインテリアをしっかりがんばろうイヤー」にしているため、この「有孔ボード棚」のバージョン2を作ることにした。
あれから7年もたつと、とくに旅行先で手に入れるいろいろな紙モノも増えていき、それらをしまい込むのももったいなく、生活のなかで少しでも目に触れるところに置きたいという思いもあった。

そして第二弾を作るにあたっては、「物が乗る部分は、木材を貼り付けるのではなく、ボルトを大量に並べてしまえばいいのではないか?」と思ったのである。

有孔ボードの穴のサイズにもよるが、自分の持っているボードの穴は8ミリだったので「M8サイズ」のボルトとナット、ワッシャーをまとめて仕入れてきた。
ボルトの長さは4cmぐらいがいいかなと思ったが、これは今後場合によって変更してもいいだろう。そう、ボルトで固定していくほうが、何かとカスタマイズ性は高くなるので、木材を貼り付けるよりもよっぽど良いんじゃないかと思える。

そしてボルトを取り付ける前に、ひと工夫を試みた。それはあるインテリア雑誌で有孔ボードの活用事例を見ていたとき、「なぜこの黒いボードはやたら格好良く見えるのか」をいろいろ考えてみた結果、「ボードの穴の側面も黒く塗っているのかもしれない」ということに気づいたのである。なのでマジックでひたすらすべての穴の側面を塗りつぶしていった(この作業でペンは完全に摩耗してダメになります)。

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▲ペンで塗っている列の上下の穴の見え方に注目。側面を塗ると、どの角度からみても黒々と見えるわけだ。


たまたま昨日も同僚に「プライベートのとき何やっているかよく分からない」と言われてしまったが、こういうこと、つまり何時間もかけて穴にマジックペンを差し込んでグリグリしているような生活を送っているわけである(塗れたつもりでも板の向きを変えると塗り残しがたくさん見つかって、予想以上に何往復もして塗りまくった)。

こうしてボルトを取り付けていく。
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裏面はこんな感じ。かなり適当にニスを塗っている。
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そして今回は設置場所として、もともと賃貸で穴を空けてよい木材のレール部分があり、ここから吊り下げようと思った。まずはレール部分を、「カモ井加工紙」の撮影作業向けマスキングテープ「mt foto」シリーズの黒色を仕入れてきて、それを貼り込んでみた。ちなみに有孔ボードの端もこのテープで補強した。このテープはカメラ機材の補修にも使えるぐらい頑丈で発色もよいので、かなり使えることを最近知った。

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で、ひっかけるパーツについては、かねてからずっと気になっていて、近所にありながら今まで立ち寄ったことがなかった、京都・上賀茂神社ちかくの“インディーズ系”な金物雑貨店「BOLTS HARDWARE STORE」にて、ちょうど欲しかった感じのアルミフックをゲット。
それにしてもこのお店はすばらしかった・・・京都にお越しの際はぜひここまで足を伸ばして来訪してほしい(カフェも併設している金物屋さんっていうだけですごい)。雑貨系も充実していて、こういうお店は本当にがんばってほしい(サイトはこちら)。

カラビナを通してS字フックでぶらさげる方式にしているが、これについては今後の課題。このあたりはテキトーに対処しているので、また何らかのよい方法があればそれに変えていく。

あとは前回同様、ゴムを通していく。
ボードの片面は帽子をひっかけたりするスペースにしてみたり、とにかく思いつきでカスタムが可能。

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というわけで、ボルト方式でもまったく問題なく紙モノが置ける。木材を貼る手間もないから、とても簡単に作れるので、今後はこの方式をオススメしていく。

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2017.12.18

最近のあれこれをダダっと書く

 うっかりしているとこっちのブログを書かないまま2017年が終わってしまいそうになる。こんなはずじゃなかった、っていうのが2017年の自分を表わしているのかもしれないのだが、よくよく考えるとこれまでの人生全般において「こんなはずじゃなかった」って思いながら進んでいる気がするし(みんなもそうだと思うのだが、違うだろうか)、いずれにせよ「書くこと」によって、そのときどきの自分を確かめていかないといけない気もしている。なのにブログの更新頻度はお寒い状況であった。

 今日の時点で、思いつく限りのことをメモ書きのようにダダッと書いてみる。勢い重視。

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「こんなはずじゃない」っていう2017年においても、「これはもう文句なしに素晴らしい!」と思えることはあるわけで、(この本)が発表されて(このようなことがあった)、というのは私にとっても2017年最高の出来事のひとつ。おめでとうございます!!

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そして「harukanashow」のポッドキャスト、11月は2回連続でKanaさんという若いアーティストさんと音楽遍歴について話をさせていただく。(こちら)と(こちら)。なかなか思い返すと恥ずかしくなる過去の個人史について語っている。でも「インスタント・レタリング」って今だと気軽に似たような状態のものを個人で作成できてしまう時代なんだよなぁ、と。

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 ついに、来てしまった! と思ったこと。

 先日、デイリーポータルZで「現存世界最古のモノレール」としてヴッパータールのことが紹介された。
 (こちら)がその記事だ。ライターさんがヴッパータールにいって、その独特なモノレールについて興奮して取材している様子が伝わってくる。

 2014年にドイツ旅行をした際、このヴッパータールは私にとって旅のハイライトのひとつだった。映画『都会のアリス』の舞台のひとつであり、ずっとあこがれていた場所だった。そしてドイツではこのなんともいえないぶら下がりのモノレールがとても有名な観光名所であるにも関わらず、日本ではほとんど知られていないというのも、旅情をくすぐるわけである。

そして私に近しい人なら皆知っているように、こういう「ネタ」は私が次なるZINEなりフリーペーパーを書くためには絶好の素材であるにも関わらず、それを本当に現実にモノにするためには途方もないダラダラとした時間が必要であり、言うだけ言って企画倒れ、っていうのがいつものパターンとなっており、これもその一つである。今これを書いているパソコンの近くの棚には無印良品で買った大きめのファイルケースがあり、そこにはマスキングテープが貼られ、マジックペンでひとこと「ヴッパータールZINE」と書いてある。そして私の記憶を辿ると、最後にこのケースに手を触れたのはおそらく前の冬だったかもしれない。そういうことなのだ。

 この味わい深いモノレールが走るヴッパータールがどれだけ素敵な場所かということと、そしてまたこの街を教えてくれたきっかけとしての『都会のアリス』という映画について、そのふたつの事柄がこの街を流れゆく川のようにぐねぐねと入り交じったようなZINEを作ってみたいとずっと思っていて、結局何も動いていないのである。

 そうこうしているうちに、こうしてデイリーポータルZが「ついに」記事として取り上げたのである。この状況は、かつて『DIY TRIP』を作ったとたんに大手メディアがなぜかポートランドを特集しはじめて、結局私の書いたものの情報的な側面が急速に古くなっていって焦った出来事を思い起こさせる。グズグズしていたら、すぐに大きな注目が集まってしまう昨今である。

 ちなみにヴッパータールに関するもうひとつ最近のホットな関連事象を。
 職場で働いていた後輩が、30歳になる前にもういちどワーキングホリデービザ取得を目指し、無事にドイツのビザを取って仕事を辞めて旅立って行った。その出発直前、はなむけの言葉もそこそこに(とはいえ大半は『うらやましい~』というセリフばかり連呼していたのだが)「ぜひヴッパータールに行ってみて」ということを私は強くオススメしていたのである。するとつい先日メールがきて、ドイツ入国まもなくタイミングよく雪景色のヴッパータールに行ってきて感動した旨のメールが写真つきで送られてきた。そう、こういうスパッとした行動力こそが大事なのだと、私はこれを書きながら痛感している。

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 「書いていないネタ」は、この秋にもうひとつ出現している。手ぬぐい屋「にじゆら」で買い物をしたときに、たまたま「工場見学ツアー」の応募があることを知りエントリーをしたら見事に当たり、大阪の工場でにじゆらの社長自らによる「司会・進行・解説」を務めるツアーに参加する機会を得たのである。
社長の情熱はただひとつ、この「にじゆら」で伝統的に行っている染めの技法「注染(ちゅうせん)」がどういうものなのかを消費者に広く伝えたいというもので、私はこの日すっかり感動してしまった(社長さんの喋りも熱くて面白かった)。当然これも格好の「ネタ」としてブログに書いていきたいし、写真もあるのだが、自分の理解不足の部分もあって、ちゃんと調べ直さないといけない気もしていて、結局ずるずると時間が過ぎている。いつかいい文章でこの工場で出会ったことを伝えたい。

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 この秋はいろいろな場所へ出かけていたのだが、そのひとつが伊勢白子の「大黒屋光太夫記念館」だった。今年の春からとつぜんマイブームと化した例のロシア漂流民『おろしや国酔夢譚』の話は、自分のなかでこの記念館来訪でひとつのピークを迎えたといってもよかった。しかし、しかし、当然ながら記念館にしろそのほかの史跡にしろ、こういうのは得てして「昔からそこにあるもの」なのであり、私のマイブーム感による高揚した気分で訪れても、現実的にはクールにならざるを得ない部分があるわけだ(この感じ、伝わるだろうか)。
 なのでおおむね「大人しい旅」に終わり、そうなるとあまり「書きたい」という気分にもならず、いまは自分のなかで粛々とその史実のことをときおり想起しては、いよいよ寒くなる日々に当時の彼らの気持ちを重ねて想像する程度に留まっている。でもきっとこうして、私は年を重ねながら少しずつ歴史とか郷土史とかに関心をよせていくようになるのかもしれない。

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本についてもいろいろ書きたいのだが、気持ちが追いつかない。
や、最近ほんとにあらためて「本、おもしろい」って素直に思うことが多い。

そんななか、
「ついに来た!」というか、「ついに出た!!」
という本。

雑誌『アイデア』の対談がついにまとまった、とんでもなく重厚な本。
これを乗り越える仕事は、今後の数十年は出てこないんじゃないかと思う。
そしてこの本には「自分自身の一部」が刻まれている以上、ちゃんと直視して読み通すべきなのだけど、どうもやはり、自分のなかで『いま何も作れていない』という焦燥感にかられるのも否めないので、実は順調にページが進んでいない。

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もう一冊、これは実用書ではあるのだが、

「こんな本よむヒマあったらブログ記事をひとつでも多く書けばいいのに」っていうツッコミは甘んじて引き受けるが、これは「アウトライン・プロセッサ―」についての私の思い込みや誤解を氷解させてくれたという意味で、「2017年度・目からウロコ賞」 を差し上げたい良書であったのだ。学術論文とか書く人にとっても改めて良いツールになりえる本なので、公私ともに強くプッシュしていきたい本。
アウトライン・プロセッサはどうしても「目次を作って、それを元に書いていく」という作業のための道具「でしかない」と思われがちだけど、そうじゃなくて、好きなように要素を書きまくって「並び替えること(=並び替えが容易であること)」の意味を積極的に思考の方法(もっと広くいえば、普段の生活の記録全般)へと活用していこうというところまで視野に入れていて、「そうだったのかー! もっと早く注目すべきだったー!」となっているところ・・・つまり自分にとっての最新のマイブームがこれ。

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急に太った理由として「アボカドをよく食べるようになったから」という原因を疑った経験のある方がいましたら、ぜひ語り合いましょう。

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そうしてとつぜん話を戻すと、「ヴッパータールについてのZINE」を作るためには「もういちど現地で取材をしないといけない」というのを自分のなかの言い訳にして、またドイツ旅行にいく、というオチは充分にありえる。

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2017.03.24

「マーチエキュート神田万世橋」で開催の「Anonymous Camp」にて、シャムキャッツがプロデュースする「EASY展」に出品させていただきます。

 東京の神田、マーチエキュート神田万世橋というなにやらステキな場所で開催される「Anonymous Camp」という期間限定マーケットのイベントにおいて、シャムキャッツがプロデュースする「EASY展」が行われるとのことで、いままで「EASY」に参加した作家さんたちにお声がかかり、私も今回出展させていただくことに。(自分のうっかりミスで参加表明が遅くなってしまい、関係各位にご迷惑をおかけしつつ・・・)

このタイミングで、今回はじめてリリースする新作アイテムがこれ。

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「DIYぽち袋作成キット」。
以前の「EASY TOUR@京都」で出展した「封筒づくりキット」が、ちょっと大きすぎるのと、分かりにくさがあったんじゃないかという感じがしたので、より小さく(手の平サイズ)、かつ封筒よりも実は使用頻度が高そうな「ぽち袋」に焦点をしぼってみた。

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こうして好きな雑誌のページを、テンプレートを使って切り抜いて、折込んでいく。
接着は両面テープの幅の狭いのを使ってみたり、いろいろと。

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なぜか、どういうわけか、封筒とちがって「ぽち袋」のサイズになると、完成品もどことなくファニーだったり、ジワジワくる笑いがただよう感じがする。自分としてはそこにあらたな可能性を感じている。

上の写真のぽち袋の作例サンプルは、このブログの記事のために作ってみたもので、「EASY展」に向けて送った作例サンプルはまた違ったものになっている(急いで作って速攻で東京に送ったので、写真を撮り忘れていたのだ)。現地に置いてある(であろう)ぽち袋のサンプルをみて「カズダンスかよ!」とか「なぜ女優の小林聡美なんだwww」とか思っていただけるとうれしい。

会期は2017年3月24日(金)~3月30日(木)
時間:11:00~21:00(日曜、祝日のみ20:00まで)
そして29日、30日はシャムキャッツのメンバーが2人ずつ日替わり店長でやってくるとのこと!


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2016.10.06

『未知の駅』に寄稿させていただきました&「乾物屋スモール」がもうすぐオープンする件&このごろのこと

さぶさんのZINE『未知の駅』vol.6「つくる」がリリースされてます。でもさっそく完売しているみたいですごい。
昨年のカルチュラル・タイフーンで一緒にセッションをさせていただいたのがすごく遠い昔のことのようで。
この号で「手づくりの叫びかた:ZINEとDIYをめぐって」という文章を書かせていただいてます。すごく好きな感じの文章が書けた。
そしてその次のページをめくると、これまたカルチュラル・タイフーンでご一緒させていただいた小笠原博毅先生の、セルティックを舞台にしたフットボール・ファンジンの論考が載っていて、個人的にグッとくる。

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卒業生のおおつぼまどかさんがフリーペーパー「スロウダウン」を作りはじめて、いろいろな生産者さんとかにインタビューしていたと思ったら、こんどは大阪の高槻にある民家を改造して乾物屋さんをはじめることになり、あまりの展開力に驚くと共に敬意を表し、このお店をつくるためのDIY作業をこのあいだ手伝いにいった。10月13日オープンなのだが、たぶんお店の中身はオープンしたあとも作り続けられることになるであろう。別にすべてを時間内に納める必要はないのだ・・・と言い聞かせながら、人生はじめての「漆喰塗り」をさせていただく。こんなに気軽に漆喰って塗れるのか! と思った。持ち家だったら自分で塗りたくなる気持ちが分かる。

「乾物屋 スモール」(HPはこちら)。名前がいい。コンセプトと店主の雰囲気とか生き様がぜんぶ伝わる名前。
何せ自分もある意味ではお店の立ち上げに関わっているので(天井近くの漆喰を塗っただけですが)、これは気合いを入れて広報したいお店。
なかなか自分では乾物を日々使いこなせていないけれども。
でも乾物だけじゃなくて、いろいろな人々がまじわる場所にしたい、とも店主は考えているようで、これからがたのしみ。

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簡単には言いたくないけれども、やはりどうしても「怒濤の日々でした」としか言いようが無くて、このブログに告知するのを忘れるぐらいの状況で、この10年間の自分にとって超重要な仕事イベントが先週末におわり、その会場にはたくさんの、私が好きな人々と、とってもお世話になっている人々とかが同じ部屋にいて、でもお互いは知らない人同士という、眠りながら見ている夢のような世界で、その状況はなんだか自分の結婚披露宴みたいな感じでいられて、仕事の疲れを癒してくれていましたよ。うん。

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自分のいいかげんさ、ということにすごく注目せざるを得ない日々があって、そこにシンクロするかのように豊洲市場のニュースが連日報道されていて、私の生活とは次元も経緯も異なる領域の話ではあるものの、「あるはずの盛り土が実はなかったことが、首長が変わったとたんに判明する」という側面だけを注目していると、どうしても、なんだか、その「いいかげんさ」が他人事じゃない気分になってしまっていて、その想い出と共にこの9月10月が流れていきそうな気配。
やー、それにしても土ですよ、土。盛られているはずの土が実はなかった、っていうダイナミズムや視認性の高さに関わらず、それが誤魔化されていたという、「奇術における世紀の失敗」みたいな味わいを覚えるわけで。伝わるだろうかこの文章、この気持ち。

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2016.06.14

Lilmagさんで『HOWE』新作とTシャツづくりZINEを扱っていただいてます

野中モモさんのLilmagにて、『HOWE』の22号(こちら)、そして最新作ZINEである『Tシャツ印刷であそぶZINE』(こちら)を扱っていただいております! ありがとうございます・・・! Lilmagブログでもコメントをいただいておりますー(こちら)。

たしかに今回のハウは、きわめてマンガに近い描き方をしていて、それもおそらく『かくかくしかじか』の影響かと思える。

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ちょっと前になりますが、Harukana showの2週連続トークの2回目、Grassroots Media Zine3号をめぐる、ジョン・ホッピー・ホプキンズのことやZINEそのものについての対話(こちら)。
次のハルカナショーでもタテイシは語らせてもらっています。EASYのことや、ハウができたことなど。ストリーム配信は日本時間土曜日の朝8時より。くわしくは(こちら)。

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最近の「なんとなくシンクロニシティ」。

先日、ご飯を食べていたら友人からLINEメールで「冷酷度チェック」っていうサイトのURLが送られてきた(これね)。
ひととおり回答して、私の得点は「61:あずきバー・レベル」だったのだが、そんな結果をめぐって友人とLINEでやりとりしつつ、ふと気づいたのが、たまたま私がまさに今飲食店で食べていたのが、人生で3度目ぐらいしかオーダーしたことのないと思える「冷やし中華」だったので、なんか苦笑い。

あ、でもこれから積極的に冷やし中華は食べるかもしれない。なぜ今まであまり外食時に食べなかったのかよくわからないけど。

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世の中にはありとあらゆる学術学会があるのだが、最近見つけたのが「日本ゴルフ学会」(これ)。学会の発行する雑誌は『ゴルフの科学』という。

もはや私にとってこれは「看板屋の看板問題」に通じるところがあるが、きっと学会の年次大会はゴルフ場で学会を開催し、懇親会とかはゴルフをプレーするんだろうなー・・・ということは容易に想像される。

しかし私の予想をさらに越えて、学会大会の要項をよく読むと、学会のなかでゴルフ場でプレーすることを「フィールドフォーラム」という名称でプログラムに組み込まれていたりする。それはシンポジウムでも研究発表でもなく、「フィールドでフォーラムする」時間なのだそうだ。もちろん、ゴルフ学会がれっきとした学問としてゴルフを扱っていることは否定しないが、それでもきっとこの学会に出張する先生たちは事務方から「単にゴルフで遊んでいるだけじゃないんですか」と言われまくってて、いやいや、何らかのフォーラムがそこで展開されているのだよ・・・ということで、この名称を考えついた人は、なんだかすごいとすら思う。

ほかにスポーツの名称がついた学術学会はほかにもありそうだけど、ゴルフ学会ほどにその主題となるスポーツをプレーすることが年次大会のプログラムに堂々と組み込まれることってどこまであるのか、ちょっと気になってくる。


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2016.05.31

フリーペーパー『HOWE』vol.22が完成(4年ぶり・・・)

Howe22printing
「ハウ」の新作、できました。

今号のテーマは「ヘタな英語でも、生き抜いていくために」。
英語とのつきあいかたについて、思うところを書きまくってます。

まずは木曜日のシャムキャッツ「EASY TOUR」@京都磔磔に持って行きます。持って帰ってもらえると嬉しいです。

ちなみに今回の印刷も「京都カンプリ烏丸店」でお世話になったのだけど、カンプリの店舗によって両面印刷についての方針が異なっているようで、ここの店では「1時間程度乾かせば裏面に印刷してもいい」ということだったのが実に助かる。片面を終えた印刷物を置かせてもらって、店を出て四条通まで歩いて京都芸術センターでフライヤーとかチェックしにウロウロしたりCOCON烏丸ちょっとのぞいて帰ってきたら余裕で1時間は過ぎていった。

「EASY」が終わってからは、徐々にいろいろな方面で配布をさせていただきます。
よろしくです!

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2016.05.22

HarukanaShow No.270:60年代ロンドンのカウンターカルチャーを生きたJohn ‘Hoppy’ Hopkinsのことや、ZINEづくりでお世話になっている印刷会社イニュニックのことなど

イリノイ州アーバナ・シャンペンと日本をつなぐコミュニティラジオ番組「ハルカナショー」の最新話、私も参加させていただきました。
ポッドキャストと解説サイトは(こちら)

私に関しては、来たるべきシャムキャッツ「EASY」のことについて話をさせていただいています。この時点ではまだ何も新しいグッズを作っていないのに、なんだかシレッと「準備はできてます」みたいな雰囲気に聞こえるのがポイントです。

そしてMugikoさんがイリノイのTomさんとやりとりしながら作ったGrassroots Media Zineの第3号の話がメインです。知る人ぞ知る、60年代ロンドンのカウンター・カルチャー・シーンにおいてさまざまな人々をつないだ仕掛け人、ジョン・ホッピー・ホプキンズ氏の、生前の貴重なインタビューを紹介しています。

ホッピーについては、教えてもらうまでまったく知りませんでしたが、若き日のピンク・フロイドとの関わりなど、個人的にもすごく興味深い活動を続けてきたようです。そしてこのサイトで紹介されているリンク先の追悼記事をみても、このファッションセンスなど、いつまでもアヴァンギャルドで素敵なおじいさんだったようです(こちら)。

そして本号は、その60年代当時の印刷物の雰囲気を出せるような体裁のZINEにしたいということで、かねてからお世話になっている印刷会社イニュニックさんを推薦させていただき、晴れて(Mugikoさんは現地に赴き!)イニュニック社による素敵な雰囲気の冊子が出来たという展開に。というわけでイニュニック探訪記もあわせてお楽しみください。トーク後編は翌週に配信されます。

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